« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »

2008年8月

2008/08/31

■節子への挽歌364:失敗続発の一周忌

節子の一周忌の法要を菩提寺でとりおこないました。
この1年の私は、節子に明け暮れました。
いえ、これからの人生もそうかもしれません。

昨日書いたように、一周忌は家族と兄姉夫婦だけでやることにしました。
最初、葬儀もそんな形で静かにやるつもりだったのですが、結局はたくさんの人たちに来てもらいました。
そのおかげで、私も娘たちも、何とか元気を維持できたのだろうと思いますが、
そうそう甘えてばかりはいられません。
覚悟を決める意味でも、今回は家族だけでと考えたのですが、いかにも家族だけではさびしいので、節子の姉夫婦と私の兄夫婦には声をかけました。
みんなが来てくれると、悲しさを克服できますが、身内だけだと悲しさは増幅されます。
ご住職がお経をあげてくださっている間、節子のさまざまな笑顔が思い出されて、悲しさがこみ上げてきます。

菩提寺のご住職にお願いして、私たちがつくった大日如来に魂も入れてもらいました。
これでわが家にも守り本尊ができました。
節子も安堵したかもしれません。
節子は、私と違ってモダンでしたので、実家にあるような大きな仏壇や正統的な仏像はなくてもいいといっていました。
ですからジュンが手づくりした、この大日如来はきっと気にいっていると思います。
私もとても気にいっています。
本当にわが家らしい如来です。

供養が終わったあと、みんなで節子を偲んで会食しましたが、
私は、こういう場できちんと挨拶をするのが苦手で、いつも節子に叱られていましたが、
今回は生まれて初めて、親族相手にきちんと話をさせてもらいました。
節子の写真したのですが、卓上に出すのを忘れてポケットに入れたままでした。
やはり修はどこか抜けているわね、と節子は苦笑していたでしょう。
そういえば、お寺での供養後、お布施などを渡すのを忘れて帰りかけました。
兄に注意されて、それに気づき、慌ててご住職に挨拶に戻りました。
やはり節子のことで頭が一杯で、ミスばかりの1日でした。

親戚などの会食では、いつも場づくりは節子の役割でした。
その節子がいたらもっと盛り上がったろうなと思いますが、みんなの気遣いで楽しい2時間でした。
しかし、節子が果たしていた役割は、本当に大きかったのだと改めて思います。
ほんとうに、私には過ぎた女房でした。
私が、おかしな人生を送らずにすんだのは、間違いなく節子のおかげです。

戻ったら花かご会から花が届いていました。
近くの坪田さんも大きな花輪を届けてくれました。
節子はまた、たくさんの花に囲まれています。

ところで、よけいなことですが、お知らせです。
何人かの方から一周忌の法要にもお伺いしたいと連絡をいただいたのですが、今回はわがままを通させてもらい、内輪だけで行いました。
その代わりというのもなんですが、まさに一周忌にあたる9月3日とその前後の両日は自宅の献花台の前で、節子が大好きだった庭の花を愛でながら、日長1日、お茶でも飲みながらぼんやりしていようと思っています。
もし近くに来る機会があればお立ち寄りください。
珈琲だけのおもてなししかありませんが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/30

■節子への挽歌363:節子のやさしさと健気なさ

節子
敦賀のお姉さんとお義兄さんが来てくれましたよ。
間もなく節子の一周忌なのですが、今回はお寺とも相談して、家族と節子の姉夫婦、それに私の兄夫婦だけで、法要をやらせてもらうことにしました。

節子は、私と結婚したために、滋賀の実家から遠い東京で生活をすることになりました。
そのため、節子はなかなか親孝行ができず、年に1~2回しか実家に帰れずにいました。
節子の姉は、実家からそれほど遠くない福井の敦賀市に嫁ぎましたので、節子の分まで両親によくしてくれました。
それで節子は、姉夫婦にとても感謝していました。
そしていつかお返ししなければと、よく話していました。

しかし、まさか自分が姉よりも早く逝くとは思っていなかったでしょう。
節子が再発した後、私に幾度か涙ながらに話したことがあります。
自分は娘が2人いて、看病をしてもらえるのでとても幸せだが、姉は息子しかいないので何かあれば私が看病してやらなければいけない。
それができなくなりそうで、姉に申し訳ない、と。
節子は病気になってからも、いつも誰かのことを気遣っていました。
そのやさしさと健気さが、節子の魅力でした。

節子たちの姉妹は、とても仲がよく、お互い思いでした。
母親を亡くしてからは、節子は実家よりも敦賀の姉のほうに行くことのほうが多くなりました。
私もだいたい同行しました。
節子と私の最後の旅は、姉夫婦との芦原温泉への旅行でした。
これは姉が企画してくれたのです。
節子にとって、とても楽しい旅だったでしょう。
その時は節子はまだ元気でしたが、そこから戻ってから、急速に体調が悪化したのです。

あのときの節子の笑顔を、今でも時々思い出します。
きっと身体的には辛かったのでしょうが、私にはそれを見せませんでした。
思い出すだけで、節子のやさしさと健気なさに胸が熱くなります。
その健気さは、私には真似できませんが、やさしさだけは少しだけ節子にほめてもらえそうな気がします。

節子と一緒に人生を築き上げることができたことを、心からうれしく思っています。
本当に、やさしく健気な人でした。
ちょっと私に似て、性格の悪いところもありましたが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■自動車の水没事故

今回の集中豪雨で、冠水地域で自動車が水につかり、運転手が自動車から脱出できずに死亡したという事件が起こりました。
まだ改善策ができていなかったのか、驚きました。
こうした事件は10年以上前から発生していますが、その防止策はそう難しい話ではないように思います。
もしそれができないとしたら、自動車会社の技術力などはきわめて低いということになるでしょう。
技術の基本は、人を守ることでなければいけません。
もしそれができていないのであれば、自動車会社を主導するトヨタの経営理念は間違っているでしょう。
トヨタはきれいごとを並べるのは得意ですが、基本的な倫理観がかけている会社だと、私は以前から思っています。
今回の事件で、なぜ批判がトヨタに向かわないのか不思議ですが、それ以前の問題として、トヨタの技術者は少し考え直してほしいものです。
こうしたことは、以前も何回かトヨタの知人には問題提起したことはありますが、何も変わりません。

自動車はいうまでもなく、他者にも運転手にも凶器になる道具です。
それは自動車に限らず、ほぼすべての商品は多かれ少なかれそうした要素を持っていますから、それでもって自動車を批判することはできません。
しかし、自動車メーカーは、そうした側面にしっかりと向き合わなければなりません。
そこにこそ、自動車に関わる技術者の基本が置かれなければいけません。
燃費とか走行性とか、そんな話は、それができてからの話です。

今回の事故を回避することは、そんなに難しいことでしょうか。
電気回路が作動しなくなると同時に、機械的な仕組みが作動するようにしたらいいだけです。
現在の自動車は、かつてのようなマン・マシン・システムというよりも、人間をマシンの単なる部品にしてしまう発想で作られています。
ですから人間は自動車に乗った途端に、自動車に生命を預けてしまうことになるわけです。
そうした開発思想には大きな違和感があります。

30年ほど前に、自動車に関する2つの小論を書いたことがあります。
その時から事態はむしろ悪くなっているように思います。
果たして自動車技術はこの20年、進化してきたのでしょうか。
技術進歩の基準が間違っているように思えてなりません。

自動車技術に関しては、私は全く無知なので、ピント外れの意見になっているかもしれませんが、せめて今回のような事故は繰り返されないようにすべきだと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/29

■過疎地には仕事が山積みです

最近、全く生き方を別にしている2人の人と別々に話していて、共通の話題がテーマになりました。
「仕事がない」ってどういうことだろうという話題です。
一人は子育て支援をライフワークにしているシニアの女性で、山村留学の話をしている時に、ある山村に家族で住むには、そこに「仕事」がないと難しいという文脈で。
もう一人は、IT関係のベンチャーの若い経営者で、東京集中をやめてもっとみんな地方に分散すればいいのだが、地方には仕事がないからみんな東京にしがみつくという文脈で。

地方に移住したいのだが、移っても仕事がないから暮らしていけない、と多くの人はいいます。
それは本当でしょうか。
いえ、「仕事」ってそもそも何なのでしょうか。

生きていく上で、必要なことはたくさんあります。
生きていれば、できることはたくさんあります。
それらをみんな「仕事」だと考えれば、どこであろうと仕事はあるはずです。
とりわけ、人手が少なくなっているであろう過疎地域には、仕事は山ほどあるでしょう。
但しお金は稼げないかもしれません。
もしお金を稼ぐことが「仕事」であるとすれば、過疎地にはあまり仕事はないかもしれません。
しかし逆にそういうところでは、つまりお金を稼げないところでは、お金を稼がなくても生きていけるのではないかと思います。

山村留学に取り組んでいる、その人に言わせれば、60万円もあれば、十分1年生活できるといいます。
私もある人から、月に3万5000円あれば、豊かな暮らしができるから転居したらといわれたことがあります。
人が生きているところでは、必ず「働く仕事」はあるはずです。
ないのは「稼ぐ仕事」ですが、稼がなくても生きていければ、稼ぐ必要はないのです。
人間にとって、本当に必要なのは、稼ぐ仕事ではなく働く仕事のはずです。

しかし、なぜ私たちは仕事イコール稼ぐことと考えるのでしょうか。
その考えのもとに私たちは、馬車馬のように働き高度経済を成し遂げてきたのです。
東京でワーキングプアなどといわれる生活をするくらいなら、過疎地に移住して、自然と共にゆっくり暮らしたらいいのではないか。
実際に過疎地には空き家も多いですし、引っ越してくる人を待ち望んでいるところも少なくないでしょう。
しかし、なぜかそういう流れは起きません。
どうしてか。

私たちはもしかしたら、「洗脳」されてしまっているのです。
地方には仕事がないから生活していけないと思い込まされているのです。
幸いに日本は自然も豊かで天候も温暖です。
沙漠や寒冷地ではないのです。
そうしたところでは、生活していれば仕事はいくらでも見つかります。
いや、生きていくことが必然的に仕事を発生させるのです。
仕事のために私たちは生きているのではありません。
勘違いしてはいけません。

ワーキングプアや非正規社員の人たちが、そう思って地方に転居し出したら、一番困るのは誰でしょうか。
答は明白です。
企業経営者、もしくは資本家です。
仕事は地方にはないという命題の意味は、まさにそこにあるのです。
その呪縛から解き放たれれば、生き方は一変します。
そして、その生き方から解放される人が増えてくれば、社会は一変するでしょう。
そうなっては大変なので、「過疎地には仕事がない」と思わせておくことが必要なのです。

本当の仕事は生活に密着したところから生まれます。
しかし昨今の仕事は、生活とは無縁のものが少なくありません。
皆さんの仕事は、生活に役立つ仕事ですか。
みなさんは、お金がないと暮らしていけない暮らし方をしていますか。
もちろん、いずれも程度の問題ですが。

和歌山県のあるまちが、家族ずれの移住者を求めています。
当面は子どもを含む家族が中心です。
もし転居希望家族があればご連絡ください。
現地視察も可能です。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

■節子への挽歌362:夫婦の会話、親子の会話

節子
節子がいなくなって、節子と会話する時間がほとんどなくなったので、最近は家庭内で話す時間が少なくなっています。
これって、結構ストレスになりますね。
それでも食事は娘たちと一緒ですし、親子の会話はあるのですが、
この頃、改めて感ずるのは、夫婦の世界と親子の世界の違いです。

夫婦の場合は、お互いに相手の世界を知ろうとすることから関係が始まり、2人で新しい世界を創りだしてきたわけですから、相手の体験は多少とも自分の世界のことなのです。
ですから、話すほうも聞くほうも、自分たちの世界と思えます。
しかし、どうも親子の場合は違います。
親は子どものことを知っていると思っていますし、子どもは親から離れることを目指しているからです。
子どもの体験は親にとっては自分の世界につながるのですが、子どもたちには親の世界のことはいつか消えていくものでしかありません。
時間軸がずれているというか、次元が違うというか、ともかく違うのです。
夫婦と親子の関係は、明らかに違います。
そこを勘違いして起こる不幸もきっとあることでしょう。

節子との会話は、何一つ気を使うことなく、素直に自然に話していましたが、わが娘とはいえ、娘にはそれなりの気遣いや配慮が必要です。
もちろん伴侶にも、最初は気遣いや配慮はありましたが、いつかそれは消えていきます。
親子の場合は、むしろ、気遣いや配慮が増えていくといってもいいかもしれません。

それにしても、私たちはよく会話しました。
まあ、喧嘩も含めてですが。
20年程前には夫婦の会話時間が少ないことが時々話題になりましたが、
私たちの会話時間は長く、顔を合わせればいつも話していました。
レストランで、隣の夫婦が会話なしで食事をしている風景は、私たちには全く理解できずに、それがまた私たちの話題になりました。
世界はすべて、私たちの会話のためにあったような感じでした。
その話し相手がいなくなってしまったことは、私には結構辛いことです。

私たち親子の会話も決して少なくはありません。
私が娘たちに好かれているかどうかはともかく、彼女たちはよく話しかけてくれますし、食事もほとんど一緒に話し合いながら食べています。
しかし、節子がいなくなってからは、話も少し途絶えがちです。
息子だったら、もっと話しやすいかもしれませんが、娘なので話題も少しずれています。
母親は、父と娘の話の媒介者であることを最近改めて感じます。
4人で話しながら食卓を囲んでいた時には、それが最高の幸せであることに気づいていませんでした。
今となっては、その愚かさを悔やんでいます。
人は本当に愚かです

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/28

■伊藤和也さんの笑顔が教えてくれるもの

アフガニスタンで農業支援の活動をしていた伊藤和也さんが殺害された事件は、実に残念な事件です。
その笑顔の写真やアフガンに行った動機などをテレビや新聞で知って、何とも言いようのない無念さを感じます。
こういう若者を守れない時代であることが残念ですが、
伊藤さんのような若者が、歴史を開いていくのだろうと思います。
彼に敬意と哀悼の意を表します。

しかし、なぜこんな事件が起きるのか。
事はそう簡単ではないように思います。
何もしていない立場で、何かを言うことには躊躇しますが、
現地の人たちの暮らしの視点に立った、こうした活動であれば、おそらく国民の多くは応援したくなるでしょう。
そしてもっと多くの人が知っていたら、何か出来ることがあったかもしれません。
いつも抗した活動は事件が起こって、広く知られることが多いような気がします。

これこそが国際社会の一員としての日本の責務ではないかと思いますが、こうした活動はなぜかその多くは政府ではないNGOが行っています。
こうした活動に税金が使われるのであれば、税金を納めるモチベーションも高まります。
関係法案も簡単に成立するでしょう。反対する理由がありません。

日本はこれまでもアフガン支援として様々な活動を展開していますが、伊藤さんのような思いや視点はあったのでしょうか。
こうした活動をするという気が、あったのでしょうか。
民主党の前原誠司副代表は、一昨日も「航空自衛隊が輸送を担うのも、1つの具体的な案として考え得るのではないか」と述べたそうですが、伊藤さんの思いや行動に比べて、愕然とします。
こうした好戦的な政治家が、憲法を無視して、世界を荒廃させ、暮らしを壊しているように思えてなりません。
前原さんに井戸を掘りに行けとは言いませんが、せめて井戸を掘っている人の邪魔はすべきではないでしょうし、その思いをもう少し思いやってもいいように思います。

それにしても、伊藤さんの事件を起こしたのは、一体誰なのか。
伊藤さんはタリバンの犠牲になったというよりも、状況の犠牲になったというべきでしょう。
では、そういう状況は誰がつくり、誰が維持しているのか。
直接の実行犯の後ろに入る、あるいは彼らを追いやっているのが、私の税金の一部でなければいいがと強く思います。
なぜアフガンで最近、反日感情が生まれてきているのか、そうしたことをマスコミはもう少し報道してほしいです。
そして、国際貢献や人道支援は、様々なやり方があることも教えてほしいです。


憲法9条を持つ国として、やれること、やるべきことは、もっといろいろとあるはずです。
伊藤さんは、それを教えてくれているように思います。
何もしていない私に、何がしかの責任があることは否定できません。
そんな思いで、伊藤さんの悲報を受け止めています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌361:節子への執着心

先日、偏在する節子と遍在する節子のことを書きました。
私にはとても納得できていることなのですが、体験者でない読者にわかってもらえたかどうか心配です。
特に遍在するという意味合いが実感できないかもしれません。
これは、物理学者のデビッド・ボームのホログラフィック宇宙モデル論に出てくる「暗在系」に関する論考に刺激された言い方です。
体験した人には、こんな説明は不要だと思いますが。

ボームは、宇宙は、目に見える世界としての「明在系」と目には見えない「暗在系」で構成されているといいます。
「暗在系」は、次元が異なるために人間には感知できませんが、そこでは時空間を超えて、あらゆる物が渾然一体となって畳み込まれているとされています。
時間も空間もありませんから、現世の次元で考えれば、すべてが「遍在」しているといえます。
ボームは「暗在系」こそが「明在系」を支える源であるといいます。
そして、この「暗在系」を「あの世」に重ねて考えている人は少なくありません。
たとえば、玄侑宗久さんや天外伺朗さんです。
たしかに、そう考えれば、あの世のことがわかったような気になります。
それに、華厳経のインドラの網や「一即一切 一切一即」にもつながっています。

