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2009年3月

2009/03/31

■節子への挽歌576:幸福と不幸はいつも隣合わせ

節子
3年前の今日は再開したオープンサロンの日でした。
元気を回復してきた節子も参加してくれて、久しぶりににぎやかなサロンになりました。
あの頃は、1年先のことなど思いもつかず、節子は元気に回復するとばかり思っていました。
そのためか、私には「大きな油断」があったのです。

「幸福の真っ只中」に「不幸のはじまり」があることに、私たちはなかなか気づきません。
それは、自分の幸福に目が行き過ぎて、まわりにある「不幸」に気づかなくなっていることと同じことなのかもしれません。
私たちは、それなりにまわりにも気遣っていたつもりですが、まだまだ不足していたのでしょう。
節子がいなくなり、一人になって、心細さが高まるにつれて、まわりのことはよく見えてきましたが、3年前にはまだ私にはあまり見えていなかったのかもしれません。

3年前のサロンのときの写真は節子が撮ったものです。
節子の目線を少し感じながら、あの時の節子の心情はどんなものだったのか、それさえももしかしたら私は見落としていたかもしれないと不安になります。
元気になりだした節子の前で、私は現実を「見たいようにしか見ていなかった」のかもしれません。
節子の撮った、この写真を見ていると、とても落ち込んでしまいます。
その一方で、元気だった節子の笑顔もはっきりと思い出します。

ところで、「幸福の真っ只中」に「不幸のはじまり」があるのであれば、「不幸の真っ只中」には「幸福のはじまり」があるのかもしれません。
いまの私は「不幸の真っ只中」にいるわけではありませんが、幸福と不幸はいつも隣合わせなのかもしれません。

宮沢賢治は「みんなが幸福にならないと自分も幸福にならない」といいました。
それは言い換えれば、「自分が幸福にならないとみんなも幸福にならない」ということです。
私はそう思って生きてきていましたが、最近どうも私のまわりに「自分の不幸」をばら撒いているのではないかという気がしないでもありません。

愛する節子を失った「不幸さ」を嘆きたくなる自分が、いつもどこかにいます。
その一方で、これだけ嘆き続けられるほどの愛を得ていることの「幸せさ」も感じます。
「不幸」を嘆くことは、まさに「幸せ」を発していることなのかもしれません。
今の私は、そうした「幸せと不幸せ」の両方を実感しています。

節子が参加していたオープンサロンは、もう二度と開かれることはありません。
節子がいなくなってから、何回かオープンサロンを試みてみましたが、どうしても「気」が起こってこないのです。
今日は、湯島で節子がいない集りを開きます。
3年前とはかなり違う趣きのサロンなのですが、節子も同行しているつもりで会に臨もうと思います。

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2009/03/30

■「人間として当たり前の判断」

戦時下最大の言論弾圧事件といわれる「横浜事件」の第4次再審申し立ては、またしても有罪か無罪かを判断しない「免訴」になりました。
つまり「無罪」にはしなかったということです。
3次判決では、「実質無罪」を示す証拠が判決で言われていましたが、今回はそれもなかったようです。
新聞によれば、「遺族が今後、改めて請求すれば進められる刑事補償手続きに、無罪かどうかの判断は先送りした形だ」そうですが、遺族にとっては、「無罪」として謝罪されることが最大の関心事だったのだろうと思います。
遺族の一人は、「私たちは親の名誉回復だけを願っていたのではない。司法は人間として当たり前の判断をしてほしい」と話しているそうですが、「人間として当たり前の判断」という言葉に、やりきれない無念さを感じます。

「人間として当たり前の判断」。

「無罪」と思うのであれば、法律的な形式論で責任を回避すべきではありません。
「免訴」などという「お上」の言葉をつかわずに、もっと素直に話せないものでしょうか。

裁判とは何なのかを、いつものことながら考えさせられました。

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■節子への挽歌575:話し相手がいないと偏屈になりかねません

活動がいろいろと広がっていくほど、節子がいない寂しさがつのります。
話を聴いてもらえないのと、相談に乗ってもらえないからです。
いろいろとやっている割には充実感がありません。
充実感がないと疲労感が強まります。
ふと、なんでこんなことをしているのだろう、と思ってしまうこともあるのです。

最近、時評編が「感情的すぎる」のも、もしかしたら聞き役がいないせいかもしれません。
以前は節子がいつもフィルター役でした。
私のいささか偏った考えを、節子はいつも正面から受け止めてくれました。
人は話しながら考えるものです。
ですから節子と話しながら、私の考えは熟成されていきました。
しかし昨今は熟成される前に、書き込んでしまいますから、後で読むと支離滅裂なことも少なくありません。
それだけならまだいいのですが、どうも一人で考えていると「偏屈」になってしまいます。
最近の時評は、自分でもいささか「偏屈」だと感じています。
注意しなければいけません。

もちろん話し相手がいないわけではありません。
娘たちもいますし、友人知人もよく訪ねてきてくれます。
私も家に引きこもっているわけではないので、人と話す機会はたくさんあります。
しかし、節子のいたころに比べれば、話す量は大幅に減っていますし、完全に無防備に思いを吐き出すことは激減しているでしょう。
私たちは、本当によく話し合いました。
お互いの心情は、心の奥底まで通じていたように思います。

ですから偏屈になりようがありませんでした。
もっとも2人共が「偏屈」になっていた恐れはありますが、まあそれでも自分の考えを相対化する場は多かったように思います。
それがなくなったいま、注意しなければいけません。

和室にある節子の大きな写真をみていると節子の声が聞こえてくるようです。

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2009/03/29

■「国家統治視点」から「個人生活視点」への転換

何回か書いていますが、社会構造原理をパラダイム転換する必要があると、私は思っています。
組織起点発想から個人起点発想への転換です。
簡単にいえば、これまでのような「国家(組織)統治視点」ではなく、「個人生活視点」から発想しなおしていこうということです。
こういうように発想の起点を変えると、世界の風景は一変します。

たとえば経済です。
そもそも経済は、「政治経済学」といわれるように、国家統治のための学問としてスタートしました。
その発想からの経済は「交換価値」としての貨幣が主役になります。
つまりそこには必然的に金融資本主義への道が用意されています。
しかし、個人生活の発想からは貨幣は交換手段のひとつでしかありません。
一番大切なのは、生活のために役立つ「使用価値」が主役になります。
貨幣は、実際の生活には直接的には何の役にも立ちません。
しかし、組織起点発想に陥っている私たちは貨幣がないと生活できないと思い込んでいます。
前にも書きましたが、国内総生産は統治の概念であって、生活の豊かさとは無縁の概念です。
現在の景気浮揚策の欺瞞性が見えてきます。

企業はどうでしょうか。
業績が悪化すると企業は従業員を解雇して、業績の回復を図ります。
しかし、従業員を解雇して業績を回復した企業とは何でしょうか。
解雇された従業員にとっては全く意味のない存在ですし、残った従業員にとっても要するに今回は解雇を免れただけの話です。
そうした企業経営の発想には個人の生活視点などないわけです。
しかしそれでは企業は持続可能性をもちえません。
財界のトップたちは、経営というものを学んでいません。

福祉はどうでしょうか、
介護保険制度はたしかに介護福祉の世界に大きな光を当てました。
しかし、制度はすべて個人の事情を配慮できませんから、そこから抜け出たものは少なくないはずです。
制度を維持することが優先されて、個人の特有の事情は、制度に当てはめられることを強制されるでしょう。
しかし、そもそも福祉とか介護は個人的なものなのではないかと思います。
個人の生活視点から発想していくと、たぶん現在の制度とは違ったものになっていくでしょう。
制度が生活を壊すことは避けなければいけませんが、発想を変えなければそうなりかねません。

政治はどうか。
最近、熟議民主主義と言う考え方が広がっています。
そこでは合意形成さえも必ずしも求められません。
熟議の過程が重視されます。
多数決民主主義は統治のための制度ですが、そうではない政治の芽が出始めているようにも思います。
その発想からは小選挙区制や二大政党制などは絶対に出てきません。

他にもいろいろと見えてくることがあります。
勝つためのスポーツではなく、楽しむためのスポーツ。方向づけるためのアーキテクチャーではなく、個人を輝かすアーキテクチャー。あるいは訓練する現在の学校とは違った個人を伸ばす学校など、さまざまな地平が開けてくるはずです。

そして、その発想の基盤に立てば、私たちの生き方も変わってくるはずです。
自分の目で見、自分の言葉で語ることができるようになります。
小沢事件の本質もそこから見えてくるような気がしています。

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■節子への挽歌574:フラメンコ

節子
昨夜、テレビの世界遺産の番組でアンダルシアとフラメンコの話を見ました。
スペインは、ついに行くことのできなかった憧れの地のひとつです。
スペインほどさまざまな血が入り混じっているところはないのではないかと思っていたのですが、その番組も「血(知)の混じりあい」がテーマでした。

スペインには15年程前に行く計画を立てたのですが、私の両親の関係で直前に行けなくなってしまいました。
節子が望んでいて実現できなかったことのひとつがスペイン旅行でした。
節子が元気になったら最初に行こうと決めていました。

私と節子と違うことのひとつが、踊りに対する反応でした。
節子は音楽や自然に合わせて自然と身体が動きましたが、私はどうも身体が動かないのです。
簡単にいえば踊れないのです。
節子から一緒にダンスでもできれば楽しいのに、と何回かいわれましたが、私はダンスのようなものが全くだめなのです。
踊れないだけではありません。
踊りを見るのも全く興味がわかないのです。
ですから盆踊りもだめなのです、
節子は盆踊りなどが大好きでした。

踊りどころか私は太極拳も苦手です。
近くの手賀沼公園に散歩に行っていたころ、日曜日の朝、太極拳をやっている人たちがいました。
早速、節子はいっしょにやろうといい、私も誘ったのですが、私は1回目でこりてしまいました。
身体が動かないのです。

フラメンコを見ていて、そんなことを思い出しました。

そういえば、節子とフラメンコの発表会を見に行ったこともありました。
私の知人がフラメンコをやっていて、その発表会の招待状が送られてきたのです。
私は乗り気ではありませんでしたが、節子が行こうと言い出して、見に行きました。
そうした音楽芸術の場に誘うのはいつも節子でした。

身体は動きませんが、音には心を揺さぶられます。
私の心と身体は連動していないのかもしれません。
そう思うことが時々あります。

番組で流されたモロッコのアル・アンダルス音楽の演奏に感激しました。
望郷の音楽だそうです。それが見えて気がします。
番組の後半に、フラメンコのプロの家族パーティが延々と流されていました。
歌いあい、踊りあう家族。家族の絆。世代を超えた継承。
見ていて涙が出てきました。
最後にピアノフラメンコの演奏もありました。

身体は動きませんでしたが、心には深く響きました。

なぜ節子とスペインに行かなかったのだろうか。
悔やまれてしかたありません。
みなさんも、できる時に行動しておいてください。
節子も、いつもそう言っていたのですが。

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2009/03/28

■明日は千葉県知事選です

明日は千葉県知事選挙です。
今回は5人の新人が立候補しています。
選挙といっても知事選挙はいつも盛り上がりません。
実際には誰が知事になるかによってかなり変化が出るはずですから、もっと私たちは関心を持たなければいけません。

ところで、とても気になることがあります。
今日、新聞に折り込まれていた立候補者のビラのことを娘が教えてくれました。
そのビラには、肝心の立候補者本人の名前は出ていません。
もちろんビラを見ただけで、誰のビラなのかはすぐわかります。
しかし名前は書いていません。
なぜかという理由がビラの中に書かれています。

この法定ビラでは、公職選挙法により名前や顔を出すことが禁止されていますので、ご了承ください。
どう考えてもおかしな話です。
お金がある人が折込で配れるのかというのが理由なのだと娘が教えてくれました。
もしそうであれば一切やめればいいだけの話です。
名前と写真を入れなければいいのか。
まさに形式論です。
もちろんな今回のビラは、誰のことかはすぐにわかります。
私は公職選挙法がおかしいと思いますが、もしその法律を基準にすれば、このビラは実質的には選挙違反だと思います。

形式だけ整えれば認められる、こうしたやりかたは今回話題の企業献金問題事件にもつながっています。
いざ問題を起こせば、少し解釈を変えれば罰せられるようになっているわけです。

しかも私が気持ち悪いのは、そのビラには名前どころかビラを出した組織の名前もないことです。
不思議なのは、そのくせ、「応援します」として、8人の有名人の名前が載っています。
この人たちは誰を応援しているのでしょうか。
そもそも選挙に立候補した人がよく有名人の名前を借りることがありますが、あまり感じのいいものではありません。
何でそんなことをするのでしょうか。
どこかにおかしさがあるように思います。

実は私はこのビラを見るまでは、この人に投票するつもりでしたが、このビラを見て考え直しました。
有名人の名前に依存し、しかも自分の名前も出せない人は、典型的な「詐欺師」に属するというのが私の偏狭な考えなのです。
この人本人はとてもしっかりした人だとお聞きしていますが、きっと取り巻きがひどいのでしょう。
それでは県政を任せるわけにはいきません。
私の信条に反します。

それにここに名前をあげた8人の有名人たちは、なんと無責任な人でしょう。
えっ! この人がという人もいます。
残念です。
平安だった1日がまたさびしい1日になりました。

生きにくい時代です。

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■「政治とカネ」ではなく「自分とカネ」の話

予想外のことが起こってしまいました。
私のホームページに掲載されているCWS基金に寄付があったのです。
初めての入金です。

誰からだろうかと思ったら、任侠の人、daxさんからでした。
12000円、定額給付金を寄付したのだと言われました。
ホームページに少し詳しく書く予定ですが、ここではこの予想外の入金で考えさせられた話を書きます。
「政治とカネ」「マスコミとカネ」ではなく「自分とカネ」の話です。

実は私も定額給付金をもらったら、ぼんやりとですがどこかに寄付をしようと考えていました。
ただ、どこに寄付したらいいか判断できないでいました。
寄付はするのは簡単ですが、もらったほうは結構大変だろうと思ってしまうわけです。
しかし、そういう風に考えること自体が、小賢しいのでしょうね。
daxさんから、お前も理屈を言ってないで行動しろ、といわれたような気がしました。
まあ、それは今回のテーマではありません。

今回のテーマは、実際にカネが回ってくると心が揺らぐという話です。
CWS基金は、実は私の個人口座に入金されるようになっています。
私のやっていることはすべて私の頭の中では「ひとつ」なので、意図もなくただそうなっているのです。
挽歌編で書いたように、「ひとつの財布」発想を勝手に広げてしまっていたのです。

そんなわけで、入金を知った時に、なんだか自分への贈与と勘違いしてしまい、
これで本が4冊買えるなと一瞬思ってしまったわけです。
まあ、これまでもそういう勘違いで、みんなのお金を使い込んでしまったこともないわけではありません。
ちなみに、CWSコモンズ村の特別会計資金は村長である私が困窮時に使い込んでしまいました。
コムケア基金も、本郷のコムケアセンター事務所経費に当ててしまいました。
幸い、関係者からの訴訟は起きていませんが、評判はきっと落としているでしょう。
しかし、本人には全くといっていいほど罪の意識がないのです。
金額はかなり違いますが、もしかしたら民主党の小沢さんと同じです。

どうも横道に入ってばかりで話が進みません。
要は、実際にそこにお金を見せられるとついつい使いたくなるのが人間で、私も例外ではないという話です。
そんな者に、「政治とカネ」の問題を批判できるのか。
そんな気がしてきたのです。

今回寄付してきたdaxさんは、金銭万能の世界に嫌気がさして生き方を変えた人です。
ですからたぶん金銭には未練などないのでしょうが、私は金銭にまだ勝てていないようです。
今でも宝くじを買いますし、お金をもらうとなぜかうれしくなります。
「渡り」的な人生をしている友人も何人かいますが、それに同情せずに反発する気持ちがあるということは、うらやましがっているのかもしれません。

12000円程度で心揺るがすようでは情けないとdaxさんに怒られそうですが、もし目の前に3億円積まれたら悪魔の仲間入りもしかねません。
いささか大げさですが、ちょっと卑しい自分に気づいてがっかりしました。

政治とカネが今話題になっていますが、この問題の出発点は、こうした私たち生活者とカネの関係の延長上にある問題でしかないということです。
定額給付金をもらってうれしがる人たちが、政治とカネの関係を作り上げているのです。
私は今のところうれしがってはいませんが、実際にもらうとどうなるでしょうか。
CWS基金に寄付したから言うわけではありませんが、daxさんに敬意を表します。

