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2008年11月

2008/11/30

■節子への挽歌456:節子の話をちゃんと聴いていただろうか

先日、とてもうれしいことがありました。
そこで娘たちにその話をしました。
聴き終わった娘たちは、「あっ、そう。よかったね」といっただけでした。
それで、「節子ならもっと感激して聴いてくれるよな」と苦情を呈したら、娘がこういうのです。
「お父さんはおばあちゃんの話をきちんと関心を持って聴いていた?」
そこでグッとつまってしまいました。
さらにこう突っ込んできます。
「お父さんはお母さんの話をきちんと聴いていた?」
そういわれると、自信がなくなります。
私は節子の話に関心を持って傾聴していたつもりですが、節子が友だちと旅行に行った時の話など、一緒になって追体験するほどの思いで聴いていただろうか。
そういえば、節子が話しているのをさえぎって、それで結局、どうしたの?
君の話は長すぎるよ、などと言っていたのを思い出してしまいました。

極めつけはこうです。
「お母さんも関心をもって聴いていたかもしれないけど、ただ聴いていただけだよ」
しかし、そんなことはありません。
節子は一緒に喜んでくれたり、怒ってくれたりしてくれました。
いつもとは言えませんが、たいていはそうでした。
いや、たいていではなくて、時にはだったでしょうか。
だんだん自信がなくなってきました。
自分のことを考えると、節子ももしかしたら、私の話を長々と聴かされて辟易していたのかもしれません。
子どもたちの観察眼は、多くの場合、正しいですから。
しかし、ただ聴いてくれていただけでも、私にはこの上ない幸せな時間でした。

私が仕事や付き合いで夜遅く帰ってきても、節子はいつも私の相手をしてくれました。
そして節子もまた、その日あったことを私に話してくれました。
私たちは、その日体験したことは必ず共有することにしていたのです。
意識的にそうしていたわけではありませんが、それが私たちの文化だったのです。
その文化が私をどんなに豊かにしてくれていたのか、最近よくわかってきました。

私がほとんどストレスを持たずに過ごしてこられたのは、この文化のおかげかもしれません。
しかしもしかしたら、節子はその分、私の分までストレスを背負い込んでしまっていたのかもしれません。
そんなことを思うと、節子がますます愛おしくなります。
あの笑顔にもう一度会いたいです。
最高の伴侶でした。

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■戦時中の「赤紙」復活を思わせる裁判員候補者通知

来年5月に始まる裁判員制度に向けて、候補者への通知が出されたそうです。
もし届いたら、勝手には断れないわけですが、これは戦時中の召集令状、いわゆる「赤紙」の復活です。
国家は、1枚の紙で、すべての国民に対して、暴力をふるう役割や人を裁く役割を強制することができるのです。
さらに不快なのは、裁判員になったことやそこで体験したことを、家族友人など以外には口外してはいけないということになっています。
つまり公開できないような秘密を持てと、国民に強いているわけです。
どう考えてもおかしいです。
司法の透明性は高まるどころか、隠し事の奨励は司法そのものをおかしなものにしていくでしょう。

司法改革は、目的と手段にずれがあるわけです。
これに関しては、2004年以来、何回も書いてきました。
世間のことを知らない特権階層の司法界の人たちが中心になって考えたのでしょうが、どう考えても納得できません。

人を裁く責務を特権的に与えられた司法界の人たちは、その重責のために、特権ともいえる生活保障や身分保障などがきちんと与えられています。
にもかかわらず、その重責が充分に果たせなくなったために、国民参加の口実で、生活の保障も与えることなく、国民にランダムに責任を分散してしまおうというわけです。
いくらもっともらしい理屈をつけても、事実はそういうことです。
アメリカの陪審員制度などとは似て非なるものだと思います。
それに陪審員制度も問題がたくさんあります。
もし裁判の公正さを高めたいのであれば、裁判の透明性を高めたり、共創的正義(修復的司法)の要素を検討したりするのが筋でしょう。
全く無縁の人を巻き込んで、人を裁けというのは、あまりに暴力的です。

もし私のところに、裁判員候補の連絡が来たらどうすればいいでしょうか。
異議申し立てをしたいほどですが、そんなことをしたら、私自身が犯罪者にされかねません。
犯罪とは、前にも書いたように、法に反する行為なのですから、簡単に犯罪者はつくれます。
私も瑣末なことで、その体験をしています。

昨日、報道ステーションで、この問題に関連して、寺島実郎さんが「良心的兵役拒否」に言及していました。
私も、そのことを先ず頭に浮かべましたが、良心的兵役拒否が承認されてきたのは、多くの場合、宗教の信条に基づく場合でした。
日本でも先の第二次世界大戦で、灯台社の明石順三の話が有名ですが、ことはそう簡単ではありません。
それに「悪法もまた法」なのです。

しかし、人を裁くことは、私の生活信条にはなじみませんし、隠し事を持つことは私には耐えられないことです。
このブログで、事の顛末を書きたくなるでしょう。
書いてしまうとどうなるでしょうか。
たぶん検挙されるでしょう。
裁判員制度によって、新しい「犯罪」がまた成立しかねないのです。

いずれにしろかなりの苦痛を背負い込むことになります。
しかし、私にとって一番不快なことは、「赤紙」が復活したことです。
能力不足で利己主義の法曹界の人たちを呪いたくなります。
日本はまた一歩、奈落に向かって進んでしまいそうな気がします。
法曹界の中にも反対者は少なくないと、知人の弁護士から聞きました。
自由法曹団のなかでは賛否は半々だとも聞きました。
しかしなぜ効果的な反対の動きは出ないのか。
マスコミはほとんど反対の動きを報道していないように思います。

映画「ニュールンベルグ裁判」での判事ヘイウッド(スペンサー・トレイシー)の言葉が思い出されます。
「最初に無実の者を死刑にしたとき運命は決した」

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2008/11/29

■支え合いサロンの報告

先日、このブログでご案内した「支えあう生き方を考える気楽なサロン」の報告です。
参加者は私を別にして8人でした。
このブログを見て参加して下さった方が3人いました。
その一人が、男前に生きているdaxさんでした。
daxさんの話が面白く、それにdaxさんはどうも話好きなので、なかなか終われませんでした。

今回の気づきは、ヤクザの世界はまさに「結い」「支え合い」の世界だということです。
そもそも組織の原型は「支え合い仲間」だと思っている私としては、なぜもっとヤクザ組織に関心を持たなかったのだろうと反省したほどでした。
しかし、ヤクザの世界には「血」が出てくるので、気の弱い私は、そこから学ぶ前に失神しそうで、あんまり学びたくはないのですが。

最近の暴力団の世界は企業に似てきていますが、その企業にしても、30年ほど前までは「支え合い仲間」的要素がかなりありました。
dax さんは、いまは福祉の世界で働いていますが、それはとても納得できます。
「福祉」の世界も結いや支え合いの世界だからです。
ヤクザの世界と福祉の世界は同じだったのです。

同じだった、と過去形で書きましたが、福祉の世界も最近はお金の世界へと変質しつつあるように思います。
ヤクザの世界も企業の世界も、福祉の世界も、みんな足並みをそろえて、お金の世界になってしまっているのです。
宗教の世界も、医師の世界も、教育の世界も、スポーツの世界も、芸術の世界もそうです。
まあ、そうしたところが先鞭をつけたというべきでしょうが。
もちろん政治の世界がそうであることは言うまでもありません。

daxさんは、お金の世界になってしまったヤクザの世界にはいられないよとやめてしまったのですが、残念ながら、そうした純粋の志を持っている人にとっては、どこもかしこも生きにくくなっているのです。
だからといって、生きないわけにはいきません。
時勢に抗いながら生きるのもまた、「男前」です。
daxさんは、青木が原樹海に向かったことがあったそうですが、「男前」に生きるのであれば、そんな選択肢はありません。

なんだかサロンの報告にはなっていませんね。
すみません。

このサロンを思い立ったのは、実はITベンチャーの経営者からの相談を受けたのがきっかけです。
お金中心の世界から抜け出ないと、本当に「いい仕事」などできませんし、「大きな福祉」など実現できません。
抜け出るためには、やはり表情ある個人のつながりとそこから自然と育ってくる「支え合い」だと思ったのです。
支え合いサロンの第1回は、まさにそうした話題からスタートしました。
その意味では、私にとっては、とてもいいスタートでした。
参加者の皆さんがそう思ったかどうかは分かりませんが。

サロンでは、とても大事な話もいろいろと出ました。
支えあうの「あう」が大事だ
支える時の距離感が大事だなどなど。
でもまあ、そんなことを断片的に書いても無意味でしょう。

dax さんが「不思議な集まりだ」といいました。
ギタリストの宮内さんは「なんだかみんな以前会ったような気がする」といいました。
ほとんどが初対面なのに、不思議なつながりを感ずる場になりました。
支えあいの始まりは、つながりなのです。

さてこのサロンはこれからどう発展していくのでしょうか。
次回は12月17日に予定です。
案内は私のホームページ(CWSコモンズ)のお知らせのコーナーで毎回ご案内しますが、毎月、原則として第3水曜日の夜です。
気が向いたら遊びに来てください。

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■節子への挽歌455:節子のパソコンが壊れたようです

節子
久しぶりに節子のパソコンを開いてみました。
ところがどうもうまく動きません。
どうやらキーボードが壊れてしまったようです。

このパソコンには節子が受発信したメールが入っています。
メール以外は家庭用のパソコンに移したのですが、メール関係のデータの移し方がわかりません。
節子のメールなので、私にはアクセス権はないのですが、捨てられずにいます。

節子がパソコンに向かっていた姿を思い出します。
節子は基本的に、手書きの手紙派でしたが、メールも少しずつ増やしていました。
小学校の同級生が時折送ってくれる、故郷情報も楽しみにしていました。
節子はキーボード操作が得意ではなかったので、メールも結構時間がかかりました。
私は、思いついたままをそのまま冗長に書いて、読み直しもせずに発信してしまうタイプでしたが、節子は必ず読み返してから発信していました。
そういうことに関しては、几帳面さでした。
節子に言わせると、それが常識なのかもしれませんが。

節子がパソコンを覚えだした頃、私たちはよく喧嘩しました。
いくら教えても覚えが悪かったからです。
最後には、私には質問しなくなりました。
私はあまりいい先生ではなかったのです。
子どもたちからもよく言われますが、私は「教え方」が下手なのです。
パソコンに関しては、あんまりいい思い出はありません。

節子のパソコンには、日記も入っています。
キーボードの練習だといって、日記を書き出しました。
私のパソコンにファイルを移しましたが、読む気にはなれません。
いつか読める時が来るかもしれませんし、最後まで読めないかもしれません。
でも捨てる気にはなれません。
不思議なのですが、節子のものは、何一つ捨てたくないくせに、何一つ見たくも読みたくもないのです。
まだ節子の写真アルバムは開けずにいます。

ところで、メールの記録を他のパソコンに移管する方法をご存知の方がいたら教えてください。

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2008/11/28

■節子への挽歌454:冬に向けて花壇が整備されました

節子
我孫子駅南口前の花壇が冬に向けてきれいに整備されました。
先日、花かご会のみなさんが全員で作業されていました。
花壇で作業しているみなさんを見ていると、もしかしたら節子も混じってやっているのではないかなどと思ってしまいます。
いつも、花壇をどうデザインしようかと絵を描いていた節子を思い出します。

花かご会への差し入れのタイミングがなかなか合いませんでしたが、一昨日はうまくタイミングが合いました。
それでささやかな差し入れを届けました。
この日は14人全員が参加していました。
みんなとても楽しそうでした。
節子もこうやってみんなと楽しんでいたのだなと思いました。
もしかしたら、節子がどこかにいるかもしれない、という気がして、探しましたが、節子はいませんでした。
実は、もしかしたら紛れ込んでいるかもしれないと思い、差し入れには節子の分も入れておきました。
山田さんに渡したのですが、みんなに配ったら残らなかったかも知れません。
そうしたら節子がいたことになります。
でも、残ったかどうか聞くのはやめましょう。

わが家の庭の花も、ジュンががんばって冬バージョンに変えました。
この挽歌を読んでくださっている渡邊さんからもチューリップの球根をもらいましたので植えてもらいました。
昨年は、献花に来てくださった方々にチューリップの球根を差し上げていたのを思い出します。
ネパールのチューリップは、その後どうなったでしょうか。

こちらは冬にまっしぐらです。
節子がいない2回目の冬です。
しかし、昨年の冬の記憶はまったくありません。
何も思い出せないのです。
ですから私にとっては、節子のいない初めての冬のような気がします。
とてもとても不思議なのですが、節子がいなくなってからの時間は実感がないのです。
たぶんわかってもらえないでしょうが。

今年の冬の記憶は残るでしょうか。

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■気づかなかったことを気づくことの是非

電車の中で、近くの人のヘッドフォンから流れてくる金属音がとても気になります。
最近は以前に比べると少なくなりましたが、それでも時々体験します。
若者ではなく、それなりの年齢の人だと腹が立つこともあります。

しかし、ある本でこんな文章に出会いました。

「通勤途中、ヘッドフォンをつけて音楽なしではいられなくなった」
昨日、記事で引用させてもらった湯本さんが、
心療内科から薬をもらいながら、校長の理不尽な転勤命令と戦っていたときのことです。

全く気が付かなかったことです。
最近はメンタルダメージを受けている人が増えてきていますから、もしかしたら私が体験した人の場合もそうだったのかもしれません。
そう考えれば、少しくらいの金属音は我慢しなければいけません。
その人にとっては、外部に漏れるほどの過剰な人工音環境がなければ、精神が安定しないのでしょうから。
たぶん今度そうした状況に出会ったとしても、腹が立つことはないでしょう。

ヘッドフォンだけの話ではありません。
相手に関する知識がわずかばかり増えただけで、世界の意味が変わってきます。
お互いに理解しあうことがいかに大切かを教えてくれます。
相手のことを少しだけ思いやる気持ちを持てば、世界は違って見えてくる。
言い換えれば寛容になれるというわけです。
そうなれば、きっと生きやすくなるでしょう。

しかし、その一方で、そうなってすべての行為を受け入れてしまうと、社会はどうなってしまうのだろうか、という不安もあります。
極端な例で言えば、人を殺すことさえ、当事者にとっては「それなりの事情」があることになります。
しかし、そこまで寛容になるわけにはいきません。

どこで折り合いをつければいいのでしょうか。

そんなことを考えていくと、やはりヘッドフォンから漏れ出してくる金属音には、またイライラしてしまいそうです。
人生は難しいものです。

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2008/11/27

■節子への挽歌453:「メッセージ・イン・アボトル」

こんなメールが来ました。

今日、私はもしかしたら、イトーヨーカドーで、佐藤さんとすれ違いましたでしょうか?
実はちょっと考え事をしながらぼおっと歩いていたのですが、
店を出て数秒して、脳裏に残った映像で、もしかしたら・・・と。
実は1年に1~2回しか行かないイトーヨーカドーに今日、数分立ち寄ったのです。
それもたぶん小走りで歩いていたはずです。

そして、こう続いています。

昨年、奥様についての悲しいお知らせを、グループメールで読ませていただき、
なんらか、お声かけをしなければ、と思いつつ、タイミングを逃しておりました。
実は、メールソフトの下書きフォルダに、その書きかけのメールを、しばらくいれっぱなしにしており、 少し書き換えてはまたしまったり。そしてそのうちさらにタイミングを逸し・・・
昨日、書いたことにつながっています。
これもまたシンクロニシティなので、勝手に書かせてもらうことにしました。
昨年書こうとしていたことでもあるのですが、
佐藤さんは、ケビン・コスナー主演の「メッセージ・イン・アボトル」という映画をご覧になったことがありますか?
亡くなった妻へのメッセージをボトルに入れて流す・・・という、それをめぐってのストーリーなのですが、
そのなかで、主人公が妻に語る言葉やその内容が、本当に心に響くのです。
こういうふうに相手を思うことができたら、思われることができたら、ほんとうに幸せだと、(特別なことではないんです。日常のなかの、ほんの小さな”気づき”なのです)そういうことに改めて気づかされる映画で、わたしは何度見てもしみじみ涙が出るのです。

昨年の夏、この映画を見てしばらくしたころに、奥様についてのお知らせが届きました。
そのときの私には、奥様の「いいことだけを日記に」の記事からうかがえた、佐藤さんと奥様をつなぐ優しい思いが、この映画の主人公と妻のあいだにある優しさと重なりました。
とてもとても悲しいことですが、でも、きっと奥様は佐藤さんの優しい気持ちを十分に受けて、受け留めて、とても幸せだったのだろうなと、そんなふうに思っていました。

