■節子への挽歌275:なぜ愛する妻と同じ人生を歩めないのか
節子
私は生前、節子に「お前がいないと私は生きていけないよ」と話していました。
それは決してリップサービスではなく、本当に節子のいない人生が考えられなかったからです。
さだまさしの「関白宣言」の歌詞は、全くそのまま私の考えでした。
一部を引用させてもらいます。
子供が育って 歳をとったら 俺より先に 死んではいけないここで語られていることは、私が日頃、節子に言ってきたことです。
例えばわずか 一日でもいい 俺より早く 逝ってはいけない
なんにも いらない 俺の手を 握り
涙の しずく 二つ以上 こぼせ
お前の お陰で いい人生 だったと
俺が 言うから 必ず 言うから
忘れて くれるな 俺の愛する 女は
愛する 女は 生涯 お前一人
忘れて くれるな 俺の愛する 女は
愛する 女は 生涯お前 ただ一人
もちろん表現は違いますが、節子はそのことをわかってくれていました。
ですから、私は節子の無念さがよくわかるのです。
愛する男のたったひとつの願いをかなえてやれなかった節子の悔しさは、思うだけで心が痛みます。
節子は、息を引き取る数日前に、
修のお陰でいい人生だった、と言ってくれました。
私は、その時でさえ、節子は治ると確信していたのです。
ですから、その節この言葉を軽く聞き流してしまいました。
なんとだめな伴侶だったことか。
節子に平安を与えてやれなかったのですから。
先が全く見えていなかったのです。
節子がいなくなってから、今日で9か月。9回目の月命日です。
節子がいないのに元気に生きている自分がとても不思議です。
そして、節子に話していた「お前がいないと生きていけない」という思いは嘘だったのだろうかと考えてしまいます。
決してそれは嘘ではなかったのですが、自らの生死は自らで決めることができない以上、仕方がありません。
私の節子への愛情は、私が思っているほど強くはないのでしょうか。
雨がやんだので、むすめとお墓にお参りしてきました。
一昨日供えた花がまだ元気でしたが、今日は節子の好きなバラを持っていきました。
一昨年前まではいつも節子と2人で来ていました。
そのせいか、ついつい傍らに節子がいるようで、それがまた寂しさを募らせます。
「なぜ愛する妻と同じ人生を歩めないのか」
残された弱い関白亭主には、辛い仕打ちです。
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