ここでは、般若心経に絡めて少し書いてみます。
般若心経に出てくる「色即是空 空即是色」は、簡単にいえば、色(この世にあるもの)は、すべて縁起(空)から生じている一時的な形象であり、その縁起の世界には、この世のすべての存在が、時空間を超えてたたみ込まれているというような意味ではないかと思います。
「色」を明在系、「空」を暗在系と置き換えれば、見事にボームの理論に重なります。

空の世界は時空間を超えているため、時間も空間的な広がりもなく、したがって現存する色の世界の感覚でいえば、あらゆる存在があらゆる縁起と隣接しているわけです。
つまり、空の世界の節子は、この世のあらゆるところの向こうに、遍く、そして常に存在していることになります。
それが「遍在する節子」の意味なのです。
愛する人が、いつも自分と一緒にいると感じられるようになるのは、このためです。

「色即是空 空即是色」は、現世現物への執着を解き、空に囚われる絶望からも自由にしてくれる呪文。
仏教者は、そのように説くかもしれません。
執着もせず、絶望もせず、精神の安定を保つことの呪文。
しかし、般若心経を何度読んでも、私には、執着や絶望を捨てよとは聞こえてきません。
執着や絶望とともにあれ、と読めるのです。
正確に言えば、執着や絶望を超えよということです。
これは、節子がこの1年、私に教えてくれたことです。
いまの私はそういう生き方になっているように思います。

ここで終われば、私も少し悟ったように思われる気もするのですが、実は終わらないのです。
愛する人といつも一緒ならば、現世での再会に執着することなどないはずですが、残念ながら、私は今でも節子の写真に向かって、「会いたい」と話しかけています。
煩悩のなせる業か、今でも無性に節子に会いたいのです。
しかも、いつか会えるかもしれないという思いを捨てられずにいるのです。
執着以外の何物でもありません。

しかし、執着すればこそ、遍在している節子が存在化するのです。
誰かが思い続けている限りにおいて、節子はこの世界で生き続けられるのです。
執着とは「縁起」を起こす縁のひとつではないか、と私は最近考えるようになりました。
この執着が、いつか節子を顕現させるような、奇妙な感覚を拭えずにいるのです。
「色即是空 空即是色」の呪は、まだ私を「迷い」から救ってはくれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/27

■自分の関心事以外にも目を向けたら世界は豊かになります

昨日、コムケア仲間の喫茶店でのサロンをやりました。
コムケア活動は私が8年前から関わっている「大きな福祉」を理念にした、暮らしやすい社会に向けて活動している人のつながり育ての活動です。
今様にいえば、NPOのネットワーキングといえますが、私の思いはそうではありません。
組織ではなく人のつながりが、私の基本的な関心事なのです。
この仲間の多くは、NPO活動に取り組んでいます。
昨日も半分はNPOをやっている人たちが集まりました。
とても刺激的な集まりでした。
これに関しては、また私のホームページCWSコモンズに書くつもりです。

コムケア活動を通して全国のたくさんのNPOと知り合えました。
しかし、知れば知るほど、私はどうもNPOが好きになれなくなってきました。
そもそもNPO法案が議論されている時から、NPOの制度にはなじめなかったのですが、実際の活動が始まり、どんどん活動が広がるにつれて、違和感は高まる一方です。
その一つの理由は、金銭発想から抜け出られずにいることです
そのために、現体制のサブシステムになってしまい、社会を変革するどころか逆効果になっているようにさえ思います。
昨今、社会起業家なる言葉がようやく市民権を獲得しつつありますが、悪しき企業経営をモデルにしているようなものも少なくありません。
それが悪いわけではないのですが、もっと新しい発想が求められているように思います。

まあそうしたことを書き出すときりがありませんし、
そうした認識は少しずつですが生まれてきているように思います。

私が、NPOが自分たちのテーマに目が行き過ぎてしまっていることも嫌いな理由です。
その上、目一杯がんばっていますから、余裕もないのです。
そうした生き方が、社会を壊してきたと私は思っています。

コムケア活動は、自らを開き、横とつながることを大事にしています。
それぞれのNPOが蓄積してきたノウハウや知見は、できるだけ社会に公開し、他のNPOにも役立ててもらうのがいいと思っています。
しかし、この活動を始めた時に、あるNPOから自分たちが苦労して蓄積してきたノウハウは開示できないと怒られました。
当時も今も、とてもいい活動をしているNPOです。
これまでの相手を潰す競争原理の企業と同じではないかと思ったわけです。
切磋琢磨のための競争はいいですが、勝ち負けを目指す競争は、私は克服したいと思っています。

そこまで利己的ではなく、自らの活動を公開しているNPOも、自分たちを支援してほしいという思いが強すぎるのが、私にはさびしいです。
NPO活動をしている人が、よく相談に来ます。
しかし、多くの人が自分たちの組織や活動の相談ばかりです。
当然といわれそうですが、組織や活動はみんな手段です。
それによって目指すことに立脚して、相談に来る人は残念ながらほとんどいません。

NPOに関わっている人は、発想を変えてほしいです。
自分たちは社会に何ができるのだろうか、を基本にしているのであれば、自分たちの活動から考えるのではなく、社会の視点で考えるのが当然です。
そのために、意識や時間の1割でいいですから、ほかのテーマや活動のために割いてほしいです。
コムケアはそうした人たちの仲間です。
現実は必ずしもそうではないかもしれませんが、コアになっている人たちの意識はそうなのです。
機能の集まりは、そうしたことを少し感じて、とてもうれしかったのです。

自分の時間の1割を自分の活動以外に割く。
そうしたことが、どれだけ自分たちのテーマの活動に役立つか、それに気づいてほしいのです。

偉そうなことを書いてしまいました。
書きたかったことの入り口にやっとたどりついたところですが、長くなったので今回は入り口どまりです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌360:1年も一日も休まずメソメソしていたとは、節子さんも幸せ者

挽歌164(「小さくて不要になったものを送ってください」)に出てきたYTさんからメールが来ました。
久しぶりに送った私からの手紙が届いたようです。
こう書かれていました。

手紙が届きました。
形見に頂いたリンゴのオルゴール、いつも机の隅に置いていますが、
久々にメロディーを聴いて、そのすぐ後に届いたので更に驚きました。
YTさんに私が送った「小さくて不要になったもの」は、
節子のコレクションだったリンゴの置物の中から選んだ小さなオルゴールだったのです。
YTさんのお心遣いに合わせて、それを送らせてもらっていました。
そのオルゴールが、きっと私からの手紙(実際には節子からの手紙でもあったのですが)の届くことを伝えてくれたのです。
節子もたまには気がききます。

YTさんは、それに続けてこう書いています。

もう、1年経ちますか? 
その間、旦那は一日も休まずメソメソしていたとは、節子さんも幸せ者ですね。
ずっとそうしていてください。
メソメソなどしていないつもりですが、どうしてもそう感じさせるのでしょうね。
元気な私を彼に見せなければいけません。
秋になったら会いに行きましょう。
彼は大阪在住なので、ちょっと気は重いのですが。
私は東海道新幹線が、どうも好きになれないのです。
節子とあまりにも何回も乗りましたので。
あっ! やっぱりメソメソしていますかね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/26

■節子への挽歌359:立ち直りのための3年間

訪ねてきた友人に、「妻を亡くした男性は立ち直りに3年はかかるそうだ」と話したら、
彼は黙り込んでしまいました。
どうしたのだろうかと心配していたら、少したってこう言うのです。
「私もそういえば3年くらいはダメだった」
思ってもいないリアクションです。

彼は奥さんと5年ほど前に離婚していたのです。
そのことは知っていたのですが、離婚のショックなどこれまで微塵も感じさせたことはありません。
滅多に会わないのですが、会った時にはいつも新しい仕事に取り組んでいて、忙しそうでした。
仕事が好きなあまり、奥さんよりも仕事を選んだのかと、そんな感じで彼のことを考えていました。
ですからその反応は、まさかの反応だったわけです。
彼のことを何も理解していなかったわけです。

もっとも彼の場合、4年目にはまた人を愛せるようになったというので、少し気が楽になりました。
ちなみに彼は私よりもかなり若いのです。
きっとそのうち新しい伴侶が見つかるでしょう。
そう思いたいほどの、これまで見たこともないような寂しそうな顔でした。

「愛する人を失う」には、2つの種類があります。
「愛」を失う場合と「人」を失う場合です。
両者では、失うものが違うように、残るものも違います。
私が失ったのは、愛する「人」でした。
彼が失ったのは(間違いかもしれませんが一般的には)、「愛」です。
愛し合う関係を失ったといってもいいでしょう。
失われた「愛」は取り戻せますが、失われた「人」は取り戻せません。

一方、私には「愛」は残りました。
節子への愛は、節子が不在になった以上、変わりようがないわけです。
つまり永遠の存在になったわけです。
しかし、彼の場合、残ったのは「人」です。
「人」は変化しますから、それに応じて、愛もまた変化するかもしれません。

愛する人と死別して1年たって思うことは、立ち直りという概念の無意味さです。
立ち直ることなく、きっとこのまま行くでしょう。
でも傍目からみれば、やはり3年くらいは「おかしく」見えるのかもしれませんね。
離婚した友人は、きっと新しい愛を得て、立ち直れるでしょう。
そう念じています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■介護職の不幸

東南アジアからの看護・介護労働者の導入が、かなり現実の問題になってきました。
しかし、この問題への取り組みはなんだかとても大きな間違いがあるのではないかとずっと気になっています。
それに、東南アジアには看護・介護の問題はないのか、ということも気になります。
日本で技術研修するという説明もありますが、どうもすっきりしません。

それに関連して気になる話があります。
あるメーリングリストで、「介護福祉士の資格がありながら介護の職についていない人は20万人くらいいるそうです」という投稿がありました。
そのため、「介護福祉士の就労斡旋(援助)」が政府施策として検討されているようです。
20万人といえば、有資格者の役4割です。
調べてみたら、その実態調査も昨年行われているようです
そういえば、こんな話も聞きました。
一時、各地の大学で急増していた介護や福祉関係の学部や学科が最近、人気がなくて急減しているという話です。

なんだかとてもちぐはぐです。
ちなみに、弁護士や医師の世界でも同じようなことが行われています。
しっかりしたビジョンもなしに、現場を知らない人たちが無責任に増やしたり減らしたりしています。
しかも、その処遇さえも、仕事の価値と無関係に決めてしまうのです。

介護労働者の離職率の高さは有名です。
その主な理由は、労働条件の悪さだといわれています。
低賃金はよくいわれますが、それ以上に過酷な労働条件で身体を壊す人も多いようです。
職についていない介護福祉士の多くは、「就職口がみつからない」からではなくて、職につきたくないからだと、その人は言います。
そして、「就労斡旋だなんて・・・・自ら現場に身をおいたことのない人間でないと言えない発想ですね」と書いています。

これほど「介護職」が求められている時代にもかかわらず、なり手が少ないのは、「介護職の不幸」としかいいようがありません。
どこかで、仕事の社会的位置づけが間違っているのです。
東南アジアの人たちにしわ寄せをする前に、問題の本質をもっと整理していくべきではないでしょうか。
それは、私たちの生活の未来にかかっているのですから。

追記
JanJanニュースに関連記事を見つけました。
今こそ介護労働者の待遇改善を

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008/08/25

■名前の大切さと匿名の文化

私が参加している平和関係のメーリングリストで、
時々、気が重くなるような攻撃メールの交換が行われることがあります。
平和のメーリングリストですから、とりわけ気が重くなるのですが、
多くの場合、きっかけは「匿名」の人の書き込みです。
メールでのやり取りは、たとえ名前を書いていても、それが実名かどうかわかりませんから、
ネット上の名前はほとんどの場合、匿名と大差ないのですが、
それでもニックネームなどという、わけのわからない文化がネットの世界では大手を振るっているのは私には違和感があります。

私のホームページや、このブログも、そうした匿名の人に攻撃されたことはありますし、
私自身不快な思いをしたこともあります。
ですから、私はネットであろうと匿名やニックネームは使いませんし、
自らが何者であるかの情報は極力出すようにしています。
まあ、それもあまり意味のないことではあるのですが。

今日の朝日新聞の夕刊に、ネットでの匿名使いのビジネスの危うさが大きく報道されています。
ビジネスを匿名でするということ自体、私には理解できかねますが、
よく考えてみるとこれまでのビジネスを支えてきたのは、「匿名の文化」だったのかもしれません。
匿名化が、産業を発展させてきたとすれば、その劣化は起こるべくして起こったわけです。
最近は、その弊害を克服するために、作り手の顔が見える仕組みが拡がりだしています。
そろそろ「匿名の文化」を考え直す必要があるようです。

人の心には、天使も悪魔も住んでいます。
もし発言者としての自分が特定されたら、言動には慎重になるでしょう。
しかし、特定されないことが保証されていれば、人は悪魔になる魅力に勝てるでしょうか。
「お天道様」がにらみを聞かせていた時代はよかったですが、そのお天道文化も消えつつあります。
しかも昨今は、個人情報保護法などというおかしな制度がまかり通り、匿名が大手を振って闊歩しだしています。
しかし、人から名前を取ったら、何が残るのでしょうか。
堂々と自分の名前も言えずに、こそこそと卑屈な人生を歩むことは避けたいものですが、
そうした風潮を助長する文化や制度が多すぎます。

せめて私は、自分の名前を大事にし、その名前のもとで言動したいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌358:愛する人を見送る覚悟

節子
あなたが大好きだった滋賀の勝っちゃんと美っちゃんから先週、電話をもらいました。
2人とも元気そうでした。よかったですね。

美っちゃんは、私のブログを読んでから、私に手紙も電話もできなくなったと話してくれました。
これは美っちゃんに限ったことではなく、そう思っている人は少なくないでしょう。
私のためと思って声をかけても、それを素直に受け取らずに、
ついつい反発してしまう気持ちを私はこのブログで何回か書いていますから。
気を悪くした人も、決して少なくないでしょうね。
腫れ物にさわるようなものだったかもしれません。
たぶん実際に、私はしばらく腫れ物だったのでしょう。
いまは少し腫れはひきましたが、まだ完治していないかもしれません。
すみません。

個人情報侵害ですが、美っちゃんのお兄さんも、私と同じように昨年、奥さんを亡くされたそうです。
美っちゃんはこういいます。
女性のDNAには、親や夫、時には子どもですら見送るという覚悟が埋め込まれているように思いますが、
男性にはそれがないのかもしれませんね。
こういう言い方をすると、誤解されそうですが、美っちゃんは実に繊細で感情豊かな女性です。
というよりも、良い意味で、伝統的な日本女性なのです。
これは節子から聞いていることですが。

今回の電話でも、涙ぐんで話しているのが伝わってきました。
その人から、「愛する人を見送る覚悟」という言葉を聞くと、奇妙に納得できてしまいました。
人はいつか「愛する人」を見送るものです。

考えてみると、私は節子と結婚して以来、節子に「見送られる」前提で人生を生きていました。
きっと節子も、私を見送る覚悟を持っていたはずです。
それができなかったことが、節子の最大の無念さだったような気がします。
そして、それをさせられなかったことが私の最大の無念さでもあります。
しかし、人を愛するということは、その人を見送る覚悟を持つということかもしれません。
そのことに気づかないまま、節子を愛し、節子を看取ったことを心から反省しています。
見送る覚悟があれば、もう少し節子をやさしく送れたような気がします。
節子、ごめんなさい。悪かったね。

愛するとは見送る覚悟を持つこととわかっていれば、こんな挽歌など書かなくてすむかもしれません。
覚悟が不足していましたが、いまさらどうにもなりません。
「会うは別れの始まり」という言葉の重さに、今ようやく気づいた気がします。
困ったものです。

読者の方には、ぜひこんな後悔をさせたくありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/24

■節子への挽歌357:施餓鬼供養

今日は施餓鬼会でした。
わが家の菩提寺は、真言宗豊山派ですが、毎年8月24日が施餓鬼会と決まっています。
両親が亡くなってからは、兄にお墓を守ってもらっていますので、この10年近くは参加したことがなかったのですが、今年からは毎年参加するつもりです。

施餓鬼会と言っても、これまでは先祖代々の供養儀式程度にしか理解していなかったのですが、もう少しきちんと理解しようと思い、真言宗豊山派のサイトで調べてみました。
こう説明されています。

お釈迦さまの弟子の阿難尊者がある夜瞑想していると、飢えて鬼のようになってしまった精霊(餓鬼)が現れ、「お前の命はあと3日だ。3日後には餓鬼の仲間に引き入れる」と告げました。尊者はさっそくお釈迦さまに餓鬼に施しをする作法を授かり、食物を供え、ご真言を唱えて回向(えこう)したところ、たいそう長生きをしたということです。このことから、施餓鬼会は、春秋の彼岸やお盆と共に、大切な行事になりました。
私たちは、知らず知らずのうちに殺生をして毎日を過ごしています。それは、生き物のいのちをいただき食事をすることで、私たちは、つつがなく生きていくことができるということです。
私たちは、このことに感謝し、供養をつくすことによって三界萬霊(さんがいばんれい:この世のあらゆる精霊)や無縁仏への回向とし、また、この供養が巡って先祖に届くのです。
以前も本で調べて、あんまり意義を見出せなかったことを思い出しました。
しかし、まあ節子とつながれる場があるのであれば、何でも参加しようというのが今の気持ちです。
身勝手でいい加減な話ですが、まあそれが私なので仕方がありません。