社会のひずみのすべては、社会を構成している私たち一人ひとりの生き方に端を発しています。
それに気づいたせいで、昨日までの怒りは漸く収まりました。
暴言を重ねてしまいました。はい。
今日は平安な1日になりそうです。

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■節子への挽歌573:話を聴いてくれる人の存在の大切さ

節子
今日は報告です。
たまには元気さを書いておかないと読者に誤解されそうですので。

昨年末から活動がようやく持続的になってきました。
まだ仕事にまではたどりつけませんが、さまざまな相談事には対応できるようになってきました。
まだまだ私が役立たせてもらえることはあるようです。
節子と一緒だったころに比べれば勢いはありませんが、広がりは前と同じように出てきそうです。
個別テーマに深入りせずに、できるだけ多様な問題に、しかも多様な視点で関わっていくという、私のわがままな姿勢も回復できそうです。

ホームページのほうにも日曜日に書く予定ですが、5つほどのプロジェクトに取り組むことを決めました。
地元の我孫子ではプロジェクトT。
柔らかなメタNPOネットワークに向けて、しかし当面は秋のイベントに向けての取り組みです。
新しい出会いも広がっています。
節子がいたら一緒に出来たのにと、とても残念です。

節子も知っている東尋坊の茂さんたちと一緒に、全国の自殺多発地域で活動している人たちの柔らかなネットワークづくりにプロジェクトもスタートしました。
4月25日には、最初の公開フォーラムを開催します。
節子がいたら、これも一緒に事務局を引き受けられたプロジェクトです。

3つ目は、孤独死防止のテーマにつなげて、コミュニティ回復のプロジェクトです。
これはまだこれからですが、上のふたつがほぼ目処がついてきたので、少しきちんとコミットしていく予定です。
節子と長年取り組んできたオープンサロンは再開できずにいますが、少しスタイルを変えて、支え合いサロンをスタートさせようかと思っています。
これが4つ目ですが、これも何とか方向性が見えてきました。

5つ目は、まだ全く見えてこないのですが、子育て支援の分野です。
これが一番難題のようです。
10年前までは、この分野はそれなりに関わっていたのですが、時代は私が思っている方向に行きませんでした。
むしろ子育て分野は、少子化が話題になるにつれて市場経済化に向かっているように思います。
そこで私は興味を失ってしまいましたが、社会のすべての基本は子供をどう考えるかです。
スウェーデンの歴史が示唆に富んでいます。

こうしたプロジェクトに取り組むためには費用もかかりますし、何よりも生活のための収入が少し必要になりますので、おまけとして収入のあるプロジェクトにも取り組もうと思っています。
まあ、割ける時間があれば、ですが。

そんなわけで、毎日、めそめそしているわけではないのです。
節子がいたら、それぞれのプロジェクトの話がいろいろとできるのに、それができないのが最大のさびしさです。
できることは、まあこんな感じで挽歌やホームページに書くことくらいなのです。
人は話を聴いてくれる人がいるとやる気が高められるものだということを改めて実感しています。
持続力がなくなっていたのは、きっと話し相手の節子がいなくなったせいですね。
話を聴いてくれて、活動をシェアしてくれる人の存在は大きいです。
そうした存在を大切にする社会になってほしいと、心底思います。

今日は近況報告でした。

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2009/03/27

■マスコミの犯罪

朝、私憤を書いたのですが、ますます腹が立ってきました。
小宮山洋子議員が小沢批判の中で、小沢さんのまわりにいる人と違う人の声もあると話しています。
怒りも限界を超えそうです。
こういう人が国家を壊していくでしょう。

数年前ですが、民主党の広報委員会のような集りに講師として呼ばれたことがあります。
確か委員長は小宮山さんでした。
そのときに正直あきれてしまいました。
民主党には国民の声を聞くということが全く理解されていないと思ったのです。
ポーズだけの広報勉強会でした。
そんな記憶を思い出しました。

今回の事件で思い出すのは、菅直人さんが年金保険料の件で批判を受け、結局、代表を辞して、四国のお遍路参りをした事件です。
あれもまあ、いわば冤罪ですが、あの時のことを民主党の議員はもう忘れたのでしょうか。

しかも腹立たしいのは、キャスターやコメンテーターの発言です。
彼らにとっては、世論調査の結果は水戸黄門の印籠のようです。
ひどいもので、これではまさにマスコミファッショです。
この記事を書いていても、怒りで心筋梗塞を起こしそうです。
モンタージュ手法を使えば、テレビはどんな「事実」でも作り出せます。
白も黒に出来るでしょう。

ベンジャミン・バーバーの言葉を思い出します。

「公共的な放送電波」が国民に代わって政府によって民間の商業利益に賃貸され、今度は法外な代償を払ってアメリカ国民に売り戻される、という皮肉に私たちはすでに直面している。その代償とは、選挙過程を腐敗させ、公職につくのを金持ちの(あるいは際限なく資金を増やすことに身をささげている者たちの)特権にする。(「私たちの場所」)
念のために言えば、小沢さんは権力の場にはいないのです。
税金を無駄遣いしているのは、政府と与党と官僚です。
それに寄生しているのがテレビと新聞と、そこで活躍しているタレント有識者たちです。
小沢さんが出来るのは、そうした腐敗しきった政府を正すことなのです。

私の意見は、賛成してもらえないでしょうね。

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■節子への挽歌572:春の眩しさは心を乱します

昨日紹介したメールにこんな言葉もありました。

春が近づいてきましたね。
季節の変わり目はやっぱり心が辛くなるような気がします。
そういえば、先日、コメントを書いてくれた田淵さんも書いています。
サクラの開花も間近ですね。
春は周りが明るくなってきますので、それはそれで少し置いてきぼりの感があります。
サクラの花もまぶしすぎるかもしれません。
たしかに、春の眩しさは複雑な気持ちを起こさせます。
せっかく心はずむ春になっても、心はずまない自分の居心地の悪さ。
世界は自らの心の中にあることを思い知らされます。

先日、偶然にですが、テレビで放映されていた「フォーゴットン」のラスト部分を観てしまいました。
以前、観た映画なのですが、子供を失った親たちの記憶が消されるという話です。
愛する人を失った記憶がなくなるとどうなるのか。
これはこの映画のテーマではないのですが、テレビをつけた途端に出てきたのが、そういう会話のシーンでした。

悲しい記憶は消えたほうがいいのか。
いえ、その前に、記憶がなくなれば、人間は生まれ変われるのか。
またそんな意味のない思考の世界に引きずり込まれそうです。

悲しい記憶がなくなれば、悲しさがなくなる。
その映画では、息子を亡くした母親の記憶は結局、消せませんでした。
彼女は悲しい事故を信じずに、息子への愛を大事にし、結局、息子を取り戻します。
なかなかうまく説明できませんが(映画のネタを書いてしまうのはルール違反でしょうから)、母親は悲しさを消すことよりも悲しくても息子への愛を大事にしたのです。
「悲しさから抜け出ること」と「悲しくても愛を守ること」と、どちらを優先するかは、人それぞれです。
人というよりも、愛の関係によるのかもしれません。
私は、悲しさから抜け出るつもりは全くありません。
悲しさと喜びとは同じものだと思っているからです。

ところで、もし記憶がなくなれば生まれ変われるのであれば、
記憶が人間の実体ということになります。
そうであれば、節子の実体は記憶の中にいるわけです。
悲しいのは、さびしいのは、ただ実体としての節子と会話もできず、抱きしめることもできず、喧嘩もできないことだけです。
それ以外のことでは、節子は存在するわけです。
もしかしたら、いつか、映画のように、実体としての節子が戻ってくるかもしれません。
戻る前に、私がたぶん節子のところに行くことになるでしょうが。

春の眩しさは、心を乱します。

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■政治と金、マスコミと金、そして民主主義の危機

どうも「怒り」が収まりません。
ですから暴論はますますエスカレートします。

挽歌では「悲しみ」が、時評では「怒り」がおさまらいので、精神状態があまりよくありません。
困ったものです。

今日の怒りは、やはりテレビです。
岩見さんという、それなりに評価の高いジャーナリストがいますが、その発言はもうどうしようもないほど、愚劣です。
念のために言えば、他の人は愚劣にも達していませんので、論外なのですが、岩見さんはそれなりに見識を持って実績を残してきた人です。
この人にして、この愚劣さ、そう思うと腹が立ってきます。

原口さんと大谷さんが、的確に対応していました。
岩見さんを「愚劣」だと思ったのは、原口さんが「民主主義の危機」だと発言したのに対して、「大げさだ」と言ったことです。
岩見さんには問題の本質が全く見えていません。
世論調査を操って世論操作しているマスコミの似非ジャーナリズムの仲間に完全に取り込まれています。
私の言葉を使えば、「買収」されてしまっています。

その議論で、反小沢側が発言したのは、「政治と金」の問題です。
しかし、政治以上に金に買収されているのはマスコミであり、ジャーナリストです。
テレビなどは金で動いています。
コメンテーターも有識者も、その多くは金で動いています。
みんな「やわらかな買収」のとりこになっているのです。
そして、私たち国民もまた、金に買収されてしまっています。
いったい、誰に「政治と金」の問題を小沢さんにだけ押し付けられるのでしょうか。
小沢おろしに動いている民主党の議員は、たぶん金に買収されているのでしょう。

小沢さんは西松建設からのお金であることをなんとなく知っていたと思いますが、それがなぜ悪いのか。
みなさんは説明できますか。
企業献金がなぜ悪いのか。
個人献金はなぜいいのか。
基本的なことを考えもせず、お上の尻馬にのって、弱いものいじめをしている国民の中に自分がいることがいやになります。

今日もまた「怒り」が収まりません。
怒りに任せて書いてしまうと後で後悔しますが、最近のこうした怒りはどこかに残しておきたいと思い、書いています。
まあ、私が怒ったところで何も変わりませんが。

話は全く違いますが、三島由紀夫の気持ちが少し最近わかってきました。
私が無名であることに安堵しています。
それなりのポジションにいたら、何か行動を起こしたくなるでしょう。
そんな時代です。
誰も行動を起こさないのが、むしろ不思議です。
金が時代を制覇したのかもしれません

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2009/03/26

■節子への挽歌571;挽歌を書くことの効用

挽歌の読者からメールをもらいました。
私と同じく、数年前に愛する人との別れを体験した人です。

ここのところの佐藤さんの”妻への挽歌”は、また辛そうな表現がなされていますね。
風邪も召されたようで、そのへんも影響しているのかなぁと思ったりしているのですが。

きょうの思い(挽歌569)はまさに私の感じているところにピッタリでした。
何にも感動できないし、世界はまさに灰色です。
私の心情を吐露したところで、何の意味があるのか、と時々思うことがあります。
しかし、こうして同じような思いで彷徨している者がいることを知って、少しでも自分だけではないと思ってくれる人がいるだけでも書く意味があるかもしれません。
それに、こうしたメールには私自身がとても元気づけられます。

昨日、ある人に頼み事をしました。
頼んだ途端に、彼はいいですよ、と快諾してくれました。
私が関わっている、あるNPOの活動支援の話です。
私が頼んだ人は、まだ付き合いだしてから1年も経っていませんし、そんなに何回もあったわけではありません。
感激しました。
今日、早速彼に会いに行きました。
用件が終わった最後に、この挽歌の話になりました。
私の娘よりも若い彼に、私の心情がすべて読まれていることを知っていささか慌てました。
自分でもわかったのですが、赤面していたはずです。
「オープンすぎるほどオープンですね、でもそれを読んで、この人には血が通っていると思って、会いに行ったのです」
彼がそういいました。
そういえば、彼は湯島に来てくれたのです。

この挽歌は、私にも大きな効用を与えてくれているのです。
節子がいろんな人と引き合わせてくれているようで、とてもうれしいです。

最初に書いたメールは、こう続いていました。 

「喪失の先に存在する自由」はよくわかりませんでした。
元々自由そのものがわかりません。
確かに行動は何も制限されなくなりましたが、これが自由だとしたら、私は自由は要りません。
色々な制限があってこそ、少しの自由が欲しくなるような気がします。
もっとも私はその少しの自由も欲しがっていなかったと思います。
 「自由」とはなんだろうか。
実は私も昨年末から、このことが気になって、少し考えています。
E.フロムを読み直したりしたのもそのせいです。

その方は、最後にこう書いています。

お体をお大事に。
心には声を掛けようもないのですが、どうか穏やかにお過ごしください。
はい、お互い様です。

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■戦いの放棄と官僚政権の勝利

未練がましく、小沢さんのことを書きます。

本人の意思にもかかわらず、小沢さんは民主党代表にとどまれなくなりそうです。
これで日本の官僚政権は、また勝利したわけです。
検察は見事に勝ちを収めました。
マスコミも見事にそれを応援しました。もし今の日本に「対立構造」があるとすれば、自民対民主ではなく、官僚対政治(ないしは国民)だと思っている私にとっては

小沢さんは辞めたほうがいいと多くの人は思っているようです。
私の友人(このブログの読者)の多くもきっとそうでしょう。
小沢さんは古い政治体質を背負っているという意見もあるでしょう。
談合や政治献金が悪いと言う人も多いでしょう。
一般論で言えば、私もそう思います。

しかし、一般論で語ることの弊害を、私はこれまで何回も体験してきました。
時に談合も、時に政治献金も、時に「古い体質」も受け入れることが必要なこともあります。
そもそも、そうした言葉の持つ多義性や没価値性をもっと認識しなければいけません。
なぜか、それらはみんな「負のイメージ」を与えられています。
誰も内容を吟味しない。そうした言葉に支配されているのが、今の政治状況です。

もし今の日本に「対立構造」があるとすれば、私は、自民対民主ではなく、官僚対政治(ないしは国民)だと思っています。
二大政党を志向した段階で、政権は安定しました。
誰かも言っていましたが、2大政党制は7割は政策が同じだから成り立つ話なのです。
ですから、自民一党政治と二大政党政治は同じようなものです。
自民党も民主党も同じですし、民主党が政権担当能力ありとみんなが感じるようになったのは、小沢さんの持つ古い政治体質のおかげです。
民主的な政治過程のなかでは革命は起こりえません。
談合が悪い、公共投資が悪いと、私は思いますが、現場の人たちは本当はどうなのでしょうか。
無駄な公共投資もまた景気浮揚策だという議論とどう整合するのでしょうか。

マスコミ報道によれば、民主党はがたがたになりつつあるようです。
党首を信じられないような組織は戦いには勝てません。
民主党は戦い方を知りません。
官僚に負けてしまったように思います。
昨夜のテレビを見て以来、がっかりしてしまい、ついつい私憤をはいてしまいました。

民主党はついに政権を取れずに解党するでしょうが、選挙後の政党再編成は、相変わらず官僚の傀儡政権でとどまりそうです。
政治のパラダイム転換が、また少し延びそうな気がします。

小沢さんが辞めないことを祈るのみです。
すべてのマスコミが、いまや大政翼賛会のように思えてなりません。

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2009/03/25

■節子への挽歌570:節子を通して、私は世界を愛していたのかもしれません

昨日の続きです。

節子が、私の周りの世界に意味を与えてくれていたのだ、と昨日、書きました。
一般化すれば、人は愛するものによって、世界の意味を与えられるといっていいでしょう。
同じものでも、そこにちょっと意味がこめられると全く違ったものになります。

節子の闘病中に、隣りの高城さんの小さな子どもたちが、折り紙に母親でなければ読めない文字らしきもので、おばちゃんげんきになってね、と書いて、見舞いに来てくれました。
事情を知らない人にとっては、それは単なる紙くずでしかありません。
しかし、節子にとっては、涙が出るくらいうれしいものだったと思います。
その「紙くずのような折り紙」には、「愛」が込められています。

世界に意味を与えるのは、「愛」なのです。
それが時に、「憎しみ」になるかもしれませんが、「憎しみ」もまた「愛」から生まれたものなのです。
愛と憎しみはコインの裏表です。

「愛」が世界に「いのち」を吹き込んでくれる。
そして世界は、生き生きと意味を生み出していくのです。

「愛」は、具体的にいえば、「愛するもの」です。
私の場合は、それが「節子」でした。
人によっては、伴侶ではなく、子どもだったり、あるいは物だったり、記憶やビジョンだったりするかもしれません。
要するに「愛するもの」です。
「愛するもの」こそが、世界に意味を与え、人生をドラマのある喜びに変えてくれるのです。

言い換えれば、節子を通して、私は世界を愛していたといってもいいでしょうか。
節子がいなくなってしまったために、世界への愛が確信できなくなってしまっているのです。
そのため、世界から意味が消え、時間が平板になってしまったのかもしれません。

