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2008年10月

2008/10/31

■横浜事件第4次再審への期待

「横浜事件」はまだ終わっていませんでした。
その第4次再審請求に対し、横浜地裁は今日、再審開始を認める決定を出したそうです。
「横浜事件」は、治安維持法違反の罪に問われ有罪判決を受けた、戦時下最大の言論弾圧事件といわれているものです。
その3次請求に対しても再審が行われましたが、今年3月、最高裁は、治安維持法の廃止と大赦を理由に裁判を打ち切る「免訴」を言い渡しました。
これに関しては、このブログでも書きましたが、「司法とは何か」を考えさせられる事件でした。

今度もまた、免訴となる公算が大きいといわれていますが、しっかりと過去のことを判断する程度の良識をもった裁判官もまだ少しはいるのではないかと思っています。
裁判の歴史を紐解けばすぐわかることですが、裁判官は本質的に権力に迎合します。
遠山の金さんは、例外だったからこそ人気があるわけです。
しかし、その権力の所在は、国民に移りました。
その意識は、しかしある世代から上の裁判官にはないでしょう。
それは当然といえば、当然のことです。

司法改革が議論されていますが、その根源的な司法権の淵源があいまいにされていますから、司法改革は改悪にしかならないという気がしますが、もし司法改革をしたいのであれば、発想の起点を表情のある国民に置かねばなりません。
地方裁判所と最高裁判所などと言う権力的ヒエラルキーは壊さなければいけませんし、裁判官の任命の仕方も変えるべきでしょう。

それはともかく、この「横浜事件」をどう総括するか、は司法界にとって極めて大きな問題だと思います。
過去をあいまいにして、未来を創り出すことはできません。
廃案や大赦という行政措置と司法としての価値判断は全く別の話です。
それを免訴というのであれば、司法は行政の下部システムにあることになります。
さらにいえば、司法は実定法にだけ従えばいいわけでもないでしょう。
人間がつくった瑣末な方は手続法としては大事ですが、もっと大事なのは法の精神、正義の理念です。
多様な価値観が共存できることが、正義の重要な要素だと私は思いますが、この事件がこれからどう司法に扱われるかは、私には大きな関心があります。
司法が信じられるかどうかが、かかっているように思います。

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■節子への挽歌426:節子はどこにいるのでしょうか

節子
昨夜も朝方に目が覚めてしまいました。
それからまた眠られなくなり、節子のことをいろいろと考えていました。

いつも最初に考えることは一緒です。
なぜ隣に節子はいないのだろうか、ということです。

節子が元気だった時も、病気になってからも、私は節子に、「節子がいなくなったら生きていけないから、私より先に逝くことはやめてね」と言っていました。
言葉だけではなく、私自身そう確信していました。
節子もたぶん、そう思っていたはずです。
だから病気になってからは、私の自立計画を考えてくれていました。
それを感じて、私はますます、節子がいなくなったら生きていけないかもしれないと考えるようになりました。
生きる意欲がなくなれば、人は死ぬものだという話を昔、読んだことがあります。
イヌイットの世界の話だったと思いますが、たぶん私もそれなりに自然に生きているつもりでしたから、そうなるような気がしていました。

そして、節子がいなくなりました。
にもかかわらず私は今もなお、ここにいる。
この事実が、最初はなかなか理解できませんでした。
理解できた今も、信じられずにいるのです。

「節子がいないと生きていけない」といった私の言葉は、嘘だったのでしょうか。
そう思うととてもやりきれない気持ちになります。
このブログでも何回か書きましたが、そうしたことに対して、一応、自分でも納得できる論理を見つけてはいるのですが、論理と感情は別の世界の話です。

「節子がいないと生きていけない」
もしこの言葉が嘘でなければ、きっとまだ節子はいるのです。
私が生きている限り、節子もまたいるわけです。
そう思わないと辻褄があいません。

では、その節子はどこにいるのでしょうか。
夜目が覚めて思うのは、いつもこの難問です。

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2008/10/30

■節子への挽歌425:心理的なタブーをひとつ克服しました

節子
思ってもいなっかたのですが、今日、国立がんセンター東病院の入り口に行くことになってしまいました。
国立がんセンター東病院は、節子と毎週のように通っていた病院です。
幸いに友人と一緒だったので、話し続けることで、あの日々のことを思い出さずにすみましたが、ドキドキしました。

ある研究会の関係で、今日、東葛テクノプラザを訪問しました。
友人に任せていたので、それがどこにあるか正確には知りませんでした。
ところがタクシーに乗ったら、なんとがんセンターのほうに行くのです。
そして目的地の東葛テクノプラザは、がんセンターのすぐ前だったのです。

東葛テクノプラザでは、実に面白い時間を過ごしました。
そして帰路にタクシーを呼ぼうと友人が言ったのですが、ついうっかり、すぐ前のがんセンターにタクシーはいつもいるよと言ってしまったのです。
それでがんセンターに行くことになってしまいました。
あれほど近寄りたくなかった場所だったのですが、口に出した手前、やはり車を呼ぼうとはいえなくなってしまいました。

こうやって、勝手に心の中に築いてしまっているタブーは破られていくのかもしれません。
自分だけの意志ではとてもまだ近寄れる心境にはありませんでした。

せっかく近くに来たのだからと友人たちがわが家に寄ってくれました。
友人とは、井口さんと坪倉さんです。
井口さんご夫妻のことは節子も知っていて、いつかぜひご夫妻で我孫子にも来てほしいねと話していました。
残念ながら、それは実現しませんでしたが、それがちょっと気になっていました。
井口さんが来てくださったことで、少し気が軽くなりました。
節子の思いは、どんなことであろうと、できるだけ実現していきたいと思っています。

坪倉さんは節子には会ったことはありません。
しかし、私と節子との関係を訊かれたことがあります。
「私と節子との関係」というのもおかしな言い方ですが、坪倉さんの関心事は、夫婦の関係や家族のあり方のようでした。

「節子の家」に、2人に来てもらえたのがとてもうれしいです。
2人と話していて、この家は「節子の家」なんだという気がしてきました。
ここで話していると、どこかに節子がいるような気がして落ち着きます。

今日は、あれほど近寄り難かったがんセンターにも行けました。
そのちょっと心に残りそうだった体験も話をしているうちに消えた気がします。
いまは、ちょっとホッとしています。

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■新総合経済対策の欺瞞性

政府の新総合経済対策が打ち出され、国民に信を問う選挙は先送りにされました。
がまんの褒美でしょうが、国民も見くびられたものです。
なかでも気になるのが、2兆円規模の定額給付金です。
私はいま、仕事を休んでいることもあり、収入がほとんどありませんから、所得税減税の恩恵は受けませんが、定額給付金の対象にはなるでしょう。
しかしあんまりうれしいとは思いません。
とんでもない無駄遣いだと思えてなりません。
2兆円も使うのなら、もっと効果的な使い方があるはずです。
それを考え実施するのが政治です。
みんなに2万円をばら撒くのであれば、私でもできます。
高いお金をかけて、政治家や首相に頼む必要はありません。

高速道路料金が安くなるという話もあります。
民主党は無料にするといっています。
無料と値下げは全く意味が違います。
無料にすれば、大きなコスト削減がはかれますから、うまく仕組めばほとんど財政負担はしないですむかもしれません。
しかし値下げ、しかも時間帯などによる値下げにはコストがかかります。
コスト削減とコストアップの違いが発生し、さらにたぶん不正が入り込む余地を増やします。
利用者にとってはいずれも負担減という同じ意味を持っているように思うかもしれませんが、たぶんそうはなりません。
まわりまわってコストアップを負担するのは利用者だからです。

定額給付金も、一時的には得をした気もするでしょうが、
その負担はすべて税金であり、私たちもしくは次の世代の私たちが負担します。
麻生さんはもちろん、現閣僚たちは何も負担しません。

こんな施策を続けている限り、景気はよくなるはずはありません。
国民の信も問えないような脆弱な政権には、国民に迎合する弥縫策しかとれないでしょうが、いま必要なのは経済の枠組みを変える一歩を踏み出すことです。

私にとって、唯一の救いは、株価が下がっていることです。
経済の混乱はあるかもしれませんが、ある意味では金融支配の実体のない経済が終わっていく道につながるかもしれないからです。
株価が下げ止まるようであれば、それもまた夢で終わりますが、たぶんそうはならないでしょう。
そう思っています。

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2008/10/29

■過剰告発社会の悪循環

食の安全性に関係する問題が、毎日のように報道されています。
カップヌードル、伊藤ハム、そして今日はミネラルウオーターの「ボルヴィック」。
保管場所が悪かったので臭いが移ったというような話がこれほどまでの話題になるわけです。
もっとも、本当に「臭いが移った」事件なのか、は微妙な話です。
それに、そもそも隣においておいたら、臭いが移ったというのも、なにか気持ちの悪い話ですから、決して瑣末な話ではないでしょう。

伊藤ハムの事件は、企業側の対応が問題になっていますが、企業にはかなり批判的な私でも、いささか同情したくなる気もします。
マスコミは、なにかに焦点を当てると、これでもかこれでもかと事件を見つけてきます。
でも何か重要な問題を見過ごしているような気もしますし、もっと大きな問題意識を持てよといいたくもなります。

マスコミに問題視されてしまうと事実はどうであろうと大変な被害を受けますから、企業は過剰防衛し、過剰反応してしまう傾向が生まれています。
最近起こった病院の受け入れ拒否による死亡事件も、こうした「過剰防衛状況」と無縁ではないような気がします。

今のような問題を大騒ぎするのであれば、食への毒物混入問題は、際限なく出てきかねません。
問題は食品の外部依存(水の輸入などは即刻やめるべきです)や土壌汚染、あるいは食品の品質表示法や加工食品文化の問題だと思いますが、そうした問題に目を向けてほしいものです。
少なくとも、問題を告発した以上は最後までしっかりと追及し、状況を正すところまで責任を持つべきでしょう。
そうしないと問題の告発が不信感を生み出し、問題をさらに引き起こす悪循環にも陥りかねません。

ともかく不思議なのは、あることが問題になると続々と類似の問題が出てくることです。
ということは、問題はすべての分野において遍在しているということでしょう。
なぜそうなってしまったかを考える必要があります。
個別問題への取り組みも大事ですが、こうなってしまった文化、つまり私たち一人ひとりの生き方を問い直さなければいけないように思います。
悪いのは企業だけではありません。
私は数年前から少しずつ生き方を変えてきていますが、それだけでも今回のような事件からはかなり距離感を持てるような気がします。

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■節子への挽歌424:ホモ・エスぺランサ

人間はホモ・エスぺランサであると言ったのは、エーリッヒ・フロムです。
ホモ・エスぺランサ、「希望する人」というような意味でしょうか。

希望を持つとは、人間であることの根本条件である。
希望が失われたら、生命は事実上あるいは潜在的に終りを告げたことになる。
希望は生命の構造および人間精神の力学の本質的要素なのだ。(「希望の革命」)
希望がもてないと、この挽歌で書きましたが、「希望」という言葉は、いつもずっと心にあります。
希望がなくても生きていけるかもしれないと書きましたが、やはり人間はホモ・エスぺランサですね。
生きるということの中に、「希望」は内在していることに、最近気づきました。
「希望」という言葉が気になって、30年ぶりに書棚からフロムの「希望の革命」を取り出して読んでみました。
とても元気づけられたような気がします。

「希望の革命」は40年前に書かれた本ですが、昨今の日本社会のことを書いているのではないかと思わせるほど、示唆に富んでいます。
たとえばこんな記事もあります。

ますます多くを生産することを目指す経済社会は、人間をまさに機械のリズムや要求に支配される付属品に還元してしまう。人間は生産機械の歯車として、一個の物となり、人間であることをやめる。彼は作っていない時には消費している。
そして、フロムは「私たちは、すでにロボットのように行動する人たちを見ている」と書いています。
それから40年。
ロボットであることを強要される時代になってきたのかもしれません。
ロボットは、希望とは無縁に存在できます。

フロムは、

希望を持つということは一つの存在の状態である。
それは心の準備である。
はりつめているがまだ行動にあらわれていない能動性を備えた準備である。
と書いています。

フロムのメッセージを読み違えているかもしれませんが、
残された者に、大きな悲しさと寂しさを遺していくのは、先に逝った者の、大きな愛の贈り物なのかもしれません。
私の場合は、その愛のおかげで、挽歌を書き続けられているわけです。
そして、それがある意味で、私の生きる源泉にもなっているのです。
奇妙な言い方ですが、「大きな悲しさと寂しさ」を維持しつづけることの先に、どうも私の希望があるような気がしだしています。
「大きな悲しさと寂しさ」がなくなってしまったら、愛する節子が不在な世界に生きている意味は、それこそないのかもしれません。

「愛」を知った人は、いつも「希望」に包まれているのです。
「悲しさと寂しさ」は「希望」と同じものなのかもしれません。

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2008/10/28

■円高株安の奇妙さ

円高株安がとまりません。
実体経済にも影響が出だし、株式投資とは無縁な生活者にも影響が出ているとマスコミは報じています。
事実、円高で減産になったり銀行の貸し渋りでキャッシュフローがまわらなくなったりする問題が中小企業にも起こっているようです。
資金運用面での損失が、年金の源資を目減りさせているし、投資信託などに預金している庶民の財産を目減りさせる恐れがあるとも言われています。
マスコミは不安をあおりますが、私にはあまり悪い状況のようには思えません。
金融恐慌が何を引き起こしたかを知らないわけではありませんし、社会の秩序が混乱することも一応、それなりには分かっているのですが、どうも不安が起きてこないのです。

第一、株安で資産価値が半減したといいますが、そもそも「存在しない資産」の幻想が消えただけです。
あまっていた資金を、「存在しない資産」に投資(投機)していた人は、その不明さを反省すればいいだけです。
前にも書きましたが、「振込め詐欺」と同じなのですから。
それにしても株安でなくなってしまった資金は、どこに消えたのでしょうか。
本当に不思議です。
レバレッジ効果は、まさにトリックでしかなかったのです。

それにしても、円高と株安が共存するというのは不思議な話です。
日本経済は強くなったのか、弱くなったのか、どちらなのでしょうか。
円高が株安を起こしているというのも、分かったようでわからない話です。
もちろん論理は分かりますが、仕組みとしておかしいです。
人工的なホメオスタシスの一つでしょうか。
株価もPBR(株価純資産倍率)が1を切っていて、割安水準だと専門家はテレビで話しています。
本当でしょうか。
思い出すのは、年金基金で全国に作った豪華な施設が、数百円で売却されたという話です。
資産価値とは何でしょうか。
価値と価格とは別の論理で成り立っていることを忘れてはいけません。
PBRが1を切ったからと言って、私にはお買い得品とは思えません。
それはあくまでも金融資本の発想だからです。

何を脳天気なといわれそうですが(麻生首相ほどではないでしょうが)、
そもそもこういう状況になってしまう経済のあり方のおかしさこそが問題です。
みんな口をそろえて、大変だ大変だと騒いでいますが、
何が大変なのか、私にはどうもわかりません。
大変さを口実に、またリストラが行われ、真面目に仕事に取り組んでいる中小企業が被害を受けることが気になりますが、問題の設定の仕方がどうも違っているように思えてなりません。

ついでにいえば、円高だからガソリンが安くなって自動車に乗りやすくなるとか、輸入品が安くなるとかいうのも、私にはとてもおかしいような気がします。
その発想が、今の状況を引き起こしたのですから。

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■節子への挽歌423:思わぬ人からの献花と言葉

伴侶を見送ったのに、悲しさを押さえながら、社会的活動に取り組んでいる知人をみると、
どうしてあんなに強くなれるのだろうと、思ったことがあります。
しかし、そう思ったのは、私自身の鈍感さのせいだと気づかされることが少なくありません。
悲しさとがんばりは、社会的活動と個人的寂しさは、コインの裏表かもしれません。

思ってもみなかった人から花が届きました。
節子も会ったことのあるMJさんです。
お礼のメールを送ったら、こんなメールが来ました。

昔、大昔、夫に逝かれていささか早い母子家庭になりまして、長患いで居た夫を見送って、楽にはなったものの気持ちでしずんでいました私を佐藤さんは慰めてくださいました。
よく覚えているのです。
私には全く記憶のないことです。
MJさんに会ったのは15年ほど前でしょうか、新しい保育システムの研究会の委員になってもらったのがきっかけです。
MJさんは、すでに当時、子育て支援で新しいモデルを開発し、全国的にネットワークを拡げている時でした。
家族的な雰囲気の中でこそ子どもは育つという信念を強くお持ちでした。
ご自身でも、たくさんの子どもたちの里親になるなど、私にはスーパーウーマンに見える人でした。
最初にお会いした時から、信念の人であり、しかも行動の人でした。
ですから、「気持ちがしずんでいるMJさん」は、私の世界にはいませんでした。
いつも元気で、笑顔で夢を語り、行動し、世界を広げている人だったのです。

そのMJさんからの花とメール。
MJさんの心情に、私は全く気づいていなかったわけです。
メールを読んで、伴侶を見送ったMJさんの寂しさに、私はその時、気づいていたのかどうか、とても不安な気がしました。
「佐藤さんは慰めてくださいました」と書いてもらいましたが、きっとそれはMJさんが、善意に解釈してくれたのでしょう。
当時は、私は子育て問題にかなりのめりこんでいました。
子どもの育ち方が社会の未来を決めると思い込んでいたのです。
まだ頭で考えている時代でした。
ケアの何たるか、人との付き合い方の何たるか、を今ほどにも知らなかったはずです。
MJさんにどんな対応をしたか、冷や汗がでます。

