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2008/06/19

■節子への挽歌291:節子にメールが届いていました

節子
久しぶりに節子のメールボックスを見ました。
なんとメールが届いていました。
昔、お近くだった村岡さんからです。
実は村岡さんがこのブログに投稿してくださったのでわかったのですが。

節子のメールアドレスは、いまもそのまま残しています。
解約する気にはなれないのです。
村岡さんからのメールは、よく見たら私宛になっていました。

本日、河島様とご一緒にお墓参りをさせて戴きました。
暫し、節子さんと会話し、河島さんとは思い出話をしてきました。
あのカサブランカは、このお2人が供えてくださったのです。
村岡さんに電話させてもらったら、こんなうれしい話をしてくれました。
「節子さんは、ご自分が病気で大変なのに、私のことをいつも心配してくれていました。
やさしい方でしたね。」
とてもうれしくて、涙が出そうになりました。
親ばかならぬ、「夫ばか」といわれそうですが、節子がほめられると、たとえそれが誤解であろうととてもうれしいのです。
いえいえ、節子がやさしかったのは、たぶん事実です。
元気を出して話していたら、
「ご主人は元気そうですね」と言われてしまいました。
まあ、元気なのですが、何だか節子に悪いような気がしてしまいました。

「あなたにあえてよかった」の大浦さんから、こんなメールが届きました。

娘が言った言葉が思いだされました。
「お母さん、病気をして良いこともあったよ。
弱い立場の人の気持ちがよくわかったわ。
節子もそうでした。そして私もそのお裾分けをしてもらいました。
ですから、節子は自分が病気で大変だったからこそ、みんなにやさしくなれたのです。
村岡さんの言葉に戻れば、
「自分が大変なのに」ではなく、「自分が大変だからこそ」、村岡さんのことが気になったのです。
節子の身近にいて、そして節子と生活を共にしていて、節子ほどではないですが、私も少しやさしくなりました。
たぶん、ですが。

河島さんにもお電話しました。
ご主人が出ました。
なんとその後もご夫妻でお墓参りしてくれたのだそうです。
またまたうれしくて、感激してしまいました。
節子はほんとうにいい人たちに囲まれていたのです。
それで、もしかしたら神様に嫉妬されたのかもしれませんね。

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