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2008/09/17

■節子への挽歌382:2枚の絵手紙

節子
あなたの絵手紙仲間から絵手紙が2枚届きました。
宛先は私になっていますが、間違いなくこの2枚の手紙は節子宛です。
おそらく彼女たちは節子をイメージしながら書いているはずです。
彼女たちの世界には、まだ節子は元気にいるのです。

2人とも滋賀に住んでいますから、これまでもあまり会うことはありませんでした。
毎年、3人で会うようになったのは数年前からです。
ちょうど子どもたちも独立し、時間が出来てくるにつれて、お互いに会う余裕が高まってくるのが、たぶん50代の後半くらいでしょうか。
これからは一緒に旅行もしようねと話していると、節子から聞いたことがあります。
しかし、そうしだした、まさにその時に、節子の病気が発見されてしまったのです。
そういえば、先週、敦賀に行った時、節子の姉も、これからはお互いに行き来し、一緒に旅行しようねと言っていたのに、ちょっとの間しかできなかったと涙ながらに話してくれました。

私がとても不憫に思うのは、これからそういう形で自分の時間をしっかりと楽しめる年齢になった頃に、節子が発病してしまったことです。
それまで、節子は私の勝手な生き方をほんとうによく支えてくれました。
私自身も、その生き方を変えて、夫婦で旅行などをもっとしようと思い出した矢先でもあったのです。

それでも節子は、病気になっても、いや病気になったからこそ、たくさんの友だちと交流を深めました。
その期間はそれほど長かったわけではありませんが、節子は誠実に真剣に付き合ったような気がします。
ですから節子が亡くなったいまも、花が届き手紙が届いているのです。
病気になってからの節子の生き方は見事でした。
私が節子に改めて惚れこんだのは、そのせいでもあります。
病気になってからの節子は、私には輝くような存在でした。

自分で言うのもなんですが、私もその節子の生き方に誠実に寄り添ったつもりです。
とても満点とはいえませんし、かなり節子に甘えていたとは思いますが、当時の私としてはそれなりにがんばりました。
節子の友人たちとも出来るだけ会いました。
ですから、節子の友人も、私宛に節子への手紙を出せるのではないかと思います。
いなくなってしまった節子の受け皿に、もしなれているとしたら、これほどうれしいことはありません。

節子の法事の節目にも、私は節子の友人たちに節子に代わってのつもりで手紙を書いています。
私の心の中では節子とはまだ一体です。
節子ならこうするだろうなというのが、私の行動の出発点です。
そんな私の気持ちが、もしかしたら少しは節子の友人にも伝わっているかもしれません。
そして、それがまた私に返ってきて、私の中にいる節子を元気にしてくれるわけです。

節子の友だちからの2枚の絵手紙。
節子がそうしていたように、節子の寝室の壁に貼っておこうと思います。
節子はいつも友だちの葉書を枕元にたくさん貼っていましたから。

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