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2008年7月

2008/07/31

■ムペンバ効果

今日の朝日新聞に、『「湯は水より早く凍る」現象議論沸く』という記事が出ていました。
記事の一部を引用させてもらいます。

水よりもお湯の方が早く凍ることがある――。NHKの番組「ためしてガッテン」で紹介された不思議な現象が話題になっている。科学的には未解明で、物理学者の大槻義彦・早稲田大名誉教授がブログで「実に馬鹿馬鹿もの」と批判している一方、雪氷学者らは「条件次第では起きる。まじめに研究しては」という。
7月9日放送の「今年も猛暑!お宅の『氷』激ウマ大革命」。「常識逆転!お湯は水より早く凍る」として、37.2度と66.5度の水を60グラムずつ零下25度の冷凍庫に入れ、高温の方が早く凍ったという実験などを紹介した。
私自身はその番組を見ませんでしたが、放送後、かなりの反響があったようで、賛否両論の議論で盛り上がっているそうです。
この現象は「ムペンバ効果」として知られていることなのだそうです。
ウィキペディアに詳しく紹介されています。

「湯は水より早く凍る」のが正しいのかどうかはわかりませんが、私にはとても刺激的な話です。
そんなバカなことはないというのは、明らかにリニア発想の近代科学者だと思いますが、私たちのほとんどが、無意識の中にそうした発想を持っています。
だからこそ、この現象が「不思議な現象」とされるわけです。
以前、書いたように「世の中ぜんぶ仮説にすぎない」と考えれば、素直に納得できます。
おそらく様々な条件が組み合わさって、そうした結果が起こったり起こらなかったりするのでしょう。
そうでなければ、実験可能な現象に関して論争など起こりようがありません。

「湯は水より早く凍る」
じっくりと見ていると実に示唆に富む言葉です。
社会的な問題も、そこにたくさん含意されているような気がします。
これまで蓄積してきた知識体系が壊れていくような快さを感じませんか。
私たちもそろそろ、中途半端な「科学的思考」の呪縛から抜けでたほうがいいのかもしれません。

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■節子への挽歌333:死者を送る涙の大海

ギャラリー葬送博物館を主宰されている出口明子さんから久しぶりにメールが来ました。
出口さんと知り合ったのは8年ほど前、コムケアの集まりでした。
当時はまだ今ほどには「死」や「葬送」に正面から取り組むNPOは少なかったように思いますが、その活動の異色さに強い印象を受けました。
出口さんからのメールは、ある相談事だったのですが、その返信に節子を見送ったことを書きました。

その返信です。

奥様が亡くなられたことは存じておりました。
しかしその喪失感による心身のダメージが余りにも大きいことを漏れ伺っていて、あえて触れず、失礼をしました。
奥様の魂はきっとお喜びだと思います。心と心でふれあって共鳴できることは死者にとって何よりの供養だと私は信じてます。

今薔薇を育ててます。亡くなった人々の魂を慈しむおもいで、育ててます。
死者がいつでも羽を休めるように。

人が亡くなっても誰一人悲しまない、あえて言うと、喜んでいることが伝わってくる、こういう死は虚しいです。
涙を多くの人が流し、それが大海となって、その涙の海を魂は船に揺られて、精霊の国に旅立つのではないでしょうか。
どうか悲しみを閉じこめず、逝った人を慈しんで差し上げてください。

涙の海を渡っていく船。
涙をもっと流さないといけません。

今朝、節子がいつも今頃になると決まって果物を注文していたお店に電話しました。
いつもと違い、節子ではなく、私からだったので、奥さんはいかがですか、と訊かれました。
昨年、娘から節子の具合が悪いことを聞いていて、気にしていてくださったのです。
不覚にも胸がつまって、すぐに返事を返せませんでした。
久しぶりに電話の前で涙を出してしまいました。

私の知らないところで、いろんな人が私たちのことを覚えていてくれているのです。
感謝しなければいけません。
しかしこれは決して私たちだけではないでしょう。
声をかけてこないかもしれませんが、みんなお互いに気遣っているのです。
テレビで報道された秋葉原にもたくさんの人が献花に行きました。
「生命が粗末にされる時代」といわれますが、しっかりと生きている私たち庶民に限っていえば、そんなことは決してありません。
会ったこともない人の死にも涙する心情は、すべての人に宿っています。
死者を送る大海の水は、決して枯れることはないでしょう。

ところで、
出口さんのメールに「喪失感による心身のダメージが余りにも大きいことを漏れ伺って」とあったのが気になりました。
たしかに、心身のダメージは甚大です。
でも不思議なことに、元気でもあるのです。
このブログを読んでいてくださる方も、もしかしたら打ち萎れた私をイメージしているかもしれません。
もしそういう方がいたら、時評編の「ハンマーカンマー」をお読みください。
そこに出てくる私も、同じ私です。
人は、ダメージを受けた分、どこかで強くなるのかもしれません。

ギャラリー葬送博物館のサイトも見ていただければと思います。

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2008/07/30

■壊れた社会の「常識」は拒否したい

この数か月、いろんな問題があったはずなのですが、いつの間にか議論も沈静化してしまった感があります。
後期高齢者医療保険も年金問題も、政権を揺るがすほどの騒ぎだった気もしますが、いつの間にかもうあまり騒がれなくなりました。
いずれも基本的なものは何も解決されていないはずですが。
まあ、そんなものなのでしょうか。

ガソリン値上げもいつの間にか慣れてしまいましたし、食材の値上げもまあ仕方ないかと言う感じです。
無差別殺傷事件をはじめとした不幸な事件も、集中豪雨などによる自然災害も、毎日のように報道されるので、一体どれがどれだか分からないような状況で、これまた感覚が麻痺してきたのか、さほど驚きません。
食品偽装も、またかと聞き流すほどになりました。

こうして日本国憲法はないがしろにされ、むしろ現実から見てそぐわないなどという本末転倒が何の違和感もなくみんなに受け入れられてきたのでしょう。
憲法すらないがしろにする国民ですから、私たちは実にたくましいのです。
きっとまもなく食品は偽装が常識、というような「常識」も育ちだすでしょう。
リサイクル産業が資源の無駄遣いを前提として成り立つように、セキュリティ産業は混乱した不安な社会を前提にして成り立ちます。
その因果関係が逆転するのには、そう時間は必要ありません。

政治家は嘘つきだという常識はかなり前に完成していますので、いまでは嘘つきが政治家になるようになってきていますが、同じようなことが食品業界にも起こるかもしれません。
無差別殺傷事件も、常識になるのでしょうか。
それだけは避けたい気もしますが、そのモデルは日本の国政にあるような気もしますので、いまのままではたぶん避けられないでしょう。
弱いものいじめの「無差別殺傷」は、この国の政府や官僚にとっては、もはや常識になっているのかもしれません。

常識の呪縛を忘れて、ちょっと視点を変えてみると、世の中のおかしさが見えてきます。
見えたからといって、たぶん良いことは何一つないでしょうが、自らが加害者になりたくないのであれば、おかしな「常識」に慣れてはいけないと、この頃、改めて思います。
被害者になるのは仕方ないとしても、加害者になるのは避けたいものです。

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■節子への挽歌332:節子、黒岩さんの講演を一人で聴きに行きました

節子
黒岩比佐子さんの講演を聴きに行ってきました。
よみうりホールで開催されている、日本近代文学館主催の「夏の文学教室:東京をめぐる物語」の1セッションを黒岩さんが受け持ったのです。
テーマは、「1905年 戒厳令下の東京」です。
黒岩さんが最近関心を向けている日露戦争後の話です。

ちょっと早めに着いたのですが、なんと偶然にも入り口で黒岩さんとぱったり会いました。
講演前に余計なノイズを入れたくなかったので、一言挨拶しただけですが、あまりのタイミングのよさに驚きました。
会場は1100人の大会場ですが、参加者が多いのにも驚きました。

私の隣に、私たちよりも少しだけ若い夫婦が座りました。
それで気付いたのですが、夫婦で来ている人が少なくありませんでした。
不思議なことに、私たちよりも少し若い世代の夫婦が多かったような気がします。
シニアの方は、男性も女性もむしろシングルでした。
そして私も、その一人でした。
そんなことを考えていたら、急に節子のことを思い出しました。
なぜ隣に節子がいないのだろうか。
黒岩さんの講演中は、おかしな話ですが、隣に節子がいるような気がしていました。
しかし、黒岩さんの話が終わったら、急に何だか寂しくなってしまいました。
次のセッションも聞こうと思っていたのですが、急に会場を出たくなってしまいました。
外に出ると、すごい暑さでした。
何だかいつもと違う風景を感じて、急いで帰りました。
どうもまだ精神的安定感を得られずにいます。
節子
ともかく君の旅立ちは早すぎたよ。

黒岩さんの話はとてもわかりやすく面白く、節子にも聴かせたかったです。
黒岩さんは私たちが湯島でやっていたオープンサロンの常連でした。
どうしてあんなに次から次へと話が出てくるのだろうか、と節子はいつも感心していました。
たしかに黒岩さんの話はよどみなく出てきます。
ともかく頭の中にあふれるほどの情報、それも自分で確認した情報があるのです。

きっと大活躍する場が与えられる人だろうけど、あんなにがんばって心配だともいっていましたが、その節子がこんなに早く旅立ってしまうとは、私も黒岩さんも思ってもいませんでした。
今の黒岩さんの活躍ぶりを見たら、節子はきっと喜ぶでしょう。
その黒岩さんの講演を一緒に聴けないことが、とても残念でした。

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2008/07/29

■歩いていないと見えない風景

我孫子に長年住んでいるAさんと話していたら、最近、町中にあった大きな古木が切られて少なくなってきましたね、と嘆いていました。
わが家から駅までの道の端っこに大きな桜の樹があります。
道の端とはいえ、道の中ですので、自動車の通行には少し邪魔です。
かなりの古木ですが、春には見事な花を見せてくれます。
わが家の近くには、こうした道路の中に残っている古木が数本あります。
しかしだんだんなくなっていくことでしょう。

わが家の下にある手賀沼沿いの道は「はけの道」といわれています。
今はかなり荒れていますが、なかなかいい道です。
そこを再整備しようという市民会議が数年前にでき、私もそのメンバーでしたが、いろいろあって、結局、調査と課題の提案で終わってしまいました。
Aさんも、その道が気にいっており、よく散歩するそうですが、その道沿いの樹もだんだん切られてしまっているそうです。
その近くにある、とてもいい景観のところの巨木も切られるらしいと、Aさんは教えてくれました。
最近私は歩いていないので、近々歩いてみようと思います。

Aさんはもう70歳過ぎなのですが、最近は自動車も自転車もやめて、もっぱら歩いているのだそうです。
歩いていればこそ、見えてくることがあります。
私はこの1年、全く違う理由でまちを歩かなくなりました。
Aさんから、今日はいろいろと教えてもらいました。

歩くことの多いのは子どもとお年寄りです。
だからこそ、まちを一番良く知っているのは、子どもとお年寄りなのです。
ところが、まちづくりから一番疎外されていたのが、子どもとお年寄りでした。
彼らは「社会のお客様」だったからです。
最近、少し変わってきましたが、まだまだ「お客様視」する傾向は否定できません。
しかし、彼らこそ「まちの主役」なのです。

またCWSコモンズで紹介する予定ですが、長野県大町市でまちづくりに取り組んでいる傘木宏夫さん(NPO地域づくり工房代表)が最近書いた「つくってみよう まちの安全・安心マップ」と言う本を送ってきてくれました。
そこには、子どもが主役になって作成した「安全・安心マップ」の話が紹介されています。
そして、大人には知らないまちの実態を、子どもたちは知っていることをしっかりと教えてくれます。
お年寄りが主役になってのまちづくりは各地でよく体験します。
先月、お話させてもらった鹿嶋市では、お年寄りたちがまちづくりをしっかりと楽しんでいるのがよくわかりました。

「歩いていないと見えない風景」
これはなにも地域だけではありません。
時代もまた同じです。
歩いていないと時代の動きはわかりません。
忙しく走っている人には、変化する時代に巻き込まれてしまい、時代など見えないのです。

私が、時代を歩き出したのは、この2年ほどです。
自分が立ち止まることで、世界の動きが違って感じられます。
走ることも必要ですが、基本は歩くことです。
私たちは、最近、歩くことを忘れがちですが、人類の出発点は二足歩行でした。

まちを、そして、時代を、時に歩くことが大切だと、最近改めて思っています。

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■節子への挽歌331:お別れサロンの早とちり

節子
どうも世の中には「早とちり」の人がいて困ります。
まあ時々私の周りでは起こる話なのですが、今日はまあ公開しても誰の迷惑にもならないだろう話なので、節子への報告をかねて書きましょう。

朝、電話がありました。
また「あの武田さん」です。
節子がいなくなった後、私が後を追うのではないかと心配してくれた人です。
電話に出るなり、質問されました。
8月に急にサロンを開くことにしたというが、どうしてなのか。

どうしても何もなくて、ただ思いつきなのですが、理由を聞くのです。
ブログを読んでくれている人と会いたくなったからだといっても、しつこく畳み込んできます。
しかし少しして、納得したのですが、こんなことを言うのです。
私はてっきり、みんなへのお別れサロンかと思った。
そうやってみんなと少しずつ別れを行い、その後で、節子さんのところへ行くのかなと思った。
「早とちり」も度がすぎていると思いませんか。
困ったものです。

こういう「おかしな人」が、私の周りには多いので、節子もきっと心配していたことでしょう。
今のところ、私にはその気は皆無なのですが、「早とちり」した「親切な友人」に、いつか節子のところに送られてしまいそうな気がしてきました。

節子
武田さんのおかげで、意外と早く節子に会えるかもしれませんね。
これは喜ぶべきか悲しむべきか。
いやはや、友人はしっかりと選ばなければいけません。

ところで、節子は、そちらからこちらに来る予定はありませんか。
ぜひそのルートを見つけてください。
世の中には不可能なことはないのですから。
いや、そちらは「世の中」に入るのでしょうか。
暑さのせいで、私もいささかおかしくなりそうです。はい。

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2008/07/28

■節子への挽歌330:花のように枯れていてはいけませんね

敦賀にいる節子のお姉さんから花が届きました。
自宅の庭で咲いた花を時々送ってくれるのです。
最近は暑いので花もすぐ元気をなくします。
それで最近は控え目にしていましたが、今日はまた節子はたくさんの花に囲まれています。

今年の暑さは応えます。
花もそうですが、私もすぐに枯れそうになります。
どうも気力が持続せずにいます。

スタンピング平和展という活動に取り組んでいるアーティストの松本さんからメールをもらいました。

佐藤さん、これほど辛いことがあったのですから
(世の中で一番辛いことは、愛する人に先立たれたこと、と聞いています)
無気力になるのは当たり前です。
そのことに比べたらとても小さいことですが、
14年間住んだ名古屋を離れただけで、
私は体調を崩して、持ち直すのに半年も
かかりました。
他人からしたらどうということもないでしょうが、
仲の良かった友人たちと離れて13年働いた職場を離れることはとても辛かったです。
だから、佐藤さんの悲しみがどれだけ深いか想像できます。

でも、どうぞそのことのために、
佐藤さんが病気にならないでほしいと願っています。

悲しみは去らなくても気分転換はとても必要です。
(節子さんに代わるものはたとえなくても。。。)

松本さんは、今度、人身売買で保護された人たちのカウンセリングの仕事にも取り組まれるそうです。
ほかにも、笑いヨガもやりだしたとお聞きしました。
一時、ちょっと元気をなくしていた松本さんもどんどん活動を広げだしています。
私も、夏枯れになっていてはいけません。
少し元気を出しましょう。

節子さん
元気が出るように私に水をくれませんか。

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2008/07/27

■節子への挽歌329:仕事の秘書としての節子

先日、節子の友人の長沼さんが来たときに、このブログのことが話題になりました。
同席していた娘のジュンが(彼女はこの挽歌は読みません)、お父さんはお母さんをきっと美化しすぎているでしょうと発言しました。
いささかムッとしましたが、実はそれは正しいのです。
会えなくなると、その人は途端に美化されるか悪者になるかのどちらなのです。
いつかも書きましたが、節子の場合は、美化されました。
きっと節子が読んでも、「これ私のことかしら」と思うところがあるかもしれませんし、私も、節子が元気の時に読んだら「こんな女房だったらいいのになあ」と思うかもしれません。
そこが挽歌の挽歌たる所以なのです。はい。
今の私にとっては、節子の「あばた」は「えくぼ」であり、欠点も愛すべきところになってしまっているわけです。
誤解のありませんように。

しかし、その時も娘と長沼さんに弁解しましたが、嘘は全くないのです。
あえて言えば、私の「表現力」の巧みさなのです。はい。
いいところをちょっと増幅させ、欠点は表現を変えているわけです。
もし、それでも大して「魅力的な人には感じられない」というのであれば、節子はかなり愚妻ということですね。
いえ、その場合は、私の「表現力」のまずさのせいだと信じましょう。はい。

真実はたぶん、私にとっては魅力的でしたが、世間一般からすれば、よくある普通の人でした。
まあ、「中の中」というところでしょうか。
私がいればこそ、輝いたのです。
いや、節子が怒っていそうです。
「中の中」だった修を輝かせたのは、私なのよといっているかもしれません。
まあ、節子がいなければ、そうだったかもしれません。はい。

まあ、いずれにしろ、節子は、少なくとも私には魅力的な女性だったのですが、それを少しだけ着飾らせるのは許してもらえるでしょう。
それに、私の耳に入っている節子へのほめ言葉もないわけではないのです。
一緒に仕事をしていた時に、四国の経済団体の方から講演の依頼がありました。
窓口はすべて節子がやってくれました。
当日、講演会場で先方の担当の方にお会いしたら、「すばらしい秘書ですね」と絶賛されました。
実は妻なのです、と話したのですが、その方はとてもいい印象をもたれていたようで、とてもうれしかったです。
まさか節子がそんな風に思われたとは思いもしませんでしたので。
まあ、そんな話もいくつかあるのです。

もっとも、私にとっては、節子の秘書業務は最悪でしたが。
いつも喧嘩になっていましたから。
夫婦で仕事をするのは、結構難しいものです。
特に途中からは。
でも節子は、それを引き受けてくれました。
やはりいい女房だったのです。
節子、ありがとうね。

