■節子への挽歌502:「父ちゃんが逝って1か月がたちました」
節子
高崎で「ゆいの家」の活動をされていた、コムケア仲間の高石さんから毎月送られてくる「風の大地」が届きました。
コムケア仲間からのニューズレターなどは最近あまりきちんと読んでいないのですが(読む余裕がなくなっていました)、今年からきちんと読んでいこうと思い、開いてみて驚きました。
「父ちゃんが逝って1か月がたちました」とあるのです。
高石さんのことは一度書いたことがあります。
高石さんのご主人もまた、節子の再発と同じ頃にがんが再発したのです。
しかし、時折届く高石さんの「風の大地」を通じて、危機を乗り越えて、回復し元気になったと思い込んでいたのです。
節子の訃報を伝えた時にも、几帳面にぎっしりと書き込んだ返信をもらいましたが、その時にも高石さんたちは危機を乗り越えたんだなと感じたことを覚えています。
ところが、思わぬ記事に出会ってしまいました。
高石さんのパートナーは、発病以来、しっかりとご自分でノートを書いていたそうです。
そのノートの一部を「風の大地」に引用されています。
そして、高石さんはこう書いています。
父ちゃんのノートの内容をたどりながら、「父ちゃんの死」に対して、きちんと向き合いたいと思います。
それに続いて、代替医療を信ずる高石さん、しかし医者から提案される抗がん剤治療に迷う夫、その2人のそれぞれの思いなどが語られています。
とても身につまされる話で、最後までは読めませんでした。
今回はいつもよりも、とても長い「風の大地」でした。
「父ちゃんが逝って1か月がたちました」
高石さんらしい言葉です。
夫婦の関係は実にさまざまです。
私たち夫婦と高石さん夫婦はかなり違っているのですが、高石さんがとても素直に気持ちを披瀝されているところは私と全く同じです。
愛する人との別れは、人をとても素直にするのかもしれません。
私は高石さんのパートナーには会ったことはありませんが、ご冥福をお祈りいたします。
高石さんからの「風の大地」を、これから読めるかどうか、ちょっと不安です。
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