節子がいなくなって、はじめて伴侶との別れの意味を知りました。
それまで私は、きっと伴侶を見送った友人知人たちの、本当の心情を理解できていなかったように思います。
そう思うと、たしかに反省すべきことが山ほどあります。
恥ずかしい限りです。

それにも関わらず、自分がその状況になってしまうと、周囲にあまりに多くのことを期待してしまいます。
私と同じように、みんな節子を悼んでほしいと過大な期待をしてしまうのです。
自分の身勝手さには、われながら嫌になることもあります。
その一方で、ちょっとした追悼の言葉が心に深く残ります。
私ももっと自らのケアマインド、共感する心を高めたいと思います。
節子にも喜んでもらえるように。

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2008/10/27

■節子への挽歌422:手賀沼エコマラソンの思い出

節子
昨日は手賀沼のエコマラソンでした。
知人も何人か参加していますが、沿道への応援には行きませんでした。
家の窓からランナーが走っているのを見ましたが、それを見ているだけで3年前を思い出してしまいました。
挽歌に書くとなるとその時のことを思い出してしまうので、昨日は書かなかったのですが、1日遅れですが、書くことにしました。

3年前のエコマラソンに、節子の主治医の先生が出場しました。
節子は応援の旗をつくって、みんなで応援に行きました。
応援の旗。
節子はそういうのがとても好きでした。
あまりできばえは良くないのですが、そういうのを手づくりするのが好きでした。

3年前は、節子はだいぶ元気を回復してきていた時でした。
エコマラソンは出場者が6000人以上でしたので、沿道で見ていてもなかなか見つかりません。
諦めていたら、先生のほうが私たちを見つけて、声をかけてくれました。
応援のつもりが、応援されたのです。

そしてその翌年には先生がトライアスロンに出場するというので、またみんなで応援に行きました。
その時にはしっかりと先生を見つけて応援しました。
節子は疲れ気味でしたが、最後まで応援していました。
きっと自分を応援していたのです。
今になって、それがよくわかります。

主治医の先生はとてもいい先生でした。
しかし、人間はとても勝手なもので、病状が急変してしまうと、そして主治医が代わってしまうといろいろと複雑な気持ちを抱いてしまいます。

節子を見送った後、がんセンターにはいけなくなってしまいました。
近くに行くことはあるのですが、入れません。
先生にお礼に行こうと思いながら、まだ気持ちが整理できません。
医師と患者、そして患者の家族の関係はとても微妙です。

もし先生に会ったら、自分が冷静でいられなくなることは明らかです。
涙がとまらないでしょうし、何を口に出せばいいかわからないでしょう。

窓からランナーが走っているのを見て、もしかしたらこの中に先生もいるかもしれないと思うと、それだけで気持ちが揺らぎます。
いつになったら、先生に報告にいけるでしょうか。
今はまだ全くわかりません。

他にも、まだ報告に行けずにいる人がいます。
節子に怒られそうですが、まだ行けないのです。

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■信用取引と margin transaction

信用取引とはどういう意味かご存知でしょうか。
手元の集英社の国語辞典(1993年版)には、一つの意味として、「当事者どうしの信頼を前提として成り立つ取引」とあります。
信用取引は、英語では margin transaction です。
そして、marginを辞書で引くと、「信用」という言葉は見つかりませんでした。
もっとも「証拠金」という意味がありますので、それを「信用」と置き換えて説明している人はいます。
しかし、信用取引と マージン取引(margin transaction)とでは、かなりイメージが違うような気がします。
ちなみに、上記の国語辞典の信用取引のもう一つの説明は、「証券会社が、客に融資や株を貸して行う有価証券の売買取引」とあります。
今から15年前の辞書ですので、最近のものは変わっているかもしれません。

この15年で大きく広がったのが、margin transactionにおけるレバレッジ効果です。
その普及により、「信用」の意味合いは全く変わりました。
いえ、marginの意味合いと言うべきでしょうか。
どう変ったかといえば、「信頼」はおろか、「信用」できない人にも取引に参加させる仕組みを構築したのです。
先日、アメリカのクレジットカード社会の実態を報道ステーションで紹介していました。
creditはまさに「信用」に相当しますが、信用できる人だけを相手にしていたら、市場は広がりませんから、クレジットカードのポイントは、信用できない人を巻き込む仕組みなのです。
アメリカの消費市場は、こうしたさまざまな仕組みで成長を遂げてきたわけです。
前にも書きましたが、20世紀後半の経済を先導してきたのは「生産」ではなく、「消費」です。

「信用」できない人にも取引に参加させる仕組みに、「信用」という言葉が使われているところにカジノ資本主義の巧みさがあります。
サブプライムローンの破綻は、最初から仕組まれていたと私が思うのは、そのためです。
わずかばかりの「信用」をレバレッジの仕組みを使い、市場化したのです。
いわゆるロングテール市場を収穫可能にしたわけです
そしていまやすべての人が(生活保護者でさえも)収穫対象になっているわけです。

私たちは言葉で考えてしまいます。
言葉に騙されてはいけません。
横文字で騙すのはまだいいほうです。
注意すべきは日本の言葉です。
そういい続けて30年経ちますが、私の文章の横文字の多さは、今でも評判は良くありません。
残念です。

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2008/10/26

■サイゼリヤの過ちと食との付き合い方

食材の安全性の問題で、外食産業は振り回されています。
こういう動きが出始めてから、もう長いこと経過しているのに、状況は改善されていません。
その大きな理由は、問題を外食産業の問題と捉えずに、個別企業の問題と捉えているからではないかと思います。
業界として取り組めば、事態はかなり変わったはずです。

しかも、個別企業の対応は必ずしも適切ではないように思います。
赤福の二重の間違いに関しては前に書きましたが、要は問題を引き起こした企業が慌てて対応してしまうために、おかしなことが行われてしまうのです。
個別企業の問題ではなく、業界の問題だと捉える人がいれば、こうした愚挙は避けられるはずですが、不思議なことにそうした動きは見えません。

そして、また同じような愚挙が行われました。
ファミリーレストランのサイゼリヤが販売したピザの冷凍生地から、微量のメラミンが検出された問題に対し、同社は対象のピザを食べた可能性のある客すべてに代金を返還する、と発表したのです。
慌てたのか、事業に自信がないのか、わかりませんが、多くの人はその発表におかしさを感じたのではないかと思います。
そして案の定、「ピザを食べたので代金を返金してほしい」と嘘をつく人が出てきてしまいました。
嘘をつく人が悪いといってしまえばそれまでですが、嘘をつかせるような状況をつくって、子どもたちに心の傷を負わせたことの責任はサイゼリヤにあるでしょう。
新聞で報道されているのは、たぶん氷山の一角です。

さらに心配するのは、毒物混入を誘発する効果です。
その影響は、サイゼリヤに限らず、ほかの外食産業にも及ぶ可能性はあります。
短絡的な対応は社会を混乱させるだけです。

そもそも外食産業には、常に安全問題が内在されていますし、顧客もまたそれをある程度は了解しているはずです。
世の中に、完全に安全なる物は存在しません。
そうしたことを踏まえて考えれば、外食における安全性の向上は、外食産業全体の問題であることは間違いありません。
他のレストランチェーンで問題が起これば、自分のところにお客が来るなどという話ではないのです。
そうした「安全で健全な外食産業」を育てるという姿勢が、外食産業にはあまり感じられません。
そこで働く人たちの労働条件も含めて、再考すべき時期だろうと思います。
餃子毒物混入事件で、労働条件の悪さの不満から、食材に毒物を混入したのではないかという話が出ていましたが、それはなにも中国に限ったことではありません。

そして、外食産業を利用するわれわれも、あまり安さを追求しないことです。
ホテルのバーが安いといっている麻生首相は論外ですが、外食産業は安すぎるように思います。
もし食費の負担を下げたいのであれば、自宅での調理をもっと増やすべきでしょう。
やりようによっては、食費は数分の1になるでしょう。
自宅で調理する時間がないという人があるとすれば、それは生き方、つまり働き方が間違っています。
そして、たまにはレストランで談笑したのであれば、きちんとお金を払うべきです。

私たちの食との付き合い方が、どうも少しおかしくなっているのではないかと思えてなりません。
食は、生活の基盤です。
家畜が餌を食べるのとは違うのです。

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■節子への挽歌421:寝室にある節子の写真

昨日、写真のことを書きましたが、私たちの寝室には私たちの写真が3枚壁に貼ってあります。
節子が飾っていたものを、そのままにしてあるのです。
ちなみに、私たちの寝室はまだそのままで、部屋の片隅にはいつも散らかっていた節子の鏡台がそのままあります。
節子のベッドも、今もそのまま残しています。
ある朝、目が覚めたら、そこに節子が寝ているという奇跡が起こるかもしれませんので。

壁に貼ってある写真は、たった3枚ですが、私たちの人生の歴史でもあります。
初めて出会った頃の節子と私の写真。
私が惚れてしまった、無垢な節子はぽちゃぽちゃと太った可愛い子でした。
私が会社を辞めて、2人で湯島にオフィスを開いた時に、たくさんの人から贈ってもらった花を背景にした2人の写真。
この時の節子は、夫を支えてがんばろうという、たくましさを感じさせます。
そのあたりから、私たちの関係は大きく変わりだしました。
節子が主導権を取り出したのです。
そして還暦の時に娘が撮ってくれた2人の写真。
節子はもう発病していましたが、しっかりした表情で前を向いています。
とびとびの3枚の写真ですが、その間にびっしりと詰まっている私たちの生活を思い出すには十分です。

節子は、きっといつもこの写真に見守られながら、眠りについていたのです。
眠れない夜に目が覚めて、この写真を見ていたのです。
そして、今は私がそうしています。
ベッドの位置だけ変えたのです。
節子がいつも眠っていたところに、私のベッドを移動させて、今、私はそこで眠っています。
ですから時々、節子に呼び起こされるのです。

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2008/10/25

■姿の見えない独裁者

いつの間にか、解散への関心が消えてしまったような気がします。
私自身は、国民の信をしっかりと問うことによって、政府の正統性は確認され、そのリーダーシップや信頼性がつくられると考える人間ですので、目先の経済政策がどうのこうのという短視眼的な発想に惑わされてはいけないと考えています。
それに、政治の空白とか政局より政策などという、実体を伴わない言葉だけの議論には騙されない程度の知性は持っています。
日本のような官僚制度が整備されている場合、選挙が行われても大丈夫のはずです。
たとえ「腐った官僚制度」であろうとも、機能はします。
それに関してはすでに以前書きました。

いうまでもありませんが、民主政治は独裁者を排除します。
しかし、そこには一つのパラドクスが存在します。
独裁者の排除を主張する者が、結果として、独裁者の地位になってしまう、というバラドクスです。
その独裁者とは、いうまでもなく、国民です。
しかし国民はまさに「マルチチュード」、多様で多数の存在ですから、一つの実体に束ねることなどできません。
そこで国民の創意を代表する人が首相になりますが、問題は彼を排除する方法はありません。
解散権も辞職権も、その人が専有するからです。
自治体の首長の場合には、リコール制度がありますが、国家の首相にはありません。
彼はまさに独裁者になれるのです。
しかも、国民の創意なるものは実在しませんし、いかようにも編集できます。
たとえばつい先日まで、自民党政府も民主党も、自らの考えの正当化の根拠に「国民の意思」を使っていました。

世論調査でいかに反対が多くても、首相は居座ることができます。
さらに言えば、国民世論調査結果を誘導することは簡単です。
調査機関によって数値がかなり違うことが、そのことを物語っています。

そして居座り続けると、よほどのことが無い限り、国民の意思は現状肯定に傾きます。
首相と野党代表と比べると首相のほうが信頼できる、と思う傾向が、多くの人の無意識の世界に埋め込まれています。
権力の大きい方につくことは、生命として生きていくための本能だからです。
そして、政府の方が政策実行力を持つという当然のことが、政策実行能力と混同されてしまうわけです。
支配されている民の、哀しい習性です。

民主主義とは、実は「姿の見えない独裁者」が支配しやすい政治体制なのかもしれません。
それにしても、小泉首相以来、4人の首相は、まさに独裁者的な地位をあまりに無邪気に楽しんでいるような気がします。
首相の座を実に楽しんでいる麻生さんは、解散などしたくないのは明らかです。
「文芸春秋」の記事は、首相になれないと思ったから書けたのでしょう。

いずれにしろ、民主党の小沢さんとは全く違う世界の人のようです。
勝敗は明らかです。
勝つ気のない人は、いつも勝てるのです。基準が自分の中にあるのですから。
麻生さんには、勝つ気など最初から無いのですね。
最初から政治をする気などなかった福田さんと同じタイプの私欲の人だったようです。

日本のマルチチュードは、見えない独裁者の道を選びつつあるのでしょうか。
政治の時代は終わったのかもしれません。

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■節子への挽歌420:なぜか写真が撮れなくなりました

節子
先日、あなたがいなくなってからカメラを使ったのは3回だけです。
1回は西川さんが献花台でハーモニカを演奏してくれた時、
2回目は、やはり西川さんと福岡の武蔵寺に行った時、
そして3回目が、先日の宮内さんのライブです。

私は昔から写真を撮るのが好きでした。
家族の写真は山ほどあります。
節子にも娘たちにも、写真を撮りすぎるといわれていました。
私は撮るだけで整理はすべて節子の仕事でした。
私は今のところ、過去にはほとんど興味はないのですが、その一方で、いつか節子と一緒に過去を追体験したいと思っていました。
ですからその材料はたくさん残しておこうと思っていたのです。

しかし、節子がいなくなってから、その気持ちが全くなくなってしまいました。
同時に、写真を撮るという行為に全く興味を失ってしまいました。
写真を見ることも興味を失ってしまったのです。
節子が残してくれた数十冊のアルバムがありますが、見る気になれません。
むすめたちも、私以上に過去に興味がないようで、写真を見ることは滅多にありません。
さすがに今の段階では、節子の写真を焼却する気にはなりませんが、
この膨大な写真は、私がいなくなったらきっと焼却されるでしょう。

写真には興味を失いましたが、いつも節子の写真を1枚だけ持ち歩いています。
節子がいた時には、節子の写真を持ち歩いたことは一度もありませんが、今は必ず持ち歩いています。
自宅の各部屋に、節子の写真も置いています。
どこにいても、節子に会えるように、です。
私には、それは写真ではなく、節子そのものなのですが。

写真が撮れなくなった。
いつもはどこに行くにも小さなカメラを持参していましたが、今はそれさえしなくなりました。
なぜでしょうか。
写真に撮られると魂を抜かれてしまうと信じられていた時代があったといいます。
相変わらず脈絡はないのですが、それは真実なのかもしれないという思いがしてきました。
節子の写真を撮りすぎてしまったのかもしれません。
写真を百万枚集めても、節子にはなりません。
写真など撮らなければよかったと後悔します。
愛する人を失った人は、そんな気持ちにもなるものです。

節子
写真ではない節子にもう一度会いたいです。

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2008/10/24

■カジノ資本主義

東京株式市場での日経平均株価は、ついに8000円代を切り、バブル後最安値に接近しつつあります。

最近の世界経済を「カジノ資本主義」と最初に命名したのは、スーザン・ストレンジだそうですが、彼女の「カジノ資本主義」(1988年)を読み直してみました。
20年前の著作に、昨今の世界が生々しく語られているのです。
同書の書き出しの文を引用させてもらいます。

西側世界の金融システムは急速に巨大なカジノ以外の何物でもなくなりつつある。毎日ゲームが繰り広げられ、想像できないほど多額のお金がつぎ込まれている。夜になると、ゲームは地球の反対側に移動する。世界のすべての大都市にタワーのようにそびえ立つオフィス・ビル街の部屋々々は、たて続けにタバコに火をつけながらゲームにふけっている若者でいっぱいである。彼らの目は、値段が変わるたびに点滅するコンピュータ・スクリーンにじっと注がれている。彼らは国際電話や電子機器を叩きながらゲームを行っている。彼らは、ルーレットの円盤の上の銀の玉がかちっと音をたてて回転するのをながめながら、赤か黒へ、奇数か偶数へ自分のチップを置いて遊んでいるカジノのギャンブラーに非常に似ている。
世界の経済を舞台にしたカジノは、もう20年前にはかなりの規模で展開されていたのです。
ちょうどその頃、私の記憶では、経済同友会などで日本の金融制度の研究会などがかなり行われていたように思います。
しかし、その検討のテーマは、カジノへの参加の仕方だったようです。

スーザンはこう続けます。

遊び人の中では、特に銀行が非常に多額の賭をしている。
長期的には、最もよい生活をするのは彼らである。
その銀行に公的資金が投入されているというわけです。
相変わらず、最もよい生活をするのは彼らなのです。

こうも書いています。

自由に出入りができるふつうのカジノと、金融中枢の世界的カジノとの間の大きな違いは、後者では我々のすべてが心ならずもその日のゲームに巻き込まれていることである。
そしてほとんどの場合は自発的にでないにしても、我々のすべてを賭博常習者にしてしまっている。
いまや私たちは、賭博常習者になってしまったわけです。
残念ながらこの指摘には否定できない真実があるように思います。

同書の最後の文章はこうなっています。 

「双六」ゲームを行う結果は分かりすぎるほど分かっている。資本主義世界の都市中心にそびえたつ巨大なオフィス・ビル街では、いぜんとして生き残った金融ギャンブラーだけが祝杯を上げているであろう。残りの者には、アメリカの世紀の哀しみに沈んだ悲惨な終わりがやって来る。
20年前の本ですが、この20年はいったい何だったのでしょうか。
もちろん彼女は、そうならないための処方箋も書いています。
昨今の金融不安に関して、先日の朝日新聞で、岩井克人さんが、「今後の処理を誤ると、世界中で「失われた10年」に入ってしまう滞戸際には立たされている」と書いていましたが、失われたのはこれまでの20年だったような気がします。

