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2008/07/13

■節子への挽歌315:夢からのメッセージ

節子と旅行をしている夢を見ました。
きれいな景色をみながら、
節子、また一緒に来ようね
と言いながら、
でも節子はもういないから無理だね
とお互いに屈託もなく話しているのです。

もういないのに、なぜ今は一緒に旅行に来ているのか。
とてもおかしな話なのですが、
それに気づいて、会話が途切れ、目が覚めてしまいました。
まあ、それだけの夢なのですが、
この夢に一体どんな意味があるのだろうかと考え出してしまい、それからもう眠れなくなりました。

節子がいる。
そしてその節子と、節子のいないことを話している。
実は、こうした奇妙な夢を時々見ます。
そして目が覚めるのです。
目覚めの時には、とても「あたたかな気持ち」を感じます。
しかし、いろいろと「論理的」に読み解こうとすると、頭がこんがらがってしまい、目が覚めます。
今朝もそんなわけで、5時すぎからパソコンに向かっています。
節子が、もう起きるの、もう少し寝ていたら、と言っているのを感じながら。
節子はいつもそう言っていました。
私が早起きだったからです。
節子が病気になって以来、私は早起きになりました。

フロイトの「夢判断」にはどうも違和感がありますが、私自身は夢には何かメッセージがあるのではないかと考えています。
節子が彼岸にいった後は、節子が何か託してきているのではないかという期待もあります。
でもいつも難解で、読み解けません。

節子を送った後、それまで夢で出てきた場所が出てこなくなったような気がします。
現実的な場所ではなく、夢の中に時々、出てきた場所です。
いま具体的に書こうと思ったのですが、なぜか思い出せません。
それと飛行機に乗る夢をよく見るようになりました。
実際に乗るところまでは行かず、飛行場に向かう夢ですが、行き着いたことはありません。
もう一つは迷子になる夢です。
それもいつも通っている場所なのにが、なぜかとんでもないところに出てしまうのです。
こう書いてくると、何かのメッセージを感じてしまうのもわかってもらえるかもしれません。

夢の中に私自身が何か「救い」を求めているのかもしれません。
しかし、節子が一生懸命に何かを伝えてきてくれているのかもしれません。
死別してもなお、心を通わせあうことは、私たちの約束でしたから。
その具体的な方法をきちんと話し合っておかなかったことが悔やまれてしかたありません。

今日はお墓に行って、節子に訊いてみることにします。

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