新盆なので新盆燈明料としてお布施させてもらいました。
これで節子は、私亡き後も永代供養してもらえることになります。
施餓鬼供養は、12人ほどの僧侶で営まれました。
今年は日曜日だったこともあり、たくさんの人が集まりました。
供養終了後、卒塔婆をお墓に立てて、節子と両親に声をかけてきました。
終了後、お寺から新盆の掛け軸をもらいました。
こうやってだんだん節子は向こうの人になってしまうのでしょうか。

施餓鬼会は、どうもまだ私の心には響いてきません。
どこかで何かが違うのです。
まだまだ信仰心が不足しているようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■中国の「困難を洞察し、共感を持つ」ことはできるか

中国でのオリンピック開催で、これまで見えてこなかった中国の実態が見えてきました。
予想以上に人権無視の管理社会の側面も見えてきました。
不気味で、信頼できない国家という気さえします。
あれだけ大きな国家を維持するということは、そういうことなのかもしれませんが、
こんな国家と果たして付き合っていけるのかと不安にもなります。

しかし、テレビで映し出される姿が、すべてではないでしょう。
テレビメディアは、どうしても特徴を過剰に伝えがちです。
日本も報道の仕方によっては、不気味で信頼できない国家に見えるかもしれません。

ドイツの哲学者カール・ヤスパースの「戦争の罪を問う」(平凡社ライブラリー)にこんな文章が出てきます。

「われわれは相互の間の甚だしい相違を終局点としてではなく、出発点として承認するのでなければ、われわれの語り合いは意味をなさない。われわれ自身の情勢や態度とは全く懸け離れた情勢や態度のうちに見られる困難を洞察し、それに共感を持つようにならなければならない。」
人の価値観は、基本的にはそう大きくは変わらないと私は思い続けています。
しかし、その置かれている状況やそれまでの歴史によって、現われてくる価値観や言動は正反対になることもあるでしょう。
そのことは、日本の社会の常識や文化、あるいは日本の国家制度や国家政策などの歴史を思い出せば容易に納得できます。
極端な事例では、1945年の8月を境に、日本人の価値観は逆転させしたのです。
いまの中国の文化や人々の言動を、否定してばかりもいられません。

私自身は、いまはまだ中国への「共感」はとてももてません。
昨夜もチベットのためにキャンドルを灯して祈るようにというメールが来ましたので、それに応じましたが、チベットにしてもウィグルにしても、中国政府のやり方には憤りを感じます。
オリンピック会場の周りで、デモを監視するボランティアの映像を見る度に、嘔吐したくもなります。
子どもの頃から、そうしたことがなぜか私には生理的に受け入れられないのです。
しかし、もし平和を望むのであれば、ヤスパースがいうように、中国の人たちの「困難を洞察し、共感を持つよう」にならなければならないでしょう。
共感を持てずにいる自らの未熟さを反省しなければいけません。

先日引用した、むのたけじさんの記事にもこんな発言がありました。

戦争のたくらみをやめさせる要は、違うものを排撃することをやめること。人間は「違っていても分かり合える」のじゃなくて「違っているから分かり合える」の。
違いからスタートして、共感を育てていく姿勢の大切さはよくわかっているのですが、67歳になりながらも、なかなかそれができずにいます。
このブログも、排撃的な表現が多いかもしれません。
もっと寛容になろうと、改めて思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/23

■官僚の反乱は官僚制の限界を象徴しています

国土交通省がタクシー券をやめた途端にタクシー代は9割以上減少したというニュースが流れています。
官僚制の持つ本質である保身性と従順性が見事に出ています。
問題は誰に対して従順かということですが。

市場システムと官僚制は近代社会を支える2大柱です。
いずれの特徴も、人間性という情緒的な要素を排除するものです。
近代は、組織や全体から発想する社会であり、全体としての人間性を重視しましたが、個々の人間の人間性は必ずしも重視しない社会です。

近代市場制度は、脱価値的な通貨を媒介にして、個々の人間の私利私欲を社会化しました。
官僚制は、多様な人々を統治するための、非人格化された脱価値的な実行機関でした。
いずれにおいても、そこに係わる個々人の人格は消去されるようになっています。

絶対主義国家で発生した官僚制は、その効率性の故に国民主権国家の行政においても採用されました。
価値判断は、絶対君主ではなく国民に代わったものの、官僚制の内部での価値判断の排除は当然持続されました。
ウェーバーの官僚制の理論は、テーラーの科学的管理法と同質性を持っているわけです。

官僚は個人的価値観に惑わされることなく、与えられた課題を指示された方向で遂行することによって評価されます。
だからこそ、目的が明確な限りにおいては効率的であり、組織としての優位性を高めてきたのです。
それは、産業におけるベルトコンベア方式に類似しています。
企業が「もうひとつの官僚制」と言っていいように、官僚制は「もうひとつのベルトコンベア」と言っていいでしょう、

昨今の行政不祥事は、そうした官僚たちの人間性が目覚めた結果なのでしょうか。
居酒屋タクシー問題は、従来型官僚の所為ですから、まあ瑣末な問題です。
非人格化された腹いせの行為でしかありませんから、過剰な部分を断罪すればいいわけです。
だから20年前からわかっていたのに、見逃してきたわけです。

しかし、防衛省次官厚生労働省の行動は次元が違います。
これは官僚の反乱なのです。
官僚制に代わる新しい統治システム、あるいは行政システムが求められだしているのです。
たぶんITがそれを可能にしてくれるでしょう。
個人(の人間性)を起点にした発想が求められているように思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌356:手づくりトマトのお供え

節子
昨日のことの報告です。
直接、報告したので節子は知っているでしょうが、やはりの挽歌に残しておきたくなりました。

昨日は自宅にいたのですが、お昼前にチャイムがなりました。
出てみると、近くの高城さんの子どもたちでした。
5歳と2歳くらいでしょうか。
小さな手にミニトマトが4つのっていました。
そして、これをおばちゃんにあげてくださいというのです。
下の子もなにやらむにゃむにゃと話しかけてくれます。
庭で作ったトマトが実ったので持ってきてくれたのです。
とても幸せな気持ちになりました。
少しだけ2人と話しました。
節子だったらもっと楽しく話したろうなと思いますが、
妹のバッグの中身まで、なぜか見せてくれました。
もちろん頼んだわけではありません。

お姉さんのほうは昨年も、節子の見舞いに来てくれました。
妹は節子のことはあまり覚えていないかもしれません。
でもこうやって彼女たちの世界に、節子が生きていることはとてもうれしいです。
「おばちゃんにあげて」という言葉は、涙が出るほどうれしいです。
子どもの言葉には嘘がありませんから。

まだ赤味が十分ではないミニトマトでしたが、
明日から家族旅行に行くと聞いていたので、その前にと思って収穫してくれたのでしょう。
うれしくて、すぐに節子に報告し、供えました。

節子
あなたのことはいろんな人が心にかけてくれています。
私も、そういう人になるように、心がけようと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/22

■一人一人が生活の主人公になれば戦争はなくなる

先日、石牟礼道子の新聞紙上での発言を紹介しましたが、
同じ「夏を語る」のコーナーで、今日、むのたけじさんが語っています。
この記事は朝日新聞のネットには掲載されませんので、ちょっと長いですが、また少し紹介させてもらいます。

私は、平和運動だ、抗議集会だと何千回もやったけど、一度も戦争をたくらむ勢力に有効な打撃を与えられなかった。軍需産業は成長しているんじゃないの。「戦争反対行動に参加した私は良心的だ」という自己満足運動だから。それでも意思表示をしないと権力は「民衆は反対していない」と勝手な判断をするからやめるわけにはいかない。
でもそれだけじゃダメだ。

今、根底にあるのは、人工的に起こす消費。これだけなんだ。作って売ってもうける。そこにある欲望が戦争に拍車をかけてきた。
無限の発展はいらない。当たり前の平凡な、腹八分目で我慢する生き方が必要なんです。地球の環境を大事にするとか、スローペースの生き方とかですよ。
そのことに一人一人が目覚め、生活の主人公になること。これが資本主義を否定する普通の人間主義の生き方。戦争のたくらみをやめさせるのはこれなんだ。金もいらない、命令も法律も何もいらないもの。

すべての基本は、私たちの生き方にあります。
運動ではなく、私たちの生き方なのです。
そしてそれが広がっていけばいいのです。
広げるのが運動ならば、広がるのはなんでしょうか。それも運動なのでしょうね。

むのたけじさんの発言をまとめた「戦争絶滅へ 人間復活へ」(岩波新書)をまだ読まれていない方は、ぜひ読んでみてください。
私たちに生き方が、歴史を変えていくのです。
平和だ、環境だというだけでなく、まずは生き方を見直したいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌355:なくなりようのない喪失感

「それでも私は元気です」(挽歌353)と書いてきたOMさんが、私のブログを読んでメールしてくれました。
彼女の了解を得て、その一部を、かなり長いですが、紹介させてもらいます(原文をちょっと変えたところもあります)。
私の気持ちを、私以上に的確に表現しているからです。
私が書いた文章と言ってもいいほど、同感できます。

ブログを読んで、不覚にも涙がこぼれました。
その現象に、自分でも驚いてしまいました。
佐藤さんが仰るように、自分はまだ「父の死を克服できずにいる」んだなぁと思いましたが、
でも私は、これは「克服する」ものではない、と前々から思ってもいます。

「大切な人を失う」ということによる喪失感は、決して埋まるものではないと思っています。
例えるなら、
植木鉢に咲いていた花や雑草を抜いたとき、そこにできる穴のようなもので、
新しい花を植えたり、その穴に土を加えれば、その鉢は満たされるのですが、
けれど、その鉢は決して前と同じではないのです。
また、その穴を埋めることなく放置しておいても、
長い時間が経てば、やがてそれは風雨にさらされて、どこに穴があったのかわからない状態になります。
一見その鉢は満たされたように見えますが、
でもやはり、かつてあった物がなくなったという質量の絶対的な減少が生じているわけです。
要するに、私が持っている喪失感は、決して無くなったりはしないのだと思っています。

私の母は、父が無くなってから3年ほど平穏な日常を失っていたように思いますが、
今ではどうやら穏やかな日常を取り戻しているように見えます。
でも、それは「取り戻した」とは言っても、もちろん以前の日常とは違います。
以前とは異なる日常を、彼女は新しく得ることができたということです。

悲しみを持っているということと、日常を生きるということは、共存できるものなのだと思います。
胸にどうしようもない喪失感を抱えたまま生きているのが、人間なのだと思います。

誰かの死、誰かの悲しみ、自分が生きること、自分が笑うこと
これらはすべて共存できるものだと思います。
うまく言えませんが、それぞれ相互につながっているものではあるけれど、
何かが無くなったからと言って、同時に消滅してしまうものでもない。
それらは、個々の事象として、そこにただあるだけです。

ドラマなどでよく「お父さんはあなたの心で生きている」なんて台詞がありますが、
これは以前、私は非常にくさい台詞だと思っていました。
いや、今でも「くさい」とは思いますし、これが正しいとも思いませんが。
でも、言いたいことは何となくわかるような気はしています。
常に父のことを考えているので、いなくなったという感じがしないのです。
まぁ、でも現実にはいないわけなんですが。
そのギャップが喪失感なのかもしれませんね。

全く同感です。
OMさんは最後にこう書いています。
「それでも私は元気です」は、
出過ぎていると思いながらも、私なりに佐藤さんを応援したつもりでした。
OMさん、ありがとう。
だから私も元気です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/21

■節子への挽歌354:節子の文化

節子
最近、わが家では「節子の文化」なる言葉がよく飛び交っています。
「それは節子の文化だ」とか「節子の文化に反するよ」というような使われ方においてです。
ところが、その評価が全く正反対になることがあります。
節子が聞いていたら、きっと異議申し立てをしそうな時も少なくないです。

たとえば食事のとき、食後の食器洗いを節約するために、私が同じ小皿に複数のものをとりながら「節子の文化だ」といったら、娘は「お母さんはそういう取り方を注意していたよ」というのです。
食器を洗う人のことを考えて無駄に食器は汚さないというのが節子の文化だと思っていましたが、娘によれば、味が混ざるので料理した人に失礼だと考えるのが節子の文化だったというのです。
そういえば、私はよく節子に注意されていました。
人間は、自分に都合のいい場面だけを覚えているのでしょうね。

家族の誰かが外出する時、玄関まで送るのも「節子の文化」だったので、今は私も在宅の時はそうしています。
包装紙や容器などを大切に保存するのも「節子の文化」でしたが、節子の残した包装紙などはこの1年でほぼ捨てられました。
娘たちの名誉のために言えば、ただ捨てたのではなく、きちんと選別して使うものと捨てるものを分けたのです。
あんまり選別せずにただ残しておくのが「節子の文化」だったわけです。

ちょっとした隙間に花を一輪飾るのも「節子の文化」でしたが、時々、それを枯らすのも「節子の文化」でした。
廃物利用に時々意欲的になるのも節子の文化でしたが、すぐ廃棄物になるような無駄なものを買うのも節子の文化でした。
腕時計をいつもしているのも節子の文化でしたが、時間感覚が乏しいのも節子の文化だったかもしれません。

こうやっていろいろと書き出してみると、実は節子の文化と私の文化はかなり似ています。
違うのは、私が腕時計が大嫌いだったことくらいでしょうか。
「似たもの夫婦」という言葉がありますが、私たちは似たもの夫婦でした。
きっとどちらかがどちらかを洗脳してしまったのでしょうね。
ですから今となっては、どれが「節子の文化」で、どれが「修の文化」か区別しにくいです。
しかし私は、都合のいい時だけ「これは節子の文化だ」といって娘たちを説得しています。
マア、彼女たちは「はいはい」と聞き流して、面従腹背を決め込みがちですが。

さて、節子の文化、私の文化は、娘たちにどの程度継承されるのでしょうか。
どうも全く継承されないような不安があります。
なにしろ娘たちは2人とも、まだ結婚していないのですから。
私たち夫婦は、彼女たちにとってはモデルにはならない存在だったわけです。
私たち夫婦の、これが最大の反省点でした。
娘たちには内緒ですが、だれかいい人はいないでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■ちょっとおかしいのではないかと思うこと

昨日、民主党の代表選挙に関して、ちょっとおかしいと思うことを書きましたが、この種の話は山ほどあります。
今日はうっぷん晴らしを兼ねて、それを書きます。

高速道路無料化の議論が出た時に、そんなバカなという論調が多かったですが、有料であることのほうにこそ、私はそんなバカなという気がしていました。
無料にした方が、経済的にも無駄がないはずですし、国庫負担も少なくなるでしょう。
税金で道路をつくり、それで稼ぐ会社ができるのはどうも違和感があります。
受益者主義が言われますが、受益者は国民ではなく自動車会社です。
高速道路の受益者は自動車のドライバーだと言う人がいるかもしれませんが、道路は歩行道路も含めてすべてつながっています。
高速道路を走る自動車だけが受益者ではありません。
さらに、高速道路通行料は、物品の輸送を通して、ほとんどすべての国民に関係していきます。
道路は文化ホールとは違うのです。
その違いさえわからないで、何が公共投資だと、私は世の公共論者に腹が立つのです。
高速道路料金は無料にするのがいいでしょう。
雇用と官僚や政治家の私腹は減るでしょうが、国民の多くは負担が減るはずです。
しかし、多くの国民は、まじめに考えようともしません。
高速道路は有料だと思い込んでいるからです。

厚生労働省は、来年度からメタボリックシンドロームを主眼にした新しい健康診断を始めることを考えているそうです。
これでまた税金の無駄遣いが始まるでしょう。
もっとやるべきことがあるでしょうに、厚生労働省は、相変わらず市場創出に余念がありません。
官僚の事業創出は税金の消費でしかありません。
どこまでやれば気が済むのか。
国民のメタボを問題にする前に、無駄な贅肉ばかりの自分の省のメタボ対策をやってほしいものです。

福田首相が何回も言っている「平和協力国家」ということばも不思議な言葉です。
「平和憲法」をないがしろにして、何が「平和」だといいたいですが、
一方の戦力に味方していることをもって平和協力という神経が私には理解できません。
戦争もまた平和を目指した行為ともいえますので、平和協力国家とは戦争国家でもあるわけです。
それにしても、「平和に協力」という言葉は不思議な言葉です。

あげだしたらきりがありませんね。
憂さ晴らしどころか、ますます憂鬱になりそうなので、やめましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/20

■節子への挽歌353:それでも私は元気です

返事を出せずにいた暑中見舞いのハガキが机の上にずっとありました。
いつもそのハガキをみながら、でも何もできずにいました。
昨日、ようやくメールを出しました。
全く内容のない、単なる暑中見舞いありがとうメールでしたが。

そのハガキには、手書きで次の一文が書き添えてありました。

暑くなると父が亡くなった夏を思い出します。
それでも私は元気です。
「それでも私は元気です」
ジーンとくるのは私だけでしょうか。
彼女はまだシングルです。
親しいというわけでもないのですが、ある時に突然、悩みを打ち明けてきたことがあります。
的確なアドバイスができずに、ただ聞いてやることしか出来ませんでした。
とても個性的で、よい意味での現代っ子です。
いえ、もう「子」と言う年代ではありません。
悩みながら、自分の人生をしっかりと生きている人でもあります。
その彼女が、もう数年もたっているはずの父の死を克服できずにいるのです。
「それでも私は元気です」
いろんな受け止め方はあります。
私へのエールとも受け止められます。
彼女らしいエールではあります。

