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2008/07/18

■自治体職員は社会起業家になると楽しいですよ

昨日、福島で講演をしてきました。
入職後26年目の自治体職員が対象です。

昔、黒澤明の『生きる』という映画がありました。
定年間近の課長が、がんの宣告を受けて、生き方を変えるという話です。
どう変えたかといえば、「保身」ではなく「捨身」になって、住民たちのために公園を作るのです。
前例主義の典型的な役人だった人が、最後に何かを残したいとちょっと意識を変えただけで、住民に役立つ大きな仕事を成し遂げるという話です。
リメイク版が数年前にできましたが、あまり話題にはなりませんでした。

黒沢明の「生きる」は、ぜひ自治体職員の皆さんに見てほしい映画です。
テレビでの放映もあまりありませんが、もし自治体の首長が、本気で職員の意識を変えたいのであれば、全職員にこの映画を見せて、ワークショップでもやると効果的です。
もっともワークショップのファシリテーターを選ばないと逆効果になるかもしれませんが。

社会起業家という考えが広がっています。
自治体職員は、社会起業家になりうる至近距離にいる人たちではないかと思います。
数年前に、東京都特別区職員研修の一つとして、この種のプログラムを引き受けたことがあります。
残念ながら発展させられませんでしたが、この数年は、福島県の自治研修センターでその種のお話をさせてもらっています。
今回の講演もその一環です。

みなさんはその気になれば、いろいろなことができるんです、というメッセージを出しましたが、どのくらいの人に届いたでしょうか。
つい口が滑って、余計な話もしたので、むしろ反発をもたれたかもしれません。
それに2時間、休み時間もとらずに話し続けましたので、これもまたいまの行政文化にはなじまないかもしれません。
途中で休憩をとってほしいといわれたのですが、最近のワーキングプアの働きの実態を少し知っている者としては、「甘えるんじゃない」という気がしてしまい、休憩なしにしてしまいました。
ただ冒頭、眠かったら眠ってもいいし、途中でトイレに行きたくなったら自由にどうぞうとは話しておきました。
退屈な話を聴くことはありません。
しかし、幸いなことに話の前半、一人の人が少し眠っていただけで、100人を越す人たちは結構、真剣に聴いてくれました。
あまりの暴論ぶりに、呆れていたのかもしれません。
私の「常識」は、もしかしたら、自治体職員には「暴論」かもしれません。

大阪の橋下知事のやっていることも、大阪府の職員からしたら「暴論」かもしれません。
だから職員組合も市町村首長も怒っているのでしょう。
しかし、そうした対立を見ていると、私などは、市町村首長や組合幹部の発言にこそ「暴論」を感じます。
立場によって、同じことが「暴論」になったり「良識」になったりする。
時代の変わり目には、良識を打破する暴論や暴論をぶつけていく良識が必要なのです。
「小さな良識」の世界で、安直に生きていることの先には、良識の破綻しかありません。
「小さな良識」に甘んじることなく、「大きな良識」を目指して、「暴論」をもっともっとぶつけあうことが必要です。

組織に閉じこもっている人たちは、もっともっと「暴論」にさらされなければいけないと思っています。
あまりにも「常識」が固まりすぎています。

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