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2008/10/24

■カジノ資本主義

東京株式市場での日経平均株価は、ついに8000円代を切り、バブル後最安値に接近しつつあります。

最近の世界経済を「カジノ資本主義」と最初に命名したのは、スーザン・ストレンジだそうですが、彼女の「カジノ資本主義」(1988年)を読み直してみました。
20年前の著作に、昨今の世界が生々しく語られているのです。
同書の書き出しの文を引用させてもらいます。

西側世界の金融システムは急速に巨大なカジノ以外の何物でもなくなりつつある。毎日ゲームが繰り広げられ、想像できないほど多額のお金がつぎ込まれている。夜になると、ゲームは地球の反対側に移動する。世界のすべての大都市にタワーのようにそびえ立つオフィス・ビル街の部屋々々は、たて続けにタバコに火をつけながらゲームにふけっている若者でいっぱいである。彼らの目は、値段が変わるたびに点滅するコンピュータ・スクリーンにじっと注がれている。彼らは国際電話や電子機器を叩きながらゲームを行っている。彼らは、ルーレットの円盤の上の銀の玉がかちっと音をたてて回転するのをながめながら、赤か黒へ、奇数か偶数へ自分のチップを置いて遊んでいるカジノのギャンブラーに非常に似ている。
世界の経済を舞台にしたカジノは、もう20年前にはかなりの規模で展開されていたのです。
ちょうどその頃、私の記憶では、経済同友会などで日本の金融制度の研究会などがかなり行われていたように思います。
しかし、その検討のテーマは、カジノへの参加の仕方だったようです。

スーザンはこう続けます。

遊び人の中では、特に銀行が非常に多額の賭をしている。
長期的には、最もよい生活をするのは彼らである。
その銀行に公的資金が投入されているというわけです。
相変わらず、最もよい生活をするのは彼らなのです。

こうも書いています。

自由に出入りができるふつうのカジノと、金融中枢の世界的カジノとの間の大きな違いは、後者では我々のすべてが心ならずもその日のゲームに巻き込まれていることである。
そしてほとんどの場合は自発的にでないにしても、我々のすべてを賭博常習者にしてしまっている。
いまや私たちは、賭博常習者になってしまったわけです。
残念ながらこの指摘には否定できない真実があるように思います。

同書の最後の文章はこうなっています。 

「双六」ゲームを行う結果は分かりすぎるほど分かっている。資本主義世界の都市中心にそびえたつ巨大なオフィス・ビル街では、いぜんとして生き残った金融ギャンブラーだけが祝杯を上げているであろう。残りの者には、アメリカの世紀の哀しみに沈んだ悲惨な終わりがやって来る。
20年前の本ですが、この20年はいったい何だったのでしょうか。
もちろん彼女は、そうならないための処方箋も書いています。
昨今の金融不安に関して、先日の朝日新聞で、岩井克人さんが、「今後の処理を誤ると、世界中で「失われた10年」に入ってしまう滞戸際には立たされている」と書いていましたが、失われたのはこれまでの20年だったような気がします。

「カジノ資本主義」の書き出しの文章をもう少し読みたい人のために、最初の4頁と最後の1頁をサイトに掲載させてもらいました。
処方箋を読みたい方は、どうぞ本書をお読みください。
ちなみに、以前このブログでも言及した「金融権力」の著者の本山さんが、彼女の「貨幣と世界システム」と言う本を訳出されています。

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