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2008/08/23

■官僚の反乱は官僚制の限界を象徴しています

国土交通省がタクシー券をやめた途端にタクシー代は9割以上減少したというニュースが流れています。
官僚制の持つ本質である保身性と従順性が見事に出ています。
問題は誰に対して従順かということですが。

市場システムと官僚制は近代社会を支える2大柱です。
いずれの特徴も、人間性という情緒的な要素を排除するものです。
近代は、組織や全体から発想する社会であり、全体としての人間性を重視しましたが、個々の人間の人間性は必ずしも重視しない社会です。

近代市場制度は、脱価値的な通貨を媒介にして、個々の人間の私利私欲を社会化しました。
官僚制は、多様な人々を統治するための、非人格化された脱価値的な実行機関でした。
いずれにおいても、そこに係わる個々人の人格は消去されるようになっています。

絶対主義国家で発生した官僚制は、その効率性の故に国民主権国家の行政においても採用されました。
価値判断は、絶対君主ではなく国民に代わったものの、官僚制の内部での価値判断の排除は当然持続されました。
ウェーバーの官僚制の理論は、テーラーの科学的管理法と同質性を持っているわけです。

官僚は個人的価値観に惑わされることなく、与えられた課題を指示された方向で遂行することによって評価されます。
だからこそ、目的が明確な限りにおいては効率的であり、組織としての優位性を高めてきたのです。
それは、産業におけるベルトコンベア方式に類似しています。
企業が「もうひとつの官僚制」と言っていいように、官僚制は「もうひとつのベルトコンベア」と言っていいでしょう、

昨今の行政不祥事は、そうした官僚たちの人間性が目覚めた結果なのでしょうか。
居酒屋タクシー問題は、従来型官僚の所為ですから、まあ瑣末な問題です。
非人格化された腹いせの行為でしかありませんから、過剰な部分を断罪すればいいわけです。
だから20年前からわかっていたのに、見逃してきたわけです。

しかし、防衛省次官厚生労働省の行動は次元が違います。
これは官僚の反乱なのです。
官僚制に代わる新しい統治システム、あるいは行政システムが求められだしているのです。
たぶんITがそれを可能にしてくれるでしょう。
個人(の人間性)を起点にした発想が求められているように思います。

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