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2008/10/20

■もうひとつのEQ:倫理指数

最近はあまり言われなくなりましたが、一時期、IQ(知能指数)と並んで、EQ(emotional quotient)という言葉が話題になりました。
EQは心の知能指数ともいわれ、情動知能指数と訳すのが正しいでしょう。
知能指数と対立するものではなく、むしろ補完するものです。

そもそもこの言葉は、「ビジネスで成功する人に必要な能力はどこにあるのか」というテーマでの研究から生まれたといわれます。
1980年代に米国でかなり広まり、日本にも入ってきました。
この概念を提唱した米国の心理学者は、ビジネスの成功者は、単にIQが高いわけでなく、「対人関係能力」が優れていることに気づき、その調査結果を基にEQ理論をまとめたそうです。
その後、企業の人材教育の目玉になり、さらには行政や教育現場などにおける人材育成などにおいても広く取り入れられるようになってきています。

「対人関係能力」は、決して小手先の技術の問題ではありません。
それはその人の「生き方」の問題です。
ですから、EQは「人間的魅力」にもつながっていきます。
そうした視点から考えると、昨今のEQ研修プログラムにはいささかの違和感はあります。

私は、企業関係の講演では、「みなさんの生き方が企業のあり方を決めていくのですから、まずは自らの生き方を問い直しましょう」と呼びかけてきました。
しかし、そうした呼びかけに対する手応えを感ずるようになったのは、最近です。

ところで、1980年代にEQ理論が提唱される10年ほど前に、もうひとつのEQを提唱した人がいます。
先日、名前を出した「成熟社会」の著者、D.ガボールです。
彼が、「成熟社会」の中で、IQと並んで重視したのが、Ethical Quotient(倫理指数)としてのEQでした。
彼は、経営者が人を雇う場合、Ethical Quotientを評価することが重要だと書いています。
しかし、昨今では、その経営者自身のEthical Quotientが危うくなっています。
経営者だけではありません。
いわゆる社会のリーダーといわれる層の人たちのEthical Quotientが低下しているのです。

同じEQでも、Ethical Quotientとemotional quotientは、発想の基盤とベクトルが違っています。
1980年代から2000年にかけての20年は、その視点から考えても、時代の岐路だったように思います。
私たちは、Ethic(倫理)ではなく、emotion(情動)を選んだわけです。

ガボールは、Ethical Quotientの評価尺度を概念的に例示しています。
それによれば、「自分を表面に出さず、自己を犠牲にしてまでも、良い仕事や他人への奉仕に献身すること」ができれば、EQは130以上です。
標準的な100~110の人は、「正しい環境の下では、責任ある、信頼できる態度をとるが、自分の所属集団の基準には付和雷同しやすい」とされています。
80~90になると、「監督されている限り、社会的な存在として行動する。しかし時々不正なことをする。倫理的な価値を尊ぶ感覚に乏しい。低い倫理水準に流れやすい。スリルを好む」とあります。
みなさんのEthical Quotientはどのあたりでしょうか。

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