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2008/10/18

■節子への挽歌413:もっと良い人生

節子
もしあなたに会えなかったら、私の人生はどうなっていただろうかと考えることがあります。
もしかしたらもっと良い人生だったかもしれません。
節子も私と会わなかったら、もっと良い人生だったかもしれません。
お互いに、その可能性はかなり高いですね。
しかし「もっと良い人生」とは何かと問うことは、あまり意味がないかもしれません。

どの時代に生まれるかで、人生は大きく変わります。
そして、どの時代であろうと、辛い人生を送る人と楽な人生を送る人がいます。
時代の中での人生もまた、個人では選べない要素が大きいです。
与えられた状況を変えることはできますが、それも多くの場合、ほとんど運によって成否が決まります。
だとしたら、人生は、あらかじめ個人ごとに決まっているのかもしれません。
良いも悪いも、私の人生は一つしかないのです。
節子に偶然に会えたように見えて、それは偶然ではなかったのではないかもしれません。
その証拠の一つが、以前書いた、赤い糸を示唆する1枚の写真です、

良いか悪いかはともかく、私たちはそれなりにしっかりと2人を生きました。
別れがこんなにも早いと知っていたら、しっかりとは生きられなかったかもしれません。
先が見えないからこそ、人生は希望を持って生きられるのです。
私たちは、最後の最後まで、希望を持ち続けられました。

節子がいなくなった、この先はどうなるのでしょうか。
全く先は見えませんが、希望も持てません。
どうしてでしょうか。
もっと良い人生が、用意されているのかもしれません。
しかし、仮に最高の人生が待っているとしても、希望には結びつきません。
私の人生と私たちの人生とは違うものですから。
私は、私の人生よりも私たちの人生を生きてきたように思います。

いずれにしろはっきりしていることは、節子との人生は良い人生でした。
そしてこれからも私たちは、そして私は、良い人生を送られるでしょう。
人生は続いていますから、良い時期と悪い時期とに分けるべきではないでしょう。
それに、何が良いかは、人それぞれです。
私にとっては、今もなお十分に良い人生ですから、もっと良い人生は必要ありません。
希望がなくても、良い人生であれば生きていけるのかもしれません。

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