しかし、これは反語と受け止めるべきでしょう。
元気といっておかないと元気を維持できないのです。
そして、その元気の奥にある気持ちを伝えたいという気持ちを感じます。
実は私が、全くそうなのです。
元気であって、元気でない。
元気でなくて、元気である。
そういう複雑な心境なのです。

「それでも私は元気です」
毎日、この言葉に悩まされていたのですが、メールを送ってようやく解放されました。
人の元気の後ろにある、さまざまな悲しさや悩みを理解できる人間になりたいと思いますが、まだまだなれない自分にがっかりします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■民主党代表選挙に思うこと

民主党の代表選挙に野田さんが出るという話があるようです。
やはり選挙をしなければいけないからというのが理由だそうですが、「選挙が必要」だから立候補するというのは全く無意味な話だと思います。
「私利」を「公利」で隠すのは政治の常道ですが、いかにも小賢しいです。

河村議員の立候補はもう少し正直でしょうが、政策提案が消費税1%ダウンというのは、これまた恐ろしいほど国民を馬鹿にした話です。
消費税引き下げで、どれだけの無駄が発生し、どれだけの人が迷惑するかを全く考えていません。
問題は、彼の頭には消費税は一律上げ下げするものだという考えしかないことです。

代表は選挙によって選ぶのが民主的。
選挙を行えば、政策論議もでき、透明性は高まる。
消費税は消費全体にかかるもの。
消費税を下げれば国民は喜ぶ。
こうした固定観念はどこから出てくるのでしょうか。
もう少しまじめに考えられないものかと思います。

政治課題の議論はいつも目的議論が不在です。
たとえば、消費税は財政歳入不足を補うためといわれますが、なぜ歳入不足になっているのかの議論とは連動していませんし、消費税とは何かの議論もありません。
税体系のしっかりした見直しなしに、ただ手段的弥縫策が語られているだけです。
物品税とまで行かなくとも、消費税をすべてにかける必要もないはずです。
生活のための必需品には消費財を免除する方法もあります。
そうした、課税目的を明確にして柔軟に発想すれば、問題は単に消費税率の問題ではないことがわかります。

大義と大道を大切にした政治家はいないのでしょうか。
国民が求めているのは、気持ちよく暮らせる社会です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/19

■節子への挽歌352:人が一番孤独でないのは、一人でいる時

「人が一番孤独でないのは、一人でいる時」という言葉があります。
大勢の集まりで突然に孤独感を味わった経験は、私にはよくあります。
特に節子がいなくなった後は、数人の友人たちの集まりでさえ、それを感ずることがあります。
前にも一度、書きましたが、突然に周囲の会話が遠くに聞こえだし、この人たちはいったい何を話しているのだろうという気分になってしまうのです。
まさに「異邦人」になった気分です。
周りの人たちが楽しそうであればあるほど、孤独感が高まります。
みなさんは、そういう経験はないでしょうか。

私は、とりわけ「さびしがりや」なのですが、一番、孤独でなかったのは、いうまでもなく節子と一緒の時でした。
節子はそれを知っていましたから、できるだけ私に付き合ってくれました。
私がいなくなったらどうするの、と節子はよく言っていましたが、節子の病気がわかって、それが現実味を帯びてからは、節子はそういわなくなりました。

「人が一番孤独でないのは、一人でいる時」という言葉は、私には全く理解できない言葉でした。
いまはこの言葉の意味がよくわかります。
一人の時こそ、不思議なことに、節子と一緒にいるような気分になれるからです。
しかし、もしかしたら、それは節子を実感できるからだけではないようです。
現実に周りにいる人たちとの断絶感から解放されて、むしろ周りにあるさまざまな人とのつながりが確信できるからかもしれません。
周りの人たちが、私が望む理想形で、私の世界を豊かにしてくれる気がするのです。

インドラの網のように、ホロニックに世界はすべてつながっているとしたら、まわりに人がいるかどうかは瑣末な話です。
早稲田大学の片岡寛光さんは、「公共の哲学」の中でこう書いています。

大方の人間が本人的生活圏で孤独を感じずにすんでいるのは、それが「存在の大いなる連鎖」の中にあり、何時にでも生活圏を拡げ他者と出会い、交流し得るというかなり確実度の高い期待可能性を持っているからである。
本人的生活圏とは、自分だけの空間と言ってもいいでしょうか。
家族、近隣社会、職場仲間、友人たちなどといった、いわゆる親密空間の基本になる生活圏です。
私たちの生活空間は、個人が直接構成しているのではなく、個人を中心にした、さまざまな種類の「人のつながり空間」が幾重にも組み合わさりながら、拡がっています。
「存在の大いなる連鎖」という言い方もされますが、これのほうが「インドラの網」よりはわかりやすいかもしれません。
いずれにしろ、私たちは宇宙とつながっているのです。
だから一人になっても孤独感は出てきません。
しかし、その連鎖(つながり)を実感できていないと、一人になることは恐ろしいほどに孤独なのかもしれません。
私はいま、宇宙に遍在する節子といつも一緒なので、孤独感はありません。

愛する人を失った人が、私の周りにも何人かいます。
その人たちは、こうした「つながり」に気づいているでしょうか。
気づいているといいのですが。
お盆は、そうしたことに気づくためのものかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■コストと価格のつながりを可視化できないものでしょうか

サンマ漁解禁初日の昨日、サンマ漁船240隻が一斉休漁したことが報道されていました。燃料高騰による経営圧迫の現状をアピールすることが目的だといいます。
この問題に対して、私たちはもっと関心を持つべきです。
現在の経済システムの基本につながっているからです。

問題は価格決定の仕組みです。
現在の価格決定の仕組みは「工業原理」に基づいていますので、第一次産業には特にひずみが起こりやすくなっています。
価格決定に関する2つの方程式は以前書きました。
現在はまず販売価格が決まり、そこからコストを考えるのが基本です。
そこに大きな問題がありますが、魚の価格に関してはさらに2つの問題があります。
まず人間が管理できない自然状況が大きな要因になっていることです。
たとえば収穫量は自然によって決まってきますが、収穫量は当然コストにつながります。
もう一つは、昨今のように工業化された第一次産業は、コストの大きな部分がエネルギーコストだということです。
そしてこれに関しても、生産者たちの関与できる余地は小さくなっています。
つまり、生産者が管理できない要素が大きいということです。
もっとも後者は、生産者自身が選んだ(選ばされた)ことの結果ですが。

こうしたなかで、消費市場と生産市場との価格が、別の論理で決まってしまうようになっているわけです。
極端に言えば、コストと価格のつながりが切れているのです。
豊作になれば、野菜も魚も価格が暴落して、廃棄処分が行われますから、コストと価格はつながっているように見えますが、むしろ繋がっていないからこそ、そうした現象は起こるのかもしれません。

いずれにしろ、重油が高くなって、コストが上昇したら、その分は消費者がみんなで負担するのが当然ですが、現在の流通システムではそうはなっていないのです。
その理由は、消費者価格からすべてが決まってくるからです。
それを支えているのは、消費者であり、消費者を守るという消費者行政です。
これが消費をベースにした経済の実態です。
その結果、国内の第一次産業は衰退し、生活の基本である食料自給率も低下しました。
しかし、生産者が守られない経済は、いつか破綻します。

せめて重油価格の上昇分は、消費者がみんなで負担すべきです。
少なくとも、第一次産業の産品は、コストから積み上げていく価格方程式に戻すべきでしょう。
そうすることによって、さまざまな経済の矛盾や社会の問題が可視化されるようにも思います。
行き過ぎた消費者保護は、経済そのものを壊しかねません。

蛇足を加えます。
コストアップで価格上昇することは、もちろん第一次産品でも行われますが、複雑な流通構造の中で、そのメリットを享受するのは、多くの場合、生産者ではないように思います。
原油価格の上昇によって、誰が得をし誰が損をしたかは興味ある問題です。
コストと価格の関係を可視化し、みんなが幸せになる仕組みを作ることはそう難しくない話だと思うのですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/18

■人さまを大切にする文化、知的崩壊が進む文化

今朝の朝日新聞の「夏に語る」で、作家の石牟礼道子さんが話しています。
見出しは『「人さま」思いやる心取り戻して』です。

石牟礼さんの「苦海浄土 わが水俣病」を読んだときの衝撃は覚えています。
「公害」というものの実態を生々しく実感しました。
それが、私が近代産業システムに問題を感じ出した最初の契機だったかもしれません。
石牟礼さんは、その後ずっと水俣と係わりながら、社会に向けての発信を続けています。

石牟礼さんは、この記事でこう語っています。
長いですが、ぜひみなさんに読んでほしいと思い、引用させてもらいます。

共同体には問題がいろいろありますけれど、小さな共同体が失われ、きずなが断ち切れましたね。そうなると「他人のことはどうでもいい」と助け合わなくなった。人を殺しても平気な世の中になった。肉親でさえも殺すことになった。
近代化された標準語では他人、他者ですが、私が生まれた天草では「人さま」と言います。人さまを大切にする、隣人を大事にする、ゆきずりの人であっても縁を感じて大事にする。それが地方や村でもなくなってきていますね。
結果的に勝ち抜き社会を目指してきたでしょう。そしてお金がこの世で一番、位が高いものとみんなが思うようになった。負けた人たちはどうなるのか。生きる意味がないのか。心の問題は置き去りにされてしまいました。悩みを持った人がたくさんいる。人さま方の苦しみをわかる人が増えてほしい。
「水俣病はのさり(たまもの)」と語っていた杉本栄子さんについても言及しています。
栄子さんは「今夜も、祈らんば生きられんとばい」「許さんことには生きられんとばい」と言っていました。「(自分たちを差別した人たちを)呪う、憎むのはもうきつか。苦しくて生きられん」と。言葉でただ許すのではなくて、許した分を、向こうの罪を、自分が背負う。もう菩薩さまですね。
石牟礼さんは、誰かのせいにはせず「たまわりもの」ととらえる考え方が庶民の中にあったいいます。
共感します。そしてそれこそが日本文化の核心ではないかという気がします。
究極のポジティブシンキングです。
それを壊したのは誰なのか。
もちろん私たち自身です。

そして、石牟礼さんはこう続けます。水

俣は日本の近代化のマイナスを引き受けたんですよ。それを日本人に忘れてほしくないと思います。
教養がなくなりましたね。教養をひけらかす必要はないけれど、今は「バカ」を売りものにするのが受けているようです。あんなテレビを見ていたら、子どもはみんなバカになりますよ。教養は品性をつくるものですが、品性がなくなりました。
心から共感します。
まあ、私も「ハンマーカンマー」などと「バカ」を露呈してしまっていますので、いささか心が痛みますが。

「苦海浄土』と同じく私の生き方に影響を与えた本が、岩波新書の「水俣病」(原田正純)です。
この本は、それこそ心身のふるえがとまらなくなるほどのすごい本でした。
その中に、ずっと記憶から離れない記述がありました。
それを思い出して探してみました。
こういう記述です。

(水銀汚染が)微量な場合は粗大な身体症状がみられず、一般の精神薄弱と鑑別診断が困難なような例が生まれるであろう。これは、水銀だけの問題でないから、人類は徐々に知的機能のレべル低下をきたすであろう。そのほうが人類にとってかえって幸せかもしれないなどうそぶいているわけにはいかない。事態は今まさにそこまで来ているのである。(同書238頁)
今から35年以上前に、原田さんには見えていたのです。
35年後の社会も、きっと見えているでしょう。
いえ、私たちにも見えるはずです。
見ようとしていないだけなのかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌351:物語のはじまり

節子
あなたが彼岸に戻った翌日は、肌寒いほどのさびしい日になってしまいました。
明け方はさわやかさもあり、節子が「暑さ」を持っていてくれたのだと思っていましたが、どうもそうではなく、午後から雨になり、とても悲しい1日になりました。
前日までとのあまりの違いに、節子を思い出さずに入られませんでした。
あなたは、もっと長く自宅にいたかったのでしょうか。
そんなことはないですよね。
あなたはいつも自宅にいるのですから。
もちろん彼岸にも、ですが。

昨日は家族みんなが少し放心していたような気がします。
私はだらしなく夏風邪を引いてしまったようで、のどをやられてしまいました。
今月は、まだ施餓鬼会があり、一周忌もあります。
それが終わるまではしゃんとしていなくてはいけないのですが、まあ、私の場合は、しゃんとしたところで高が知れていますので、適度に風邪を引いているほうが私らしいかもしれません。

今日はまた、昨日とは打って変わってよい天気です。
暑くなりそうです。
それもまた節子につなげて解釈すると、いろいろな物語が創れます。
自然の動きや人の動きは、見事なほどに「物語」になることを、最近感じています。
もちろん、節子につながる物語です。
私の頭の中には、最近は節子のことしかないからでしょうが、どこかでみんな節子につながるのです。
人間はこうやって、自分の主観で世界を解釈し、物語を創っていくのだと、つくづく思います。

節子でさえそうですから、たとえばイエスやシッタルダの場合は、多くの人がたくさんの物語を創りだしていったことでしょう。
しかもそれらは共振しながら、大きな物語へと育っていた。
聖書も経典も、生まれるべくして生まれたことがよくわかります。
そしてそこに書かれていることのすべてが、ある人の小さな体験や思いから始まったのでしょう。
そう思うと、聖書や経典にも親しみを感じます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/17

■「戦後最長の景気拡大」が終わった

内閣府の関係団体が、民間シンクタンクを対象に行った調査で、2002年2月から続いていた戦後最長の景気拡大が「すでに終わった」とする回答が94.4%を占めたそうです。
これからの経済はますます厳しいものになっていくようです。

しかし、景気とは一体何なのでしょうか。
私にはむしろ、これまで「戦後最長の景気拡大」という言葉に違和感があります。
この6年半、日本の景気は拡大基調だったのです。
経済界で景気が語られる時、その基準は景気動向指数といわれるものに基づいていますが、ソーシャル・キャピタルの指数を「どの視点」「どう評価」するかで、判断は変わってきます。
数字になっていると、みんな客観的な事実と考えがちですが、数字をどうつくるかの段階で主観が必ず入ってきますから、数字は決して客観的なものではありません。
算出の方法を少し変えるだけで、物価上昇も賃金水準動向もかなり変わります。

この6年半、あまり経済的に良くなってきてはいないと感じている人も少なくないと思います。
経済的格差は深刻化しているような気もしますし、労働時間はむしろ増えていると思っている人もいるでしょう。
どうも景気動向と生活とがつながらないという人も少なくありません。
たしかに、企業業績と個人所得は反比例しているのではないかと思ってしまうような状況も皆無ではないでしょう。
景気は「だれのためにあるのか」を問いたくなります。

もしそうであれば、これから景気後退局面に入るとしても、生活にはそう関係ないともいえそうです。
しかし、そうはならないでしょう。
景気後退が懸念されだすと、個人も企業も行動を変えてしまいます。
過剰防衛が経済そのものを壊すことは少なくありません。
経済が壊れて被害を受けるのは、余裕がない貧しい人たちです。
逆に経済的な富裕層は、変化から利益を得ることが少なくありません。
それこそが経済の不思議なところです。
いまの経済には悪魔が住みついているのです。
そうした「経済」や「景気」に振り回されないようにしなければいけません。

生活の視点から、経済や景気を考える仕組みはできないものでしょうか。
近代統計学が近代国家を方向づけたように、新しい社会を方向づけるような統計学は生まれないものでしょうか。
統計学ほど主観的な学問はないのかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌350:それぞれの初盆

初盆が終わりました。
今年、初盆を迎えた人は私の周りにも少なくありませんが、それぞれどんな初盆だったのでしょうか。
愛する人とゆっくりと語り合えたでしょうか。
静かな時を過ごせたでしょうか。

私の場合は、娘たちがとても気遣ってくれました。
彼女たちも母親の初盆でしたが、私への気遣いを強く感じました。
こうした文化を育ててくれた節子に感謝しています。

思わぬ人が来てくださったことも驚きでした。
節子の友人たちも、節子の初盆に思いを馳せていてくれていたでしょう。
節子の初盆を体験するまで、私は新盆見舞いという言葉すら知りませんでした。
初盆といっても、いままでは「言葉」だけで終わってしまっていました。
しかし、今回、自分が当事者になって、日本の文化の優しさを、改めて知りました。
その文化は残念ながらもうほとんど忘れられてしまっているのかもしれません。
自分がその立場になって、初めて自らの不義理さを痛感します。
恥ずかしい限りです。

昨日、送り火でお墓に行きましたが、とてもにぎわっていました。
提灯とやかんを持った数組の三世代家族も見かけました。
わが家の菩提寺は以前住んでいたところのお寺なのですが、数年前に転居してきた現在の家の近くにも、昔からの立派なお寺があります。
この地域は、我孫子でも古いところですので、地域とお寺のつながりも深いようです。
迎え火、送り火に来る人が道をふさぐほどです。
昔見た風景を久しぶりに見た感じです。
こうした風景はこれからだんだん少なくなっていくのでしょうか。

日本の仏教は葬式仏教などといわれ、お寺と地域とのつながりはあまりありません。
しかし、地域とのつながりを切ったのは、日本人の信仰心の問題ではなく、核家族化のせいではないかと思います。
葬式仏教でもいいではないか、と思います。
ただその葬儀があまりにも形式的になってしまっているのが問題なのです。

