« ■節子への挽歌387:胡蝶の夢その1 | トップページ | ■節子への挽歌388:胡蝶の夢その2 »

2008/09/23

■「お金がないと生きていけない」と「お金がなくても生きていける」とどちらが「たわごと」だと思いますか

一昨日、今の時代は「たわごと」にもしかしたら真理がある時代ではないかと思います
と書きましたが、その言葉が気になりだしました。
歴史は、「たわごと」を現実にするために動いてきたように思い出したのです。
だとすれば、いつの時代においても「たわごと」は価値があったはずです。
今の時代に限ったことではありません。

昨日の話につなげて言えば、「お金があれば何でもできる」ということは少し前までは「たわごと」だったでしょう。
お金では買えない何かがあるとみんな思っていました。
それが「たわごと」だとホリエモンは考えていたようですが、今はどう思っているでしょうか。
しかし今でもそうしたお金信仰を持っている人は少なくないようです。

見たこともないような人が印刷した紙幣に、みんなが価値を見出す。
考えてみれば、これはとても奇妙な話です。
その前提にはたぶん「信頼関係」があるはずです。
たしかに当初は金との交換が制度化されていましたが、
今はそれもできない「ただの紙」です。
しかしみんなの紙幣信仰はあまり揺らいでいません。
依然として、信頼関係というか信用関係が存続しているわけです。
もしそれがなくなったらどうなるのでしょうか。
皮肉なことに、金銭信仰は「人のつながり(信頼関係)」の価値を忘れさせますから、実は金銭は自らの存在価値を低下させるという宿命を持っています。
これは実におもしろい問題です。

こうしたことから考えて行くと、最近の金融危機の先が少し見えるような気がします。

|

« ■節子への挽歌387:胡蝶の夢その1 | トップページ | ■節子への挽歌388:胡蝶の夢その2 »

生き方の話」カテゴリの記事

経済時評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30899/42546721

この記事へのトラックバック一覧です: ■「お金がないと生きていけない」と「お金がなくても生きていける」とどちらが「たわごと」だと思いますか:

« ■節子への挽歌387:胡蝶の夢その1 | トップページ | ■節子への挽歌388:胡蝶の夢その2 »