ここまで書くと、挽歌編ではなく時評編へと論調を変えたくなります。
というのは、昨今の社会の生き辛さは、「愛するもの」をもてなくなってきているからかもしれません。
なぜそうなったか。
それはそうしないと経済成長ができなかったからです。
話が難しくなりそうです。
この続きは、時評編に譲ります。

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■愛が奪われるとどうなるのか

今日の挽歌編との二部作です。

「死刑になりたくて殺傷事件を起こした」
驚くべき動機を口にする加害者が増えています。
毎年自殺者が3万人を超えている世相とどこかでつながっています。

その世相とはどんなものか。
企業は利益を減らしたくなくて、非正規雇用者を解雇しました。
利益をあげたくて、非正規雇用者を増やしたのと同じ発想です。
そうした思いの根底には、「人の情」が欠落しています。
経済は「情の世界」ではないと思いがちですが、たとえば労働生産性を決めるのも顧客満足を決めるのも「人の情」、つまり「愛」です。
その認識が昨今の企業からは欠落しています。
それが、いまという世相を象徴しています。

世相を覆っているのは、「愛の不在」ではないか。
社会から「愛」がなくなってきている、そんな気がしてなりません。
働く人に対する「愛」があれば、業績が悪くなったからといって、簡単に解雇できません。
商品に対する「愛」があれば、偽装とか安全性軽視など起こるはずもありません。
会社を愛していたら、会社の不正を許してはおけません。
原材料を愛していたら、無駄な廃棄物などだしはしません。

社会のあり方を主導し、私たちのライフスタイルに大きな影響を与えてきた企業や職場から、愛がなくなってきてしまったのは、いつからでしょうか。
温かな第二の家庭とも言われていた職場は、もはや完全な利益社会になってしまいました。
そこを覆っているのは、金銭的損得や勝ち負けの論理です。
愛など考えている余裕はなくなってしまいました。

その文化は企業や職場に留まってはいませんでした。
家庭にも学校にも、地域社会にも友だち関係にも、急速に広がりました。
「愛」がないほうが、生きやすいのではないか、とみんな思い出したのです。
いえ、そう思うように仕向けられたのです。
そして、「愛」が商品になり、教材になったのです。

愛があればこそ、無味乾燥な環境世界が躍動してくるのですが、
愛がなければ単なる生活を閉じ込める壁や床でしかありません。
愛がなければ隣人の悲しさも辛さも読み解けません。
愛がなければ、生きている意味が見えなくなりかねません。
生きようとする元気さえも交換できないかもしれません。

いまの時代の生き辛さは、私たちが「愛」をおろそかにして、あまつさえ「愛」を商品にしてしまったからなのではないか。
そんな気がしてなりません。
もっと「愛」を取り戻さなければいけません。
そうしなければ、自殺者も殺傷事件も、減ることはないでしょう。
まず、家族や隣人を愛することから始めたいものです。

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■小沢さんが辞任せずにホッとしました

西松建設疑惑で小沢さんの秘書が起訴されました。
小沢さんの記者会見と検察側の記者説明会がありました。
前者は公開、後者はクローズドでの開催です。
テレビは入れなかったようです。
この一事を持っても、事の真相が見えてくるように思いますが、小沢さんが辞任しなかったことでホッとしました。
ここで辞任したら、事の真相はまたうやむやになるでしょう。
「冤罪」と言う犯罪を繰り返してきた検察の体質は変わりようがないでしょう。

さすがに最近では、検察の行為のおかしさに批判的な意見が出るようになりました。
このまま行けば、検察国家になりかねません。
検察がそのうちに福祉の世界や市民活動の世界にまで口を出し始めるでしょう。
検察の特権意識には、生理的に反発を感じます。

私は小沢さんの国家ビジョンや政策内容に関して、全く共感できません。
政治的な行動の仕方にも違和感があります。
総理大臣にはなってほしくない人の一人です。
しかし、今回の事件は、それよりも奥深い地獄を垣間見せられて気がします。

一番不快に感じているのは、テレビキャスターや「有識者」たちが、小沢さんは代表を辞任すべきだと言っていることです。
新聞も、朝日も産経も、社説でそう書いています。
個人であれば、そういう発言も自由ですが、立場として「辞任」勧告などすることは越権行為だと思います。
もし、勧告するのであれば、もっとしっかりした理由を説明すべきです。
今のいい方は、秘密のベールに隠した検察の言い分と同じです。
検察に「加担」しているとしかいえません。
もっとも、相手が総理大臣であれば、別です。
しかし、小沢さんは政党の党首です。
こうした「悪意」を持った「無識者」が世論を誘導しているのです。
先ずは事実をしっかりと歴史的、社会的な中で見えるようにすることがその人たちの役目ではないかと思います。

最近怒りを感ずることが多く、どこかに書かないとおかしくなりそうなので、私憤を書いてしまいました。
まあ、私憤の本の一部でしかありませんが。
しかし、きっとまた後日、書いたことを後悔するでしょう。
しかし、人生は後悔の積み重ねですから、それもまた仕方がありません。

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2009/03/24

■NPO法人「彩経会」が背負わされたこと

入所者10人の犠牲者を出した群馬県渋川市の高齢者向け住宅「静養ホームたまゆら」の火災は、実にさまざまなことを考えさせられる事件でした。
施設を運営しているNPO法人「彩経会」の理事長(84)が、今日、記者会見で陳謝していましたが、見ていて複雑な気持ちでした。
この事件だけをみれば、もちろん悪いのは理事長をはじめとした施設運営者たちでしょう。
彼らをとがめるのは簡単です。
こうした状況は、「たまゆら」だけの特殊事情なのでしょうか。
私にはそうは思えません。
問題はもっと根深く、社会のあり方そのものが象徴されているように思います。
私たちの生き方と言ってもいいかもしれません。
決して他人事とは思えません。
NPO法人「彩経会」が背負わされたことの重さは、かみしめてみることが必要かもしれません。

そうしたこととは別に、もうひとつ感じたのは、NPO法人というものに対する複雑な思いです。
NPO法人は、市民の自発的な組織のように思われていますが、必ずしもそうではありません。
政府は法人化という資格を与えている以上、その活動に関しては当然責任を持つべきですが、私が知る限り、行政が財政支出削減のための事業委託先として創設を働きかけたNPOもあります。
今回のNPO法人がそうだとはいいませんが、NPO法人があまりに安直にもつくられ、しかも大きな責任を付与されていることに違和感があるのです。
私もいくつかのNPOに関わっていますし、あるNPOの理事長も引き受けています。
しかし、NPOの組織原理や事業活動はどうあるべきかが、まだよくわかりません。
今回のような福祉施設の経営は、企業でもできるわけですが、なぜNPO法人として取り組むのかも理解できません。
NPOで取り組みのであれば、その基本には「人のつながり」といった、企業で行なうのとは違ったものになるはずだと思いますが、そうはなっていないようです。

最近は社会起業家とかコミュニティビジネスとかいう言葉が広がり、そうした事業体も増えていますが、これまでの収益志向の企業とどこが違うのだろうかと思ってしまうものが少なくありません。

NPO法人の法律ができたのは10年前ですが、その法律に目的は何だったのでしょうか。
そんなことも、理事長の会見を見ながら考えせられました。
どこかに間違い、もしくは不整合があるような気がしてなりません。

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■節子への挽歌569:私の環境世界に意味を与えていた節子

節子
風邪で少しダウンしていました。
いつものように、こじらせてしまい、3日ほど自宅で休養をとっていました。
考えるでもなく、考えないでもなく、ぼんやりとしている時間が多かったのです。
そして、ひとつ気づいたことがあります。
人生は、もともと退屈で平板なものなのではないのか。

節子がいなくなってから、私にとっての世界は一変しました。
日の出をみてもわくわくしないのです。
夕陽を見ても感傷的にならないのです。
テレビで景色の良い風景を見ても行きたいとも思いませんし、
上野で阿修羅展があると知っても、行こうと思わないのです。
日々の生活もなぜか平板です。
昨日と同じ今日があり、今日と同じ明日がある。
そこには、なんの物語もなく、ただ時が平板に過ぎていく。

節子がいた頃は、全く違いました。
日の出には元気をもらい、夕陽からはドラマを感じました。
テレビで見た場所には節子と一緒に行きたくなり、
退屈な美術展でも節子に誘われれば、あるいは節子となら行く気になる。
今日は昨日よりも充実していて、明日にはわくわくする夢を感じました。

私の周りの世界は、節子がいようといまいと変わりません。
しかし、なぜこんなにも変わってしまったのか。
そこで気づいたのです。
世界は、もともと白いキャンバスであり、意味のない舞台なのだ。
そこに絵を描き、物語を育て、意味を与えるのは、愛なのではないか。
それがこの3日間の風邪の中での放浪の結論です。
なんだか夢多き中学生の妄想のような話ですね。

しかし、そう考えると、いろいろなことが私には理解できます。
私自身と節子と世界が、三位一体となって、物語を創っていたわけです。
何の変哲のない景色が、節子との関係の中で、意味のある舞台や素材になってくれわけです。
たとえ美味しくない料理でも、美味しくないねと言い合うことで、物語を豊かにしてくれます。
節子との関係において、世界は生き生きとしてくるわけです。
節子がいなければ、世界は全く無意味な存在なのです。

私はなぜか、いつのころからか記憶はないのですが、私の人生の意味を与えてくれているのは節子だと思うようになっていました。
友人知人にも、そういう話をしていましたし、節子にももちろんそう話していました。
その意味がようやくわかったのです。

私にとっての世界にいのちを与えてくれていた節子がいなくなった途端に、世界は再び灰色になってしまい、意味が失われてしまいました。
そのために最近どうも時間が平板で、変化が感じられないのかもしれません。

最近、少しずつ「愛」の意味がわかってきたような気がします。

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2009/03/23

■企業のお先棒であることを露呈した田原発言

桝添大臣直属の「後期高齢者医療制度の見直しに関する検討会」(塩川正十郎座長)は3月17日に報告書を提出しました。
マスコミ報道によれば、委員の見解が一致したのは、「後期高齢者」という名称の変更のみだったようです。
マスコミもあまり報道しませんが、結局は原案がそのまま決まっていくのでしょうか。
あれほど大騒ぎしたのが嘘のようです。
もっともあれほど評判の悪かった定額給付金もいつのまにか実行されましたし、結局は「お上」には勝てないというあきらめのようなものが日本を覆っているのかもしれません。

公務員改革も天下りも騒いだわりにはもう話題の中心からは外れたようです。
こうやって、何も変わらずに、ずるずるとやってきたのが、この40年なのでしょうか。
そうしたことに加担してきたのはマスコミだと言ってもいいでしょう。
情報社会におけるマスコミの役割を改めて考えていかねばいけないように思います。

国民の多くが反対しても政府が方針を変えなかったことがこの数年、たくさんあります。
しかし、マスコミは国民のそうした意見を基本にして報道するのではなく、政府の意向に従って、世論を変える方向で働いているように思います。
マスコミは、いまや権力や企業のお先棒広報機能に特化してしまっていますが、それに抗して健闘している市民ジャーナリズムもなかなか世論に影響を与えるまでにはいたっていません。

テレビが企業のお先棒であることを垣間見せてくれたのが、昨日の田原総一郎サンデープロジェクトです。
出演している国会議員が、また報道ステーションで批判されるだろうが、というような発言をしたのに対して、田原さんが「古舘も朝日テレビからギャラをもらっているから大丈夫だよ」と発言をしたのです。
驚きました。
自らが企業からギャラをもらっているので企業や政府に不都合なことは言わないと告白したのと同じことです。
だれも注意しないで、笑っていました。
この番組に出演している人たちの本性が伝わってきます。

番組の最後に、アナウンサーが「先の発言に対して古舘さんから苦情の電話があった」と報告しました。
それを途中でさえぎって、田原さんは「古館には、それはいいことだ、がんばれと言った」というようなことを自慢げに話していました。
自分の発言の意味が、全くわかっていないのです。
やりきれませんね。

念のために言えば、私は古舘さんの誠実な言葉に共感しています。
しかし行動に移さない不誠実さにはいささかの失望を感じています。

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■節子への挽歌568:喪失と自由

妻を失った怯えと自由の喪失。
一昨日の挽歌の最後に書いた、私の体験感です。

「喪失」に関しては、2度ほど書きました。
「対象喪失」では、愛する人との別れは喪失ではないと書きました。
愛が終わることと愛する人と別れることは違います。
「なくなりようのない喪失感」では、
喪失と喪失感との違いについての友人の言葉を紹介しました。

内山さんは、「喪失の先に存在する自由」を問題にします。
そして、現代は「自由を得るために自由を喪失する必要がある」と、その本(「怯えの時代」)で議論を展開していきます。
自由を得るためには、自由を捨てなければいけない、というのです。
この言葉の意味はよくわかりますし、共感できます。
疑問のある方はぜひ同書をお読みください。

E.フロムは消極的自由がファシズムにつながっていることを「自由からの逃走」で示しました。
フロムが「自由への逃走」として評価した積極的自由も、結局は連帯を通して自由の制約につながるといわれます。
自由は、パラドックスを内在させた言葉です。

韓国の法頂師は、無一物になれば、すべてが自分の物になると言っています(ちょっと不正確な紹介ですが)。
所有の概念を捨てれば、すべてがみんなのものになることは自明のことです。
大気も地球も、個人が所有できないがゆえにみんなのものです。

所有と自由とは深くつながっています。
だとすれば、喪失と自由も深くつながっています。

内山さんの「怯えの時代」はわかりやすく現代社会の状況を整理してくれています。
私には異論はないのですが、なぜ最初の2頁に、一昨日の挽歌で紹介した文章を載せたのでしょうか。
おそらく、単に「載せたかった」だけでしょう。
その気持ちもわかるような気がします。
どこかで吐露したい。それが喪失した者の感情です。

内山さんは、妻を失って「自由」を得ましたが、
私は妻を失って、「自由」も失いました。
この2日間、なんとなくその違いを考えていたのですが(風邪でダウンしていたので時間がありました)、失ったり得たりするような「自由」は自由ではないと気がつきました。
それに、節子と出会い、節子を愛した、その時から、自由などなかったのかもしれません。
自由とは制約の同義語だというのが、この2日間の結論です。
全く無意味な2日間の思考だったかもしれません。
節子だったらきっと笑いとばしながら、でも感心してきいてくれるでしょうが。

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2009/03/22

■100年に一度のチャンス

昨今の状況は、100年の一度の危機、だと言われています。
私は100年に一度のチャンスではないかと思います。

私の基本的な経済観は、私が会社を辞めた時から変わっていません。
当時はまだブログも書いていませんので記録はないのですが、ホームページ(CWSコモンズ)を書き出した頃にその発想を少しだけ書いています。
今が不況だ、などと考えることをそろそろやめましょう(2002/2/10)」
当時も不況論が盛んに出ていましたが、問題は経済の枠組みの問題であって、目先の現象で考えては何も見えてこないのではないかと思っていました。

現在の経済の始まりは、1940年代のアメリカの経済政策の転換から始まったのではないかと思います。
つまり、市場(需要)拡大、いいかえれば消費主導の経済パラダイムです。
それに基づいて、企業の経営も変わりました。
ドラッカー経営学がその象徴ですが、「顧客創造」が起点に置かれたのです。

それが私たち日本人の生活を豊かにしてきたわけですが、その反面で豊かさを奪われた人たちは少なくありません。
なかなかそれが見えなかったわけですが、最近ではほぼ明らかになってきています。
しかも、市場拡大による豊かさの奪取は国内でも顕在化してきました。
いわゆる「格差社会」が見えてきてしまったわけです。
格差は限度を超えると、全体の安定性を壊していくことはいうまでもありませんが、それを管理する事ができなくなってしまったのが現状なのかもしれません。
もしそうであれば、「成長」や「経済」そのもののあり方を考え直すべきです。
景気浮揚が問題ではなく、経済のあり方が問題なのです。
そう考えると、問題の立て方は全く違ってきます。

昨今の状況は、これまでの経済のあり方の問題を顕在化させています。
だとしたら、また元に戻るのではなく、新しい経済を考えるチャンスにするべきではないか。
そうした「大きな物語」が今こそ必要なのではないかと思いますが、どうもみんなの関心は目先の景気建て直しです。
「大きな物語」の時代は終わったというのが大方の意見ですが、いま必要なのは「大きな物語」なのです。
長期に考える余裕などない、といわれそうですが、長期を考えてこそ、目先の問題への処方箋が見えてくるはずです。
いまこそ、私たちの「消費生活」を見直すチャンスではないかと思うわけです。
私たち一人一人ができることはたくさんあります。
それは、無駄遣いをすることでは決してないと思います。