お伝えしようと思っていたのは、そのようなことです。

「メッセージ・イン・アボトル」は、1999年の映画です。
映画のことは私も知っていましたが、観てはいません。
私のジャンルではないのです。
あらすじをご存知の方もいるでしょうが、私には不得手な映画なのです。
しかし、「主人公が妻に語る言葉やその内容が、本当に心に響く」と書かれるとドキッとします。
おそらくこの挽歌は、それとは程遠いものだからです。

私は節子に心に響くような話をしたことがあるだろうか。
全く自信がありません、
なにしろプロポーズの言葉が、「結婚でもしてみない」だったのですから。
それに私の「愛の詩」は節子のお好みでもありませんでした。
この挽歌もあんまり挽歌になっていないのでしょうね。
きっと節子は、もう少し感動的に書いてよと笑っているでしょう。

でもメールを送ってくれた人が書いているように、節子は、私の「優しい気持ちを十分に受け留めて、とても幸せだった」と勝手に確信しています。
節子、そうだよね。

ところで、メールを送ってくれた人とは、実は一度しかお会いしていません。
人の縁とは不思議なものです。

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■「学校を辞めます」

経緯は忘れてしまったのですが、「学校を辞めます」という、1冊の本のことを知りました。
著者の湯本雅典さんは、1昨年まで、東京都の公立小学校の教員でした。
51歳で自主退職しました。
その年、東京では新入教師が2人自らの命を絶ったといいます。
湯本さんも、ぎりぎりまでがんばったのですが、辞めることになりました。
そして、私塾「じゃがいもじゅく」を始めました。

この本は、そうした湯本さんの記録です。
しかし、現在、小中学校の実態や子どもたちの状況が生々しく伝わってきます。
私は、この本を読みながら、怒りではなく涙が出ました。
先生を信じない父母や有識者が、行政と一緒になって、子どもたちを壊しているように思えてならないのですが、それは怒るべきことではなく、悲しむべきことでしょう。

3年ほど前に、自治会長の立場で、地元の学校評議会的な集まりに参加しました。
先生方が萎縮しているような感じで驚きました。
一部の父母と管理側の教育委員会が、たぶん学校を壊し、子どもをいじめているのだろうなと思いました。
しかし、結局、私自身は子どもがもう大きくなっていることもあり、何もできませんでした。
先生には手紙や意見や資料を送りましたが、反応はありませんでした。
たぶん私もうるさい父母と同一視されたのでしょう。

共通テストや管理主義のことは、このブログでも書いたことがあります。
しかし、今回、現場にいた先生の言葉として、ドキッとしたのは次の文章でした。

現在の教員の悩みベスト1は、保護者への対応である。
まさに前に参加した集まりで受けた、私の印象もそうでした。
湯本さんは、こう続けています。
今の学校は、教員が子どものことで悩むことが充分にできない状態にある。マスコミなどが、子どもや保護者が変わったという議論をしきりに流しているが、子どもや保護者が変わったのではない。国の教育行政が大きく変わったのである。
20年前、会社を辞めたころ、小中学校を変えていかなければ社会は変わらないと思い、少し子どもの教育の問題に関わろうと思ったことがあります。
学校を壊し、先生たちの私塾をどんどん作っていったらどうかと思っていました。
学校に子どもたちを合わせる時代は終わり、多様な個性を持った子どもたちに合わせた学びの場を創っていくのが、成熟社会の教育のあり方だと思ったのです。
しかし、とても私の手に負える問題ではありませんでした。
その後、きのくに子どものむら学園の話を聴いた時には感激しました。

ぜひ湯本さんのブログを読んでみてください。
そして興味を持っていただけたら、この本を読んでみてください。
次の更新時に、私のホームページのブックのコーナーでも紹介させてもらうつもりです。

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2008/11/26

■節子への挽歌452:「今日書こう、明日書こうと思っているうちに」

節子
私が戦中戦後、両親の親元の新潟の柏崎に疎開していたことは話しました。
いつか行ってみようと思いながら、結局、行かずじまいになってしまいました。
その柏崎に「疎開」していたおかげで、家族は全員無事でした。
東京に戻ってきたのは、昭和26年の春、私が小学4年になった時です。

私は記憶力があまりいいほうではないので、その頃の話はほとんど記憶にありません。
覚えているのは海水浴で溺れたことくらいでしょうか。
しかし、いまなお、年賀状のやりとりをしている友人がいます。
おそらく50年以上、会ったことはないのですが。
その友人から手紙が届きました。
昨年末、節子を見送ったことを知らせた返事でした。

もっと早くにお悔やみのお返事を差し上げなければならないところですが、今日書こう、明日書こうと思っているうちに、今年も残すところ40日あまりとなってしまい、意を決して書くことに致しました。
そして1年前の中越沖大地震のことや家族のことを書いてきてくれました。
年賀状では全く知らなかったことが書かれていました。

「今日書こう、明日書こうと思っているうちに」
とてもよくわかります。
私も、そうやって結局、「意を決する」ことができずに終わってしまったこともあります。
思いが深ければ深いほど、書けなくなるのです。
人のことなのに、その事実を認めずに忘れてしまいたくなるのです。

昨日も5年ぶりにある人に会いました。
彼も最近、節子のことを知ったのです。
開口一番、お悔やみを言われました。
そういう時には、実に明るく応えるようにしています。
そして話題を変えてしまいます。
話しだすとついつい涙ぐんでしまうからです。

友人は、家族のことを書いてきてくれました。
おぼろげながら記憶していますが、彼の母親は90歳で元気だそうです。
ところが奥さんは車椅子生活をされているようです。
人生はいろいろあります。
それぞれの人生を、それぞれに生きているわけです。
何が幸せで、何が不幸かは、考え方次第ですが、幸せや不幸などと無関係に、いまをしっかりと生きていくことが大切なのでしょう。
最近、私の頭の中から、「幸せ」とか「不幸」とかの言葉がなくなってきたような気がします。

久しぶりに、彼の顔を思い出しながら、少し長めの手紙を書きました。
彼に手紙を出すのは、それこそ50年ぶりです。

年賀状の季節になりましたが、今年も年賀状は出さないことに決めました。
世間の常識には反しますが、何を書けばいいかわからないからです。

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■糾弾よりも創りだすことへ

このブログの時評編を読んでくださっている方は、私が批判や糾弾ばかりしていることに辟易されているかもしません。
いつもそうならないように心がけていますが、結果的には単なる批判や糾弾の記事が多いかもしれません。
反省しなければいけません。

そういう私がこんなことをいうのはおかしいかもしれませんが、どうも世の中、糾弾することにエネルギーを向ける人が多すぎるような気がしています。
自分の言動を顧みて、なかなか書けずにいたのですが、自戒の意味も含めて、やはり書いておこうと思います。

平和のメーリングリストにいくつか参加していますが、「抗議」「糾弾」などの呼びかけが少なくありません。
共感できるものには私も賛同し、署名したり行動に参加したりしていましたが、最近どうも参加する気力を失いだしました。
気力の衰えと言ってしまえば、それまでなのですが、そうした一方的な情報発信にいささかの疑問を持ち出してしまったのです。
現場を確認もせずに、間接情報で抗議や糾弾に乗ってしまうことへの危惧もあります。

最近のテレビの報道番組は、「抗議」「糾弾」「批判」「問題提起」が大流行です。
年金問題にしろ天下り問題にしろ、何度取り上げられたことでしょうか。
しかし、何も変わっていないのが現状です。
つまり、「抗議」や「糾弾」や「批判」が、目的化しているといってもいいでしょう。
テレビには大きな力がありますから、もし本気でやる気ならば、もう少し違った展開が考えられるはずです。
「ほっとけない」などと声高に叫びながら、結果的にはほっておいているわけです。

それに論調があまりにもぶれすぎます。
小選挙区制を主張していたマスコミや有識者が、実際に動き出すと小選挙区制度反対を言い出します。
郵政民営化も、もうじき反対論者が増えだすでしょう。
国民の信を問う選挙より経済政策だなどと言っていた人たちが、最近、まずは信を問うべきだと言い出します。
政治評論家の日和見主義は驚くほどです。
信念というものが感じられません。

輿論と世論とは似て非なるものらしいですが、世間の声に迎合して、糾弾する人が多すぎます。
いや、そういう人がテレビでは受け入れられるのでしょう。

糾弾するのと並行して、自分でできることに取りくむことが大切です。
糾弾し抗議するよりも、できることから取り組んでいくことが、遠回りのようで近いのかもしれません。
この2年、いろいろなことから離れていて、そんなことがよく見えてきました。
価値を創りだすことが、運動の出発点なのであろうと思います。

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2008/11/25

■節子への挽歌451:節子のことを思い出すことが最大の学びです

以前、スマナサーラ師の本「偉大なる人の思考」の中に出てくる「遠離」のことに関する違和感を書きました。
その本は、僧籍を持つ若い知人から薦められたのですが、その違和感を彼にも伝えました。
彼は、私のためにわざわざその本を持ってきてくれたのですが、私が途中で違和感を持って読まずにいることを気にしていて、いつか話そうということになっていました。
先日、会いました。
とても素直な誠実な若者です。

スマナサーラ師は小乗仏教の立場から、
できるだけブッダの生の声を伝える活動をしているので、
大乗的な日本人には違和感があるかもしれません、と説明してくれました。
教団仏教の教えと個人ブッダの考えとは違っていたでしょう。
だからこの書は、仏教の書ではなく、ブッダの考えを説いた書なのです。

小乗仏教の立場の人が、なぜ多くの人に説教をし、瞑想を施すのか、これにも違和感はありますが、ブッダもまたそうしたわけですから、これは受け入れることにしました。
しかし、そもそも小乗と大乗を分ける考えには、昔から異論をもっていました。
知識人の小賢しい発想だからです。
現場の人にとっては、たぶん自らの救いと衆生の救いは不二のものです。
私の生き方そのものも、その理念の上に立っています。
それは節子も知っていました。
いえ、汗して誠実に生きている人には、小乗とか大乗とかは瑣末の話です。
みんなの幸せこそが自分の幸せなのです。

彼といろいろと話をしました。
スマナサーラ師の「慈悲の瞑想」の手ほどきも受けました。
慈悲とはなんでしょうか。
しかし、彼の誠実さにほだされて、余計な質問はやめました。
そして、もう一度、本を読むことにしました。
どんな書物からも、学ぶことはあるものです。

節子がいなくなってから、若い頃読んだ仏教関係の本や哲学の本を何冊か読み直しました。
最近出版された本も少し読みました。
しかし、どんな本よりも節子のことを思い出すことが、私にとっては最大の学びです。

ちなみに、瞑想ですが、
いろいろと瞑想や内観は勧められますが、いまやっているのは Wii Fit の座禅です。
修らしいね、と節子は思っているでしょう。
ともかく私は「型」がきらいなのですが、せつこはそれを一番よく知っていました。
節子は型にこだわることなく、私に人生を教えてくれました。
節子もまた、私から人生を学んだはずです。
節子も、私と結婚して、かなり型よりも実の人になったように思います。

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■「自殺防止に取組むべき者は誰か」

昨日、テレビで東尋坊で自殺予防の活動をしている茂幸雄さんの活動を見ました。
先週も報道番組で特集されていましたから、2週続けて、元気な茂さんの活動振りを拝見したことになります。
実は、事前に茂さんからメールで、
今回の番組では、「自殺防止に取組むべき者は誰か」ということを訴求したいとお聞きしていました。
残念ながら、茂さんのその思いは、今回の番組ではあまり読み取れませんでした。
これは勝手な推測ですが、元厚生次官宅襲撃事件の犯人出頭のため、そちらに時間がとられ、予定されていた内容がかなりカットされたのではないかと思います。

それでも、茂さんたちの思いは充分に伝わってきました。
現場で汗して取り組んでいる活動の迫力は大きいです。
しかし、こうした水際での地道な活動にも関わらず、自殺者は毎年3万人を越え続けています。
茂さんたちが、時に「落ち込む」こともよくわかります。
ですから、茂さんからの、「自殺防止に取組むべき者は誰か」というメッセージにはとても関心がありました。

その答は、たぶん、「周りにいる人たち」ではないかと思います。
茂さんは、5年にわたる活動で、そのことを実感されているからです。

私が取り組んでいるコムケア活動は、「人のつながり」を育てることこそがすべての解決策の出発点であり、目標であると考えています。
だれか一人でも気にしてくれている人がいれば、人は自らを死に追い込むことはないはずです。
その「一人」さえもがいなくなってしまった人が増えているのかもしれません。

昨日、もう一人のコムケア仲間と電話で話しました。
大阪で高齢者の孤独死をなくそうと「おたっしゃコール」という仕組みを開発し、全国に広げようとしている松本さんです。
松本さんは、最近、自分たちの活動を「Com2(Communication & Community)再生モデル事業」と表現し始めました。
詳しくは松本さんたちのやっているデイコールサービス協会のサイトを見ていただきたいですが、松本さんも「人のつながり」が孤独死をなくしていくことを知っています。

自殺も孤独死も、それを防止するのは茂さんでも松本さんでもありません。
私たちみんななのです。
周りの人への関心を少し高めていく。
それだけで社会は変わっていくのかもしれません。

11月26日の夜、支え合う生き方を考える気楽なサロンを開催します
よかったら参加してください。
気楽な雑談会です。

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2008/11/24

■恥の文化はどこにいったのか

最近の歴代首相を見ていて思うのは、「恥」というものを知らないのではないかと言うことです。
特に、最近の3代の首相は、弱音ばかりを吐いていて、うまくいかないのは相手のせいにするだけですが、それを恥とは思っていないようです。
その厚顔無恥ぶりは驚くべきものですが、私のようなものには理解を超えています。
できないことは引き受けるべきではないですし、引き受けた以上はそれなりの決着をつけるべきですし、万一、できない時は、きちんと責任を取るのが、日本人でした。

21日の自民党拉致問題対策特命委員会の記事を読んでいて、安倍晋三さんが今なお、委員会の特別顧問として出席していることを知りました。
それがどうもしっくりこず、気になりだしました。
首相の座を途中で投げ出してからも、政治家の職にあり、国費を受け取っているばかりか、途中で投げ出した責務に関わる委員会の「特別顧問」の座に居続けるとは、たいした神経です。
私ならとても恥ずかしくて、そんな場には出ていけません。
首相を投げ出す事の意味が分かっていないのでしょうか。
福田さんは最近目立つ場には出てきませんが、まだ議員をやっているのでしょうか。
恥ずかしくないのでしょうか。

こう思うのは、私だけなのでしょうか。

人の上に立つ者には、責任の取り方と言うものがあります。
それができないのであれば、その職を引き受けるべきではありません。
責任ある職についた人たちの「責任の取り方」が、社会に大きな影響を与えているように思えてなりません。

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■節子への挽歌450:彼岸と此岸の2つの世界で生きていた人

節子
こちらの世界は急に寒くなり、凍えそうです。
そちらはどうですか
彼岸と此岸とでは、状況は違うのでしょね。
でも、こちらからは全くわかりません。

しかし、その2つの世界を同時に生きていた人がいます。
18世紀の神学者スウェーデンボルグです。
彼は、30年近くにわたって、霊界と自然界(現実界)とを往来しながら、「霊界日記」を残しました。
彼が霊界に行けるようになったのは、57歳の時からだそうです。
その体験を踏まえて、彼は「死とは絶滅ではなく、生の連続であり、一つの状態から別の状態への移行にすぎない」と書いています。
人間はみな、自己同一性の意識と生前の記憶を失うことなく、古びた衣服を脱ぎ棄てるように肉体を脱ぎ棄て、肉体と類似した霊的身体を持ってよみがえるのだそうです。
スウェーデンボルグはこう書いています。

人間は死ぬと、自然界から霊界へ移ってゆく。
その際、地上の肉体は除いて、自分のすべて、つまり個人的な性質に属するすべてを霊界へ携えてゆく。
というのは、霊界、つまり死後の生活に入ると、この世の肉体に似た身体を持つからである。
この世の肉体と霊的な身体との間には、どんな違いもないように見える。
事実、霊界の人々はどんな違いも感じていないのだ。
ただ、彼らの身体は霊的であるため、地上的な要素から分離され清められている。
スウェーデンボルグによれば、霊界には空間も時間もないので、この世と違い、思ったことが瞬時に実現するのだそうです。その霊界での動きが、自然界、つまりこの世にも影響を与え、それに「照応」した動きが現実化するのだそうです。
「虫の知らせ」や「不可思議な現象」などは、そうしたことの結果といえます。