「カジノ資本主義」の書き出しの文章をもう少し読みたい人のために、最初の4頁と最後の1頁をサイトに掲載させてもらいました。
処方箋を読みたい方は、どうぞ本書をお読みください。
ちなみに、以前このブログでも言及した「金融権力」の著者の本山さんが、彼女の「貨幣と世界システム」と言う本を訳出されています。

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■節子への挽歌419:チビ太が時々、無性に吠えるようになりました

節子
最近、夜に庭を彷徨していないでしょうね。
ちょっと心配です。

1か月くらい前から、わが家のチビ太が、時々ですが、夜になると庭に向かって吠えるのです。
猫でもいるのかと外の庭を見るのですが、何もいません。
しかし、その何もない庭に向かって吠え続けます。
戸をあけて外に出してやっても、なぜか一方向を見続けて吠え続けるのです。
シャッターを閉じて、外が見えないようにしても、やはり同じ方向を向いて吠え続けます。
理由が分かりません。
考えられるのは、私たちには見えない何かが見えるのか、感じられるか、していることです。

節子、どこかにいるの、
と小さな声で呼びかけたこともありますが、返事は私には聞こえませんでした。
チビ太と一緒に外に出て、庭に座ってみたりしましたが、節子の気配はありません。
しかしチビ太はなきやみません。
しばらくして、落ち着くのですが、虚空に向かって吠えている時にはたしかに何かに反応しているように思います。
私たち家族には見えなくても、チビ太には節子が見えているのかもしれません。
もしそうならうらやましいことです。
私にも、そういう能力があるといいのですが。

もっともわが家の愛犬、チビ太くんももう13歳です。
人間いえば、かなりの高齢ですので、ぼけ始めたのかもしれません。
いずれにしろ、吠えやまないので近所迷惑ではないかと心配です。
いやはや、いろいろと苦労はあるものです。はい。

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2008/10/23

■ワーク・ライフ・バランスへの違和感

最近、「ワーク・ライフ・バランス」を口にする人が増えました。
昨年には、仕事と生活の調和推進官民トップ会議で、「ワーク・ライフ・バランス」憲章なるものも策定されました。
人によって自分の立場に合わせて都合よく語っていますので、よほど注意して聞かないと危険です。
流行語になったり、政府が予算をつけたりすると、途端に口にする人が増えるのが、日本の特徴ですが、生半可の思いで、「ワーク・ライフ・バランス」を語ってほしくないものです。
いまや、介護問題も少子化問題も、メンタルダウンも、企業の経営不振や不祥事までが、ワーク・ライフ・バランスをとれば解決するのではないかという勢いです。
ワークシェアリングも、寄ってたかって、みんなでせっかくの理念を壊してしまったことを思い出します。

「ワーク・ライフ・バランス」憲章は、「仕事と生活の調和が実現した社会」を目指すと書いています。
仕事時間が多すぎて、自分の生活時間が持てない人が多い現状では、「仕事と生活の調和」はいいことだとみんな思うでしょう。
でも、どこかおかしいと思いませんか。
私にはとても違和感があるのです。
「仕事」と「生活」は対立する、別のものなのでしょうか。

20年前、会社を辞めた時、私は友人たちに、これからは「働くでもなく遊ぶでもなく、生きることにしました」と手紙を書きました。
そしてそれをかなり忠実に実現してきたつもりです。

「仕事」と「生活」を二元的に捉える。
それはまさに「近代の論理」です。
生活から切り離された「仕事」が、工業の発展を支えてきたのです。
そして、いま、それが大きな問題になっているのではないかという気がします。
ワークとライフを別のものと捉え、その時間バランスをとろうというのは、まさにこれまでの工業の発想です。
それでは問題は解決しないように思います。

そうした発想から抜け出さないと、
「仕事」は「生産」、「生活」は「消費」として捉えてしまう危険性さえあります。
つまり、経済をさらに拡大していくための「ワーク・ライフ・バランス」論になりかねないのです。
事実、昨今のワーク・ライフ・バランス議論にはそういうニュアンスを感じます。

ちょっとひねくれているのではないかといわれそうですが、
労働時間短縮の議論と同じく、発想の起点が間違っているように、私には思えます。
もちろんワーク・ライフ・バランスを語ることに意味がないというのではありません。
それはそれでいいことです。
しかしそれはとりあえずの処方であって、本当の問題はもっと奥にあるといいたいのです。

ワークとバランスさせるものは、ライフではないのではないかと思います。
ワーク、もしくはライフの捉え方に、どうも違和感があるのです。

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■節子への挽歌418:お互いに惚れたところ

節子は私のどこに惚れたのでしょうか。
娘たちに言っていたことは2つあります。
「やさしさ」と「手の指」でした。

「やさしさ」は、ちょっと裏切られた思いがあったでしょう。
修はやさしいのだけれど、怒るとこわいから嫌いだ、と時々言っていました。
たしかに私はわがままなので、時々、機嫌が悪くなってしまうのです。
結婚して20年もするとお互いにすべてがわかってしまいますが、節子は私のことを「仏のおさむ」と「鬼のおさむ」の二重人格と見なしていました。
その「鬼のおさむ」と節子はよく喧嘩をしたものです。
年に数回ですが、怒りがこみ上げるととまらなくなることがあるのです。
節子もけっこう我を張る面がありましたので、喧嘩は結構盛り上がりました。
しかし30年も経つと、節子は私の扱い方を身につけてしまいました。
何を言っても「はいはい」と交わすようになったのです。
私がどんなに怒っていても、1時間もしないうちに謝るのを知ってしまったからです。
しかし、それでも節子は私の「やさしさ」にはずっと惚れていたはずです。

もうひとつは「手の指」でした。
節子はどちらかというと「面食い」でしたので、私の容貌には満足しておらず、辛うじて「手の指」に何とか惚れる部分を見つけていたのです。
娘たちには、お父さんの手の指は昔はとても素敵で、それに私は惚れたのよ、とよく話していました。
しかし、これは喜ぶべきかどうか微妙なところです。
指をほめられてもうれしくなるはずもなく、私はいささか不満でした。
それにスポーツマン好みの節子がそういうと、単に修は運動をしないので、きゃしゃな指をしているね、と皮肉られているようにも受け取れます。
しかし、節子がそういいながら、私の指を愛撫してくれるのは、まんざらでもありませんでした。
残念ながら、その手の指も歳とともにしなやかさも何もなくなってしまいました。
そして、昔の「素敵さ」を覚えてくれている人も今はなく、ただの老人の指になってしまいました。
いやはや残念なことではあります。

私は、節子の素直さとパッチリした目に惚れたのです。
結婚してみたら、意外と素直でないことがわかりましたが、私はポジティブシンキングの人ですので、次第に素直でないところに惚れるようになりました。
パッチリした目は病気になる前までは持続していました。
病気になってからは、目がどうもすっきりしないといっていましたが、それでも私には大好きな目でした。

まあそんなわけで、私たちは「手の指」と「ぱっちりした目」が、引き合った恋だったのです。
いやはや、つまらない話を書いてしまいました。

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2008/10/22

■金融資本が創り出した損失を埋める人は誰か

金融不況がじわじわと日本企業にも影響を与えだしているという報道が多くなってきました。
たとえば、トヨタ自動車の米国での販売が減少し、生産を減らすために、その周辺で派遣社員の契約打ち切りが出てきているそうです。
その報道をしていたテレビの中で、派遣社員の人が、事情はわかるがどうして自分たちのような労働者がそれを引き受けなければならないのか、と話していたのが印象的でした。
派遣契約を打ち切られると、今まで宿泊していた寄宿舎まで出なければならない人も多いようです。

契機が悪くなったら、労使一体となって苦境を乗り切る時代は終わったのです。
会社というものが変質してしまったのです。
まずは派遣社員の契約を打ち切れば、さし当たってのコスト流出は防げます。
経営者にとっては、痛みなどあまり感ずることもないわけです。
それにしても、つい最近まではあれほどの好業績だったトヨタが、販売が下がっただけでこんなことをしていいのでしょうか。
どこか間違っています。
トヨタの社長は私と同年齢です。
おかしいと思わないのでしょうか。
こういう人たちが経団連などの役員となって、日本の産業政策や経済政策を動かしていくことを思うと、日本の先行きには明るさを感じられません。
渡辺社長は、これまでの奥田さんや張さんとは違うと思いたいのですが。

今日はまた、京品ホテルがリーマン破綻の余波で売却されることになり、従業員一斉解雇の報道がありました。
社長と従業員のやり取りが報道されていましたが、真面目に働いていた従業員たちはやりきれないでしょう。
ホテルは決して赤字ではなかったようですから。
詳しくは分かりませんが、これは金融資本による「振り込め詐欺」と言ってもいいような構造を感じました。

金融資本のやり口は簡単です。
すべてを証券化し、その証券を見栄えの良いものに化粧します。
お金がお金を生むことを不思議に思わない人が、不労所得を得ようとその証券と自らの実業を交換します。
つまり自らの実業を証券化してしまうわけです。
その証券には、実は実業で働いている従業員の生活さえもが取り込まれていることに気づかずに、お金の論理で判断してしまうのです。
証券化した途端に、自らの運命は金融資本に預けたも同然です。
カジノと同じで、客を勝たせたり負かせたりするのは、胴元にとっては容易なことです。
役目が終われば、裸にされて放擲されるわけです。

金融資本が創り出した損失を埋める人は3種類いるようです。
まずは、金融資本による「振り込め詐欺」被害者です。
自分の実業を「振り込んだ」経営者やヘッジファンドの出資者がそうです。
好調に売れる時には何の疑問も抱かずにどんどん生産し、いざ売れなくなるとそれまで依存していた派遣社員を簡単に切り捨てる人たちも、含ませていいかもしれません。
その人たちは、最初から金融資本の対象にされていた人たちですし、自らもちょっと欲を出しすぎたのですから、まあ自業自得です。
しかし、ヘッジファンドの出資者も含めて、彼らは被害者であると同時に加害者でもあるのです。
彼らの行為によって、人生を変えさせられた被害者が、金融資本が生み出した損失を埋める第2の人たちです。
そして3番目は、いうまでもなく金融システムという社会システムの利用者である、すべての人たちです。
負担の度合いは大きく違いますが、加担の度合いも大きく違います。

ちなみに、金融資本が生み出した損失の多くは、金融資本の「勝ち組み」に収穫されている事実も忘れてはなりません。
みんな損をしているように見えますが、誰かが大きな利益を上げているからこそ、こうしたことが繰り返し起こるのです。

そこから身を守るのは、お金依存の生活からできるだけ距離を置くことしかありません。
お金などなくても、汗を流して、人を助けていれば、お天道様は支えてくれる、そんな経済社会はもう昔の夢物語なのかもしれません。
でも真面目に働いている人が路頭に迷うような社会は続くはずがありません。
きっとまた、お金がなくても支えあう社会になっていくでしょう。
私が生きている間には無理かもしれませんが。

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■節子への挽歌417:ほどほどに忙しいのがいいのかもしれません

節子がいなくなってから、時間がありあまるほどあるような生活をしています。
昨日も実はオフィスに行ったのですが、出かける時にむすめに、用事があるわけではないので行っても何もすることはないんだけれど、といったら、家にいても何もしないのだから行くだけでもいいんじゃない、と言われました。
いやはや。まあ、その通りなのですが。

ところがみんな、相変わらず忙しいのだろうねというのです。
私が「忙しい」という言葉が嫌いだったことは、節子はよく知っていました。
自分では忙しくしないように努めていましたが、いま思い出すと、その節子さえもが「忙しいのに悪いわね」というようになりました。
私が仕事などをすべて辞めて、自宅で過ごすようになってからです。
自分では、忙しくしないように努めていたつもりですが、きっと周りからみると忙しい生き方をしていたのでしょうね。

自分でもそうだったと思えるようになったのは、お恥ずかしいのですが、つい最近です。
節子は私を正していたのかもしれません。
ごめんね、節子
あなたの言葉の意味を理解できずにいたようです。
家にいてもなお、忙しくしていたのかもしれませんね。
節子から、パソコンに向かいすぎだといわれていたのを思い出すと慙愧の念に堪えません。
後悔、先に立たずです。
落ち込んでしまいます。

節子がいなくなってから、やっとその忙しさから抜け出られたのかもしれません。
でも周りの人は、まだ私が忙しいと思っているのです。
私自身の生き方のどこかに、きっと間違いがあったのでしょう。
「忙しい」とは「心を失う」ということです。
節子はそのことをよく知っていました。
私も知っていたつもりですが、どうも言行一致していなかったわけです。

忙しさから解放されて、しかも節子がいなくなったからでしょうか、最近は本当に時間がたっぷりあります。
そのおかげで、いろんなことが見えてきます。
見えすぎて、心が痛むことも少なくありません。
人間はほどほどに忙しいのがいいのかもしれない。
最近、そんな気がしてきました。

こんなことを書くと、そんなに時間があるのなら、約束していることを早くやってよと言われそうですが、それとこれとは別なのです。
やらなければいけないことが山ほどあっても、やる気がでるまで待つのが、「忙しくない生き方」なのです。
すみません。

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2008/10/21

■ワーキングハードとワーキングプア

ワーキングプアが問題になっています。
いくら働いても収入が少なく、自立さえ難しいという話です。
私の周辺にも、そうした人は少なくありませんので、その深刻さは実感しています。
しかし、そこに含まれている重要なことは、「プア」にあるのではなく、働き方にあるような気がします。

これに関しては、これまでも何回か書きました。
たとえば、「ワーキングプア、あるいは働くことの意味」では、
ワーキングプアは、これまでの発想の枠組みで考えていては限界がある。
一歩進んで、働くことの意味を問い直す契機に出来ないものか。
と書きました。
残念ながら反応は誰からもありませんでした。
まあ、あんまり読まれていないブログですから、仕方がありませんが。

ワーキングプアには二つの要素が含まれています。
「プア」と「ハード」です。
ハードに働いてもプアというわけです。
そしてみんな「プア」に目を向けます。
それはまさに「金銭基準社会」の落とし穴のような気がします。

「金銭基準社会」とは私の造語ですが、昨今の社会の中心にある評価基準は金銭といっていいでしょう。
昨今の日本社会は、価値を測る基準や行動の基準、コミュニケーションの手段など、すべて金銭なのです。
豊かさの基準も、当然のように金銭で語られますし、感謝の気持ちも金銭で測られがちです。
何かを考える時に、私たちは「金銭」を拠り所にして発想するようになっています。
そんなことはないと自信をもって答えられる人は少ないでしょう。

ワーキングプアは、生活のプアではなく、金銭のプアが問題にされているのだと思います。
お金がなければ生きていけないと、みんな思い込まされているわけです。
そこでみんなハードに働くことになるわけですが、これは中学校で習った産業革命が始まった頃のイギリスやフランスを思い出させます。

プアなのは、金銭ではなく、生活だと考えたらどうなるでしょうか。
かなり違った展望が開けます。
お金がなくても、プアでない生活は可能なはずです。
そもそも貧しいからこそ、貧しさを補完しあうために生まれたのがお金なのです。
みんなが豊かな社会ではお金など必要ないでしょう。
その基本的なことをみんな忘れています。

自分の時間もなくハードに働いている人には、金銭収入の多い人も金銭収入もわずかばかりの人もいます。
後者がワーキングプアといわれるわけですが、金銭収入が多いワーキングハードな人はどうでしょうか。
生活がプアなことにおいては、そう違わないような気もします。
高給取りのワーキングハードは、「もうひとつのワーキングプア」かもしれません。

高給取りに対する、私の「やっかみ」もないわけではありませんが、今、問われるべきはワーキングハードな社会ではないかと思います。
みんながワーキングハードをやめたら、失業率も低下するでしょうし、メンタルダウンも減るでしょうし、何よりも少子化などはなくなります。
これからはワークハードではなく、ワークツギャザーだという人もいます。

対処療法的なワーキングプア対策はもちろん大切ですし、もっと真剣に取り組むべきですが、同時に、ワーキングハード社会や金銭基準社会を変えていくという発想も持たなければいけないのではないかと思います。

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■節子への挽歌416:節子の日記と虚空蔵

私はすべての家事を節子任せにしていました。
家事はほとんどしたことがありません。
家事だけではありません。
自動車を買うのも、家を買うのも、主役は節子でした。
親戚づきあいや近所づきあいも、すべて節子の担当でした。
私は、そうした節子に寄生していただけかもしれません。
節子に言われて何かをやることもありましたが、
やりたいことがあれば節子にひと言いっておけば、やれるようになっていたのです。
もちろんいつも完璧ではなく、欠陥だらけではありましたが、
節子はいつも私が好きなように動けるように支えてくれていました。

仕事での出張や旅行も、節子がいつも準備していてくれました。
実は先日、滋賀に出かけたときも、自分で用意したため、とても不安でした。
案の定、いろいろと忘れ物がありました。

節子のおかげで、そうしたことからはほぼ完全に解放されていて、いつも快適な生活環境を享受させてもらっていたわけです。
そのため、節子がいなくなってからは困ることも少なくありません。
その一つが「お付き合い」です。
たとえば、法事の時のお布施はいくらだとか、冠婚葬祭の時にはどうしたらいいかなど、私は全くといっていいほど常識というものがありません。
とても困ってしまうわけですが、幸いにも節子は日記を書くのが好きでした。
日記を書いても読む人などいないよ、と私はよく言っていましたが、節子は書くのが好きでした。
節子が日記を書かなくなったのは、胃がんの手術をして以来です。
それでも時々書いていました。
それはもしかしたら、私たち家族のために資料を残すためだったのかもしれません。