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■豊かな社会と生きる力

富士ゼロックス社の社外報「グラフィケーション」に連載されている、結城登美雄さんの「列島を歩く」は、毎回、とても興味深く、楽しみにしている記事です。
結城さんとは、ローカルジャンクション21というNPOでご一緒なのですが、最近、そのNPOも活動がちょっとストップしていて、お会いするチャンスがないのが残念です。

今月号では、北海道川上町で農業に取り組んでいる若者を紹介しています。
その若者の言葉が印象的でした。

「豊かな時代に育ったからでしょうか、僕は生きる力が弱いと思う。僕のじいさん、ばあさんは強かった。何でも自分で作り、あんなに働いても愚痴を言わなかった。僕もそんな力を身につけたいです」
豊かな時代に生きると「生きる力」が弱くなる。
そうだと思う一方で、どこかおかしいという気もします。
人の生きる力を育てない社会は、豊かな社会といえるのか。

以前、「元気工場型すまい研究会」というのを始めたことがあります。
1年足らずで頓挫してしまいましたが、日本でバリアフリーとかユニバーサルデザインが話題になりだした頃です。
私は、そうした流行に違和感を持っていましたので、それに少し異議申し立てをしたい気もありました。
これからの住宅は、そこで住んでいることで元気が出てくるような住宅を目指すべきで、バリアフリーとかユニバーサルデザインに留まっていてはいけないという思いがありました。
この発想は、今でも間違っていないと考えています。

最近の若者たちの不条理な犯罪は、豊かな社会の結果でしょうか。
そうではないでしょう。
貧しい社会の象徴です。
豊かな時代に生きているから生きる力が弱まったのではありません。
生きる力が育たなかったとしたら、それはその社会が豊かではないからです。
つまり今の日本の社会は、とても「貧しい」のです。
にもかかわらず、豊かな時代だと思い込んでいるとしたら、それは私たちの感覚がきっとおかしくなっているのです。

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2008/07/26

■節子への挽歌328:誰のために挽歌を書き続けるのか2

昨日のつづきです。
実は、書いた後、どうもすっきりしないのです。

挽歌を書き続けるのは、節子のためでも私のためでもなく、私たちのためです。
ただ、この「私たちのため」と言うのがややこしい。
私と節子は、いまや切り離せない存在になっています。
私の半身は節子に持っていかれ、節子の半身が、私に残っている、という意味もありますが、それ以上に、私と節子の間にある「なにか」がとても大きくなってきているような気がするのです。
つまり、私と節子を取り巻くさまざまな「もの」や「こと」、そういうものすべてを含めて、今や「私たち」になってしまっているのです。
その「私たち」が、この挽歌を書かせているのかもしれません。

とまあ、そう考えていたのですが、
しかし、昨日、犬の散歩をしながら、
急に上原さんの言葉が気になりだしました。
「誰のために泣いているのか 亡くなった人のためか 自分のためか」

節子のための涙なのか、自分のための涙なのか。
節子が不憫で哀しいのか、自分が不憫で悲しいのか。
節子は幸せではなかったのか、なぜ節子が不憫だと思うのか。
不憫なのは取り残された自分ではないか。
いや、やはりどんなに辛くても残されたもののほうが幸せなのではないのか。
考えれば、考えるほど分からなくなってきます。
ですから、私と節子は一体なのだと考えれば解決するのですが、
それって「言い訳」ではないかと思い出したのです。
上原さんが到達したことに、ようやく気づいたのです。

泣くと楽になります。
心が癒されるのです。
だとしたら、やはり自分のための涙なのです。
節子のためではありません。
節子はきっと私の泣き顔などは求めていないでしょう。
だんだんそんな気になってきました。
このことは、私の周りの人たちがこれまで私に言っていたことです。
元気を出さないと奥さんが悲しむよ。
私には腹立たしい言葉でしたが、それが正解かもしれないのです。
ちょっと私にはやりきれないことなのですが。

この挽歌は、私自身のためなのかもしれません。
でもきっと、節子はそれを喜んでくれるかもしれません。
節子は、私の最高の理解者でしたから。

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■堀江被告の発言に思うこと

粉飾決算事件の元ライブドア社長堀江さんの控訴審は、控訴を棄却し、一審の実刑判決を支持しました。
それに関して、堀江さんは「なぜ悪いと言われるのか理解できない」と言っているようです。
金融権力支配に対する警告的意味は持っていると思いますので、私自身は実刑判決には納得しますが、なんだか割り切れないものが残ります。

まず被告を納得させられない判決とは何かということです。
被告の納得できないところを明確にし、それに対してきちんと説明していくのが裁判ではないかと思うわけです。
それにも関係しますが、逮捕の少し前までは、あれほど堀江さんを持ち上げていたのは何だったのかです。
実はかくいう私も、一時期、堀江さんに期待を持ちました。
私の場合は、証券取引法などとは全く別の側面で評価したのですが、それもまた私の不明のせいであり、それに関しては反省しています。
しかし、彼を利用した財界人や政治家は、どうしたのでしょうか。
この事件をこれほど大きくしたのは、たぶんに彼らの応援があったはずですが、そうしたことへの言及はあまり聞かれません。
村上ファンドへの福井前日銀総裁の応援も、金融権力支配への支援になったはずですが、そのあたりも全くうやむやにされています。

つまり、事件は単に堀江さんだけの話ではなく、もっと大きな政財界に広がる事件ではないのかという気がしてなりません。
当時のさまざまな国策事業、たとえば産業再生機構や地域力再生機構などを通して、いったい何が行われたのかも、知りたいものです。
ホリエモン事件は、そうした大きな「社会変革プロジェクト」の一部だったように思います。
その社会変革は、これまでの日本社会の文化を大きく壊しましたから、変革というよりも破壊というべきかもしれません。
とても象徴的なのは、4月の裁判で堀江被告から出された上申書の次の1文です。

「日本ではお金のことを口にすることが悪いこととされていたが、これからの時代はお金の運用に関心を持つべきだ」。
違和感を持たない人も多いと思いますが、
この文の含意するところにこそ、大きな問題があるように思います。
関心を持つべきは、「お金の運用」ではなく、「私たちの生き方」です。

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2008/07/25

■自然の力

連日、暑さが続いています。
猛暑といってもいいでしょう。
その暑い中を歩いていたら、急に涼しさを感じました。
道沿いに緑が茂っていたのです。
その数本の樹木のおかげで、その周辺の温度が全く違うのです。

都会はいまやヒートアイランドですが、
植物や河川を組み込めば、全く違う状況になるのかもしれません。
都市再開発の発想を変えなければいけないと思いますが、残念ながらそういわれだしてから30年たつのに、相変わらず都市から緑はなくなる一方です。

エコシティとか温暖化対策とか、いろいろといわれますが、そもそものエントロピー原理から言えば、余計な人工的手立てをすればするほど、状況は悪化するはずです。
唯一の対策は、植物と土と水しかないはずです。

今日は夕方、わずかばかしの雨が降りました。
ところがそのわずかばかりの雨のおかげで、気温は一挙に下がりました。
自然の力の大きさには驚かされます。
草木や樹木の力をもっと活かすことはできないのでしょうか。
地球温暖化問題への取り組みは、どこか間違っているように思えてなりません。

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■節子への挽歌327:誰のために挽歌を書き続けるのか1

節子
この挽歌ブログを書きながら、いつも、節子のことを思い出しています。
自宅のパソコンの周りには3枚の節子の写真があります。
高尾山、木曽駒ケ岳の千畳敷カール、そして赤城山のつつじ平の写真です。
パソコンに向かって、その写真を見ると自然に書き出せることもあれば、何を書こうか思いつかずに時間を過ごすこともあります。
私にとっては、この挽歌を書くことが、今は会えなくなった節子と話し合う時間でもあるのです。

しかし、節子の写真の前で、節子と語り合うだけではなく、
なぜわざわざ書いて、しかもブログで公開しているのでしょうか。
書くことが思いつかない時には、「書くために書く」こともあります。
無理に題材を見つけてくるわけです。
そんな時には、ブログを書き続ける意味はあるのだろうかと思うこともあります。
それに、節子が読んでくれるわけではなく、誰のために書いているのか。

先日コメントしてくださった上原さんが、こういうメールをくれました。

ある時 誰のために泣いているのか 亡くなった人のためか 自分のためか・・・。  
自分ために泣くことのほうが多いことに気づかされました。
前向きに自分に残された時間を生きてゆくのが、ちゃんと生きてゆくのが、亡くなった夫は安心するのじゃないか・・・。
ただ無性に悲しくて、涙が出るだけなのですが、確かに時々、こうした思いにぶつかることがあります。
愛する人を亡くした者の気持ちは、日々、揺れ動くのです。
頭では、「亡くなった人のためでも、自分のためでもない」と私は断言できます。
この挽歌で何回も書いてきたように、私にとって意味があるのは、節子でも修でもなく、私たちなのです。
上原さんの涙も、その方と伴侶のお2人のための涙でしょう。
しかし、それは理屈でしかありません。
私も、いったい誰のために悲しんでいるのかと思うこともあります。
そしてそれがまた、いろいろと複雑な思いを引き起こし、涙を出させるのですが。

同じことはこの挽歌にも言えます。
誰のために書いているのか 亡くなった人のためか 自分のためか・・・。
目の前で笑っている節子は、どう思っているのでしょうか。

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2008/07/24

■お金を基準にした社会から抜け出せないものでしょうか

ガソリン価格が上昇したので、ガソリンの消費量が減少したそうです。
地球温暖化とか資源枯渇とか叫ばれていますが、結局は価格が高くなれば消費は低下するのだとわかって、私自身は何だか環境問題への関心が冷えてしまいました。
煙草の値上げに関しても、健康問題ではなくて税収問題が値上げの契機になっていることが問題にされていますが、これも寂しい話です。
ものごとの判断基準が、今や「お金」になってきているのです。
なにかおかしな気がします。

いささか歪んだ発想かもしれませんが、このことから次のような疑惑が生まれます。
環境問題も健康問題も、結局は「市場拡大戦略」のためのものなのではないか。

以前、北九州市のエコタウンを2日間かけてじっくりと見学させてもらいました。
しかし、そこで感じたのは環境の産業化であって、環境問題を意識した産業のありかたの見直しではありませんでした。
基本にあるのは、「どうしたらさらに産業を発展させられるか」です。
つまり、環境負荷を拡大するための仕組みづくりでしかないように感じました。
ある学会でその話をしましたが、ひややかな反応しかもらえませんでした。

最近、サプリメント市場が拡大しているようですが、これは健康のためになっているのでしょうか。
私もいくつかを飲んでいるのですが、最近少し疑問を持ち出しています。
結局は、私たちの健康意識の高まりが新しい市場を育てているわけですが、それは果たして私たちの「健康」とどういう関係にあるのでしょうか。
イヴァン・イリイチの問題提起にもかかわらず、産業のための産業化は、まだまだ勢いを弱めてはいないのかもしれません。

そう考えていくと、あらゆる目標が疑わしくなってきます。
「平和」や「人権」さえもが、産業化のために利用されていることは否定できません。
「教育」や「福祉」はどうでしょうか。
そうした理想の言葉が実際には反対の方向に利用されていることは少なくないでしょう。

重要な国策に関する議論で、よく資金はどうするのかといわれます。
野党の提案は資金の裏づけがないではないかと、与党議員や評論家や学者は言います。
その発想にこそ、問題があるのではないか。
お金など使わなくてもできることはいくらでもあります。
そして、お金を使っても、この数年の年金問題のように、何の成果も生み出さないこともあるのです。

お金を基準に考えるのは、そろそろやめるべきではないか。
そうしている限り、状況は変わらないように思います。

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■節子への挽歌326:エキザカム・バイオレットの節子

節子
今年の夏も暑いです。
挽歌を書いている私の部屋にはクーラーはありません。
暑いと頭がまわりません。
暑さに負けるようでは、節子への私の思いも危ないですね。

今日は昨日オフィスに持っていったエキザカムのことを書きます。
節子は30年ほど前に、とても優雅なヨーロッパ旅行をしてきました。
ハウス食品の懸賞論文に入選したご褒美でした。
浜美枝さんと一緒の食文化の旅でした。
その時に、スイスで宿泊したホテルの出窓に、このエキザカムが咲いていたのだそうです。
私も、節子とは別に、ユングフラウには行きましたので、たぶん似たような風景を見ています。
私の場合はそれだけの話ですが、節子はその花をずっと覚えていたのです。
そして日本に帰ってきてから、その花を探し当てたのです。
今では花屋さんによく見かける花ですが、その時はまだめずらしかったのかもしれません。

もっとも本当にそうかどうかは危ないところがあります。
節子と一緒にトルコのベルガモンに行ったときに、遺跡の周りにきれいな赤い花が咲いていました。
そのタネをこっそりと持ってきて自宅の庭に蒔きました。
芽が出てきて、ベルガモンで見たままの花が咲いたので2人で大喜びしました。
当時、私はギリシアの会をやっていたのですが、そのメンバーにもおすそ分けしました。
ところが、その少し後に、近くを散歩していたら、なんとその花がいっぱい道の横に咲いているのです。
よくよく見たら、よくある花でした。
まあ、そんなこともありますから、節子の花の知識はさほど信頼はできません。

それはともかく、エキザカムはわが家ではそれ以来、よく見るようになりました。
事務所にまた花を置きたいと娘に話したら、娘が選んできたのがこのエキザカムでした。
お母さんが好きだった花だから、というので、改めて節子が好きだったことを知りました。

実は、この花と節子とは、私のイメージの中でも重なります。
エキザカムの花の紫色のセーターか服を節子は着ていました。
節子のファッションセンスは、ちょっと私のセンスには合いませんでしたが、時々、私の好きな服を着ることがありました。
その一つが、たしかこの色でした、
この小鉢を見ていると、節子の笑顔が浮かんできます。
娘が、この花を選んでくれたことに感謝しています。

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2008/07/23

■緩慢なる無差別殺傷社会

また無差別殺傷事件です。朝日新聞夕刊の見出しは「理不尽の恐怖」とあります。
子どもたちが起こした悲惨な事件も複数起こっており、今やどれがどれだかわからないほどの状況です。
いずれも「他人事」ではない事件で、とても身近に感じられます。
つまり事件の原因が存在し、「因」をなくせば「果」が防げるという因果関係が見えないのです。
あえていえば、因果ではなく、因縁の世界かもしれません。
自分の中にある「因」と世間の中にある「縁」の偶発的な触発の結果としての事件。
だからだれにも起こりえる「理不尽の恐怖」なのでしょう。

最近の日本社会は、こうした「理不尽の恐怖」が蔓延しているような気がします。
身体の殺傷事件まではいかない、見えない心の殺傷事件が、いまの社会を支えているようなきがしてなりません。
私の周りにある、理不尽なことを書き上げればきりがありません。
真面目に汗して働いても、暮らしていけない理不尽。
真面目に汗したいのにその場が見つからない理不尽。
その一方で、汗も真面目さもないのにお金が入ってくる理不尽。
経済的なことに限っても、そうした理不尽がたくさんなります。
格差社会などと簡単に片付けられない現実が、そこにあります。

しかもそれを主導しているのが、総理大臣や財界のトップであるという疑惑が、私にはどうしても拭えません。
国民主権が踏みにじられ、人間性を否定されるほどに酷使され、しかもその怒りをぶつけるところさえわからない社会。
まさに、社会そのものが「理不尽の恐怖」に覆われているのです。
後期高齢者やワーキングプアの若者たちの絶望の根底にあるのは、もしかしたら「緩慢なる無差別殺傷社会」なのかもしれません。

しかも、私たちは被害者候補生であると同時に、加害者の1人でもあるかもしれない恐ろしさ。
こうした状況をつくり出している人たちが、なぜ政権のど真ん中、経済のど真ん中にいつづけられるのか、それがまた恐ろしいです。

さまざまな事件は、私たちの生き方や置かれている状況の現われでしかないのです。
こうした状況に慣らされだしている自分に、嫌悪感をおぼえます。

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■節子への挽歌325:湯島のオフィスにまた節子が戻ってきますように

湯島の私たちのオフィスも、必ず生花が飾られていましたが、
節子が行けなくなってからは生花ではない人工の花になりました。
オフィスのドアを開けた時の雰囲気が全く違います。
毎回、もう節子はいないのだと実感します。
だから湯島に行くのは、それなりに勇気が必要なのです。

最近、湯島に行く回数が減ったこともあって、ベランダの植物も元気がありません。
節子があまりいけなくなってからは、手入れの簡単なものだけにしていますが、それらも最近の酷暑のせいか元気がありません。
それに私はどうもこまめに掃除するタイプではないので、
最近は見た目もいささか汚くなっています。
これには節子も失望しているかもしれません。

室内の鉢物はもう全滅ですし、ベランダの鉢もいまや5つしかありません。
ですから手入れというほどのこともないのですが、問題は「思い」を向けているかどうかです。
節子は、いつもオフィスに来ると、最初に鉢の草花の手入れをしていました。
花への思いが私とは全く違うのです。

節子がいつ戻ってきてもいいように、少し草花の手入れをしようと思い直しました。
今日、枯れてしまっていた葉を整理しました。
節子が好きだったエキザカムの小鉢も机の上に置くことにしました。
オフィスの雰囲気が、ちょっとだけ変わりました。

そういえば、オフィスを開いた時は、観葉植物がいろいろとありました。
見事なブーゲンビリアが長いことその真ん中にあったのを今も覚えています。
私たちの寝室に湯島のオフィスを開いた時の写真が貼ってあります。
仲間たちから贈られたたくさんの花に囲まれて、
まん丸に太った節子とまだ疲れてしまっていない私が並んで撮った写真があります。
当時の湯島のオフィスは「気」に満ちていました。
実にさまざまな人たちが集まりました。
だから実にさまざまな人たちが集まってきました。
しかし、いまはその「気」が消えてしまっています。
節子には不満でしょうね。