先日、メールを下さったSBさんがこう書いてきました。

佐藤さんは何で奥さんと一緒にいられる気持ちになれるのでしょうね。
(私は)妹と一緒にいる気は決してしません。
こう返事を書きました。
一緒にいると思うと精神的に安堵できます。
だから一緒にいることを信じられるようになりました。
論理的ではありませんが。
それに、妻のことはすべて知っているという自負がありますので。
もし彼岸があって、そこで節子が霊になっているとしたら(私はそう思っていますが)、そこで節子が何をしているかは、私には見えるような気がします。
なにしろ時空間概念のない世界ですから、「見える」というのは正確ではないですが、何を思っているかはすべてわかるような気がしています。
両界を往来できたスウェーデンボルグは、なぜ彼岸に移行してからは、往来をやめたのか、それを考えると、節子がいま何を思っているか、そしてどうあるかは、わかるような気もします。
つまり、節子は私と違って、この世においてもきっとまだ生きているのです。
それがスウェーデンボルグのメッセージではないかと思っています。

少し「危うい話」だったでしょうか。

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2008/11/23

■保護貿易がなぜ悪いのか

今回の金融サミットでも、リマのAPEC首脳会議でも、またアメリカなど経済先進国の首脳の発言でも、「保護主義の回避と自由貿易の堅持」が強く叫ばれています。
世界に広がってきている金融不安のなかで、新聞の論調も、保護主義を封じ込めよという論調が多いようです。

しかし、なぜ保護主義は悪いのか。
私はこれまでも全く理解できませんでしたが、貿易自由化や時代の流れという意識が埋め込まれていたせいか、あまり深く考えたことがありませんでした。
しかし、今回、改めて「保護主義」とはいったい「誰を保護するのか」という疑問が浮かびました。
いや、保護主義を封じ込めることで、誰が得をし、「誰が保護されないのか」、を考えると、問題の本質が見えてくるような気がしてきました。

30年ほど前に米の輸入が問題になりだしたときに、カリフォルニア米のほうがおいしいし安いという論調が盛んでした。
それを強く言い出して、各地で講演していたエコノミスト(知人でした)が、私のところにやってきて、「農業は全くわからないのだが、主張が話題になり有名になった」といささか自嘲的に打ち明けてくれました。
米国に農業視察に行って、その報告書を書いたのがきっかけでした。
彼の論考が、信念や洞察に基づくものか、時流に乗って利用されたものかは、断定できませんが、その時に私は後者だろうと感じました。
この件はもう30年以上前の話なので、書いてしまいましたが、この種の話は決して少なくありません。
私が、専門家や「有識者」を信頼できなくなったのは、そうしたことの積み重ねの結果です。

そうした米の輸入自由化の結果、日本の農業はどうなったのか。
汚染米事件は、そうした「成果」の一つです。
食料自給率の低下も、それによって推進された政策の結果なのです。
米の輸入に関する保護主義をやめることで、日本の農業は維持できなくなってしまったのかもしれません。
そして一番被害をこうむることになったのは、国民なのではないかと思います。

保護主義は国家エゴイズムだというイメージが多くの人にあります。
さらに生産者保護は消費者にはマイナスで、海外から安価な商品を輸入するのは消費者のためになるという主張もあります。
しかし、忘れてはならないのは、人はすべて生産者でもあり消費者でもあるということです。
さらにそれ以上に、生活者であるということです。
経済学や経済政策論と、実際の生活者の暮らしとは、違うのです。
専業主婦と同じく、専業生産者や専業消費者などは現実にはいないのです。

保護主義を封じ込めることを前提に考えるのではなく、何を守るのか、誰を守るのか、そうした視点から考えるべきです。
歴史の変わり目には、言葉を吟味しなければいけません。

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■節子への挽歌449:「男前」に生きる

節子
あるブログで、こんな文章に出会いました。

「男前」という言葉があるが、一般的には「顔立ちが良い」とか「スタイルがいい」とか、見栄えを評した言葉と解釈されているが、俺の解釈は違う。
「男が、男らしさを前面に押し出す」のが「男前」の意味だと受け止めている。
男は、女より女々しいから殊更に「男前」を意識せざるを得ないのではないか?
そして、「男前」を貫くため、自分を鼓舞するために「男の修行」とか、「義理と情け」などと言う言葉に酔うのかも知れない。
男として産まれた限り、男を前面に押し出して生きる姿勢を貫く。
それが「男前」の意味だと思う。
人はどうか知らないが、少なくとも俺はそうだ。
とても共感しました。
特に共感できるのが、「男は、女より女々しいから」というところです。

これを書いた人(daxさん)は、5年前まで「現役ヤクザ」だったそうです。
私のホームページが、この人の目にとまって、私にメールをくれました。
そのおかげで、私はこの人のブログ(「手垢のついたメモ帳」)に出会いました。
私にはとても遠い世界の話のようでもあり、でもすぐ隣にあるような気もする世界の話です。
引き込まれるように読んでいるうちに、この文章に出会ったのです。
全く理由がわからないのですが、涙が出てきてしまいました。
daxさんが言うように、実に男は女々しいのです。

ブログによると、daxさんは「男前」な生き方をしています。
その生き方は、すさまじいほど「男前」です。
しかし、私は「男前」の生き方をせずに、地のままの生き方をしてきました。
人に笑われようと、自らに正直に生きることが、私の生き方です。
daxさんのような「男前」にはなれそうもありません。
節子がいない今は、なおさら、メソメソと嘆き悲しみ、気力を失っています。
しかし、daxさん的にいえば、「男らしく」メソメソしているわけですから、
これもある種の「男前」といえないこともありません。

しかし、なぜかdaxさんのブログには自分と共通のものを感じるのです。
もちろん言動は全くといっていいほど違います。
ブログには「指をつめる」話が出てきますが、そこを読んだときは「嘔吐」する気分になりました。
私は「血」を見ただけで、失神するほど、気が弱いのです。

にもかかわらず、なぜ共感するのか。
それは、daxさんがとても誠実に生きているのが伝わってくるからです。
私ももっと誠実に生きなければ、と改めて反省しました。

節子
あの茂さんのおかげで、また世界が広がりました。
私たちをつなげてくれたのは、東尋坊の茂さんのテレビ報道番組です。

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2008/11/22

■節子への挽歌448:「社会のため」と「自然な暮らし」

このブログの挽歌編に、こんなコメントをいただきました。

朝夕寒くなってきましたね。窓から見える桜の葉っぱが赤や黄色になってきれいです。拾ってきて主人の写真の前に飾りました。
昨日、このコメントを思い出して、箱根から紅葉した落ち葉を拾ってきました。
もう1泊する予定だったのですが、昨夜帰宅し、節子の位牌の前に報告し、供えました。

そこまではよかったのですが、今朝、起きて挨拶に行ったら、そのもみじ葉は無残にも丸まってしまっていました。
節子はいつも綺麗な落ち葉をいろんな場所にそっと置いたりしていたはずなのですが、どうしてこんなになってしまったのでしょうか。
娘に聞いたら、押し花にしてからでないとダメだよというのです。
常識が欠落している自分に、またまた出会ってしまった感じです。

それで落ち葉を少し水に浸して蘇生させ、きちんと処置した上で、また節子に供えようと思います。
こうした「常識」が、たぶん暮らしの常識なのでしょう。

私は節子に比べると、書籍に書いてあるような知識は数倍たくさん持っていました。
何を訊いても知らないことがないと節子が思っていた時もありました。
しかし、それがなんだというのでしょうか。
本当に大切な知識は、そんなことではない。
それに気づかせてくれたのは、節子です。
もっとも、私がそれに気づいたのは結婚して20年ほどたってからです。
いや、もしかしたら節子もそうだったかもしれません。

企業に勤めて、それも戦略スタッフとして仕事をしていた時には、落ち葉の保存策よりも商品開発や市場開拓に関する知識や地球環境に関する知識などのほうが重要だと思っていました。
新しい視点や概念を企業に取りこむことこそ、大切だと思っていた時期もあります。

しかし、もっと大切なのは、そうした知識を自らの暮らしにつなげていくことです。
理屈だけで生きていくことはできません。
環境問題を知っているだけでは意味がありませんし、環境負荷を与える行動をすべて禁じたら生きていけません。
そういうことを「心身的」に気づかせてくれたのが節子なのです。
そこから私の生き方は変わりだしたように思います。

私が「社会のため」などという言葉を使わなくなったのも、その頃からです。
自らの暮らしそのものが社会をつくっているということに気づけば、自分と社会を切り離すような「社会のため」や「社会貢献」などという発想はなくなります。
自分のために誠実に生きていれば、それが必ず社会のあり様を変えていきます。
そう考え出したのです。

節子は「社会のため」などとは決して言いませんでしたが、不正や不作為が嫌いでした。
自宅から離れた電信柱のまわりでさえ、花がなければ花を植え、水をやりに出かけていました。
近くの子どもが悪さをすれば注意しました。
しかし決して「社会のため」などとは思っておらず、それが節子にとっての「自然の暮らし」だったのです。

こんなことを書くと、節子がとても善人だったように聞こえるかもしれませんが、節子は時にあまり感心できないこともやってました。
ハイキングに行って、山道で実生の小さな樹の芽があるとこっそり抜いてしまったり、きれいな花の木の枝をこっそり持ち帰ったりしたこともあります。
そうした花木がわが家の庭にはいくつかあります。
「自然の暮らし」には、そうしたちょっと怒られそうなこともあるのです。
私は当初、やめたほうがいいと注意していましたが、そのうちにそれを手助けし、今誰も見ていないよ、などと見張役を引き受けるようになってしまいました。
まあ、自然の暮らしには、そうした「悪事」もあるのですが。

箱根から持ち帰った落ち葉は、水の中で復活しました。
問題はこれからですが、うまくいくでしょうか。
自然の暮らしは、時間と汗をかけなければいけません。
本を読んだり、誰かの話を聞いたら身につくわけではありません。
心身を動かすことで身についていくのです。
節子がいた時にもっともっとこうした暮らしをしておけばよかったと思えてなりません。

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2008/11/21

■節子への挽歌447:箱根の紅葉

また合宿で箱根小涌園ホテルです。
前回は日帰りしてしまいましたが、今回は宿泊することにしました。
今回は見事にいい天気でした。

箱根の紅葉は、年によって全く違います。
節子が病気になってからも、10回以上来ていますが、2人が満足できる紅葉にはあまり出会えませんでした。
最後に芦ノ湖を船で渡った時の紅葉も、いまひとつでした。
でもその1年前に小田原の大雄山に行った時の紅葉は見事でした。
紅葉狩りをしていた節子の姿がはっきりと思い出せます。
節子は、1枚の紅葉を効果的に活かす術を知っていました。
そういう分野では、とても創造力があったのです。
自然を楽しむあそび心がありました。
ですから、紅葉を見ると節子を思い出します。
いえ、自然の風景はすべて節子につながっているのです。
新緑の自然も、紅葉の自然も、すべてその中に節子を感じます。
とりわけ箱根の自然は節子そのものなのです。
節子は、新緑も紅葉も好きでした。

今年の箱根の紅葉はきれいです。
今日は真っ青な空なので、ひときわ栄えてみえます。
おそらく今日は見事な富士山が見えるでしょう。
でも箱根の上には行かずに帰ります。
まだ一人では行けそうもありません。

節子がいたらきっと拾うだろうもみじ葉が道に散っていました。
1年近く前、まだ節子を送ったばかりの時に箱根に来た時には、そうした風景も目には入りませんでした。
不思議なほど、記憶に残っていません。
どうやってホテルまで来て、どうやって戻ったかの記憶も残っていないのです。
しかし今回は、紅葉の風景が残りました。
私の中の節子が、紅葉を楽しんだのかもしれませんが、私にとっては、ただただ寂しいだけでした。

紅葉が散るさまは、桜の花の散るのとはまた趣が違います。
散るさまに美しさのある桜と違い、落葉は寂しさをそそります。
桜とは反対に、なぜか節子が去っていくような姿が見えてしまうのです。
紅葉を楽しむ人たちの声が、とても遠くに聞こえました。

まだ紅葉を楽しむ気分にはなれずにいます。
困ったものです。

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2008/11/20

■レストラティブ・ジャスティス:修復的司法もしくは共創的正義

昨日、記事の中でレストラティブ・ジャスティス(Restorative Justice:RJ)の言葉を出しながら、その意味をきちんと書くのを忘れてしまいました。
多くの人にとっては、たぶん聴きなれない言葉でしょうから、少し説明しておくことにしました。
昨日書いたように、この概念は司法の世界で議論されだしました。
裁判員制度などとは違って、司法のパラダイムの変革につながる概念です。

簡単にいえば、事件や紛争を解決するにあたって、国家的な制裁に頼らずに、関係当事者同士の話し合いを基本にするという考え方です。
なんだ、示談のことかと思われそうですが、示談もその一例といってもいいでしょう。
しかし、金銭的な損害賠償だけでなく、むしろ話し合いの過程で、関係者がしっかりと向き合うことで、相互に赦しや癒しを生み出し、事件からの解放(あるいは事件が破壊した関係性の修復)を可能にすることを目指すのが、修復的司法なのです。
被告原告といった「対立」構造をつくるのではなく、一緒になって困難を克服していこうということです。

現在の裁判の主役は、国家です。
刑事事件の場合、裁判の現場には被害者は主体的には参加できません。
最近、少しずつ変わってきましたが、それが近代国家の裁判(司法)のパラダイムなのです。
司法こそ、暴力を独占した国家を支える仕組みといってもいいかもしれません。
それに対して、修復的司法では、国家は主体的な立場ではなく、後見的な立場へと後退し、主体は被害者と加害者になります。多くの場合、コミュニティにも主体性が認められます。
但し、修復的司法における「コミュニティ」の立場は、現在の枠組みでの裁く主体としての「国家」とは全く違います。

こういってもいいでしょう。
これまでの裁判は国家秩序維持のためのものだったが、修復的司法は生活者の快適な関係性を高めるためのもの。
そこでは、司法や裁判のパラダイムが変わります。
それこそが「司法改革」だろうと、私は考えています。
ですから最近の司法改革にはあまり感動しないわけです。

重要なことは、レストラティブ・ジャスティスの概念の根底には、「正義」の捉え方の哲学があるということです。
ですから、私は「修復的司法」ではなく、「共創的正義」と受け止めたいわけです。

「正義」を語りだしたら、必ずといっていいほど、落し穴に陥ってしまうでしょう。
大上段に正義を語る人は信頼できないとしても、正義を語り合うことの意義は大きいはずです。
「コモンズの回復」とは、そうした「共創的正義」の実現と言ってもいいかもしれません。

いずれにしろ、レストラティブ・ジャスティスの発想で考えると、世間のさまざまな動きが少し違って見えてくるでしょう。
このブログ時評の根底にあるのは、レストラティブ・ジャスティスの考えなのです。

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■節子への挽歌446:「永訣の朝」

昨日紹介したSBさんからまたメールをいただきました。
SBさんが妹さんをとても愛していたのがよくわかります。
宮沢賢治の「永訣の朝」を思い出しました。
三好達治の「甃のうえ」と同じように、私が好きだった詩です。
それだけではありません。
節子が入っていたコーラスグループ「道」の昨年の発表会の曲目でもありました。
節子はもう歌う側ではなく、私と一緒に聴く側でした。
曲目として、実は私は不安感がありました。
もしかしたら節子もそうだったかもしれません。
節子と結婚した頃、私はこの詩を何回も節子の暗誦したのを覚えています。

「永訣の朝」はご存知の方も多いでしょう。
こんな始まり方です。

けふのうちに とほくへ いってしまふ わたくしの いもうとよ
みぞれがふって おもては へんに あかるいのだ
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)は、賢治の妹が呼びかけているのです。
「雨雪をとってきてよ、賢治おにいちゃん」

そして、賢治は思います。

ああ とし子
死ぬといふ いまごろになって
わたくしを いっしゃう あかるく するために
こんな さっぱりした 雪のひとわんを
おまへは わたくしに たのんだのだ
ありがたう わたくしの けなげな いもうとよ
わたくしも まっすぐに すすんでいくから 
なぜこの詩が私は好きだったのでしょうか。
学生の頃から、なぜか時々暗誦していたのです。
涙が出て、これ以上書けませんが、節子もとし子のように、健気でした。
だから私もまっすぐに進んでいかねばならないのです。

節子は、妹のように可愛かったのです。
「道」の発表会が節子の最後の外出でした。
しかし不思議なことに、その時にたくさんの人たちに会えたのです。
すべてが不思議です。
だからますます哀しくてならないのです。
久しぶりに涙をあふれさせながら、この記事を書きました。

