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2008/12/06

■節子への挽歌462:これまでに取り組んできた活動の資料を捨てることにしました

節子
漸く部屋の片づけを開始しました。
もっとも、節子のものにいく前に、まずは私の関係の片づけから始めました。
節子がいなくなってから、私自身の周辺の片付けさえもあまりやっていないのです。
時々取り組みましたが、いつも途中でやめてしまいました。
私の書類関係などは、節子が病気になって以来、あまり整理せずにいますから、かなりの量の書類が山積みになっています。
いつか取り組みたいと思って、準備のために集めていた資料や書籍も少なくありません。
しかし、今回は思い切ることにしました。
たぶんもう新しいテーマに取り組むことは難しいでしょう。
節子がいない今、新しいテーマに取り組む意味もありません。
全く論理的ではないのですが、そんな気もします。

私のこれまでの活動の多くは、情報面では節子とシェアできていました。
いろいろな取り組みについて、相談するでもなく話をする相手が節子だったからです。
節子は、私の仕事に関して、とても関心を持ってくれました。
そして、私とは全く違う側面から、そして次元から、アドバイスしてくれました。
それが私にどれほどの力を与えてくれたかは、計り知れません。
ですから仕事関係の資料を見ると、取り組んでいた頃の節子のことが思い出されるのです。

いずれも思いのあるものだけに、簡単には捨てる気にはなれません。
それで内容を見ながら捨てているのですが、いつもはその途中で捨てきれなくなります。
しかし今回は原則としてすべてを捨てる決意で取り組んでいます。

「無所有」の著者の法頂の最新作「すべてを捨てて去る」にこんな文章があります。

英語で私有を意味する private という言葉は「奪う」という意味のラテン語 privare に由来する

私有とは奪うことというのは、よくわかります。
他の人の利用を排除するわけですから。
しかし、結局は自分からも奪っていると、法頂はいうのです。
そして、「私たちが何かに強く執着するとき、それが自分自身を縛る鎖になることは経験を通して誰もが知っている」と書いています。

資料を捨てることは過去を捨てることかもしれません。
しかし、節子との思いは捨てないように、しっかりと心身に刻み込んでおこうと思っています。
「すべてを捨てる」には、まだほど遠いです。

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妻への挽歌03」カテゴリの記事

コメント

佐藤さん

こんにちは。
私が使っている6畳ほどの部屋も、まるでゴミ箱のようにひどいことになっているので、
思わずコメントしたくなってしましました。
まさか佐藤さんのお部屋はこれほどまでにひどい状態ではないだろうと思いますが。
4月に正規雇用のOLを辞めてから時間はたくさんあったはずなのに、
部屋は一向に片付かないのです・・・。

そんなぐぅたらな自分を励ますように聞こえるからか、
好きな言葉があります。

「この世のすべてを捨て去る必要があるか。執着を捨てればそれでじゅうぶんだ」
                       ― ラーマクリシュナ ―

そんなに簡単に捨てられれば誰も苦しまずに済むのですが、
振り払おうとすればするほど、タコの吸盤のようにぴったりくっついてきたりして。

いやいやしかし、そんな言い訳はせずにこの部屋はいくらなんでも、
もう少し何とかしなくてはと思います。
はい。

ちなみに、ふとしたご縁である有名なフォト・ジャーナリストの事務所を
お掃除したことがあるのですが、その時は
「今まででこんなに綺麗にして下さった方は初めてです。」
と、○○さん直々にお言葉を頂き感激したことがあります。
(自慢話みたいで恐縮ですが・・・)
人の部屋を片付けるのは案外得意なのかもしれません?

それにしても○○さんの事務所は少し特別でした。
何て言ったって、クラスター爆弾の粒状の弾やアラファト議長の生写真が
その辺に転がっていたりするのですから(汗)。

ところで佐藤さんの湯島のオフィスは大変きれいでしたが、
もしも大掃除で人手が必要な時は気軽にお声掛けてください。
そんなことでしたら、喜んでお手伝いいたします。

ではまた。

投稿: 渡邉りよ | 2008/12/06 13:23

渡邉さん
ありがとうございます。

>佐藤さんの湯島のオフィスは大変きれいでしたが、

ほとんど使っていないからかもしれません。
実は1年半、全く掃除をしたことがないのです。
それに実は、お気づきかもしれませんが、
あのオフィスは改装途中のままなのです。
カーペットを替えたところでストップしているのです。

時々、掃除しようかと思うことはあるのですが、
なかなかできずにいるのです。
掃除する気になって、手に余るようであれば、
助っ人をお願いします。

ちなみに、わが家の私の部屋もかなりのものです。

投稿: 佐藤修 | 2008/12/06 21:16

佐藤さん

オフィスが改装中であったことには全く気付きませんでした。

助っ人なら喜んで♪
ご自宅の方はお嬢様方の強い味方があるので良いですね(^^)

投稿: 渡邉りよ | 2008/12/07 14:10

渡邉さん
ありがとうございます。
コメントに気づかず、アップするのを忘れてました。
すみません。

オフィスの改装は、たぶん途中のままを続けると思います。
自宅は、いまや私のほうが居候的です。
いやはや。

投稿: 佐藤修 | 2008/12/22 09:11

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