先日、法事のお布施をどうしようか迷ったので、お寺に訊くのがいいと電話したのですが、お布施はその人の気持ちなのでいくらでもいいといわれました。
しかしまあそれなりの相場があるのではないかと思ったのですが、もしかしたら節子が日記に残しているかもしれないと、それまで開けたことのない節子の日記を開きました。
書いてありました。
そこで気付きました。
わが家のことでわからないことがあれば、節子の日記を見ればよいのだと。

宇宙には虚空蔵という、あらゆるものが記録されている情報蔵があるそうです。
空海は虚空蔵と通じたが故に、すべての情報を自分のものとしたという説もあります。
インドのサイババが話題になった時に、神智学のアカシックレコードも話題になりましたが、おそらく同じものでしょう。
以前書いたボームの理論では暗在系が、それにあたるかもしれません。

節子の日記を読みながら、この日記は私の人生のすべてにつながっている虚空蔵への入り口なのだと思いました。
もうこれで安心です。
日記に書かれている文字の奥に、膨大な情報があるのですから。

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2008/10/20

■もうひとつのEQ:倫理指数

最近はあまり言われなくなりましたが、一時期、IQ(知能指数)と並んで、EQ(emotional quotient)という言葉が話題になりました。
EQは心の知能指数ともいわれ、情動知能指数と訳すのが正しいでしょう。
知能指数と対立するものではなく、むしろ補完するものです。

そもそもこの言葉は、「ビジネスで成功する人に必要な能力はどこにあるのか」というテーマでの研究から生まれたといわれます。
1980年代に米国でかなり広まり、日本にも入ってきました。
この概念を提唱した米国の心理学者は、ビジネスの成功者は、単にIQが高いわけでなく、「対人関係能力」が優れていることに気づき、その調査結果を基にEQ理論をまとめたそうです。
その後、企業の人材教育の目玉になり、さらには行政や教育現場などにおける人材育成などにおいても広く取り入れられるようになってきています。

「対人関係能力」は、決して小手先の技術の問題ではありません。
それはその人の「生き方」の問題です。
ですから、EQは「人間的魅力」にもつながっていきます。
そうした視点から考えると、昨今のEQ研修プログラムにはいささかの違和感はあります。

私は、企業関係の講演では、「みなさんの生き方が企業のあり方を決めていくのですから、まずは自らの生き方を問い直しましょう」と呼びかけてきました。
しかし、そうした呼びかけに対する手応えを感ずるようになったのは、最近です。

ところで、1980年代にEQ理論が提唱される10年ほど前に、もうひとつのEQを提唱した人がいます。
先日、名前を出した「成熟社会」の著者、D.ガボールです。
彼が、「成熟社会」の中で、IQと並んで重視したのが、Ethical Quotient(倫理指数)としてのEQでした。
彼は、経営者が人を雇う場合、Ethical Quotientを評価することが重要だと書いています。
しかし、昨今では、その経営者自身のEthical Quotientが危うくなっています。
経営者だけではありません。
いわゆる社会のリーダーといわれる層の人たちのEthical Quotientが低下しているのです。

同じEQでも、Ethical Quotientとemotional quotientは、発想の基盤とベクトルが違っています。
1980年代から2000年にかけての20年は、その視点から考えても、時代の岐路だったように思います。
私たちは、Ethic(倫理)ではなく、emotion(情動)を選んだわけです。

ガボールは、Ethical Quotientの評価尺度を概念的に例示しています。
それによれば、「自分を表面に出さず、自己を犠牲にしてまでも、良い仕事や他人への奉仕に献身すること」ができれば、EQは130以上です。
標準的な100~110の人は、「正しい環境の下では、責任ある、信頼できる態度をとるが、自分の所属集団の基準には付和雷同しやすい」とされています。
80~90になると、「監督されている限り、社会的な存在として行動する。しかし時々不正なことをする。倫理的な価値を尊ぶ感覚に乏しい。低い倫理水準に流れやすい。スリルを好む」とあります。
みなさんのEthical Quotientはどのあたりでしょうか。

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■節子への挽歌415:いろいろな人のことを気にしあえる文化

節子
朝、起きて節子のところに来たら、百合の香りが充満していました。

昨日は宮内さんの他にも、もう一人、節子に献花に来てくれた人がいます。
岐阜の佐々木憲文さんです。
節子の好きな百合をどっさりと持ってきてくれました。
その百合の香りが部屋中を包んでいたのです。
佐々木さんはとてもお元気そうでした。
大日如来にも会ってもらいました。

佐々木さんは節子のことをとても心配して、節子のためにいろんなアドバイスをしてくれ、また節子のためにいろいろとご尽力くださいました。
節子もとても感謝していましたが、その心遣いに私たちは報いることができませんでした。
今から思うと、私自身、反省することも多く、せっかくのアドバイスをもらいながら、節子を守れなかったことが大きな悔いになっています。
節子がいなくなってからも、佐々木さんは私を元気づけるために、これまでと同じように私たちに接してくれています。
感謝しています。

佐々木さんたちが主宰している共済研究会に、私も参加させてもらっていますが、佐々木さんが目指すものと私が目指すものはほとんど同じです。
人が支えあうことがいかに大切かは、節子と一緒に闘病生活を送り、そして節子との別れを体験した私には、とてもよくわかります。

支えあうとは、そんなに難しいことではありません。
一昨日もある集まりで、話題になったのですが、まわりの人のことをちょっとだけでも気にして暮らすことが支えあうということなのだと思います。
自分のことを気にしてくれている人がいる、ということを実感できるだけで、人は元気をもらえるものです。

節子は体調がかなり悪くなってしまってからも、いろんな人のことを気にしていました。
身近に接していたので、それがよくわかりました。
人は、弱くなればなるほど、支えあうことの意味がわかってくるようです。
少なくとも、私も節子もそうでした。
一度弱さを体験したからこそ、今、たくさんの人が気にしてくれていることが素直に受け入れられるのかもしれません。
そして私も、いろんな人のことを気にする余裕が出来てきたのかもしれません。

いろいろな人のことを気にしあえる文化、それが共済の文化ではないかと思います。
節子から教わったことをいつか佐々木さんと一緒に形にできればいいなと思っています。

節子
あなたとの体験は決して無駄にはしませんよ。

百合の香りに包まれながら、「ウィーンの薔薇」の珈琲を節子に供えました。
節子も楽しみましたか。

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2008/10/19

■自宅に投函されていた「DV冤罪」小冊子

先日、わが家の郵便受けにおそらく個人が投函したであろう小冊子が入っていました。
「私は、我孫子市役所(男女共同参画:フェミニスト)に家族を破壊されました」というタイトルの8枚の3色刷りの小冊子です。
しかも、一部には蛍光ペンでマークが手書きされています。
『わたしは「DV冤罪」を受けています』という書き出しで、市長とのやり取りの文面や、奥さんからのメール文などがセットになっていました。

あまりにも厚く、手書きもあったので、私の家だけに投函されたのかと思うほどでした。
個人による投函は時々ありますが、内容が内容だけに、少し気持ちが悪い気がしました。
しかしわが家だけではなく、隣近所にも投函されていたようです。
投函した人の名前はわかりませんが、どうも少し離れた地区に住んでいる人のようです。
もしそうならかなりの家に配布されたことになります。
費用もエネルギーもかなりのものでしょう。

内容の紹介はやめますが、その小冊子を読む限りでは、DV冤罪を感じさせるものではなく、むしろDV事実を感じさせるものでした。
こうしたやり方自体にも暴力的なものを感じます。
たぶんこの小冊子でちょっと怖くなった人もいるのではないかと思います。
配布した人は、自分でDV事実を露呈しているような気もします。
それもまた奇妙な話なのですが、おそらく事件の当事者には全く状況が見えなくなってしまうのでしょう。
そのため、意図した行為が逆効果になってしまっているのです。

DV被疑者の中には、まさか自分の行為がDVに当たるなどと思っていない人も少なくないはずですし、この人が言うようにDV冤罪も無いわけではないでしょう。
私自身は、男女共同参画を推進する行政の動きには違和感があります。
そうした「分離・対立」の発想とDV冤罪と騒ぐ人の発想とは同じなのかもしれないなどと思ってしまいます。
誤解があるといけませんが、もちろんDVは予想以上に多いでしょうし、それは厳として戒めなければいけません。
事実があるのであれば、もっと厳罰で対処すべきだとさえ思います。
しかし一抹の不安もあります。
昨今の風潮の中には、ひとつ間違えば、弱いものが強者になる仕組みが内包されているからです。
痴漢冤罪事件はそうした現われの一つです。
行政や大衆が「正義」を語りだすことの危険性を意識しておく必要があるでしょう。

家庭の問題を社会化するのはそう簡単ではありません。
それぞれに働いている論理が違うからです。
昔から、夫婦喧嘩は犬でも食わないという言葉がありました。
もちろん、昨今は状況が大きく変わっていますから、家庭の問題と放置しておくわけにはいきません。
日本相撲協会ですら、各部屋で責任を取るべきなどと言えなくなっている時代なのです。

前に「介護の社会化」について書いたことがありますが、
社会化ということは、実に悩ましい問題です。

問題は、家族のあり方、人と人の繋がり方にあるのだろうと思います。
制度をつくればいいわけではありませんし、家庭の問題を社会の問題として断ずることが常に正しいわけではありません。
投函されていた小冊子を読んで、なぜこんな小冊子を配布しなければいけないような社会になってしまったのか、いろいろと考えさせられました。
昨今の制度化指向は、問題の所在を間違っているような気がしてなりません。

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■節子への挽歌414:「もくれんの涙」

節子
宮内さんの「涙そうそう」と「もくれんの涙」はどうでしたか。

先週、手づくり散歩市でお会いした宮内俊郎さんがギターを持って、献花に来てくれました。
そして献花台の前で、私たち4人家族のために、「涙そうそう」と「もくれんの涙」を歌ってくれました。
宮内さんは本業とは別に、ギターを弾きながらイベントなどで歌っているそうです。
自称、「気持ちはプロのギタリスト--腕はビギナー」と言っていますが、歌に対する思いはなかなかのものとお見受けしました。
ヴィンテージもののギターで2曲、節子に捧げてくれました。
Miya50_3

「涙そうそう」は、節子がとても好きな歌です。
宮内さんの歌を聞きながら、私も一緒に声を出して歌いたい気分でした。
この歌は、歌詞を意識するとどうしても涙が出るので、歌詞を意識せずに、宮内さんの歌を節子と一緒に楽しませてもらいました。
歌詞を気にしないと、全身で聴けるのです。

「もくれんの涙」は名前は知らなかったのですが、聴いたことのある曲でした。
うっかりして歌詞に耳を傾けてしまいました。

逢いたくて 逢いたくて
この胸のささやきが
あなたを探している
あなたを呼んでいる
「逢いたくて 逢いたくて」。
「涙そうそう」にも同じ歌詞が出てきます。
さみしくて 恋しくて 君への想い 涙そうそう
会いたくて 会いたくて 君への想い 涙そうそう
節子と別れて今日で413日目ですが、今でも毎朝、節子の位牌に向かって、
「会いたいね」
と呼びかけています。
時々、節子を探している自分に気づくことがあります。
時々、節子を呼んでいる自分に気づくことがあります。

それを知っているかのように、宮内さんは、この2曲を選んでくれました。
とても心温まる時間でした。
Miya00
節子
あなたのおかげで、本当にいろんな人がやってきてくれます。
それに、節子が花好きだったことを知って、宮内さんは「ウィーンの薔薇」という珈琲を持ってきてくれました。
今日はもう遅いので、明朝、節子と一緒に飲みましょう。

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2008/10/18

■記者に質問されたら、堂々と応えてほしい

テレビで気になる風景があります。事件や問題などに関連して、取材を受けても何も語らずに、無言で通り過ぎたり、自動車に乗ったりしている風景です。
最近の取材者は、不躾で質問の内容も意味のないものが多いですし、相手にしたくない気持ちもわかりますが、やはり無視はよくないでしょう。
被害者の家族にしつこく質問するような不心得な取材者もいますが、
そうした例外的なことを除けば、質問されたら応えるのが人間としての最低限の良識です。
無言で無視することには大きな違和感があります。
多くの事件は、「無言で無視すること」から始まるからです。

向けられた質問を無視するのは、政治家も企業人も、公務員も役人も、スポーツ界の人も、分野を限りませんが、有名な人や組織人に多い態度です。
単なる市民は、マイクをむけられると一瞬腰を引くとしても、うれしそうに話し出します。
それがたぶん現代人の多くの対応かもしれません。
にもかかわらず話してほしい人は、無言で逃げるように去っていくことがあるのです。
語れない何かがあると思われても仕方がありません。
語らないことが大きなメッセージになっているのですから、語っているのと結果的には同じなのですが。

人に問いかけられて返事をしないのは良くないことだと私は教えられました。
しかし、子どもたちに「知らない人に声をかけられても返事をするな」と教えることが行われたこともありました。
その文化が今も続いているのかどうか知りませんが、私にはとんでもない話だと思えてなりませんでした。
話しかけられたら応じなければ、喧嘩になってもおかしくないはずです。
そもそも人間は、他の人に反応して生きているのですから。
私の友人が私の問いかけを無視したとしたら、付き合っていられないでしょう。

無言を通す人は、ほとんど例外なく、フェアに生きていない人です。
そうでなければきちんと話せるはずです。
それにそれなりの地位にいる人には、語る責任があります。
アカウンタビリティなどとわけのわからない言葉を持ち出すまでもなく、
社会的な影響力のある立場の人は、語ることは、その地位に含まれているのだと思います。

応えられない事情が仮にあったとしても、無言はよくありません。
テレビで、有名な人が取材に無言で通す映像は、子どもたちに悪い影響を与えるようにも思います。
都合が悪くなったら、黙って押し通せばいいと教えているようなものです。
考えすぎでしょうか。
記者に質問されたら、堂々と応えてほしいです。

そういう生き方をしたいと思いますし、しているつもりですが、
なぜか私には誰も問いかけてくれません。
問いかけるほど意味のある社会的な役割を果たしていないからでしょうね。
いやはや、それもまた問題かもしれませんね。

それはともかく最近、ずっと気になっていることを書きました。

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■節子への挽歌413:もっと良い人生

節子
もしあなたに会えなかったら、私の人生はどうなっていただろうかと考えることがあります。
もしかしたらもっと良い人生だったかもしれません。
節子も私と会わなかったら、もっと良い人生だったかもしれません。
お互いに、その可能性はかなり高いですね。
しかし「もっと良い人生」とは何かと問うことは、あまり意味がないかもしれません。

どの時代に生まれるかで、人生は大きく変わります。
そして、どの時代であろうと、辛い人生を送る人と楽な人生を送る人がいます。
時代の中での人生もまた、個人では選べない要素が大きいです。
与えられた状況を変えることはできますが、それも多くの場合、ほとんど運によって成否が決まります。
だとしたら、人生は、あらかじめ個人ごとに決まっているのかもしれません。
良いも悪いも、私の人生は一つしかないのです。
節子に偶然に会えたように見えて、それは偶然ではなかったのではないかもしれません。
その証拠の一つが、以前書いた、赤い糸を示唆する1枚の写真です、

良いか悪いかはともかく、私たちはそれなりにしっかりと2人を生きました。
別れがこんなにも早いと知っていたら、しっかりとは生きられなかったかもしれません。
先が見えないからこそ、人生は希望を持って生きられるのです。
私たちは、最後の最後まで、希望を持ち続けられました。

節子がいなくなった、この先はどうなるのでしょうか。
全く先は見えませんが、希望も持てません。
どうしてでしょうか。
もっと良い人生が、用意されているのかもしれません。
しかし、仮に最高の人生が待っているとしても、希望には結びつきません。
私の人生と私たちの人生とは違うものですから。
私は、私の人生よりも私たちの人生を生きてきたように思います。

いずれにしろはっきりしていることは、節子との人生は良い人生でした。
そしてこれからも私たちは、そして私は、良い人生を送られるでしょう。
人生は続いていますから、良い時期と悪い時期とに分けるべきではないでしょう。
それに、何が良いかは、人それぞれです。
私にとっては、今もなお十分に良い人生ですから、もっと良い人生は必要ありません。
希望がなくても、良い人生であれば生きていけるのかもしれません。

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2008/10/17

■節子への挽歌412:東尋坊の茂さんからメールが来ました

節子
一昨年、一緒に東尋坊に行きました
そこでお会いした茂さんや川越さんの活動がNHKで紹介されていました。
茂さんたちは、自殺の名所とさえ言われている東尋坊で、自殺予防の活動をしているのです。
茂さんたちのおかげで100人を超える人たちが自殺を思いとどまっているそうです。
すごくヒューマンな活動ですが、茂さんと川越さんの深い思いが活動を支えているのです。

茂さんも川越さんもお元気そうでした。
見ているうちに2年前のあのきれいな夕陽と美味しかったおろし餅のことが思い出され、茂さんにメールしました。
あの時はあまり時間が無くてゆっくりとお話できませんでしたが、私たちにはとても心に残る出会いでした。

翌日、茂さんから返信がありました。
前日まで、和歌山県白浜の三段壁に行っていたそうです。
ここも自殺の名所のひとつとされているところです。
いろいろな活動が行われているようですが、やはり地元観光協会の反対で活動はなかなか難しいようです。
茂さんは、こう書いています。

何故、あのように大勢の人が悩み事を持って集まって来ているのに知らん顔ができるのでしょうか・・・?
水際にこそサポートセンター、即ち、相談所を設ける必要があるのにと、この現象が不思議でなりません。
水際に相談所を設けて「悩み事」を聞いてあげるだけで多くの大切な命が助かるのに・・・と、残念でならないのと、もっともっと私たちが水際から世間に訴えていかなければならないと決意を新たにしたところです。
全く同感です。
何かやらないといけないと思い出しました。
少し考えてみようと思います。

