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2008/10/01

■悲しみの共有、痛みの共有

多田富雄さんと鶴見和子さんの書簡のやり取りをまとめた「邂逅」(藤原出版)という本があります。
このブログに多田さんのことを少し書いたこともあって、思い出して再読してみました。
この本は考えさせられることの多い本ですが、今回、特に心に残ったのが、多田さんの次の文章です。

私は、異なるものは異なるままに、助け合って共に生きるということが、この地球上に人類が長く生きていくためには必要な原理だと考えておりますが、それは今とてもむずかしいことになっております。
その途を開くのは何か、ということを考えてみますと、悲しみの共有ではないか、痛みの共有ではないか。
悲しみの共有、痛みの共有の意味は、私もずっと気になっていることです。
しかし、妻を見送ったこの1年、悲しみや痛みを共有することの難しさを痛感しています。
ビオスとして、つまり理性的に共有することはできますが、たぶん多田さんが考えているのは、もっとゾーエ的な、つまり生命的な、あるいは自然と湧き出すような共有ではないかと思います。
いつか挽歌編で書こうと思いますが、私の場合、「悲しみや痛みの共有」よりも、「共有できないことの悲しみと痛み」を実感させられました。
小泉元首相の「痛みを分かち合おう」などという言葉には、怒りさえ感じます。

多田さんの文章を読みかえれば、異なるものは異なるままに、助け合って共に生きる、ということが難しくなったのは、悲しみの共有、痛みの共有がなくなってきたからということになります。
私もそう思います。
私が取り組んできたコムケア活動は、「重荷を背負い会う関係」の復活でした。
ある集まりで、その話をしたら聴いていた若者が共感して声をかけに来てくれました。
今でもはっきりと覚えていますが、しかし、彼とも結局は重荷を背負いあう関係は育てられませんでした。
彼が悪いわけではなく、たぶん「悲しみ」や「痛み」が多すぎる社会になってしまったのです。
NPOも、その例外ではありません。

しかし、もし誰かと「共に生きる」のであれば、当然、「悲しみ」や「痛み」を共有することになります。
ということは、「悲しみ」や「痛み」の共有がなくなったのではなく、「共に生きる」ことがなくなってしまったということです。
そしてそれこそが、近代の落とし穴だったのではないかと、最近、思い出しています。
ゲーテは「ファウスト」で、そのことを予告していたのでしょうか。

母親の子ども殺害事件に感ずるのは、「共に生きる」ことのなかった親子の悲しさです。
企業不祥事には、「共に生きる」場でなくなった会社が見えてきます。
世界に拡がりつつある金融不安も、「共に生きる」ことのない人たちが起こしているのかもしれません。
今日の国会の代表質問のやりとりも、「共に生きる」ことを好まない人たちのやりとりでした。

北朝鮮の映像を見た感想でも書きましたが、「共に生きる」世界であれば、貧しくてもみんな平安に過ごせます。
その「地球上に人類が長く生きていくためには必要な原理」を捨ててしまったことが、人類の悲劇の始まりだったのかもしれません。
その正否がはっきりするのは、どのくらい先でしょうか。
100年後か、1万年後か、わかりませんが、「共に生きる」ことのない生命の一員であることが、とても残念でなりません。

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