また湯島に「いのち」を少しだけ戻そうと思います。
そうすれば、節子もまたきっと戻ってきてくれるでしょうから。

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2008/07/22

■投資ファンドのために働くワーキングプア・カンパニー

先週、終わったNHKのドラマ「監査法人」は、肩透かしを食らったようなドラマでしたが、一つだけ頭から離れないセリフがありました。
上場を目指すベンチャー企業が、加盟者から受け取った加盟金を不当に売り上げに計上し、企業が急成長しているように見せかけている不正が発覚するのですが、それに関連して、解任された社長が投資ファンドの関係者に対して、こういうのです。
投資ファンドが次々と資金を貸してきて、その利息を払うために無理をしなければいけなかった。
かなり大雑把な要約ですが、まあそんなセリフです。

投資ファンドの利回りはどの程度が常識なのでしょうか。
おそらく業界の「常識」的な水準があるはずですが、私のささやかな見聞では、年利20~30%というのはよくある話です。
昨今の低金利社会においては、この利回りは信じがたいほどの高水準です。
ですから一度、ファンドから資金を導入すると、金利返済のために企業利益を高めなければいけなくなりかねません。
昨今の日本企業の業績は好調といっても、その利益の多くはファンド提供者、つまり株主や債権者にまわっていくのであって、従業員には還元されなくなっているわけです。
そうした状況の中では、ドラマに出てくるベンチャー企業経営者の悲劇は、とてもリアリティがあります。
最近、話題のM&Aなどでのファンドが目指す利回りは、もっと高いはずです。
つまりヤミ金融の高利貸しに追われるワーキングプアと同じ構図がそこにあります。
いわばワーキングプア・カンパニーとでも言うのでしょうか。
原油高も、実はこうした仕組みの一つでしかないでしょう。

先日、紹介した「金融権力」にはこんな文章があります。

経世済民を目標とする昔の経済学は、金融論を金儲けの術としては見なかった。企業も、人に雇用を与えることを最大目標として組織されていた。金融も、仕入れ・生産・販売という企業の全活動を円滑に進行させることを課題としていた。
(しかし今では)金融は、企業や組織に生産と雇用に必要な安い資金を提供する分野ではなく、資金を出した組織や個人に年率数10%もの配当を可能にする分野へと改造されてしまった。
こうした投資ファンドのメンバーはお金持ちクラブですが、庶民の利回り水準と金持ちの利回り水準は全く違うわけです。
しかし、そこにこそ大きなからくりがあります。
低金利の世界と高金利の世界が、見えないところでしっかりと繋がっているわけです。
そして、たとえば、低金利の仕組みを主導していた日銀の福井前総裁が、一方ではそうした金持ちクラブのファンドで利益を上げるという犯罪が成り立つわけです。
その犯罪を公にしてしまうと、金融の世界の二重構造が露見し壊れてしまうために、その犯罪はもみ消されたのではないかと思いますが、全くおかしな話です。

ところで、もう一つに投資ファンドの仕組みもないわけではありません。
それはたとえば、住民債のように、関心ある人たちが少しずつお金を出してファンドをつくり、そのファンドで、社会的な事業に取り組んでいくという仕組みです。
この方式で、地域病院を創ることに取り組んでいる人もいます。
可能性はまだありそうです。
経世済民を目指す金融を取り戻せないものか、少し考えてみる予定です。

投資ファンドの世界は、私にはどう考えても理解できない世界です。

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■節子への挽歌324:兄に誘われて胃がん検診に行きました

節子
今日は近くに住む兄に誘われて、胃がん検診に行きました。
行く気はなかったのですが、むりやり兄に連行されました。
娘たちのことを考えるのであれば、健康診断くらいには行けというのです。
節子の病気のことを思い出すようなことはできれば避けたいのですが、まあ、自分のわがままだけを貫くわけにはいきません。
節子がいる時は、節子が私のわがままを守ってくれましたが、
節子がいなくなると、あまりわがままもできなくなりました。

節子は本当に、私が生きたいように生きることを心から支援してくれました。
まあ、けっこう文句は言っていましたが。
もっとも私の「わがまま」はたいしたものではありませんでした。
ちょっとだけ「非常識」なだけのことかもしれません。
でもまあ、親戚づきあいではそれが結構重要な時もあります。
特に節子の親元のほうはそうしたことが大切だったかもしれません。
しかし、節子は私の「非常識さ」にはたぶん共感していたはずです。

今日は健康診断の話でした。
何を書いても節子のことが思い出されて、話がそちらに言ってしまいます。
検診後、兄と久しぶりに2人で食事をしました。
この歳になると、お互いにいつ別れが来るともかぎりません。
歳の順では私が一番遅くなるはずなのですが、
私よりももっと年下の節子が最初に逝ってしまったので、いささか予定が立てにくくなりました。
困ったものです。

私たち兄弟は会うと論争になるので、いつも節子が心配していましたが、今日も案の定、環境問題でもめてしまいました。
困ったものです。

午後は節子の友人の長沼さんが来てくれました。
今日はジュンの誕生日だったのです。
節子の代わりにケーキを持って来てくれました。
節子の話も出ていましたが、聴いていましたか?

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2008/07/21

■節子への挽歌323:早く夏が終わりますように

節子
今年も暑い夏になりそうです。
夏になる前から、もう暑いですから。
彼岸には「四季」はあるのでしょうか。

節子との夏の思い出はいろいろありますが、やはり、毎年、節子の実家に帰った時のことが一番思い出されます。
夏のお盆は節子の実家で過ごすことも多かったです。

郷里に帰ると節子は先ず言葉遣いが変りました。
滋賀弁というのがあるかどうかわかりませんが、大きな意味では関西弁なのでしょうか、ともかく言葉の表情が変るのです。
最初の頃は、なにかちょっと私から離れてしまうような気もしましたが、郷里に戻っていろんな人と気さくに話をする節子が、私は大好きでした。
毎年帰っていると私もそれなりにみんなに顔を覚えられましたが、1人で歩いていても声をかけられることもありました。
節子の両親の墓参りも、その後していないので、気になっているのですが、節子と一緒ではなく一人で節子の郷里を訪れる気にはなかなかなれないのです。
もちろん今年のお盆は自宅で節子を迎えます。

節子がいた時には、いくつかの夏の恒例行事もあったような気がしますが、なにも考えないまま、もう7月も下旬を迎えました。
私がいなくてもわかるようにノートにきちんと書いておいたからと、節子にいわれたことがあるような気もしますが、そのノートを開く気にはなれません。
そういうことを思い出すだけで、胸がこみあげてきてしまいます。

今年の夏は、何もしないままに終わってしまうのでしょう。
早く終わってほしいです。
私には、夏はとても辛い季節になってしまいました。

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■現状から出発する発想の限界

「思い込み打破シリーズ」第3弾です。

テレビでの政治談議を聞いていて気づくのは、政治評論家といわれる人たちが、現状をベースにした前提から発現しているのがよくわかります。
極端に言えば、政府の意向を前提にしているということです。
後期高齢者医療制度に関しても政府は廃案にする意向はないことから議論しますし、国民の信を問うための解散に関しても福田首相にはその意図がないことを前提に発言しています。
うまく説明できないのですが、彼らの発言を聞いていると、政府与党に批判的な発言をしているようですが、その発想の基本には与党政府の方針をベースに考えていることを感じます。
つまり、結局は政府与党の考えている枠内での批判に留まっていますから、新しい発想は出てきません。

つまり、議論をする場合、現実から出発するのが簡単なのです。
理念から出発してしまえば、それこそ「机上論」といわれかねません。
考えることの嫌いな知識人は、現実から出発しがちなのです。
もっと現実を疑うところから考えようという人がいても、だれも相手にはしません。
たとえば、今朝も報道特集2001で、民主党の河村議員が「巨大な嘘」という言葉を使っていましたが、だれも相手にしませんでした。
巨大な嘘にはだれもが疑問を持たないものです。
いや、そう思っても、そんなところから議論しても、ほとんどの人は聴く耳をもたないでしょう。

「希望の革命」を書いたフロムはこう書いています。

ナチズムの支持基盤は「下層中産階級」だったが、「彼らの人生観は狭く、未知の人間を猜疑嫌悪し、知人に対しては詮索好きで嫉妬深く、しかもその嫉妬を道徳的公憤として合理化していた。
猜疑心の強い人は「巨大な嘘」には弱いようです。

そして時代を切り開いた人たちは、現実を絶対視しなかっただけなのかもしれません。

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2008/07/20

■節子への挽歌322:好きな人がいるとエコライフできるという話

最近のリサイクル運動に厳しい批判をしている武田邦彦さんの本を読んでいたら、

「リサイクルが始まる前には、ペットボトルの生産量は一年に15万トン程度でしたが、リサイクルが開始されると生産量は55万トンに増加しています。その55万トンは、ほとんど「再生したペットボトル」はなく、「石油から新しく作ったペットボトル」です」
という文章に出会いました。
武田さんは、リサイクルよりも、もともとの生産量を減らさなければいけないと主張している人です。
言い換えれば、リサイクル論は生産拡大のための仕組みだというわけです。
私も同感で、20年前からリサイクル産業論には批判的な人間です。
論理的にどう考えても引き合いません。
それにリサイクル関連の法律を読めばすぐわかりますが、この法律は経済拡大を目指しているものですから、環境面ではどう考えても真面目に取り組む姿勢は感じられません。
議論の時から、私は経団連トップたちのエゴ(エコではなく)を感じています。
私もゴミの分別にはかなり真面目に取り組んでいますが、虚しい限りです。

それはともかく、その本を読んでいたら、こんな文章が出てきました。

「好きな人がいれば、1杯のコーヒーでも夢のような2時間を過ごすことができる」
そして武田さんはこう続けます。
「もし好きな人がいなければ電気街に行ってパソコンを山ほど買ってきて自宅で遊ぶしかない」
ちょっと意味不明ですが、要するに好きな人がいれば何がなくても幸せになれるが、いなければ、物がなければ幸せになれない、ということでしょうか。

好きな人がいるかいないかで。時間の使い方や消費行動が変わってくる。
つまり、「好きな人の存在と物量消費量」は反比例するというわけです。
とても面白い話です。
時評編で改めてもう少し書いてみようと思います。

私の場合、武田さんの第1原則「好きな人がいれば、1杯のコーヒーでも夢のような2時間を過ごすことができる」は極めて納得できます。
節子と一緒だと、どんなところでも楽しかったですから、高価なレストランなど必要ありませんでした。
私たちが高級レストランや高級ホテルに行ったことがないのは、きっと愛し合っていたからなのですね。
いえこれは冗談で、お金がなかったからだけの話です。

ところで、「好きな人がいないと物をたくさん買うことになる」という武田さんの第2原則はどうでしょうか。
孤独な女性が買物でストレスを発散するという報告もありますので、ある意味では当たっているのかもしれません。
しかし、私の場合は、どうも当てはまりません。
節子がいなくなって以来、物欲はさらに低下しました。
出張してもお土産を買う気も起こりませんし、ちょっと美味しそうな和菓子屋の前を通っても買おうという気にはなりません。
しかし、これはたぶん、愛する人と会えなくなったことの反動作用です。
節子がいない現在、どんなものがあろうと「夢のような2時間」は過ごせなくなってしまいました。
だからもう何も必要ないというわけです。

私はどうしたらいいのでしょうか。
好きな人と一緒にコーヒーも飲めないまま、しかし物を買って満足することもできず、なんだかとても中途半端な毎日になってしまっているのかもしれません。
1杯のコーヒーは10分ともたないので、今日は朝からもう4杯目のコーヒーです。
胃腸の調子があまりよくありませんが、手持ちぶたさで、家にいるとどうもコーヒーばかり飲んでいます。

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2008/07/19

■長銀粉飾決算事件判決とドラマ「監査法人」の結末

長銀粉飾決算事件の最高裁判決は、有罪とされたこれまでの判決を覆し、無罪でした。
巨額な国税を無駄にさせた偽装事件の責任を、誰も取らない結果になったことには腹立たしさを感じますが、その一方で、当時の頭取や副頭取だけを被告に仕上げた事件の作り方自体が問題だと思いますので、コラテラルダメッジとして彼らが葬られて終わりとならなかったことには奇妙な安堵感もあります。
本当の責任者は、たぶん彼らではないはずです。
それを裁くのは無理でしょう。
国家司法の枠組みでは、国家の犯罪は決して裁けないのです。
そのことにこそ、国民国家の司法制度の本質があるのだと思いますが、今回、気になったのは、そのことではありません。

朝日新聞によれば、被告だった大野木元頭取は勾留中に次のように述べたといいます。
「バブル時代の負の遺産は、一括処理すれば長銀の即死を招くほど重く、長銀の延命を図るため、粉飾決算という違法な手段を選択してしまいました」
つまり、大野木さんは犯罪者であることを自分でも認めているのです。
その点は決して忘れるべきではないでしょう。
丸明の吉田社長やミートホープの田中社長よりも、その犯罪は大きいです。
死者さえ出していることは決して忘れてはいけません。
その償いは一生かけても行うべきです。
にも関わらず、大野木さんは無罪です。
「無罪」とは一体何なのか。

さらに、この言葉は粉飾決算の目的を語っています。
粉飾決算せずに長銀が即倒産したらどうなったのか。
大野木さんは、社会の混乱を防ぐためのやむを得ざる行為だったといっているわけですが、そこにたぶん、事の本質があるように思います。
つまり、偽装は誰のためにしたかと言うことです。
それがわかれば、なぜ最終的に無罪になったかも見えてくるかもしれません。

私は長銀が即倒産したほうが、結果的には被害は少なく、日本経済へのダメッジも少なかったと思います。
たぶんそれによって、自殺者は何人か出たかもしれませんが、それは自業自得です。
しかし長い目で見た時の自殺者は結果的には少なかったはずです。
データでは検証できませんが、私はそう確信します。
しかも長銀の偽装の結果、間接的に死に追いやられた人たちは(その存在さえ私には証明できませんが)、全く偽装とは無縁の人たちだったはずです。
しかし、大野木さんをはじめ、政府も財界もそうは思ってはいないのでしょう。
彼らには、現場で汗して働いている人たちの姿など見えるはずもないでしょう。

偽装は誰のためにしたのか。
裁判では、それをこそ、明らかにしてほしかったと思います。

今夜、NHKでドラマ「監査法人」の最終回がありました。
監査法人が粉飾決算を見逃す事件を中心におきながら、会計士のあり方を問題提起したドラマです。
監査法人やベンチャー企業の人たちはどういう思いで見ているのか知りたいものですが、今日の最終回には少し期待していました。
残念ながら期待はずれの結末で、長銀事件の判決と同じように、わりきれないものを感じました。
せっかく本質的な問題を匂わせながら、それについては何も語らない、というわけです。

最高裁判決とテレビドラマのいずれにも裏切られてしまいました。
今日はもやもやしたまま眠らなくてはいけません。

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■節子への挽歌321:時の癒し

「ブログの論調が変わってきているね、やはり時が変えてくれているんだね」と武田さんが電話してきました。
CWSコモンズに「国家論」を寄稿してくれている武田さんです。
彼はなぜかこのブログを読んでくれているのです。

このブログの文章の雰囲気は変わっているかもしれません。
しかし、時が癒してくれているとは全く思いません。
悲しさはある意味ではむしろ強まっていますし、節子への思いは募るばかりです。
でもたしかに涙はあまり出なくなりました。
節子のいない人生になれてきたのかもしれません。
そういうことが「時が癒す」という意味であれば、その通りかもしれません。
しかし、どうも「癒す」とか「忘れる」とかいうこととは違うように思います。
「癒す」とか「癒さない」とか、そういうことではないのです。

正確にいえば、世界が変わったのです。
節子がいる世界と節子がいない世界は、全くといっていいほど、異質です。
その世界に慣れてきたというわけです。
そして、どんなに慣れようとも、「寂しさ」や「悲しさ」は変わりようがありません。

間主観性という言葉があります。
複数の主観の共創によって世界は現出するという考え方です。
世界は個人の主観によって成立するのでも、客観的な事実によって成立するのでもなく、さまざまな人たちの主観の関わりの中に成立するという考えです。
まあ、かなり粗っぽい言い方ですが、実感できる考え方です。

この数十年、私にとっての世界に最も大きな影響を与えていたのは、自分自身を除けば、伴侶だった節子の主観でした。
私と節子の主観が、私の世界の基本的な核を構成していたわけです。
その節子の主観や存在がなくなったいま、私の世界は大きく変わったわけですが、その非連続な変化になかなか対応できずにいるのだろうと思います。
そのため、「寂しさ」や「悲しさ」はもちろんですが、「不安」や「居心地の悪さ」。あるいは価値観の揺らぎなどを感じているのです。

「癒す」というのは、「なおす」という意味ですが、今の私に必要なのは、「なおす」ことではなくて、「創る」ことなのかもしれません。
それに、「癒す」という言葉には、節子のことを忘れるというようなニュアンスを感じますので、どこかに「癒されたくない」という意識があるのです。
彼岸に行ってしまった節子も含めて、新しい間主観的な世界に、次第に慣れていくでしょうが、「寂しさ」や「悲しさ」はたぶん、彼岸で節子に再会するまでは消えることはないでしょう。
私の周りにも、10年たってもなお、癒されることなく、しかし元気に人生を楽しんでいる方がいます。

ブログの論調が変わってきているとすれば、きっと私も、新しい世界にだいぶ慣れてきたのでしょう。

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2008/07/18

■自治体職員は社会起業家になると楽しいですよ

昨日、福島で講演をしてきました。
入職後26年目の自治体職員が対象です。

昔、黒澤明の『生きる』という映画がありました。
定年間近の課長が、がんの宣告を受けて、生き方を変えるという話です。
どう変えたかといえば、「保身」ではなく「捨身」になって、住民たちのために公園を作るのです。
前例主義の典型的な役人だった人が、最後に何かを残したいとちょっと意識を変えただけで、住民に役立つ大きな仕事を成し遂げるという話です。
リメイク版が数年前にできましたが、あまり話題にはなりませんでした。

黒沢明の「生きる」は、ぜひ自治体職員の皆さんに見てほしい映画です。
テレビでの放映もあまりありませんが、もし自治体の首長が、本気で職員の意識を変えたいのであれば、全職員にこの映画を見せて、ワークショップでもやると効果的です。
もっともワークショップのファシリテーターを選ばないと逆効果になるかもしれませんが。

社会起業家という考えが広がっています。
自治体職員は、社会起業家になりうる至近距離にいる人たちではないかと思います。
数年前に、東京都特別区職員研修の一つとして、この種のプログラムを引き受けたことがあります。
残念ながら発展させられませんでしたが、この数年は、福島県の自治研修センターでその種のお話をさせてもらっています。
今回の講演もその一環です。