私は20年かかって、自分の生き方を変えてきました。
しかし、自己評価的にはまだ目標の3割程度にしかたどりついていません。
50年先を見据えて、今ここでの生き方をどう変えていくか。
そういう時代を、私たちは生きているように思います。


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■節子への挽歌567:心地よい借金

佐藤さん 前回会ったときより、ずっと元気になりましたね。
一昨日、大阪から会いに来てくださったMさんが、帰り際に行った言葉です。 みんなが私の元気を気にしてくれている。 そう思うと、いつまでもこの挽歌を書き続けていてはいけないという気もします。

Mさんと知り合ったのはたぶん1年ほど前ですから、私はおそらく失意のどん底にいたのかもしれません。
もっとも、その時、Mさんを連れてきてくださったIさんは、Mさんにそろそろ佐藤も元気になってきたので会いにいこうと言ったそうです。
Iさんも、私のことを気にしていてくれたのです。
こういう話を聞くたびに、感謝の気持ちでいっぱいになると共に、どうしてこんなに良い人ばかりなのに、社会は快適にならないのかが不思議です。

節子がいなくなった後、どれほど多くの人たちから元気をもらったことでしょう。
どれほど多くの人から声をかけてもらったことでしょう。
おかげで、人はみんなつながっていて、支えあっているのだということが確信できました。
「元気になったね」「おかげさまで」
この短いやりとりが、人の絆をどれほど強めることか。
それは体験したものでないとわかりません。

心から気遣ってくれた人のためであれば、いつかお返ししようと思うのは当然です。
人に気遣ってもらうということは、たくさんの「借金」を背負うのと同じような気がしますが、その借金は心地よい借金です。
たとえ今生で返せなくとも、来世で返す機会はあるだろうと思うと負担にもなりません。
それに、会ったことのない人も含めて、人はつながっていると思えると人生はとても生きやすくなります。

無理をして元気を装おうこともありません。
私の嘆きに辟易している人もいるでしょうが、嘆きはその人にもいつか降りかかるでしょう。その時には、私はその人の聞き役になれるはずです。
嘆きは聞き役がいてこそ、嘆き甲斐があるのです。

もしかしたら、嘆き役こそが最高の聞き役かもしれません。
みんな無理して元気を装おうのはやめましょう。
人はみんな多かれ少なかれ、嘆きの種を抱えています。
人の数だけ幸せも不幸もある、と節子と話したことを思い出しました。
嘆きながら聞いてやる、そんな関係がもっともっとひろがるといいと思っています。

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2009/03/21

■定額給付金の使い方

テレビを見ていると、麻生政権はかなりの善政を行っているような錯覚に陥ります。
定額給付金をもらって嬉しそうにしているお年寄りや有料道路が1000円になったことを喜んでいる若い家族などが繰り返し報道されると、麻生さん本人でなくとも、なんとなく国民は喜んでいるという気になってしまいます。
何しろ国民からの税金を好き勝手に使えるわけですから(三分の二条項の乱用によってですが)楽な仕事です。集めたお金のわずかを大判振る舞いすればいいわけですから。
その一方で、与党の無責任な散財ぶりを批判している民主党に対しては、厳しい目を向けてしまいます。
やはりお金を持っていないとみんなからは好かれないのでしょうか。
昔は「勝てば官軍」などといわれましたが、今は「持てば官軍」なのです。
お金の威力はすごいです。

定額給付金に関しては、早速に詐欺事件が発生し、被害にあったお年寄りもありますが、詐欺まがいのような動きはこれからたくさん出てくるでしょう。
大学教授やNPOの有志が、定額給付金基金なるものを発足させたと言う話もあります。
すでにもう募金した人たちが出ており、マスコミでも取り上げだしていますので、きっとどんどん集まるでしょう。
しかし、ささやかにNPOなどに関わっている私としては、その胡散臭さを強く感じます。
呼びかけ人には私の面識のある人が2人もいるのに驚きますが、やはりそうかと思わざるを得ません。
どこが胡散臭いかは、ホームページを読んでみてください。
胡散臭いと思うのは、私だけかもしれませんが。

NPOにお金が絡みだすといいことはありません。
それはグラミン銀行のユヌスさんがいうように、「堕落への道」を開いていくからです。
投げ銭するように寄付をしてはいけません。
それに最近のNPOの多くは、金銭まみれで付き合っていて楽しくありません。
寄付をするのであれば、きちんと相手の目を見て、効果的に使ってもらえるかどうか見極めなければいけません。
たしかに定額給付金は降って湧いたような「あぶく銭」でしょうが、お金を使う倫理観は失ってはいけません。
そうやって規律を壊していくのが、ばらまき施策の目的だからです。

定額給付金をもらったら燃やすのが一番良いような気もしますが、私は最近、収入がないのでいささかいじましくなっており、燃やす元気がありません。
ちょうどいま関わっているNPO関係のプロジェクト費用が数万円ほど足りないので、それに充当しようかとも思いますが、もし私が充当すると同じく参加している人たちにもそこに寄付しないといけないと思わせるかもしれません。
誰にも知られずにこっそりどこかに寄付する方策もありますが、それもなんとなく抵抗があります。
受け取り辞退という案もありますが、昨今の政府の状況を見ていると、税金さえも払いたくない気分ですので、それも避けたいです。
そう考えていくと、結構、難問ではあります。
さて、みなさんはどうされますか。

なんだか自分の生き方を問われているような気がしますね。
麻生さんが自らの「さもしさ」を露呈したように、私も自らの「さもしさ」に気づかされそうです。

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■節子への挽歌566:怯えの時代の自由

内山節さんという人がいます。
まだ会ったことはないのですが、彼の書いたものにはほぼ100%共感していました。
その生き方もすばらしく、その実践にも敬意を感じていました。
直接の知り合いではないですが、私の周りにはなぜか内山さんと付き合いのある人が少なくありません。
たぶんいつかお会いできるだろうなと思っていた一人です。
人は会うべき人には、必ず会えることを、私は体験的に実感しています。

内山さんの最近の著作である「怯えの時代」を、若い友人が紹介してくれました。
先週届いていたのですが、昨夜、寝る前に本を開いてみました。
一瞬、心が凍りつきました。
こういう書き出しです。

2006年6月22日。妻が死んだ。ほんの5分前まで心地よさそうな寝息をたてて眠っていたというのに、突然息をとめた。受け入れるしかない現実が私の前で展開していた。
この挽歌に突然出会った人の気持ちが少しわかりました。
予期しない言葉は、人の心に深く突き刺さります。

そこから先へと読み進めたのですが、2頁読んだところで、読めなくなりました。
文章はこう続いています。

それから数日が過ぎ、私は自由になった自分を感じた。すべての時間が自分だけのためにある。すべてのことは自分で決めればよい。何もかもが「私」からはじまって「私」で終わるのだ。私だけがここにいる。自由になった私だけが。
それは現代人の自由と共通する。
喪失の先に成立する自由。受け入れるしかない現実が生み出した自由。妻の死によってもたらされる現実に、私は怯えることはなかった。私は「また会おうね」と言った。妻は「うん」と言った、と思った。
どこか違うのです。
私が思っていた内山さんの世界と、どこかが違う。
そのため頭が混乱して、その先に読み進めなくなったのです。

朝起きて、読み直しましたが、やはり違和感が残ります。
内山さんらしい文章であり、その内容に異論があるわけではありません。
まだ2頁しか読んでいないので、この後、どのような話が展開されるのかわかりませんが、この2頁で、なんとなく内山さんは私とは違う世界の人だと感じてしまいました。
もしこれも「喪失」だとしたら、そこからどのような「自由」が現れてくるのでしょうか。

愛する人との別れは、人それぞれです。
内山さんの思いなど、私にはわかるはずもありません。
しかし、「また会おうね」「うん」という会話は、内山ご夫妻のすべてを語っているようにも思います。
とても静かであたたかで、それだけに深く長い愛を感じます。
しかし、どうしても「喪失」とか「自由」とかいう言葉に違和感を持つのです。

だからなんだと言われそうですが、このわずか数行の文章は、最近封印していた私の心情をまた開いてしまいそうです。

ちなみに、
妻を失った後の自由感。怯えることのない自分。
私にとっては、理解できない言葉です。
妻を失った怯えと自由の喪失。
これが私の体験感です。

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2009/03/20

■節子への挽歌565:花より節子

節子
きみが好きだった花の季節がやってきました。
わが家の庭の花もにぎやかになってきました。
その狭い庭で、土作りや花の移植などをやっている節子がいないのがうそのようです。
節子が好きだったミモザも今年は元気に咲きましたし、パピルスも元気に育っています。
節子は、また花や鳥になってチョコチョコ戻ってくると書き残しましたが、どの花が節子なのか、探すのが大変です。

今日はお彼岸です。
彼岸に花見に行きたい気分ですが、此岸の花も今年はとても華やかです。
暖冬だったせいでしょうか。
花が咲き出すと不思議にこころもはなやぎます。
昨年はそんな気分にはなれませんでしたが、今年は少しだけ花を愛でる気分がでてきました。
それに、もしかしたら節子が戻ってきている花かもしれません。

いまでも節子の位牌は花に囲まれています。
花好きのジュンが毎日手入れしてくれているのです。
それに花がなくなりそうになると、不思議に誰かが花を届けてくれるのです。
「花になって戻ってくる」という節子の言葉が本当だと思えてしまうほどです。
いえ、疑っているわけではないのですが。

でも正直な気持ちとしては、たとえわが家の花がすべて枯れてしまってもいいから、節子に戻ってきてほしいです。
森山良子の歌に、「この広い野原いっぱい咲く花をひとつ残らずあなたにあげる」というのがありましたが、もし節子を返してくれるのであれば、私もそうしたい気分です。
世界中のすべての花よりも、たった一人の節子のほうが、私を元気にしてくれるでしょう。
世界から花がなくなっても、節子のほうがいいです。
みなさんにはご迷惑でしょうが。

どんなに庭の花が華やかでも、なにかが欠けている感じです。
節子がいてこその、わが家の花なのです。
節子が元気だった頃は、そんなことなど思ったこともなく、
カサブランカの花のほうが節子よりきれいだなと思ったりしていました。
しかしいまでは、どんな花も節子には勝てません。
節子の笑顔は、私には輝くように魅力的でした。

人間も多年草や木の花のように、季節が来るとまた華やかに戻ってくることができたらどんなにいいでしょうか。

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■企業献金はなぜ悪いのか

小沢秘書事件は、ますます謀略性を感じさせるようになって来ていますが、それはともかく今回はまた暴論です。

企業の政治献金はなぜ悪いのでしょうか。
企業の政治献金は悪いものだと言う前提でみんな考えていますが、本当にそうなのでしょうか。
献金した企業に有利に仕事が発注されるではないかなどと言うのは、たぶん回答にはならないと思いますが、なぜかみんなそれで納得します。
不思議な話です。

企業の政治献金に関しては、すでにさまざまな論点が議論され尽くされていますし、判決もいろいろと出ています。
それを再整理したところで、何の意味もないでしょうが、大切なのは「問題の本質」は何かです。

たとえば個人献金と企業献金とはどこが違うのか。
企業のNPOへの寄付と政党への寄付とどこが違うのか。
企業献金と従業員の献金を集めての献金とどこが違うのか。
いずれも答は一つではなく、いかようにも答えられるでしょう。
つまり、この問いこそが「政治的」なのです。
「問題の本質」は、その外にあるのです。

では、与党への献金と野党への献金は同じでしょうか。
考えようによっては、全く正反対のものともいえます。
買収が絡んでくるのは、いうまでもなく権力の立場にいる与党議員です。

形式犯とか実質犯とかいう言葉が出ていますが、法で裁くのはあくまでも形式犯です。
しかし形式犯はすべてが罰せられるわけではありません。
権力は、罰したいときに罰します。
いつでも罰せられるのだぞと思わせておく事が、一番効果的だからです。
罰してしまえば、その効力は消滅してしまいます。

企業献金はどんどん認めていいと私は思います。
ソーシャルマーケティング活動と位置づければいいでしょう。
企業の社会貢献活動と同じです。
そうした献金や寄付が個別の企業に利益還元されることを避ければいいわけです。
その方法は簡単です。
事業の発注先を決めるプロセスを公開し、政治献金者と個別事業を直接つなげないようにすればいいわけです。
もちろん政治献金者の名前も公開すべきです。
すべてを公開すればいい話です。
すべてを公開しないがゆえに、さまざまな問題が起こります。
つまり問題は、行政の進め方にあるのです。
政治の問題ではなく、行政(官僚制度)や経済(産業政策)の問題です。

技術的には公開は難しい話ではないでしょう。
なぜ公開されないかと言えば、買収行為ができなくなるからです。
あるいは権力行使が出来なくなり、権力への反対行為をとめられなくなるからです。
つまりは、すべては循環的構造にあります。
その循環を好循環に変えていくことが大切なのであって、「企業の政治献金」に問題があるのではありません。
それに、献金してくれる人がいたらどんどん献金してもらえばいい。
それくらいの自信を持って、みんな仕事に取り組むべきです。

ところで私に献金してくれる企業はないでしょうか。
私はそれなりにいい仕事をしているという自負がありますので、いつでも歓迎です。
それに、検察に捜査される心配もありません。
ただし、献金してくれた企業にとっては、何の役にも立ちませんが。

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2009/03/19

■被害者を救うことのない裁判の限界

闇サイト殺人事件の被告3人のうち、2人が死刑、1人が無期懲役になりました。
被害者の母親は「無念さ」を語りました。
母親にとっては、全員の死刑が当然だったのでしょう。
私自身、最近は死刑反対論者ですが、母親の気持ちに共感してしまいます。
被害者の気持ちを鎮めることのない裁判はやはりどこかに問題があります。

もっとも、裁判とは被害者を救うものではありません。
全員が死刑になったところで、母親にとっては娘が戻ってくるわけではありません。
経済犯罪はともかく、それ以外、特に身体を殺傷するような事件の加害者は、実際には「責任」などとりようがないのです。
ですから被害者にとっては、どんな罰を与えようと救われることはありません。
そこに裁判の限界があるわけです。

罪と罰をどう扱うかは、文化によって違います。
キリスト教徒の場合は、罪は神への裏切りですから、罰は贖罪のためのものです。
つまり加害者の倫理的な責任が問われるわけで、裁判は加害者の問題でもあります。
そこでは、加害者の意識や反省は大きな意味を持ちません。
日本の刑法体系も同じですが、日本の文化に裏打ちされた私たちの感情は少し違います。
加害者が心底、反省しているならば、被害者にもまた情状酌量の気持ちが働きます。
ですから、むしろ罰は、再犯防止あるいは類似犯防止の意味合いが強いように思います。
明らかに法の思想と社会の文化は違っています。
ややこしいのは、「再犯防止あるいは類似犯防止」が政治的に悪用されることもあることです。
そのため、「冤罪」が少なくありません。
検察が権力者に使われたり迎合したりするようになりやすいのも、その結果です。

今回の裁判で、母親の気持ちを鎮める方策は何でしょうか。
裁判で示した加害者の言動こそが問題にされなければならないと思います。
人の更生は実際には極めて難しいです。
裁判官や弁護士は安直に「更生」という言葉を使いますが、認識を変える必要があると思います。
それと同時に、こうした事件の裁判で裁かれているのは、単に加害者だけではなく、そうした状況を作り出した関係者もまた裁かれるべきだろうと思います。
類似犯が出てこないような取り組みこそが、真剣に考えられるべき課題です。
裁判制度の限界をもっと真剣に考えるべきでしょう。
そうしたところに向けた司法改革に取り組むべきであって、裁判員制度などのようなばかげたごまかしをやっている時期ではありません。

そのことを今回の裁判の報道を見ていて、改めて感じました。
繰り返しますが、裁判の目的を考え直すべき時期に来ているのです。
問題の本質は、「死刑」かどうかではないはずです。

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■節子への挽歌564:ひとつの財布

節子
むすめたちと話していて、夫婦別財布が多いという話になりました。
私の周りにも、夫婦別財布の人は少なくありませんが、私には全く理解できない話です。
私たち夫婦は完全に「ひとつの財布」でした。
もっとも、節子は「夫に内緒のへそくり」に憧れがあったようで、へそくり口座をつくったことがありますが、私にまで自慢したので、すぐにばれてしまいましたが。

