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2008/06/30

■遅すぎる卵の値上げ

長い間、値上げと縁のなかった卵の値上げが話題になっています。
その影響は少なくないようですが、私自身は値上げに賛成です。
卵は安すぎると常々思っています。
1個、10円未満で売られている卵もあります。
どう考えても安すぎます。

商品は安ければいいというものではありません。
経済活動を持続させ、生活を安定させていくためには、
その生産が無理なくできるようなコストを消費者は負担しなければいけません。
それがなければいつか問題が発生します。
昨今の食品メーカーの不祥事のすべては、たぶんそうした「コストダウン至上主義」の結果です。

ものには「適切なコスト」があるはずです。
それを忘れてはなりません。
市場や需給関係が価格を決め、コストを決めるのはどう考えても本末転倒です。
コストが価格を決め、それに基づいて価値が決まるのが自然です。
しかし、競争を前提にした市場経済では、価値は分裂します。
つまり使用価値と交換価値ですが、前にも書きましたが、大切なのは使用価値です。

市場経済や競争原理はまた、コストダウンを強要します。
そして、コストダウン発想の経済はどう考えても持続可能性と矛盾します。
持続可能性やサステイナブル・エコノミーを語る人への、私の不信感はそこにあります。
いまの経済パラダイムでは、持続可能性は実現できるはずはありません。
経済のパラダイムを変えなければいけません。

バナナも安すぎますし、自動車も安すぎます。
安く生産する技術は、ほとんどの場合、どこかにしわ寄せをします。
その結果、取り返しのつかない事態を招くこともあります。
コストダウンは「経済」の発展につながるかもしれませんが、生活の向上は意味しません。
価格の安さを求める消費者は、消費機関にされているだけです。
そのおかしさに気づくべきです。

そうはいっても、卵などの基礎食材が高くなると庶民の生活は苦しくなる。
それをどうするかという問題はあります。
その問題を解くためには、必要生活費を計算しなおし、
最低賃金を見直し、税負担を見直す必要があります。
つまり、卵が安いことと人間の労働対価や生存コスト(生活保障費)が安いことはセットになっているのです。
その悪循環を断たねば問題は解決しません。

卵業者に税金を投入しながら、新しい経済パラダイムに移行することも可能かもしれませんが、
先ずは卵を値上げするのが現実的でしょう。
現在の経済システムのほころびが見えてくるでしょうから。

早く卵は値上げすべきです。
国内の卵業者がいなくなってしまう前に。
そして私たちの生活を守るために。
食糧自給率を下げることに協力した消費者から脱却する契機にしなければいけません。

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