■節子への挽歌290:2つの知性と2つの意志をもった一つの魂
今日は涙が出ない話にします。
先日、時評編でとりあげた社会哲学者のプルードンは、「家族」を重視していたようです。
そのプルードンの言葉として、次のようなものに出会いました。
結婚は異質な二要素の結合である。2つの知性と2つの意志をもった一つの魂であるこの文章は、鹿児島県立短大の斉藤悦則教授のサイトで見つけました。
この言葉に続いて、斉藤教授はこう解説しています。
こうしたあり方が人間に成長をもたらす。素直にうなずけます。
愛と愛が、自由と自由が交換される関係の中で、人は他者の人生をも「わがもの」として生きる。
相手が醜くなったからとか衰えたからといって、相手をとりかえることなど、この関係から本来出てくるものではないのです。
節子との関係は、まさにそうでした。
私たちは当初、異質である面のほうが圧倒的に多かったのです。
それが40年かけて、一つの塊になったように思います。
排除ではなく、包摂の関係は、必ずお互いを豊かにします。
それは精神の世界の話だけでなく、物質的な世界においても当てはまります。
たった2人だけの、そしてたかだか40年の体験でしかありませんが、それを実感しています。
経済や社会の基本にプルードンの思想を置いたら、きっと歴史は違ったものになっただろうなと思います。
興味のある人は、ぜひ斉藤教授のサイトをご覧ください。
「プルードンと現代」も刺激的です。
今日はちょっと挽歌らしからぬ記事になりました。
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