« ■節子への挽歌534:実現できなかった節子の座卓 | トップページ | ■節子への挽歌535:吉野家の牛丼 »

2009/02/18

■経済成長とは何なのか

日本経済は「戦後最大の危機」なのだそうです。
昨年の10~12月期の実質国内総生産(速報値)が年率換算で前期比12.7%減となったことがマスコミで大きく取り上げられています。
そんな時にこんなことをいうのは不謹慎なのですが、わが家はその「戦後最大の危機」がどうも実感できずにいます。
お金離れの生活が少し定着してきているからかもしれません。

不況になった最大の理由は輸出の減少だそうです。
とりわけ自動車の輸出減の影響は大きいようですが、そもそも輸出に過大に依存している経済の構造自体がおかしかったわけで、それがようやく正常化に向かいだすことになったと思えば、歓迎すべきことかもしれません。
それに、円高不況などと言うことは、私にはどう考えても理解できません。
円高とは、日本の経済が高く評価されたことだろうと、素人の私は思ってしまうのです。

いやそれ以上に、国内総生産などという概念がわかりません。
実は一昨日、娘から改めて国内総生産って何だと訊かれたのですが、経済用語辞典的な説明をしている自分に気づいて、嫌気がさしました。
どこかに書いたことがありますが、自分で家事をやれば国内総生産には反映されず、家事サービスを外注すると国内総生産に反映するなどという馬鹿げた数字は、経済学者や資本家には意味があるかもしれませんが、私のような生活者にはどうでもいい話です。
国内総生産コンプレックスから抜け出ないといけません。

問題は雇用の場が急速に縮小していることですが、実際に仕事をしないと生活が成り立たない人にとっては、それは大きな問題です。
でも、それを国内総生産などという数字で議論してほしくないものです。
国内総生産など増えなくとも、限られたお金をうまく活かしながらお互いに支え合う仕組みを育てていけば、国内総生産などという、わけのわからない数字に振り回されることはなくなります。

かなりめちゃくちゃなことを書いていて、いま仕事がなくなった人に怒られそうですが、私が言いたいのは、今の経済の仕組みや私たちの働き方や生き方を、改めて見直していく必要があるのではないかということです。
経済学者の言葉ではなく、生活の言葉で、発想していくことが、今こそ求められているように思います。
国内総生産には寄与しないかもしれませんが、生きていく上では支えになる仕事は多分たくさんあるはずです。
一昨日紹介した朝日新聞の投書の記事は、そのことを物語っています。

ちなみに、和歌山県の話は、コメントくださった人にお伝えすることができました。

|

« ■節子への挽歌534:実現できなかった節子の座卓 | トップページ | ■節子への挽歌535:吉野家の牛丼 »

生き方の話」カテゴリの記事

経済時評」カテゴリの記事

コメント

佐藤さんの話は、決してめちゃくちゃなことではなく、これまでの教科書的な経済学の解説が人間や生活を無視したむちゃくちゃな理屈だったのです。
だって、お金がお金を生むなんておかしいです。何かを生み出すことができるのは、人間を含めた自然だけだと思います。
それを忘れるか、無視した理屈は、整合性を持たないのではないしょうか。

経済学に限りませんが、もっと生活の言葉で組み立て、話し、伝えていかなければなりません。
これは大いに反省するところですが、なかなかできません。

投稿: sasa | 2009/02/19 10:03

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30899/44093540

この記事へのトラックバック一覧です: ■経済成長とは何なのか:

« ■節子への挽歌534:実現できなかった節子の座卓 | トップページ | ■節子への挽歌535:吉野家の牛丼 »