■節子への挽歌495:読書の冬
節子
こちらは寒くなってきました。
今年の冬は暖かく、庭の花がいつまでも咲いていて、植え替えられないとジュンが言っていましたが、さすがに秋の花は咲き終えたようです。
庭から色目が少なくなり、少しさびしい気がします。
しかし快晴が続いています。
幸いにわが家のリビングは日当たりがよく午前中は暖かいので、自宅にいる時はそこで本を読んでいます。
自宅で読書をするという習慣は私にはあまりなかったのですが、昨年末から今年にかけてかなりの本を読みました。
こんなに集中して読書をしたのは、20年ぶりくらいでしょうか。
とても久しぶりです。
それに、それなりにハードな本です。
基礎情報学とか社会論とか経済学です。
かなり頭が固くなっていて、読書のスピードが我ながら落ちています。
しかし、ずっと考えてきて、この30年取り組み続けてきたことが間違いではなかったという確信を強められました。
塩野七生さんの地中海シリーズや山折さんの「空海の企て」のような、柔らかな本も何冊か読みました。
ところで、不思議なのですが、いずれもなんだか以前読んだような気がしてなりません。
もちろん再読した本も何冊かありますが、ほとんどは新たに読んだ本なのです。
でもなんとなく親しみがあり、自分で書いたのではないかと思ったりするほどです。
そのせいか、読書速度はかなり落ちていますが、素直に心に入ってくるのです。
空海が時空間を超えたすべての知識がつまった虚空蔵につながっていたという話がありますが、なんだかそんな気分もしなくもありません。
節子のおかげで、彼岸と繋がったせいでしょうか。
節子がいた時には、本で読んで気づいたことを節子によく話したものです。
節子に話すことで、読んだことが消化できましたが、いまは話す人もいません。
それがちょっとさびしいです。
もっともまだ読めない本が何冊かあります。
最近また話題になっている城山三郎さんの本もまだ読めません。
一時、読めそうになったのですが、やはりまたストップがかかっています。
この種の分野は、読むのではなく、書くのが私には向いているようです。
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