みなさんはその気になれば、いろいろなことができるんです、というメッセージを出しましたが、どのくらいの人に届いたでしょうか。
つい口が滑って、余計な話もしたので、むしろ反発をもたれたかもしれません。
それに2時間、休み時間もとらずに話し続けましたので、これもまたいまの行政文化にはなじまないかもしれません。
途中で休憩をとってほしいといわれたのですが、最近のワーキングプアの働きの実態を少し知っている者としては、「甘えるんじゃない」という気がしてしまい、休憩なしにしてしまいました。
ただ冒頭、眠かったら眠ってもいいし、途中でトイレに行きたくなったら自由にどうぞうとは話しておきました。
退屈な話を聴くことはありません。
しかし、幸いなことに話の前半、一人の人が少し眠っていただけで、100人を越す人たちは結構、真剣に聴いてくれました。
あまりの暴論ぶりに、呆れていたのかもしれません。
私の「常識」は、もしかしたら、自治体職員には「暴論」かもしれません。

大阪の橋下知事のやっていることも、大阪府の職員からしたら「暴論」かもしれません。
だから職員組合も市町村首長も怒っているのでしょう。
しかし、そうした対立を見ていると、私などは、市町村首長や組合幹部の発言にこそ「暴論」を感じます。
立場によって、同じことが「暴論」になったり「良識」になったりする。
時代の変わり目には、良識を打破する暴論や暴論をぶつけていく良識が必要なのです。
「小さな良識」の世界で、安直に生きていることの先には、良識の破綻しかありません。
「小さな良識」に甘んじることなく、「大きな良識」を目指して、「暴論」をもっともっとぶつけあうことが必要です。

組織に閉じこもっている人たちは、もっともっと「暴論」にさらされなければいけないと思っています。
あまりにも「常識」が固まりすぎています。

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■節子への挽歌320:節子がいなくてもいろんなことがあります

節子
今日はうれしい報告です。
節子の姪のYさんが結婚します。
私たちの娘たちがまだ結婚もせずにいるのが気がかりではありますが、でもまあ姪が結婚するニュースは節子にもうれしいニュースでしょう。

節子がいなくなってから、まだ一度も節子の実家に行ったことがありません。
節子と一緒にではなく、独りで実家に行く勇気はまだ出ないのです。
思い出せば、節子の実家では実にいろいろなことがありました。
私たちの結婚そのものが、いささか常識外れでしたし、
若い頃は私自身が世間の常識に抗って生きていく姿勢が強かったので、
昔ながらの考えを大事にしている親戚との関係では節子も苦労したはずです。
幸いに、節子の両親はとても柔軟な発想の持ち主でしたから、私たちを応援してくれましたが、節子がどのくらい私をカバーしてくれていたかは、いかに脳天気の私でも感じていました。
そんな思い出がいっぱい詰まった節子の実家にはどうも気が重くて行く勇気が起きないのです。
在所の人は、みんなとても良い人たちですから、なおのこと気が重いです。

幸いに結婚式は郷里ではなく、大津の近江神宮で行われます。
ですから節子の郷里には行かなくていいのですが、近江神宮周辺もまた節子との思い出がある場所です。
もし時間があったら、節子と何回か行った三井寺によってこようと思います。
夕方、節子と聴いた三井寺の鐘の音は絶品でした。
そんなことを思い出すと、一人で行けるかどうか心配になりますが。

私は結婚式も法事も、あまり好きではありません。
儀式が基本的に不得手なのです。
今までは節子がいつも隣にいてくれたので、安心でしたが、今回は節子がいません。
おめでたい場なので、涙が出なければいいのですが。

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2008/07/17

■「世の中ぜんぶ仮説にすぎない」

仕事で福島に行くため、上野から新幹線に乗りました。
予定より30分も早く上野駅に着いたので、1本早い新幹線に乗りました。
福島駅でゆっくり珈琲でも飲もうと考えたのです。
ところがです。
乗車して車内放送を聞いたら、20分早く出発するのですが、福島駅にはむしろ15分遅く着くことがわかりました。
各駅停車の新幹線だったのです。
慌てて次の大宮駅で降りて、20分後に来る予定していた新幹線に乗り換えました。

早く出発するんだから早く到着する。
これは完全に思い込みです。
まあ、今回の私の思い込みは、新幹線もいろいろとあることに関する知識不足、注意不足でしかありませんが、おそらくこうした「思い込み」による失敗を私たちはたくさんしているのでしょう。

今日は、福島県の自治研修センターでの講演でした。
今回の講演の主旨のひとつは、発想が硬くなっている自治体職員のみなさんの固定観念を壊すことです。
その話をする自分が、こんな思い込みの失敗をしてしまっているとは恥ずかしい限りです。

2年ほど前に光文社新書で「99.9%は仮説」と言う本が出ました。
思いこみ、常識、前例、先入観、固定観念……そういったものにしばられて、身動きがとれなくなっている人が多いが、「世の中ぜんぶ仮説にすぎない」というようなことが書かれている本のようです。
私自身も「世の中ぜんぶ仮説にすぎない」という発想の持ち主ですので、まあ読むまでもないかなと思って、まだ読んでいません。

私の今日の体験と、この話は違うような気もしますが、たぶんつながっています。
もちろん仮説を一々検証しながら、生きていたら身が持ちません。
仮説とか常識は、そうした生きるための膨大な作業を縮減するためのものですから、否定する必要はありません。
それに「世の中ぜんぶ仮説」ならば、その真偽を検証する必要もありません。

私は、太陽は絶対に東から出るとは思っていません。
時に西から出てくることがあるかもしれないと思っています。
カフカの小説ではありませんが、明日目が覚めたら、私が大きな毛虫になっている可能性もゼロだとは思っていません。
世の中に絶対、確実のものなどあろうはずがありません。

これまでの67年間の人生において、私はいつも目覚めると人間のままですが、だからと言って明日の朝もそうだとは限りません。
何をバカなことを書いているのかと思うかもしれませんが、昔読んだ本に「ヒヨコの悲劇」という話がありました。
毎日、決まった時間に餌をもらえて平和に過ごしていたヒヨコが、ある日、突然ブロイラーにされてしまうという話です。
昨日までがそうだったからと言って、今日も同じだとは限らないわけです。
その話も、ちょっと違うんじゃないかといわれそうです。
しかし、最近の世界は、そういう断絶的なことが頻発しているのです。
これまでの発想で未来を考えていては、間違いかねません。

新幹線を乗り違えた腹いせに、何かわけのわからないことを書いてしまったような気もしますが、いろいろと発想の転換が求められています。
「99.9%は仮説」を読んでみようかという気になってきました。

「99.9%は仮説」と「0.1%は真実」という命題は、同じものでしょうか。
こういう話を最近しなくなったことに気づきました。
そういえば、昔は女房とよくこういう話をしていました。
こんな馬鹿げた話に付き合ってくれたのは女房だけでした。
その女房は、もういません。
しかし、それもまたもしかしたら、思い込みかもしれません。
明日になったら、ヒョコっと顔を出すかもしれません。

あれ、いつの間にか「挽歌編」になってしまいました。
すみません。

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■節子への挽歌319:世界中の花が節子のお墓

花の話が続いたのですが、もう一度だけ、
先日書いたお墓の話と米田さんの「節子の花の輪」という言葉が、
どこかでつながるような気がしていたのですが、
昨日、節子の献花台を見ていて、ハッと気づきました。
そうか、節子が望んでいたのは、花を自分のお墓にすることだったのだと。

何回か書いたように、
花や鳥になって、チョコチョコ戻ってくる、と節子は書き残しました。
そして、家族は献花台をつくり、献花に来てくれた人にはできるだけ花をお渡ししました。
その花が咲いたといって、いろんな人が連絡をくれます。
庭に花が咲く度に節子のことを思い出します。
節子は花と一緒にいるのです。
風になりたいという人もいます。
しかし節子はきっと花になったのです。

世界中の花が節子のお墓(住処)。
そう考えればいいのだと思ったのです。
その節子のお墓はどんどん広がっている。
節子はまるでブラウン運動をしているように、
同時にさまざまなところに存在しているわけです。
そして、さまざまな節子に、私はいたるところで会えるわけです。
そう考えると何だか気持ちが落ち着きます。

花になって戻ってくる。
どの花が節子なのだろうか、などと考える必要はないのです。
すべての花が節子なのですから。

お墓のイメージが一変しました。
お墓とは「場所」ではなくて、「不滅の生命の場」なのかもしれません。

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2008/07/16

■節子への挽歌318:花よりやさしい節子

昨日、花の輪のことを書きながら思い出したことがあります.
節子と会った頃、つまり昭和39年(1964年)ごろですが、「花よりやさしいマリア」で始まる歌がありました。
日本の歌ではありません。
それほど流行した歌ではないと思いますが、私は好きで時々歌っていました。
どんな歌だったのか、ネットでいろいろと調べてみましたが、出てきませんでした。

みんなに愛されているのに、まだそれに気づくことのない無邪気なおとめのことを歌った歌です、
歌詞はたしかこんなものでした。

花よりやさしいマリア
花よりきれいなマリア
でもそんなことなど気がつきもしないで、
あの街角、あるいている。
何ということのない歌です。
でも私にはとても気に入っていた歌なのです。
2行目と3行目の間に何か入ったような気もします。

節子はマリアと違って、「花よりはやさしく、花よりきれい」ではありませんでしたが、花が似合う人でした。
そして何よりも花が好きでした。
家の中でも、ちょっとした片隅に小さな花を一輪、飾っておくというのが好きでした。
そうした小さな気遣いが、私の大好きなことでした。
誰にも気づかれることのない気遣い。
それこそが節子と私の理想でした。
まあ、しかし全く気づかれないと少し残念に思うのも、私と節子の共通点でした。
節子は、花をうまく活かすのが好きでした。
いろんな思い出がありますが、思い出そうとすると涙が出てきますので、やめます。

私の節子の思い出は、節子のまわりにあった花のおかげでかなり美化されているかもしれません。
節子の思い出というよりも、節子の花の思い出というべきでしょうか。
いやもしかしたら、節子は枯れやすい花の妖精だったのかもしれません。
それを枯らしてしまった自分が、とても情けないです。。

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■チェンジ:現実を変える方策

さまざまな行政不祥事に、「もうだまっていられない」「ゆるせない」と声高に問題指摘する報道番組が増えてます。
まあこのブログも、それと似たようなところもありますが、確かに許せないことが多すぎます。

CWSコモンズに「国家論」を寄稿してくれている武田文彦さんが、テレビ番組の「チェンジ」の最終回を見るように勧めてきました。
学校の先生をやっていた主人公のキムタクが、あることから突然、首相になってしまい、いろいろと新しい風を起こしていく物語です。
一昨日の最終回は、彼が辞任する話です。
これまで一度も見たことがないのですが、武田さんに見る約束をしてしまったので、仕方なく見ました。
20分のキムタクの演説場面があるのですが、それが話題になっているようです。
とても分かりやすい話で、若者には響くかもしれません。
彼は結局、その演説で、総辞職を表明し、国民主権のことを話し、みんなに選挙に行くことを勧めます。
これは国民主権をないがしろにしている福田首相への面当てのようにも感じます。

私自身は、武田さんとは違って、あんまり面白くもなく、キムタク演説にも何の感動も感じませんでしたので、涙は出ずにあくびが出たと武田さんに報告しました。
そうしたら武田さんから諭されてしまいました。
武田さんと話しているうちに、キムタクの中学生のようなスピーチの意味が少しわかってきました。
私もまた、小賢しい大人になってしまっていたのかもしれません。

武田さんは、政治とは至ってシンプルなのだといいます。
私もそう思います。
武田さんは、だから政治家が、あるいはそれを支えている国民が、その気になれば現実は変えられるといいます。
そうかもしれません。
いや、そう思うべきだろうと反省しました。
私の関心事は、政治を変えることではなく、現実を変えることですが、
それはもちろん深くつながっています。

声高に問題指摘するテレビ番組で何が変わるのか。
今朝も、みのもんたの「もうゆるせない」シリーズを観ていて、むしろ「テレビで言いっぱなしなのはもうゆるせない」という気になっていたのですが、武田さんと話していて、キムタク演説のほうが、現実を変える契機になるかもしれないという気になってきました。
対立姿勢からは何も生まれないことを、私も何回も経験してきたに、どうしても対立思考に陥ってしまいがちです。
このブログも、まさにそうなっているかもしれません。
行動の部分をもう少し増やしていかねばいけません。
改めてそう思いました。
現実を変えていけるのは自分だけですから。

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2008/07/15

■お客様にお茶を出す文化がなくなりました

最近、会社などを訪問しても、お茶がでることが少なくなりました。
会議などでも出てくるのは、ペットボトルや缶のお茶などのことが多いです。
珈琲もスターバックスのようなところからのプラスチック容器のものが増えています。
人手がかかるのを避けるためのことでしょうが、私自身はそうした動きをとても残念に思っています。

私が会社に入った頃は、来客には女性社員がお茶を出す文化がありました。
しかし同時に、「お茶汲み仕事」という言葉があり、それが女性差別ではないかという議論もありました。
そして女性ではなく、男性も含めて自分でお茶を入れるようになり、自動販売機のようなものがオフィスにまでは入ってきました。

当時、私は企画調査部という経営参謀スタッフ的な職場にいました。
しかし、その職場で最も価値のある仕事は女性社員の「お茶汲み仕事」ではないかと考えていました。
その種の話を女性社員に話しましたが、あんまり賛同は得られませんでした。
私よりも年上の優秀な女性社員からすれば、女性蔑視の考えだったようです。
しかし、現場を離れた男性たちのやっている仕事への価値をあまり認められず、逆に人をつなぐお茶の効用を高く評価していた私としては、お茶を出す文化は維持してほしかったですが、残念ながら職場から次第にお茶汲み仕事はなくなっていきました。
大げさに聞こえるかもしれませんが、それが日本企業がおかしくなっていった契機だったような気がします。
つまり、価値基準が変わってしまったのです。

私のオフィスは湯島にあります。
来てくださった方はご存知でしょうが、来客者には必ずお茶か珈琲を出させてもらいます。
話に夢中になって、出し忘れたことがないわけではありませんが、たぶんこの20年で10回もないはずです。
妻がいる時には妻が用意してくれましたので、お茶が多かったですが、私一人のときは、お茶が難しいので珈琲でした。
夏も以前はペットボトルではなく、手づくりの麦茶などでしたが、妻があまり来られなくなってからは、意に反してペットボトルを使うようになってしまいました。
紙コップさえつかうこともありますが、極力、それは避けています。

お茶を出す文化。
この文化の意味を、もう一度、考え直したいと思います。
それは同時に私たちの生き方や仕事の価値関係を考えることになるはずです。

ちなみに、私のホームページのブックのコーナーで紹介しましたが、
一条真也さん監修の「茶をたのしむ」は含蓄に富んだ本です。

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■節子への挽歌317:節子の花の輪

先日、突然献花に来てくださった米田さん に、庭に咲いていたヤマホロシとディモルホセカの苗木を持って帰ってもらいました。
いずれも節子の献花台のそばで咲いていたものです。

米田さんからメールが来ました。

戴いたお花のうち ヤマホロシが先に生き生きしてきました。
大きくなりましたら、お花の好きな知人の庭にも植えてもらい、奥様のお花の輪を広げさせていただきます。
奥様のお花、どんどん増やして広めて永遠に命をつないで行きます。
ありがとうございました。
米田さんがお住まいの東武動物公園の近くにも、節子の花が広がって行くと思うと、とてもうれしくなります。
米田さん
ありがとうございます。

献花に来てくださった方には、できるだけ何か花をさしあげるようにしています。
一番遠くはネパールのカトマンズのチューリップですが、他にもいろんなところできっと咲いてくれていることでしょう。
花を通して、節子がいろんなところに出かけていると思うと、とても心が和みます。

梅雨なのに、最近は夏日が続いています。
庭の草花が元気をなくさないように注意しなければいけません。
花に水をやる時には必ず節子と会話するようにしています。

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2008/07/14

■「偽善エコロジー」に取り組む人たちの誠実さ

安直なリサイクル論に異を唱えている武田邦彦さんの「偽善エコロジー」(冬幻新書)を読みました。
いくつか共感できないことや納得できないことはありましたが、その基調にある、「最近のエコロジー議論は金儲けに利用されている」という認識には共感できます。
この点は、私も20年前から感じていることです。
静脈産業論に象徴されるように、ホリスティックな発想が感じられないからです。
このブログでも、時々、書いてきましたが、明らかに効果的な方策(たとえば自動販売機の廃止)に取り組まずに、新たな環境商品づくり(たとえばクールビズ)に取り組んでいるのを見ると、どうしても経済拡大主義を感じてしまいます。

その本のまえがきは次の文章で始まります。

「我が社は環境に配慮しています」という広告コピーを見て、学生が「この会社は売り上げを増やしたいと思っている」というレポートを書いてきました。「環境にやさしい」という会社を、どうも疑わしいと思う人が少しずつ増えてきています。
武田さんの授業を聞いているうちに、そう考えるようになってきたのではないかという気もしますが、その一方で、たしかにそういう人がふえてきているような気もします。
みなさんはいかがでしょうか。

この本で著者は、スーパーのレジ袋廃止や割り箸反対は「ただのエゴ」、生ゴミの堆肥化やプラスチックのリサイクルは「よくない」と言い切ります。
南太平洋のさんご礁の島、ツバルが水没してきているのは温暖化のためではないともいいます。
武田さんの主張が絶対正しいわけではないでしょうが、傾聴に値する意見です。
私はどちらかというと賛成することのほうが多いです。

およそ「通説」などというのは疑わしいものが多いという気がします。
世の通説や常識は、鵜呑みにするのではなく、自分の判断で考えなければいけません。
その「考えること」をさせなくするのが、これまでの社会秩序論ですが、これからは逆にそれぞれが「考えること」が秩序構築の出発点にならなければいけません。
そうした「社会構造原理」の基本が変化してきているように思います。

