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2008/11/14

■「マスコミに報復してやろうかな」

言葉尻を捉えるのはあまりいいことではないですが、言葉には本音が必ずと言っていいほどでるものです。
田母神発言に関しては、このブログもかなりのパッシングを受けましたが、それにしてもどうしてこうも次々とおかしな発言が出てくるのでしょうか。
さびしくなります。

「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」の奥田碩座長(トヨタ自動車取締役相談役)が12日の会合で、「テレビが朝から晩まで年金や厚労省の問題をあれだけ毎日やるのはちょっと異常な話。正直言ってマスコミに報復してやろうかな」と発言したそうです。
驚いた発言ですが、もっと驚いたのはその後の発言です。
「ああいう番組のスポンサーは大きな会社じゃない。パチンコ屋とかサウナとかうどん屋とか」とまくし立てたのだそうです(日経新聞)。
私は奥田さんという人の発言には、トヨタの社長時代から違和感をもつことが多かったですが、最近の言動には怒りを感ずることが多いです。
今回は怒りを超えて、あきれました。

大企業こそが社会を支配しているとでも思っているのでしょうか。
大企業を支えているのは、言い換えれば大企業が大きな利益を得ているのは、中小企業の汗と努力のおかげです。
パチンコ屋とかサウナとかうどん屋をバカにする前に、自分の会社でどれほどの問題が起こっているかを考えろといいたいくらいです。
まあ、そこまでいうと、奥田さんと同じレベルの品のない発言になるのでやめましょう。

しかし、「報復」とは驚きです。
日本のテレビを支えているのは自分たち大企業だと思っているかもしれません。
もしそうであれば、それもまた大きな問題です。
それに、「気に食わないから報復」などといいますが、スポンサー費用は奥田さんのポケットマネーではありません。
トヨタの社員が汗を流して獲得したお金です。
そこにはもちろん派遣社員も入ります。
企業を私物化している奥田さんの実態が見事に露出しています。
こういう人たちが、日本の政治を動かしていると思うと気が重くなります。

しかし、もっと気になることが、日経新聞の記事には続いていました。

関係者は「マスコミ公開の会議であることを忘れていたのでは」と奥田氏をかばったが、経済界の大御所の発言だけに波紋を呼ぶ可能性もある。
つまり、公開でない場ではこうした発言がよく行われていることを感じさせる書き方です。
ここでいう「関係者」というのは誰なのかわかりませんが、いやな世界です。
そうした世界とは全く無縁の世界に暮らしていることを喜びたいと思います。

いずれにしろ「報復」はいけません。
奥田さん、いかに自分に自信がなくても、報復してはいけません。
そこまで堕ちることはないでしょう。

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コメント

いやはや まったく 呆れることだらけですね
倫理観 品性 品格がない人が多すぎて 毎日ニュースをキャッチするのが、本当に悲しく、辛くなります。
そういう人達のことを知るたび、呆れるを通りこして 哀れにさえ思えてきます。
まずは 権力や影響力の前に、人として尊敬できうる人格を養っていただきたいですね。
知れば知る程 悲しくなるこの世の中。
しかし、身近に尊敬できる人を求めて、そういう方々と交流を深めて、心豊かに暮らして行きたいと、しみじみ思う昨今です。 
宮内俊郎

投稿: 宮内 俊郎 | 2008/11/14 20:19

宮内さん
ありがとうございます。

昨日、青果小売業から身を起こし、全国的に活動する企業に育て上げた会社の社長に会いました。
会った途端に、その人のオーラを感じました。
現場で汗している人たちに共通する、誠実さと品格が伝わってきました。
そのおかげで、昨日はだいぶ元気になりました。
マスコミが伝える社会とは別の社会があるような気が、最近、してきています。

このブログでは、企業経営者に批判的なことばかり書いていますが、企業の経営者にも、そういう人は決して少なくありません。
倫理観、品性、品格がない人のことなど取り上げないほうが、このブログの品性を維持できるのですが、どうもついつい「汚い言葉」で書いてしまう私の性分は直りそうにもありません。
困ったものです。

投稿: 佐藤修 | 2008/11/16 10:55

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