茂さんは最後にこう書いてくれました。

佐藤さんも、奥様をお見送りされてさぞ寂しい日々を送っているかと拝察していますが、嘆いてばかりでは奥様も嘆きます。
佐藤様には永遠に奥様が傍に付いていてくれているのですから、奥様のお力をお借りして、共に元の元気を取り戻して欲しいと思います。
茂さんから言われると素直に心に入ります。
不思議です。

節子
ちょっと動き出しましょうか。応援してくれますね。

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■年金改ざん問題で戸別訪問の愚策

年金改ざん問題の調査のため、社会保険庁の職員が戸別訪問を開始しました。
対象は2万人だそうですが、今日1日で訪問できたのが40件だそうです。
しかも1回の訪問で解決するわけではありません。
果たしてこれが正しい方法でしょうか。
これでまたどれだけのお金がかかるのでしょうか。
解決に熱心に取り組んでいることを見せるための行動としか思えません。

実に不愉快なのは、職員が故意に不正を働いてきたことで、職員の仕事が生み出されているということです。
つまり彼らは自分の給料を生み出す仕組みを作り出しているということです。
盗人に追い銭をやっているのが、いまの年金問題対策活動なのです。
どう考えても政府のやり方はおかしいと思うのが普通だと思うのですが、麻生さんや枡添さんはおかしいと思わないのでしょうか。
保険庁の職員がいい加減な年金特別便を出して、再度出しなおしたことがあったと思いますが、普通の企業であれば倒産し、従業員は損害補償の対象にもなりえるでしょうが、保険庁職員は残業代までもらえたかもしれません。
仕事が多いので、新しい組織にも雇用されることになっています。
その仕事は自分たちで増殖させてきているのですが、その構造は今も変わっていません。
不思議な構造です。
「産業のジレンマ」と同じく、近代社会が生み出した「自己増殖手法」です。

こうした官僚の跋扈を放置している自民党政府が、なぜ国民に支えられているのか。
本当に不思議です。
そんな政府に今の金融危機を乗り越えられずはずがないのに、選挙よりも経済政策が優先だと考えている国民が半分もいると世論調査では出ています。
どうしてでしょうか。
不思議だと思いませんか。
傷を深くするのが、その当然の結果です。
つまり、いま利権を得ている人たち、つまり社会の有力者や有識者たちが得をするということです。
体制は自らの利益を守るために制作を推進するのは当然の論理です。

年金問題の解決での無駄遣いを、本当に困っているワーキングプアのほうに向けてほしいものです。
年金問題は解決しようがないことはもうかなり明確になってきたように思います。
現実性のない解決目標など諦めて、もっと前向きの対策を考えるべきではないかと思います。
これまで年金制度を食い荒らしてきた人たちには、せめて自己破産するくらいの罰金を科してほしいものです。
そうすれば年金の大切さが少しはわかるかもしれません。

まあいつもながらの暴論ですが、もし戸別訪問を続けるのであれば、職員ではなく、ワーキングプアの真面目な人たちにこそ、その仕事をまわしてもらいたいものです。
時給はかなり高いはずですから、たぶん数倍の人が助かるでしょう。
自分のための仕事を勝手に作り出す職員には謹慎してもらうのがいいと思います。
2人で2つの戸別訪問をして成果がなかった文京区の社会保険庁の職員の映像は、あきれてものが言えないほどでした。
見た人はいるでしょうか?

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2008/10/16

■沢蟹の話3

久しぶりに沢蟹の話です。
沢蟹関連はむしろCWSコモンズのほうの話題なのですが、沢蟹という検索ワードでこのブログにアクセスしている人が毎日数名います。
それでここにも書く気になりました。

ホームページの方で報告しているのですが、9月に滋賀の石道寺から、また8匹の沢蟹を連れてきました。
今その沢蟹を庭の池の周辺に放しています。
2匹は勝手に水槽から抜け出して、庭に脱出してしまったのですが。
わが家の庭の池は小さいのですが、周辺に草木があり、周辺には蟹にとっての隠れ場所がたくさんありますから、放した数分後にはみんな姿が見えなくなりました。
毎日、暇があれば探していますが、見つかりません。
ところが先日、娘が見つけたのです。
なんと池の中に棲んでいました。
私は池の中だと呼吸が続かないのではないかと勘違いして、池の周辺に水路を作ったりしていたのですが、蟹たちにとっては水中のほうが居心地がよかったのです。
考えてみると水槽の水の中に蟹たちは飼われていましたね。
とんでもない勘違いでした。

餌は蟹の餌を買ってきました。
水槽での観察によれば、それよりも蟹たちはご飯や小魚のクズが好きなようでした。

池の周りを半分囲いましたが、半分はオープンにしています。
蟹の棲息習慣に関する知識が無いのですが、完全に閉じ込めるのはかわいそうです。
隣の奥さんから逃げませんかと訊かれましたので、なついているから大丈夫ですと応えましたが、全く自信はありません。
なぜなら今まで放してから姿を見せた蟹はいないからです。

水槽で飼えばいいと娘は言いますが、やはり蟹にも自由が必要です。
わが家の小さな庭のどこかに沢蟹が棲んでいると思うだけでわくわくします。
そしていつか、「あれ、こんなところを蟹が歩いている」と来客を感動させたいわけです。
水槽では誰も感動しません。
それに私も水槽の蟹をみるよりも、姿は見えないけれど、どこかに蟹がいると思うほうが気持ちが豊かになります。
最近、わが家の狭い庭や小さな池が、とても自然豊かな素晴らしいものに思えています。


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■節子への挽歌411:黒岩さんの『編集者国木田独歩の時代』が受賞しました

節子
今日はうれしいニュースです。
黒岩比佐子さんの『編集者国木田独歩の時代』が、今年度の角川財団学芸賞を受賞することになったそうです。
黒岩さんからその知らせが届きましたが、そこに

節子さんがこのことを知ったら、
どれほど喜んでいただけただろうか、と思っているところです。
と書いてありました。
私もそう思います。ちょっと目頭が熱くなりました。

黒岩さんは私たちがやっていた湯島のオープンサロンの常連の一人でした。
そしていつもいろんな話題を提供してくれました。
節子はいつもそれに感心すると同時に、いつも忙しそうな黒岩さんのことを心配していました。
3人で食事をした時も、別れた後であのエネルギーはどこから出てくるのかしらと不思議がっていました。
黒岩さんはきっとどんどんと大きな世界に出ていく人ね、とその活躍ぶりをとても楽しみにしていました。

もっとも、節子は読書があまり好きではありませんでした。
何回も書いているように、節子は体育会系なのです。
節子が30分以上、本を読んでいる姿は記憶にありません。
実は、私も自宅ではそうなのです。
夫婦並んで読書するシーンは、わが家にはほとんどありませんでした。
どちらかが本を読んでいると、どちらかが口を出して、結局、話し合いになるのが、わが家でした。
一緒にゆっくりテレビを見ることもあまりありませんでした。
今から思うと私たちは何をしていたのでしょうか。
ともかく話すのが好きな夫婦だったことは間違いありません。

節子の位牌に向かって、黒岩さんの朗報を伝えました。
黒岩さんが、節子のことに言及してくれたことがとてもうれしいです。

節子
『編集者国木田独歩の時代』は黒岩さんの処女作「音のない記憶」と同じくらい、私には面白かったです。
黒岩さんの作品は、どれもこれも密度が高く、黒岩さんの思いがこもっていますが、この本は独歩の新しい側面を楽しませてくれました。
節子が元気だったら、また2人でお祝いに黒岩さんと食事でもできたのに、残念です。

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2008/10/15

■株価乱高下と公的資金投入

これは全くの幻想です。
世界中の株価下落の中で、金融安定化のために世界各国は膨大な公的資金を投入しました。
そして見事に株価は反発しました。
まだ安定したとは誰も言っていませんが、そこから見えてくるものが私にはとても気になります。
そして、その先例が日本の不良債権問題解決のために日本が行った公的資金投入だったと誇らしげに麻生さんが語っているのを見ると、過剰な幻想さえ抱いてしまいます。
私が見てしまった幻想とはこうです。

金融資本が先進国の公的資金を奪取するために、サブプライム構想などを活用して金融不安を引き起こし、金融システム不安を材料に各国を恐喝して、国民の税金を収奪した。
そのついでに世界の大企業にゆらぎを与え、支配しやすいようにさらなる巨大化に向けての統合圧力をかけた。
こうしたことのシミュレーションのために、日本でのバブルとバブル崩壊を作為し、公的資金投入の前例をつくっておいた。

たぶんめちゃめちゃな幻想なのでしょうが、私はリアリティを感じています。
株価の乱高下やバブルの崩壊は、金融資本の内部的な権力闘争でしかないと思っているのですが、金融資本全体にとっては、その支配領域を拡大するという大きなメリットがあるはずです。
ポーカーゲームのチップは、私たちが払っているのです。

金融資本によるグローバリゼーションが、世界各国のセーフティネットを壊し、社会の多様化を失わせていることは明らかですが、セーフティネットの崩壊は金融市場の拡大につながりますし、文化の画一化は金融支配をやりやすくするわけです。
日本の共済文化の危機は、こうしたことの余波によるものでしょうし、金銭的セーフティネット期待の高まりは金融資本の思う壺なのだろうと思います。

それにしても、これだけあざやかに私たちの大切な公的資金が盗まれる現実を、止めようもなく、むしろホッとしている人が多いことに驚きを感じます。

やはりお金からの距離をさらに広げていかねばいけません。
首都圏での生活には、もう限界があるのかもしれません。
これからは過疎地の時代かもしれない、などともう一つの幻想を見たくなります。

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■節子への挽歌410:夫婦とは不思議な存在

挽歌409で、

この挽歌は、私自身の鎮魂歌でもあるわけですが、実は挽歌よりも懺悔を書いたほうがいいのではないかと思うこともあります。
と書きました。
頭の中にぼんやりとある思いを文字に書くと、意識が覚醒されるというか増強されるというか、考え方が変わってしまうことを、この挽歌を書いていて実感しています。
概念は言葉にして初めて実体化されることがよくわかります。
毎日、この挽歌を書き続けることで、私の節子観は大きく変わりましたし、自分観も変わりました。
もちろん節子との関係も変わりましたし、私の生き方も方向づけられて気がします。
言葉や文字の持つ力は実に大きいです。

409で何げなく文字にした「懺悔」と言う言葉が、その後、妙に私の意識にひっかかっています。

この挽歌には、やはり自分をよく書こうという意識が働いているはずです。
この挽歌を読むと、私がとてもやさしい良い夫のように思えるかもしれませんが、
実際は、ここに書かれているよりもずっとダメな夫だったのです。
節子はいつも私のことを完全に信頼していました。
私がいる時には、安心してわたしのすべてを任せていました。
病気に関してもそうでした。
にもかかわらず、私は肝心のところで気を許してしまったのです。
今から思えば、もっともっとやれること、やるべきだったことがたくさんありました。
それをやらなかった。
ダメというよりも、冷淡と言ったほうがいいかもしれません。
そのことを思うと、節子に申し訳ない気持ちで一杯になります。
そのことを、きちんと書いておかねばならないと思いました。
懺悔の言葉を懺悔しなければ、懺悔にならないというおかしな話なのですが。

愛する人を見送った人は、たぶんみんなそう思うのかもしれません。
自分はなんと「人でなし」なのだろうか。
そういう思いが時々胸にこみ上げてきます。
友人はお前はよくやったと言いますし、節子の友人たちは節子さんは幸せでしたよ、と言ってくれます。
でも、外からは私と節子の心の関係は見えるはずもないのですから、私には何の救いにもなりません。
節子に申し訳なくて、時々、涙をこらえられなくなるのです。
その悲しみの瞬間が、時々、やってきます。
しかし、奇妙な言い方ですが、その瞬間に私を慰めてくれるのは、節子その人なのです。

鎮魂歌も挽歌も、懺悔も、すべてが私のものでも、節子に対するものでもなく、私たちのものなのだと最近痛感しています。
一昨日も書きましたが、夫婦とは不思議なものです。
まさに2つにして一つの存在なのです。

ですから、外部から見ると、伴侶に対してとても冷酷に見えても、実際はそうではないのかもしれません。
本当に、夫婦とは不思議な存在です。

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2008/10/14

■節子への挽歌409:この頃、節子の夢をよくみます

節子
節子のことで、1年前と今とで大きく変わったことが一つあります。
夢の中で節子によく会うようになったことです。
昨年は、せめて夢の中でいいからあなたに会いたいと思い続けていました。
しかし、あなたは夢の中にさえも出てきてくれませんでした。
写真を枕の下に入れて寝てもダメでした。
ところが1周忌をすぎたころから、毎日のように節子が夢に出てくるのです。
それはとてもうれしいことです。

夢の内容はいろいろです。
とても幸せなあたたかい夢もあれば、時には涙が出て目が覚める夢もあります。
目が覚めて、つい「ごめんね、節子」と声に出してしまうこともあります。
昨夜はそうでした。
週に1~2回くらいは、夢で目覚めた後、目がさえてしまって、眠れなくなります。
昨年の今頃は、夢を見ないのにそうでしたから、最近は夜中に目が覚めてしまうことは少なくなったわけですが。

夢で目覚めるのは、いつも4時過ぎです。
そのまま起きるのには早すぎるので、1時間ほどいろいろと考え事をしてしまいます。
いろいろなことが思い出されるのですが、それらがすべて、節子を守ってやれなかった悔いにつながるのです。
この挽歌は、私自身の鎮魂歌でもあるわけですが、実は挽歌よりも懺悔を書いたほうがいいのではないかと思うこともあります。

夢の中の節子は、しかしそんな非難の目を私には向けることなく、いつものあたたかさで私をつつんでくれます。
しかし、夢の中では2人とも、節子は彼岸の人、私は此岸の人とわかっているのです。
目の前に節子がいるにもかかわらず、節子はもういないのだからというようなやり取りが行われるのです。
もういない相手を愛し合う関係。
それは私だけではなく、節子も全く同じなのです。
それはそれはとても不思議な世界です。

でも夢で会えるだけでも、私は元気が出てきます。
実は目覚めた時は覚えていても、すぐ内容は忘れてしまいます。
内容は忘れても、節子とあったことはしっかりと残るのです。
節子のあたたかさややさしさ、私への愛情も、しっかりと残ります。
でも内容はほとんど残りません。
毎朝、節子に灯明を点けて般若心経をあげる前に、節子の写真を見ながら、夢で会えてよかったねと声をかけます。
そして節子と共にある1日が始まるのです。

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■「教育の政治からの独立を犯すもの」

先日書いた橋下知事の教育観を読んだ大阪の方からメールをいただきました。
私だけではもったいないので、皆さんにも読んでほしいと思い、お願いして引用させてもらうことにしました。

私の見立てでは、橋下知事に教育観というものはないと思ってます。
自分が知事をしている大阪が、全国学力調査で下から数えた方が早い位置にいる。
ただそのことを攻撃して、喝采を浴びたいという所ではないでしょうか。

しかし、知事の予算編成権を盾に、府下市町村に情報を開示するよう圧力をかけるやり方は、明らかに教育の政治からの独立を犯すもので、不当と断じるべきでしょう。
そのことを理解していないのが、彼の教育に対する理解の程度を表しているのでしょう。
しかしそれにしても、知事に対して白旗を揚げているような、府教育委員会はひどい有様です。
まあ、権力の中の一機関としては仕方ないということなんでしょうけど、こんな事が咎められないなら、戦後教育の基本原理はいったい何だったんでしょうか。

彼は批判されるたびに、「私には880万人の支持がある。」と言います。
大阪のある市では、財政削減をめぐって知事を批判した市長の映像がテレビで流れた次の日、その秘書課に全国から非難の電話がかかって来て、一日中仕事にならなかったという話を聞きました。
確かに彼にはまだ支持がある。
橋下氏はテレビに出ている高名な弁護士で、弁護士は正義の味方である。
その橋下氏を、非難するとは何ゴトゾということでしょうか。

物事をきちんと理解せず、気分や思い込みで行動する人が多いのです。
こういう人々に支えられた権力もあるということです。困ったことです。

教育に関して言えば、大阪の教育が決して他に比して自慢できるとも思っていません。
学校である以上、学力をきちんとつける教育をすることは最低限必要なことです。
大阪ではそのことが、ついいい加減にされている一面があることは事実でしょう。
しかしだからといって、点数としての学力向上に血道を上げるのは間違っていると思います。

大切なことは、学力とは何かという点をめぐるきちんとした議論であり、保護者も教師も教育委員会もその点で一致する考え方を見いだすことでしょう。
そして、問題を解決するための具体的手段を見いだしていく。
その手間を惜しんで、学力調査の結果を追い求めるようなことになれば、一番の被害者が子供たちということになるように思います。

今、振り子は揺れています。
時間をかけてどこに落ち着くのか。
不安を抱きつつも、世論というものの公平さに期待をしたいとも思っています。

とても共感できます。
「保護者も教師も教育委員会もその点で一致する考え方を見いだす」ためにこそ、議論をする時期です。
私も、世論というものの公平さに期待をしたいところですが、最近はどうも不安の方が大きくなってきてしまっています。
マスコミのレバレッジ効果はものすごいとともに、それに乗っかることの居心地のよさもかなり大きいですから。

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2008/10/13

■節子への挽歌408:「節子教」信徒

節子
この挽歌を読んでくださっている田淵さんが、また投稿してくれました。
田淵さんはご主人を亡くされたのです。
もともと田淵さんはカトリック系の学校で学んだそうですし、ご主人の実家は仏教徒だったそうです。
ところが、田淵さんは、現在は「主人教」の信徒になったのだそうです。
その気持ちがとてもよくわかります。

