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2008/10/21

■ワーキングハードとワーキングプア

ワーキングプアが問題になっています。
いくら働いても収入が少なく、自立さえ難しいという話です。
私の周辺にも、そうした人は少なくありませんので、その深刻さは実感しています。
しかし、そこに含まれている重要なことは、「プア」にあるのではなく、働き方にあるような気がします。

これに関しては、これまでも何回か書きました。
たとえば、「ワーキングプア、あるいは働くことの意味」では、
ワーキングプアは、これまでの発想の枠組みで考えていては限界がある。
一歩進んで、働くことの意味を問い直す契機に出来ないものか。
と書きました。
残念ながら反応は誰からもありませんでした。
まあ、あんまり読まれていないブログですから、仕方がありませんが。

ワーキングプアには二つの要素が含まれています。
「プア」と「ハード」です。
ハードに働いてもプアというわけです。
そしてみんな「プア」に目を向けます。
それはまさに「金銭基準社会」の落とし穴のような気がします。

「金銭基準社会」とは私の造語ですが、昨今の社会の中心にある評価基準は金銭といっていいでしょう。
昨今の日本社会は、価値を測る基準や行動の基準、コミュニケーションの手段など、すべて金銭なのです。
豊かさの基準も、当然のように金銭で語られますし、感謝の気持ちも金銭で測られがちです。
何かを考える時に、私たちは「金銭」を拠り所にして発想するようになっています。
そんなことはないと自信をもって答えられる人は少ないでしょう。

ワーキングプアは、生活のプアではなく、金銭のプアが問題にされているのだと思います。
お金がなければ生きていけないと、みんな思い込まされているわけです。
そこでみんなハードに働くことになるわけですが、これは中学校で習った産業革命が始まった頃のイギリスやフランスを思い出させます。

プアなのは、金銭ではなく、生活だと考えたらどうなるでしょうか。
かなり違った展望が開けます。
お金がなくても、プアでない生活は可能なはずです。
そもそも貧しいからこそ、貧しさを補完しあうために生まれたのがお金なのです。
みんなが豊かな社会ではお金など必要ないでしょう。
その基本的なことをみんな忘れています。

自分の時間もなくハードに働いている人には、金銭収入の多い人も金銭収入もわずかばかりの人もいます。
後者がワーキングプアといわれるわけですが、金銭収入が多いワーキングハードな人はどうでしょうか。
生活がプアなことにおいては、そう違わないような気もします。
高給取りのワーキングハードは、「もうひとつのワーキングプア」かもしれません。

高給取りに対する、私の「やっかみ」もないわけではありませんが、今、問われるべきはワーキングハードな社会ではないかと思います。
みんながワーキングハードをやめたら、失業率も低下するでしょうし、メンタルダウンも減るでしょうし、何よりも少子化などはなくなります。
これからはワークハードではなく、ワークツギャザーだという人もいます。

対処療法的なワーキングプア対策はもちろん大切ですし、もっと真剣に取り組むべきですが、同時に、ワーキングハード社会や金銭基準社会を変えていくという発想も持たなければいけないのではないかと思います。

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コメント

佐藤様

某MLで助けていただいてから、多分、ほぼ毎日拝見させていただいておりますょ
発想の転換がしたくで、できなくて、ずっともがいてきたようなところもあり、
かといってもちろん貯蓄ゼロでこんなに崖っぷちにいるというのに、どこかとても楽観的であったり。
貧しいと言いながらも、不足はないと感じているからかもしれません。

「働くこと自体が喜びを生み出す生き方」
まさにそうありたいものです。
これこそが本来の"労働"のもつ意味なのでしょう。
ジャンヌ・ダルクも労働を愛したと読んだことがあります。
前の仕事が決してやり甲斐がなかったというわけではないのですが、
今年4月、40歳を目前に思いきって転職しました。しかも自営・・・。
失業保険の切れる年内にはなんとか生活を継続できる目途を立てないといけないですが、
ここのところ胃の調子がイマイチだったり、口辺ヘルペスが出たりして、体調を崩したりしているので、意識せずともどこか不安やストレスがあるのかもしれません。

佐藤様のブログには、無学な私の知らない単語もたくさん出てきて、難しい面もありますが、とても刺激になります。
示唆しようとして下さっていることの内容がとても栄養になるのです。

いつも楽しみにしております。
感謝して。

投稿: 渡邉りよ | 2008/10/21 20:57

渡邉さん
ありがとうございます。

私の冗長なブログと付き合うのは大変ですよね。
時に支離滅裂ですし。
読む人のことを考えて、文章を推敲しようと時には考えるのですが、相変わらず思いのままに書いているので、長くなります。
だからきっと読む人は少ないだろうなと思うのですが、
こういうコメントが届くとうれしいです。

失業保険の切れるまでに、お仕事がうまくいくように祈っています。
ありがとうございました。

投稿: 佐藤修 | 2008/10/22 07:10

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