« ■節子への挽歌422:手賀沼エコマラソンの思い出 | トップページ | ■円高株安の奇妙さ »

2008/10/28

■節子への挽歌423:思わぬ人からの献花と言葉

伴侶を見送ったのに、悲しさを押さえながら、社会的活動に取り組んでいる知人をみると、
どうしてあんなに強くなれるのだろうと、思ったことがあります。
しかし、そう思ったのは、私自身の鈍感さのせいだと気づかされることが少なくありません。
悲しさとがんばりは、社会的活動と個人的寂しさは、コインの裏表かもしれません。

思ってもみなかった人から花が届きました。
節子も会ったことのあるMJさんです。
お礼のメールを送ったら、こんなメールが来ました。

昔、大昔、夫に逝かれていささか早い母子家庭になりまして、長患いで居た夫を見送って、楽にはなったものの気持ちでしずんでいました私を佐藤さんは慰めてくださいました。
よく覚えているのです。
私には全く記憶のないことです。
MJさんに会ったのは15年ほど前でしょうか、新しい保育システムの研究会の委員になってもらったのがきっかけです。
MJさんは、すでに当時、子育て支援で新しいモデルを開発し、全国的にネットワークを拡げている時でした。
家族的な雰囲気の中でこそ子どもは育つという信念を強くお持ちでした。
ご自身でも、たくさんの子どもたちの里親になるなど、私にはスーパーウーマンに見える人でした。
最初にお会いした時から、信念の人であり、しかも行動の人でした。
ですから、「気持ちがしずんでいるMJさん」は、私の世界にはいませんでした。
いつも元気で、笑顔で夢を語り、行動し、世界を広げている人だったのです。

そのMJさんからの花とメール。
MJさんの心情に、私は全く気づいていなかったわけです。
メールを読んで、伴侶を見送ったMJさんの寂しさに、私はその時、気づいていたのかどうか、とても不安な気がしました。
「佐藤さんは慰めてくださいました」と書いてもらいましたが、きっとそれはMJさんが、善意に解釈してくれたのでしょう。
当時は、私は子育て問題にかなりのめりこんでいました。
子どもの育ち方が社会の未来を決めると思い込んでいたのです。
まだ頭で考えている時代でした。
ケアの何たるか、人との付き合い方の何たるか、を今ほどにも知らなかったはずです。
MJさんにどんな対応をしたか、冷や汗がでます。

節子がいなくなって、はじめて伴侶との別れの意味を知りました。
それまで私は、きっと伴侶を見送った友人知人たちの、本当の心情を理解できていなかったように思います。
そう思うと、たしかに反省すべきことが山ほどあります。
恥ずかしい限りです。

それにも関わらず、自分がその状況になってしまうと、周囲にあまりに多くのことを期待してしまいます。
私と同じように、みんな節子を悼んでほしいと過大な期待をしてしまうのです。
自分の身勝手さには、われながら嫌になることもあります。
その一方で、ちょっとした追悼の言葉が心に深く残ります。
私ももっと自らのケアマインド、共感する心を高めたいと思います。
節子にも喜んでもらえるように。

|

« ■節子への挽歌422:手賀沼エコマラソンの思い出 | トップページ | ■円高株安の奇妙さ »

妻への挽歌03」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌423:思わぬ人からの献花と言葉:

« ■節子への挽歌422:手賀沼エコマラソンの思い出 | トップページ | ■円高株安の奇妙さ »