田淵さんはコメントにこう書いてきてくれました。

主人ならどうする?どうしたい?どうしたらいい?と。
何となく返事が返ってくるような気がします。
リビングに写真を飾ってますが、その表情も日によって違います。
私が語りかける時も違うのです。
気のせいでしょうか・・・私の思い込みでしょうか。
実は、私もそうなのです。
とすると、私はいまや「節子教」の信徒でしょうか。
そういえば、毎朝、節子の位牌と写真に向かって、お経をあげ、祈りを捧げています。
位牌の隣の大日如来よりも、私の意識は写真に向いています。
困ったものです。
でも大日如来は寛容なはずですから、許してくれているでしょう。

田淵さんはこう書き加えています。

「主人教」を勝手に解釈しないように気をつけなきゃあいけませんが。。。
心が救われるようで気に入ってます。
人間にとって、やはり一番自然なのは先祖崇拝なのかもしれませんが、
実は父母を見送った時にはこういう気持ちにはなりませんでした。
夫婦というのは不思議です。

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■バナナが高くなりました

私はこの数年、バナナが好きになっています。
小腹がすいた夜などに食べるために、いつもバナナは欠かさないようにしていました。
ところがある日、バナナダイエットが話題になったために、お店からバナナがなくなりました。
今はお店に戻ってきましたが、価格が倍になってしまいました。
今まで100円で購入していたものを200円で購入するのは、私にもちょっと抵抗があって、1週間ほどバナナはやめていましたが、久しぶりに昨日、買ってきました。
安価で栄養的にも優れもので、消化もよいバナナを、毎日食べているお年よりも少なくないでしょうが、そうした人たちにとっては迷惑な話です。

テレビやブログが契機になってあるブームが起こり、店頭から商品がなくなることは時々ありますが、それで価格帯が変わってしまうこともあります。
物価を上げている要因はいろいろとありますが、どうも商品そのものに原因があることよりも、投機やブームなどに起因することが多いようです。
実体経済ではなく情報が原因と言うことになります。

その最たるものが株価です。
本来、株価は実体としての企業価値によって決まっていたのでしょうが、昨今の株価は必ずしもそうではないようです。
情報が株価を決めています。
それは実体価値の数倍の価格になってしまっているからでしょう。
まさにそこにこそ、現在の経済システムの欠陥があるのだろうと思います。
そうした実体のない企業価値をベースに言動している経営学者や経済学者の責任は問われるべきだろうと思います。
企業価値は実態に即して、社会的な視点から考えなければいけません
私が昨今の経営学者を信じない理由がそこにあります。

バナナの価格と株価とは結局同じ市場価格ですが、市場価格などというのは幻想でしかないわけです。
バナナ価格が上がって誰が得をするのでしょうか。
実際に汗をかいて生産した人たちにまわっていくのであれば、バナナ価格が高くなることは私には納得できます。
しかしたぶんそうはならないでしょう。
それに間もなくバナナはまた100円に戻るでしょう。
価格が乱高下して得をする人たちはいったい誰なのか。
たぶん汗をかいている人ではないでしょうね。
株価が乱高下して得をする人は誰なのか、それを明らかにしなければ、経済は安定しないように思います。

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2008/10/12

■節子への挽歌407:節子のオーラが新しい出会いをつくってくれました

節子
今日は秋晴の、とても気持ちのよい1日でした。
昨日に続いて、手づくり散歩市でした。
昨日と違い、何と9時過ぎに最初のお客様が現われました。
そして次々といろんな人がやってきました。
コーヒーもかなり飲んでもらいました。

コーラス仲間も4人来てくれました。
節子にもお参りしてくださったので、気がついたでしょうが。
ところで、節子も聴いていたかもしれませんが、うれしいニュースがありました。
節子がコーラスの発表会で使っていたドレスを、コーラスグループの人たちに使ってもらえたらと思ってお渡ししていたのですが、その一部をAさんが引き取ってくれたそうです。
そしてなんと、今度、海外のクルーズ旅行に出かける時のパーティーに使ってくれるというのです。
残念ながら節子にそうした正装が必要な場を体験させることができませんでしたし、クルーズにも連れて行くことができませんでしたが、まあドレスと一緒に節子もクルーズを楽しめることになりそうです。
節子、楽しんできてください。

他にも節子の知っている人が何人か来ましたが、節子はもちろん私も全く面識のない人もコーヒーを飲んでくれました。
その一人に高野山に住んでいるギタリストの方がいました。
話の流れの中で節子のことを話すことになったのですが、今度、改めて節子に歌を捧げに来てくれることになりました。
曲は「なだそうそう」です。
節子も好きでしたね。
いまその曲を聴きながら、このブログを書いていますが、節子と一緒に行った沖縄旅行を思い出して、やはり目が熱くなってしまいました。

今日はきっと節子のオーラがいろんな人を呼び寄せてくれたのでしょう。
ありがとうね、節子。
涙が出てきて、書き続けられなくなりました。
曲が悲しすぎますね。

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■橋下大阪府知事の教育観

マスコミ報道に振り回されて、人の評価をしてしまう悪い性癖が私にはあります。
ですからちょっとした事件で、人への評価が反転してしまうことがあります。
このブログでも評価が反転した人が何人もいますので、私の人を見る目は全くもって信頼できません。
ただし、自分が直接付き合っている人に関しては、先ずそういうことはありません。

最近、評価が反転したのが大阪の橋下府知事です。
テレビで見ていた時の橋下タレントには全く興味がなく、むしろ好きになれないタイプでした。
しかし、知事になってからの言動には共感できました。
ところが最近の橋下知事には、「おまえもか、ブルータス」という気分です。

事の発端は、クソ教育委員会発言です。
まさか彼が全国学力テストの結果公表の圧力をかけているとは思ってもいませんでした。
その一事だけをもって、私の彼への信頼感は反転しました。
大阪の財政立て直しも成功しないように思われてきました。
相変わらず論理的でない話ですが、学校をだめにし、子どもたちをだめにし、社会をおかしくしたのは、単一基準での点数競争を煽り立てる権力を背景にした管理教育です。
それは私から見れば、人間観が間違っているのです。
人間観が間違っていれば、私とは違う社会を目指しているに違いありません。

教育関係者のフィンランド詣でが盛んだった時期がありますが、、
みんな何を見に行ってきたのでしょうか。
橋下さんも一度行かれたらどうかと思います。
教育とは機械部品を作ることではありません。
今日もまたボーン・スプレマシーをテレビで見てしまいましたが、あの映画のモデルは日本の教育なのでしょうか。
これまた論理的ではない推察ですが。

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2008/10/11

■節子への挽歌406:手づくり散歩市

節子
今日から我孫子手づくり散歩市です。
わが家のジュンの工房(タジュール デ ジュン)も会場になっています。
節子がいたら、きっと張り切って来客用のケーキを焼いていたことでしょう。
2年前を思い出します。
あの時は、すでに再発し、結構大変だったと思いますが、節子はケーキを作っておもてなしの手伝いをしていました。
節子はそういうことがとても好きでした。
それにジュンのスペインタイルの広がりを本当に楽しみにしていました。

節子がいなくなったので、私がコーヒーサービスを勝手に引き受けることにしました。
ところが、私のホームページにまで案内を書いたのですが、残念ながらコーヒーを出す機会に恵まれませんでした。
午前中は雨で誰も来ず、午後は晴れたのですが、何しろ会場からわが家は少し外れていますので、わざわざ立ち寄る人は少ないのです。
結局、4家族13人の人たちでしたが、何とそのうちの3家族は近所の人でした。
それでも一応イベント会場になっているので、誰かが留守をしていなければいけません。
私の役割はコーヒーのサービスでなく、留守番役になってしまいました。

節子が元気だった時の手づくり散歩市を思い出します。
最初の時はいろんな人が寄ってくれました。
なぜでしょうか。
もしかしたら節子は人を呼び寄せるオーラを持っていたのかもしれません。
そういえば、私たちが湯島のオフィスでやっていたオープンサロンも、
節子がいるといないとで人の集まり方が違っていたような気もします。

わが家はいつも家族単位で取り組む文化がありました。
娘たちはそれをあまり好みませんでしたが、それは文化だから仕方がありません。
節子がいなくなった今も、その文化は辛うじて残っています。
しかし、中心になって楽しくしてくれた節子がいないと、ちょっと寂しいです。

今日は来客が少なかったですが、節子もきっと参加してくれていたでしょう。
庭の献花台にも手を合わせてくれた人もいました。
明日は節子のオーラで、せめてコーヒーが出せる程度のお客様が来てくれるといいのですが。

何かがあると、節子のことを思い出します。
わが家の歴史のど真ん中にいたのは、やはり節子だったようです。

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■産業界の巨大化指向は無策の象徴

阪神阪急と高島屋が統合に向かって動き出しました。
「大きいことはいいことだ」の呪文はまだ生き残っているのです。
生き残るどころか、むしろ大型化は時代の流れでもあります。
市町村も合併で大きくなっています。
大きくなった市町村は存在意味がないと私は思いますが、現場と無縁に生きている人たちは大きくしたいようです。
まあ、それしか能がないのでしょうが。

産業界も、銀行に象徴されるように、企業合併が続いています。
百貨店やスーパーもまだまだ再編が続くようです。
つまり組織は巨大化しているわけです。
歴史の摂理に反する馬鹿げた行動だと思います。
策の無い人たちが、大きくすることで問題を見えなくし、先送りしているだけですが、社会的な価値はたぶんマイナスでしょう。
巨大化して滅んでいった恐竜の歴史を思い出します。
持続可能な世界は生物の多様性によって支えられているという知見は、全く顧みられていません。

権力は常に大きくなることを目指します。
そして知恵のない人にとっての唯一の策は、巨大化です。
日本の経営者は本当に持続可能な経済や社会への移行を考えているのでしょうか。
政治家も官僚も、同じです。

今朝、面白いテレビを見ました。
みのもんたの番組ですが、自民党の世耕議員と公明党の髙木議員が出ていました。
中央官庁の事務次官の「ところてん型天下り」が話題でした。
理事長や社長や会長を渡り歩いている人が少なくありません。
私の大学のクラスメイトにも2人の事務次官経験者がいますので、私もそれなりに実態は知っています。
世耕議員か髙木議員かどちらだったか忘れましたが、野党議員になんでそんなに面倒を見るのか、自分で探させたらいいではないかと突っ込まれて、「できる人なら天下りの面倒はみませんよ」とつい応えてしまっていました。
野党議員(社民党の福島さんでしたでしょうか)は「できない人に事務次官をさせているの」と驚いていましたが、そうしたやり取りに象徴されているように、官僚には「できる人」はいないのです。
正確に言えば、官僚体制の中では極めて優秀で能吏(「できる人」)でもありますが、社会に生きていませんので、社会的には「できる人」ではないのです。
反論をする人がいると思いますが、官僚制度とはそういうものです。
彼らは機械の一部なのですから、主体性は捨てていかないと仕事ができないのです。
それがいいとか悪いとかではありません。
官僚制度とはそういうものです。

産業界の巨大化指向を批判するつもりが、思わぬ内容になってしまあいました。
わが友人がこの記事を読んだら、当分同期会には参加できませんね。
1年に2回もあるのですが。

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2008/10/10

■節子への挽歌405:生命の樹

節子の仏壇を置いてある場所の改造については、前に書きました。
仏壇の上には何も置いてはいけないというので、棚をなくして下がり壁にしたのです。
しかし、その奥に実は小さな神棚をつけました。
伊勢神宮の神木でつくったミニチュアの神棚です。
外からは全く見えません。

下がり壁には大きなお皿をかけました。
家族でトルコに旅行に行った時に、バザールで買った大皿です。
図柄のモチーフは生命の樹です。
節子が気にいっていた皿の1枚です。

生命の樹といえば、ユダヤ教のカバラの秘義が象徴されているセフィロトの樹というのがあります。
広大な大宇宙(マクロコスモス)と人間という小宇宙(ミクロコスモス)を、時空を越えて繋ぎながら、生命の源泉とそこから生まれる万物の種子が宿る天空を表わした大きな樹です。
それがモチーフなのでしょうが、この大皿の樹は、花がたくさん広がっている生命の樹です。
バザールのお店で、節子と娘たちと土間に座り込んで交渉して買った10枚の皿の一部です。
きっと1枚100円か200円だったのではないかと思います。
トルコは楽しい旅でした。

生命の樹は、天に根を広げ、地に枝を伸ばしていく、上下がさかさまの樹です。
つまり、超越的な根源から宇宙を創りだしていく樹なのです。

節子は再発した後、生命力を宇宙から生命力を引き込むために、寝る前にいつも瞑想していました。
超越的な宇宙の根源から膨大なエネルギーを吸収し、自らの生命力を高めることを目指しました。
私も隣で節子と一緒に瞑想しました。
節子の瞑想は、実に形になっていました。
その姿は、私には座禅を組む如来のように見えました。
しかし残念ながら、生命の樹にはつながらなかったのかもしれません。
ベッドの上で、瞑想している節子の姿は今でも鮮明に思い出せます。
瞑想の時の節子の動きは、神々しいほどに美しかったのです。

皿の生命の樹は、しかし、さかさまの樹にはなっておらず、上に向かってたくさんの花が広がっています。
その樹の下に、節子の位牌があります。
宇宙に向けて、節子の生命が大きく広がっているようにも見えます。
いつか私も、その花の一つになっていくのでしょう。

毎朝、生命の樹の前で、すべてのいのちへの感謝を思っています。
節子と一緒に、です。

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■「わが事のように悲しい」

昨日の続きです。
「わが事のようにうれしい」という思いが広がれば、世界は平和になると書きました。
では、「わが事のように悲しい」はどうでしょうか。

世界中でいまなお紛争が続いています。
構造的暴力といわれるような、人権侵害状況が続いている地域も少なくありません。
世界は「幸せの数」よりも「不幸の数」の方が圧倒的に多いのかもしれません。
悲惨な状況をテレビや新聞で知った時、多くの人は痛ましく思い、何かできることはないかと考えるはずです。
しかし実際に行動を起こす人はほとんどいないでしょう。
私自身もそういうタイプです。
「わが事のようにうれしい」は、喜ぶだけで完結できます。
しかし、「わが事のように悲しい」はそれだけでは完結しません。
ずっと心に残ります。
わずかばかりの寄付をしたところで、その痛みは消えません。

「わが事のように悲しい」は、実は「自分の悲しさ」につながっていくのです。
不幸なことに、そうした「不幸な状況」は、世界中いたるところにあります。
日本国内でもたくさんの「不幸」があります。
マスコミを騒がす陰惨な事件の背後には、事件そのものと同じくらい悲惨な状況があることも少なくありません。
加害者だけを非難することにも迷いがあります。
そうしたことを「わが事のように悲しい」と受け止めていると、自分の悲しさは膨れ上がり、気力を奪い去ってしまいかねません。
ですから、他人の不幸には深入りするにはよほどの決意が必要です。
お恥ずかしいことに、私にはその勇気が欠けています。

しかし、それでは社会はよくならないのかもしれません。
自分のことしか考えてこなかった、これまでの生き方を反省しなければいけません。
しかし、「わが事のように悲しい」思いを持ち続けることもまた、世界の平和に通じていると思いたいです。

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2008/10/09

■ノーベル賞受賞の喜び

4人の日本人がノーベル賞を受賞しました。
まだ増えるかもしれないようですが、その報道をみていて感じたことがあります。
受賞者とは無縁の人たちも、みんなうれしそうに喜んでいることです。
わが事のようにうれしい、日本人として誇りを感ずる、などなど。
暗いニュースが多い中で、久しぶりに気持ちが明るくなるニュースでした。
それに受賞者の人柄が、いずれもほのぼのとしていて、親近感を持たせてくれたのも、わが事のようにうれしくなった理由の一つかもしれません。

「他人の不幸は蜜の味」という言葉があります。
しかし、それは不幸な社会での話です。
本当は「他人の幸せこそ蜜の味」のはずです。
宮沢賢治は、「世界中みんなが幸せならない限り、自分の幸せはない」と言っています。
現在の日本はどうでしょうか。
どうも「他人の不幸は蜜の味」社会から抜け出ていないのではないかという話が多いのですが、今回のノーベル賞受賞は違った日本社会を見せてくれました。

他人の喜びを自らの喜びにつなげられる人は、幸せです。
どんな辛い社会にあっても、誰かが喜びを経験しているはずです。
としたら、誰もが常に喜びを感ずることができるということです。
これがポジティブシンキングの極意でしょうか。
「わが事のようにうれしい」
とてもいい響きです。

4人のノーベル賞受賞者は、たくさんの人に喜びをわけてくれました。
オムロンの創業者の立石一真さんは、「人を幸せにする人が幸せになる」と言いました。
幸せや喜びは、与えられるものではなく、与えるものなのかもしれません。
「わが事のようにうれしい」という思いが広がれば、世界は平和になるでしょう。

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■節子への挽歌404:節子と一緒に歩いていて出会った人たち

昨日、養老孟司さんの名前が出ましたが、それで思い出したことがあります。

以前、東京駅前の丸ビルが新装された時、そういうことの好きな節子と一緒に、おのぼりさんのように見に行きました。
その時、養老孟司さんとすれちがいました。
節子はすぐに気付きましたが、私は言われて気付きました。
こういうことが時々ありました。
節子は、こういう点では、私よりも観察力というか注意力がありました。
そして時には声をかけてしまうすごさがありました。

箱根に2人で行った時に、箱根園でバスを待っていたら、日産自動車のゴーン社長が家族と一緒にいました。
節子は突然、声をかけて夫と一緒に写真を撮らせてくれと伝えたのです。
そして私を手招きして、ゴーンさんと並ばせて写真を撮りました。
私はいささか気が引けたこともあり、ゴーンさんにお礼を言う余裕もありませんでした。
もっとも節子はカメラ操作が不得手だったのと、その時のカメラの調子がよくなかったので、うまく撮れていませんでした。

