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2008/05/02

■世界中みんなが不幸せになれば、みんな幸せになれる

昨夜の報道ステーションに与謝野馨さんが出演し、古館さんと対話しました。
呆れたというか、情けないというか、政治家というものの実態を改めて思い知らされました。

与謝野さんは「福田さんは善意の人だから」といいましたが、与謝野さんも「善意」の人です。
つまり実態を何も知らずに、現実を他人事として存在している人です。
リスクはとらず、実態にはコミットしないのが、こうした善意の人の特徴です。
無知の上に成り立つ「善意」は、意識的な悪意以上に、悪質な「悪意」と同質です。
不作為の罪があるとすれば、彼らは重大な罪を犯している人になりかねません。
「善意」の人が権力を握るとどれほどのことが起るかは、歴史が示しています。

画面から古館さんや加藤さんの怒りや失望が伝わってきました。
私には侮蔑や憐憫すら伝わってきましたが、「善意」の人は何も感じていないように見えました。
ここまで愚鈍だと幸せなのかもしれません。
「世界中みんなが不幸せになれば、みんな幸せになれる」と宮沢賢治のパロディが頭に浮かびました。

いささか品のない文章を書いてしまいましたが、なぜそう感じたかです。
与謝野さんの議論は現実不在の上に立論されているだけでなく、現実に向けても展開されていません。
そして異論に対しては、具体的に指摘してほしいといいますが、現実に立脚していないが故に、いくら具体的な指摘をしても、彼には理解できません。
つまり与謝野さんの世界は閉じられています。
これは、小泉首相以来、特に強まった政府の特徴です。
現実など全く気にせずに制度を作りますし、その制度の展開もまた現実とは無縁です。
その典型が後期高齢者医療であり、道路建設計画だろうと思います。
今日のテレビで話題になっている徳山ダムもその典型例です。

しかし、どうして現実を踏まえた立論をしないのでしょうか。
制度を実施して問題が起ってから実態調査をするというのが政府のやりかたですが、実態を把握してから制度はつくるべきです。
日本の政府はいまだ「お上」であって、国民の代表などでは全くないのです。
そして「お上」に寄生している官僚たちに、いいように利用されているのが、「善意」の政治家たちです。
つまり「お上」に寄生している官僚たちに寄生しているわけです。

昨夜、テレビをみている時にはもっと具体的に書こうと思っていたのですが、一夜たったら怒りと失望だけが残って、具体的なことが思い出せません。
困ったものです。
この怒りと失望はどこにもっていったらいいのでしょうか。
それにしても、古館さんは私以上に怒りと失望を感じているはずですが、それを抑えて、自らのミッションとして仕事を続けていることに心から敬意を表します。

昨夜の古館さんの発言は感動的でした。
日本にもようやく心を持ったキャスターが生まれてきたと私には思えます。
それがせめてもの救いです。
古館さんに感謝しています。

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