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2008/08/19

■コストと価格のつながりを可視化できないものでしょうか

サンマ漁解禁初日の昨日、サンマ漁船240隻が一斉休漁したことが報道されていました。燃料高騰による経営圧迫の現状をアピールすることが目的だといいます。
この問題に対して、私たちはもっと関心を持つべきです。
現在の経済システムの基本につながっているからです。

問題は価格決定の仕組みです。
現在の価格決定の仕組みは「工業原理」に基づいていますので、第一次産業には特にひずみが起こりやすくなっています。
価格決定に関する2つの方程式は以前書きました。
現在はまず販売価格が決まり、そこからコストを考えるのが基本です。
そこに大きな問題がありますが、魚の価格に関してはさらに2つの問題があります。
まず人間が管理できない自然状況が大きな要因になっていることです。
たとえば収穫量は自然によって決まってきますが、収穫量は当然コストにつながります。
もう一つは、昨今のように工業化された第一次産業は、コストの大きな部分がエネルギーコストだということです。
そしてこれに関しても、生産者たちの関与できる余地は小さくなっています。
つまり、生産者が管理できない要素が大きいということです。
もっとも後者は、生産者自身が選んだ(選ばされた)ことの結果ですが。

こうしたなかで、消費市場と生産市場との価格が、別の論理で決まってしまうようになっているわけです。
極端に言えば、コストと価格のつながりが切れているのです。
豊作になれば、野菜も魚も価格が暴落して、廃棄処分が行われますから、コストと価格はつながっているように見えますが、むしろ繋がっていないからこそ、そうした現象は起こるのかもしれません。

いずれにしろ、重油が高くなって、コストが上昇したら、その分は消費者がみんなで負担するのが当然ですが、現在の流通システムではそうはなっていないのです。
その理由は、消費者価格からすべてが決まってくるからです。
それを支えているのは、消費者であり、消費者を守るという消費者行政です。
これが消費をベースにした経済の実態です。
その結果、国内の第一次産業は衰退し、生活の基本である食料自給率も低下しました。
しかし、生産者が守られない経済は、いつか破綻します。

せめて重油価格の上昇分は、消費者がみんなで負担すべきです。
少なくとも、第一次産業の産品は、コストから積み上げていく価格方程式に戻すべきでしょう。
そうすることによって、さまざまな経済の矛盾や社会の問題が可視化されるようにも思います。
行き過ぎた消費者保護は、経済そのものを壊しかねません。

蛇足を加えます。
コストアップで価格上昇することは、もちろん第一次産品でも行われますが、複雑な流通構造の中で、そのメリットを享受するのは、多くの場合、生産者ではないように思います。
原油価格の上昇によって、誰が得をし誰が損をしたかは興味ある問題です。
コストと価格の関係を可視化し、みんなが幸せになる仕組みを作ることはそう難しくない話だと思うのですが。

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