しかし、ちょっと気になるのは「偽善エコロジー」という表現です。
レジ袋をやめたり、プラスチックのリサイクルに取り組んでいる人たちは決して「偽善」ではなく、誠実に真摯に考えているのです。
ボランティア行為も「偽善」だと嫌う人もいますが、そういう人は「偽善以前」だと私は思っています。
問題は、そうした善意の行為や誠実な取り組みを、「偽善」などと総括してしまう姿勢です。
武田さんの問題提起には共感しますが、「偽善エコロジー」という言葉には賛成できません。
せっかくの武田さんの主張は、その言葉の故に白黒対立論争に陥ってしまうでしょう。

もっとも、「偽善エコロジー」という言葉は、武田さんの言葉ではないかもしれません。
本を売りたいがために、編集者が作り出したのかもしれません。
もしそうなら、武田さんもまた「偽善づくりの仲間」になってしまうことになります。

大切なのは個人の満足感ではなくて、行為が環境に与える意味を考えることです。
これ以上、地球環境や自然を、産業発展のために無駄に浪費することだけは避けたいものです。
企業や行政、あるいは有識者たちの言葉に無防備に従うのではなく、自分でしっかりと行為の意味を考えて生活していくことです。
行為は必ず、他の人や自然とつながっています。
そうしたことを考えて行為することが少なくなりすぎています。

エコライフとは自然のつながりの中で生きることです。
その原点を忘れないようにしたいものです。

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■節子への挽歌316:墓前の花

昨日、お墓参りに行きましたが、最近は暑いため生花はすぐに枯れてしまいます。
それで鉢物にしようと思っていましたが、これも結構管理が難しそうです。
そこで人工の花を置くことにしました。
一昨日、上の娘のユカがいいものを見つけてきてくれたのです。
ちょっと見には生花と見間違います。
毎日、日光を浴びていると退色しないか心配ですが、まあ夏場なので仕方ありません。
それでも娘たちがいろいろ工夫してくれているようです。

わが家のお墓は、何の変哲もない普通の墓です。
菊の花が自生していますが、あんまり周囲を乱してはいけないので、そう勝手には草木は植えられません。
毎日来られるのであれば、お花畑にできるかもしれませんが、今の私にはとても無理です。

今のように樹木葬が広がらない20年ほど前に、樹木葬と里山保全をつなげられないかと考えた時があります。
節子も関心を持っていました。
その後、湯河原で、死後に向けて自分の桜の木を植える公園がありました。
樹木葬ではありませんでしたが、ちょっとそれにつながるような仕組みです。
2人で偶然、そこに出会ったのですが、なぜか2人とも乗り気にはなりませんでした。
あの時に申し込んでおかなくてよかったと思います。
もし申し込んでいたら、節子を湯河原に閉じ込めてしまうことになったかもしれません。

わが家の庭の樹のどれかを。私と節子の樹にしようと提案したことがありますが、これは家族みんな賛成ではありませんでした。
理由はいろいろありますが、昔のように子孫代々が同じ家に住む文化のもとではいいのですが、そうでない文化のもとでは問題が多すぎたのです。

お墓をどうするかは、私にも節子にも、大きな関心事でした。
しかし時間切れで、節子とゆっくり話し合って、私たち風の納得できる墓のかたちが創りだせなかったのはとても残念です。
節子が結局、私の両親の墓を選んだので、私もその墓に入ることにしています。
でも、どこかに私たちだけの別荘墓をつくろうと思っています。
それはきっと私たち2人だけの墓になるでしょうから、できた途端にだれにも知られずに忘れられることになるでしょう。

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2008/07/13

■漁師のストライキと食糧自給問題

今朝の朝日新聞のトップ記事の見出しは、「燃油高、漁師が一斉スト 20万隻15日に」でした。
記事によれば、「全国20万隻の漁船が15日、一斉に休漁する。燃料費高騰の苦境を訴える「漁師のストライキ」で、これだけの規模の一斉休漁は初めて。人件費高や後継者難に追いつめられた漁業者にとって、価格に跳ね返れば消費者の魚離れが加速しかねず、休漁を繰り返せば廃業につながる危険をはらむ」とあります。
さらに、「消費者の反発を心配する声もある。魚屋でつくる東京魚商業協同組合の関係者は「魚離れに拍車がかかり、消費者が肉にシフトしないか」。政府関係者も「要はストライキ。消費者の反感を買い、逆効果にならないか」と言う」と書かれています。
政府関係者の発言には悪意と無責任さを感じますが、大切なのはやはり私たち「消費者の対応」だろうと思います。
つまり、猟師の呼びかけに応じて、消費者として何ができるかです。

食糧自給率の低下は、政府の見識のなさと消費者の身勝手さの結果です。
最近になって、食糧自給率を上げないといけないなどと言い出す前に、国産品を大事にしておけばよかっただけの話です。
他人事の話ではなく、私たち一人ひとりの生き方の問題です。
これは食糧自給率の問題に限りません。
地球温暖化に関しても、まずは自分の暮らし方を考えなければいけません。
どんな立派な発言をしていても、それを具現化する生き方をしていない人は、本物ではないと思いますので、私はそういう人は信頼しません。
もちろん原理主義者ではありませんので、可能な範囲での心がけの話です。
でも「可能な範囲」でも、個人でできることはたくさんあります。

いまのさまざまな物の高騰の一因は、私たち消費者の身勝手さによるものであることを認識しなければいけません。
もちろんそれを誘導したのは、金融資本に買収された、もしくは脅された政府官僚と国会議員、あるいは財界人ですが、騙された国民もやはり責任を自覚すべきです。
一度は仕方がなかったかもしれませんが、ここまで事情がわかってきたのであれば、国産業者を応援しなければ行けません。
WTOの視野の狭い正義論の罠に陥ってはいけません。
WTOが目指しているのは、世界を市場にしようということでしかありませんから、自給経済は壊すべきものでしかないのです。

自分の食を本気で守りたいのであれば、消費者は「高い国産魚」をできるだけ「高く」買うのがいいでしょう。
それが結局は長期的には「安く変える仕組み」を育てていくことです。
しかし自由競争の市場ではそれは難しいことです。
だとすれば、それを政策的に支援する仕組みを国民全体の視点で時限的にでも構築すべきです。
私欲に目のくらんだ財界人や政界人、あるいは官僚はそんなことはしないでしょうが、そういう人が全くいないわけではありません。
どこか大手スーパーが、猟師還元セールのようなものをできないものでしょうか。
同じように、農家還元セールがあってもいいでしょう。
発想を転換すべき時代にきているのに、流通大手の経営者は鈍感すぎます。

いずれにしろ、日本における食品は安すぎます。
もっと高くすべきだと私は思います。
低所得者が困ると思うかもしれませんが、それは別の問題です。
たとえば税金制度でもかなり対応できるはずです。

真面目に働いても、きちんと暮らしていけない社会は、どこかに問題があるのです。
そのことに目を向ける人がいないのはなぜでしょうか。
そんなことを考えていたら、責任ある立場には立てないのでしょうか。
まともな人がしっかりと政策を考え実行するような社会には、もう戻れないのでしょうか。

それはともかく、猟師の苦境は私たち生活者の苦境だという認識を持ちたいものです。
でもどう彼らを応援できるのか、具体的な方策が見つかりません。
何か良い方策があればぜひ教えてください。
もちろん私としてのできることは、やっていくつもりですが。

それにしても諫早湾事件で控訴した政府を呪いたくなります。

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■節子への挽歌315:夢からのメッセージ

節子と旅行をしている夢を見ました。
きれいな景色をみながら、
節子、また一緒に来ようね
と言いながら、
でも節子はもういないから無理だね
とお互いに屈託もなく話しているのです。

もういないのに、なぜ今は一緒に旅行に来ているのか。
とてもおかしな話なのですが、
それに気づいて、会話が途切れ、目が覚めてしまいました。
まあ、それだけの夢なのですが、
この夢に一体どんな意味があるのだろうかと考え出してしまい、それからもう眠れなくなりました。

節子がいる。
そしてその節子と、節子のいないことを話している。
実は、こうした奇妙な夢を時々見ます。
そして目が覚めるのです。
目覚めの時には、とても「あたたかな気持ち」を感じます。
しかし、いろいろと「論理的」に読み解こうとすると、頭がこんがらがってしまい、目が覚めます。
今朝もそんなわけで、5時すぎからパソコンに向かっています。
節子が、もう起きるの、もう少し寝ていたら、と言っているのを感じながら。
節子はいつもそう言っていました。
私が早起きだったからです。
節子が病気になって以来、私は早起きになりました。

フロイトの「夢判断」にはどうも違和感がありますが、私自身は夢には何かメッセージがあるのではないかと考えています。
節子が彼岸にいった後は、節子が何か託してきているのではないかという期待もあります。
でもいつも難解で、読み解けません。

節子を送った後、それまで夢で出てきた場所が出てこなくなったような気がします。
現実的な場所ではなく、夢の中に時々、出てきた場所です。
いま具体的に書こうと思ったのですが、なぜか思い出せません。
それと飛行機に乗る夢をよく見るようになりました。
実際に乗るところまでは行かず、飛行場に向かう夢ですが、行き着いたことはありません。
もう一つは迷子になる夢です。
それもいつも通っている場所なのにが、なぜかとんでもないところに出てしまうのです。
こう書いてくると、何かのメッセージを感じてしまうのもわかってもらえるかもしれません。

夢の中に私自身が何か「救い」を求めているのかもしれません。
しかし、節子が一生懸命に何かを伝えてきてくれているのかもしれません。
死別してもなお、心を通わせあうことは、私たちの約束でしたから。
その具体的な方法をきちんと話し合っておかなかったことが悔やまれてしかたありません。

今日はお墓に行って、節子に訊いてみることにします。

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2008/07/12

■「まあそんなものだ」と思ってしまう風潮

最近問題になっている大分県の教員汚職事件は、教師という職業が、いまや「パンのための労働」に変質してしまっていることを象徴しています。
せっかく手に入れた職業世界を、自分たちだけのものにしていこうという、仕事の囲い込みがここでも進んでいるわけです。
仕事の囲い込みは、社会を劣化させます。
仕事ごとに閉鎖的な世界が構築され、社会の豊かさは衰えていくでしょう。

それも大きな問題ですが、私が気になるのは、大分県の汚職事件はみんな昔から知っていたことだったのではないかと言うことです。
もちろん「うすうす」でしょうが、噂もかなりあったのでしょう。
しかし多くの人たちは、「まあそんなものだ」と見逃してきていたのです。
この「まあそんなものだ」という風潮が、実は大きな問題なのです

あることが「事件化」するまでには、多くの場合、予兆があります。
私たちは、そうしたことを比較的、安直に見逃す傾向があります。
なぜならば、「まあそんなものだ」と割り切ってしまえば、楽だからです。
企業の不祥事の多くも、関係者の「まあそんなものだ」意識に支えられているように思います。

「まあそんなものだ」現象があまりに広く社会に広がっているが故に、なかなかなそれを変えることができません。
そうしたことから全く自由に生きている人は、意外と少ないのかもしれません。
それに「まあそんなものだ」が、本当に「「まあそんなものだ」ということもありますし、その範囲は時代と共に変化するのも現実です。
それに、うすうす感じていても、確たる証拠がなければなかなか指摘はできません。

その一方で、モンスタークレーマーたちが増えているという話もあります。
クレームの材料はどんどん増えているでしょうし、クレームによる被害の大きさも高まっていますから、それに対処する側も大変だろうと思います。

しかし、この両者(モンスターエゴイストとモンスタークレーマー)はたぶん同じ種類の行為なのだろうと思います。
つまり自らが知りえた情報や自らの地位を私利私欲のために使っているだけの話です。
そして、いずれも「犯罪」なのだろうと思います。
とすれば、ちょっとおかしな話を見聞して、それを「まあそんなものだ」と見過ごしてしまうことも、同罪と言っていいでしょう。
それに、自分とは直接つながっていないように見えますが、それらは必ず私たちの生活につながっています。
「まあそんなものだ」と安直に考えずに、「それでいいのか」と考え、納得できなければ、可能な範囲で異議申し立てしていくことが、私たちの責務かもしれません。

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■節子への挽歌314:初盆への準備

節子
お盆の季節です。
帰省の準備は進んでいますか。

わが家は旧暦でお迎えすることになっていますので8月がお盆ですが、九州の蔵田さんから供物が届きました。
関東のほうは新暦だと思っていたようですが、そういう人は少なくありません。
私自身は、こうした行事にはこれまであまり関心がなく、考えてみると周りで亡くなった方がいても、その時だけで、その後のことへの気遣いがなかった自分を恥ずかしく思います。
いざ自分が当事者になって、そうした心遣いの文化がきちんと残っていることを知ると、これまでの無関心さを改めて反省させられます。

日本の文化とか、人のつながりの大切さを口にしながら、行動はそれについていっていないのです。
どこかで「わずらわしさ」から逃げたい気持ちがあるのです。
「煩わしさ」と「支え合い」とは、コインの裏表ですから、支え合いをいうのであれば、煩わしさを疎んじてはいけません。
どうも私自身の言動には矛盾があります。
これまでは、その「煩わしさ」をほぼすべて節子任せにしていました。
それで私自身は、のびのびと都合のいいことだけを話し、良いとこ取りをしていたわけです。
節子がいなくなって、いかに節子が私を支えていてくれたかがよくわかります。
改めて頭が下がります。

その節子がいなくなって、たとえばお寺へのお布施をどうしたらいいかなどもよくわかりません。
そのあたりの常識が、私にはかなり欠落しているのです。
節子の日記などを読めばきっと書いているでしょうが、まだ読む気にはなりません。
それで手っ取り早く今回はお寺からいろいろと教えてもらいましたが、私一人だと不安なので、娘に同行してもらいました。
基本を踏まえながら、私たち風に取り組むつもりです。

それにしても、加野さんも蔵田さんも、妻を亡くした私以上に、いろいろと考えてくれているのではないかと思うほどで、反省させられました。
私自身があんまり信頼されていないのかもしれません。
あいかわらず修さんは口だけだね、と笑っている節子の顔が目に浮かびます。
決して口だけではないのですが、私はどうも面倒なことは「まあ、いいか」と手抜きしてしまう傾向が強いのです。
いえ、それが「口だけ」ということですね。
それに、死者を悼む儀式を面倒だと思うことは間違いですね。
はい、反省します。

初盆は、わが家の家庭菜園で採れたナスとキュウリで牛と馬をつくります。
提灯はどうしようかまだ検討中ですが、どうも葬儀関係のお店で売っている提灯はわが家の気分には合いません。
たぶん節子もきっとそう思うでしょう。
家族みんなでわが家風のものをインテリアショップなどで探していますが、なかなか見つかりません。
お墓からの迎え火の提灯は、なんとヴェネチアンガラスのランプが採用されそうです。
仏壇の前の提灯は、まだ見つかりませんが、100円ショップで購入してきた提灯を素材にしてわが家風にデザインする計画もあります。
初盆はご住職も来るので、あんまり羽目を外せませんが、節子の意向も踏まえて、楽しい雰囲気を創りだしたいと思っています。

まあ、そんなわけで、初盆の準備もそれなりに進んでいますので、節子も安心してください。

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2008/07/11

■若者たちに未来を託すための若者塾

いろんな分野の人たちと会う生活に少しずつですが、戻りだしています。
私はこの20年、できるだけさまざまな分野の人たちと関わりたいと思い、
いわゆる3つのセクター(企業、行政、NPO)の分野と均等にお付き合いすることを心がけています。
この数年、少し自宅に引きこもりがちでしたが、
最近、それぞれの分野で活躍する若者たちと会う機会がまた増えています。
彼らに会うと、元気をもらえます。
しかし、いささかの苛立ちも感じます。

彼らと話していて痛感するのは、人生の選択肢が増えていることです。
あるいは、自分の人生を決めるための時間に余裕があるということです。
それが恵まれていることであり、幸せだなどと言うつもりはありません。
時間があり、選択肢が多いということは、それなりに苦労が多いはずです。
しかも、それにもかかわらず、人生を指南してくれる人やモデルにできる人は減っているようです。
たしかに、テレビや新聞雑誌で、生き方のモデルにしたいような人の話はよく取り上げられますが、
それは多くの場合、創られた虚像であり、実際に触れ合える身近な人ではありません。

大学の先生もあんまり相談に乗ってくれていないようにも思います。
私がもし学校の先生だったら、生徒との関係はこうなるだろうなと思う構図はあまりみかけません。
お互いに信頼しあっていない気さえします。
その責任は、制度に縛られがちな教師のほうにあることは言うまでもありません。
無責任の大人が多すぎるのも問題です。
言い過ぎかもしれませんが、偽物が横行しすぎています。
まあ、私もその1人かもしれませんが、若者への愛情にかけては、少しは自負があります。
能力が追いついていないのが問題ですが。

若者を愛する文化。
近代化、あるいは産業化が、個人をばらばらな存在にしてしまったためでしょうか、
そうした文化が消えてしまっているような気がします。
しかも、自己責任などという洗脳を受けたせいでしょうか、
社会との関わり方を見失っている若者が増えていますし、
心理主義の罠に陥ってしまい、悩んでしまっている若者もいます。
若者たちと話していると、今の時代の実相がいろいろと見えてきます。
そして、それに対する彼らの受け止め方も感じられます。
無力感に陥っている若者も多いかもしれませんが、社会を変えたいと思っている若者は決して少なくありません。
私たち世代の生き方を、反面教師として、自らの生き方を切り開こうという意識を持った若者にも出会います。
しかし、残念ながら、その多くは挫折していきます。
そして皮肉なことに、挫折が今様な基準では「成功」であることも少なくありません。

私たち世代ができることは何でしょうか。
いえ、私ができることは何か。

いつものことながら、思いつきで短絡的なのですが、
若者たちが集える場所をつくろうかと思っています。
思いと悩みを持っている若者たちが気楽に心開けるサロン。
そんなサロンができればと思っています。
もし関心のある若者、もしくは自称若者の方がいたら、私にメールをくれませんか。
一緒にそんなサロンをつくりませんか。
悩みが多く、自立もできずに、素直に話をし合える仲間がいない人ほど歓迎です。
もちろんそうでない人も歓迎ですが、ほとんどの人はきっとそうでしょう。
私のオフィスが湯島にありますので、そこで先ずは気楽なサロンをスタートさせられればと思います。