結婚以来、わが家には「家計」はひとつでした。
私の収入は、すべて節子のものでした。
節子の収入もまた、すべて節子のものでした。
ですから節子にとっては、「へそくり」は全く意味がなかったのです。

そんなわけで、私はお金から全く解放されていました。
お金が必要になれば、節子にいえばよかったのです。
家族で旅行に行っても食事をしても、お金の担当はすべて節子でした。
私は自分で支払ったことがありません。
これはいたって楽なことです。

それに、財布が一つになるということは、お互いの生活を夫婦で共有できるということです。
それがわずらわしいと言う人もいるかもしれませんが、徹底してしまうと楽になります。
相互の信頼関係も高まりますし、お互いの性格もよく見えるようになります。
ですから、夫婦が別々の財布を持つことが、私には全く理解できません。
もしこれを読んでいる方が結婚されていないのであれば、ぜひ「ひとつの財布」をお勧めします。
ちなみに、社会全体が「ひとつの財布」になれば、もっと楽になります。
その時にはお金はいらなくなるはずです。
私にとっては理想の社会です。
お金がなくなれば、格差も戦争もなくなるかもしれません。

お金を管理しなければならなくなった節子は大変だったのではないかと思うかもしれません。
大変ではなかったのです。
なぜなら節子は家計簿などつけることなく、簡単なルールで対処したからです。
ルールは2つ。
「出て行くものは出て行く」「なくなれば出なくなる」
それは私と共有していましたから、お金がなくなれば働くか節約すればいいわけです。
最近はいささか状況が厳しいですが、私たちの時代は、まじめに働けば、いかようにもやっていけました。
それに、節子も私も質素でしたし、2人とも普段はお金を使いませんでした。

私たち夫婦がこんなに仲良く信頼しあえる関係になったのは、そしていつも誠実に生きられたのは、「ひとつの財布」のおかげだったのかもしれません。

もっとも節子には一つだけ不満がありました。
私から「意外な贈り物」をもらえなかったことです。
私の節子へのプレゼントのやりかたは、何かほしいものがあるかと節子に訊いて、じゃあそれを買っておいてというだけでしたので、節子はプレゼントをもらった気にはなれず、いつも買わずに済ませてしまっていたことです。
今から思うと、「ひとつの財布」も欠点がありますね。
もしかしたら、節子は喜んでいなかったかもしれませんね。
気づくのが遅すぎました。
いやはや。

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2009/03/18

■アサリに共棲しているカニ

暖かくなりました。
昨年、わが家の庭に話した沢蟹が年を越して土の中から出てくるのではないかと楽しみにしています。
子どものカニがカマキリの子どもたちのように山のように溢れ出てくるかもしれません。

先週、福岡の蔵田さんが春を告げる恒例のアサリを送ってきてくれました。
ご自分で海から採ってきて、毎年、送ってくれるのです。
今年のアサリは大きくて立派でした。
そのアサリの中に、体長2~3ミリの小さな蟹が含まれていました。
まだ生きているのを3匹拾い上げて、飼ってみることにしました。
5日ほど立ちますが、みんな元気そうです。
今年の秋になれば、大きくなって食べられるかもしれないと思って、飼い方をネットで調べてみました。
どうもこの蟹は、アサリとの共棲蟹のようで、大きくはならないようです。
食べられません。ホッとしました。

私は大きなカニは好きではありませんが、小さいカニは大好きなのです。
前世がカニだったのかも知れません。
そういえば、カニのように少しひねくれていますし。

カニとアサリを育てようと思います。
うまく育つといいのですが。


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■節子への挽歌563:能天気夫婦

節子
ジュンがお母さんは能天気だったね、と言っています。
もっとも「能天気」だと言っているジュンも、かなりの能天気ですから、あんまりどうということはないのですが。

最近、わが家ではユカが一番、まともなのではないかと思うことがよくあります。
わが家ではユカはいつも少数意見で、みんなから「変わっている」と思われていたのですが、もしかしたら「変わっている」のは他の3人だったのかも知れません。
今頃気づいたのか、とユカにまた怒られそうですが、節子がいないのでいまさら私も反省はできません。
困ったものです。

先日、ジュンと話していて、ジュンの能天気さは私の遺伝かなと話したら、お母さんも能天気だったよ、と言うのです。
節子が能天気?
私には、自分が好き勝手に生きてきたために、節子には多大な負担や苦労をかけただろうと言う罪悪感があるのです。
節子は私に愚痴をこぼしたことは一度もありません。
私の両親との同居も、私が知る限り、一度も愚痴をこぼしませんでした。
そのことに感謝していたわけですが、ジュンの考えでは、大変さなど感じていなかったのです。
つまり、単に私と同じく能天気だっただけなのです。
思い直すと、たしかに節子は能天気でした。

親が脳天気だったぶん、子どもたちは苦労しているようです。
私たちはあまり良い親ではなかったのです。
どうもそれは間違いない事実です。
娘たちには本当に申し訳ないと思っていますが、いまさらどうにもできません。
しかし、その責めを私だけが負うのはいささか不公平です。
恨めしい気がしないでもありません。

いま、むすめたちのことで苦労しています。
困ったものです。

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2009/03/17

■節子への挽歌562:「あばたもえくぼ」と「もの悲しい感情」

「だめ節子」第4弾を書き出しました。
今回は、金銭感覚のなかった節子を書き出したのですが、どうも「だめ節子」にならないのです。
書いているうちに、金銭感覚がなかったことがとてもいいことだったような内容になってしまうのです。
「あばたもえくぼ」とはよく言ったものです。
だめな部分が、今となってはとても魅力的に見えてくるのです。
節子のすべてが魅力的に思えるのです。
だから、逆にここで書くことのすべてに、きっと「もの悲しい感情」が表れてくるのでしょうね。

先日、ある友人からこんなメールが来ました。

本当に偶然のクリックだったのですが、佐藤さんの妻への挽歌を読ませていただきました。
本当に、そばにいらっしゃるのだと思いました。
ただ、読んでいて、今までに抱いたことのないような複雑な、もの悲しい感情にみまわれ、最後まで読むことができませんでした。
彼女は節子にも何回か会っています。
葬儀にも来てくれました。

偶然にネット検索をしていて、私の挽歌に出会ったらどう思うでしょうか。
どの挽歌を読むかによって、印象はかなり違うかもしれませんが、時に「重苦しい雰囲気」を背負い込むことになるのでしょうね。
書いている私自身もそうなのです。
それで少し気分転換に「だめ節子」シリーズを書いてみようと思ったのですが、なかなかうまくいかないものです。

彼女は今日、湯島にやってきました。
いろいろと話しての帰り際に、またポツリと言いました。

挽歌を毎日書かれているのですね。
とてももの悲しい感情に見舞われて、読み続けられませんでした。
人を元気にするのが私の生き方なのですが、
この挽歌だけはそれと正反対のことをしているのかもしれません。
もっと読む人を元気にする挽歌にしなければいけませんね。

今日、彼女は私に会って少し元気になったようです。
よかったです。
私も元気になってきている証拠です。

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2009/03/16

■節子への挽歌561:ファッション感覚がずれていた節子

だめ節子シリーズその3です。

節子のファッションセンスはいささかずれていました。
私は、基本的にシンプルなスタイルとわかりやすい色が好きですが、節子はちょっと昭和的なファッションが好きでした。
そのくせ、オップアートのような目がチカチカするようなものも好きでした。
最先端のブランドファッションには往々にしてその種のものもありますが、
私の稼ぎの関係で節子はブランド物などは縁がありませんでしたので、ただ単にちょっと風変わりなファッションが好みだっただけなのです。
節子がいなくなった後、クローゼットなどを見たら、まだ袖を通していないものも含めて、節子にとっては「ちょっとおしゃれな」、しかし私にとっては「ちょっと奇妙な」衣服がみつかりました。
たぶん私が嫌いなのを知って、私と一緒の時には着なかったのでしょう。
そのため私には見覚えもないものもありました。

ファッションセンスは個性的なものですから、どれが「おしゃれ」で、どれが「奇妙」かは一概に言えません。
それに私自身、おしゃれなどには一切興味がありません。
ですから、節子のファッション音痴は私の偏見だと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。
わが家では節子の趣味の「悪さ」は合意された常識なのです。
今でもテレビで時々、昭和的な人が出てくると、誰からともなく節子みたいな服だという声が出てきます。
たしかに、そこに節子を感ずることもあります。

女性にとっては、おしゃれはとても大切なのでしょうが、私には全く理解できない世界です。
節子が新しい服を買ってきて私に見せても、またそんなおかしな服を買ってきたのかと、私はけちをつけることが多かったような気がします。
今となってはもはや後悔先に立たずです。
私がもっと誠意を持って応えていたら、節子のファッション感覚はもう少し良くなっていたのかもしれません。

とまあ、ここまで書いてきて、気がついたのですが、私のほうが先に逝って、節子が私の思い出を書いたら、きっと「ファッション感覚ゼロの修」と書くでしょうね。
修からファッションのことをとやかく言われたくないといわれるかもしれません。
節子からはいつも、もう少し身だしなみをきちんとしたらといわれ続けていました。
歳が歳なのだからもう少し良い物を身につけなさいというのが節子の口癖でした。
でも着る物にお金を使うくらいなら、稼ぐお金を減らしたいと思うのが私だったのです。

結局、ファッション感覚がずれていたのは私なのかもしれません。
「だめ節子」を書くのは難しいです。
いつも自分に戻ってきてしまいます。
まあ、夫婦なんていうのはそんなものなのでしょうか。

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■ベンジャミン・バーバーの市民観

「労働から価値をしぼりとる長い期間が続いたため、民主主義をこっそりと盗まれ、姿が見えなくなっていた市民」
市民社会に関して示唆に富む論考を展開しているベンジャミン・バーバーは、国家と企業の狭間で、市民社会を創出していくためにはどうすればいいかをテーマにした著書「<私たち>の場所」で、こういう表現を使っています。
そして、そうした市民が、会社を退職し、自らのための人生を回復した時に、民主主義はようやく彼らを、その担い手として迎えられるのだというのです。
市民社会の主役になれるのは、経済資本への貢献を期待されている人たちではなく、むしろそうした世界からはもはや「必要とされていない」人たちだというわけです。
この視点に立てば、国家や企業に仕えている人たちは、市民社会の担い手ではないことになります。
逆に、シャドーワークの担い手である主婦(主夫)や企業を退職した(解雇された)人たちこそが市民社会を創出していく可能性を持っているというのです。
私が昔から持っていた思いに重なっています。
そうした思いから、私は安直な「女性の社会進出」論には批判的ですし、最近でいえば「女性活用」論にも違和感を持っています。
子供や学生たちはどうでしょうか。
いまや彼らもまた学校や教育産業に取り込まれてしまい、「経済資本への貢献」メンバーになってしまいました。
若い女性たちは携帯電話とブランドファッションに飼われだしているので、これまた民主主義や市民社会には無縁になってきています。
麻生人気や小泉人気は、そうした人たちが支えているように思います。

まただんだん言葉が走りすぎてきましたので、戻しましょう。
「生涯現役」ということがありますが、以上の視点から言い換えれば「生涯隷属」というような意味あいをもっています。
いささか表現がきついですが、要するに視点を変えるとさまざまなものの意味が反転するということです。

政治に関する最近の世論調査を見て、いつも感ずるのは、この数字の意味は一体何なのだろうかということです。
隷属者の意見と主体性を持った市民の意見とは、多くの場合、対立します。
それを足したところで、何の意味があるのかと思うわけです。

国家や企業を支える存在と社会を支える存在の分断は、どこかで逆転するのでしょうか。
最近の私の人間嫌いは、こうしたところに一因があります。

4月19日に、「NPO活動がはぐくむ市民性」をテーマに討議型フォーラムを開催します。
よかったらご参加ください。
定員がありますので、もし参加いただける場合は私にメールください。

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2009/03/15

■節子への挽歌560:失敗するとso-soといって笑ってごまかす節子

だめ節子シリーズその2です。

節子は私と同じで、さまざまな矛盾の塊でした。
慣習や定型的な前例に拘束されることなく、自分の判断を大事にする合理主義者でありながら、奇妙に慣習の形を気にする人でもありました。
どういう時に慣習を重視し、どういう時にそれを無視するか、あんまり私には基準が理解できませんでした。
節子自身もあんまり基準はなかったのかもしれません。

節子の実家の法事に行った時、挨拶の仕方にうるさくて、たとえば上座から挨拶したとか腰が浮きすぎだとか注意されたこともありました。
ですから、最初の頃は私もそれなりに緊張して、節子の実家での法事に出席しました。

ところがです。
次第に自分の判断を大事にする合理主義者へと、節子はどんどん変わってきました。
私の狭い付き合いからの感想ですが、女性はみんなそうのようですが。
それはともかく、節子は私以上に私になり、ついには私を追い越すほどの「形式からの自由主義者」になりました。

節子の実家の先祖の50周忌に出席した時のことです。
最近は田舎の法事も簡素化されてきたので、今回は平服でいいんじゃないかと節子が言い出しました。
しかも、今回は黒のネクタイもいらないよと言うのです。
法事に関しては、節子は私の先生ですから、ついつい私もその気になってっしまいました。
ところが親元についてみると、みんな正装で黒ネクタイなのです。
節子は実家の喪服があったので対応できましたが私はノーネクタイです。
さてどうするか。
私はいいとしても、節子に恥をかかせるわけにはいきません。
車で来ていた義兄に頼んで、ネクタイを買いに行き、何とか間に合わせることが出来ました。

なんだか、忠臣蔵の吉良上野介と浅野内匠頭のような話ですが、節子は慌てることなく、so-so などと意味不明な言葉で笑ってしまっていました。
小心者の私は慌てますが、能天気な節子はそういう時にはお腹をこじらせて笑いのです。
そういう時の節子は、実に魅力的なのですが、浅野内匠頭としては腹立たしくもあるのです。

そういえば、節子はよくso-soと言ってました。
辞書を引いてみたら、「良くも悪くもない、まあ、まずますの」というような意味のようですが、節子は「まあ、いいんじゃないの」というような意味に勝手に使っていたような気がします。
たしかラジオか何かで一度聴いて気にいったのでしょう。
それ以来、勝手に拡大解釈もしくは誤用して、愛用していました。
まあ、so-soですが。

「だめ節子」にさえ魅力を感じてしまうようでは、なかなか「だめ節子」シリーズは難しいですね。
困ったものです。

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2009/03/14

■「対立」から価値を創発させる第三者の役割

先日、東京で行われたあるシンポジウムに参加した人たちと会ったら、NPOの人たちはとてもいい活動をしてくれているのだが、現場で活動している自分たちにはどうも違和感があると嘆いていました。
その言い方の後ろに、たくさんの思いがあるのを感じて、改めて当事者たちの活動を外部から支援することの難しさを感じました。

多くの場合、現場外の活動をしている人たちも、善意で真剣に取り組んでいますから、良い関係ができるといいのですが、おそらく現場で見える風景とマクロ的な見地から見えてくる風景はかなり違っているのでしょう。
だからこそ、それぞれの取り組みに価値があるわけですが、そのつながり方が難しいようです。
どうしても現場よりも、マクロ的に活動するほうが大きな力を得やすいからです。
現場をどう支援できるのかが、マクロ的に活動する人の基本姿勢でなければいけません。
それさえ忘れなければ、マクロ的な視点での活動は、必ず現場を力づけることになるでしょう。

しかし、時に現場の人たちを邪魔したりすることも起こります。
たとえば、都立七生養護学校「こころとからだの学習」事件です。
新聞でもかなり大きくとりあげられましたので、ご存知の方が多いと思いますが、知的障がいを持つ子どもたちの養護学校で教員たちが創意工夫を積み重ねて行っていた性教育の実践が、東京都の都議会議員や教育委員会の介入によって壊滅に追い込まれ、教員が大量処分されたという事件です。
詳細については、「こころとからだの学習」裁判支援サイトをご覧ください。
この事件については、私自身はあまり関心をもっていなかったのですが、友人から話を聞かされて、その意味を改めて考えさせられました。
私が一番残念だったのは、都議会議員の言動ではなく、その際にも同席していた教育委員会のその後の行動です。
新聞によれば議員の攻撃が起こる前までは、七生養護学校の事例は高く評価されており、東京都教育委員会でも、そこの教員を講師に招く研修会も開いていたそうです。
議員の介入が行われた後は、態度が一変したといいます。
現場の人たちが営々と築き上げてきたものを「権威ある部外者」が壊してしまうことは少なくありません。
そして、それを守る人が最近はめっきり少なくなってしまいました。

