■長銀粉飾決算事件判決とドラマ「監査法人」の結末
長銀粉飾決算事件の最高裁判決は、有罪とされたこれまでの判決を覆し、無罪でした。
巨額な国税を無駄にさせた偽装事件の責任を、誰も取らない結果になったことには腹立たしさを感じますが、その一方で、当時の頭取や副頭取だけを被告に仕上げた事件の作り方自体が問題だと思いますので、コラテラルダメッジとして彼らが葬られて終わりとならなかったことには奇妙な安堵感もあります。
本当の責任者は、たぶん彼らではないはずです。
それを裁くのは無理でしょう。
国家司法の枠組みでは、国家の犯罪は決して裁けないのです。
そのことにこそ、国民国家の司法制度の本質があるのだと思いますが、今回、気になったのは、そのことではありません。
朝日新聞によれば、被告だった大野木元頭取は勾留中に次のように述べたといいます。
「バブル時代の負の遺産は、一括処理すれば長銀の即死を招くほど重く、長銀の延命を図るため、粉飾決算という違法な手段を選択してしまいました」
つまり、大野木さんは犯罪者であることを自分でも認めているのです。
その点は決して忘れるべきではないでしょう。
丸明の吉田社長やミートホープの田中社長よりも、その犯罪は大きいです。
死者さえ出していることは決して忘れてはいけません。
その償いは一生かけても行うべきです。
にも関わらず、大野木さんは無罪です。
「無罪」とは一体何なのか。
さらに、この言葉は粉飾決算の目的を語っています。
粉飾決算せずに長銀が即倒産したらどうなったのか。
大野木さんは、社会の混乱を防ぐためのやむを得ざる行為だったといっているわけですが、そこにたぶん、事の本質があるように思います。
つまり、偽装は誰のためにしたかと言うことです。
それがわかれば、なぜ最終的に無罪になったかも見えてくるかもしれません。
私は長銀が即倒産したほうが、結果的には被害は少なく、日本経済へのダメッジも少なかったと思います。
たぶんそれによって、自殺者は何人か出たかもしれませんが、それは自業自得です。
しかし長い目で見た時の自殺者は結果的には少なかったはずです。
データでは検証できませんが、私はそう確信します。
しかも長銀の偽装の結果、間接的に死に追いやられた人たちは(その存在さえ私には証明できませんが)、全く偽装とは無縁の人たちだったはずです。
しかし、大野木さんをはじめ、政府も財界もそうは思ってはいないのでしょう。
彼らには、現場で汗して働いている人たちの姿など見えるはずもないでしょう。
偽装は誰のためにしたのか。
裁判では、それをこそ、明らかにしてほしかったと思います。
今夜、NHKでドラマ「監査法人」の最終回がありました。
監査法人が粉飾決算を見逃す事件を中心におきながら、会計士のあり方を問題提起したドラマです。
監査法人やベンチャー企業の人たちはどういう思いで見ているのか知りたいものですが、今日の最終回には少し期待していました。
残念ながら期待はずれの結末で、長銀事件の判決と同じように、わりきれないものを感じました。
せっかく本質的な問題を匂わせながら、それについては何も語らない、というわけです。
最高裁判決とテレビドラマのいずれにも裏切られてしまいました。
今日はもやもやしたまま眠らなくてはいけません。
| 固定リンク
「経済時評」カテゴリの記事
- ■資本主義社会の次の社会(2023.10.10)
- ■「資本主義の次に来る世界」(2023.07.24)
- ■「ペットボトル水現象は現代のチューリップ・バブル」(2023.07.06)
- ■読書の3冊目は「マルクス」(2023.03.28)
- ■ドラマ「ガラパゴス」を観て心が揺さぶられました(2023.02.15)
「司法時評」カテゴリの記事
- ■「本当に裁かれるべきは、冤罪を生み出した我が国の司法制度」(2023.10.28)
- ■裁判もまた事件(2023.09.05)
- ■ホジャの話を思い出します(2023.03.14)
- ■日本の司法への不信感(2023.02.28)
- ■国家が人間をどう捉えているかを象徴するのが「死刑制度」(2022.11.11)
コメント