■節子への挽歌442:「ありがとう」と口に出す文化
節子
私の1日は、節子の位牌壇に灯明を点け、般若心経をあげることから始まります。
般若心経は、実は時に一節が抜けます。
依般若波羅蜜多故、心無罣礙、無罣礙故、
無有恐怖、遠離一切顛倒夢想、究竟涅槃。
それは節子が最初に覚えた部分です。
なぜでしょうか。
まあそれはそれとして、般若心経をあげた後、いろいろの人を思い出しながら祈りを捧げます。
まだ会ったことのない人たちのことも、もちろん含まれますが、
時にこれも「すべての人が幸せでありますように」などと手抜きの祈りの時もあります。
1日の終わりは、節子の写真を見て「今日もありがとう」と声をかけます。
これは節子がやってきていたことです。
節子は病気になってからいつも、寝る前に般若心経をあげて、
最後にだれにともなく「ありがとう」と言っていました。
「ありがとう」は節子の文化でした。
それに対して、私は「悪いけど」と言って、誰かにものを頼む文化を持っていました。
会社時代に、部下だった人から、「悪いけど」は不要ですと言われてしまったことがありますし、
上司から「佐藤君は若い社員にも丁寧だね」と少し嫌味を言われたこともあります。
節子も、私の「悪いけど」発言は好きではありませんでした。
悪いと思うなら頼むな、というのが節子の文化でしたから。
最近、私は節子から教えてもらった「ありがとう」をよく使っていることに気づきました。
寝る前に、「ありがとう」と言っているおかげかもしれません。
「ありがとう」という言葉を口に出すことの効用はとても大きいです。
もっともっと「ありがとう」を言い合える社会になればいいと思います。
ちなみに、私の「悪いけど」は、やってもらう前に「ありがとう」を言っているつもりなのですが、
やはり後で言った方がいいようです。
節子
ありがとうね。
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