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2009/02/04

■相撲界の不祥事から感ずること

大麻所持で逮捕された若麒麟の解雇処分をめぐって、また相撲界への批判が高まっています。
なぜこうも同じことが繰り返されるのか不思議ですが、その根幹は、相撲界がお金に浸りきってしまったからではないかと思います。
相撲界に限りません。
スポーツ界全体が、そうなっているような気がします。

十両の若麒麟の月給は100万円強ですが、おそらく後援会にいる、スポンサーからの資金などを合わせると、これを大きく上回るものと思われます。
一方で、幕下になるまでの下積みの過酷な状況に比べるとあまりの格差に驚きますが、そうした「格差構造」は権力支配型の組織構造の特徴といっていいでしょう。
この点からも相撲協会の本質が見えてきます。
そうした体質の権力志向体質が、一連の事件の根底にあるように思います。

それはともかく、25歳の若者が毎月100万円を超える給与をもらうことの意味を考えるべきだろうと思います。
一方で、寝る時間を惜しんで過酷な条件で働きつめても、1か月20万円にも満たない人たちがいます。
所得の格差こそが、新自由主義経済の柱であり、それがあるから競争を刺激し経済が活性化するという考えもあるわけですが、やはり私には所得格差の限界というものがあってしかるべきではないかと思います。

力士の働きを考えれば、もっと給料を増やしてもいいのではないかという議論もあります。
給与の水準が適正かどうかは、考え方によって違うでしょうから、それを指摘するつもりはありません。
2つの価格方程式については書いたことがありますが、給与に関しても同じようなことがいえます。
つまり、投入負担の視点から考えるか、それが稼ぎ出した金額から考えるかです。
稼ぎ出した金額と市場側から考えた価格方程式を組み合わせると、まさに金融工学者の出番となり、バブル経済が実現します。
スポーツ経済は、まさにその先駆的な役割を果たしたのだと、私は思いますが、それは当然のことながら、金に文化を売ってしまったことになります。

この議論もとても大切だと思いますが、今回の事件で素朴に思ったのは、25歳の若者に毎月100万円も支給したらお金に振り回されるのではないかという危惧です。
お金は、人を幸せにしますが、また不幸せにもすることができます。
そして、その文化で育った人たち、たとえば相撲協会の親方たちも、たぶん金銭感覚は汗して働いている人たちとは違うでしょう。
パトロンであるタニマチ筋の文化も影響しているかもしれません。
タニマチ筋の人たちの金銭感覚は、自分自身の額に汗して働く庶民のそれとは全く違います。
税金や保険料を使うことに慣れている政治家や官僚ほどではないにしても、お金の価値は一桁も二桁も違うはずです。

若麒麟の言動は、私には日本相撲協会の役員たちの言動に重なってみえますし、さらにいえば、他のスポーツ界や芸能界の人たちの言動にも重なってみえます。
格差社会がもたらした、もうひとつの悲劇かもしれません。
おそらくその広がりはすでにかなりのものでしょう。
そのお金に汚染された社会を、若者たちがモデルにして生きているとしたら、未来は私が思うような世界にはならないでしょうね。
いささか悲しい話です。

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