鎌倉の建長寺では永六輔さんに会いました。たくさんの人たちがいたので、その時は声をかけませんでしたが、節子は永さんのラジオ番組のファンでしたので声をかけたかったかもしれません。
湯島天神では東ちづるさんの撮影の現場に出会いました。
撮影中ですのでもちろん声をかけようもありませんでしたが、東さんも節子の好きな人でした。
不思議なのですが、自分が好きな人には出会うものなのでしょうか。

私は、東京で歩いていて、友人知人にぱったり会うことは時々あります。
しかし有名人には滅多に会いません。
興味が無いからかもしれません。
しかし節子と歩いていると、時々、有名人に会うことがありました。
節子は不思議な人でした。
単に有名人が好きなミーハーだったのかもしれませんが。

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2008/10/08

■成熟の仕方を間違えた社会

東京株式市場での日経平均株価の終値が前日比952円という大暴落です。
一方、円高が進み、1ドル=99円台に突入しました。
これをどう読むかは難しいですが、世界の経済システムは、そのホメオスタシスが作動しないほどに不安定化していることは否定できません。
しかし、もし私がテレビや新聞などの報道に全く触れていないとしたら、そんなことには気づかないでしょう。
私の生活は今のところ、何の変化も起きていません。
たしかに食品やガソリンは値上がりしていますが、生活費の負担増を重く実感するまでには至っていません。
むしろテレビの値上がり報道で値上がり感を植えつけられているような気がします。

株式は持っていませんし、運用で資産を増やそうという思いは一切ありませんから、株価や為替がどうなろうと直接的な影響はありませんし、関心もありません。
幸か不幸か、銀行預金もたいしてありませんから、銀行が倒産してもそう困りません。
借金がありますので、もう少し働かないといけないのですが、過剰な借金ではないので、一応返済の目処はあります。
そんなわけで、恐慌の再来などと言われても、どうもピンと来ません。

私はとても恵まれているのかもしれません。
しかしいろいろと将来への不安は抱えています。
でも地道に生きていけば、困ったことが起こっても、きっと道は開けると固く信じています。
いや、信じていたというべきでしょうか。
最近少し疑問が出てきているのは事実です。
なぜこれでもこれでもかと、不安を煽り立て、増幅させているのか。

困った人がいたら、助け合うこと、みんなが支え合って平安な生活を送れるような社会を実現する、それこそが経済の基本でした。
いわゆる「経世済民」です。
そのために経済学者はいて、そのために事業家がいて、政府の経済政策があると、若い頃は思っていました。
いまも心身のどこかに、その確信が存在しています。

会社に入社した数年後に、D.ガボールという人が「成熟社会」という本を書きました。
その本のことをある人が思い出させてくれました。
読み直してみたら、こう書いてありました。

われわれの自由経済を不安定にするような機構と慣習は、改革されなけれはならない。
資本市場は、投機の対象には適さないように改めなければならない。
どうも私たちの社会は、成熟の仕方を間違えているようです。
経済学者は、どこかで道を踏み外したのです。

今回の金融不安を起こした過剰流動性は、やはりポトラッチするのがいいと思います
そして、「経世済民」の経済システムに再挑戦できれば、どんなにうれしいことでしょう。
ノーベル物理学賞の報道を見ながら、そんなことを夢想しました。

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■節子への挽歌403:「男は現象、女は存在」

節子
多田富雄さんと鶴見和子さんの書簡のやり取りをまとめた「邂逅」(藤原出版)という本を読み直しました。
前に読んだ時とは全く違った印象を受けました。
今回はかなりていねいに読んだからかもしれません。
その本の中で、多田さんが「男は現象、女は存在」と書いています。
少し長いですが、少し簡略化して引用させてもらいます。

以前に中村桂子さんや養老孟司さんと、「私」という堅固で連続したものを感じているかという議論をしたことがあります。過去の自分が、同一性を持って現在の自分につながっているかどうかに、養老さんも私も自信がないといったのに対して、中村さんは安定した「自己」をいつも感じているとお答えになったのを思い出します。そのときは二人で「やはり女はすごい」と感じ入ったものです。男には根源的な「自己」に自信がもてないのです。近代的自我とか、自己の確立というような理屈ばかり考えている。まさに「男は現象、女は存在」です。
「男は現象、女は存在」。
動かない大地のような自己がある女性に対して、男性はふらふらと浮遊する頼りない存在ということでしょうか。
天動説の女性と地動説の男性、と言えるかもしれません。
若い頃は逆のようにも思っていましたが、最近は私もそんな気がしています。
男性は女性には勝てません。腹の座り方が違うのです。

多田さんは、こうも言います。 

「自己」というものは堅固なものであり、すべての変化は自己言及的に行われる、というのは確かです。その自己は実存的なもので、変えることはできません。しかし、まったく別のものが生まれることもあります。というより、堅固な安定した「自己」ではなくて環境に新たに適応してあらたに生成した「自己」というものもあると考えた方がいいのではないかと考えたのです。
環境に新たに適応してあらたに生成した「自己」に移行しやすいのは、どちらでしょうか。
現象でしかない男性の方が移行しやすいはずです。
移ろいやすいのは女心ではなく、男性のような気がします。

多田さんは、さらに書いています。

日々変化している自己。昨日の「自己」と、今日の「自己」とは同じだという保証はない。でも、基本的には同じ行動様式を続けています。いかなる逆境にあっても前向きという行動様式は、遺伝的に決まったものでしょう。
私にはいずれもとても納得できる言葉です。
節子がいなくなった後、全く違った自分になったような気がしながら、
全く変わっていない自分もいるのです。
自己言及的に変化する自分と、それとは全く無縁に環境変化に合わせて創発される自分とが、私の中に並存しているのです。
そういう実感の中から、アイデンティティもまた階層的な概念だと思うようになりました。

こういうややこしい議論は、節子は好きではありませんでしたが、私は大好きなのです。
その2人がいつも楽しく話し合えたのは、今から思うと不思議です。
その秘密は、「男は現象、女は存在」にあったのかもしれません。
残念ながら議論で勝つのは、いつも節子でした。
言葉では私が言い負かすのですが、言葉は所詮言葉でしかありません。

それはともかく、遺伝的に決まった行動様式にそって、これからも前向きに進みたいと思います。
それが生命的に素直な生き方なのだと知って、安堵できました。

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2008/10/07

■長妻さんと枡添さんの違い

ちょうど2年前の今日、このブログで「国会(の議論)の存在価値」というタイトルで、

批判と弁解は何の役にも立ちません。
議論してお互いの考えを見直していく。
コミュニケーションとは、議論とは、まずは自らを変えることです。
その姿勢がないのであれば、国会は不要な存在です。
国会の議論を聞いているといつもそう思います。
日本では議論とは対立や説得だと勘違いしている人が多すぎるようです。
国会中継を見るといつもむなしくなります。
と書きました。
それと全く同じ感想を、昨日の国会中継(昨日は日中用事があり、夜のニュースで一部を見ただけですが)で感じました。

年金問題での長妻さんと枡添さんのやり取りですが、枡添さんには、そして麻生さんには、話し合って問題を解決していこうという姿勢が皆無です。
問題解決をしたいと思っているのであれば、対立議論ではなく、問題解決のための前向きな語論をしてほしいものです。
昨日の議論を聞く限り、枡添さんは解決よりも保身に向いているとしか思えません。
はげしい言葉とは裏腹に、官僚の代理発言とさえ感じました。

長妻さんと枡添さんの違いは明確です。
長妻さんは、問題を国民のために解決したいと考えています。
そのために実態を明確にし、問題解決のより効果的な取り組み方を考えようとしています。
さらに、こうした状況を引き起こした官僚体制のあり方を問題にしています。
それに対して、枡添さんはこれまでのやり方を守り、目先の問題解決をしようとしています。
しかもその方法は、これまでと同じく実現不能なことを繰り返しているだけです。
官僚のやり方そのもので、「やっている形」を重視し、「解決」には関心はありません。
ですから、自分のやり方にこだわり、ほかの意見を聞く耳を持ちません。
枡添さんにとっての関心は、アウトプットであって、アウトカムではないのです。
長妻さんが目指しているのは問題解決。枡添さんが目指しているのは民主党に勝つことです。
これは麻生内閣にも言えることです。

その麻生さんは、首相の席にしがみついています。
なぜ自信を持って、国民に信を問わないのか。
自信も誇りもないのでしょう。
哀れな人です。

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■節子への挽歌402:「主人にしか見せない私はもういない」

田淵さんという方から、

私もどうしても「死」という言葉を使えません。
今ちょっと姿を消してるだけのような気がしています。
というコメントが投稿されました。
よかったらコメントを読んでください
お医者様からみれば、よくここまで・・・ということかもしれませんが、でも私達にとって別れは「唐突」の感はいなめません。
私たちにとっても、全くその通りでした。
ですからもちろん「別れの会話」などしていません。
それが悔やまれた時もありましたが、いまはむしろよかったと思っています。
会話は「言葉」だけではありませんし、別れを言葉で確認しなかったおかげで、今もなお節子と一緒にいられるからです。

「主人にしか見せない私はもういない」と書かれています。
私も「節子にしか見せない私はもういない」と気づきました。
多重人格というと大げさですが、人はたくさんの自分を持っています。
相手によって、少しずつ「人格」さえも変わります。
私は相手によって対応を変えない生き方をしていますが、節子にだけは違いました。
節子に対しては100%ありのままの自分をさらけ出していました。
節子は、その「わがままな私」を素直に受け入れてくれました。
それは同時に、「ありのままの節子」を私が受け入れることでもありました。
そうした節子の存在が、いや、私たちの関係が、私の安定剤だったのかもしれません。
私の中にあるゾーエとビオスは、そういう形で、それぞれに安定していたのです。

田淵さんは、こう書いています。

私自身もあの時点でも「終わったなあ」という気持ちがしています。
主人にしか見せない私はもういないということですから・・
半分がなくなったというよりほぼほとんどがないような頼りなさというのでしょうか。。。
たしかに、「終わった」のです。
半分ではなく、ほぼほとんどがないような頼りなさ、全くその通りです。
やはりゾーエがあってのビオスなのです。
節子が私の生命を輝かせてくれていたことに改めて気づきました。

みんな同じような体験をしている。
そう思うとなぜかホッとします。
田淵さん、ありがとうございました。

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2008/10/06

■現実と非現実は連続しています

メラミン検出食材がさらに広がりを見せ、食への不安は高まる一方です。
私自身は、現代社会の「工業的食材」(工業化された農産品も含みます)には、程度の差はあれ、例外なくそうした危険性もしくは問題が内在していると思っていますので、何をいまさらという気がしないでもありません。
それは自分で選んだ道だろうと、つい思ってしまいます。

ところで、問題が起きて、みんなの意識が高まると問題が解決するどころか広がっていくことは食の安全性の問題に限りません。
年金の問題もそうでしたし、国会議員の事務所経費や行政職員の不正の問題もそうです。注意すべきは、そのほとんどが過去に起こった問題が顕在化してきているということです。
つまり、問題が顕在化する以前に、状況はすでに蔓延しているということです。
1会社、1職員、1議員の問題ではないのです。

現実とは何か。
それは、言葉によって表現されるか、マスコミによって情報化されることによって、顕在化します。
実際にどこかに存在していても、誰もそれに気付かなければ、存在しないのと同じです。
つまり、現実と非現実は連続しています。
決してデジタルの世界ではないのです。
どこまで見ることができるか、意識できるかで、その境界は変化します。

人の意識が関わってこそ、現実は現実になります。
いささかややこしいですが、現実を構成するものを「原-現実」と呼びましょう。
私たちに周りには、多様で異質で、矛盾しあう「原-現実」があります。
それをどう読み取るか、どう編集するかで、現実は全く違ったものになります。
そして、その現実に生きる私たちの意識は、それによって形成されます。
私たちは、「原-現実」の世界に生きているのではなく、私たちが創りあげた「現実」の世界に生きています。
意識と現実は、再帰的な関係にありますが、「原-現実」はその外部にあります。

食の安全問題の広がりは、そうしたことを教えてくれます。
私たちは、この50年、たくさんの「メラミン的なもの」を食べてきました。
その世界から抜け出すためには、原産地がどこかとか、原材料の信頼性とかを議論するだけでは限界があるでしょう。
問題はすでに普遍化し、まさに私たちの身体や生活と深くリンクしているからです。
抜け出す方法は一つだけです。
「現実」を再編集することです。
「原-現実」は、それに対応するだけの多様性を含んでいるでしょう。
新しい世界への移行には時間がかかるでしょうが、もしそれを決意するのであれば、急がねばなりません。
運がよければ、ひ孫の時代には間に合うかもしれません。

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■節子への挽歌401:なぜ人は死者のために献花するのか

節子
名古屋に転居した中村さんとコーラスグループのアルト仲間が、献花に来てくれました。
私もお会いしたかったのですが、用事が重なってしまい、娘たちに頼み、失礼しました。
節子は皆さんとゆっくり話しましたか。

帰宅したらきれいな花が節子を飾っていました。
いろいろな人が、節子を思い出してくれていることはとてもうれしいことです。
しかし、なぜ人は死者のために献花するのか。
夫を亡くした節子を元気づけるために、節子に花を持ってきてくれるのであればわかりますが、
節子の友人が今はもういない節子に献花しにきてくれる。
考えてみると不思議です。

死者が出た事件の現場に、関係ない人が献花に行く風景がよくテレビで映し出されます。
これも正直、私にはよくわからない風景です。
薄情だと思われそうですが、私にはそうした経験は一度もありません。

節子の一周忌の時には20を超える花が届きました。
そのほとんどは女性からのものでした。
これにも驚きました。
うれしさはありましたが、むしろ驚きの方が強かったです。
女性たちの絆の深さと死を悼む気持ちの表現の仕方を教えられました。

先史時代のネアンデルタール人のお墓に花が添えられていた形跡が残っていたという話を読んだことがあります。
死を悼む気持ちの現われとして、花を贈るのは人類の歴史と同じくらい長い風習なのかもしれません。
しかし、なぜ人は死者のために献花するのか。

節子の前に供えられた花を見ながら、その疑問が頭から離れなくなりました。
節子だったら、言うでしょう。
考え悩む問題ではないでしょ、だから文系の人は好きになれないのよ。
節子は、時に「考える人」になってしまう、私が好きではなかったのです。

しかし、
なぜ人は死者のために献花するのか。
もしかしたら、死者のためではなく、自らのためなのではないか。
いや女性たちは、ばらばらの存在にある男性とは違って、生命的につながっているのではないか。
考え出すと眠れなくなりそうです、

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2008/10/05

■関さんの森の話し合いが始まっているようです

TBSテレビの噂の東京マガジンで、先週に引き続いて、松戸市の関さんの森が取り上げられました。
幸いなことに、関さん側と行政とが、関さん案をベースに話し合う方向で動いているようです。

しかしどうも気になることがあります。
それは、このテレビ報道を見る限り、明らかに関さん側に正義があるような印象を強く与えられることです。
何も知らずにこの番組を見たら、私は間違いなく松戸市の理不尽さに腹を立てたでしょう。
実際には、関係者から話を聴いて、ある程度実態を知っているおかげで、住民不在にこそ大きな問題があるのではないかと思っていますが、それにもかかわらず、テレビを見ているうちに、私の考えは間違っているのではないかと、いささか不安を感じ出してしまいました。
テレビの影響力に改めて驚いています。
しかもテレビの場合、事件や事象をいわゆる「2値コード」、つまり善悪の単純図式で評価しますから、その影響力は強大です。
編集次第で、善悪のイメージなど、いくらでも作り出せます。

関さんの森の事件は、私は幸いに少しだけ実態を知っていますから、そんな簡単な善悪判断はしませんが、多くの事件や事象に関して、私がいかにテレビや新聞の影響を受けて判断を下しているのかがよくわかります。
カントの言葉に従えば、まだ私も未成年段階なのかもしれません。
間接情報だけで安易に判断を下しては危険であると、改めて認識しました。
まさに世界は今、非情報化革命が進行し、バーチャルな幻想社会に覆われだしています。

関さんの森に関する、これまでの私見は少し見直す必要があるかもしれません。
10月10日に住民の集まりが予定されていますが、講演のため参加できないのが残念です。
いい方向で、主役である住民の議論が始まればいいのですが。
市民の議論よりも、住民の議論が優先されるべきではないかと思っています。

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■節子への挽歌400:「今日、ママンが死んだ」

「今日、ママンが死んだ」
カミユの作品「異邦人」の書き出しの言葉です。
挽歌340で、この言葉について書こうと思っていたのですが、書いているうちに話がそれてしまいました。
いや、書けなくなって、わざとそらしてしまったのですが。
一周忌も終わり、節子の両親への報告も終わり、少し気持ちが整理できて来ましたので、改めて書きます。

「節子が死んだ」。
今も、私にはかなり勇気がいる言葉です。
この言葉を自分で使うことは、節子の死を認めることになるような気がして使えないのです。
今でもなお、節子の死を受け入れられない自分がいます。
おそらく愛する人を失った人は、同じような感覚を持っているでしょう。
愛する人が、愛している自分を置いて行くことなど、ありえないのです。
それこそ、まさに「不条理な話」。あってはならないことなのです。

「今日、ママンが死んだ」
その死を語れる人は幸せです。
しかし、死を語れない人もいる。

「異邦人」を読めば、たぶんわかるでしょうが、ムルソーは母親を愛していました。
だからこそ、「不条理な事件」を起こして、「不条理な死」を迎えるのですが、それを理解してくれているのは「太陽」だけだったのです。
その「不条理さ」が、静かに、しかし深く理解できます。
「今日、ママンが死んだ」
この言葉は、ムルソーの言葉ではなく、カミユの言葉でしかないのかもしれません。