ゼロか100か。
「権力ある人」が、ある判断をすると、とたんにみんな言動を豹変させる状況が急速に社会を覆いだしています。
いずれの側に対しても、当事者とは違った視点で評価できる「第三者」がますます必要になってきているように思いますが、そうした「第三者」がいなくなりだしているのです。
それでは社会はもろくなってしまいます。
社会をもろくしないためには、第三者の存在を大事にしていくことが大切です。

これからはそうした「対立」をつなぎ、そこから新しい価値を「創発」する存在を増やしていかねばなりません。
そういう人こそが、これからの時代を造りだしていく人だろうと思います。

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■緊張感のない毎日

政治的にも経済的にも大変な状況なのに、なぜか緊張感のない毎日です。
政治も経済も、瑣末な話ばかりがニュースになっています。
結局、今はあんまり大変ではないのでしょうか。

先週、南紀白浜の三段壁で自殺防止活動に取り組んでいる人から、今日は2人の人を保護しましたとメールをもらいましたが、そうした現場では今の社会の実相を感ずることができるのでしょうが、どうもマスコミからは深刻感が伝わってきません。

定額給付金をもらった人が、テレビカメラに向かって、刺身を買って食べた、1万円なんかすぐなくなってしまった、と話していましたが、今日の生活をどうするかに直面している人の気持ちは逆なでされるのではないかと心配になりました。
私でもいやな気分でした。
1万円あれば、3人家族の我が家では1週間の食事が十分に賄えるでしょう。

政治は相変わらず小沢さんと西松建設の話題です。
検察はさすがに気が引けたのか、自民党議員に対して形だけの捜査を行いましたが、相変わらずターゲットは小沢さんですし、マスコミはほとんどがそれに迎合しています。
報道ステーションの古館さんは、果敢に抵抗していますが、彼にもかなりの圧力がかかっているでしょう。
どこまで持ちこたえるかは、日本のジャーナリズムのこれからに大きく関わっています。

小沢さんが西松建設をはじめとしたゼネコンと関係があったことを否定するつもりは全くありません。
関係があったに違いありませんし、小沢さんの古い政治体質を肯定するつもりも全くありません。
しかし卑劣な権力のやり方と権力に尻尾を振るマスコミには虫唾がはしります。
寄ってたかって不二家を追い詰めのとは違うかもしれませんが、手のひらを返したようなキャスターやコメンテーターの発言には、気が萎えてしまいます。
それに、小沢さんのそうした体質や行動を知りながら、自分たちの代表にしていた民主党議員の、いまさらの小沢批判にも不快感があります。
マスコミは民主党が壊れだすのをなぜかあおっています。
マスコミは、要するに問題が広がれば広がるほど、いいからでしょう。

毎日、とてもやりきれない気持ちです。
それにしても、緊張感がありません。
どこかに間違いがありそうですね。

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■節子への挽歌559:片づけが苦手の節子

いよいよ、予告していた「だめ節子シリーズ」第一弾です。

節子は「片付け」が不得手でした。
と言うと怒られそうです。
本人はきっと片づけが好きで得意だと思っていたかもしれませんから。
実際、整理整頓の知恵を出すのは好きでした。
今もなお、節子が書いた「小見出し」などがいろんなところに残っています。
書類などを保管するクリアファイルに小見出しをつけるのも好きでした。
写真を整理して、コメントをつけながらアルバムを整理するのも好きでした。
旅行に行く時にバッグに荷物を詰め込むのも節子が得意でした。
私が勝手に詰め込むと怒られました。

しかし、どう考えても片づけがうまかったとは思えないのです。
なぜそう思うかと言うと、節子は「捨てる」のが下手だったからです。
まあよく言えば、「物を大切にする」のです。
本当にいろんなものを捨てずに残していました。
お菓子などもらうと箱はもちろんですが、包装紙まで丁寧に残していました。
物を捨てない割には、使いもしないの、これはいつかきっと役に立つと面白そうなものがあるとすぐ買ってきました。安いものばかりでしたが。

病気になってからは、持ち物整理に入りましたが、それを私が止めてしまいました。
整理するとなんだか先がないような気がするからです。
節子が病気になってからは、私がむしろ節子の物を買いだしました。
これを使い切るためにも元気にならなければいけないと節約家の節子に「圧力」をかけたのです。
小賢しい知恵ですが、まあ当事者になると、そんなものです。

まあ、そんなわけで、節子が逝った後にはたくさんのものが残されました。
かばんやポーチもたくさんありました。
それをあけると、必ず出てくるものがあります。
駅前でもらったポケットティッシュ、短い鉛筆(節子は鉛筆が好きでした)とメモ、小銭、そしてなぜかキャンディ。
関西人は、誰かに会うと「あめ」をあげると以前テレビでやっていましたが、関西人の節子らしく、いつもアメかチョコレートを持ち歩いていたようです。
もっとも彼女自身は、そうしたお菓子類をふだんはあまり食べない人でした。

節子が残していったもの片付けるのは大変です。
ですから今もほぼそのままです。
ということは、もしかしたら、片づけが下手なのは私のほうかもしれませんね。
しかしまあ、残されてしまったら最大の粗大ごみになりかねない夫(つまり私です)を片付けないうちに彼岸へと自分だけ旅立ってしまったのは許せません。
夫くらいきちんと片付けてから、自らの身を片付けてほしかったです。

なんだかわけのわからない話になってしまいました。
明日は、きちんとだめ節子第2弾を書くことにします。

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2009/03/13

■やっぱりどこかおかしいように思います

不法滞在で問題になっていたカルデロン一家は、結局、両親が帰国しなければいけないことになりました。
法理論的には合理的な判断なのかもしれませんが、どうにもやりきれない気持ちです。
森法務大臣は、子どもの利益も十分考えた温情溢れる処置だといっていますが、13歳のこどもが異国で両親と引き離されてしまうのは心痛みます。
温情などという言葉は使ってほしくないです。
親が不法入国したのが悪いというのは簡単ですが、10年以上も見逃しておいたのはどう解釈すればいいでしょうか。

家族を引き離す国家。
家族を引き離す社会。
そのメッセージがどれほどの影響を人々に与えるものでしょうか。
日本では家族が大事にされなくなってからもうかなりの時間がたちますが、こうも生々しく映像として何回も見せられると、国家とは一体何なのだろうかと思わざるを得ません。
勝手に国境をつくったのも国家ですし、労働力不足になれば海外から人を呼び込むのも国家です。
そして、労働力があまりだすと追い出すのも国家です。

国家が国民の生活を守ってくれるかといえば、決してそうではありません。
国家が国民を「棄民」するのは、昔も今も変わりません。
そういう国家の本質が、こうした事件には象徴されています。
アミネ事件もそうでしたが、状況はあいかわらずご都合主義です。
もし鳩山総務大臣が法務大臣だったらどうなっていたでしょうか。
日本郵政告発で見せているような「生活者の常識」を発揮すれば、結果は変わったかもしれません。

もちろん今回の結論が間違っているかどうかは、私にはわかりません。
ただ印象として「家族軽視」のメッセージが強く出されていることに不安を感じるのです。
前にも書きましたが、問題はカルデロン一家だけの話ではありません。
私たち家族が今や「風前の灯」のような状況に置かれていることがとても心配です。

こうした「やっぱりおかしいな」と思うことが、最近はたくさんあります。
ですから私自身もかなり麻痺してきました。
それに、おかしいと思いながらも何もしようとしなくなっている自分も「やっぱりおかしい」と思い出しています。
みんながそうなってくると、きっと「おかしいことも」が当然のことになっていくのでしょうね。
そして、企業の場合は不祥事になって企業が倒産してしまうわけです。
国家の場合はどうなるのでしょうか。
国家が倒産すると、住みにくくなるのでしょうか。
それとも住みやすくなるのでしょうか。

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■節子への挽歌558:幸福を呼び寄せる胡蝶蘭

福山さんが、奥様が花になって戻ってくると書いてありましたから、と言って、胡蝶蘭を届けてくれました。

胡蝶蘭の花言葉は「幸福が飛んでくる」なのだそうです。
私のまわりは本当に良い人ばかりで、これ以上の幸福は望みうべきもありませんが、幸福はいくらあっても不都合はありません。
宮沢賢治は「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」といいましたが、人の幸福と自分の幸福は別々のものではありません。
ですから幸福は大歓迎です。

節子は福山さんに会ったことはありません。
福山さんとのつながりは、東尋坊の茂さんつながりなのです。
まさか私自身が茂さんの活動に巻き込まれるとは思ってもいなかったのですが、節子と一緒に東尋坊に行ったのがたぶん契機になって、茂さんとのつながりがいろいろと多層的に生まれてきたのです。
その関係で、福山さんにもお願いして、新しいプロジェクトに取り組みだしました。
節子がいたら、事務的なバックアップをしてくれたでしょう。
節子は、いつかそういうことをしたいと思っていましたから。
コムケア活動を始めた時に、節子と一緒にいろいろなことができるだろうなと思っていましたが、残念ながらそれは実現できませんでした。
しかし、どこかで節子なら賛成するだろうなというプロジェクトを無意識のまま選んでコミットしだしているような気がします。

奥さんだと思って、愛でてくださいと福山さんは言ってくださったのですが、湯島には定期的に来ていないのでせっかくの胡蝶蘭が枯れてしまわないか心配なので、福山さんにお断りして、少ししたら自宅に持っていくことにしました。
湯島はマンションの一室なので、換気も悪く、生花はなかなか持続させられないのです。
花にも声をかける習慣は、私にもあるのですが、1週間も湯島に行かないこともあるので、花も孤独になってしまうのでしょう。
節子が通っていた頃は、室内もベランダも花が元気でしたが、いまはほとんどなくなってしまいました。
玄関の花も、いまは生花ではなく、造花です。
でも、この1週間は胡蝶蘭がいます。
もしよかったら、湯島に遊びに来てください。


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2009/03/12

■節子への挽歌557:若い友人からのメール

今朝、2つのメールが届きました。
今日から、「だめ節子」シリーズをはじめようかと思っていたのですが、そのメールのことを書きたくなってしまいました。
予定変更です。

一人は、節子も会ったことのある、若いSTさんからです。
年賀状をもらったので、返信メールを出した、そのまた返信です。
私の生き方へのエールなので、いささか気恥ずかしいですが、一部を引用させてもらいます。

いただいたメールを拝見していて、奥様に対するとても大きな深い愛情を感じました。
思わず、自分自身の経験してきた恋愛と比較してしまい…。また、感じたことをどう表現してよいのか分からず、メールの返信が書けずにいました。
いま僕が感じることですが、修さんの生き方はとてもステキだと思います。

修さんの大きく暖かな愛情に包まれて、今尚奥様は存在し続けていらっしゃるように感じています。
修さんは『会えなくなってから、時間は止まってしまっているよう』だと、前回のメールでお話されていましたが、僕には奥様と共に歩まれているように感じてしまいます。
それは修さんのメールにあった『奥様のおかげで新しい出会いを得たり、生きる意味について思いを深められたりした』というお話から感じています。

例え肉体がこの世に存在していなくても、愛した伴侶の心の中にいつまでも存在し続けることができたなら、きっとすごく幸せだと僕は感じます。
僕も結婚を考える人を持ち、2人で人生を歩む時が来るとしたら、修さんのような生き方をできたらいいなって思っています。

長い引用ですみません。
最後の一文がとてもうれしかったのです。
共にお互いの心の中に「住み込み合う」関係、それが夫婦の意味ではないかと、私は思っています。
そうした伴侶を得たことの幸せと、そうした伴侶とのいささか早い別れを余儀なくされたことの寂しさを、改めて感じています。
STさん、ありがとうございました。


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2009/03/11

■節子への挽歌556:節子は美化されているのではないか

節子
むすめたちから、この挽歌の節子は「美化」されているのではないかといわれました。
おそらくそうでしょう。
節子自身も、たぶん「美化」されている自分を感じているかもしれません。

しかし、その一方で、不満な表現もあるでしょう。
修は、私の本当にいいところをちっとも理解していないわね、と思っているかもしれません。
それはまあ、お互い様なのです。

夜中に目が覚めると、必ずといっていいほど、節子のことをまず思い出します。
以前は、夜中に目が覚めると、隣に節子がいつもいました。
目が覚めて眠れない時は、わがままな私は必ずといっていいほど、節子を起こしました。
節子と一言二言話すだけで、気が静まってなぜか眠れたのです。
時には代わりに、起こされた節子のほうが眠れなくなってしまうこともありました。
私は、迷惑をかけあうのが夫婦なのだという考えなので、節子にも目が覚めたら起こしていいよといっていましたが、節子に起こされたことはありませんでした。
節子は一時、寝つきが悪かったことがありますが、一度眠るとよく眠る人でした。
その上、私と違って寝相がよく、寝た時とほぼ同じスタイルで朝を迎えるタイプでした。
私の寝相の悪さはかなりのもので、節子はいつも、よく動くわねといっていました。

話がまた全くそれてしまっていますが、昨夜、夜中に目覚めた時、なぜか娘たちから言われている「美化」の話を思い出しました。
本当に節子のことを美化しているのだろうか。
たしかに「良いところ」だけを書いており、あんまり悪いところは書いていません。
しかし、「良い悪い」は、人それぞれです。
それに、私の心の中に残っている節子の良いところは、とても言葉には書き表せないのです。
ですから、ここで書かれているのは、節子の良いところの一部でしかないともいえるのです。
いやいや、こう思うところが、すでに節子を美化しようとしているのでしょうね。

逃がした魚は大きい、という言葉があります。
失った妻はどうでしょうか。
悪い妻だったと思うようにすれば、きっと悲しみも半減するでしょう。
しかし、美化し続けていると、悲しみはますます高じていくでしょう。
思い切って、節子のだめさ加減を書いていくのもいいかもしれません。
さてどうすべきか。

一晩、だめな節子シリーズを書き出すかどうか考えてみます。

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2009/03/10

■節子への挽歌555:東京の空にも節子がみえます

節子
今日はあたたかな、そしておだやかな日です。
今日は何人かの友人が会いに来るので、湯島に来ました。
週に2,3回は湯島に行こうと思っているのですが、なかなかそうなりません。
何となくおっくうなのです。

今日は少し早めに来たのですが、穏やかな空をぼんやりと見ていると節子がいた時とどこがいったい違うのだろうかという気がしてきます。
私は湯島のオフィスから空を見るのがとても好きです。
子どもの頃から、空や雲を見るのが好きでしたが、会社に入ってから空を見る習慣がなくなってしまっていました。
東京の空をゆっくりと見るようになったのは、このオフィスで過ごすことが始まってからです。
東京の青空がとてもきれいで穏やかなのに気がついたのです。

もっとも、空の青さのすばらしさを思い出したのは、エジプト旅行でした。
エジプトの空の青さは、感動的でした。
きれいな空を見るといつも、私たちはエジプトの空の話になりました。

日本で見た一番印象に残っている空の青さは、節子と一緒に行った、千畳敷カールでした。
あの時は、節子はとても元気でした。
私のホームページにも掲載されていますが、あの時の空の青さは感動的でした。
あの時、もしかしたら節子の「いのち」は青空に吸い込まれてしまったのかもしれません。

学生の頃書いた私の詩に、こんなのがあります。
私の詩の中では最も短い作品です。

空の青さがあまりに深かったので、思わず死んでしまった
私はこの詩がとても気に入っていました。
節子に会うずっと前の詩ですが、この頃から「金魚が泣いたら地球が揺れた」的な作風だったようです。

湯島から見る夕陽もきれいでした。
そんなことを考えていると、そこに節子が居るような気がしてきます。
節子がいなくなって、いったい何が変わったのだろうか。
この頃、そんなことをよく考えるようになりました。
どこにでも、最近は節子が見えるような気がしてきています。

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2009/03/09

■節子への挽歌554:「私らしい生き方」を支えていた「節子の存在」

佐藤さんは、何でもポジティブに考えるので元気をもらえます。
昨日、久しぶりにお会いした人からそういわれました。

その言葉を聞いて、節子との別れだけはどうしてもポジティブに受け入れられない自分に、改めて気づきました。
以前ほど、後ろ向きに考えることはなくなりましたが、まだ前向きに考えることができません。
節子の不在を思い出すと、今でもとたんに気が沈んでしまうのです。
その時の私の周辺には、きっと重苦しい雰囲気が漂っているのでしょうね。
そのせいか、最近は私に会いに来る人も少なくなったような気もします。