節子のおかげで、改めて日本の葬儀文化のことを実感させてもらっています。
葬儀は、通夜と告別式だけではありません。
そこから始まる大きな流れの中で、私たちは愛する人のことを考えながら、自らの生き方を問い直す機会を得られるのです。
同時に、人のつながりを子どもたちにも伝えていけるのです。
私は、数年前まではそうしたことにむしろ無頓着でした。
節子からはいろいろと教えられましたが、むしろ節子任せでした。
この1年、たくさんの気づきをもらいながら、改めて葬儀の意味を考えさせられました。

この挽歌の読者にも初盆を迎えた方がいらっしゃいます。
まだ会ったこともない人もいます。
その人たちは、どんな初盆を過ごされただろうか、そんなことも気になります。
まだ会ったことのない人の初盆に、私が思いを馳せることができるように、死者への思いはすべての人の心に拡がっているはずです。

初盆は、私たち家族だけのものではありません。
節子を送った今朝の般若心経は、そんな思いでまだ会ったことのない人たちの顔も意識しながら、あげさせてもらいました。

今日は昨日までとは打って変わって、秋を感じるような涼しさです。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008/08/16

■人間を壊すオリンピック

最近の企業は人間を壊す場になっていると以前書いたことがあります。
いま盛り上がっているオリンピックもまた、人間を壊す仕組みになってきていることも何回か婉曲に書きました。
オリンピック報道はあまり見ていないのですが、見る度に気になることが起こります。

柔道の石井選手が金メダルを取りました。
その試合を見ていましたが、前に向かって進む石井選手の姿勢にとても好感を持っていました。
ところが、その後の石井選手の発言を聞いて、恐ろしくなりました。
「自分はスポーツをやっていない。戦いだと思っている」
「自分は殺し合いのつもりでやってる。プレッシャーというか恐怖感があった」
こんな考えで柔道をしていたのか、と悲しくなったのです。
柔道を始めた加納治五郎はどう思っているでしょうか。
これが事実であれば、石井選手には柔道をやる資格はないように思います。

「残り30秒でリードしてたら、自分は絶対に逃げる」とも話しています。
柔道もここまで堕ちたのでしょうか。

同じ日に、女子柔道の塚田選手の決勝戦もありました。
娘と見ていましたが、あと20秒というところで、それでもここで一本取られたら逆転だから気が抜けないね、と話した途端に、一本取られてしまいました。
しかし、塚田選手は石井選手と違い、逃げることなくどうどうと最後まで前に出て行っていました。
石井選手の金よりも、塚田選手の銀のほうが、私には輝いて見えました。
終わった後の彼女の発言も好感が持てました。

テレビ番組で石井選手は「優勝できなかったら腹を切るつもりだった」と言ったそうですが、そこまで若者を追いやる状況は、堂考えても狂っています。
若者を壊すことのないよう、関係者は考え直すべきではないかと思います。

石井選手にとっては、柔道はスポーツではなく、戦いであり、オリンピックは平和の祭典ではなく戦場だったのです。
なぜ彼はそう考えるようになったのか。
恐ろしい話だと思いませんか。

オリンピックはやはり人間を壊す仕組みになっているのではないかと、とても気になります。
金だ銀だと喜んでばかりはいられません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌349:節子がまた戻っていきました

節子が戻る日です。
まあ遍在する節子にとっては、あんまり意味があるとも思えませんが、わが家も送り火で節子を送りました。
4時過ぎにちょっと曇ってきたので、少し早いけれどもと思いながら送り火を焚いたのですが、お寺に行く途中、雨が降りそうになって来ました。
きっと節子を送り終わったら、雨がドッと降ってくるね、と娘たちと話しながらお寺に行ったのですが、まさにその通りになりました。
東風に乗って雨が急に降り出したのです。
節子を送るように、です。

まあ、こんなふうに、いろんな自然現象や人との付き合いを、節子につなげて解釈するといくらでも「物語」は創られるものです。

帰宅して、節子の位牌壇を元の形に戻していたら、近所の小野寺さんが来てくれました。
郷里に戻っていたと、節子が好きだった萩の月を持ってきてくれました。
帰宅していた節子には間に合いませんでしたが、ここにいる節子は喜んでいるでしょう。

そんなこんなで、節子の初盆も終わりました。
なんとなく気持ちが寂しいのは、節子が戻ってしまったからでしょうか。
ひとしきり強く降っていた雨が小降りになりました。
また明日から普通の生活が始まります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/15

■節子への挽歌348:節子の人生収支バランス

私に対する節子の収支バランスはどうなっているでしょうか。
そんなことをふと考えました。

私が節子にしてあげたことはいくつかあります。
エジプトに一緒に行きました。
アブシンベルとピラミッドは、とても気に入ってくれましたが、遺跡はみんな同じだと言っていました。
ベトナム戦争の意味を教えました。
いささか反米的な方向で、節子の常識を変えさせたかもしれません。
そのせいか、私以上にラディカルになりました。
節子のやりたいことに関しては、すべて賛成し、応援しました。
節子を心底愛しました。

しかし、してあげられなかったこともたくさんあります。
カナダには連れて行けませんでした。
節子は私と違って、エジプトの遺跡よりも広大な自然が好きでした。
吉野家の牛丼を食べに連れて行くこともできませんでした。
節子は牛丼を食べたことがなく、行きたいといっていましたが、私は食べたことがあるので行きたくなかったのです。
一緒にスポーツをやりたいという希望には応えようとはしませんでした。
そして、なによりも節子を守ってやれませんでした。

収支は赤字でしょうか。
しかし、私が節子にしてあげたことで、一番大きなことが、まだあります。
節子を一人ぽっちにしなかったことです。
一人ぽっちに残される辛さを、節子に体験させないですんだということです。
私でもこれほど辛いのですから、節子にはきっと耐えられなかったでしょう。
私はそう思います。
このことで、節子の収支バランスは、間違いなく黒字です。
私は「良い夫」だったわけです。

でも娘たちは、全くそうは思っていません。
お父さんが先に行ったら、お母さんはますます幸せになったかもしれないよ。
本当に親のことがわかっていない娘たちです。
わかっていないのはあなたよ、という節子の声が聞こえるような気もしないではありませんが。
いやはや。
節子がわが家に偏在しているのも、あと1日です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■平和に関する2冊の本をお薦めします

今日は終戦記念日です。
ところが朝の新聞には、ほとんどその記載はありません。
朝日新聞では、1面には天声人語での言及と書籍広告のテーマが平和と戦争になっていただけです。
テレビでもどなたかが話していましたが、どの新聞もオリンピック報道ばかりで終戦記念日のことはほとんど書かれていないようです。
戦争体験はもう忘れられるものになってしまったのでしょうか。
しかし、今こそ、戦争体験から学び、未来を構想しなければいけない時期ではないかと思います。
戦争は過去のものではなく、現在および未来の問題です。

最近出版された2冊の本を紹介したいと思います。
お読みいただければと思います。

1冊目は、むのたけじさんの「戦争廃絶へ、人間復活へ」(岩波新書)です。
CWSコモンズのブックのコーナーで紹介しましたが、ノンフィクションライターの黒岩比佐子さんが、むのさんの深い思いを引き出してくれています。
黒岩さんは「戦争を知らない世代が、むのさんの言葉から学ぶべきことは多いと思います」と書いていますが、従軍記者として「本当の戦争」を各地で見てきたむのさんの言葉は、恐ろしいほどに生々しいです。

2冊目は、新しい平和論をライフワークにしている川本兼さんの「新平和主義の論理」(明石書店)です。
まだ書店に並びだしたばかりで、私もまだブックのコーナーにアップしていませんが、とりあえずの紹介文を臨時に載せました。
そこに川本さんの「はじめに」の文章を載せましたが、そこにこう書かれています。

「戦争を知らない『元』子供たち」は、子供の頃、「戦争を知っている大人たち」に「どうして反対しなかったのか」「どうして抵抗しなかったのか」と問いかけました。そのことが大人たちをいらつかせ、そのいらつきから発せられる「戦争も知らないくせに…」という言葉に対して、「戦争を知らない子供たち」の歌が生まれたのですが、しかし、これからは私たちの世代が「どうして反対しなかったのか」「どうして抵抗しなかったのか」と問われかねません。そこで私は、この本でわが世代に本当にこのような国を作ろうと思ったかを問い、そして「戦後日本の再構築」を呼びかけたいのです。

戦争体験は残念ながら風化し、単純化していくでしょう。
それに抗うためには、新しい平和活動が必要です。
私たちにもできることはいろいろあります。
今日は、そのことを思いながら過ごそうと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/14

■節子への挽歌347:若住職への如来像お披露目

節子が戻ってきたからといって、何かが変わったわけではありませんが、いつもよりも何か節子を身近に感じます。
今朝は節子と一緒にコーヒーを飲みました。

今日は、昨日の話を書きます。
昨日、迎え火で節子を迎えて、挽歌を書き終えたら、お寺からこれから棚経に行っていいですかという電話が来ました。
今日は来ないだろうと気を抜いていたので、いささか慌てました。
出かけたばかりの娘に電話で至急戻るようにいい、ご住職を迎える準備をしました。
ジュンが位牌壇の周りをきちんとこしらえてくれていましたので、それはよかったのですが、座布団もお布施も、何も用意していなかったのです。
押入れから座布団を出したら、湿気くさいので30度以上の暑い日当たりで干しました。
一方、部屋はクーラーで急冷し、準備を整えました。
電話から20分後にお寺の自動車が到着です。
幸い、出かけていたむすめも間に合いました。
座布団は少し熱かったでしょうが、まあ湿気のにおいはありませんでした。

てんやわんやしている家族を見て、節子はどう思ったでしょうか。
やはり自分がいないとダメだなと思ったかもしれません。
お布施は袋がなかったので、郵便用の封筒に入れましたが、それがまたしわくちゃでした。
ちょっと間に合わなかったので、と断りましたが、まあ、普通はもう少し早くから用意しておくのでしょうね。
私はすべて直前でないと準備しないタイプなのです。
節子はそのことをいつも注意してくれていましたが、そういう節子もたぶんにそういうタイプでした。
他人の欠陥は、往々にして自分の欠陥であることが多いものです。

お布施には名前も書かず、くしゃくしゃのままでしたが、中身はきちんと入れました。
たぶん。
まあ、万一入れ忘れても、名前も書かなかったので、誰が入れ忘れたかはわからないでしょう。

来てくださったのは若住職でしたので、わが家の如来像を見てもらいました。
みんなで心を込めてつくってくださって、ありがとうございますといわれました。
その言葉に感心しました。
仏僧は、ほとけたちの世界から私たちのことをみてくれているのだと改めて気づきました。

午後、節子が大好きだった梨を分けてもらおうと近くのすぎの梨園に行きました。
もっと早く予約しておけばよかったのですが、今ちょうどお盆のため、個々に分けてもらえる梨はまだありませんでした。
ここでも直前まで動かない私の悪癖が災いしてしまいました。
それでも杉野さんは、奥さんに供えてくださいと少し分けてくださいました。
杉野さんの梨は、自然のままの梨なのです。
杉野さんの奥さんに、わが家の如来像の写真を見せてしまいました。
ちなみに、杉野さんからとてもいい話を聴きましたので、時評編に書かせてもらいます。

夕方、兄夫婦が来てくれましたので、2人にもご開帳です。
なかなか好評ですが、まあ無理やり見せているので、みんな「いいですね」としか言いようがないのでしょうね。

こうして少しずつわが家の如来像は認知されだしています。
まだしばらくは魂が入っていないのですが、この如来像もわが家の文化を吸収してくれていることでしょう。
一周忌の時までには、きっと表情が変わっているはずです。
そういえば、今日、来てくださった若住職とこの如来像はとても似ているような気がしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■梨は秋を感じて熟しだすのです

妻が大好きだった近くのすぎの梨園に、新盆のお供え用の梨を分けてもらいに行きました。
そこで杉野さんから、とてもいい話をお聴きしました。

「梨は秋を感じ出さないと熟さないのですよ」
今年は昨年よりも収穫が遅いですねという、私の質問への答は意外なものでした。
梨の実が秋を感ずる。
現場の人でないと出てこない、生きた言葉ですね。
今年は暑すぎて、梨もなかなか秋を感じなかったようです。

普通は、市場に合わせて、ホルモン剤などで熟す時期などを早めたりすることもあるそうですが、杉野さんのところはそれを一切していないのです。
人間の都合に合わせるのではなく、梨の生き方を大切にしているのが、杉野さんの哲学なのでしょう。
それはまさに日本古来の「自然と共にある生き方」です。

そういえば、この数日、暑さは一向に和らぎませんが、朝晩の空気に秋を感ずるようになりました。
梨はそうしたことを敏感に感ずるのでしょう。
私たち人間も、以前は梨のように季節を感じながら、豊かに生きていたのでしょうね。
しかし、いまや、梨ほどにさえ、自然を感じていない生き方になってしまっています。
持続可能性とか環境意識とか偉そうなことをいう前に、梨のように自然と共にある生き方を回復することが大切ではないかと、気づかされました。

杉野さんは、きっと梨とも話ができるのでしょうね。
最近の若者たちはコミュニケーション能力がなくなったと大人たちはよくいいますが、私が体験して限りにおいては、コミュニケーション能力がないのは大人たちです。
若者たちに不足しているのは、コミュニケーション能力ではなく、コミュニケーション体験です。
自然と切り離された生活環境で、コミュニケーションの相手がいないのです。
なにしろ周りにいる大人たちはコミュニケーションしてくれませんから、若者たちのコミュニケーション能力は発揮されることもなく、逆に押さえ込まれてしまっているのが実情のように思います。
本当は、梨のように自然とコミュニケーションする能力を子どもたちは持っています。
それは生物が持っている本来的な能力だからです。
それを押さえ込んでいるのが、もしかしたら今の教育かもしれません。
あるいは今の子育てかもしれません。

私も梨に見習って、もっともっと自然と共にある生き方をしようと反省しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/13

■節子への挽歌346:偏在する節子から遍在する節子へ

今日は彼岸の入りです。
節子が久しぶりに帰省しました。
とまあ、これは世間一般的な表現です。
わが家では節子の本拠を、節子が大好きだったわが家においていますし、彼岸とわが家は通じていると考えていますので、いつも節子は自宅にいると信じています。
にもかかわらず毎週、お墓参りに行きます。
お墓参りに行く前に節子の位牌に、ちょっとお墓に行ってくると挨拶し、戻ったらまた花が枯れてたよなどと報告するわけです。
これはおかしいのではないかと娘はいっていましたが、今は誰も違和感なくそうしています。
3次元を超えた世界に移った節子は、いまや3次元的宇宙に遍在する存在になっていると考えれば、問題はまったくないわけです。

しかし、私が生きている3次元世界では、故人はお盆に彼岸から戻ってくることになっていますので、わが家もそれなりの仕方で、迎え火で先導しながら節子を帰宅させました。

3次元的宇宙に「遍在」する節子は、この数日はわが家に「偏在」しています。
「遍在」と「遍在」。同じ発音ですが、意味は全く違います。
節子の心身に偏在(偏って存在)していた節子の魂が、いまや心身を離れて宇宙に遍在(あまねく存在)するようになったわけですが、節子の心身に偏在していたからこそ、節子は私の愛の対象になれたわけです。
宇宙に遍在してしまったら、節子を愛しようもなく、ましてや独占などできるはずがありません。
困ったものです。

私が愛していたのは、節子の心身と魂でした。
それらは不可分の存在であり、魂があればこそ、心身が輝いていたのです。
そして心身があればこそ、魂が3次元世界で可視化でき、私と出会えたのです。
あんまりややこしく書いても退屈ですね。

心身を離れた節子は、いまや宇宙に遍在しているわけです。
もう私だけのものではないということです。
しかし1年に1回は、私だけのものになるために戻ってくるわけです。
どうせなら心身も一緒に戻ってきてほしいものですが、あまり欲を出すのはやめましょう。
これからの数日は、戻ってきた節子と一緒に、ゆっくりと過ごしたいと思います。

今日は節子の夢を見るでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■MBOのMは、経営者のMではなくマネーのM

昨日の臨時株主総会で、すかいらーくは投資会社の要請を受けて、創業一族の横川社長を解任しました。
2年前、MBO(経営陣が参加する買収)により上場を廃止、その後、経営の基本方針をめぐって、社長と株主が勝ったわけです。
MBOの本質が露呈されました。

最近はMEBO(management employee buy-out)などという言葉も出ていますが、結局はみんなファンドの餌食になるわけです。
ファンドにも良いファンドとハゲタカファンドがあるといわれますが、ファンドは要するに「お金」のことです。
良いも悪いもないと思いますが、ファンドなどというように、ある規模を超えてお金が集まると個人の意識や力を超えたパワーを持ち出します。
おそらくそれに太刀打ちできる個人はいないでしょう。
しかも、ファンドを構成するお金は、お金を増やしたいという人の期待を背負っています。
大富豪がパトロネージのために提供したファンドとは違い、そこでは「お金を増やすこと」が正当化され、目的になります。
その結果、そこに関わった人は、ほぼ例外なく壊れていきます。
企業ファンドに関わる人でまともな人に、私はこれまで会ったことはありません。
口では産業再生とか企業再生とか言っていても、人間への配慮はほぼ皆無ですから、まともな人とは言えません。
要するにお金の奴隷でしかない、金融権力の被害者なのです。