よかったらご連絡ください。

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■節子への挽歌313:手づくりの万華鏡

昨日、TYさんのことを書きましたが、
節子の位牌壇のちかくに、TYさんのテディベアと並んで、万華鏡があります。
病床の節子が時々、のぞいていた万華鏡です。
これはたしか寿衣を縫う会の嶋本さんからのプレゼントです。
手づくりの万華鏡です。

節子の枕元にはたくさんの人たちからのエールの品々がありました。
元気になって、その一つひとつを「ありがとう」と言って返していくのが私たち2人の願いでした。
そうした品々が、もう返すこともできず、いまもなお私たちの周りにいます。
返さなくてもいいではないかと思うかもしれませんが、私たちは返却の旅をしたかったのです。

寿衣を縫う会の嶋本さんに私が出会えた時には、節子はすでに闘病中でした。
ですから私たちは「寿衣」の話を避けがちでした。
闘病中であれば、むしろきちんと受け止められたのではないかと思うかもしれませんが、元気な時であればこそ、「死」はこだわりなく語れるのです。
節子と私は、意識的に「死」に関する話は避けていた気がします。
いまとなっては、「逃げていた」と言われても否定できません。
それもまた私の中では融けることのない「悔いの念」です。

節子が逝った後、嶋本さんからは「般若心経」の本が送られてきました。
万華鏡と般若心経が、いまも節子を包んでいてくれています。

ちなみに節子はお気に入りのカジュアルな服装で旅立ちました。
胸に四国八十八か所のお札を懐に入れて。

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2008/07/10

■国家と国家の約束の意味

北朝鮮拉致問題に関する加藤紘一さんの発言に対して、拉致被害者家族連絡会が「不見識極まりない」と抗議しています。
洞爺湖サミットでは、全くと言っていいほど何もアピールできなかった日本政府ですが、その足元でこんな発言が出ていることは決して偶然ではないでしょう。
拉致被害者家族のみなさんの怒りに共感します。
加藤さんの見識のなさは今に始まったことではないですが、驚きを感じます。

救う会全国協議会ニュースから引用させてもらいます。

「報道によれば、7月7日、日朝国交正常化推進議員連盟の顧問を務める加藤紘一氏が、北朝鮮から帰国し自由を得た拉致被害者5人について、次のように述べたという。
「国家と国家の約束だから、(北に戻した方が)よかった。安倍(晋三)さんを中心に返すべきでないとなったが、その辺が今、日朝の間で打開できない理由だと思う」
詳しくは、救う会のホームページを見ていただきたいですが、
「5人が北に戻されていれば、「自分の意思で戻った」と言わされたあげく、「拉致問題は解決済み」という北朝鮮側の主張に利用されたであろう」と拉致被害者家族連絡会では書いています。そして、
「被害者や家族の思いや不安をまったく理解しようとしない加藤紘一氏に対し、われわれは強い憤りを覚えるものである。被害者本人の明確な意思表明にもかかわらず、今頃、5人を北に戻すべきだったと主張する加藤氏の精神構造を、われわれは強く疑わざるをえない。
加藤氏を顧問に頂く「日朝正常化」議連の内部からも、即座に批判の声が上がるかと注視していたが、今のところ動きはない。このまま推移するようなら、われわれは、山崎拓会長はじめ同議連の役員・メンバーもすべて、日本人の自由と命よりも金正日の意向を重視する加藤氏と同次元に立つものと見なさざるを得ない」
と強く抗議しています。

核問題を口実にして、世界は北朝鮮の拉致問題を棚上げしている感があります。
日本の朝鮮人強制連行問題も棚上げされていますが、
要するにこうした問題は政治が一番不得手とする分野なのかもしれません。
なぜなら自らも同じような弱み(人権侵害要素)を必ず持っているからです。
「拉致」は、国内外を問わず、国家の得意技なのです。
拉致問題も、日本と北朝鮮の対立問題のように見えていますが、拉致を少し広義に考えれば、人民と国家の対立問題です。
そういう問題設定をしないと本質は見えてきません。
逆に、そう問題設定すると、北朝鮮政府と日本政府とアメリカ政府が、なぜあいまいな形でしか取り組まないのかも理解できます。
それに、核問題と違って、拉致問題はお金にはならないですから、財界からの圧力もないでしょうし、解決しても献金は増えません。
つまり、拉致問題は極めて純政治的な問題なのです。
ですから解決せずにあいまいにしておくほうが政治家にはメリットがあるのです。
加藤発言は、そうした本質を露呈しているように思います。

拉致問題にどう取り組むかで、政府(政治家)の本質がみえてくるように思います。
しかし自分が当事者だったら、どう思うかを考えれば、政治家とは違った意識が芽生えるでしょう。
拉致問題をどう考えるかで、自分の生き方の実体もみえてくるような気がします。

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■節子への挽歌312:時々ふと、そばにいる気配を感じます

節子
最近、また節子にとても会いたい気持ちが高まっています。
たぶん現世では会えるはずはないのですが、頭のどこかで、きっとまた会えるという確信のようなものが依然として残っています。
愛する人を失った人は、きっとみんな同じなのだろうと思います。
その確信があればこそ、愛する人がいない現世を生きていけるのかもしれません。

私よりも数年前に伴侶を見送った高崎のTYさんのメールをなぜか思い出しました。
節子を見送ってから何通かのメールをもらっていました。
読み直してみました。
いろいろなことに気づきました。
改めてメールを読んで、TYさんの心遣いの深さに気づかなかったことがたくさんあったことにも気づきました。
当時はきちんと受け止められていなかったのです。

TYさんは、夫の存在を実感できると書いていました。

誰もいないのに空気が動いたり、足音が聞こえます。
体調が悪いときはすごく嬉しくなります。
こうも書いています。
時々ふと、そばにいる気配を感じます。
良いことがあったときは、写真が微笑んでいます。
子どもたちにも見えるそうです。
最近、私もそう感じます。
時間の経過とともに、逆にそうした感じが強まっている気もします。
思いの強さが、そうさせているのかもしれません。

TYさんは、ご自身の体験を踏まえて、いろいろと私たち家族を気遣ってくださいました。
1年近くたって、そのことにやっと気づくとは恥ずかしい話ですが、そうした不義理をたくさんしているのでしょうね。

TYさんはこうも書いてきてくれていました。

佐藤さん
ゆっくりゆっくり歩いてください。
節子様が、いま佐藤さんにしていただきたい事を、メッセージを送ってこられると思います。
節子様との楽しかったこと、良かったことをお話して下さい。
ポジティブなお考えの持ち主に心配かけないように・・・・
心おきなく旅立たれるようにとお祈りしております。
そうやっていただろうか、いささか不安です。
TYさんからはお手紙も何回かもらっています。
そういえば、当時もらったいろんな人たちからの手紙もきちんと消化しないままになっているのかもしれません。
節子を見送ってからの半年は、「心ここにあらず」だったのかもしれません。
少しずつ当時の手紙やメールを読み直してみようかと思います。
きっと節子はそれを望んでいるでしょう。
節子はそれなりに義理を大切にする人でした。
ちゃんとやらないと怒られてしまいます。

ちなみに、いま気づいたのですが、節子の位牌壇のそばにTYさんの手づくりのテディベアがいます。
TYさん
ありがとうございました。
TYさんの少し後ろを追いかけながら、私も活動を回復させていくようにします。

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2008/07/09

■節子への挽歌311:節子さんがいないせいか家が小さくなりましたね

節子
今日は河島さんご夫妻が献花に来てくださいました。
早くきたいと思っていてくださったようですが、人生はいろいろあります。
ご主人が1か月ほど入院されていたそうです。
ご主人は昔気質の江戸っ子ですが、昔から粋なおとぼけジョークが好きなのです。
それが歳とともに、もっと自然になって、磨きがかかりました。
いささかプライバシーにも関わるので、書くのをやめますが、今日はもう大爆笑の事件が起こったのです。
きっと帰宅後も河島夫妻は笑い続けていたことでしょう。
ハンマーカンマーにも勝る、実におかしなやり取りが展開したのです。
具体的に書けないのがちょっと残念です。
人は素直に老いると、楽しい存在になることを改めて知りました。

奥さんは油絵をやられていますが、
この度、自宅を改造してなんと16畳のアトリエをつくったのだそうです。
節子もちょっとだけ油絵をやっていましたが、河島さんの足元にも及びませんでした。
私も時々、節子と一緒に河島さんの展覧会を見に行ったことがあります。

ところで奥さんがわが家に入ってくるなりこう言うのです。
「節子さんがいないせいか、何だか家が狭くなったようね」
意外な言葉です。
節子がいなくなった分だけ、少し寒々し、むしろ広くなったと思っていたのですが、
河島さんのその言葉にハッとさせられました。
そうか狭くなってしまったのだ。
たしかにそういわれるとよくわかる気がします。

家は単なる物理的な空間ではありません。
そこに住む人と一緒に生きています。
節子がいることで、家の暖かさや華やかさがあり、それが空間の広がりをつくっていたのでしょう。
節子がいなくなったいま、わが家の空間も少し元気をなくし、萎縮しているのかもしれません。
目から鱗の発言でした。

もっと元気で華やかで、広々した家にしなければいけません。
せっかく、節子が選んだ場所に、節子の思いも入れて建てた家です。
節子を失望させないように、家が小さくならないようにしようと思いました。
どうすればいいのかは、まだわかりませんが。

帰り際に河島さんたちが言いました。
散歩で時々、お墓にも行かせてもらいます。
仲の良いお2人を見送りながら、
私たちもきっとあんな夫婦になったのだろうなと思ったら、急に涙が出てしまいました。
節子
やっぱり節子に会いたいです。

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■議会の外に眠っている大きな力に対する洞察力の欠如

ローザ・ルクセンブルグ。第一次世界大戦中にドイツ社会民主党の戦争支持に対抗して、「スパルタカス連盟」を結成し、ドイツ革命に挑んだ革命理論家です。
私が高校生だった頃の世界史の教科書には登場していましたが、最近の教科書ではどうなのでしょうか。
その知的な容貌と悲劇的な最期の強烈さから、今でもその名前は鮮明に覚えています。
最近、彼女の主張に少し興味を持っています。
ドイツ革命が成功していたら、世界は全く変わっていたと思えるのです。

彼女は、議会主義を進めるドイツ社会民主党に批判的でした。
ある本を読んでいたら、こういう解説がありました。
「(彼女がドイツ社会民主党の基本路線、唯=議会主義を否定したのは、)議会のみが政治の舞台であり、そこで多数派にならなければ何もできないという怯懦と、議会の外に眠っている大きな力に対する洞察力の欠如に向けられたのであって、議会制そのものを否定したわけではない」(市野川容孝「社会」岩波書店)。
「議会の外に眠っている大きな力に対する洞察力の欠如」。
まさに昨今の民主党そのものではないかと思いました。
民主党だけでなく、日本の野党の基本路線もまた、こうした議会主義の罠に陥っています。
それでは何も変りません。
自民党と同じ穴の狢になってしまっているのです。

一時期、国民にも存在感を広げていた民主党は、戦略も戦術も間違えたように思います。
目を覚ましだしていた「議会の外に眠っている大きな力」は、再び眠りだしています。
これほど支持率の低い首相に、何一つ効果的な打撃を与えられずに、自壊しつつある民主党を見ていると、まさにその怯懦ぶりを感じます。
民主党は、政権能力がなかったのではなく、政権意欲がなかったのです。
国民の意識が高まっていた時に、国民に顔を向けるべきでした。
しかし彼らには、その洞察力がありませんでした。
その意味では、国民の意向を無視し続ける現政権と同じです。

洞爺湖サミットとは一体何なのでしょうか。
これからの歴史を決めていく重要な会議と言われていますが、どこがそんなに重要なのか、よくわかりません。
温暖化問題に対する合意は、一体何なのか。
あのわけのわからない言葉を、前進だとか後退だとか評価する気にはなれません。
巨額な資金をかけて、こんなことしか決められないのか。
それをまた大げさに報道する人たちの気も知れません。
そこにも「会議の外に眠っている大きな力に対する洞察力の欠如」を感じます。
反サミットグループも、サミットに同調するNGOも集まったのですから、そことの交流のセッションもあれば、議論は広がりを見せたでしょう。
マスコミにも、そうした会議の外での動きをもっと報道してほしいです。
そこにこそ真実があり、そこにこそヒントがあるようなきがします。

幾重にも隔離された会場での駆け引き的な議論。
18~19世紀の宮廷政治を思い出します。

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2008/07/08

■「ハンマーカンマーの法則」

数日前に書いた「ハンマーカンマー」はお目にとまったでしょうか。
私の思いをこめた自信作の時評(まあ年に数回はあるのですが)への反応はあまりないのですが、この非自信作への反響は予想外に多いのです。
それにヤフー検索を通してのアクセスも結構ありました。
これって、喜ぶべきことでしょうか。
いささか不満もあります。いやはや。

許可なく私信メールを掲載すると問題もあるのですが、まあ、いいでしょう。
なにしろ「ハンマーカンマー!」ですから。
最近、「法則の法則」という本を書いた一条さんからのメールです。

「ハンマーカンマー!」と叫ぶと笑えて元気になれるというのは、「佐藤さんの法則」ですね。
ぜひ、この素敵な「法則」が世の中に広まりますように。
みんなが笑って、みんなが元気になれますように!
ハンマーカンマー!
私もついに、法則の発見者です。
ニュートンの法則に比べると、やや見劣りがする気もしますが、勝手に自称したものではなく、法則の権威者の命名ですから、価値があります。
ノーベル平和賞をもらったような気分です。
でも一条さん、世の中に広まって大丈夫でしょうか。
ちょっと、いや、かなり心配ですね。
それよりも、一条さんまでが、ハンマーカンマー!と書いて大丈夫でしょうか。
まったくハンマーカンマーの威力は底知れません。はい。

次は、元気をなくしている私に、笑いの効用を説いてくれているNKさんからのメールはこうです。

この所「笑の効用」が得られなかったものでしたので、何か無いかな~!と思っていたところです。
昨夕「先生のHP」にお邪魔致しまして、「ハンマーカンマー!」を、拝見いたしまして、お腹の皮が痛くなるほど“笑わせて”頂きました。
今までは、“畏敬の念”はいつも感じて居りましたが、今回の!イヤ~ッ!先生の“笑のセンス”に、「ジタジタ」。イヤ!失礼しました。「タジタジ」が正解です。

>みなさん、もし今まわりに誰もいいなければ、ちょっと「ハンマーカンマー!」といってみて下さい。
>どうですか笑えませんか。
>笑えない?
>ではもう一度。はい、「ハンマーカンマー!」
>・・・・
先程、この箇所を「プリントアウト」致しまして、私も “バカ笑い”致しております。
エエッ!「プリントアウト」するなんて「著作権」に“抵触する”ですか?
そこは、“恩になるばかりの私”ですが、“なが~い”お付き合いと言う・・・。
ごようしゃ下さいますよう。
なお、このメールに関しては、「返信」は「不要」になさって下さい。
なぜか?
「ハンマーカンマー!」だからです。(*^_^*)
「ハンマーカンマー!」のおかげで、私の評価は「畏敬」から「バカ笑い」に変化したわけです。
喜ぶべきでしょうか。嘆くべきでしょうか。

前後の記事との落差が大きすぎるという声もありますが、
それがいいと、今日は田辺さんがコメントを書き込んでくれました。
いやはや、ハンマーカンマー効果はすごいですね。

洞爺湖サミットの動きに、いろいろ時評すべきでしょうに、
こんなハンマーカンマー騒ぎをしていていいのでしょうか。
でもまあ、それがハンマーカンマーなのかもしれませんね。
いやはや。明日は少し硬派の時評を書かないといけませんね。
頭が痛いです。はい。

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■節子への挽歌310:節子を守護する大日如来が生まれつつあります

節子
節子の一周忌を目指して、大日如来に来てもらうことになりました。
私ではなく、娘のジュンの発願です。
わが家の仏壇にはまだ仏様がいませんので、節子の位牌が中心です。
落ち着いたら、ジュンが仏像をつくることになっていたのです。

10回目の月命日に当たる今月の3日に、大日如来像づくりが始まりました。
テラコッタの塑像です。
わが家は真言宗なので、大日如来。
印相は智拳印にしました。

節子と最初に奈良を歩いた時に、阿弥陀仏の九品来迎印を話題にしたのを思い出します。
初めてのデートの話題にはあまり相応しいとは思いませんが、なぜか節子はそれを真剣に聴いてくれました。
ちなみに、私たちのまわりには、なぜかいつも「ほとけたち」が居たような気がします。
いつかそのことも書こうと思います。

阿弥陀如来は信仰の程度によって、衆生を9つに分けます。
そして、阿弥陀如来は臨終の人を迎えに来る際、その人にふさわしい印を示すとされています。
節子の場合は、どの印で迎えに来たのでしょうか。
その時は、節子を呼び戻すのに夢中で、阿弥陀仏など全く思いもしませんでした。
もしかしたら、阿弥陀仏と節子の取り合いをしていたのかもしれません。
勝てなかったのが残念です。

それにしても、阿弥陀はなぜ人を分けるのか。
今では深く考えるでしょうが、節子に会ったころは、そんなことよりも仏像に関するわずかばかりの知識をきっと節子にひけらかすのに夢中だったのでしょう。
そのせいか、節子は私の「物知り」発言に幻惑され、その後、長く私は何でも知っていると思い込んでいました。
しかし、だんだんとそれが間違いであり、私が単なる「知ったかぶり」でしかないことに気づきました。
私の知識のいい加減さもばれてしまい、人生後半は、「はいはい、そうですか」と聞き流すようになりました。
ただ、私の思いから出てくることには、いつも真剣に耳を傾けてくれました。

仏像はいま乾燥中です。
ひびが入らなければいいのですが。
乾燥したら、焼成します。
開眼の日には私に目を入れさせてくれることになっています。

節子
もう少し待っていてください。
ジュン風の、ちょっと楽しい、しかし素直な仏が誕生します。

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2008/07/07

■節子への挽歌309:完全に無防備な関係

昨日、自分の素直な思いを素直に話しても素直に聴いてくれる人が、周りに1人でもいれば、人はどんな苦境でも踏みとどまれます、と書きました。
そう書きながら、節子の顔を思い浮かべていました。
節子が私にとって、生きる力を与えてくれたのは、そういうことだったのだと気づいたのです。
昨日も書きましたが、素直になれるということは、無防備になれるということです。
無防備でいられるということは、癒されるということでもあります。
節子は私にとっては、究極の安息を与えてくれる存在だったわけです。

