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2008/06/05

■数字と現場のどちらを発想の原点に置くべきでしょうか

後期高齢者医療制度の導入で、高齢者の負担は減ったのかどうか。
当初、町村官房長官は7割くらいの人の負担が減ると発表しましたが、その後、撤回していました。
実際にはきちんとした調査をしていなかったのです。
そこで1か月かけて調査した結果が昨日、厚生労働省から発表されました。
「所得や世帯構成が異なる12種類のモデル世帯について、保険料の変化を全国1830の市区町村ごとに試算。それをもとに推計したところ、全体的には約7割が保険料負担が減った」と、新聞に出ています。
実に見事な調査結果の数字です。
町村官房長官が、おそらく官僚から拭きこまれた数字に一致しているのです。

でもまあ、こんなことは簡単な話です。
調査結果の数字など、いかようにも作れるからです。
統計学は、そのために発達してきました。
一部に良心的な学者はいたかもしれませんが、ほとんどの統計学者は現場とは無縁の御用学者であると私は思っています。
現場の表情をなくすのが統計学者のミッションなのです。
これはかなりひどい言い方ですが、私自身、自分の考えを説明する時に、統計学の知見を活用して論理づけることがあります。
統計数字などと言うのは、所詮はそんなものでしょう。
しかし、数字が出てくると、多くの人はその数字に支配されるのです。
数字はまさに近代人には「神様」なのです。
ですから「数字」を抑えた人が権力を握るわけです。

しかし、今回の調査はいかにもお粗末でした。
1か月もかけたのに、厚生労働省には統計学に通じた人がいなかったのでしょうか。
記者会見での記者の質問に、厚生労働省の課長は答えられませんでした。
こんな人が課長なのかと、改めて驚きました。
少しでも統計のことを知っていたら、あんな調査結果を出そうなどとは思わないでしょう。
まともな常識があれば、記者会見などできるはずもありません。
部下に騙されたのでしょうか。
町村さんをはじめたとした最近の与党政治家とは違い、記者のなかには少しはものを考えている人もいるのです。
それに、国民は政治家ほど無知ではありません。
現場と繋がっているのですから。

そもそも本制度の導入目的から考えれば、高齢者が負担減になるはずはないのです。
そんなことは当然であって、鹿を馬だと強引に言い続けるようなことは今の時代、通るはずはないのです。
もっとも、そう思っている人は少なくないのですが。

問題は、負担を重くするか軽くするかの話ではありません。
思想や哲学の問題なのです。
医療制度や保険制度を根本的に組み替えていくという話なのです。
決して狭い意味での医療の問題ではありません。
みんなが安心して生きていける社会のあり方を考えていこうという話です。
そこをしっかりおさえておけば、解決策はそれほど難しくはないでしょう。

問題の立て方が全く間違っているように思います。
だとしたら、一度、廃案にして、このままではやっていけない実態を公開して、みんなで知恵を出しあうことしかありません。
無意味な数字遊びやアリバイ工作的な調査や議論は無駄以外の何物でもありません。

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