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2008/07/13

■漁師のストライキと食糧自給問題

今朝の朝日新聞のトップ記事の見出しは、「燃油高、漁師が一斉スト 20万隻15日に」でした。
記事によれば、「全国20万隻の漁船が15日、一斉に休漁する。燃料費高騰の苦境を訴える「漁師のストライキ」で、これだけの規模の一斉休漁は初めて。人件費高や後継者難に追いつめられた漁業者にとって、価格に跳ね返れば消費者の魚離れが加速しかねず、休漁を繰り返せば廃業につながる危険をはらむ」とあります。
さらに、「消費者の反発を心配する声もある。魚屋でつくる東京魚商業協同組合の関係者は「魚離れに拍車がかかり、消費者が肉にシフトしないか」。政府関係者も「要はストライキ。消費者の反感を買い、逆効果にならないか」と言う」と書かれています。
政府関係者の発言には悪意と無責任さを感じますが、大切なのはやはり私たち「消費者の対応」だろうと思います。
つまり、猟師の呼びかけに応じて、消費者として何ができるかです。

食糧自給率の低下は、政府の見識のなさと消費者の身勝手さの結果です。
最近になって、食糧自給率を上げないといけないなどと言い出す前に、国産品を大事にしておけばよかっただけの話です。
他人事の話ではなく、私たち一人ひとりの生き方の問題です。
これは食糧自給率の問題に限りません。
地球温暖化に関しても、まずは自分の暮らし方を考えなければいけません。
どんな立派な発言をしていても、それを具現化する生き方をしていない人は、本物ではないと思いますので、私はそういう人は信頼しません。
もちろん原理主義者ではありませんので、可能な範囲での心がけの話です。
でも「可能な範囲」でも、個人でできることはたくさんあります。

いまのさまざまな物の高騰の一因は、私たち消費者の身勝手さによるものであることを認識しなければいけません。
もちろんそれを誘導したのは、金融資本に買収された、もしくは脅された政府官僚と国会議員、あるいは財界人ですが、騙された国民もやはり責任を自覚すべきです。
一度は仕方がなかったかもしれませんが、ここまで事情がわかってきたのであれば、国産業者を応援しなければ行けません。
WTOの視野の狭い正義論の罠に陥ってはいけません。
WTOが目指しているのは、世界を市場にしようということでしかありませんから、自給経済は壊すべきものでしかないのです。

自分の食を本気で守りたいのであれば、消費者は「高い国産魚」をできるだけ「高く」買うのがいいでしょう。
それが結局は長期的には「安く変える仕組み」を育てていくことです。
しかし自由競争の市場ではそれは難しいことです。
だとすれば、それを政策的に支援する仕組みを国民全体の視点で時限的にでも構築すべきです。
私欲に目のくらんだ財界人や政界人、あるいは官僚はそんなことはしないでしょうが、そういう人が全くいないわけではありません。
どこか大手スーパーが、猟師還元セールのようなものをできないものでしょうか。
同じように、農家還元セールがあってもいいでしょう。
発想を転換すべき時代にきているのに、流通大手の経営者は鈍感すぎます。

いずれにしろ、日本における食品は安すぎます。
もっと高くすべきだと私は思います。
低所得者が困ると思うかもしれませんが、それは別の問題です。
たとえば税金制度でもかなり対応できるはずです。

真面目に働いても、きちんと暮らしていけない社会は、どこかに問題があるのです。
そのことに目を向ける人がいないのはなぜでしょうか。
そんなことを考えていたら、責任ある立場には立てないのでしょうか。
まともな人がしっかりと政策を考え実行するような社会には、もう戻れないのでしょうか。

それはともかく、猟師の苦境は私たち生活者の苦境だという認識を持ちたいものです。
でもどう彼らを応援できるのか、具体的な方策が見つかりません。
何か良い方策があればぜひ教えてください。
もちろん私としてのできることは、やっていくつもりですが。

それにしても諫早湾事件で控訴した政府を呪いたくなります。

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