■節子への挽歌242:閑話休題
重い話が続きました。
節子が怒っているかもしれません。
節子は、私の理屈っぽい話が好きではなく、私が好きなのは体育会系のさっぱりした人なの、理屈をいう前に少し運動でもしたら、とよく言っていました。
それに対して、運動はいろいろとしているよ、というと、修のはどうせ社会運動でしょ、と笑われていました。
結婚したての頃は、私のいうことにいつも感心していたのに、40年もたつと、私のことはたいてい見透かしていて、ていよくあしらわれていたのです。
まさに綾小路きみまろの「あれから40年」です。
しかし負け惜しみではありませんが、節子の私への信頼感と愛情は深まりこそすれ、薄れはしていませんでした。決してこれは誤解ではありません。
相手の弱みや駄目さ加減がわかれば、相手を信頼することはできますし、嫌なことが明らかになれば愛情は積み重ねることが可能になります。
私たちの関係がそうでした。
あんなに頼りにならない女性はいませんでしたし、あんなに性格の悪い女性はいませんでしたが、だからこそ信頼でき、愛することができたのです。
節子もそうでした。
修を信頼していたのに、修は本当に頼りない、と何回いわれたでしょうか。
修の性格はどうも好きになれない、ともよく言われました。
でも節子は私を全面的に信頼し、すべてを愛してくれたのです。
離婚と絆の深化は、紙一重の差で分かれるのかもしれません。
今年のゴールデンウィークは、昨年に続き自宅で過ごすことになりそうです。
節子の好きだった湯河原に、明日から行こうと思っていたのですが、直前になっても心身が動き出しません。
きっと節子が止めているのでしょう。
自宅でゆっくりと、節子との毎日を思い出しながら、無為に過ごすことになってしまいそうです。
節子が与えてくれている無為の毎日には、大きな意味があると思っています。
節子
ありがとう。
あなたはいつも私のことを心配してくれていました。
それを思うと、まぶたがいつも重くなります。
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