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2008/11/19

■節子への挽歌445:「救えなかった自分の責任」

挽歌を読んでメールを下さった人がいます。
昨年、妹さんをがんで亡くされたSBさんです。
妹さんのお名前は「節子さん」。48歳の若さでした。
ずっと一緒に暮らしていたそうです。

11月16日付の妻への挽歌を読んで今まで躊躇していた気持ちが抑えきれずメールさせていただきました。
”肩の荷を降ろしてはいけない気持ち” 
まさにそうですよね。
佐藤さんもそうかもしれませんが 私も何回も後を追おうとしました。
妹を救えなかった自分の責任。
いろいろと代替療法もやったり、最後は丸山ワクチンもやりましたが、急変し永遠にあえないところに行ってしまいました。
自分の前に2度と現れないことになってしまいました。
まさに救えなかった自分の責任と思っています。

般若心経は空で唱えられるようになり、毎晩読経しています。
お墓も毎週休日には行っています。
だけどだからといって許されるものではない。
「救えなかった自分の責任」
SBさんの心境が痛いほどに伝わってきます。
いつまでメソメソしているのかと思うでしょうが、その自責の念からはなかなか自由にはなれないものです。
SBさんもずっと節子さんの闘病を支え続けてきたようです。
私の場合も、SBさんの場合も、それぞれの節子さんは許すどころか、感謝していると思うのですが、それを知っていながらも、「だからといって許されるものではない」という気持ちがいつもどこかにあるのです。
ほかの人にとっては、もう過去の話なのでしょうが、当事者にはいつまでたっても「現在の話」なのです。
時間感覚が、愛する人に関してだけは、止まってしまっているのです。

SBさんの節子さんは48歳、私の節子は62歳。
その年齢の違いが、自責の念に繋がっているのかもしれません。
SBさんにどう声をかければいいか考えつきません。
ただ同感するだけです。
それしかできない自分が歯がゆくもあり、哀しくもあります。
元気づけることなどできようがありません。
たぶんみんな同じでしょうね。

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■現場の声にこそ歴史を変える力がある

神奈川県立神田高校が入試で服装や態度がおかしい受験生を不合格にした問題で、同校の校長が現場を外されてしまいました。
それに対して、生徒や卒業生、父母、神田高校をよく知っている人たちから、学校現場への復帰などを求める嘆願書が県や教育委員会に出されました。
卒業生や父母が中心になって、駅前での署名運動も行われ、3000人を超す署名が集まっているそうです。

事の良し悪しは現場を知らない者として、軽々に判断できませんが、一部の高校の状況を友人の高校の先生から聴いていますので(彼も果敢に改革に取り組んでいます)、事の大きさはよくわかります。

それはともかく、今回、とても感激したのは、現場の人たち、つまり生徒や卒業生、あるいは父母や地域の人たちが声を上げたことです。
新聞やネット記事を読む限り、同校の先生たちが声を上げていないのがとても気になりますが(批判するつもりはありません。理由は推測できますので)、当事者が異議申し立ての声をあげていく文化がまた少し動き出してきたことを知って、とてもうれしく思います。
20世紀の後半に高まるかに見えた、「異議申し立て」の動きは、その後の経済成長主義に絡め取られてしまい、無残にも現場を軽視する時代が広がってしまったことに、失望していたからです。

学校のことは学校現場の人が一番良く知っています。
地域のことは地域の住民が一番良く知っているのと同じです。
住民から市民へ」などという、現場を具体的に知らない「有識者」たちの標語に騙されてはいけないと、私は思っています。
ですから、どんなに綺麗に語られようと、「関さんの森」騒動のような事件には疑問を感じてしまうわけです。

在校生からも「校長先生を戻してください。これは生徒みんなの願い」(1年女子)という声があったそうです。
どんな理屈よりも、こうした現場の人の声に迫力を感じます。

「レストラティブ・ジャスティス(Restorative Justice」という言葉があります。
日本語では、損害回復的正義とか修復的司法とか訳されています。
いまのところ、日本では主に刑事司法の分野で広がっている考え方です。
私は、もっと広義なパラダイムだと受け止めています。
提唱者のハワード・ゼアもそう考えているように思います。
この考え方は、関係の強い当事者同士がしっかりと向き合って話し合うことで、問題が解決するだけではなく、状況がさらに前に向かって改善されていくというものです。
司法時評で一度きちんと書こうと思っていましたが、忘れていました。
しかし、今回の神田学校事件で、思い出しました。
長くなるので、改めて書くことにします。

ちなみに、私はRestorative Justiceを「共創的正義」と訳しています。
私の言動の基本パラダイムは「共創」なのです。
「コモンズの共創」が私の関心事であり、同時に「コモンズとは共創のプロセス」だと、最近考えるようになっています。
一生に1冊だけ本を書きたいと思っていました。
そのタイトルは「コモンズの回復」です。
だいぶ中身が見えてきましたが、どうも今世では書けそうもありません。
来世に先延ばししようと思っています。
こまったものです。

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2008/11/18

■節子への挽歌444:愛するものを失った人の世界

昨日の話を、ちょっと視点を変えてもう一度書きます。
ずっと心の底にある問題なのです。

世界は生者のためにあることはいうまでもないでしょう。
この世界にあるあらゆるものが、生者の生をささえていることは間違いありません。
にもかかわらず、愛する人を失った者にとっては、それが必ずしも受け入れられないこともあるのです。
前に「花より団子」で少し書きましたが、外から見ると去っていったように見えても、遺された者にとっては、愛するものはいつまでも隣にいます。
そこでは生者も死者もないのです。

そこから話はややこしくなります。
つまりこうです。
愛する人を見送ったものにとって、愛する人は生き続けているのです。
ですから世界は生きている自分のためと言うよりも、依然として、自分の中に生きている愛する者のためにあるのです。
愛する者のいない世界と愛する者のいる世界という、2つの世界に生きているといってもいいかもしれません。
しかも、当事者にとっては、その2つの世界が同じ世界なのです。
そこがややこしい話なのです。

しかし考えてみると、世界は人によってかなり違っているはずです。
私たちは同じ世界に生きているように見えて、実はそれぞれの世界に生きているといっていいでしょう。
自分の世界があまりにも他の人たちの世界と違ってしまうと、さまざまな生きにくさが発生しますが、多くの場合は、あまり不都合を感じないはずです。
「異邦人」のムルソーのような人は、そう多くはいないはずですが、それでも時々、その不整合から事件を起こしたりしてしまうわけです。

みなさんの近くに、もし愛する人を亡くした人がいるとしたら、おそらくその人の世界とみなさんの世界は違うのです。
その人にとっては、いまなお愛する人と一緒に生きているのです。
少なくとも、私の場合はそうです。
そのことをわかってもらえると安堵できます。
愛する者を失った人は、いつもどこかに「異邦人」の感覚を持っているのです。
それをわかってもらえるととてもうれしいです。

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■「国を守る」ということ

田母神事件に関して、いろんな人からコメントやメールをもらいましたが、そこでよく出てきた言葉に「国を守る」とうのがありました。
国という言葉は多義的ですから、「国を守る」ということも実に多義的です。

田母神さんは、国家(政府)に反逆することが「国を守ること」だと考えたわけですが、彼が守ろうとした「国家」とは何だったのでしょうか。
政府が考えている国家とは明らかに違います。
では、彼を罷免した政府が守ろうとしたのは「国家」なのでしょうか、それとも自らの政権なのでしょうか。

「国を守る」ために憲法9条を変えようとする人たちがいる一方で、「国を守る」ために憲法9条を守ろうとする人たちがいます。
そうした違いが、単なる方法論の違いであって、目指すべき目的が同じなのであれば、事はそう難しくはありません。
お互いの方法論の長短を議論し、お互いに連携することも可能だからです。

しかし、どうもそうではないのです。
「国を守る」と言う言葉は、実は全く正反対の意味を込めることが可能な言葉なのです。
守るべき「国」の違いで内乱が起きるように、国とは人や立場によって全く違うものになります。
そこに問題の悩ましさがあります。

「国」が政権なのか、秩序なのか、国土なのか、国民なのか、文化なのかという問題もあります。
国民と言う場合も、実は様々な捉え方があります。
金持ちなのか、支配階層なのか、庶民まで入るのか、年寄りや子どもはどうなのか。
国を発展させるために、勝ち組みと負け組みを生み出した体制の中では、たぶん守るべき対象には「負け組み」は入らないでしょうが、イラク戦争への米国戦士に象徴的に現われているように、「負け組み」こそが戦場に狩り出されるという皮肉もあります。
このあたりをあいまいにして愛国心や国防問題を語ることの恐ろしさを、私たちは認識すべきではないかと思います。
前提が違っていると、「国を守る」ことが「国を滅ぼす」ことになるのです。

「社会のために」などと自分からいう人が信頼できないのと同じ理由で、
私は「国を守る」などと軽々に発言する人を信頼できません。
国などといわずに、もっと自分の言葉でしっかりと守るべき内容を語ってほしいと思います。

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2008/11/17

■節子への挽歌443:節子がいなくなっても何も変わらない不思議

節子
節子がいなくなってからも、不思議なことに、世界は節子がいたときと同じように動いています。
駅まで行く途中にある畳屋の親子はいつも一緒に畳をつくっていますし、
近くの手賀沼公園では家族連れが楽しそうに遊んでいます。
節子も知っている散歩コンビの2人ずれも今も変わらずハケの道を歩いていますし、
スーパーのライフは相変わらずにぎわっています。
節子がいなくなった当初は、そのことがどうも納得できませんでした。
節子がいなくなったのに、何で世界の動きは変わらないのだ、とまあそんな非常識なことさえ考えました。

ひとりの個人がいなくなっても、たくさんの人の集まりである社会にとってはほとんど影響はありません。
家族を単位に考えると、たとえばわが家では4人家族の一人がいなくなるということは、
1/4のメンバーがいなくなることですから、大きな変化が起きますが、
社会の範囲を広げるほどにその影響度は低下し、ついには無視できるほどになるわけです。
もし普通の人の死のたびに、社会が揺らいでいたらそれこそ大変です。

そんなことは重々理解しているのですが、でもなんだか寂しい気もするのです。
私が死んでも、同じように社会は何も変わらないでしょう。
毎日歩いているまちの風景も変わらないでしょうし、ほとんどの人はそんなことなど知りもせずにいるでしょう。
以前、自分が死んだ後の未来のまちを歩いた(ような気がした)ことが2回ありますが
その時もまちの風景は全く同じでした。

私と世界は非対称なのです。
私にとっての世界は、私の死と同時になくなるでしょうが、
世界にとっての私はいようがいまいが変わらないのです。
しかし、すべての人がそう思い出したら、社会は存在しなくなります。
ほとんど無視できる要素がたくさん集まると意味のあるものになる、その典型的なものが社会なのかもしれません。

しかし、華厳経のインドラの網やホロニックな世界観は、世界と個人は重なっていると語っています。
すべての個人が、世界を再帰的にかたちづくっているというのです。
いいかえれば、すべての「いのち」はつながっているということになります。
ですから誰か一人の死は、必ず世界に影響を与えます。
その意味でも、世界は時々刻々変化しているわけです。

節子がいた世界と節子のいなくなった世界とは、変化しているはずです。
どこが一体変化したのか。
それが見えないのが、やはりちょっと寂しい気がします。

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■法律と現実のギャップ

今日はいつも以上の暴論です。

大麻問題が広がっています。
大学生や主婦や医師など、普通の生活をしている人たちに広がっているようです。
しかし、大麻は日本では法律で禁止されています。
したがって大麻を吸引したり、売買したりすると犯罪になります。
その犯罪が年々増えているということです。

この問題にどう対応するか。
方法は2つあります。
法治国家として、法律を基本に考えれば、取締りを強化することになります。
事実、その方向で動き出しています。
もう一つの方法は、現実を基本に考えて、法律を変えて大麻の使用を認めていくことです。

後者の方法への賛成者は多くはないでしょうが、いないわけでもありません。
以前、ホームページには書いたのですが、私のオフィスに、大麻の使用を認めるべきだといいに来た人もいます。
そういう活動をしているグループもあるようです。

ほとんどの人は、後者の選択肢などは考えもしないでしょう。
もちろん私もそうです。
しかし、それは「大麻」に対するイメージのためかもしれません。
私は、大麻を体験したことがありませんから、それがいかなるもので、どういう効用と弊害があるのか、見聞した知識しか持っていません。
だから大麻を規制するのがいいのかどうかわからないのですが、規制することになんの異論もありませんし、むしろ当然だと思っています。

さて、問題を少し一般化してみましょう。
法律と現実に違いがある時に、法律に合わせるのか、現実に合わせるのか。
いささか荒っぽいですが、そういう問題に置き換えることができます。
法治国家であれば、当然、現実を法律に合わせるべきでしょう。

では憲法9条と自衛隊はどうでしょうか。
多くの人は、憲法を変えろといいます。
なぜでしょうか。
その人たちは、大麻の使用を認めるのでしょうか。

大麻と自衛問題を一緒にするなと怒られそうですね。
だから「暴論」だと断って書き出したのです。
私の考えは、ここに書いたことから読み取ってもらえると思いますので、あえて繰り返すことはしません。

私は自分の信念を大事にしています。
ですから私と意見が違っていても、信念を大事にしている人には敬意を持ちます。
しかし、信念を通せないのであれば、職を辞し、仕事も断ります。
そうやって生きてきました。

信念は問題ごとに変えていいわけではありません。
信念とはすべての物事を決める判断の根底にあるものです。

その社会が大事にしている価値観が、その社会を構成する人の信念に影響しているはずです。
価値観の多様化などという言葉が流行した時代がありますが、それは多様化ではなく消滅と言うべきだったように思います。
社会から価値観が消滅し、さらに個人からも価値観が消滅しつつある。
そんな気がします。
生きづらい時代です。

田母神さんや麻生さんには、信念は感じられません。
与えられた職責を果たすのではなく、職責を私物化しているからです。
職責を活かすのと、職責を私用するのとは全く違います。

時々、しっかりと自分の信念で生きている人に出会うことがあります。
その時はとてもうれしいです。

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2008/11/16

■節子への挽歌442:「ありがとう」と口に出す文化

節子
私の1日は、節子の位牌壇に灯明を点け、般若心経をあげることから始まります。
般若心経は、実は時に一節が抜けます。
  依般若波羅蜜多故、心無罣礙、無罣礙故、 
  無有恐怖、遠離一切顛倒夢想、究竟涅槃。
それは節子が最初に覚えた部分です。
なぜでしょうか。

まあそれはそれとして、般若心経をあげた後、いろいろの人を思い出しながら祈りを捧げます。
まだ会ったことのない人たちのことも、もちろん含まれますが、
時にこれも「すべての人が幸せでありますように」などと手抜きの祈りの時もあります。

1日の終わりは、節子の写真を見て「今日もありがとう」と声をかけます。
これは節子がやってきていたことです。
節子は病気になってからいつも、寝る前に般若心経をあげて、
最後にだれにともなく「ありがとう」と言っていました。

「ありがとう」は節子の文化でした。
それに対して、私は「悪いけど」と言って、誰かにものを頼む文化を持っていました。
会社時代に、部下だった人から、「悪いけど」は不要ですと言われてしまったことがありますし、
上司から「佐藤君は若い社員にも丁寧だね」と少し嫌味を言われたこともあります。
節子も、私の「悪いけど」発言は好きではありませんでした。
悪いと思うなら頼むな、というのが節子の文化でしたから。

最近、私は節子から教えてもらった「ありがとう」をよく使っていることに気づきました。
寝る前に、「ありがとう」と言っているおかげかもしれません。
「ありがとう」という言葉を口に出すことの効用はとても大きいです。
もっともっと「ありがとう」を言い合える社会になればいいと思います。

ちなみに、私の「悪いけど」は、やってもらう前に「ありがとう」を言っているつもりなのですが、
やはり後で言った方がいいようです。

節子
ありがとうね。

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■「ひきかえす勇気」を失った社会

TBSのテレビ番組の時事放談をみました。
今朝は渡邉恒三さんと加藤紘一さんでした。
給付金が話題になった時に、司会者の「こんなに国民も反対しているのにやめられないのですか」という質問に、加藤さんが「ここまできたらやめられない」応えました。
それが時代の気分のようです。
いや日本社会の基底を流れる文化かもしれないと思いました。