3日前に、記憶は脳と環境の間にあるということを書きましたが、
節子の不在への思いを実感するのは、会う人の言動に触発されることが多いのです。
しかし、不思議なのですが、その人が節子の知り合いであるかどうかとか、会話や行動が節子につながっているかどうかとか、そういうこととは全く無関係なのです。
ある状況が、突然、節子の不在を実感させるのです。
そうなると、ブラックホールに引き込まれたようになってしまいます。
普段は、実のところ、不在を実感しているわけではなく、むしろ節子と一緒にいるような気がしているのです。

節子との別れは、私にたくさんのことを気づかせてくれました。
そう考えるのは、ポジティブ発想なのかもしれません。
しかし、その一方で、節子との別れによって、大きなダメッジを受けました。
その大きさが計りしれないのは、今なお時々、新しいダメッジに気づかされることがあるからです。
ですから、どうしてもポジティブには考えられません。

こう書いてきて、気づいたことがあります。
私らしい生き方ができたのは、節子がいたからであって、節子がいなくなると、私らしい生き方ができなくなるのではないかということです。
言い換えれば、私が物事をいつもポジティブに考えられたのは、節子がいたからだったのではないか。
いざとなったら一緒に取り組む同士がいれば、こわいものなどあるはずもありません。
だからいつでもポジティブになれたのです。

私が私らしく生きていくためには、節子の存在は不可欠なのです。
そんなわけで、今なお節子との別れは現実として受け入れられないでいるのです。
受け入れてしまうと、私らしい生き方ができなくなってしまいかねないからです。
つまり、「私らしい生き方」とは、実は「私たちらしい生き方」だったのです。
ですから、「節子の不在」そのものが存在しないのです。
したがって、ポジティブであるかどうかを超えてしまっているのです。

なんだかややこしい話になってしまいました。
読んでいる人には「たわごと」に聞こえるでしょうが、私にとっては、「目からうろこ」なのです。
私もだんだん「彼岸」が見えるようになってきているような気がします。

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■「人の幸せは自分の幸せ」

昨日、ぐんまNPO協議会の集まりに参加させてもらいました。
そこでお2人の方からとてもうれしいお話を聞かせてもらいました。

おひとりは会社を定年退職された後、病院などで患者さんに楽しんでもらう活動を始めたのだそうです。
最初は、果たしてみんな喜んでくれているのだろうか、とても心配だったそうです。
ところがある人から、相手を楽しませるのではなく、自分が楽しむことが大切だといわれたのだそうです。
それ以来、気が楽になり、その活動がとても楽しくなったそうです。
もちろんみんなも楽しんでいることが伝わってくるようになったでしょう。

もうおひとりはこれまで13年間、カンボジアの学校の改築活動をされている方です。
ご自分で会社をやっているため、年金は生活には必要ないので、もらった年金を投入して、この活動を続けているのだそうです。
13年前には300万円あれば、校舎が改築できたそうです。
今は500万円かかるそうですが。
毎年1校が目標だそうです。
最初は、カンボジアの子供たちのためと考えていたそうですが、ある時に、これは自分のためなのだと気づいたそうです。
そこからますます楽しくなり、13年も続いてきたのです。
今では仲間も増え、NPOの代表も別の人がやっていますが、その人も含めて、お二人ともとても幸せそうでした。

「人の幸せは自分の幸せ」
私もそんな話をさせてもらったのですが、実際に活動されている方たちは、そんなことなどよくわかっているのです。
しかも心身で実感しています。
NPOの中間組織の人や行政のNPO支援部署の人たちとの温度差をいつも感じますが、「人の幸せは自分の幸せ」だと気づく人が増えてくれば、きっともっと住みやすい社会になっていくでしょう。
しかし、まだ現実は、「人の不幸が自分の幸せ」と勘違いしている人も少なくないのが残念です。

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2009/03/08

■節子への挽歌553:「21世紀は真心の時代」

節子
今日は群馬県の高崎市に行ってきました。
ぐんまNPO協議会で話をさせてもらったのです。
タイトルは「21世紀は真心の時代」です。
節子は覚えているでしょうが、1982年に書いた私の論文のタイトルです。
この論文が、私たちの生活が大きく変わっていく契機になりました。

1980年前後から日本の社会は大きく変質し始めたように思います。
とりわけ企業の文化は変わりだしました。
現在の社会の状況は、既にそのときに見え出していたように思います。
それを防ぐには「心をこめた対話」しかないというのが、この論文の趣旨でした。
今から読めば子供の作文でしかありませんが、私たちのその後の人生を変えたのです。

その考えを具現化するための、私の会社での取り組みは挫折しました。
その体験から、自分の生き方が問題なのだと気づかされました。
そして、節子と一緒に、心を大切にすることを目指して、生き方を変えたのです。
それからの節子と一緒の20年弱は、私にとっては幸せに満ちた時期でした。
2人で、湯島にオフィスを開き、たくさんの人がやって来てくれた時の興奮は、今でも覚えています。
節子も、とても張り切ってくれていました。
しかし、まさか、パートナーとしての節子との別れがこんなに早く来るとは思っていませんでした。

私の思いは、なかなか他の人にはわかってもらえませんでした。
理解できずともわかってくれたのは、いつも節子でした。
私自身でもうまく消化できないことまでも、節子は共感してくれました。
21世紀は真心の時代の主旨にも共感してくれました。
この論文は毎日新聞社の懸賞に入選したのですが、「真心の時代」などと何を宗教くさいことを言っているのか、と友人知人からは言われました。
昨今では「心の時代」は流行り言葉ですらありますが、1980年代初めには人気のない言葉だったのです。
しかし、節子は共感してくれました。
それが私の行動をいつも支えてくれました。

講演を終えた帰りの新幹線でそんなことを思い出しながら、この挽歌を書きました。
改めて節子には感謝しています。
いつも私を支えてくれる存在でした。

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2009/03/07

■ファノンの法則

小沢さんの秘書逮捕事件以来の、この時評は、いささか感情論に陥っていて、独善的過ぎるかと思いますが、もう一度だけ続けてしまいます。

アルジェリア独立戦争に参加したフランツ・ファノンは、支配される者同士の激しい暴力のぶつけ合いは、実は彼らを支配している者から加えられる暴力が原因だ、と指摘しています。
何かを支配する場合、相手と戦ってはいけません。
それは自らを消耗させることであり、持続できないでしょう。
持続的に支配するためには、つまり安定した支配構造は、戦いあう構造を支配するものの中につくりだすことなのです。
暴力が果てしない報復を生み、本来は仲間であるはずのもの同士が憎しみをぶつけ合うようになれば、真の問題が見えなくなってしまいます。
それによってはじめて、支配は安定するわけです。

このファノンの法則にしたがって世界を見ると、さまざまな現象の背後にある真実が見えてきます。
戦っているもの同士は、実は戦っているのではなく、戦わせられていることがわかります。
しかし、戦いに目を奪われている当事者は、そのことにはまず気づきません。
こどもたちの「いじめの構造」も、これがまさに当てはまります。
おそらくDVもそうでしょう。

戦いの構図だけではありません。
秩序の構造においても当てはまります。
報道においても、こうした構図が色濃く出ています。
テレビなどのキャスターの言動など見ていると、面白いほどにそれが良く見えてきます。
みのもんたさんがその典型ですが、要するに「弱いものいじめ」が得意です。
そして、世論もまた「弱いもの」いじめが大好きです。
判官びいきの文化はなくなりました。
日本も次第に一神教の文化になってきたのかもしれません。
近代の文化には、見事なほどに一神教の文化が埋め込まれていますから。

権力に楯突く側を一番強く攻めるのは、実は権力によって押さえ込まれている人たちなのです。
今回の小沢代表秘書逮捕に関しても同様な風景が広まっています。
ですから、現象ではなく、その奥にある問題の構造に気づくことが大切なのです。
まあしかし、気づけばどうなるかですが、胃が痛くなるだけかもしれませんし、自分の無力さにさいなまれるだけかもしれません。
最悪の場合は、人嫌いになってきます。
困ったものです。

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■節子への挽歌552:鎌倉五山のお線香

節子
鎌倉の宮澤さんから、温古堂のお線香が送られてきました。

宮澤さんは私たちより一回り年上の3人組の仲間の一人でした。
そこに、なぜか私も入っていましたが、私以外は実に個性的な3人でした。

一人は大の飛行機好きの稲村さんです。
人力飛行機を実現したいという相談を受けたのが付き合いの始まりでした。
飛行機の夢を追いすぎてしまい、いささか失意の晩年でしたが、最後までお元気で自称万年青年を絵に描いたような人でした。
湯島にもよく来てくれましたので、節子も何回も会ったことがありましたね。
館山に転居された後、なかなか会う機会がないまま、ある日、息子さんから突然の訃報が届きました。
稲村さんの夢は叶えませんでしたが、ある意味では夢を追い続けた幸せな人でした。
稲村さんのおかげで、私もいろいろな体験をしました。
M資金(といっても今では知る人も少ないでしょうが)関係らしき人にも引き合わせられましたし、渋沢栄一さんのひ孫とも知り合いになりました。

もう一人は、これも昔の人ですが、森繁久弥さんのヨットの船長をやっていた鈴木さんです。
私が出会った頃は某銀行の調査部長でしたが、話が壮大で夢か幻かの話が多かった人です。
ある研究会でお会いしましたが、なぜか付き合いが始まってしまいました。
企業の枠を超えた人で、その後、外資系銀行の社長をやっていましたが、ともかく破天荒な人なので、なかなかついていけませんでした。

稲村さんを鈴木さんに紹介したお返しに、鈴木さんが紹介してくれたのが宮澤さんでした。
宮澤さんは上場企業の社長でしたが、私が知り合った頃はもうほぼ引退されていました。
これまた常人の枠を超えた人で、大企業の社長をやっていたとは思えない、人間的な人でした。
2回ほど、正月に湯島に酒を持ち込んで、4人で新年会をやりました。
飲めない私は、3人の大言壮語を聞くだけでしたが。
残念ながら、そこで語られていた大構想はいずれも夢のままになってしまいました。
コムケアの集まりにも3人で応援に来てくれました。
私の知り合いの中では、もっとも時代をはみ出した人たちでした。

その宮澤さんから、思いもかけず線香が届きました。
鎌倉の温古堂が創業135周年を記念してつくった「鎌倉五山」です。
早速、節子に供えさせてもらいました。
ちょっとシナモンを感じさせる、今までにない香りでした。

これまでもいろいろな方からお線香をいただきましたが、香りは場所を思い出させます。
高野霊香は火をつけなくても高野山のイメージが広がります。
節子と一緒に宿坊で一泊し、真っ暗なお堂で市川覚峯さんに護摩をたいてもらった記憶が浮かんできます。
どなたから送ってもらったかわからなくなってしまったのですが、法隆寺の線香もあります。
法隆寺は、節子とは何回か行きましたが、もう一度行きたかったお寺です。

節子との最後の旅行になった東尋坊近くの吉崎坊で、たしか節子はお線香を買っていたはずです。
それもどこかにまだあるでしょう。
これまではどこのお線香かなど気にせずに供えていましたが、お線香もそれぞれに節子の思いがつながっていることに、今日、やっと気づきました。
鎌倉五山は、節子とは一度しか歩きませんでしたが、建長寺で永六輔さんを見かけた思い出があります。

久しぶりに電話でお話した宮澤さんはお元気そうでした。
「鈴木さんから、佐藤さん夫婦はとても仲が良いといつも聞かされていた。仲が良かったぶん、さびしさも大きいでしょうね」といわれました。
そうなのです。
地球の重さよりも大きいさびしさに今もつぶされそうです。

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2009/03/06

■小沢さんと二階さんの違いは何なのか

同じ行為をやっても、権力側にいれば問われることなく、権力に楯突く側にいれば過剰に犯罪に仕上げられる・
これは国家のもつ、本性のひとつです。
国家だけではなく、権力を組織原理とする組織であれば、よくある話です。
それはまあいいでしょう。
秩序維持を最優先する組織とはそういうものですから。

陸山会に寄付していた政治団体の後ろに西松建設がいたことなどは、おそらくだれでも知っていたはずです。
小沢さんも二階さんも知っていたでしょう。
ですが、それと手続き論とは違います。
いわゆる「建前」と「実質」の違いです。
そうした「建前」と「実質」のずれは、おそらくほとんどどこにでもあります。

先の戦争の直後、食料不足の中で、米穀の闇取引で飢えをしのがないといけない時に、ある検事は一切の不正行為を家族に禁じたために餓死してしまったという話がありました。
本当かどうか知りませんが。
餓死してまでも守るべき法律はおかしいのです。
もちろん、そうして餓死した人の生き方は否定すべきではありません。
それは個人の生き方の問題ですから。
しかし、法律は、よく読めばかなり解釈の余地があるものです。
しかもその法の適用は、さらに多義的です。
スピード違反の自動車がすべて逮捕されるわけではありません。
時に恣意的に思えるほど、適用側の裁量に任されているのです。
特に日本の社会を支配するのは、西欧のような倫理的な責任原理ではなく、むしろ実用的な抑制原理です。
幅が大きければ大きいほど、抑制効果は発揮できます。
つまり、そうした解釈や運用の「幅」が、権力側、あるいは統治する側にとっては「交渉力」になります。
言い換えれば「利益の源泉」になるのです。
そして、今回はそれが見事に発揮されました。
これが私の今回の事件を知ったときの第一印象でした。
特捜チームが小沢事務所に入っていく風景が何回もテレビで流されましたが、あの種の風景にはいつも権力の卑しさを感じます。
歩き方から、権力をかさに来ている心情が伝わってきます。
そこには人間の表情がありません。
よくまあ当人たちは恥ずかしくないものだといつも思います。

検察の立場でなければ犯罪として罰せられる行為も、検察であればこそ見逃されることもあります。
それがひどすぎるときは、冤罪として罰せられますが、個人が罰せられることはほとんどないでしょう。
検察はいつも組織であって、個人ではないからです。
成功した時だけ、個人の成果になります。
そして有名人になります。
私が一番嫌いなことですが、そんな気がします。
しかし、問い正されるほうは、いつも「個人」です。
しかも一度疑惑の対象になると、その時点で回復不能なダメッジを受けることになります。

とても不思議なのですが、自民党の議員はみんなこう言っています。
「違法ではないがお金は返します」
そういうのであれば、小沢さんの秘書も「違法ではない」と弁護してやればいいのにと私は思いますし、返金する理由は何なのか明確に説明すべきです。
しかしそうしたことは問い正されません。

民主党議員の中にも、前原さんのような隠れ自民党議員がいますので、彼らがたぶん民主党のまとまりを壊していくでしょうが、誰と誰が戦っているのかの基本構造を見誤らないようにしないといけません。
現在の構造的問題の本質が、そこにあるように思います。
よく言われることですが、小沢さんへの嫌疑で誰が得をしているかです。
少なくとも国民ではないように思います。

税金の無駄遣いで、麻生首相こそを告発すべきではなかったかと私は思いますが、まあそれはあまりにも主観的ですね。
しかし国民の被害額は、どちらが大きいかは微妙な気がします。

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■節子への挽歌551:記憶は脳と環境の相互作用

節子
朝から雨です。
節子がいなくなってからのことですが、雨の日は胸が痛みます。
痛むというか、とても不安になるのです。
節子に抱きしめてほしい気がします。

そういえば、昨年、福岡の篠栗大日寺に行った時も雨でした。
今日の雨は、あの時を思い出させるような雨です。
あの日、祈祷師の庄崎さんが彼岸にいる節子との橋渡しをしてくれました。
その時の会話がボイスレコーダーに入ったままです。
娘たちに聴かせようと思って録音してきたのですが、なぜか1年近くたちますが、私自身が聴く気になれません。
娘たちも聴きたいとはいいません。
いまもそのレコーダーが目の前に転がっていますが、どうも気が向きません。

家の所々に、節子のものがまだあります。
娘が、時々、片付けようかというのですが、その気になれません。
片付けてしまうと、節子までいなくなってしまうような気がしているのかもしれません。
止まったままの時間の中にいつまでも居続けることは出来ないのかもしれませんが、居続けられるのかもしれないと最近思うようになりました。

