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2008/05/22

■メフィストに魂を売ったファウストの時代

今朝の朝日新聞に「チベット問題からみる人権」と題して、オーストラリア国立大学の歴史学のテッサ・モーリス・スズキ教授が寄稿していました。
ちょうど彼女の「愛国心を考える」(岩波ブックレット)を読もうと思っていたところだったので、読んでみました。
東トルキスタンにおけるウィグル族人権抑圧のことが書かれていました。
早速、ネットで調べてみたのですが、途中でいやになってきました。
どうしてこんなことが起こるのか。
人権侵害が世界いたるところで行われていますから、関心を持ち出すと際限がないのです。
人はどうしてこんな不条理なことができるのでしょうか。
死刑のところで書きましたが、現場で主体的に生きていたら、ほとんどの人は不条理なことなどできないはずです。
そうさせている何かがあるはずですが、ラッキョのように組織や制度の皮をむいていくときっと何も残りません。
ほんとうに不思議です。

最近、無差別の殺傷事件が頻発しているではないかと思う人がいるかもしれませんが、そこにも理由がないはずはありません。
やり場のない憤りや不安が暴発しているように思います。
社会の基本的なあり方を正さない限り、暴発は防げません。
事件を起こした人も、やりたくてやったとは思えません。
相手を間違っただけです。
相手というのは、人ではなくて問題というべきかも知れません。
私は、自然やコモンズ、あるいは「つながり」や「人間的なリズム」をなくしてきた結果ではないかと思います。
そうしたことを捨てることで、私たちは金銭的経済システムを発展させてきました。
まさに魂をメフィストに売ったファウストの生き方を選んだ結果なのかもしれません。
身が滅びるのは当然の報いかもしれません。

毎日、テレビで中国やミャンマーの状況を見ていると、私たちが真剣に考えなければいけないのは、内輪もめではなく、もっと大きなことだろうと思います。
そういう人類的あるいは生命的な視点で構想した人間のつながりあいのシステムがあるような気がします。

世界中の人たちが、個人の視点で寄付をし、汗を出し合おうとしている姿に、私たちのもう一つの未来を感じます。

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