なぜムルソーの言葉ではないと思うかといえば、ムルソーが母を愛しているからです。
「交流しあう自他、両者を隔てる壁を相対化し、その間に横たわる距離を縮め、自分の中に他者を取り込み、他者の中に自分を見出すことのできる心の状態」(片岡寛光「公共の哲学」)こそが愛だとすれば、他者の死は自らの死でもあり、それは語りえないものだからです。
他者の死は体験でき語れても、自らの死は体験できずに語れないことはいうまでもありません。

「今日、ママンが死んだ」
昨日、湯河原に寄ったので、そこに置いていた「異邦人」を持ち帰りました。
もう一度、「異邦人」を読むことにしました。
今度は、節子と一緒に、です。
最近、なぜか節子に会った頃に読んだ本を読み直したくなっています。

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2008/10/04

■盗人猛々しい論理とそれに賛成する共犯者のお粗末さ

選挙が延びそうです。
選挙よりも問題解決が先だろうというのが麻生首相の説明ですが、それに悪乗りしているテレビ人も増えているような気がします。
ただ流れに流されているような人に、テレビを預けていいのかどうか気になります。

問題解決できないどころか、問題を起こし増幅させてきた自民党政権に取り組んでもらっても、解決できるはずがありません。
まさに盗人猛々しいとはこのことです。
いま大切なのは、国民の信を改めて問うことです。
もしそれが自民党多数であれば、それはそれでいいでしょう。
国民が選んだのですから、納得せざるを得ません。

簡単に考えてみましょう。
年金問題も格差問題も、事故米事件も医療問題も、すべて自民党政権が推進してきたことです。
その矛盾や実態が露呈しだしたわけですが、その解決をなぜ同じ人たちに任せられるのでしょうか。
昨日公開されたように、情報隠蔽までやっている政権に任せて、なぜ安心するのか、そう考える多くの国民のお粗末さにあきれます。
少しは現実を見ろといいたいです。
アメリカでも副大統領の公開討論を7000万人の人が見たそうです。
日本人も少しは国会中継をみるべきです。
あるいは見られる仕組みをつくるべきです。
会社が忙しいなどと馬鹿なことを言ってはいけません。
録画をしておけば見られます。
それに、せめて論争は日曜日にやってほしいものです。

いま正すのは、政権の正統性です。
政権与党から脱落する直前に、今までの延長で悪事を重ねて、仕組みや予算をつくっておけば、政権を下りてもまた返り咲けるでしょう。
政官癒着の政治構造にこそ、問題があるのです。
昨年も書いたと思いますが、政権がもし変わっても、前の政権がつくった予算を遂行しなければいけないなどと言うのはどう考えてもおかしいと思います。

200年前のカントの警告に耳を傾けて、
そろそろ大人になりたいものです。

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■節子への挽歌399:節子を見送った後、初めて湯河原で朝を迎えました


節子
昨日は湯河原で泊まりました。
4度目にしてやっと宿泊できました。

湯河原には私たち2人の仕事場があります。
当初は、私の仕事場として確保したのですが、現場志向の仕事に生き方を変えたので不要になってしまいました。
この2年、宿泊したことがありません。
箱根の合宿の後、毎回、ここによったのですが、節子との思い出が強すぎて、毎回、着いた途端に帰りたくなりました。

部屋の窓から見える山並みが、節子の好きな風景でした。
その一つに、勝手に湯河原富士と命名し、スケッチなどしていたのを思い出します。
節子は自然を遊ぶ人でした。
いつも自然の中に素直に入っていき、それを楽しむ人でした。
お風呂の浴槽の横に、節子が近くの浜辺から拾ってきた小さな石でつくったミニガーデンがあります。
節子はこういう、ちょっとした遊びが好きでした。
私も大好きなのですが、節子のはリアル志向で、私のはファンタジー志向でした。
私のは完成したためしはありませんが。

それにしても、節子のいない朝食は恐ろしいほど殺風景です。
節子がいれば、少なくともトーストに野菜サラダ、目玉焼きはあるのですが、今朝はコーヒーだけです。
しかし、野菜サラダなどはどうでもよく、ただただ話し相手の節子がいないのが殺風景なのです。
コーヒーだけでも節子がいれば、最高に幸せな朝食です。
節子の笑顔と話し声があれば、何もいらないのですが、そのいずれもありません。
しかし、きっと部屋のどこかに節子がいるだろうなと思いながら、節子に呼びかけながら、コーヒーを飲みました。

今朝は、窓から見える「湯河原富士」がとてもきれいです。
節子がいたら、これから箱根に行こうと言い出すでしょう。
見ているといろんなことが思い出されます。
室内にも、節子の記憶がたくさん残っています。
障子には、節子が手作りでもみじ葉をはっています。
節子のあそび心は、どんな空間も楽しくしてくれました。

カレンダーを見たら、2006年7月のカレンダーでした。
その月が、2人で来た最後の日だったのでしょう。
最後に来たときの洗濯物が室内にまだ干してありました。
節子の息遣いが少し伝わってくるようです。
節子はとても生活的な女性でした。
それにどうも甘えすぎてきてしまったようです。

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2008/10/03

■節子への挽歌398:秋の箱根は、無性に悲しかったです

20年以上続けている経営道フォーラムのコーディネーター役で、恒例の箱根合宿に来ました。
節子を見送ってから4回目なのですが、箱根には思い出が多すぎるので、結構辛いです。
どこに行っても、節子との思い出があります。
節子が元気だった頃、いろいろなところにたくさん思い出を残そうと話し合っていました。
しかしそれがどうも今は「裏目」になっているような気がします。
思い出を「共有」する人がいなくなってしまうと、思い出はただ悲しいだけです。
今回の会場は強羅なのですが、ここには幸いなことにあまり良い思い出はありません。
彫刻の森美術館で夫婦喧嘩になったことと強羅公園の花が終わっていて殺風景だったことくらいでしょうか。
良い思い出があるところほど辛いということも節子を送った後、知りました。
不思議なことに、両親の場合は反対なのですが。

まだ紅葉には早いのですが、いつになく観光客が多いような気がしました。
私たちと同世代の夫婦も少なくありません。
しかし、みんな意外と話し合っていないのが、気になりました。。
電車の中で話もせずにただ座っている夫婦を見ると、もっと楽しまれるといいですよと声をかけたくなるほどです。
まあ、話せばいいというものでもないですが、せっかく夫婦で来ているのだから、もっともっと時間を大切にしてほしいと、余計なことを考えてしまいます。
楽しそうな観光客の中に一人でいると、やはり思い出すのは節子です。

私たちは、よく話しました。
私は景色を見るよりも、節子と話すのが好きでした。
景色を見るのは、お互いに話し合う材料をもらうためといってもいいくらいです。
節子はともかく、少なくとも私はそうでした。
景色を見ても、話し相手がいなければ意味がありません。
実は、こうしたことは節子がいなくなってから、はっきりとわかったことです。
もしかしたら、新しいコミュニケーション論のヒントがここにあるような気がしてきているのですが、それは挽歌には相応しくないテーマなので、いつか時評編に書くようにします。
節子は、いなくなった後にも、私にたくさんのことを教えてくれています。
その意味でも、節子は私にとっての真の伴侶なのです。

今回は宿泊しないことにしました。
節子は、せっかく行ったんだからゆっくり温泉につかってきたらいいのに、と言うでしょう。
いつもそうでしたから。
しかし、私にはそうした感覚がほぼ皆無なのです。
それは節子が元気だった時からそうでした。
節子と一緒であれば、どこにいても何をしていても充実しているのですが、節子がいないとどこにいても何をしても虚しいのです。
ですから節子のいない今となっては、人生はすべて虚しくなってしまっているわけです。

今日は湯河原で泊まります。
泊まれるかどうか、いささか心配なのですが。

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■「自分の理性を使う勇気を持て」

ほとんどの人間は、自然においてはすでに成年に達していて、他人の指導を求める年齢ではなくなっているというのに、死ぬまで他人の指示を仰ぎたいと思っているのである。 というのも、未成年の状態にとどまっているのは、なんとも楽なことだからだ。わたしは、自分の理性を働かせる代わりに書物に頼り、良心を働かせる代わりに牧師に頼り、自分で食事を節制する代わりに医者に食餌療法を処方してもらう。そうすれば自分であれこれ考える必要はなくなるというものだ。お金さえ払えば、考える必要などない。考えるという面倒な仕事は、他人がひきうけてくれるからだ。
「牧師に頼り」というところがなければ、現在の日本社会の状況のことを言っているのではないかと思うような文章です。 しかしこれは、今から200年以上前に書かれた文章です。 カントの「啓蒙とは何か」です。 さらにこうも書いています。
それに人々は、理性を使う訓練すら、うけていない。そして人々をつねにこうした未成年の状態においておくために、さまざまな法規や決まりごとが設けられている。
ますます最近の日本と同じです。

連日、可能な範囲で国会中継を見、それへの反応をマスコミで読んだり見たりしています。
それで思い出したのが、この文章です。
カントは、「知る勇気を持て」「自分の理性を使う勇気を持て」と言っています。
飼いならされた先入観の中で、生きている人が多すぎます。
せめて自民党と民主党の論争をテレビできちんと見てほしいと思いますが、そんな時間などなくされているのが、日本の「民」の現状かもしれません。

とても生きにくい時代です。

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2008/10/02

■節子への挽歌397:近所同士が支えあうような暮らし方

節子が残してくれたことはたくさんあります。
その一つが、私たちが気持ちよく暮らせるような状況です。

節子が目指していたのは、近所同士が支えあうような暮らし方でした。
前に住んでいたところでは、しかしあまりうまくいきませんでした。
それでここに転居してきた時には、節子は今度こそ近隣で下町のように付き合える関係を育てたいといっていました。
しかし、その活動ができたのは転居してからわずかでした。
病気になってしまったからです。
病気が少し良くなった2年間も、節子は近所づきあいを試みました。
節子は、私と違って、機が熟すのを待つようにゆっくりと進める人でしたから、節子がやれたことは本当にわずかなことでした。
しかしそのおかげで、私たち残された家族もやさしい近所のみなさんに支えられています。
節子が望んでいた文化はちゃんと残っています。
節子にすごく感謝しています。

節子が見ていたのは、近所づきあいだけではありませんでした。
花かご会の活動の先に、節子はそうした活動の輪を市内各所に拡げていきたいと思っていました。
しかし、節子の感覚では、それはかなり先のことでした。
私がいろいろと意見をいっても、あなたのは頭だけで考えているからダメ、と拒否されました。
それでもいろいろと意見は聞いてくれました。

自らの足元から変えていく、これが節子の生き方でした。
どちらかと言うと、理念先行の私には歯がゆく退屈でしたが、次第に節子のやりかたに共感するようになって来ました。
私の生き方は、たぶんこの6年で大きく変わったはずです。
発病した節子が、しっかりと教えてくれたのです。
私は「いい生徒」ではありませんでしたが、節子は「いい先生」でした。
人の幸せは、気持ちよく過ごせる生活の場に尽きると思いますが、節子は私にそれを残していってくれました。
私がいま元気なのは、節子が残してくれた生活の場のおかげです。

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■語り合うということを学びたい

一度、引用したことがありますが、カール・ヤスパースの「戦争の罪を問う」(平凡社ライブラリー)を思い出して、昨夜、最初のところだけを読み直してみました。
まさに、最近の国会での所信表明や代表質問の聞いていて、感じていたことが、見事に書かれていました。
その一部を、引用させてもらいます。

われわれは語り合うということを学びたいものである。つまり自分の意見を繰り返すばかりでなく、相手方の考えているところを聞きたいものである。主張するだけでなく、全般的な関連を眼中に置いて思索し、理のあるところに耳を傾け、新たな洞察を得るだけの心構えを失いたくないものである。ひとまず相手方を認め、内面的にためしに相手方の立場に立ちたいものである。いやむしろ自分と反対の説を大いに探し求めたいものである。反対者は、真理に到達する上からみて、賛成者よりも大事である。反対論のうちに共通点を捉えることは、互いに相容れない立場を早急に固定させ、そういう立場との話し合いを見込みのないものとして打ち切ってしまうよりも重要である。(同書19頁)
私がずっと志向していて、なかなか実行できずにいることですが。

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2008/10/01

■悲しみの共有、痛みの共有

多田富雄さんと鶴見和子さんの書簡のやり取りをまとめた「邂逅」(藤原出版)という本があります。
このブログに多田さんのことを少し書いたこともあって、思い出して再読してみました。
この本は考えさせられることの多い本ですが、今回、特に心に残ったのが、多田さんの次の文章です。

私は、異なるものは異なるままに、助け合って共に生きるということが、この地球上に人類が長く生きていくためには必要な原理だと考えておりますが、それは今とてもむずかしいことになっております。
その途を開くのは何か、ということを考えてみますと、悲しみの共有ではないか、痛みの共有ではないか。
悲しみの共有、痛みの共有の意味は、私もずっと気になっていることです。
しかし、妻を見送ったこの1年、悲しみや痛みを共有することの難しさを痛感しています。
ビオスとして、つまり理性的に共有することはできますが、たぶん多田さんが考えているのは、もっとゾーエ的な、つまり生命的な、あるいは自然と湧き出すような共有ではないかと思います。
いつか挽歌編で書こうと思いますが、私の場合、「悲しみや痛みの共有」よりも、「共有できないことの悲しみと痛み」を実感させられました。
小泉元首相の「痛みを分かち合おう」などという言葉には、怒りさえ感じます。

多田さんの文章を読みかえれば、異なるものは異なるままに、助け合って共に生きる、ということが難しくなったのは、悲しみの共有、痛みの共有がなくなってきたからということになります。
私もそう思います。
私が取り組んできたコムケア活動は、「重荷を背負い会う関係」の復活でした。
ある集まりで、その話をしたら聴いていた若者が共感して声をかけに来てくれました。
今でもはっきりと覚えていますが、しかし、彼とも結局は重荷を背負いあう関係は育てられませんでした。
彼が悪いわけではなく、たぶん「悲しみ」や「痛み」が多すぎる社会になってしまったのです。
NPOも、その例外ではありません。

しかし、もし誰かと「共に生きる」のであれば、当然、「悲しみ」や「痛み」を共有することになります。
ということは、「悲しみ」や「痛み」の共有がなくなったのではなく、「共に生きる」ことがなくなってしまったということです。
そしてそれこそが、近代の落とし穴だったのではないかと、最近、思い出しています。
ゲーテは「ファウスト」で、そのことを予告していたのでしょうか。

母親の子ども殺害事件に感ずるのは、「共に生きる」ことのなかった親子の悲しさです。
企業不祥事には、「共に生きる」場でなくなった会社が見えてきます。
世界に拡がりつつある金融不安も、「共に生きる」ことのない人たちが起こしているのかもしれません。
今日の国会の代表質問のやりとりも、「共に生きる」ことを好まない人たちのやりとりでした。

北朝鮮の映像を見た感想でも書きましたが、「共に生きる」世界であれば、貧しくてもみんな平安に過ごせます。
その「地球上に人類が長く生きていくためには必要な原理」を捨ててしまったことが、人類の悲劇の始まりだったのかもしれません。
その正否がはっきりするのは、どのくらい先でしょうか。
100年後か、1万年後か、わかりませんが、「共に生きる」ことのない生命の一員であることが、とても残念でなりません。

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■節子への挽歌396:習字の仲間が来てくれましたよ

節子
あなたがいつも楽しみにしていた習字の仲間が節子に会いに来てくれました。
いまでも月に2回、習字を学びながら、楽しく談笑されているようです。
節子の話も時々出ているようですよ。

節子は、病気が再発した後も、身体がちょっと不自由になってからも、できるだけ練習日には出かけていました。
いつもとても楽しみにしていましたから。
皆さんにはちょっと迷惑だったのではないかと言う気もしますが、
みんなとても優しい人たちで、節子を明るく受け入れてくれていたのですね。
節子はいつもやさしい人たちにかこまれていましたね。

節子さんは、いつも前向きで、明るく、話していて楽しかった。
病気になっても、そして最後の最後まで、弱音を聞いたことがない。
それがみなさんの節子評でした。

思ったとおりでした。
節子は、自分の弱みは人には見せず、どんな時も明るく振舞うタイプでした。
たぶん驚くほどあっけらかんと、自分の窮状を明るく話していたのではないかと思います。
節子は、そういう人でした。
その明るさの奥にある誠実で真剣な思いを知っている私としては、胸が痛いほどでした。

先生の東さんが、それに節子さんの字はいつも元気があった、と言いました。
たしかに大きな字で、紙からはみ出しそうな勢いがありました。
節子さんはそういう性格なのよね、と東さんは言いましたが、発病してからの節子の気丈さと前向きの生き方は私も見直したほどでした。
苦境に立った時にこそ、その人の本性が見えてきますが、私はそのおかげで、節子に改めて惚れこんだのです。
そのおかげで、今もなお、悲しさから抜け出られないのです。
いやはや困ったものです。

一緒に旅行したり、食事に行ったりした話もしてくれました。
節子からも時々聞いていましたが、あれはこの人たちと行ったのかとか、いろんなことを思い出しました。
節子は気持ちのいい友だちと、私の知らない楽しい体験をいろいろしているのです。
とてもうれしいです。

帰り際に、先生の東さんが、やっとお参りできてよかったとポツリと言いました。
東さんも体調を崩したりして、大変だったようです。

東さんのご主人のお墓は、節子のお墓のすぐ近くです。
毎月、2回、お墓参りに行っているそうですが、毎回、節子のお墓にもお線香をあげてくださっているようです。
節子は気づいていますか。

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