私は中学3年の後半と高校の1年の前半、何と山岳部に入っていました。
通算しても1年ちょっとの体験ですが、登山でよく言われる言葉に、
「登頂をあきらめる勇気、ひきかえす勇気」
という言葉がありました。
すぐ目の前に山頂があっても、登頂を諦めなければならない時がある、と言う話です。

もし自民党に「信念を持った政治家」がいれば、首相に諫言して引き返させられるはずです。
大義はいくらでも見つけられるでしょう。
加藤さんご自身、いわゆる「加藤の乱」の時に、まさに直前で引き返しました。
あの時の加藤さんには、ひきかえす勇気というよりも、前に進む勇気がなかったからかもしれませんが、それでも引き返したことがある人です。

国民給付金がどれだけの弊害をもたらすかは、多くの人が表明していますし、一番問題なのは、それによって本当に大切なことが行われなくなることです。
自治体の混乱は大きいでしょうし、さまざまな詐欺事件の契機になる恐れもあります。
国民の受ける被害は2兆円どころではないでしょう。
それにもかかわらず、誰も「バカ殿」を止められない政府とは何のか。
自ら率先して税金の無駄遣いをする政府に、官僚の無駄遣いなど止められるはずがありません。
日本の政権に対して、諫言する人はもういなくなったのかもしれません。
それが、社会が壊れていくということなのでしょうか。

引き返すべき時に引き返さずに、引き返さなくてもいい時に引き返すのが、昨今の文化のような気がします。
70年前も、きっと今と同じようだったのでしょう。
もしそうだとしたら、20年後の日本の姿が見えてきます。

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2008/11/15

■節子への挽歌441:「肩の荷」をおろしていっていいのだろうか

節子
ついに私も降圧剤をのむことにしました。
節子に勧められてから4年が経ちましたが。

今週初め、講演をしたのですが、なぜか息切れがするのです。
もしかしたらと思って、血圧を測ってみたら、なんと下が127、上が197でした。
以来、毎日測っていますが、下が100~120、上が170~190です。
調べてみたら、重症高血圧の領域です。
そういえば、最近、少し頭が重く、手足がしびれますが、これも高血圧のせいかもしれません。
血圧ぐらい自分の意志で下げると節子には豪語していましたが、ダメでした。
娘たちからも強く言われて、昨日、遠藤クリニックに行きました。

実は遠藤クリニックに行くのはとても辛いのです。
遠藤さんは節子のかかりつけのお医者さんでした。
節子のことはよく知っていて、その気丈さをいつもほめてくれていました。
節子が旅立ってから、何度か報告に行こうと思いましたが、行けませんでした。
診察が終わった後、実は、と言い出すと、先生はすぐにわかりました。
報告に来られなくてと謝ると、わかっていました、手の施しようがなかったからね、といいました。
そして、がんばったねと言ってくれました。
もちろん、節子ががんばったという意味です。

遠藤さんは、節子もよく知っているように、静かで寡黙な先生です。
遠藤さんに話せて、また少し肩の荷がおりた気がします。

しかし、こうやって、一つずつ「肩の荷」をおろしていっていいのだろうかと思うこともあります。
ずっとずっと、節子のことを「肩の荷」にしているほうがいいのではないかという気もしないでもありません。
複雑な気持ちです。

昨日から降圧剤を飲み始めました。
飲みだすのが遅すぎたかもしれません。
昨日出かけていたのですが、途中で気分が悪くなって、予定を繰り上げて帰ってきました。
今日もまたシンポジウムのコーディネーター役です。
途中でおかしくならないといいのですが。

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2008/11/14

■「マスコミに報復してやろうかな」

言葉尻を捉えるのはあまりいいことではないですが、言葉には本音が必ずと言っていいほどでるものです。
田母神発言に関しては、このブログもかなりのパッシングを受けましたが、それにしてもどうしてこうも次々とおかしな発言が出てくるのでしょうか。
さびしくなります。

「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」の奥田碩座長(トヨタ自動車取締役相談役)が12日の会合で、「テレビが朝から晩まで年金や厚労省の問題をあれだけ毎日やるのはちょっと異常な話。正直言ってマスコミに報復してやろうかな」と発言したそうです。
驚いた発言ですが、もっと驚いたのはその後の発言です。
「ああいう番組のスポンサーは大きな会社じゃない。パチンコ屋とかサウナとかうどん屋とか」とまくし立てたのだそうです(日経新聞)。
私は奥田さんという人の発言には、トヨタの社長時代から違和感をもつことが多かったですが、最近の言動には怒りを感ずることが多いです。
今回は怒りを超えて、あきれました。

大企業こそが社会を支配しているとでも思っているのでしょうか。
大企業を支えているのは、言い換えれば大企業が大きな利益を得ているのは、中小企業の汗と努力のおかげです。
パチンコ屋とかサウナとかうどん屋をバカにする前に、自分の会社でどれほどの問題が起こっているかを考えろといいたいくらいです。
まあ、そこまでいうと、奥田さんと同じレベルの品のない発言になるのでやめましょう。

しかし、「報復」とは驚きです。
日本のテレビを支えているのは自分たち大企業だと思っているかもしれません。
もしそうであれば、それもまた大きな問題です。
それに、「気に食わないから報復」などといいますが、スポンサー費用は奥田さんのポケットマネーではありません。
トヨタの社員が汗を流して獲得したお金です。
そこにはもちろん派遣社員も入ります。
企業を私物化している奥田さんの実態が見事に露出しています。
こういう人たちが、日本の政治を動かしていると思うと気が重くなります。

しかし、もっと気になることが、日経新聞の記事には続いていました。

関係者は「マスコミ公開の会議であることを忘れていたのでは」と奥田氏をかばったが、経済界の大御所の発言だけに波紋を呼ぶ可能性もある。
つまり、公開でない場ではこうした発言がよく行われていることを感じさせる書き方です。
ここでいう「関係者」というのは誰なのかわかりませんが、いやな世界です。
そうした世界とは全く無縁の世界に暮らしていることを喜びたいと思います。

いずれにしろ「報復」はいけません。
奥田さん、いかに自分に自信がなくても、報復してはいけません。
そこまで堕ちることはないでしょう。

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■節子への挽歌440:心の平安を創りだす人

節子
最近は、いやなことがあっても話す相手がいません。
そこで今日は、久しぶりに節子に愚痴を聴いてもらいたいと思います。

挽歌と並行して、このブログに時評を書いています。
先日、そこにいま話題になっている「田母神事件」のことを書きました。
4月にも書いたことがあるのですが、田母神論文が話題になりだした途端に、その記事へのアクセスが急増しました。
その関係で、以来、毎日1000件ほどのアクセスがあるようになりました。
コメントの投稿やメールも来るようになりました。
ほとんどが嫌がらせ的な内容です。
このブログではかなり主観や感情を露出していますから、そうなることは予想されていることですが、それでも時々めげてしまいます。
気持ちの平安が乱されてしまいます。

私が気分的な振れがかなり大きいことは、節子はよく知ってくれていました。
まあ40年も一緒に暮らしていると、相手の気持ちはわかってきます。
こういう話をしたら、こう反応してくるだろうなということがお互いにわかっています。
ですから逆に、わかっている節子の反応を期待して、愚痴を言うことができたわけです。
節子もまた、私の愚痴の後ろにある気持ちを察してくれ、それに反応してくれました。
それで私としては、心の平安が保たれたことが何回もあります。
節子は私の心の平安を創りだす人だったのです。

ところで、うれしい話も最近は多いのです。
コムケア活動を少しずつ再開しだしていますが、それを知っていろんな人がエールをくれます。
活動再開を待っていてくれた人がいるとは、とてもうれしいことです。
ほかにもちょっとうれしい話が最近は時々起こります。
しかし誰に話したらいいのでしょうか。
うれしいのは、たぶん私だけで、当然ながら娘たちはあんまりうれしがりません。
私の価値判断基準はかなり世間離れしているからかもしれませんが、そのうれしさを分かち合う人がいないのは、逆にさびしさが募ります。
この意味でも、節子は私の心の平安を創りだす人だったのです。
自分のことのように喜んでくれたからです。

その人がいないと、私の心の平安はなかなか得られないのです。
喜怒哀楽は、やはり分かち合う人がいて、完成することにやっと気づきました。

もしそうであれば、昨今の人のつながり方はやはりどこか間違っているような気がしますが、これは余計な蛇足ですね。
でもいつか、時評編で書きたいと思います。

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2008/11/13

■ブログから見えるネット社会の病理

このブログに関する限りでは、田母神事件はようやく山を越しました。
テレビで話題になった直後からアクセスが急増し、コメントや個人宛のメールもかなりありました。
毎日のアクセスの半分くらいが田母神関係でした。
コメントもありましたが、その多くは偽装アドレスです。
一応、偽装ではないと思われるものは掲載しましたが、ほとんどは一度だけの「ひやかし」です。
コメントを読んでもらえればわかりますが、私以上に「鬱積」しているようです。
しかし、こうした事件が起こるとネット検索する人が増えているのは不気味です。

気分を悪くするようなコメントも少なくありません。
もちろん考えが違うから不快になるということではありません。
いがみ合うことの寂しさです。
私が批判しているのは、権力をもつ強い「公的な存在」や制度や組織です。
個人を批判することもありますが、それはその個人の立場を問題にしています。
しかし、そのことはなかなかわかってもらえません。
若い知人から、佐藤さんのブログは「悪者」をつくる二元論だと批判されたこともあります。
信頼していた若者だったので、その時はとても残念でした。

私のようなマイナーなブログでさえこうなのですから、アクセス数の多いメジャーなブログは大変でしょうね。
どうやって対応しているのでしょうか。
私の友人の中には、その煩わしさを懸念してブログをやらないといっている人も数名いますが、その気持ちはよくわかります。
見たくもない人間の卑しさ(自分の卑しさも含めてですが)を見せられます。

子どもたちの世界でもこうしたブログ的なことが広がっているわけですが、そのことの意味をもっと真剣に考えなければいけないと思います。
やっている人だけでなく、そこに反応する子どもたちも含めて、非常に大きな影響を与えているはずです。
学校教育よりも大きな「教育効果(マイナスの効果も含めてです)」を発揮しているはずです。

昨夜、テレビで韓国や中国におけるネット社会の病魔を報道していました。
韓国では自殺者が、中国ではネット中毒が発生しているそうです。
いずれもとてもよくわかります。
私もその周辺にいたことがあるからです。
インターネットを使いこなすには、まだまだたくさんの犠牲を払わなければいけないのかもしれません。

ちなみに、不快なことも多いですが、気づかされることも少なくありません。
自分の意識や性格についても、思い知らされることがあります。
人の卑しさと弱さが、この頃よくわかるようになりました。
これはブログで自分を露出したおかげです。
それに、失った友人は一人ですが、得た友人はたくさんいます。
だからブログはやめないのです。

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■節子への挽歌439:思い出が充満している部屋に戻ってきました

節子
こちらは急に寒くなりました。
凍えそうな日が続いています。
そのせいか、こたつのある和室にまたノートパソコンを持ち込みました。
そこでパソコンを使い出すと、床の間においてある節子の大きな写真が目に入ってきました。
その節子の写真の額の上に、節子がお気に入りだった帽子がかぶさっています。
そしてその前に、節子の話し相手だった「話す人形」が陣取っています。
床の間の掛け軸ははずされていて、節子が書いた色紙がかざってあります。
一瞬、時間が戻ったような気がしました。
そして、しばらく忘れていたこの部屋での体験が一挙に思い出されました。
この部屋は、節子を見送った部屋ですから。

写真を見ていると、今もって節子の不在が実感できません。
節子は私の不在を実感しているのでしょうか。
節子には私が見えているのでしょうか。
それをとても知りたいですが、今の私には知りようもありません。
まあまもなく私も節子と同じ彼岸に行きますので、それまでのお楽しみにしておきましょう。

この部屋には節子の思い出が充満しています。
あまり良い思い出ではないのですが、思い出は不思議なことに良いとか悪いとかを超えていくような気がします。
良いも悪いも含めて、思い出は私にはすべて大切なものになってきています。
節子との思い出は、もう増やすことができないからです。
そのせいか、すべての思い出はほとんど同価値になってきているのです。
とても不思議です。

これからますます寒くなると、この部屋で過ごす時間が増えそうです。
節子を思い出すことが増えそうですね。
節子から元気をもらえるといいのですが。

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2008/11/12

■政権投げ出し3代目首相

麻生首相はいまや政権を放りだしてしまったのと同じ状況にあるような気がします。
安倍、福田両首相とは違ったスタイルですが、最近の麻生さんの言動を見ていると、実質的な政権投げ出しのように思えてなりません。
総選挙までは実質的な政治空白が続きそうです。

霞ヶ関の税金無駄遣いはなくなりそうもありません。
なにしろ麻生首相の2兆円の無駄遣いを止める人がいなかったのですから、官僚の無駄遣いなどいえる立場を失いました。
国民にばら撒く2兆円はともかく、それに伴ってどれだけの無駄が発生し、どれだけの大切な業務が滞るのか思っただけでいやになります。

テレビキャスターや評論家たちは、いろいろと「ほっとけない」などと言っていますが、結局は何もしません。
視聴率を上げるだけに怒っているだけじゃないかと思いたくなります。

政治に新しい風を引き込む人は出てこないのでしょうか。

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■節子への挽歌438:「自分だけではない」という安堵感

このブログのおかげで、あるブログに出会いました。4年ほど前に伴侶を亡くされた方のブログです。
ロビタさんの「往きつ戻りつの記」。
読ませてもらいました。

淡々と語られていますが、その分、心に深く入ってきます。
伴侶のことを直接に語っている記事は少ないのですが、
日常のことを静かに語っている背後に、いつも伴侶の存在を感じさせられます。
私が同じような立場にあるからかもしれませんが、直接、語られる以上に心身に響いてきます。

私のブログと同じで、時に「時評」的な記事もありますが、
これも私と違い、静かに語られていますので、とても読みやすく説得力があります。
こうしたブログに出会うと、自分のブログの騒々しさにいささか恥じ入りますが、しかしこれもまた個性ですから仕方がありません。
節子もきっと、ロビタさんのブログのほうが好きだというでしょう。
読者としては私もそうなのです。
困ったものです。
私のブログもいつかこうなれるでしょうか。

ロビタさんのブログにとても共感できるのは、
日常生活の背後にいつも奥さんが寄り添っているのを感ずるからです。
私ととてもよく重なる風景もあります。

先日、会いに来てくださったTYさんが、
同じ立場の人の記録を読むと、「自分だけではない」とちょっと気が休まるというようなことを話されましたが、その気持ちがわかったような気がしました。
よめなかった本が、もしかしたら読み出せるかもしれません。

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2008/11/11

■国民総無駄遣い運動

帝国データバンクの調査によると、10月の企業倒産件数(負債総額1000万円以上)は前年同月比13・7%増の1231件だったそうです。
他にもさまざまな景気悪化のデータが発表されました。
私の会社は万年倒産寸前状況ですので、特に景気悪化の実感がないのですが、この数字はやはり気になる数字です。
倒産の後ろにはたくさんの人の生活がかかっているからです。

今回話題の国民給付金の議論で、高額所得者の基準が1000万円か1500万円かの議論がありますが、私の実感には全く合いません。
私の感覚では500万円くらいが給付金を支給される上限かなと言う感じですが、どうも世間的な常識から外れてしまっているようです。
なんで年収500万円以上の人に、お金を配布するのか、理解に苦しみます。

もし景気浮上策を狙うのであれば、所得制限などせずにみんなに配った方がいいという議論があります。
「棚からぼた餅」的収入は、すぐに出て行ってしまうといわれるように、給付金の多くは消費に向くかもしれません。
しかし、それは「浪費」の勧めのようにも思います。

議論をはしょってしまいますが、そう考えていくと、つまり、今回の国民給付金は、税金をみんなで無駄遣いして景気を浮上させようというプロジェクトだとも考えられます。
まあ、公務員も無駄遣いしているのだから、みんなもそうしようということなのでしょうか。
国民総無駄遣い運動です。
これは、まさに現在の経済システムを象徴していることかもしれません。

企業倒産が多いという現実は、それで変わっていくのでしょうか。
真面目に社会のことを考えている人はいるのでしょうか。
不思議な時代です。

さて、給付金をもらったらどうしましょうか。
無駄遣いの習慣がないので、悩んでしまいますね。

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■節子への挽歌437:この別れ話が冗談だよと笑ってほしい

節子が好きな歌の一つが、五輪真弓の「恋人よ」でした。
節子が残していったCDを見つけました。
久しぶりに聴いてみました。
2人で聴きながら、2人で歌ったことを思い出しました。