さて、すかいらーくの話です。
解任される前に、横川さんは社員に対して、「自分がやったことは間違いないと思うので辞任より解任を選んだ」と話したそうです。
無念さが伝わってきます。

「企業は株主のもの」というアメリカ流の企業観でいえば、株主が大きなパワーを持つのは当然です。
しかし、「株主」と「株主出資金」とは全く違います。
株主にはまだ「人間の心」がありますが、「出資金」には心などありません。
しかも、ファンドのような寄せ集めのお金には、個人の心は入り込む余地などないのです。
個人株主と組織株主は、全く異質のものであり、企業の資本金は、この30年の間に全く異質のものになってしまったのです。
そこをきちんと認識しておかないと、横川さんのような悲劇を繰り返すことになります。
横川さんはファンドの本質を見誤ったのです。
横川さんが、ファンドと一緒にMBOに取り組んだ時のMは、マネジメントのMではなく、マネーのMであることに気づかなかったわけです。

人が汗して育て上げてきた企業が、こうして次々と壊されていきます。
それにしっかりと立ち向かう経営者はいないのでしょうか。
いまこそ、企業のあり方を根本から考え直す時はないかと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/12

■節子への挽歌345:2年前の節子を思い出しました

高須さん家族が献花に来てくれました。
高須さんは、私たち夫婦が仲人をさせてもらいました。
しかし、私も節子も、高須さんと以前から親交があったわけではありません。
仲人を頼まれた経緯は、私たちにも驚きの経緯でした。

ある人の紹介で、ある若者が私を訪ねてきました。
実は高須さんは、その人についてやってきたのです。
そして、私とその人とのやり取りを聴いて、帰っていきました。
それが最初の出会いです。
その場に節子がいたかどうか記憶がありません。

ところがです。
それからしばらくして、高須さんから電話がありました。
そして、突然に、結婚するので仲人をしてほしいというのです。
私もかなり主観的に生きていますが、この電話には度肝を抜かれました。
高須さんのことも相手のことも、全く知らないのですから。
ともかく一度会って、ということで、たぶん節子と2人で高須さんたちに会ったのです。
後のことは全く記憶にないのですが、結果的には仲人をさせてもらったわけです。
節子がいたらもう少し経緯を覚えているでしょうが、私は過去のことはほとんどすべて忘れてしまいますので、ただ仲人だった記憶しかありません。
高須さんとは、そういう人です。

その高須さんが子どもたちと一緒にやってきてくれました。
2人の子どもたちが、それぞれに小さな花輪を持ってきてくれましたので、献花台に供えさせてもらいました。
それぞれが選んだかわいい花束です。

高須さん夫妻は、とてもうれしい心遣いをしてきてくれました。
上の子どもに節子が昔、プレゼントした洋服を、下の子が着てきてくれたのです。
上の娘さんはもう小学校3年なのですが、2年前にやってきた時のことを覚えていました。
その時は、節子は調子がよくて、みんなでケーキをつくったのだそうです。
その日は朝、近くの手賀沼でトライアスロンがあり、そこに節子の主治医が参加していたので、節子が自分で旗をつくって家族みんなで応援に行った話もしていたそうです。
そういえば、そうでした。
その時の節子のことを、鮮明に覚えています。

それがわずか2年前。
私にとっては、世界戦争があったよりも大きな変化のあった2年でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/11

■「人が戦争を始めたのではない。政治家が始めたのです」

ところで、オリンピック報道で、新聞は読む紙面がなくなってしまっているのですが、オリンピック報道にもこんな気分のいい記事もありました。

<北京五輪の射撃の表彰台で10日、戦闘状態にある2国の谷に友情の花が咲いた>
女子エアピストルで銀メダルのナタリア・パデリナ(ロシア)と銅のニーノ・サルクワゼ(グルジア)。メダル獲得が決まると互いのほおにキスをし、抱き合った。観衆からは拍手が巻き起こった。
サルクワゼ選手は、「人が戦争を始めたのではない。政治家が始めたのです」と涙ぐんだそうです。

ちょっといい話です。
しかし、2人の競技種目が、射撃というのが私には残念です。
射撃などという種目がオリンピックにあることが、昔から私には全く理解できませんでした。
お2人には、これを機会に射撃競技などやめてほしいと思います。
もし本当に戦争が嫌いなのであれば。

また余計な蛇足をつけてしまいました。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

■食の安全対策に取り組む理由

マスコミは、見事なまでにオリンピック一色です。ニュース番組までなくなっているのにはいささかの驚きですが、まあそうでなくとも土日はニュース番組が少なくなるという社会ですので、それもまた当然でしょう。
ニュース番組が少なくなると、社会からは「事件」も少なくなり、政治的な紛争もなくなったような気になってしまいます。
ロシアのグルジア攻撃は、それを意図したのでしょうか。
まあ、それはいささか考えすぎですね。

ところで、昨日、書いたNHKの討論番組で太田農水相が次のような発言をしたそうです。
私はあまりの退屈さに途中でテレビを切ってしまったのですが、どうもその後での発言のようです。
朝日新聞社の asahicomに出ていました。

太田農林水産相は、中国製の冷凍ギョーザ中毒事件を受けた国内の食の安全対策について、「日本は安全なんだけども消費者、国民がやかましいから徹底していく」と発言した。
「(日本は)消費者としての国民が、やかましくいろいろと言うと、それに答えざるを得ない」とし、「社会主義の中国のようにまずいことがあっても隠しておいていい、消費者のことは考えなくてもいい国とは違う」と述べた。
まさに消費者行政の本質を露呈しています。
それに中国政府をこう決め付けてもいいものか、心配になります。
ダメな人ほど他人を悪くいうといいますが、そうでなければいいのですが。

この太田さんの発言を皆さんはどう受け止めるでしょうか。
肯定的に受け止める人もいるかもしれませんが、この発想の根底にあるのは、
「弱いものいじめ」という卑怯者の思想と
「しつこくいわれて嫌々動き出す」という悪意の怠け者の思想です。

こうした思想が、自立支援法や後期高齢者医療制度を生み出し、国民年金を私物化してきたわけですが、要するに今なお、その思想は健在だということです。
オリンピック騒ぎに浮かれて、ついつい本音を露呈してしまったのでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌344:大仏開眼

わが家の大日如来に目をいれました。
大仏開眼、いや小仏開眼です。
素焼き段階はうまくいきましたので、
娘たちが、左右の目をそれぞれ入れ、私は第三の目を額に入れました。
写真を見てもらうとわかるのですが、開眼といえないほどの小さな目です。
ポンと点を書くだけですが、それなりに緊張しました。
なにしろ大日如来なのですから。
目を入れてから、仕上げの焼成です。
うまくいくといいのですが、明日にならないと窯は開けられません。
新盆には間に合いそうですが、
新盆に戻ってきた節子に見てもらい、節子が気に入れば、一周忌にこの仏に魂を入れてもらう予定です。
気に入らなければ、たぶんひびが入るか壊れるかするでしょう。

わが家の仏壇にはまだ正式の仏はいません。
タイのお土産屋で娘が買ってきた小さな仏像が鎮座していますが、それは仮のもので、今はまだ位牌が中心の位牌壇です。
一周忌を契機に、位牌壇を仏壇にしようと考えているわけです。

さて、わが家の大日如来はいかがでしょうか。
スペインタイルをやっている娘にとっても、テラコッタからの作成は初めてです。
仕上げはマヨリカ焼きですが、いつものタイルとは違うようで、初めての挑戦です。
ですから、明日、窯をあけたら割れている可能性もゼロではないそうです。
この写真だけが残る「幻の仏さま」になるかもしれません。
節子が気に入って、守ってくれるといいのですが。

Nyorai1_3

写真をクリックすると大きくなります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/10

■ネクタイをした背広の人がカメラを回していました

今朝のNHKの政治討論を見ていたら、娘が「カメラマンまでネクタイをしているよ」と驚きの声をあげました。
たしかに、ネクタイをした背広の人がカメラを操作していました。
それが何だといわれそうですが、不思議な光景でした。

新閣僚に聴くというのが今日のテーマでした。
いつもこの番組は「聴く」のではなく「話させる」番組ですので、退屈なのですが、今日はいつもに輪をかけて退屈でした。
私でも言えるような、しかし絶対言わないようなことを閣僚が無表情に話すのを聴いていると、この人たちは人間なのだろうかと不思議な気分になります。
しかし、今日はカメラマンの服装が気になって、いつもより長く見てしまいました。

カメラマンがネクタイをして背広を着ているのには一度も出会ったことがありません。
彼らは、そういうスタイルをよしとしない人たちだと思っていましたが、NHKの場合は、服装規定があるのでしょうか。
あるいは、内閣の閣僚が出席する番組だったからなのでしょうか。
来週もこの番組を見てみたいと思います。

こういう周辺的なところに時代の実相が出てきます。

その裏の報道番組で、平和体験が風化していること、平和の祭典が始まった時に新たな戦争が始まったことが話題にされていました。
なぜ戦争はなくならないかという質問に、「人間はバカだから」と答える、街の人の映像がありました。
コメンテーターの人たちはみんな賛成していました。
しかし、私には違和感があります。
「バカな人」は戦争など起こさないように思います。
背広を着て、ネクタイをしめた「利口な人」が戦争を起こすのではないか。
そんな気がします。

「戦争を起こす利口な人、戦争を起こされるバカな人」
必要なのは、「戦争を起こさせない賢い人」です。
利口な小賢しい人はたくさんいますが、賢い人はまだ生まれていないのでしょうか。
私は賢い人にはなれそうもないので、バカな人を目指したいと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌343:金魚が死んだらどうなるか

先週、ホームページのほうにも書いたのですが、
暑さのせいか、金魚が次々と死んでしまいました
今年の暑さは金魚にもこたえたようです。
長年元気だったタナゴまでがほぼ全滅なのです。
わが家の庭の池は、私の還暦祝いに節子と娘たちが贈ってくれたものです。
節子は庭に穴を開けるのはよくないという考えを持っていましたし、娘は池の手入れが大変なのを知っていたため、みんな池は作りたくなかったのです。
しかし、私の還暦祝いに池をプレゼントしてくれました。
そういう池なのです。

その池の金魚やなぜか続けて死んでしまいました。
金魚が死んだらどうなるか。
金魚が泣いたら地球が揺れることを思い出しました。
挽歌56の「結婚前は毎日詩を贈っていました」で書きましたが、
私の気に入っている詩の一つが、
「金魚が泣いたら地球が揺れた」なのです。
この詩は、残念ながら世に出ませんでしたので、その詩を読んだのは節子だけでした。
節子は感動しませんでした。
残念ながら節子には詩というものがわからなかったのです。
困ったものです。
しかし、この題名を読んだだけで、笑ってしまったという「不届き者」も、
このブログの読者にもいますので、詩人にとっては生きにくい時代です。

金魚シリーズ第2作に挑戦してもいいのですが、今回はやめておきましょう。
あの「名作」を汚すわけにはいきません。
しかし金魚が死んだらどうなるか。
それは結構明確なのです。
私の池の一つ(今は2つあります)が壊されるのです。
生前、節子まで池は一つでいいんじゃないの、と不届きな発言をしていたので、池反対派の家族によって池の埋め立てが始まるのです。
それは何としても避けねばいけません。
自然は一度壊すともう元に戻りません。
まあわが家の池は、30分もあれば復元できますが、大切なのは「思想」です、
家族は誰も理解しませんが。
しかし、以前は、たとえ反対派であろうと節子は必ず最後は私の味方でしたが、その節子はいませんから、今度は勝ち目がないのです。

それで壊れていた水の循環を行うモーターを買うことにしました。
娘たちの反対の理由の一つは、私が手入れをしないからなのです。
自然は、人が適度に関わることによって、人との関係を良好にしていきます。
我が家の畑を見れば、それは一目瞭然です。

何を書いているのか、わからなくなってきました。
すみません。
要は、節子はいつでも最後は私の味方だったということです。
いや、そんなことを書くつもりではなかったはずですね。
困ったものです。
今日は久しぶりに涼しいです。
突然気温が変わると調子が狂います。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008/08/09

■オープンサロンの報告

ブログ読者のオフ会を意識して、サロンをご案内しました
まだお会いしたことのない読者の方に、もしかしたらお会いできるかと思っていましたが、
残念ながらお会いできませんでした。
時評と挽歌の混在しているブログですから、もしかしたらそれぞれが引いてしまったのかもしれません。
来てくださったのは面識ある人だけでしたが、私の性格をしっていれば参加しやすいのでしょうが、ブログだけ読んでいると、ちょっと危ない人のように感じるかもしれません。
それにブログは、お互いに知らなければこそ気楽に読者や書き手になれるのかもしれません。
そこを何とか破りたいと思ったりもしたのですが、今回はだめでした。
サロン自体は、私にはとても面白かったのですが、ひそかに期待していた読者との出会いは適いませんでした。
もっとも来てくださった人の中には、えっ!ブログを読んでるの、という人もいたので、発見はありました。

これに懲りずに、今度は「挽歌編読者サロン」をやってみようと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌342:元気を送るか、悲しさを振りまくか

昨日、根本さんのことを書きましたが、根本さんから教えられたことはたくさんあります。
あまり個人的な話を書くべきではないでしょうが、根本さんは実はたくさんの苦労を背負い込んでいるのです。
にもかかわらず、根本さんは明るいです。
昨日の挽歌を書いた後、そのことを少し考えてみました。
根本さんは苦労も多いのに明るさを伝えてくれる。
私は悲しさを振りまいているのではないか。

根本さんは以前、私よりもずっと落ち込んでいた時期がありました。
その時、私はささやかに元気づけさせてもらったことがありますが、
節子の件では、根本さんからたくさんの元気をもらっています。
考えてみると、最近はどうも私自身がまわりから元気を吸い取る存在になっているのではないか、そんな気がしてきました。

節子のことをとても心配してくれていた鈴木さんから暑中見舞いが届きました。
そこにこう書かれていました。
「どうことばをかけて良いのかわからないうちに1年たってしまいました」
きっと鈴木さんにも、私の悲しさの気分が届いているのでしょう。

静岡のHMさんに最近のことを少し報告しました。
そうしたらこんなメールをくれました。

お元気にお過ごしのご様子で、うれしく感じました。
やはり佐藤さんはお元気そうでないと困ります。
たいへんでしょうが、なんといっても周りの人に力や勇気を与えてくれる存在ですから・・

「周りの人に力や勇気を与えてくれる存在」
そういえば、少し前まではそういう生き方を目指していましたし、それなりにそれを実行してきたつもりです。
しかし、伴侶だった節子にさえも、力や勇気を与えてやれなかったという挫折感が、どこかで私の心身に沈殿してしまったのかもしれません。
私自身は今も元気ですし、やってきた人たちには元気を与えるようにしているつもりなのですが、たぶん相手の人にはそれが伝わらないのでしょうね。
自分に力や勇気を与えられずに、他者に与えられるはずがありませんから、それは当然のことでしょう。

HMさんや鈴木さんに今度会ったら、悲しみではなく勇気と力を振りかけたいと思います。
根本さんを見習わなければいけません。
それに、節子も私の大きな力と勇気を与えてくれているはずですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■オリンピック開会式とチベットへの祈り

オリンピックにほとんど意義を感じていない私も、
チベットへの祈りのキャンドルを横にしながら、開会式を何とな見てしまいました。
ますますオリンピックへの不快感がわきました。
要するに「国家の暴力儀式」であり、「人間の破壊装置」だとさえ思いました。
オリンピック話題で盛り上がっているのに、こんなことを書くとまたひんしゅくをかいそうですが。

あの退屈な1時間が伝えてくれたのは、大きな虚しさでした。
小学校の学芸会のような演出の質の低さはもちろんありますが、むしろその背景にある愚劣さに虚しさを感じたのです。
それをさも凄い感動だなどと伝えるアナウンサーにも失望しました。
アナウンサーまでがマスゲームのこまに成り下がっています。
そこに、「パンとサーカス」などと言っていられないような「暴力性」を感じてしまいました。
それにしても退屈でした。
私だけがそう思ったのでしょうか。

私はオリンピックに集うアスリートたちにも、ほとんど興味がありません。
人間が感知できないような記録を競うことに全く意味を感じません。
ドーピングが問題になるような競技は、基本的に問題があるのです。
時間を競う合うだけが競技ではありません。
何連覇などという記録にも全く反発を感じます。
平和の基本は譲り合いだということを全く理解していない我執の塊です。
まあ、救いはチーム競技ですが、これも私はほとんど興味がないのです。
なにもオリンピックでやることはないだろうと思ってしまうのです。

オリンピックに集まる人の水を確保するために、北京周辺の農村はこの期間、農業用水を使えないという報道もありました。
そのことに選手は誰一人おかしいと感じないのでしょうか。
オリンピック選手にはまともな感覚を持った人がいないのかと悲しくなります。

気になることはほかにもたくさんあります。
これからの2週間、オリンピック報道でみんなが騒いでいるなかで、またどんな画策が進められるのか、そのほうが気になります。
私たちの目はマスコミの報道に左右されますが、そのマスコミはオリンピックに現を抜かしているでしょうから、鬼のいぬまの洗濯はいろいろとできるでしょう。