すべての夫婦が、そういう関係にあるわけではないでしょう。
私たち夫婦も、最初からそうだったわけではありません。
いろいろな事件もありました。
しかし40年も一緒に生きていると、その絆は親子よりも強くなります。
とても運が良かったのは、私たちは2人とも最初からそれなりに「素直」でした。
そして、お互いに適度の依存志向があったのです。
いいかえれば、自立心が弱かったということです。

相手に対して、お互い、素直になり無防備になると、とても生きやすくなります。
しかし、さまざまな価値観と利害がうずまく世間では、素直にも無防備にもなりにくいのが現実です。
そうした世間での疲れを癒してくれるのが、夫婦であり家族でした。
最近はそうした「家庭」の役割は失われ、夫婦も家族も安息の場ではなくなってきているのかもしれません。
それどころか、夫婦や家族にまつわる事件が増えているようにも思います。
いまや夫婦や家族といえども、素直で無防備になっていないのかもしれません。

かけがえのない夫婦、かけがえのない家族。
その世界での事件に触れるたびに、完全に素直になり無防備になれた節子とめぐり合えたことに感謝します。
相手に素直になれ無防備になれるということが、愛するということなのかもしれません。

私たちは、完全に無防備な関係でした。大互いに。
2人でいる時の無重力世界のような居心地の良さをもう体験できないことが悲しいです。

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■格差と多様性

「ハンマーカンマー!」を掲載したためか、やはり心療内科に行ったほうがいいのではないかと思われた方がいるかもしれません。
そもそも、ゾーエだとかビオスだとか、難しいことを言ってもったいぶっているが、挽歌だとか時評だと、危ない話だとか、まさに「ごった煮」のブログで、読みずらいとお叱りもいただきました。
このブログは、いったい何なのかと言うわけです。
何なのでしょうかね。
困ったものです。

しかし、人間はそもそも様々な多重人格の雑居体ですから、素直になればこういうものなのだと思います。
マルチチュードもハンマーカンマー!も未練がましい泣き言も、私の中で見事に統合されています。
だからこそ私のアイデンティティは保持されているわけです。

社会もそうです。
先日も友人と話したところですが、
子どもも年寄りも、働く人も遊ぶ人も、健康な人も病気の人も、容量の良い人も悪い人も、男性も女性も、いろんな人がいるからこそ、社会が豊かになるわけです。
価値観もそうです。
さまざまな価値観があればこそ、社会は豊かになります。
偏差値基準や金銭基準だけで評価される社会は、退屈であるばかりでなく、脆いです。
その脆さが、いまいろいろなところで問題を起こしています。
基準が一つになってしまったが故に、格差社会などといわれる状況が起こってしまいます。
さまざまな格差が、共存でき、その格差が相互に支えあう社会になれば、状況は一変します。
そして異質さが共存しあう社会は、まずは個人一人ひとりが、自らに内在する異質性に気づくことです。

格差社会と多様性社会は、もしかしたら隣り合わせているのかもしれません。
格差社会は是正しなければいけませんが、格差意識に翻弄されないようにしなければいけません。
「ハンマーカンマー!」論で、ちょっと顰蹙をかいましたので、その挽回のために、ちょっと自己弁明をしてしまいました。
それにしても、一人の人間の中には、実に多様な個性や思考があるものです。
明日はどの自分で生きようか、時に悩むほどです。
みなさんは悩むことはないでしょうか。

やはり心療内科に行ったほうがいいですかね。
いやいやこれはもちろん冗談です。
今の世界ほどには、多様な分裂はしていませんので。

日米首脳の記者会見について書く予定でしたが、あまりにも退屈な記者会見でしたので、やめました。

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2008/07/06

■秋葉原事件を再発させないための「素直さの回復」

秋葉原無差別殺傷事件に代表されるような事件が増えて来ています。
あるいはまた丸明などの食品会社不祥事も後を絶ちません。
新聞やテレビのニュースでは、毎日、そうした事件が繰り返し報道されています。

今日の挽歌編に書いたことを再録します。

同じ立場にある人たちには、多くの言葉は要りません。
それに自分が発する言葉が決して誤解されない安心感があるので、素直に話せます。
だからきっとすっきりできるのです。
自分の素直な思いを素直に話しても素直に聴いてくれる人がいるということのありがたさを、改めて実感しました。
そういう人が周りに1人でもいれば、人はどんな苦境でも踏みとどまれます。
秋葉原事件を起こした加藤さんも、間違わずに済んだような気がします。

これは挽歌の文を書いていて自然に心に浮かんだことです。

私には一つだけ取り柄があります。
人の言葉を素直に聞けて、素直に反応できるのです。
大人になってからは、素直な反応を隠す術を少し身につけましたが、身体は正直に反応しますので、よほど相手が鈍感でないと隠せません。
幸いに私の不得手なタイプの人は、ほぼ例外なく鈍感ですから(自分にしか関心がありません)、まあ大きな問題は起こさないですんでいます。
たぶん、ですが。

いろいろな人が私のオフィスに来ます。
それこそ大会社の社長から苦境のどん底にある人まで、いろいろです。
なぜ来るのでしょうか。
でも私はすべての人に同じように対応しています。
ただ素直に話を聞き、素直に反応しているだけです。
受け取り方は違いますが、それは間違いなく相手の心理状況によるものです。

昨日、伴侶を亡くされた方が突然やってきました。
そのことは挽歌308に書きました。
上記の文章は、その記事の最後の文章です。
あえて続けて再録したのは、挽歌読者だけでなく、他の人にも読んでほしいと思ったからです。
なんだか「大きな発見」のような気がしだしたのです。
そして社会を変える方法が見つかったような気さえしてきたのです。

「ペイ・フォワード」はご存知でしょうか。
それを知った時、私は感動しました。
これで世界は幸せになるとさえ思いました。
まあいかにも私らしい過度の単純思考ですが、
残念ながらその行動はあまり広がらなかったように思います。
私も持続できませんでした。
それを仕事で実践しているという某社の部長に会ったことはありますが、残念ながら私の理解とは違っていました。

誤解しないという確証を持って聞いてもらえる人、それはいわゆるカウンセラーです。
しかし、仕事としてのカウンセラーは、こちらの思いを心から受け止めてくれるわけではありません。
技術論として受け止めてくれるだけですから、双方とも共同幻想の上のゲームでしかありません。
否定するつもりはありませんが、私の周りにもたくさんいるカウンセラーは、上記の文章にある「素直な思いを素直に話しても素直に聴いてくれる人」には当てはまりません。
「創られた素直さ」は本物ではないからです。

素直になれるということは、無防備になれるということです。
エスカレーション理論とディスかレーション理論を思い出します。
無防備こそが最高の防御策と、私は思っていますが、ほかの人には勧められません。
現実は必ずしも、まだそうではないことも知っているからです。

ただ素直になることの強さ、これはその生き方に徹すると実感できます。
これを「素直さの効用」と呼びましょう。
赤ちゃんが無防備なのに安全なのは、素直さの効用の結果です。

自分の素直な思いを素直に話しても素直に聴いてくれる人を見つけましょう。
見つけるのはそう難しいことではありません。
まず自分がそうなればいいのです。
素直に聴き合える関係を育てましょう。
本当はみんなそうしたいのかもしれません。
「21世紀は真心の時代」で私が言いたかったはそれだったと思い出しました。
孤立している人がいたら、声をかけましょう。
孤立してしまっていたら、声を上げましょう。
嘘をつくのはやめましょう。
たとえ総理大臣や財界人が嘘をついても、真似をしてはいけません。
彼らは不幸の人生に負けているだけなのです。
いつかきっと素直になる時があるでしょう。
それを祈ってあげましょう。

素直さの効用は、私たちの人生をきっと豊かにしてくれます。
そう信じています。

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■節子への挽歌308:突然の献花者

昨日、わざわざ埼玉から米田さんという方が献花に来てくださいました。
ネット検索をしていて、私のブログの挽歌に出会ったそうです。
読み始めたら、どう表現していいかわからなかった自分の気持ちが書かれているような気がして、居ても立ってもいられなくなったのだそうです。
そして、娘さんに同行してもらってやってきてくださったのです。

米田さんは昨年10月にご主人を亡くされました。
節子と同じ病気でした。
私たち夫婦と同じように、お2人で音響機器の会社をやっていたのです。
アドバンスオーディオという会社です。
http://www.advance-audio.com/
ご主人が心をこめて製作した真空管アンプのオーディオキットは、その分野では有名のようです。
ネット上の「オーディオニュース」というサイトに、「米田英樹氏が逝去」という記事が掲載されていました。

米田家も、わが家と同じく、家族全員が絶対治ると最期まで確信していたそうです。
そして突然の、信じられない別れ。
米田さんも、おそらく私と同じような状況になってしまったでしょう。
誰に話してもわかってもらえない、でもこの気持ちはそとに出したい。
どう表現したらいいのか。

そんな時、私の挽歌に出会ったのです。
一昨日のことです。
そして娘さんに頼んで、私の挽歌をプリントアウトしてもらったのだそうです。
山のような厚さになってしまったそうです。
なにしろ300回を超えていますので、たぶん50万字以上です。
内容も内容ですので、勢いがないととても読めない分量です。
でも米田さんは私の挽歌を読んで気が少し晴れたそうです。
自分の気持ちを代弁してくれていると思ったそうです。
私は書くことで心を安定させ、米田さんは読むことで心を安定させるというわけです。

別れの様子も少しお聞きしました。
米田夫妻は私たちよりわずかばかり年下ですが、お子さんが3人、いるそうです。
それが支えで、もしいなかれば後を追ったかもしれないといいます。
しかしいまは、ご主人と一緒にやってきた会社(アドバンスオーディオ)を、少しでも長く維持し、ご主人が精魂込めて生み出した品々を一人でも多くの方々にお届けすることで、ご主人の命が未だ燃え尽きていないと信じたいと、応援してくださる方々に支えられながら、活動を続けていきたい心境だといいます。
オーディアマニアの方たちから早すぎる逝去を惜しまれた米田英樹さんが一生懸命育ててきた真空管アンプのオーディオ機器ですから、きっとやわらかなあったかい音で聴く人を包み込んでくれるのでしょう。
今もなお、たくさんの人たちが米田さんのやさしさに包まれていることでしょう。
そして米田家族の中では、いや、英樹さんを知っている方のあいだでは、いまなお英樹さんは生き続けているのです。
それがよくわかります。
*この部分は、米田さんからのコメントにそって、当初の表現を一部変更させてもらいました(7月9日)。

庭の献花台に、庭のダリアを献花してもらいました。
私自身もあまり心の準備ができておらずに、突然の怒涛が押し寄せてきたような感じで、いささかの戸惑いもありましたが、帰り際に米田さんが「今日は来てよかった、気持ちがすっきりした」といってくれました。
挽歌も少しは誰かの役になっていることを知って、私もちょっとすっきりしました。

同じ立場にある人たちには、多くの言葉は要りません。
それに自分が発する言葉が決して誤解されない安心感があるので、素直に話せます。
だからきっとすっきりできるのです。
自分の素直な思いを素直に話しても素直に聴いてくれる人がいるということのありがたさを、改めて実感しました。
そういう人が周りに1人でもいれば、人はどんな苦境でも踏みとどまれます。
秋葉原事件を起こした加藤さんも、間違わずに済んだような気がします。

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2008/07/05

■「ハンマーカンマー!」

最近、テレビ番組はどうしようもないほど「アホ化」していますが、一発芸的なナンセンス芸がはやっているようです。
流行語にまでなっているものも少なくありませんが、私にはみんな退屈です。
ところが、時々、ついつい引きずり込まれてしまうようなものに出くわします。
昨夜、大西ライオンという芸人が、サイレント芸をやっていました。
1分のうちに3人を笑わさないといけないというゲームです。
見ていない人には説明のしようがないのですが、
私が笑い転げてしまったのは、ライオンキングのかつらの向きを変えるという、ただそれだけの行為です。
そのどこが面白いのかですって。
だから見ていないとわからないといったのです。
まあ、そんなのに笑っているんじゃ、ほかのタレントの一発芸に笑っているのと同じじゃないかといわれそうですね。

ところがその前日、もっと面白いものを見てしまったのです。
これもご存じない方が多いでしょうが、
ハリウッドザコシショウという、デビュー以来全く何の賞ももらったことのない芸人の古畑任三郎のものまねです。
その物まね芸は面白くないのですが、なぜか「ハンマーカンマー!」という全く無意味な言葉を乱発するのです。
最初は何の面白味もないのですが、繰り返し乱発しているのを見ているうちに、なぜか笑いこけてしまうようになります。

やはりテレビを観ないとわからないでしょうか。
いやそんなことはないでしょう。
ものは試しです。
みなさん、もし今まわりに誰もいなければ、ちょっと「ハンマーカンマー!」と言ってみてください。
どうですか笑えませんか。
笑えない?
ではもう一度。はい、「ハンマーカンマー!」
やはり笑えないでしょうか。
もし笑えないとすると問題です。
もう一度やってみましょう。
「ハンマーカンマー!」
面白いでしょう。おなかの皮がよじれますよね。
これを書きながら、笑いがとまりません。
なぜなら、「ハンマーカンマー!」だからです。
だから「ハンマーカンマー!」なのです。

呪文のような言葉に、「欧米か」とか「かんけいねえ」とかいろいろありますが、
「ハンマーカンマー!」には勝てないでしょう。
なにしろ「ハンマーカンマー!」ですからね。
これは絶対に流行ると娘に言ったら、絶対に流行らないよといわれました。
ちなみに娘は大西ライオンを一度見て、無駄に声がいいので好きになったようです。
彼女の勧めでサイレント芸を見たのですが、まあ「ハンマーカンマー!」に比べれば、「ハンマーカンマー!」です。

明日、誰かに会ったら「ハンマーカンマー!」と言ってみましょう。
きっと1日が明るくなります。
「ハンマーカンマー!」をお忘れなく。
今年の流行語大賞間違いなしです。

「ハンマーカンマーの法則」
ハンマーカンマーの映像

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■節子への挽歌307:遠離 Pavivitta

日本テーラワーダ仏教協会のアルボムッレ・スマナサーラ師の講話が評判のようです。
佐藤さんもぜひ読んでくださいと、若い友人が著書を持ってきてくれました。
「偉大なる人の思考」です。
偉大なる人とは、仏陀のことです。
スマナサーラ師は、スリランカの上座部仏教の僧侶で、上座部仏教の教義や瞑想を普及させる活動に取り組んでいます。
本を持ってきてくれた若い友人も、僧籍をもっているのですが、企業人に呼びかけて、最近、瞑想活動を始めたのです。

その本を読み出したのですが、第3章で止まってしまいました。
読む気がしなくなったのです。
というよりも、憤りを感じてしまったのです。
一時的な憤りかもしれないと2週間、頭を冷やして読み直しました。
怒りはなくなりましたが、やはり違和感があります。
そこで、この挽歌に書くことにしました。

第2章のタイトルは「遠離」(Pavivitta)です。
こう書かれています。

「遠離」とは「あれこれと束縛がない」という意味です。
関わりを持たないことなのです。
束縛がないことと関わりを持たないこととは違います。
華厳経にあるインドラの網に象徴されるように、あるいは空即是色・色即是空に示されているように、関わりこそが仏教の真髄だと私は思っていますので、違和感が拭えないのです。
般若心経に「遠離一切顛倒夢想究竟涅槃」とありますが、これはすべての妄想(顛倒夢想)を打ち破って悟りの境地に入る、というように、「遠離」とは自由になるという意味であって、関わりを持たないというのとは全く違います。
関わりを持つとか持たないという段階では、まだ色即是空の境地にすら達していない、と私には思えます。

さらにスマナサーラ師はこう続けます。

子供がいるから楽しい。充実感があって、元気溌刺に生きていられる。だから幸福なのだ、と言えますね。そこで私は、「それはほんとにかわいそうなことですね」と言う。それは、子供に依存して楽しみを感じているからです。子供が自分に楽しみを与えているのです。その子供が亡くなったら、どれほど落ち込むことになるか、どれほど苦しむことか、知っていますか。自分の楽しみ、幸福を、子供に持っていかれるのです。かわいそうでしょう。
とても違和感がありますが、さらにまだまだ続きます。
きりがないのでやめますが、こういう言葉がなぜ共感されて受け入れられているのかに、違和感をもつわけです。
伴侶に関しても延べられていますが、私には全くなじめません。
その章の最後はこうです。
ポイントは、誰にも依存しないことです。人がいないと寂しいとは、決して思わないことです。人々がいると楽しいとも、決して思わないことです。人がいてもいなくても、こころには揺るぎない安らぎがあるのです。人に依存しないで、執着もしないで、人々を助けてあげるのです。仏教徒はたとえ一人で生活しても、孤独ではないのです。
私は、仏教徒を自認していますが、いささかの「ゆらぎ」を感じてしまいました。

私は妻に依存し、いまなお悲しんでいます。
煩悩の最中にいます。
しかし、決して、自分の楽しみ、幸福を、妻に持っていかれたとは思っていません。
むしろ、妻が与えてくれた「幸福」があればこそ、悲しみの中にも喜びがあります。
そして何よりも、妻はまだ私の暮らしの中にいます。
それこそが「遠離一切顛倒夢想究竟涅槃」であり、生きた安らぎではないかと思っています。
この本を持ってきてくれた若い僧と、また一度ゆっくりと話してみようと思います。

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2008/07/04

■食を顔の見えない第三者に預ける生き方

食品に関する偽装事件が、次々と出てきます。
一向に終わる気配がありません。
私自身は、加工食品産業とはそういうものだろうと思っていますから、そう驚く話ではありません。
食を顔の見えない第三者に預けるということはそういうことです。
不当表示防止は、どう考えても簡単にできる話ではありません。
ラベルにはいろいろと書いてありますが、私にはいくら読んでもわかりません。

国家としての食糧自給率の問題が話題になりますが、
地産地消度や外食依存度もまた、それにつながっているように思います。
中国餃子事件以来、家庭で餃子をつくる人が増えたという話もありましたが、
食の安全安心を確保したいならば、食生活のあり方を考え直さなければなりません。
食を顔の見えない第三者に預ける生き方を選んだ先に、
食糧自給率低下があるのだろうと思います。
食品産業のあり方は、私たちの食のあり方、つまり生き方によって決まってくるのです。