恋人よ そばにいて
こごえる私の そばにいてよ
そしてひとこと この別れ話が
冗談だよと 笑ってほしい
私も、いまの「別れ」が冗談であってほしいと思います。

節子に嫌われて別れたのであれば、どんなに気が楽でしょうか。
もしかしたら、いつか「あれは冗談だった」と戻ってきてくれるかもしれません。
でも節子は、もう戻ってきてはくれません。

この歌は、もちろん恋人を歌っていますが、恋人と伴侶とは大きく違います。
しかし、この歌を聴いているうちになんだか今の私の気持ちにも当てはまるような気がしてきました。

節子
あなたは、今もなお私の恋人なのかもしれません。

恋人よ そばにいて
こごえる私の そばにいてよ
そしてひとこと この別れ話が
冗談だよと 笑ってほしい
節子
冗談であってほしいよね。

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2008/11/10

■節子への挽歌436:真の癒しを得るための懺悔と赦し

真の癒しを得るためには、懺悔と赦し(ゆるし)が必要だと、ある本に書かれていました。
そして、赦すとは、事件を忘れ、それを帳消しにし、苦しみのもとを簡単に解き放ってしまうことではなく、その事件の呪縛から自らを解放することだというのです。
最近の自分自身のことを考えると、とてもよくわかります。
しかし、それは、そう簡単なことではありません。
その本に、ある神学者が話したことが書いてありました。

満足のいく心境になるには、あらゆる好ましくないことを何もかも口から吐き出してしまうことです。
傍らに立つ牧師がこう言っている姿が見えます。
「もうすべてを打ち明けましたか、ほかにはないですか」と。
そして、しつかりと受けとめられる方法でそれを吐き出してしまえば、本当に新たな気持ちで自由に歩き出していけることに気がつきます。
ところが、私たちが嘆きもせず、神の御座に話を打ち明けなければ、残りの人生の中でずっとそのまま引きずって生きていかなければなりません。
私は仏教徒であり、キリスト教徒ではありませんから、キリスト教の意味での神とは無縁ですが、神という言葉を、日本の文化の中での神に置き換えれば、とても納得できます。
この人は、「痛みを感じることであり、その傷を表にさらした方がよい」と言っていますが、とても共感できます。

問題は、耳を傾けてくれる人がいるかどうかです。
相手がいなければ、思いをさらしだすことは難しいです。
私の場合は、読む人がいようがいまいが、このブログに書くことで思いをさらけ出しています。
この挽歌を書くことで、気を鎮められます。
しかしそれだけでは十分ではありません。
時々、周りの誰かに思いをぶちあけたくなりますが、多くの人はそれを聴くのを好みません。
当然のことです。
でも先日のTYさんのように、「話し合え、聴き合える」人が現われます。
それで私の場合は、辛うじて破綻を封じているわけです。

日本の文化における神は「自然」です。
自然に向かって、思い切り懺悔し赦しをえるのもいいですが、
迷惑がられるかもしれませんが、周りの人に、自分の思いを吐き出してしまうのも効果的です。
吐き出していると、いつかきっと、「話し合え、聴き合える」人が現われてくるように思うのです。

周りに「愛する人を失った人」がもしいたら、ぜひ話を聴いてやってください。
同情や助言は禁物です。
ただ聴いてやってください。牧師のように。
みんな聴いてほしいのですから。
話を聴くこと、それが「支え合う生き方」ではないかと思っています。

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■経営とは不変の道理を実現すること

企業の偽装事件報道はいまだ止むことがありません。
最近の企業不祥事報道にはいささかの異論はありますが、企業にも問題がないわけではありません。
私自身は、食品業界の不祥事などよりも、GMやトヨタの言動にこそ、問題を感じます。
たとえば、昨日の朝日新聞によれば、GMのワゴナー会長は、「我々は破綻を避けるために、すべての資金調達手段を利用する」と話したといいます。
「すべての」というところに焦点を当てて、朝日新聞は、「延命、なりふり構わず」と見出しに書いています。
それが正しいかどうかはわかりませんが、「なりふり構わず」戦略はこれまでもよくとられてきましたから、それほど間違ってはいないでしょう。
トヨタ関係の関連企業の派遣社員解雇に関しては、トヨタの責任を感じます。
不正規採用社員による巨額な利益の一部を使って、好調時に保険的な対策をとっておくべきだったと思います。

「経営」とは何でしょうか。
私は、「経営とは愛と慈しみ」だと考えていますが、文字通りに解釈すると「経を営むこと」になります。
「経」とは、「不変の道理」や原理原則です。
私が毎朝唱えている般若心経の「経」です。
ですから、経営とは原理原則を実現することといえます。
その「原理原則」が見失われているわけです。

「経」は、「経度」というように、「縦糸」という意味もあります。
つまり何かを貫くものですが、いまはそれが「金銭」になっているわけです。
最近の企業経営者の原理原則は「お金を儲けること」になってしまったのでしょうか。

そんなことはありません。
誠実に、人の世の原理原則や道理を貫いている企業経営者は決して少なくありません。
しかし、悪貨は良貨を駆逐するのが時代の流れです。
それを反転させなければなりません。

そういう思いで、私の友人が20年ほど前、「経営道フォーラム」という活動を始めました。
企業経営者に「経営の心と道」を修得してもらおうという活動です。
その活動にささやかに関わっていますが、企業はむしろ「人としての心と道」を忘れて、「経営の外道」に陥ってしまっているような気がします。
ずっと関わっていて、とてもむなしいです。

今日は、午後から半年間、「経営道」を考えてきた企業の経営幹部の皆さんの発表会があります。
元気をもらえるといいのですが。
もしご関心があれば、「経営道フォーラム」や「日本経営道協会」でネット検索してみてください。
日本経営道協会のほうの公開発表会は、11月15日です。

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2008/11/09

■公立の小中学校での数値目標を掲げた「マニフェスト」

今朝の朝日新聞のトップ記事は『『公立小・中が「学力公約」』という見出しです。
リード部分を引用させてもらいます。 

「自治体の学力調査で正答率を95%に」(小学校)、「3年生の60%が英検合格」(中学校)。公立の小中学校で、数値目標を掲げた「マニフェスト」が広がっている。学力向上を求める声が保護者に強まったことが背景にあるが、子どもや現場の教員にプレッシャーがかかり、教育は変質しないか心配する声もある。
荒川区立校の主なマニフェストも例示されています。
驚きを感じますが、こうしたことを本当に保護者の多くは求めているのでしょうか。
どこか違うような気がします。
なかには「不登校・いじめをゼロにする」という目標もありますから、すべてが「学力公約」ではありませんが、これにしてもちょっとおかしい気もします。

学校とは何なのか、教育とは何なのかが、問われるべきではないかと思いますが、そうした議論はあまり聴かれません。
数年前に自治体に広がった「行政評価」を思い出します。
あれで何かがよくなったでしょうか。
数値目標などに依存することは管理しやすくはするでしょうが、問題はあまり解決しないように思います。
教育は、特に数値にはなじみにくいものです。

テレビでタレントたちが、ものを知らないことを競い合う番組が増えていますが、そうした番組を見ると、私ももう少しは知識を学んでほしいとは思いますが、知識を覚えることが目的ではないはずです。
もっと大切なことがあるような気がします。
学校がますます子どもに居心地の悪い場にならなければいいのですが。

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■節子への挽歌435:「なぜ自分の身に起こったのか」

節子
昨日はあなたのことを思い出して、辛い1日でした。

司法関係の本を読んでいたら、「犯罪被害者も、癌患者と同様に答えを欲しがっている」という文章が出てきました。
同様に欲しがっている答とは、「なぜ自分の身に起こったのか。それを防ぐために何ができたのだろうか」という疑問です。
著者は、「犯罪は、癌のように、(生活上の)秩序の感覚と価値観を覆してしまう」とも書いています。
全くその通りです。
ただ、私には「価値観」への思いが十分ではなかったのが悔やまれます。
私の価値観が根本から覆されたのは、節子を見送った後でした。
なんと鈍感なことでしょうか。
自分では生活を変え、考え方も変えたつもりでしたが、今から思えば中途半端でした。
それが悔やまれて悔やまれて仕方ないのです。

節子は、がんの手術をし、そこからの回復が他の人と違うことに気づいてから、人が変わったような気がします。
いささか身びいきに言えば、「聖人」になったようでした。
吉祥天のことを書きましたが、時々、そういう実感を持ったことも事実です。
節子の場合は、とてもいい方向に変わったように思います。

そして不思議なのですが、節子はその時から「なぜ自分の身に起こったのか」というようなことを一切、言わなくなりました。
むしろ、これが自分の定めなのだと淡々と語りながら、もう一度、誕生日を迎えられるとうれしいね、と話していました。
私たちは、そんな節子の気持ちをうまく受け止められずに、治るんだから大丈夫だよ、などと対応していましたが、節子はもう知っていたのかもしれません。
心が静まると、きっと先は見えてくるのでしょう。
今はそんな気がしています。

この本を読んだとき、私はすぐに、愛する者を失った人も同じだと思いました。
「なぜ自分の身に起こったのか。それを防ぐために何ができたのだろうか」という疑問は、たぶん、愛する人を失った人ならみんな思うことでしょう。
節子は、この難題をいとも簡単に克服したようですが、私はまだその呪縛に囚われたままです。
この問題から解放されない限り、私の精神は安定しないでしょうが、そのためにはもっともっと節子の世界を共有しなければいけないのだろうと思っています。
そう思ったら、いろいろなことがどっと思い出されてしまい、気が沈んでいました。
今日は元気になるでしょう。

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2008/11/08

■田母神事件の犯罪性

このブログに田母神事件を書いたおかげで、アクセスが急増し、コメントや個人宛のメールもかなりありました。
いささかうんざりしていますが、私の意図がうまく伝わっていないようで、論文を読んだのか、論文のどこが悪いのだと、お叱りのメールをいくつかいただきました。
あえて反論するまでもないことですが、私の書き方が悪かったことを反省して、少し蛇足的な記事を書くことにしました。

私が2つのブログ記事で書いたのは、田母神前空幕長が公務員として犯罪を犯しているのではないかということと、そうしたことを放置している政府の姿勢への批判です。
田母神論文の内容もひどいとは思いますが、それは批判の対象ではありません。
考え方はいろいろありますので、それ自身は批判すべきではないと思っています。

犯罪とは、悪事を働くことではありません。
法治国家においては、犯罪とは法違反行為のことです。
もっとも、「法」の捉え方はいろいろとあって、実定法だけか自然法まで含めるかで変わってきますが、基本は実定法違反と考えるべきでしょう。
そうした場合、犯罪の被害者は基本的には「国家」もしくは「社会」になります。

もちろん実際の事件では、加害者と被害者という「人間」の関係は存在しますが、日本の現在の司法の世界では、国家の秩序を守ることが最優先されますから、裁判には被害者はほとんど関われません。
とりわけ刑事事件や行政事件の場合は、国家秩序の視点が基本に置かれています。
光市母子殺害事件のことを思い出せば、納得してもらえると思います。
そうした応報的な司法のあり方の見直しの動きはありますが、近代国家体制を前提に考えれば、その基本枠組みを変えるには、まさに本当の「司法改革」発想が必要です。

犯罪が法違反であるという前提で考えると、私にはどう考えても田母神前空幕長の言動は犯罪に見えてきます。
まず「違憲判決など関係ない」というのは、明らかに法違反行為です。
それは憲法なんかは関係ないという意味を持っていると思います。
国家公務員としては、国家に対する反逆行為を構成するはずです。
次に、侵略国家論ですが、これも正式な政府見解に反しますから、公務員としての職務規定に反しているはずです。
公務員は政府の方針に従い、主観的にではなく与えられた業務を忠実にこなすことが求められているはずです。
とりわけ自衛隊のような軍事力を持つ組織は、暴力を発揮する権限を政府(国民)から与えられているわけですから、勝手な主観で動くことは禁止されています。
それがなければ国家は壊れます。つまり守れないのです。
日本の官僚制度は破綻していると思いますが、もっとも強い規律を求められる自衛隊にまでそれが広がっていることの意味は問い直されるべきでしょう。

中央省庁の不祥事は、私にはいずれも国家に対する反逆行為に見えます。
しかし、ややこしいのは、彼らはいずれも国家から授権されているのです。
コラテラル・ダメッジさえ許されるわけです。

職務違反したら、普通は懲戒解雇されますが、公務員の場合は、そう簡単ではありません。
事実、田母神前空幕長の懲戒解雇には半年かかるというような答弁が、閣僚からあったように思います。
国民の政府ではなく、官僚たちの政府になってきているとさえ思いたくなります。
彼らはやりたい放題なのかもしれません。

私が田母神前空幕長を批判するのは、彼が国家に反逆しているからです。
もし彼が反逆していないのであれば、そこにこそ今の日本の政府の本質があるわけです。

余計なことを加えれば、田母神前空幕長の言動は、国家に対する「侵略行為」のように思えてなりません。
したがって、田母神前空幕長が日本は侵略国家ではなかったと思っていることの意味はよくわかります。
侵略の意味が、私とは全く違うのですから。

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■節子への挽歌434:筑紫哲也さんの訃報

筑紫哲也さんの訃報をネットのニュースで知りました。
肺がんでした。

テレビで肺がんであることを自分で告白したことを、翌日のテレビで、節子と一緒にみたのを覚えています。
闘病中に、そういうニュースに出会うと、とても複雑な気持ちになります。
有名人が「がんになった」という話は、不謹慎ですが、少し安堵感を得られます。
「私だけではない」と思えることは、元気を与えてくれるのです。
そして一緒にがんばろうと思えるのです。

でもがんで亡くなった話はもちろんですが、闘病の様子を報道している番組は、見たくありませんでした。
節子は絶対と言っていいほど、見ませんでした。
見られなかったのでしょう。
私たちも、闘病中の節子には、誰の訃報であろうと、知らせませんでした。
私自身も、訃報には一切、耳を傾けませんでした。
耳に入ってきても、受け入れられないのです。
ですから、友人の伴侶の葬儀にも行けませんでした。
実に身勝手なのですが、そういう気持ちになってしまっていました。

節子は筑紫さんが好きでした。
ですから、筑紫さんの訃報は、私にもとてもショックです。
なんだかとても悲しいです。
がんで亡くなることの不条理さがやりきれないほどに悲しいです。
何か書かずにいられなくなってしまいましたので、書かせてもらいました。

筑紫哲也さんのご冥福を心からお祈りします。

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2008/11/07

■節子への挽歌433:同棲しはじめた頃の話

節子
こちらは急に寒くなりました。
あまりの寒さに、一昨日、こたつを出してしまいました。
こたつには、いろいろな思い出があります。

私たちはそれぞれの親の了解を得る前に、そして結婚式をする前に、同棲してしまいました。
一緒の暮らしのはじまりは、滋賀県の瀬田でした。
当時、私の貯金は8万円しかありませんでした。
節子はその数倍の貯金があったと記憶していますが、8万円では住む家を借りたらなくなってしまう金額でした。
親には話していませんでしたので、全部自分たちで切り盛りしなければいけません。
私はお金なんかなくてもどうにかなるという考えの持ち主で、実際には節子が苦労を背負い込んでいたのかもしれません。

住むところは2軒長屋の狭いところでした。
同棲しだしたのは、あまり記憶がないのですが、たぶん秋頃からでした。
寒くなってきたにもかかわらず、こたつだけが唯一の暖房器具でした。
暖房器具を買うお金がなかったのです。
テレビもありませんでした。
いや、何もなかったのです。
いつか書きましたが、年末にそれぞれの実家に戻り、親を説得することにしていました。
それまでの生活は、かぐや姫の「神田川」の世界でした。
隙間風が吹き込んでくるようなところで、隣の物音も聞こえてきました。
電気毛布もなかったので、夜はお互いに抱き合って身体を暖めあうようなこともありました。

お金はありませんでしたが、週末には2人で奈良や京都に行きました。
その頃の節子はとてもかわいくて、ローマの休日に出てくるヘップバーンのように私には見えていました。
人を恋すると相手が違って見えるものです。
たぶん、それが「愛」と「恋」との違いです。
これについてはまたいつか書きます。

冬を越したところで、会社の社宅に入れてもらえました。
そしてすぐに私が東京転勤になりました。
社宅には数か月しかいませんでしたので、ほとんど記憶はありません。

瀬田での生活が、私たちの原点でした。
箪笥もなく、ミカン箱の生活でした。
なにしろ突然の同棲でしたから、事件がなかったわけではありません。
テレビドラマの素材になるような話もありましたし、私の非常識さから節子に迷惑をかけたことも少なくありません。
それでもとても楽しかったです。