広島の秋葉市長は、核兵器は廃絶されることのみに意味があるといいましたが、
北京オリンピックはチベットへの祈りを拡げたことにのみ意味があるような気がします。
しかし、失われたもの、失われるものの、あまりの大きさに虚しさを感じます。
「平和」とはいったい何なのでしょうか。
「平和の祭典」。オリンピックの選手の一人でもいいですから、その言葉を思い出してほしいものです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008/08/08

■嘘をつくことから始まる不幸

埼玉県川口市で父親刺殺事件を起こした中学3年の長女が、県警の調べに「成績が下がったことを親に知られる前に、家族を殺して自殺しようと思った」と話していると新聞が報じています。
同時に、「人の顔色を見ながら、友達に嫌われないように生きていくのに疲れた。事件の数週間前からすべてを終わりにしたいと考えていた」とも話しているそうです。

ボードリヤールは著書「不可能な交換」で、こうした事件への警告を発しています。
この本を読むと、昨今のさまざまな不条理な事件の「不条理性」の所在が納得できます。
たとえば、1990年代に話題になった殺人犯ロマンスの事例が紹介されています。ちょっと長いですが、引用させてもらいます。

医師国家試験に失敗したことを家族に打ち明けられず、彼は生活を完全に二重化し、医者になったという嘘をつきとおし、あらゆる手段を講じて生活費をかき集めて家族を養っていたが、ある日、両親も妻も子どもたちもひとり残らず殺害してしまった。不思議なことに、最後の瞬間で殺されなかったのは、彼の愛人だけだった。
なぜこんな大量殺人が起こったのか。医者でないことが暴露される直前に、今まで彼を信じていた者たちの信頼を失うことに耐えられなくなったからだ。彼らは真実を発見してはならなかったのである。そのための唯一の解決は、彼らを抹殺することだ。彼が自殺しても、家族の目から嘘を消すことはできない。すべては論理的だ。こうして、彼は真実を知ることの恥を家族から免除したのだった。
愛人が殺されなかったことの意味も含めて、この話には現代を読み解く大きなヒントが含まれています。
ロマンスの動機については、おそらくほとんどの人がある程度理解できるでしょう。
しかし、それが実際の殺人にまでいってしまうことには、社会の風潮や価値観がからんでいます。
つまり、個人の問題を超えているように思います。
具体的にいえば、「虚構の世界」と「真実の世界」との位置づけが関係します。
前から指摘しているように、今の日本は政治家や財界人によって、嘘が否定されずことなく、むしろ奨励されている時代です。
虚構の世界のほうが、表になってしまっています。
その世界では、むしろ自らが創りあげた虚構を基軸に考えることが違和感なく行われがちです。
つまり、嘘を本当にしなければいけなくなってしまうのですが、そのやり方が実体を変えるのではなく、実態をなくしてしまうということになるわけです。
そうして社会が壊れていく。
年金の虚構もそのひとつでしょう。
今の解決策は、この発想の延長に乗っていますので、次々と問題は起きてくるわけです。

その構図が確定したのは、森内閣から小泉内閣時代にかけてだと思います。
青木さんは嘘を取り繕うとしましたが、小泉さんは嘘をつくことを自慢したとさえ私には思えます
そして、嘘を知っても、誰も異議申し立てをしなくなったのです。
その後、今に至る前、嘘は政界や経済界や教育界を堂々と飛び回っているような気がします。
嘘に身を任せれば、楽な人生が送れるということも、あながち「嘘」でもないのです。
もちろん本当は嘘ですが。

「人の顔色を見ながら」に関しては、CWSコモンズの週間報告で少し言及しますが(アップは10日です)、それも含めて、社会は壊れだしているのです。
その修復は、身近な付き合いから始めなければいけないと思います。
首相の嘘は断罪できなくとも、自分の嘘はやめられます。
嘘をついてはいけないことを、もっと私たちは大切にすべきです。
そうすれば、きっとみんな幸せになり、飛躍しますが、地球温暖化も解決するでしょう。
そんな気がしています。
嘘はつかない、それが私の信条の一つです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌341:新盆お見舞いの朝顔の写真

根本賢二さんから「新盆お見舞い」が届きました。
「新盆お見舞い」
私は、この言葉さえも知りませんでした。
実は根本さんも、つい先ほどまで知らなかったのだそうです。
手紙にこう書いてありました。

60歳に近い私は今まで恥ずかしながら“新盆お見舞い”と言う事を知りませんでした。
先日“某メルマガ”で知りました。
知った以上、“私の気持ち”だけはお伝えしたいと思いました。
奥様が、ことのほか「花」がお好きだったことを思い出しました。
私の部屋は、西からの陽射しが断わりもなく遠慮知らずにバッチリと入ってきます。
そこで、今年こそは「朝顔の棚でブロック」してやろうと思い、種を蒔きました。
まだ6分咲き程度で、「日よけ」にはなってくれませんが、これまで殺風景だった通路に、緑が生まれ花が咲き、「住まい」と言う感じが出てきました。
お隣のご主人は、「夜勤明けの朝に楽しみに見に来て『ああっ!綺麗に咲いた』と言っています。
「花のお好きだった奥様」が、こよなく「癒しを与えてくれる花」を「慈しむ方」だったのが、私にも強く伝わってきます。
その朝顔の写真を、もしかしたらその朝、咲いていたすべての朝顔の花をていねいに写真にとって送ってくれたのです。9枚ありました。
しかも額付です。
早速、節子に報告し、写真を供えさせてもらいました。
しゃれっ気のある根本さんの楽しい手紙も供えました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/07

■現代日本の社会の縮図

昨日、新潟に行ってきたのですが、その帰りの新幹線はいささ悲惨でした。
湯沢まではすいていたので、パソコンで挽歌を書いていたのですが、湯沢から急に混みだし、座席がほぼ満席になりました。
悲劇はそこからです。

まず反対側の席の前の席の4人組が座席を向かい合わせて宴会が始まりました。
こんなところで話していいのかと思われるような会社内の上司や同僚、部下の話です。
時々、だれかが上司の怒り方をまねて突然大きな声を出すのでドキッとさせられます。
上野駅までの1時間近く、ずっとそのやり取りに悩まされました。

その会話が気になって眠るに眠られず、本でも読もうと思い出したのですが、今度は隣の女性が化粧を始めたのです。
それがまた本格的なのです。ゆうに40分は間違いなくやっていました。
しかもかなり大きな鏡を使っていたので、時々、ぴかっと光が反射してくるのです。
電車が急停車して、まつげが全部抜ければいいなどと悪魔のような考えが頭をめぐります。
こんなに長い時間をかけて化粧するとはよほどひどい顔なのだろうと「同情」すべきだったかもしれませんが、何しろ隣ですから顔も見るわけにはいきません。
本などとても読む気にはなれず、やはり眠ろうとすると突然の大きな声。
指定席なので動くに動けずに、40分ほどは苦行でした。

電車内での女性の化粧、電車内での宴会。
不快に思いながらも注意もせずに、身を縮めている自分。
まさに現代日本の社会の縮図です。

公共空間とはいったい何なのか。
ハードな1日でしたが、この1時間が一番疲れました。
ブログなどに書くよりも、注意すべきだったかもしれません。
それができなかった自分が、何だかとても卑しく感じます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌340:異邦人

昨夜は暑くてあまり眠れませんでした。
今日も暑きなりそうです。
殺人の動機について問われて、「それは太陽のせいだ」と答えたムルソーを思い出します。
カミユの「異邦人」は、同じカミユの「ペスト」と並んで、私の生き方に大きな影響を与えた小説です。
「不条理」という言葉を知ったのも、カミユのおかげです。

ところで、いま気づいたのですが、私の読書傾向は節子と出会ってから一変したような気がします。
一番大きな変化は、小説を読まなくなりました。
節子と結婚してからは、カミユもカフカも読まなくなったような気がします。
結婚してからも読んでいたのは、光瀬龍の未来年代記くらいでしょうか。
それも次第に読まなくなり、結局、小説はほとんど読まなくなりました。
きっと読む必要がなくなったからでしょう。

この暑さに誘われたせいではないのですが、最近、なぜかカミユが読みたくなりました。
そういえば、カミユの「異邦人」は、「今日、ママンが死んだ」という有名な文章で始まります。
母親の葬儀に行ったムルソーが、そこで思わぬ事件に巻き込まれ、人生が一変していくのです。
手元に「異邦人」がないので、うろ覚えなのですが、母を失ったムルソーの複雑な気持ちは、誰にもわかってもらえません。
ムルソーの不条理な気持ちをだれもわかってくれないという不条理さ。
カミユはそこに「異邦人」をみるのです。

前にも書きましたが、節子がいなくなった世界では、私はまさに「異邦人」だったような気がします。
いや、いまもそうかもしれません。
時に「同邦の人」に会うことはありますが、やはりほとんどが異邦人に感じます。
つまり私自身が「異邦人」になったということです。
そして、異邦人になると、自分を囲んでいる世界の本質が見えてきます。
言葉の裏にある実体も不思議なほどに見えてきます。
もっともそれが真実なのかどうかは大いに疑問があります。
異邦人の目に映る世界は、いささかゆがんでいることは、自分でもよくわかります。

節子との別れは、もしかしたら「異邦人」を読んだ時に、もうわかっていたのではないか。
ふと、そんな気がしてきました。
これも「太陽のせい」かもしれません。
今日の暑さも、尋常ではありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/06

■節子への挽歌339:愛する人を失った人同士につながる心のパイプ

節子
新潟からの帰りの新幹線です。
新潟水辺の会のみなさんと「信濃川にサケを遡上させるプロジェクト」について意見交換してきた帰りなのです。
いつか節子と一緒に新潟に来るという計画もついに実現しませんでしたが、独りでの新潟行きの新幹線はとても寂しかったです。
でも新潟でいろいろの方にお会いし、元気をもらいました。
新潟水辺の会は以前も一度参加させてもらいましたが、とても元気なオープンプラットフォーム型NPOです。
代表の大熊孝さんのお人柄が出ているのでしょう。
今日は1日中、新潟に本拠を移した金田さんのお世話になりました。

サケ遡上プロジェクトの話は改めてCWSコモンズに書きますが、ここでは昔からの友人のSYさんのことを書きます。
私が新潟に来ることを知って、ともかく顔を見たいと会いに来てくれたのです。
実は私もとても会いたかった人です。
すべての予定を組んでくれた金田さんに無理を言って、SYさんとの時間を少しだけつくってもらいました。

SYさんも最近、愛する家族との別れを体験したのです。
私と違って、一番の支えである伴侶ではありませんが、親と子の双方を亡くされたのです。
その上、ご自身も狭心症を体験されたのです。
「正直言って、どう生きたらいいかわからないという感じでした」とSYさんはいいます。
よくわかります。本当にわからなくなります。
私もそうでした。「どうしていいのかわからない」ほどに、意識が弛緩し、おろおろとうろたえていた時期があります。

そうした大変な状況の中で、SYさんは私のブログを読んでいてくださったのです。
SYさんの大変な状況に関して、私はおそらくその気になれば知りえる立場にいたはずです。
しかし、私にはSYさんのことまで思いを馳せる余裕がありませんでした。

先日、SYさんと電話をしました。
そうしたらSYさんが電話で、そうした話をとても自然に話しだしたのです。
その後、こんなメールをくれました。
「お電話で、すらすらお話できたので自分でもびっくりです」

会わないわけにはいかない、と思いました。
愛する人を失った人は、お互いに不思議な心のパイプが通ずるのです。
そのことを、この半年、何回も経験しています。
心が通ずれば、言葉などどうでもいいのです。

節子
SYさんの心が私の心につながっているのを感じます。
SYさんと会えたことで、今日の新潟行きは私には忘れ難いものになりました。
今度、節子に会ったら、話したいことがたくさんあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/05

■節子への挽歌338:人を幸せにする最高のものは理解者の存在

節子の友人だった長沼さんから2回、聞かされた話です。
節子さんは、修さんの活動が自慢でしたよ。

私には自慢できるほどのことはないので、節子が何を自慢していたのかわかりませんが、
節子が私の生き方に共感していたことは間違いありません。
具体的にいえば「人を差別しない生き方」です。
それが十分にできているかどうかは不安ですが、少なくともそうありたいと思っています。

私と一緒に湯島で仕事をしていると、いろんな人に対する私の対応が見えてきます。
湯島のオフィスには、実にいろんな人がやってきました。
テレビや新聞で見る人も来ましたが、直接会うと、必ずといっていいくらい、人の本質は見えてきます。
節子もそれを感じたはずです。

あまりにいろいろな人が来て、私がいとも簡単に相談に乗って時間破産するのを見て、最初の頃は、節子からよく「あなたは利用されているだけよ」といわれました。
たしかにそういう面はありました。
時には不愉快な思いをすることもないわけではありません。
しかし、利用されてもその人に役立てるのであればいいじゃないか、と思っていました。
それに、人を利用する人にはそれなりの事情があるのです。
騙す人と騙される人と、どちらが不幸かといえば、間違いなく騙す人でしょう。
騙される人には、騙される余裕がありますが、騙す人にはその余裕さえないのです。
もちろん例外はあるでしょうが、そう思います。

節子も私と一緒に仕事をしているうちに、少しだけ私の考えに近づきました。
肩書きや世評がどれほどのものかも理解してきたように思います。
そうして、私の生き方を理解し、共感し、支えてくれるようになったのです。
私が騙されることにも、理解してくれるようになった気がします。

しかし考えてみると、そういう生き方は、実は私よりも節子のものだったのです。
私が節子から学んだ生き方かもしれません。
節子は、人を差別することなく、素直に生きていました。
いや、そうしたことは、女性の生き方なのかもしれません。
人を差別するのは、もしかしたら男性の文化かもしれません。
もっとも、最近はそうした女性(差別力を持った女性)も多くなってきましたが。

それはともかく、節子は私の良き理解者でした。
理解してくれる人がいることの安堵感はとても大きいです。
節子もまた、私という理解者を得て、安堵していたと思います。

最近、若者たちが起こす悲しい事件が多いですが、
もしまわりに1人でも自分のことを理解している人がいることを実感できたら、事件を起こさずにすんだのではないかと思われることが多いです。
私が実に幸せだったのは、私のことを心底理解してくれる節子が、いつもそばにいてくれたことです。
私のようにわがままに生きていると、その真意を理解してもらえないことは少なくありません。
私のことを中途半端に知っている人ほど、私を決め付けることが多いような気もします。
時に、その発言に悲しくなることもありますが、節子が私の真実を理解してくれていると思えば、どんな中傷も批判も超えられました。

その最高の理解者だった節子がいなくなったことが、私の行動の持続力や勢いを削いでいることに最近やっと気づきました。
人を幸せにする最高のものは、たぶん理解者の存在です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■失われたオリンピック遺産の思想

オリンピック開会を直前にして、新疆ウイグル自治区で危惧されていたテロ事件が起きました。
ウィグル族に対する人権侵害については先日も少し触れましたが、平和の祭典とも言われたオリンピックが、いまやテロ誘発の祭典になってしまっていることは残念なことです。
オリンピックが近づくにつれて、ウィグル族への抑圧は強まっているようですが、戦争中でもオリンピックの時には休戦したといわれる、古代ギリシアのオリンピック行事とは全く正反対なものになっていることの意味を、しっかりと考える必要があるように思います。

先週、アムネスティ・インターナショナルは『オリンピック・カウントダウン―破られた約束』という報告書を発表しました。
そこで、中国政府は人権状況を改善するという同国の公約を破りオリンピックの本質的価値に背いたと述べています。
アムネスティ関係者は、「中国政府はオリンピックの遺産を傷つけようとしている」とも述べています。
オリンピックの価値を壊しているのは中国政府だけではありませんので、この指摘には反発を感じますが、否定できない事実かもしれません。

ウィグル族やチベット族の怒りは共感できますが、
テロは相手と同じ次元の行為ですから、共感は全くできません。
相手と同じ行為をした途端に、人は相手と同じ仲間になってしまいます。
「死には死を」ではなく、「死には生を」こそが目指されなければなりません。
異議申し立ての方法はいろいろあります。
しかし大切なのは、共感者を広げていく方法です。

テロとは違う、「チベットに祈りの灯火を」という呼びかけもあります。
北京オリンピックの開会式の前日に、チベットの自由を祈って、キャンドルを灯そうという活動です、
キャンドルに限っているわけではありません。
開会式の開始に合わせて、それぞれができる手段で明かりをつけて、「地球規模の大いなる光の抗議(意思表示)」をしようという呼びかけもあります。
詳しくは「チベットに祈りの灯火を」のサイトをご覧ください。

私自身は、「チベットに祈りの灯火を」ではなく、「すべての人たちに祈りの灯火を」という気持ちで、この呼びかけに応えるつもりです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/04

■国家のためと社会のため

今日、「社会変革」に取り組む活動に関わっている若い女性と議論していたら、「国家のため」という言葉が出てきました。
「国家のため」と「社会のため」は、似て非なるものですが、多くの人はその違いをあまり気にしません。
社会と国家は「公」のものとして同じ範疇に包含されているのです。
そこに大きな落とし穴があります。

「国家のため」の活動も、二つの意味があります。
今の国家を前提とした活動か、国家の変化を含めて国家そのものをよくしようという活動か、です。
違いがわかってもらえるでしょうか。
これは全く正反対の活動です。
北朝鮮のことを考えてもらえるとわかりやすいかもしれません。
国家である点において、北朝鮮も日本も基本的には同じです。