調理する時間がないほど忙しいのであれば、その生活を見直すべきです。
グルメと称しておかしなものを飲食している文化は滑稽でしかありません。
産地を偽装し、賞味期限を偽装するのも悪いでしょうが、
嘘をつくのが悪いという文化そのものがいまや壊れつつある中で、
一部の企業の嘘だけを過剰にいじめる風潮にはどうもひっかかります。
高級ブランドを話題にする商業主義に染まりきった食の評論家の責任も大きいでしょう。
彼らの食生活は貧相この上ないと、テレビ番組を観ていて、私などは思います。

政治家の嘘、財界人の嘘、御用学者の嘘、有識者の嘘、などに比べれば、
食品会社の嘘だけをとがめるのには、ちょっと抵抗もあります。
彼らは「まねをしただけではないか」と思うことも時にあります。
問題を根絶するには、もっと根幹から考えなすべきです。

それにしても、偽装会社の社長の会見と政府閣僚や官僚の会見は、
本当に似ている気がします。

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■節子への挽歌306:一気に咲いたハスの花

10回目の月命日だった昨日の話です。前日に敦賀にいる節子の姉から、家で咲いたハスの花が届きました。
以前も送ってもらっていましたが、咲かずにつぼみのまま終わってしまっていました。
ところが、今回は命日の朝に、ほぼすべてのつぼみが見事に開花しました。
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お墓に持って行こうと思って、何本かの花を持ち上げたら、
とたんに花びらがわっと散りました。
節子の位牌から離れたくなかったのかもしれません。

そういえば、昨日、もう一つわっと開いた花があります。
庭のムクゲの花です。
ムクゲは生命力の強い木です。
私は花そのものよりも、まっすぐと元気で育つムクゲの木が好きですが、
節子はムクゲの花が好きでした。
そのムクゲが、昨日わっと咲いたのです。
命日を待っていたように。

昨日は風が強く、ちょっと高台にあるわが家は風当たりがかなり強かったです。
庭の献花台の前でしばらく本を読んでいたのですが、風が強くて10分しかもちませんでした。
節子が、本など読んでいないでちゃんと献花しなさいといっているようです。
やっぱり節子もいま流行の風になってしまったのでしょうか。
困ったものです

以前は献花台の代わりに、花の手入れをしている節子がいました。
私が読書に退屈して(まあいつも10分程度でした)、
お茶でも飲もうよと、声をかけても節子は土いじりのほうが好きでした。
でも結局、節子は、いつも付き合ってくれただけではなく、
珈琲に合うケーキやお菓子をいつも用意してくれていました。

もう声をかける人もいません。
一人で飲む珈琲は苦いだけでした。
娘に頼んでまたケーキを作ってもらわなければいけません。

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2008/07/03

■節子への挽歌305:自分の愚かさに腹が立ちます

今日は10回目の月命日です。
最近、自分の愚かさに腹がたっています。
節子にいくら謝っても謝りきれません。

何回も書きましたが、私は節子が絶対に治ると思い込んでいたのです。
その「思い込み」が取り返しのつかない結果を引き起こしたのかもしれません。
そう思うといたたまれなくなります。

私も節子も友人に恵まれました。
沖縄から北海道まで、心あたたかな友人たちがいます。
節子が元気を回復したら、全国の友人知人を訪ねる旅に出ようと思っていました。
節子の再発が確実になるまで、節子は少しずつ元気になり、短い旅行は可能になっていました。
なぜその時に、全国を回る旅に出なかったのでしょうか。
節子に提案したのに、節子があまり積極的ではなかったような気もしますが、強く勧めたら、節子は賛成したかもしれません。
事実、節子は四国に行きたいと言ったこともありました。
あの時ならば、飛行機にも乗れたはずです。

もう少し元気になったら、などという馬鹿げた理由で、旅行を先延ばししていたことを心から後悔しています。
無理をしてでも行くべきでした。

先日、テレビで四万十市の番組がありました。
なぜ四万十市の宅老所えびすに行かなかったのか。
先日、広島の折口さんから電話がありました。
なぜ広島に行かなかったのか。原さんにも会えたのに。
新潟の金田さんからも電話がありました。
なぜ新潟に行かなかったのか。節子は一度も行ったことがなかったのに。
山形の友人とも電話で話していて突然に思いました。
山形にも結局、行けなかった。

何かあると、そこにいる友人知人の顔を思い出します。
節子に会わせたかった友人知人がたくさんいます。
みんなに会ったら、節子は元気をもらって治ったかもしれません。

やれることはやれる時にやっておくこと。
これは節子がよく言っていたことでした。
にもかかわらず、私は節子との旅を先に延ばしてしまっていたのです。
悔やんでも悔やみきれません。
絶対に治る、治ってからにしよう、などと考えていた自分に腹が立ちます。

みなさんは決してそんな馬鹿なことはされませんように。
やれることは、いますぐにでもやらなければいけません。
いますぐに、です。

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■現実のシャワーを浴びるとどうなるかー古館さんの場合

この1年近く、テレビのニュース番組や政治関係の座談会などを観る時間が増えました。
最近でいえば、1日3時間程度は観ています。
といっても集中的に観ているわけではなく。多くは「ながら視聴」です。
しかし、それだけ長く触れていると、政治のことばかりではなく、世間のこともいろいろとよくみえてきます。
たとえば、飛騨牛の丸明の社長会見ですが、ニュース番組ではその一部しか放映しませんから、社長が謝罪しているように見えますが、その前後まで放映している番組などを見ていると、全く謝罪の意識のないことが伝わってきます。
国会中継でもよくあることですが、一部だけ切り取ると全く正反対の印象になることができることをよく体験します。
これがテレビの恐ろしいところです。
しかもそれをいくつか組み合わせると、編集者の意図に合わせたメッセージをいかようにも作れるはずです。
私たちはそれを見せられているわけです。
報道には「中立性」などありえるはずがありません。

政治家がテレビの番組に良く出るようになりました。
私はあまりよい感じを持っていませんでしたが、生番組の場合、その人がいかに隠そうとしても、またテレビ局がいかに編集しようとしても、人柄や姿勢が見えてきます。
そうしたなかで失望した政治家もいれば、見直した政治家もいます。
たとえば、以前、その言動に共感した後藤田正純さんが今朝のテレビで民主党の長妻議員らと議論していました。
仮に悪意がないとすれば、後藤田さんはとんでもない食わせものだと思いました。
最近の発言には、基本的な知識不足を感じていましたが、これほどひどいとは思いたくなかったのです。
しかし、その言葉には実体が全くと言っていいほど感じられません。
まあ、これは瑣末な事例ですが、毎日、そうした情報を浴びていると、意識や姿勢も変わってきます。

最近の報道ステーションの古館さんは怒りまくっています。
私でさえ、ちょっと言い方が悪いのではないかと思うこともありますが、あれはたぶん「現実のシャワー」を浴びすぎた結果なのではないかと思います。
有識者たちは、そうした現実のシャワーを観察的に受け止めますから、心には入りません。
そのシャワーが活動のための材料になるだけです。
そうしたコメンテーターやマスコミのエディターの「親切な消化」のおかげで、私たちは「毒を抜かれた現実」にしか触れられなくなっているのかもしれません。

しかし、古館さんは、どうも「毒のある現実」にかなり直接的(感性的)に触れているような気がします。
そして、まだ成長中の意識が、それに強く反応しているのかもしれません。
幸いなことに、古館さんはまだ「終わっていない人」であり、世に言う「有識者」や「権威」ではないですから、守るものもさほどないのでしょう。
だからきっと素直に反応できるのです。

普通に真面目に生きている人であれば、信じられない現実(たとえば官僚の無駄遣い、政治家の二枚舌、財界人の強欲さなど)を浴びせられるように触れていたらどうなるでしょうか。
たぶん最初は信じられないし、その実態がよくみえないでしょう。
しかし繰り返し見ているうちに、その実態が次第に見えてきます。
そして怒りがこみ上げてきます。
古館さんの怒りに共感がもてます。
発言や考えのすべてに共感しているわけではありませんし、賛成しがたい意見もありますが、その「怒り」には共感しています。

「怒り」は外に出さなければ、前に進む力にはなりません。
「怒り」を忘れた国民には、未来は期待できません。
「家畜」やペットのように、怒りを忘れて生きるのも一つの生き方かもしれませんが、そんな「利己的な生き方」は、私はしたくはありません。

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2008/07/02

■節子への挽歌304:おばけのQ太郎

昨日、ドラえもんが出てきたので、今日はおばけのQ太郎です。
いまでは忘れられてしまったキャラクターですが、私はおばけのQ太郎が大好きでした。
そして、そのQ太郎が私と節子をつなげてくれる大きな役割を果たしてくれたのです。

節子と初めて奈良を歩いたことは書きました。
偶然に電車であって、誘ったら節子が付き合ってくれたのです。
まさか、それが縁で結婚するとは夢にも思っていませんでした。
実は当時、私には付き合っていた女性もいたのです。
結局、後日、その女性には振られてしまいました。
但し、ただ振られただけではなく、ドラマティックな物語があるのですが、挽歌にはあまり似つかわしくないので書くのはやめます。

ところで、前にも書いたように、節子との最初の奈良散策はとてもあたたかな楽しいものでした。
その途中で、たぶん私が、真っ白なタートルネックのセーターがほしいというような話をしたのです。
市販のもので気にいるものがなかったのです。
節子はその話を覚えていて、セーターを編んでくれる人を探してくれました。
そして編んでもらえることになりました。
そこで追加のお願いを節子にしたのです。
そのセーターに、私のデザインしたおばけのQ太郎を大きく刺繍してほしいと。
なにしろ当時、私はおばけのQ太郎が大好きだったのです。
嘘を絶対につかず、困っている人がいるとついつい余計なお世話をし、でも必ずしも感謝されるわけでもなく、逆に騙されることが多く、報われることがなく、その上、大雑把でいい加減な、おばけのQ太郎の性格は、私の理想だったのです。

節子は、だれかに刺繍を教わりながら、Q太郎を完成してくれました。
当時は、そうした大きなQ太郎の刺繍のあるセーターを大の大人が着て歩くのは結構勇気が必要でした。
私は、そのタートルネックのセーターの上に、私好みに仕立ててもらった紺のスーツを着て外出しました。
ボタンをしているとQ太郎が見えないように工夫していたのです。
そのQ太郎が、節子と私の距離をぐっと近づけてくれたのです。
もっとも、そのお礼に、Q太郎の投げ輪ゲームを節子に贈りましたが、節子は全く喜びませんでした。
しかしわたしはQ太郎のセーターがうれしくて、毎週着ていました。
残念ながら自転車で転んで紺のスーツを破ってしまってからは、外出用にはいささか恥ずかしくてそのセーターも内着になり、いつかタンスの奥にしまわれてしまいました。
そしてある日、気づいたら節子が廃棄してしまっていたのです。
ショックでしたが、私には宝物でも節子にはできの悪い刺繍の思い出でしかなかったのです。
探せば当時の写真がどこかにあるはずですが、Q太郎が空を飛んでいる姿なのです。

ちなみに娘が小さな頃、等身大のQ太郎がわが家には時々いました。
娘たちをQ太郎のような理想の子どもに育てたかったのです。
しかし、残念ながら子どもたちはQ太郎のようにはなりませんでした。
子育ては難しいものです。
いやきっと節子がQ太郎のようにはしたくなかったのでしょう。

そんなわけで、いまのわが家には、ドラえもんもQ太郎もいないのです。
あえていえば、私自身が少しだけ彼らに似ているかもしれません。
何しろ彼らは私の憧れのキャラクターなのです。
みんなが彼らのようになったら、世界中がほんとうに平和で豊かになるでしょう。

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■会社そのものが商品化する時代

今年の株主総会の焦点は、社長をはじめとする取締役の再任問題でした。
アメリカ型のコーポレート・ガバナンス論におされて、出資者を束ねるファンドと経営者との対立という図式が広がっています。
しかし経営者もまた、ファンドと同じ土俵に上がってしまっているようにも感じます。
従業員やお客様の利益を背負っている経営者はどれほどいるのでしょうか。
簡単にいえば、会社の商品化が進んでいるということです。
グローバリゼーションという口実の元に、会社のあり方が大きく変化させられているわけです。

こうした状況の中で、わが国の上場企業のうち、買収防衛策を導入もしくは導入準備中の企業は500社を超すといわれています。
株式の持ち合いも復活しつつあるようです。
10数年前、金融ビッグバンといわれた時に、こうした動きはある程度見えていたはずですが、異論を唱える人はあまりいなかったように思います。
私は当時、日経新聞の2人の知り合いの編集委員にそれぞれ問題提起させてもらいましたが、彼らはあまり強い危機意識を持っていませんでした。
私がかなり信頼していた編集委員たちだっただけに、かなり失望した記憶があります。
また改めて書こうと思いますが、先週、ある法学者から最近の法改正の動きをお聞きしましたが、まさに当時危惧していたことが着実に進んでいるようです。
商品をつくっていた会社そのものが商品になってしまいつつあるのです。

私が会社にいた頃、上司の役員から、企業の使命は「雇用の場」を拡大していくことだとよく聞かされました。
その言葉は、私の仕事にも、そして私の退社にも影響を与えました。
ところが、今ではそんなことを考えている大企業の経営者はいないでしょう。
少なくとも日本経団連や経済同友会には1人もいないはずです。
もしいたら、昨今のようなひどい状況にはならなかったと思います。

最近の企業経営者、とりわけ大企業の経営者の使命は出資者(ファンド)に貢ぐことです。
社員はそのための手段でしかないのかもしれません。
ということは、自らもまた手段的な存在に成り下がったということです。
ですから、株主総会で部品のように簡単に取り替えられる存在になっても、自業自得でしかないのですが、その状況を続けていくとどうなるのかを考えると恐ろしくなります。
経営者はそろそろ目覚めてもいいのではないか。
それは単に自分の問題だけではないのです。

小賢しい買収防衛策を張り巡らせるのではない、もうひとつの対抗策があるのではないかとつくづく思います。
企業の動きを変える大きな影響力を、経営者はもっているのですから。

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2008/07/01

■節子への挽歌303:ドラえもんだった節子

節子
むすめたちとロールケーキをつくりました。
ケーキづくりは、節子が残してくれた文化の一つです。
先週末倒れてしまったジュンもだいぶ良くなりましたが、まだ完全ではなく、手があまり使えないので、私も参加したわけです。
節子もそうでしたが、みんな私に料理やケーキづくりを教えようとしますが、どうも私には不得手な世界です。

節子がいなくなってから、私も家事を少しずつ分担するようになりました。
そして家事の大変さを身体で感じています。
とりわけ料理が不得手です。
子どもたちが小さい頃、夏休みに節子が子どもたちと滋賀の生家に帰省する時は、いつも2~3日分の食事を私に用意しておいてくれましたが、それが尽きると後はほぼ菓子類と果物だけで過ごしました。
節子が戻ってくる頃は、餓死寸前でした。
それくらい料理は嫌いでした。
私は絶対に単身赴任はできないと思っていましたし、もしそうなれば躊躇なく会社を辞めたでしょう。
だから節子がいくら勧めても男の料理教室には行きませんでした。

嫌いなのは料理だけではありませんでした。
それを知ってか、身の回りのことは節子が本当に良くやってくれました。
私がいつも気持ちよく仕事などに専念できたのは、節子のおかげですが、
そのありがたさがほんとうにわかってきたのは、つい最近です。
季節が変れば、クローゼットの中身は自然に替わっていましたし、出張の朝にはすべてがきとんと準備されていました。
なにか必要なものがあれば、節子に頼んでおけば、手に入りました。
家庭内でこうなったらいいなという思いをちょっと口にすると、数日後にはそうなっていました。
節子は私にとっては、ドラえもんのような存在だったのです。
そのドラえもんの節子がいなくなってしまいました。
もし娘たちがいなければ、間違いなく私は路頭に迷ったでしょう。

ところで、ケーキはとてもうまく出来上がりました。
むすめたちは、お母さんのよりよくできたといっていますが、
私には節子のケーキの足元にも及ばないような気がします。
節子のケーキは、結構失敗作が多かったのですが、私にはいつも「絶品」でした。
もう一度、節子のケーキが食べたいです。
節子
ケーキを作りに戻ってきませんか。
今度はまじめに手伝いますから。
そして、出来が悪いなど、決して言いませんから。

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■たばこの値上げ

たばこの税金を上げて1箱500円とか1000円にしたらどうかという話が出ています。
目的は、税金収入の増加と健康問題があげられています。
いずれも目的としてはおかしな話だと思います。
税収入に関しては、増収になるという試算も減収になるという試算もあります。
私自身はそんな議論はどうでもいいように思います。
大切なのは、たばこという商品の価値をどう考えるのかです。
そうした価値議論に興味を持っている人はほとんどいないようです。
みんな金銭市場主義の世界でしか考えていないようです。
健康問題さえもが、その枠組みで議論されています。
たばこ値上げ問題に限らず、これが最近の日本社会の風潮です。

たばこ税を問題にするならば、酒税も問題にすべきです。
煙草による害があるのならば、酒による害も同じように存在します。
どちらが大きいかは、何ともいえません。
たとえば飲酒運転による死傷事件を思い出せば、
酒の害のほうが大きいと考えることもできるでしょう。
大麻が問題にされるのに、煙草や酒が問題にされないことに、
私は子どもの頃から違和感がありました。
お酒の場合も、やはりラベルに「飲みすぎには気をつけましょう」と書くべきだと私は思っています。

たばこ税や酒税は個別の税率が決められている個別消費税ですが、なぜぜいたく品でもないのにこれほどの高率なのかはよく考えてみる必要があります。
いずれの商品も、習慣性があるというところにも大きな意味がありそうです。
税金の視点からだけでなく、たばこやお酒に関しての価値議論が必要だろうと思います。

ちなみに私はいずれも飲みませんが(ビールだけは少しだけお付き合いで飲みます)、
いずれにもそれなりの価値は認めています。
決して全面的に反対であるわけではありません。
しかし、税金や健康問題だけで考えることには大きな異論があります。

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