こたつの話が広がってしまいました。
こんな風に、ちょっとしたことから節子とのことが思い出されてしまうのです。
節子とまたこたつに一緒に入って、他愛無い話をしたいものですが、それはどうも無理なようです。
タイムマシンがほしいですね。

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■支え合う生き方を考える気楽なサロンへのお誘い

今日はある集まりへのお誘いです。

私が取り組んでいる活動の一つに、コムケア活動というのがあります。
みんなが気持ちよく暮らしていける社会に向けて、表情のある人のつながりを育てていこうという活動です。
その活動の一つとして、「支え合う生き方を考える気楽なサロン」をスタートさせることにしました。

「支え合う生き方を考える」。
なんだか大きなテーマで、うっとうしいなと思う方もいるかもしれません。
でもそんなのではないのです。

このブログでも書きましたが、
先日、ベンチャー企業の経営者と話していたら、
企業を元気にするには従業員が支えあう関係を創ることが大切だが、
そのためには、みんながお互いに周りの人のことをちょっと気にして、
時に声を掛け合ったりするようにすることから始まるのですね、
と話してくれました。

「支え合う」というと何か大変なことを引き受けてしまうように思うかもしれませんが、ここでいう「支え合う生き方」とは、まずはちょっと気にして声を掛け合うということなのです。
自分一人でがんばりすぎないということでもあります。

今回のサロンを皮切りに、これから毎月1回、気楽な集まりを行っていこうと思います。
お互いの体験談を話し合ったり、
日本に昔からあった支え合いの文化をテーマにしたり、
こんなことができるといいなと言うような夢を語り合ったり、
時には自分の困っていることを出し合ったり、
ともかくまずは、参加者のつながりを育てていくことから始めたいと思っています。

コムケア活動の理念は「表情のある人のつながり」です。
そしてビジョンは「新しい結い(支え合いの関係)」づくりです。
そんなことも少しは意識していきたいと思いますが、
ともかく最初は「気楽な話し合い」です。
そこに参加しただけで、ホッとできるようなサロンになればいいなと思います。
よかったら参加してください。

■日時:2008年11月26日(水曜日)午後7時から9時
6時には私は会場にいますので、はやめにきてもらっても大丈夫です。
そして、出入り自由です。
■場所:コンセプトワークショップ湯島オフィス(千代田線湯島駅の近く)
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map3.mht
■会費:500円
■内容:今回は参加者の自己紹介とこれからの進め方を話し合う予定。
■参加申込および問合せ先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)
申込がなくても当日突然の参加も大歓迎です。

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2008/11/06

■ゾーエの生命的規範とビオスの社会的規範

このブログは、ゾーエの立場での挽歌とビオスの立場での時評とから成り立っています。
しかもそれらを峻別するのではなく、できるだけ近づけようと考えていますので、独断的な時評になり、理念的な挽歌になったりしています。
また、このブログは「読む人」のことをあまり意識せずに、「書く」ためのブログでもありますので、冗長です。

いうまでもなく、ゾーエにもビオスにも生きるための規範があります。
生命的規範と社会的規範といってもいいかもしれません。
前者はゾーエとしての生を守るための、つまり「生きるための規範」ですが、
後者はビオスとして「生きやすくするための規範」です。
いずれも生きるためのエネルギーを縮減するためのものですが、生
命が絶たれるような毒物は飲まないという生命的規範を破れば、まさに生きてはいけません。
しかし「法律には違反しない」とか「お上には逆らわない」というような社会的規範は、破ったところで生きていけますし、その規範は時代によっても権力者によっても変化します。

言い方を変えれば、社会的規範を吟味すれば、その社会の権力者が誰かが見えてくるはずです。
西部劇で、「オレがこの町の法だ」などというセリフが出てきますが、
あれは決して開拓途上の西部の話ではありません。
そもそも「法律」とはそういうものですから、国家、つまり法律の制定者が行う行為は犯罪にはなりません。
その最大の例が、戦争における殺人行為です。

社会的規範が有効なのは、それが正しいからではありません。
みんなが守っているからです。
交通信号を守ることの規範性を思い出せばいいでしょう。
社会的規範は、みんなが守るから規範性を高め、みんなが守るようになるわけです。
つまり、社会的規範とは本来、価値や生命とは別の論理で成り立っているのです。
そこにこそ、社会的規範の落とし穴があります。
社会的規範の概念が、近代社会を実現させたともいえますが、
その広がりの中で、本質的な価値に基づいて構築されていた生命的規範が次第に忘れられてしまう恐れがあります。

ややこしい話を書いてしまいましたが、
実はこのことが昨今の経済不況や政治の混乱などの背後にあるような気がしています。
実体経済の呪縛を飛び出した金融経済、
国民の生活の豊かさを犠牲にする権力政治、
そこには、「規範が規範を生む」ような、おかしな状況が感じられます。

このブログを通して、生命的規範に立脚して、社会的規範を相対化するとともに、
社会的規範を踏まえながら生命的規範を考えていければと、私は思っています。

関連記事
■ビオスによる時評とゾーエによる挽歌

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■節子への挽歌432:心配りする人のいないさびしさ

急に寒くなりました。
節子がいた頃は、寒くなるとタンスの中はいつの間にか衣替えされており、
知らないうちに寝具も替わっていました。
いまは自分でやらなければいけません。
そんな小さなことが、私には一番、身に応えます。
私が快適にできるように、節子はいろいろなところで心配りしてくれていたことがよくわかるからです。

私も、それなりに節子に対して心配りしていました。
節子が病気になってからはもちろんですが、
それ以前も節子をとても大切に思っていましたから、
節子への心配りは私には大事なことでした。
しかし、それが節子に喜んでもらえていたかどうかは、いささか疑問です。
今から思うと、心配りを超えて、親切の押し付けだったことも少なくないような気がします。
なんとなく前々から私はそう思ってはいたのですが、
私の勝手な「心配り」を迷惑そうな顔もせずに、節子は受け入れてくれていたのです。
ストライクゾーンの心配りは、私にはできなかったような気がします。
それが修らしいという、節子の言葉が聞こえるようです。

しかし、そうした「心配りする相手」がいないことのさびしさは、予想以上に大きいものです。
人を愛するとは、心配りの喜びを手に入れることかもしれません。
心配りされないさびしさよりも、心配りする人のいないことのさびしさが大きいことを、節子がいなくなって、初めて知りました。
節子がしてくれていた心配りに気づくたびに、なぜもっと節子への心配りをしなかったのか、悔やまれて仕方がありません。

伴侶である必要はありませんが、心配りしあう人がいることは、人生を幸せにします。
節子がいなくなって初めてそれがわかりました。
しかし、「心配りすること」は簡単ですが、「心配りしあうこと」は相手がいることですから、そう簡単ではありません。
そんなことさえも、節子がいなくなってやっと気づいたのです。

今度、心配りしあう生き方を話し合うようなサロンを始める予定です。
時評編のほうに近日中に案内を出す予定です。
よかったら参加してください。

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2008/11/05

■借金の本質とは「増やして返す」こと

音楽プロデューサーの小室哲哉さんの逮捕には驚きました。
この世界に詳しい人には意外でもなんでもないのでしょうが、100億円を超える資産家が預金残高1万円に満たない状況にまでなってしまうことを知り、改めてお金の恐ろしさを知りました。
それにしても、なぜこれだけの資産を持ちながら、あっという間にこんな状況になってしまうのか。
たぶん100億円の資産家だからこそ起こった話なのでしょう。

「借金の本質とは「増やして返す」ことだ」と喝破してくれたのは、『「お金」崩壊』を書いた青木秀和さんです。
机の横に積んでいる本の1冊だったのですが、小室哲哉逮捕のニュースを見て、なんとなく読む気になりました。
とても頭が整理されました。
もっと早く読んでおけばよかったと思います。

ブログに書いておきながら、私は「公的資金」の意味を理解していませんでした。
税金だと思っていましたが、青木さんはこういいます。

「公的資金」とは、つまりは、私たちの貯蓄のことである。
公的資金による資本注入とは、「貯蓄の資本化」にほかならかったことになる。

実に明解です。
私は「お金がお金を産むこと」が全く理解できないでいましたが、青木さんは同書でこう書いています。

私たちは、これまで金利圧力の存在を軽視しすぎてきたのではないか。資産が自動的に増えるということは、負債も自動的に増えることを意味する。お金を借りて返さなければ、負債は自動的に積み増されていく。お金をうまく返せなくなると、途端に金利圧力が襲ってくる。それはやがて、人間関係や日常生活、果ては人格まで破壊しかねない。

まさに今回の小室さんの事例そのものかもしれません。
お金はお金を産むものではなく、負債を創りだすための仕組みだったことにやっと気づきました。
目からうろこが落ちた感じです。
それを拡げて展開しているのがグローバリゼーションです。
金融工学の原理の始まりは銀行だったこともわかりました。

少し難しい内容ですが、新書ですので、気楽に読めます。
ぜひ多くの人に読んでほしい本です。
特に、貯金のある人はぜひ読まれるといいです。

本書の最後に紹介されている、英国の化学者フレデリック・ソディ(1921年のノーベル賞受賞者)の言葉、「貨幣や信用は、富であるというよりは、むしろ負債である」がとても意味深いです。

アメリカではオバマが勝ちました。
世界が「チェンジ」するのでしょうか。
この本をオバマさんにも読んでほしいと思いました。

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■節子への挽歌431:新しい出会い

節子
このブログのおかげで、また新しい出会いがありました。
私とほぼ同世代の、大学教授のTYさんです。
有機化学を専門とされている理学博士ですが、つい先日、「コモンズ応援団」というタイトルで、メールを下さったのです。
そのメールから、もしかしたらと思っていたことがありました。

昨日、メールがありました。
そして湯島のオフィスに来てくれました。
初対面でしたが、お互いに旧知のように心を開いて話ができました。
どうしてでしょうか。

実はTYさんは3年近く前に、元気だった奥さんを突然に見送ったそうです。
肺がんだったそうで、発見から半年だったといいます。
この挽歌も読んでくださり、訪ねてきてくれたのです。
訪問の主旨はあくまでもCWSコモンズの主旨に共感してくれたからですが、TYさんの事情を聞かせてもらう前から、不思議な心安さがありました。
私だけではありません。
TYさんも後からこんなメールをくれました。

佐藤さんに長年の友人のような親しみと安心感を感じました。
奥様の節子様が橋渡しをしたのかもしれません。
懐かしい小金井の地にご招待しますのでお出でください。
TYさんは小金井市の貫井北町にお住まいです。
「小金井市貫井北町」。
節子と私が最初に東京で生活を始めた場所なのです。
懐かしいところです。

TYさんは伴侶を見送った後、同じ立場の人が書いた本や追悼集をたくさん読んだそうです。
自分だけではなく、みんなも同じなのだと思うことで少し気が鎮まったといいます。
私は、この挽歌を書くことで、気を鎮めています。
スタイルは違いますが、同じことなのでしょう。
そして私たちは会えたわけです。

お互いに同じ体験をしているだけに、相手に自分を感ずるような気もしました。
ですからきっと初対面なのに心安さがあったのかもしれません。

帰宅後、節子に報告しました。
節子のおかげで、いろんな人とのつながりが広がっています。
寂しがっている私を気遣って、節子が配慮してくれているからかもしれませんね。
ありがとう、節子。

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2008/11/04

■パナソニックの三洋電機の子会社化

パナソニックが三洋電機を子会社化するそうです。
企業はまだまだ大規模化する方向で動いているようです。
「スモール イズ ビューティフル」が話題になったのは、もう大昔の話になってしまいました。
なぜ時代の流れはまた反転してしまったのでしょうか。
不思議でなりません。

30年前には「スケールメリット」という言葉と並行して、「スケールデメリット」という言葉が市民権を得だしていたように思いますが、今はそんな言葉はどこかに言ってしまいました。
そういえば、「収益逓減の法則」ではなく、「収益逓増」が複雑系の経済学の中では脚光を浴びた頃から、時代がまた反転したような気がします。

銀行もメガバンクに成り、自治体も市町村合併で大きくなりました。
大きくなってよかったことはあるでしょうか。
少なくとも私には皆無です。
ショッピングは便利になったという人がいるかもしれません。
私も時にそんな気になります。
しかし別に大きければいいわけではありません。
何かが失われたような気もします。

大きくなって好都合なのは誰かを考えると、その答はかなり明確です。
経済も政治も、大きい方が管理しやすくなります。
管理の視点から考えるか、利用の視点で考えるかにより、全く変わってくるのです。

昨今の経済や政治のシステムが限界に来ていると思っている私には、
時代はまもなく反転するような気がします。
昨今のような「過冷却社会」だと、ある朝、目覚めたら世界が反転していたということも起こりえるように思います。

しかしそれにしても、どうしてみんな大きく成りたがるのでしょうか。
「みんなで渡ればこわくない」は、人間の共通の思いなのでしょうか。
もっと他の選択肢はないのでしょうか。

多田富雄さんの「生命の意味論」を読み直しました。
とても面白かったです。
以前読んだ時よりもすなおに心身に入ってきました。

最近、古い本を読み直しています。
時代はむしろ後ろに向いて進んでいるのではないかと思うほどです。

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■節子への挽歌430:吉祥蘭が咲きました

節子
吉祥蘭が初めて花を咲かせました。
節子が数年前に、ジュンと一緒に柏に行った時、駅前にいた行商のおばあさんから買ってきたのだそうです。
節子はどんな花が咲くかも知らずに、おばあさんの勧めで買ったのだそうです。
ところが、その後、花は咲こうともせずにいたのです。
その花が咲いたのです。
節子かもしれません。

Ran2_3
吉祥とは繁栄・幸運を意味し、その名前を持つ吉祥天は幸福や美の神とされています。
奈良の薬師寺の吉祥天女画像は有名ですが、薬師寺は私が仏像に興味を持った最初の像です。
中学の修学旅行で初めて薬師寺に行きましたが、金堂の薬師三尊の印象が強く残りました。
戦禍で薬師寺が炎上した時に、金箔が溶けて黒くなってしまったと説明を聞きましたが、その時、炎のなかで歩き出す如来と菩薩を想像したのです。
火花の音が聞こえるような感じでした。
その時から、遺跡や旧い寺院に立つと、人のざわめきが感じられるようになったのです。
それが、私が遺跡好きの理由です。
私が薬師寺の薬師三尊が好きなのは、それだけではありません。
薬師如来のふくよかな肉体が、心を包んでくれるような気がするのです。

節子と薬師寺に行ったのは、そう多くはないでしょう。
せいぜい2度か3度ですが、節子と結婚する前はよく行きました。
まだ薬師寺には東塔しかなかった時代です。
今は、私の好みのお寺ではなくなりました。

Tennyo_2吉祥天女画像は、修正会の時に金堂の薬師三尊像のところに公開されると記憶していますが、残念ながら私がこの天女に会えたのは、東京国立博物館での「日本国宝展」でした。
大学1年の時でした。
その4年後に、節子に出会いました。

節子と出会ってからは、私にとっての吉祥天女は節子になりました。
ですから、それ以来、吉祥天女画像は私には興味のない存在になっていました。
そして、節子に会えなくなって1年、まるで節子が仕組んだように、節子が残していった、花の咲かなかった吉祥蘭が咲いたのです。

この吉祥天像は光明皇后がモデルとも言います。
私は毎朝、般若心経の後、光明真言を唱えています。
そのおかげで、節子への思いが届いたのかもしれません。

薬師寺の修正会では、この天女の前で、日頃の罪業を懺悔すると許されると聞いていました。
生前の懺悔をしろと、節子が言っているのかもしれません。
私は節子には隠し事はなかあったといいましたが、正直にいえば全くないわけでもありません。
しばらくは吉祥蘭を節子の写真の近くに置いて、懺悔でもしようかと思います。
どんな懺悔でも、節子は笑ってくれるでしょうから。

それにしても地味な蘭です。

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2008/11/03

■経済学は変質してしまいました

日本リサーチセンターが昨日発表したアンケート調査によれば、
今後1年間の暮らし向きについて69%の人が「不安を感じる」と回答したそうです。

最近、E.フロムの『希望の革命』を読み直しました。
40年ほど前に書かれた本です。
その中の一部を引用させてもらいます。

19世紀に本を書いた昔の経済学着たちが、どんどん生産をふやすという経済的方式は目的に対する手段であって、それ自体が目的ではないことを、はっきり認めていたということは、興味深い事実であって、注目に値する。適当な水準の物質的生活にひとたび到達したなら、生産力を社会の真に人間的な発展の方向に向け直すことを、彼らは希望し、期待していた。より多くの物質的商品の生産を人生の究極的、全体的目標とする考えは、彼らには無縁であった。