20年ほど前、日本経済のバブルが壊れた時に、日経ビジネスなどでよく「会社のためが会社を壊す」というような特集が組まれました。
会社のためと思って事業を拡大した結果、不良債権が増大して会社が倒産したというような話がたくさんありました。
「・・・のため」というのは、実は両刃の剣です。
子どものためと思って甘やかした結果、とんでもない事件を起こしてしまった最近の不幸な事件も、ありました。
「国家のため」とは、国家そのものを否定することも含意されていなければ、たぶん本物ではないでしょう。
国家を私物化している人たちが言う「国家のため」とは、実は「自分のため」なのです。

さらに「国家「と「社会」の違いもあります。
人民と国民を例に出して説明すれば、その違いはよくわかるでしょう。
人民は具体的に存在するすべての人を意味しますが、国民は制度としての国民的アイデンティティでくくられる抽象的実体です。
人民には個々の表情と生命がありますが、国民には個性もなく、したがって死もありません。
後期高齢者という捉え方は、国民発想であればこそ可能になります。
個々の表情のある人民は、そういう捉え方はできません。
社会は国民によってではなく、人民によって形成されます。
フランス革命は、出発点は人民主権でしたが、定着したのは国民主権です。
人民主権は国家にはなじみにくい理念です。

「国家のため」と「社会のため」とは違うものだという認識が大切です。
もっとも、「社会のため」という言葉にも大きな落とし穴があるような気がします。
ですから私には悩ましい言葉です。
私が実感できる言葉は、「私たちみんなのため」という言葉ですが、これも極めてあいまいな多義的な言葉ですから、落とし穴がありそうですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌337:不死か愛か、不死も愛も、か

節子
ちょっとまた「死」についての話です。

ジャン・ボードリヤールの「不可能な交換」という本を読んだ時に、まさに「目からうろこが落ちた話」です。
ボードリヤールは、こう呼びかけます。

生命は本来、不死の存在だったが、進化によって「死すべき存在」になったのだと考えてみよう。
つまり、生物の進化とは、単一の生命からある部分が「独立」し、種を構成し、個性を生み出すことだというのです。
いまでも「ウイルスのような不死の存在」はありますが、高度に進化した人間は、一人ひとりの生命が意識を持ち出したおかげで、個の死が発生したというわけです。
「死は進化のおかげで人間が獲得した能力」。
「不死」は人間の古来からの夢と考えてきた私には、衝撃的な指摘です。
「死」は「個人としての主体性」を得るための代償だったのです。
しかし、そう考えてみれば、実にさまざまなことが納得できます。

節子を愛せたのは、節子という個人と私という個人が存在しているおかげです。
それらが一つの生命として繋がっていれば、私が愛する節子も、節子を愛する私も存在しないのです。
そこでは「愛」もなければ、「別れ」もない、そして「死」もないわけです。
死も不死もない連続した生命現象があるだけです。

生が死を伴うように、愛することには必ず別れがついています。
不死を手に入れれば、愛を手離さなければいけません。
いうまでもありませんが、「不死か節子か」と問われたら、私は節子、つまり愛を取ります。

さて問題はそこからです。
死を手に入れることによって、愛を手に入れた。
そこで「奇跡」が起こるのです。
生には死がつきまといますが、愛には「永遠の愛」という言葉があるように、死は必ずしもつきまとわないのです。
さらに、愛する人の死は、愛を永遠のものにすることを可能にします。
そこでは、「死」が「不死」に転ずるというわけです。

つまりこうです。
人間は、生を得るために死を呼び込んだが、愛によってふたたび不死を得たのです。
死は生物進化の成果ですが、さらにその先に愛があることで、物語は完結します。
ボードリヤールは、全く違った発想で不死を展望していますが、そこに近代西欧人の限界を感じます。

節子
死が私たちを分かったのではなく、死が私たちのつながりを完結させたのです。
だから、きっとまた会えるでしょう。
でも早く会いたいね。節っちゃん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/03

■節子への挽歌336:11回目の月命日

節子
11回目の月命日です。
昨日の花火大会に来てくれた人たちが花を持ってきてくれましたので、そのお裾分けをしようと娘たちとお墓に行きました。

夏の間は、造花と生花を組み合わせて、墓前に供えています。
造花は退色するといけないので注意していますが、今のところ生き生きとしてくれています。
生花も枯れてもドライフラワーになるような種類を選んでいますので、まあ、暑い割には墓前の花はきれいです。
節子にはきっと合格点をもらえるでしょう。

節子はいつも、わが家の献花台や位牌壇にいると思っているのですが、なぜか時々お墓に来ないと落ち着きません。
たぶんむすめたちもそうのようで、最近は誘わなくても一緒に来てくれます。
墓前で私は般若心経をあげます。
娘たちはあまりお経が好きではありません。
私も若い頃はそうでしたが、60数年も生きていると昔は全くの記号にしか感じられなかった経文の意味がそれとなくわかってきて、読経すると安堵します。

お墓の花は、わが家ではいわゆる仏花にこだわっていません。
むしろ仏花らしくない花を好んで供えています。
それを知ってか、昨日、娘の友人たちが持ってきてくれたお花も仏花ではなく、とてもあったかな暖色系の花の組み合わせでした。
赤い薔薇が入っていましたから、もしかしたらこのブログを読んでくれたのかもしれません。
もしそうであればうれしいことです。

今日は風がとても強いです。
うだるような暑さですが、風がとても心地よいです。
午後からは娘たちも出かけましたので、今は自宅で1人です。
パソコンに向かって、挽歌を書き出したので、なぜか急に涙が出てきました。
最近は、一人になってもそう簡単には涙が出なくなったはずなのですが。

不思議に思ったのですが、いま理由がわかりました。
何気なくかけていたCDから、さだまさしの「精霊流し」が流れていたのです。
あまりにも悲しい歌詞なので、節子がいなくなってからは聴いていなかった曲です。
この部屋にあるのは、複数のCDを自動セットしておくプレイヤーです。
先ほど、ジョージ・ウィルソンの「サマー」をセットしたのですが、なぜか前から入ったままになっていたCDが誤動作でかかってしまったようです。
あれあれ。今度は、さだましの「勇気を出して」です。
できすぎていますね。
節子のいたずらでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■政治家はみんな成長を目指すのか

今回の内閣改造で、いわゆる「上げ潮派」が排除され、増税派で固められたというような論調がでています。
そう言われるとそうですが、今朝のテレビで、どなたかが(笹川総務会長?)、政治家はみんな成長を求めていると発言されていました。
日本の政治家は、財界の人たちと同じように、まだ「成長神話」から目覚めていないのでしょうか
「成長」とは何かを、もっと真剣に考えるべき時期に来ていると思いますが、ローマクラブの問題提起からもう40年近くたっているのに、いまだ「持続可能な成長」論によって、お茶を濁しているのが現実です。

「成長」も「増税」も、いずれも手段でしかありません。
これまでも書いているように、現代は「手段ばかりが語られる時代」ですが、大切なのは「目的」であり、「価値」です。
「無駄ゼロ」などというナンセンスな言葉も流行していますが、何が無駄かもまた、目的や価値基準によって大きく変わります。
最近話題の官僚の無駄づかいは、「無駄」ではなく「背任」「犯罪」ですが、それらを「無駄」と考えるところに、すでに「成長」や「増税」の目的が見えてきます。
官僚の無駄遣いが「無駄」だとすれば、最大の「無駄」は、政治のシステムです。
まあ、これはまた「無駄な一言」ですが。
こう考えていくと、「目的不在の手段」が論点になっているわけではなく、実は「巧妙に隠された目的」の視点から「手段」が語られているような気もします。

笹川総務会長が、テレビで、閣僚たちはIQが高いから胸のうちは明かさないと発言していましたが、高いIQが向く方向が違っていれば、社会は壊れる一方です。
これも無駄とはいわれませんが、それ以上の背任行為だと私は思います。
産業主義に基づくIQの概念も測定方向も問題なのでしょうが、もしIQが人間の知の深さに多少なりとも関係があるのであれば、それが社会を豊かにする方向に使われない社会は、不幸です。
それこそ「無駄の多い社会」でしょう。
政治家に必要なのはIQではなく「志」ではないかというのは、時代遅れなのかもしれません。

そろそろ「経済成長神話」から抜け出る「成長」をしたいものです。
大きなビジョンがなければ、何をやっても、それこそ「無駄」になりかねません。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008/08/02

■節子への挽歌335:節子のいない花火大会

節子
今日は手賀沼の花火大会でした。
自宅の目の前が花火会場なので、わが家からは花火を満喫できます。
水上花火も高いところから見下ろせますので、水面に映った全景を見ることができます。
しかし、考えてみると、節子とゆっくりとこの花火を満喫したことがなかったですね。
いつもお客様があったので、節子はばたばたしていたような記憶があります。
節子はいつも「おもてなしの人」でした。

初めて節子と一緒に花火を見たのは、滋賀県の瀬田川でした。
一緒に暮らし始めた年の夏だったと思いますが、瀬田川のすぐ近くに家を借りていましたので、2人で花火会場まで歩いて行った記憶があります。
熱海の花火にも行きました。
しかし、節子が一度行こうといっていた隅田川の花火は、結局、行かずじまいでした。

手賀沼の花火は目の前ですから、迫力があります。
音がともかく凄いのです。
まさに「腹に響く」のです。
犬のチャッピーは、それに耐えられないので、花火の日はいつも外泊です。
昨年のことは思い出したくないですが、自宅療養していた節子にはかなり身体に応えたはずです。
ベッドから隣家の屋根越しにわずかに見える花火を少しだけ見ましたが、辛そうでした。
お客様は何人か来てくれていましたが、私と節子は花火を見ることもありませんでした。
もうこれ以上、思い出したくありませんが。

今年はむすめの友人夫婦をはじめ10人ほどの人がやってきました。
私の友人は来なかったので、今年はゆっくりと花火を見られるはずでしたが、
節子がいないので、見る気にもなりません。
見ていても楽しくないのです。
何をするのも、いつも隣に節子がいたのが私のこれまでの人生でした。
たとえ1人だったとしても、帰宅したら節子と体験をシェアできました。
体験をシェアできる伴侶がいないいま、生きることの虚しさを痛感します。

花火が昨年のことをあまりに生々しく思い出させてしまったためか、今日はとても気持ちが沈んでしまっています。
花火がこんなにも悲しいものなのかと驚かされました。
同じ風景も、状況が違うと正反対に見えることがよくわかりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■「プロから見たらよくできた内閣」

新内閣の顔ぶれが決まりました。
その評価を、ここで取り上げようなどとは微塵も思っていませんが、何人かの政治通を自認しているジャーナリストの人たちが、国民から見たら見栄えがしないかもしれないが「プロから見たらよくできた内閣」だというようなことを言っているのが、とても気になります。
その発言を聞いた途端に、偏狭な私は「ああ、この人は全く自分の価値観を持っていない人だ」などと思ってしまうのです。
自分の価値観のないジャーナリストは、要するに御用ジャーナリストなのですから、私には全く信頼できない人にしか見えません。
この私の態度もかなり問題ですが。

似た言葉を最近よく聞きます。
社会保険庁が新しい組織になる時に、これまでの職員をあまり排除すると、業務が円滑に進まなくなる恐れがあるという発言があります。
枡添大臣も、そう話しています。
これまでの職員が、知識を悪用して年金を食い物にしていたことを考えれば、「業務」という言葉の中身がいささか不安になります。
これまでの組織活動を一新するのであれば、これまでの仕事になじんだベテラン職員はマイナスにこそなれ、プラスにはなりません。
職人の技能継承とは違うのです。
保険庁の職員をほぼすべて一新しても、組織としての活動は展開できるでしょう。
もちろん継承のためには1~2年はかかるでしょうが、それをやらない限り、組織の問題は解決できません。
私は一度、全職員を解雇し、きちんとした試験で新たに採用するくらいのことが必要だと思います。
半数くらいは新規採用にしてもいいでしょう。
大阪府の職員の問題もそうですが、公的な雇用の場は、もっと広く開放すべきです。
大阪府の仕事であれば、給料は半分でも引きうけたいというワーキングプアに苦労している人は少なくないでしょう。
行政や自治体の職員組合は、そうした公的な雇用の場をこれまで手練手管を使って独占してきたわけですが、そうした反省を少しはすべきです。
まあ、それはそれとして、
ベテラン職員に依存する発想は、「プロから見たらよくできた内閣」と同じ発想のように感じます。

イラク特措法による国際貢献は国内問題と連動させるべきではない、国際社会の一員としてやめられない、という人も少なくありません。
これも同じ発想です。
国際社会の一員としてやるべきことは一つではありません。
ましてやテロ特措法は、ある陣営に加担することを意味しますから、それが絶対などとはいえないはずです。
ODAのことを思い出せばいいでしょう。
そういう発想をする人は、まさに自分の価値観がない人です。
それに、国際貢献などという言葉に、そもそも胡散臭さがあります。

時代状況は大きく変わりつつあります。
そうした中で、自分の価値観で判断し、主張することが、ますます大事になっています。
「プロ」や「プロ発想を拠り所にする人」や「秩序維持を強調する人」や「貢献などと目線高く発言する人」から、自由になりたいと、私は思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/01

■節子への挽歌334:人の数だけ幸せがあるように、人の数だけ不幸もある

節子
節子がいなくなってから、どうも思考が自分の世界に閉じこもる傾向が出てきてしまいました。
節子とのおかげで、悲しさとか寂しさ、痛みや辛さなどは、以前よりもわかってきたつもりなのですが、どうも自分だけが「不幸な状況」にいるという無意識の意識が抜けないようです。
頭と心身がずれてきているような気もします。
いろんな人と話していて、そうしたことに気づくことがあります。
昨日も、です。

久しく会っていない友人に電話しました。
あることで確認したいことがあったからです。
用件の話が終わった後、実は私のほうもいろいろありました、と言うのです。
その話をお聞きして、自分だけが悲劇の主人公のように思っている自分が少し恥ずかしくなりました。
と言っても、その思いは変えようはないのですが。

節子はいつも言っていました。
どんなに幸せそうに見える家族でも、それぞれの問題を抱えているものね。
人の数だけ幸せがあるように、人の数だけ不幸もある。
これが節子の哲学でした。
脳天気な私は、どんな不幸も幸せの裏側と思えばいい、などと言っていましたが、節子を見送った後、決して不幸と幸せはコインの裏表などではないと気づきました。
どう考えても、節子のいない私には二度と幸せは来ない、つまりコインは裏返せないと知ったのです。

しかし、節子がいっていたように、どんな家族にも悩みはあるのでしょう。
家族とはそういうものです。
家族とは重荷を背負いあう関係なのですから、当然そうなります。
家族を持たなければ重荷を背負いあわないですむから、悩みも少なくなるというわけでもありません。
そもそも人間は、重荷を背負いあうようになっているのです。
人は1人では生きていけませんから、友人や知人の悩みを必ず背負うことになるでしょう。
しかも自分の悩みをシェアしてくれる人が誰なのかまで悩まないといけませんから、悩みは加重されます。
悩みは、関係性の中で生まれるのです。
そして、家族は悩みを縮減するための仕組みだったのです。
家族がいなければ重荷は減るというのは、大きな誤解だろうと思います。
重荷が見えなくなるだけなのです。

いまその家族の仕組みが危機に瀕しています。
また挽歌の範疇を越えそうですね。
それに長くなりました。
またつづきを後日書きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■消費省(庁)発想の時代錯誤

今夕、内閣改造が発表されるようです。
どんな顔ぶれなのかを話題にしているテレビの番組を見ていたら、女性入閣者の話題に絡んで消費者省の話が出てきました。
昨今の内閣改造議論は、福田さんが嫌いだったはずの「政局発想」であり、気の抜けたビールのような話ですが、消費者省(庁)の話になると、これは瑣末な問題とはいえません。
まさに「政策発想」でとらえるべき問題です。

消費者省などと言う発想は1970年代のコンシューマリズムが広がった時代の話であり、私は時代錯誤もはなはだしいと思っています。
これに関しては、これまでも何回か書いてきました。たとえば、
生産者主導から消費者主導の経済への移行の幻想(2007年5月8日)
消費者庁への期待と懸念(2008年5月28日)

なぜ時代錯誤と思うのか。
それは「消費者」という概念が、産業主義、金銭経済主義のコア概念だからです。
生活者を「消費機関」に育て上げてしまった結果が、昨今の市場万能社会です。
市場原理に任せたほうがいいとか、民営化が効率的だなどという話がありますが、それらはすべて金融権力側の発想です。
それで壊されてきたのは、生活です。

ですから、いま話題にすべきは、行き過ぎた産業主義を見直すための「生活者省」です。
もちろん私は、「生活者省」発想も理想とは思いません。
前に書いたように、必要なのは生活者起点の発想をすべての経済や政治の根幹に置くべきだと思っています。
でもまあ次善の策としてであれば、「消費者省」ではなくて「生活者省」です。
いや「生活省」でいいでしょう。

「消費」と「生活」は、全く違う概念です。
これについて、30年ほど前に書いた、コンシューマリズム関係の拙文があるのですが(日本生産性本部の懸賞論文の入選作です)、探してみましたが、残念ながら見つかりませんでした。
その頃、私がどんなことを考えていたか、自分でも知りたいのですが。
見つかったらCWSコモンズのアーカイブに掲載するつもりです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »