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2008/12/17

■節子への挽歌472:台湾の呉金倉さん

節子
昨日、台湾の呉さんから電話がありました。
元気そうでした。
今年の初めに節子のことをメールで伝えたのですが、どう返信したらいいかわからずに、オフィスに電話したそうです。
しかし、オフィスの電話は最近外してしまっていたので、連絡がつかなかったようです。
私たち夫婦のことをよく知っているので、きっとどう対応していいかわからなくなってしまったのでしょう。
いかにも呉さんらしいです。
幸いに最近、昔の手紙が見つかり、そこにわが家の電話番号があったようです。
10年ほど前の手紙を読み直していますと電話の向こう側で言っていました。

もう15年ほど前になりますが、毎月、定期的に湯島のオフィスを開放し、留学生たちのたまり場に提供していました。
異国で友達もなく、一人でがんばっている若者たちの支えになれればと思って始めた活動でした。
その常連たちが、正月にわが家に来て、故国の料理を作ってくれたこともありました。
呉さんもやってきて、手料理を作ってくれました。
そうした活動も、節子がいなければ出来なかったことのひとつです。
節子はみんなから好かれていました。
3年くらい続けたでしょうか。
いま日本に残っている人もいますが、みんな忙しそうで、交流が途絶えてしまったのは残念です。

その集まりに、ほぼ毎回、来てくれていたのが呉さんです。
とてもおだやかで、やさしい若者でした。
その後、台湾に帰り、仕事を始めました。
私たちも会ったことのある人と結婚したのですが、突然、結婚式の招待状が届きました。
とても行きたかったのですが、ちょっと大きな集まりでの講演と重なっていたため、行けませんでした。
その後、節子の体調があまりよくなくなってしまい、呉さんからは毎年お誘いがあったのですが、結局、台湾訪問は実現しませんでした。
しかし、呉さんが来日した時に、一度だけわが家にも来てもらいましたので、節子も台湾で活躍しだしている呉さんとも会えました。

呉さんも、私の元気そうな声を聞いて安心したようです。
節子さんのためにも元気になって、また台湾にも来てくださいといわれました。
行きたいような、行きたくないような、複雑な気持ちです。
節子が元気だったら、故国に戻って活躍している若者たちのところを回れるはずだったのですが。

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