ジョン・スチユアート・ミルはこう書いた。「限りない富と人口の増加によって、大地から多くのものが根こそぎに奪われるために大地がその楽しさの大部分を失わなければならないとするならば、そして、この収奪がただより多くの人口、だがより優秀でもより幸福でもない人口を養うことができるためだけに行なわれるのであるならば、私は必要に迫られるずっと以前に、富と人口が増加をやめて現状を保つのに甘んじることを、子孫のために心から願うものである。資本や人口の固定した状態が、人間の向上の止まった状態を意味しないことは、言うまでもない。あらゆる種類の精神的文化、道徳的、社会的進歩の余地は相変らず残されている。成功するための技術に心を奪われなくなった時でも、生活するための技術を改良する余地は同じようにあるし、また改良される可能性ははるかに大きい。」

アルフレッド・マーシャルは言っている。「労働時間を短くすれば、多くの場合国民の利益配当が減り、賃金が下ることは事実だが、大部分の人の労働が多少減るということは、おそらく良いことだろう。ただしその場合、結果的には物質的収入が減るわけだから、もっぱら最も下らない種類の消費方法をすべて放棄することによって、それに対処し、余暇を善用することを学ばなければならない。」

経済学者は変質してしまいました。
私たちも生き方を変えてしまいました。

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■節子への挽歌429:14回目の月命日

今日は節子の14回目の月命日です。
14という数字は、日本ではあまり話題になる数字ではありませんが、聖書では「聖なる数字」といわれています。
いろいろと面白い意味があるようです。
仏教での「14」という数字の意味は知りませんが、四九日忌を七七日忌ともいうように、7が2つある14にはきっと何かの意味があるはずです。

ところで、いつも気になっているのが、「命日」という言葉です。
辞書で調べてみたら、室町時代から使われていたようです。
それ以前は「忌日」のほうが一般的だったようです。

人が死を迎えた日を「命日」と呼ぶ。
なぜ、「いのちの日」と呼ぶのでしょうか。
「浄土での生」に入っていくという意味をこめていると聞いたことがあります。
私にはなじめない説明でした。
しかし、最近、何となく「命日」という言葉の心がわかるようになってきました。
彼岸と此岸に離ればなれになっているもの同士が、いのちを通い合わせることができる日なのです。

昨年の今日は、福岡の西川さんが節子にハーモニカを演奏してくれました
あれから1年がたったのです。
その西川さんは今日、きっと中国の杭州でハーモニカの演奏をしています。
CWSコモンズに書きましたが、「アジア太平洋ハーモニカフェスティバル」に参加しているのです。
今朝も西川さんからメールが届きましたが、西川さんのハーモニカは人の心をやさしくします。
生演奏ではないですが、西川さんが送ってくれたハーモニカのCDを献花台の前で節子と一緒に聴きました。

今日は早朝からちょっとした非日常体験をしたので、少し疲れていますが、もう少したったらみんなでお墓参りです。
節子も一緒に節子のお墓参りに行くという、何だかよくわからない話ですが、それがわが家の文化になってきています。

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2008/11/02

■見えないところで起こっていることの恐ろしさ

テレビで放映されていましたから見た人も多いと思いますが、10月26日、市民団体の企画によって「リアリティアー 62億ってどんなだよ。麻生首相のお宅拝見!」という催しが行われ、そこで3名の参加者が逮捕されるという事件が起きました。
テレビで見た時には、世相を反映する面白い事件だと思った程度で、あまり気にはしていませんでした。
ところが、実はこの事件はまだ終わっていないことを今朝知りました。

そもそもこのツアーの呼びかけは、私のところにも流れてきていました。
こんな呼びかけでした。

第二回のツアー目的地は、このたび「かしこくも」内閣総理大臣に就任された麻生太郎首相のお宅です。45年間にわたり一着30万円のスーツを年間10着仕立てるおしゃれな首相。たった一日で大卒初任給の2倍の弾を撃ちまくって鍛えた射撃はオリンピック級の腕前。敷地だけで6,200,000,000円。大久保利通、牧野伸顕、吉田茂に連なる「華麗なる一族」の東京宅を見に行きましょう。
集合地点は、渋谷駅ハチ公前広場で、主催は反戦と抵抗の祭<フェスタ>08・RTB(Reality Tour Bureau)となっています。
ちなみに、反戦と抵抗の祭<フェスタ>08は、こフリーター全般労働組合が企画しているイベントで、11月29日に渋谷勤労者福祉会館で開かれ、翌日、デモをすることが予定されています。
このリアリティツアーは、そのプレイベントとして企画されたようです。
事件が起きた後、すぐに流されたメールの一部を引用します。
ハチ公前に集合して、いざ麻生宅へと歩き出してほどなく、ただ歩いていることを持って「集団的示威行為」だとの言いがかりをつけられて「公安条例違反」で一人が逮捕、逮捕の邪魔をして警察に暴行を加えたとのデッチ上げで参加者二人が「公務執行妨害」で逮捕されました。現在計3名が勾留されています。
そして今朝、こんなメールが流れてきました(メールの一部です)。
10月29日に呼びかけを開始してからわずか4日。288の個人・団体から声明への賛同が寄せられました。救援会へのカンパも50万円を超えています。
そして、そのメールで、3人は今も代用監獄に監禁されていることを知りました。
驚くべきというか、おそろしい話であり、しかも他人事ではありません。
私も時間があったら行ってみようかとさえ思っていたのですから。

テレビや新聞では、「警察官に暴行」「警察官を殴る」などの表現もありましたが、そんなことはなかったという証言もあります。
私はどちらが正しかったかはわかりませんが、YouTubeに逮捕の瞬間や地元警察とグループ代表の事前交渉とみられる動画がアップされていますので、ご覧ください。
そのイベントの本来の雰囲気がわかると思います。
逮捕前後の映像
集合地点での地元警察との話し合い

それにしても恐ろしい話です。
立川のビラ配り事件を思いだします。
日本の社会はどうしてこんなに劣化しているのでしょうか。
国民に信を問えない政権の実態を垣間見る気がします。
じわじわと私たちの生活は追い詰められているようです。

ちなみに、日経BPサイトでも森永卓郎さんがコメントされています
詳しくは森永さんの記事をぜひ読んでほしいですが、一箇所だけ引用させてもらいます。

いやしくも日本は民主主義国家である。権力が言論の自由を抑圧しようとすることは絶対に許されるものではない。もし、こんなことがまかり通るようであれば、日本は中国のことを批判できないではないか。また、この問題をまったく追及しようとしないメディアにも大きな問題があるとわたしは考えている。
「麻生でてこい!!リアリティツアー救援会ブログ」では、いろいろなやり取りも含めて、その後の動きが報告されています。

救援会へのカンパ宛先
郵便振替 00110-6-317603
口座名 フリーター全般労働組合
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■突然の破綻など本来はありません

「突然の破綻」がよく起こるようになりました。
京品ホテルの突然の閉鎖、突然の派遣中止、突然の融資解約(SFCG)、突然の内定取り消し。
一昨日は、約20の保育園の突然の閉鎖が報道されていました。
「突然」ということが起こるのは、今に始まったことではないかもしれませんが、最近、そうした「突然の」しかも「一方的な終わり」が企業によって行われることが多くなっているような気がします。

京品ホテルは経営者の突然の閉鎖発表にもかかわらず、従業員ががんばって営業を継続しています。
閉鎖宣告された保育園も、施設や保育士、さらには利用者がいるわけですから、事業を継続できるわけですが、閉鎖してしまえば、空き家になってしまい、資産は無駄に成っていきます。
実体としての事業が存続可能なのに、なぜ突然の閉鎖が決まるかといえば、経営上持続できないという理由です。
そういう理由で、銚子の市立病院も閉鎖されました。
全くおかしな話です。

利用者がいて、供給者がいる。
事業が成り立つには、それで十分です。
あとは瑣末なことでしかありません。
経済とか経営は、そうした事業実体を支援するためにあるべきです。
それが「経世済民」ということでしょう。
そしてその効果的な仕組みの一つが、お金でした。
お金は事業、つまり生活を支えるためのものでした。
それがいまや、お金のために事業が壊され、生活が振り回されているわけです。
経済政策を考える人たちの発想が全く変わってしまっているのです。

実体がある事業は、現場に人たちが汗と知恵を出せば必ず継続の道はあるはずです。
もちろん利用者も一緒に汗と知恵を出す必要があります。
そして、普段の事業展開において、関係者(経営用語を使えば、ステークホルダーです)と一緒に取り組んでいれば、「突然の破綻」など起こりようは無いのです。
もちろん「企業不祥事」も起こらないでしょう。
みんな「経営」ということの意味を理解していないとしか言いようがありません。

忘れてはいけないことは、「突然の閉鎖」で一番大きな被害を受けるのは、「突然」知らされた関係者です。
まともな経営をしていたら、「閉鎖」はありえるとしても、「突然」はありえません。
突然の発表の裏には、必ず「不正」と「利益隠し」があるはずです。
最近の経営者は、また経営を忘れているようです。

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■節子への挽歌428:思い出の中の節子との世界は生きている

昨日、娘のユカの関係のことを書きました。
間違っていると悪いので、ユカに読んでもらいましたが、
そのついでに他の記事も読んで、間違いを指摘してくれました。
それは、手賀沼マラソンに関わる記事です。

私には、節子がつくった旗をもって節子と一緒に応援にいった記憶があります。
その旗のイメージも鮮明に残っています。
ですから、そう書いたのですが、ユカはお母さんは一緒ではなかったというのです。
そういう記憶が定かでない場合、私には確認することがかなりできるのです。
私の生活のかなりの部分をホームページ(CWSコモンズ)で公開しているからです。
確認のために、その日の記事を読み直してみました。
たしかに節子は応援に行っていませんでした。
週間報告にはこう書いてありました。

応援バナーをつくると張り切っていた女房がどうしても応援できなくなくなってしまいました。
それで娘たちがかりだされました。

そういえば、娘たちと3人で応援に行ったことを思い出しました。
しかし、なぜ節子は応援に行けなかったのでしょうか。
体調が悪くなっていたのでしょうか。
もしそうであれば、たぶん私も応援には行かずに、節子と一緒にいたはずです。
それでまた娘に訊いてみました。
娘がいうには、たしかお母さんは友達と一緒に急に旅行に行ったというのです。
そういえば、そんな気もします。
節子は、誰かと旅行にいけるほどに元気になっていたのです。

それにしても、記憶というのはあやふやなものです。
ユカから指摘されるまで、私の思い出の中には節子が旗を振っているイメージまであったのです。
このブログに節子との思い出を時々書いていますが、それらは果たして正確なのだろうかと気になってきました。

節子と私との過去の世界は私の頭の中にしかありません。
その世界はたぶん私の思いで、少しずつ変化しているのでしょうね。
自分に都合よく無意識に変えているのかもしれません。
「思い出」というのは過去のものではなく、いま現在に存在するものですから、変化するのは当然です。
5年前のことを今日書いておいたものと、1年後に同じことを書いたものとは、微妙に変化しているはずです。

つまり、「思い出」は生きた存在であり、日々、変化しているのです。
過去の節子も私も、私の思い出の世界では変化している。
言い換えれば、思い出の中の節子は生きているといってもいいでしょう。

愛する子どもを失った親の気持ちが、少しだけわかったような気がしてきました。
同じように、私の中にも、私と一緒に歳をとっていく節子がいるわけです。
世界をシェアしながら、歳をとっていくことの喜びを感じられればいいのですが。
まだそこまでには至っていませんが、そんなことを少し理解できてきたような気がします。

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2008/11/01

■節子への挽歌427:秋になると娘から言われること

節子
秋晴れの、いい天気です。
節子がいたら、きっと「紅葉を見に行こう」と言いだすでしょうね。
節子は本当に行動的な人でしたから。

むすめと日光の紅葉の話になりました。
日光といえば、思い出す話があります。
わが家の「貧しさ」を象徴する話なのですが。

私が還暦の時だったと思いますが、長女のユカがお祝いに日光の金谷ホテルに招待すると言ってくれました。
ところが、節子も私も、それを素直に受け入れずに、日光は行ったことがあるし、それに1泊何万円もする金谷ホテルでなくてもいいよ、と反応してしまったのです。
わが家の旅行はいつも安いホテルや旅館で、せいぜい2万円どまりだったのです。
ユカは、たまにはもう少しいいホテルで、ゆっくりして来たらと勧めてくれたのですが、いわゆる「高級な」ということに、私たち夫婦は全くの価値を見出せないタイプでした。
育ちのせいでしょうか、節約家だからでしょうか、高いホテルに泊まると落ち着かないのです。
私自身は、過剰なサービスが好きではありませんし、もったいぶった料理などは大嫌いです。
気楽なカジュアルなホスピタリティが好みなのです。
節子もそうでした。
数時間を過ごす宿泊のために10万円を出すくらいならば、どこかに寄付をした方が気持ちがいいですし、その分、収入を減らした方が人生は豊かになるというのが私たちの考えでした。

むすめは、そうした私たちの生き方に異論があったわけです。
彼女にとっては、いつもと違った旅行を体験させたかったわけです。
私たちは、その娘の気持ちを素直に受け入れなかったわけです。
娘は、金谷ホテルでなければ招待しないと言い出し、結局、私たちは娘の好意を無にしてしまったのです。
今でも時々、その時のことを娘から言われますが、グーの音も出ません。

あの時、節子が反対しても、金谷ホテルに泊まるべきでした。
数年後、日帰りで節子と一緒にまた日光に行きました。
駅前で金谷ホテルのケーキを買って、娘へのお土産にしました。
しかし、そんなことでは許してもらえませんでしたが。

子どもたちからの贈り物は、それが何であろうと素直に受け取るべきです。
きっと節子もそう思っているでしょう。
でも私一人になってしまった今は、どちらの娘からも金谷ホテルプランは出てきません。
贈り物をもらえたのは、もしかしたら節子がいたおかげかもしれません。
幸福な時代だったのですね。はい。

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■田母神空幕長と自衛隊の本質

今朝、ブログに記事を掲載しようと思って、アクセス状況を確認しました。
そうしたら、昨夜の9時以降にアクセス数が急増していました。
今年の4月に書いた「田母神空幕長の法を踏みにじる発言に耳を疑いました」へのアクセスが原因でした。
そう言えば、昨夜のテレビで田母神空幕長更迭が報道されていました。

あることが話題になると、関連記事へのアクセスは急増します。
私のブログはファッショナブルではありませんので、アクセスはそう多くはないのですが、それでも時々、1日に1000件程度のアクセスがあることがあります。
それはこうした「話題の事件」にフィットした時です。
それで改めて世間の関心の動きを知ることも出来ます。
田母神空幕長の論文記事に、これだけの関心があったことになぜかホッとしました。

その一方で、あの「田母神空幕長」がまだそのままの職にいたことに、驚きも感じました。
私には「ありえない話」ですが、いまの自民党や民主党の発想であれば、そう不思議ではないのでしょうね。
浜田防衛相が、本人に更迭を伝えた時に、「『立場として問題では』と話した」といったと新聞に書かれていましたが、まあ、その程度の認識です。
それにこの論文の内容は、防衛省には事前に伝わっていたのですから、これはある意味では防衛省、つまり政府が認めた見解なのです。
もし首相が知らなかったとしたら、それはシビリアン・コントロールの破れといえます。

これは決して、田母神空幕長の個人的見解ではありません。
自衛隊の主流を歩いてきた人であり、法を無視する発言をしてもとがめられなかった人です。
自衛隊はもちろん、防衛省の文化を象徴している人と考えていいでしょう。
そのことの恐ろしさを、もっとマスコミは明確にすべきでしょう。
マスコミに対しても、なにをいまさらと私は思います。

守屋事件などは、こうしたことに比べれば、瑣末な話です。
歴史もまともに学んでいない狂気の人がトップに存在している自衛隊は、凶器以外の何物でもありません。
元サマワ先遣隊長の佐藤正久参議院議員もそうですが、いまの自衛隊は狂気を育てる組織かもしれません。
世界の平和にはマイナスの存在です。

田母神前空幕長はひとつだけ同意できることを書いています。
今の状況では日本は守れない、と。
全く同感です。
こんな人が自衛隊にいる限り、日本は守られるはずもありません。
70年前を思い出さなければいけません。

田母神前空幕長のこれからの身の処し方に興味があります。
自らでけじめをつけられないような人でないことを期待します。

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