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2009/01/15

■節子への挽歌501:「生き方」と「死に方」

今日の読売新聞の記事です。

がん患者の8割以上は、最後まで病気と闘うことを望みつつも、死を意識せずに普段通りに過ごしたいと考えていることが、東京大によるアンケート調査で明らかになった。
逆に、がん診療に当たる医師や看護師は、将来の病状の変化や余命を知って、死に備えることを重視する割合が多く、患者と医療関係者の間で価値観のギャップがあることが浮き彫りになった。
節子のことで知人の医師に相談した時に、問題は「死に方」ですね、といわれたのはショックでした。
その医師は、統合医療研究会の中心人物だったこともあり、違った答を期待していたからです。
その後も医師に限らず、同じようなことを言われたこともありました。

日本の武士道でも「死に方」が問題にされますが、私には全く理解できない発想です。
人間は死に向かって生きているわけではありません。
生きているから死があるのです。
さもわかったように、「死に方が大切です」などという人を見ると、正直、私は蹴飛ばしたくなります。
生きようとしている人に対して、わかったようなことをいうな。
自分の生き方も少しは考えろ、といいたくなるわけです。

少し言葉がすぎたかもしれませんが、真剣に生きている人に、「死に方」などということが、どれほど残酷なことかわかってほしいものです。
「死に方」は、所詮は「生き方」の問題ですから、わざわざ言い換える必要はありません。
それに、生命はすべてつながっていると考える私にとっては、「死に方」は自分でどうこうできる問題ではありません。

こうしたことに関して書き出すと長くなってしまいますのでやめますが、節子は最後まで見事な生き方をしました。
節子は最後の最後まで、生き方を考え、生きることを放棄はしませんでした。
死への恐怖や不安は見事なほど、克服していました。
肩に力を入れて、そう思っていたわけではありません。
死から解放され、素直に、自然に、最後まで誠実に生きたのです。
弱音も愚痴も一切口にしませんでした。
告別式の挨拶で話したように、最後の1か月は凄絶な闘病生活でしたが、それはそれは見事な生き方でした。

それを「死に方」という人がいるかもしれませんが、断じてそうではありません。
心のある人であれば、決して死に方などという言葉は使わないでしょう。
一緒に体験しているとわかりますが、「生き方」なのです。
「死に方」で発想している医師には、生命への畏れが欠落しています。
病気は治せても、病人は治せないでしょう。
そういう人たちが、きっとイリイチの言う「病院社会」をつくってきたのです。
また言葉が激しくなりそうですね。
この件では、医師に言いたいことが山ほどあるので、どうしても感情的になってしまいます。
節子に怒られそうなのでやめましょう。

見事な生き方をした節子。
あまりに見事だったので、私は節子が死んだとは今でも思えないのです。
その節子に比べると、今の私の生き方はいささか弱々しいかもしれません。
しかし、私もまた、素直に、自然に、誠実に生きています。
でも誰もほめてくれません。
節子だけはきっと彼岸からエールを送ってくれているでしょう。

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妻への挽歌03」カテゴリの記事

コメント

佐藤様、私も先日出した寒中見舞いに書いた言葉は
「・・・・過酷な闘病でしたが主人は最期まで投げ出すことなくひたむきに生き抜きました。・・・・」と書きました。

そうですね。死ぬために生きているのではありません。
生き抜くために戦ったのだと思います。
また、節子さんもうちの主人も残していく人たちのためにも
頑張ってくれましたよね。見せていってくれたと思っています。

友人たちが慰めのために「ご主人はもういいと思われたときも
あった筈だけど、あなたのために頑張られたのよ」と言って
もらっても違和感を感じたのは、私はやはり主人はもういいと
は一度も思わなかったと確信しているからです。生きたいと
思っていたに違いありません。で、節子さんと同じで一度も
愚痴も泣き言も言いませんでした。真摯に生き抜きました。

そういう人間もいることを知ってほしいですよね。

投稿: 田淵 マサ子 | 2009/01/16 20:42

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