ある場所への道順を言葉では説明できないのに、実際にそこにいくと自然に目的地に向かって行けてしまうということはよくあります。
記憶を誘ってくれるものがあれば思い出せなかったことも思い出せるということです。
認知症予防の一つの処方として回想法なるものもあります。
記憶の世界は奥が深く、無意識や前意識など、さまざまな層で構成されているようです。
そして、記憶というのは各人の脳の中で完結しているのではなく、脳と環境の相互作用の中にあるとも言われます。
生命体はすべて文節化されずにつながっているというゾーエの概念に重ねて言えば、記憶もまた本来は分節化されずにつながっているのかもしれません。
しかも時間軸を超えて、すべてが存在しているわけです。
空海の虚空蔵やシュタイナーのアカシックレコードは、そのことを示唆しているのかもしれません。
こんな言い方をすると、いささか非論理的に聞こえるかもしれませんが、三次元的な(あるいは時間軸もいれて四次元的といってもいいですが)感覚では形象化できない記憶が個人の脳の内部で完結していると考えるほうがおかしいでしょう。
脳は、脳外のものやこととふれることで実体化するのです。
だとしたら、節子のものをそのまま残しておくことの意味はあります。

雨や青空もそうです。
すべての環境が節子との記憶を想起させるのは、当然のことでしょう。
彼岸にいる節子ともまた、そうした環境を介して、つながっているのです。
雨を見ながら、ついついそんなことを考えてしまいました。

実はこの2週間、ちょっと時間破産しています。
そんなことを考えている余裕はないのですが、雨を見ていたら、そんなことを思い出してしまいました。
さて、また仕事に戻りましょう。
まあ節子と話すことに比べたら、取るに足らない仕事ではあるのですが。

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2009/03/05

■節子への挽歌550:大阪から浜口さんが献花に来てくれました

節子
今日は大阪から浜口さんが、我孫子のわが家まで献花に来てくれました。
浜口さんには節子は会っていませんが、名前は知っていますね。
サイモントン療法を教えてくれた人です。

あれから間もなく2年です。

しかし人の縁とは不思議なものです。
おそらくオープンサロンで節子に何回も会っているにもかかわらず、一言も弔意を伝えてこない人がいる一方で、会ってもいないのにわざわざ自宅にまで献花に来てくれる人がいるのです。

私が会社を辞めた時もそうでした。
仕事だけで付き合っていた人は、会社を辞めた途端に疎遠になりました。
その一方で、たった15分しか立ち話しなかった人がオフィスを開いたときにやってきてくれました。
その時に、人間というものをかなり理解したように思いましたが、節子がいなくなってから、改めて人のやさしさやかなしさを知りました。
節子がいなくなった後、付き合いが途絶えた「私の友人」もいるのですが、それもとても不思議です。
付き合いが途絶えたとか、弔意が伝わってこなかったとかを問題にしているのではなく、その不思議さに気づいたということですので、誤解しないでください。
節子がいなくなったら途絶えてしまった付き合い、節子がいなくなったのに、節子がつなげてくれて始まった付き合い、人のつながりは本当に不思議です。

話がそれましたが、浜口さんはまだ20代の若者です。
好奇心が旺盛で、さまざまな知識が頭に充満しています。
それも単なる「知識」ではなく、実際の行動で体感している知識なのです。
話していると教えられることが少なくありません。
がん治療に関する話題も出ました。
節子は聴いていたでしょうか。

もう少し早く浜口さんに会っていたら、なにかが変わっていたかもしれません。
そう思うと気持ちが沈んでしまい、浜口さんと話すのが辛くなってきてしまいました。
がんの話になると、いまだに精神が揺れてしまいます。
困ったものです。

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■ジェシカ・リンチ、アラモ、小沢一郎

ジェシカ・リンチ上等兵。「米国史上もっとも有名な戦争捕虜」と言われるジェシカの名前は忘れていても、テレビで放映された彼女の救出映像はおそらく多くの人の頭に焼きつけられているでしょう。
ジェシカ・リンチは「2003年3月23日戦闘中に捕虜になり、4月2日に米軍特殊部隊による深夜の奇襲作戦で救出された」のですが、救出の模様は特殊部隊広報班の暗視カメラで撮影され、テレビで世界中に放送されました。
それは「創られた映像」だったことがすぐに露見しました。
しかし、それによってアメリカのイラク侵略行為の真実はぼやかされてしまう上では大きな効果を発揮しました。
まあ、イラク侵略そのものが、大量破壊兵器保持という、後に完全な事実無根とされた「でっちあげ」によって始められ、続けられていますし、その出発点の9.11事件も犯人が誰かなどはまだわかっていません。
ブッシュ側がやった犯罪だという見方さえあります。
「お上」がやった行為は、それが「自然法」に反しているとしても、「犯罪」にはならないのが国家制度ですが(戦争は負けない限り犯罪とはされません)、政府は嘘をつかないとか裁判官は正義だなどという幻想に惑わされてはいけません。
悪の根源は、すべてといっていいと思いますが、権力に起因しています。
一番疑うべきは、「正義の代理人」であることは、歴史が物語っています。

ジェシカの嘘(ちなみに本人は真実を話しています)にしろ、ブッシュの嘘にしろ、あるいは湾岸戦争の時に有名になった、原油まみれの海鳥の写真の嘘にしろ、大切なのはそれが事実かどうかではなく、その報道がもたらした世論への影響です。
一度、刷り込まれた映像は、それが嘘だとわかっても、消えることはありません。

映画「アラモ」に、ジョン・ウィン扮するデビー・クロケットが仲間のテネシー人たちにアラモに立てこもってメキシコ軍と戦おうと呼びかける場面があります。
クロケットは、敵のサンタアナ将軍の「手紙」をみんなの前で読み上げます。
その挑戦的な内容に、仲間は怒り出して、戦おうといいだします。
ところがみんなが盛り上った時に、クロケットは、この「手紙」は実は自分が書いたものだと白状します。
ところが盛り上がった仲間は、その手紙が真実ではないとしても、サンタアナは許せないとさらに盛り上がり、結局、戦いに参加するのです。

以前も書きましたが、この映画は「喧嘩の始め方」に関しても示唆に富んでいます。

話がまた拡散していますが、こんなことを書き出したのは、昨日の小沢民主党代表の記者会見を見たためです。
小沢さんの秘書の逮捕は、昨日も書きましたが、大きな政治が働いているはずです。
そして、まさに「アラモ」の物語が始まった気がします。

アラモの戦いはアメリカの敗北で、見事に喧嘩を始めたトラヴィス大佐もクロケット大佐も死んでしまいます。
しかし、アラモのおかげでテキサスはアメリカのものになります。
いうまでもなく、テキサスはブッシュの出身地です。

ジェシカを「戦場のヒロインに育て、イラクへの戦意を煽ったのはマスコミです。
嘘をついて利を得る陰謀家とそれに迎合して利を得るマスコミの協働作業です。
小沢事件がこれからどう展開していくかに関しては、マスコミの役割は大きいでしょう。

私見を書いておけば、小沢さんは素直な人なのだという気がしました。
どこが「剛腕」なのか理解できませんが、単に小賢しくないだけのような気もします。
こんな馬鹿な国民のことなどもう構っていられないと、投げ出すのではないかと懸念していましたが(一度それをやりましたし)、そうではなく私憤の闘いを始めてしまったような気がします。
しかし、立川ビラ配布事件を思い出せば、勝負は明白です。
誰でも有罪に出来るのが権力の本質です。
小沢さんが日本の政治の代表になることで損をする人にとっては、有罪にすることなど朝飯前のことでしょう。
ジェシカの物語も、そうでした。
一説では、彼女は自動車事故で負傷しただけとも言われています。
どんなことも針小棒大にできるのが、現代のマスコミの怖さです。
私たちはそうしたマスコミに操られている、主体性のない存在でしかありません。

小沢さんは敗北するでしょう。
私は、これまで小沢さんが好きになれませんでした。
戦争が出来る普通の国を目指すなどという考えの持ち主に、政治を預けたくありません。
しかし、昨日の会見を見て、小沢さんが少し好きになりました。
明らかな負け戦を仕掛ける人に悪人はいないからです。
アラモの映画を観て以来、それが私の人間観のひとつになりました。
そして私も「善人」になりたくて、負け戦好きになってしまったのです。
困ったものです。

今日は長くなってしまいました。

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2009/03/04

■節子への挽歌549:久しぶりに東尋坊の茂さんに会いました

節子
東尋坊の茂さんと川越さんが湯島に来ました。
茂さんは最近、テレビなどで引っ張りだこなのですが、東尋坊で自殺防止のための見回り活動をしています。
茂さんの声かけで、たくさんの人が救われています。
昨今の経済状況の中で、茂さんはますます大忙しのようです。

その茂さんから昨年末に、こんな活動をしたいと思っていると「夢」が送られてきました。
普通なら、それで終わる話です。
この挽歌にも書いた記憶がありますが、節子と一緒の最後の遠出の旅は、福井と滋賀の旅でした。
足を伸ばして東尋坊に立ち寄った時に、茂さんにお会いしたのです。
そんなことがあったので、茂さんの夢は見過ごすわけにはいかないような気がしました。
それで、茂さんの夢を実現するための構想を起案し、関係者で会ってみることにしたのです。
茂さんと一緒に活動している川越さんやライフリンクで知り合った福山さんも一緒です。
南紀白浜で同じような活動に取り組んでいる藤藪さんも参加してくれました。
新しいプロジェクトがスタートできそうです。

私自身は、このプロジェクトに参加するつもりは全くなかったのですが、茂さんとメールや電話をしているうちに、なんとなく当事者の一人になってしまっていたのですが、その理由の一つは節子です。
茂さんと話していると、いつも隣に節子が居るような気がするのです。

節子と一緒に見た、東尋坊の美しさは、今もなお忘れられません。
私たちに「生きる力」を与えてくれたのです。
その夜は、芦原温泉に宿泊しましたが、体調が良くなかったにも関わらず、節子は温泉手形を使って隣のホテルの温泉にまで出かけました。
その時の、節子のことを思うと、やはり涙が出てきます。
隣のホテルの温泉に行こうと、節子が言い出したのです。
私よりも、同行した節子の姉夫婦よりも、節子は元気だったのです。
いや元気を装っていたのです。
そんな健気な節子が、私にはいつも誇りでした。

私が、節子に惚れ直したことは、発病以来、何度もありました。
私には、できすぎた女房でした。
死と闘っていた節子のことを思うと、当時、私には自殺するような人は許せませんでした。
しかし、いまは違います。
茂さんがいつも言うように、みんな生きつづけたいのです。
それを打ち破る理由がどこかにあるのです。
病気も恨めしいですが、人を自死に追いやる社会も恨めしいです。

茂さんの夢は実現されなければなりません。
いつかまた、その構想や動きはホームページ(CWSコモンズ)のほうで報告させてもらいます。
今回は、節子への報告です。

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■「景気浮揚のための無駄遣い」のすすめのおぞましさ

定額給付金がいよいよ配布されだしそうです。
受け取りを表明した麻生首相は、景気浮揚のために受け取って、奥さんと相談して何に使うかを考える、と答えていました。
そういう答を聞くと、いつも「定額給付金」をもらわなくても、お金は使えるだろうにと思います。
同時に、そんな無駄遣いをするんだったら、そのお金を直接、不況に直面している企業や働く人たちのための基金として、困っている人の活動支援に提供すればいいのにと思います。

「貧者の銀行」と呼ばれるグラミン銀行のムハマド・ユヌスは、「施しは、彼らを堕落させるだけだ」といいますが、現下のような厳しい状況にあっては、わずかの資金で救われる人も多いのです。
中小企業や目先の生活に窮する人を緊急避難的に支援する基金にして、直接提供したほうが、景気対策にもなるはずです。
彼らは決して無駄遣いなどせずに、正統的な消費に資金を回しますから、持続的で堅実な経済効果があるでしょう。

お金の回転を加速させることで経済が活性化するのは、経済学の教科書に書いていますが、そこには時間軸がありませんし、消費の性格も吟味されていませんから、現実的な効果はあやしいものです。
地元で不要なものを購入して、果たして効果的な景気浮揚策になるかどうかは、疑問どころか、全く無意味としかいえません。
あんまり困っていない人が、儲けるだけの話です。
すでにそうやって儲けだしている人は少なくありません。
全く無駄な資源の浪費です。
それで浮揚する経済活動は、不要の経済活動でしかないでしょう。

それに、無駄遣いを奨励することが、どれほどの影響を与えることになるのか。
消費を金科玉条に掲げてきた金銭主義者には好ましいことかもしれませんが、持続可能性が議論されているこれからの経済を考えると、禍根を残すことになるでしょう。

今日は日本の経済観念が壊された日として記憶されるべき日かもしれません。
昨日の小沢事務所強制捜査事件とつながっているように思えてなりません。
2兆円と2億円と、その差はあまりにも大きいですが。

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2009/03/03

■節子への挽歌548:個人の体験は他の人には理解できない

昨日も書いたように、個人の体験は、きわめて個人的なものであり、言葉にはしにくいものです。
おそらくこの挽歌を客観的に読むと、支離滅裂で、気持ちが乱高下しているように感じるでしょう。
私自身、言葉にしてしまうとちょっと違うなと思うこともあります。
できるだけ思いつくままに書くように心がけていますが、
書いているうちに、何を書こうとしたかったのかもわからなくなることもあります。

ところで、「個人の体験はきわめて個人的だ」と書いていて、気づいたことがあります。
節子の体験は節子のものであり、私にもわかっていなかったのではないかということです。
節子の悲しみ、節子のつらさ、節子の幸せ、節子のさびしさ、それは私にはわかりようのないものです。
しかし、なんとなくそれがわかっているような気になっていたのではないか。
そんな気がしてきたのです。
まあ、冷静に考えれば、当然のことなのですが。

他の人の立場になるという姿勢が一番問題なのは、自分の価値観で相手の思いを読み替えてしまうことです。
福祉の世界で、よく起きる悲劇がそこにあります。
とりわけ自己主張しにくい子供たちや高齢者、あるいは障害を持つ人たちは、意識的にせよ無意識にせよ、自らの思いを抑制する傾向があります。
そうした相手の思いを「わかった」ように思うことは、第三者的に見ているとわかるのですが、自分が当事者になってしまうと見えなくなりがちです。
節子との闘病生活の中で、私は節子からそのことをたくさん教えてもらっていたはずですが、それを自覚できたのは節子を見送ってから1年ほどたってからです。
今でも、思い上がっていた自分に、時々、気づいて、呆然とします。

私がこの挽歌を書き続けているのは自分のためなのです。
当初は、自分の鎮魂のためでしたが、最近は書かずにはいられないという贖罪の意識もあります。
こんな挽歌を書いていても、節子は喜ばないかもしれません。
その程度の自覚は私にもあるのですが、どこかに自分だけが節子のことを一番よく知っているという気持ちがあることも事実です。
それがなくなってしまうと、私の支えは瓦解し、この状況を続けられなくなるかもしれません。
まあ、そんなわけで、まだまだ挽歌は書き続けるつもりです。

今日もまた、何を書こうとしていたのかわからなくなりましたが、
要は、個人の体験は他の人には理解できない、ただひとつの体験だということを書きたかったのです。
私の体験と節子の体験も、またそれぞれに違っていたということを受け入れるのは、私にはかなりつらいことだったのですが。
節子が、どう思っていたか、最近少し気になりだしています。

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■「陰謀の横行」の疑惑

西松建設の不正裏金事件に絡んで、民主党の小沢党首の個人事務所への強制捜査が行われました。
民主党の鳩山幹事長は、「陰謀のにおい」を表明していました。
私も、報道に接して最初にイメージしたのは、「政府の陰謀」です。
今に始まったことではありませんが、国民の目を他にそらすのは権力者の常套手段です。
この時期に、こうしたことを行うことの「政治的意味」は大きいです。
政府、その後ろにいる官僚、さらにその背後にいるアメリカ資本は、保身のために国民の利益など全く関係はないのでしょうか。

いまこの時期になぜか、大きな疑惑を感じます。
日本の検察は、やはり権力のためにあるような失望を感じます。
これでまた、国民の利益の回復は大きく遅れたような気もします。

それにしても、この15年ほどの日本は「陰謀の横行」が目に余るように思います。
いよいよアメリカに似てきたのかもしれません。
まあ、これは私の「妄想」かもしれませんが。

念のためにいえば、小沢事務所に不正があったかなかったかは、私にはわかりません。
私が不審に思っているのは、なぜ「この時期」に「小沢さん」なのかです。
権力に抗するものは、いつもつぶされるのかもしれません。
権力に自信がないときだけかもしれませんが。

この記事は、後で書いたことを後悔するかもしれませんし、また嫌がらせメールが来るでしょうが、ともかく素直な第一印象を書いておきます。

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2009/03/02

■「生きるための経済学」(ビオ経済学)

とても刺激的な本を読みました。
安冨歩さんの「生きるための経済学」(NHKブックス)です。
書き出しは、今の経済学は物理学の原理に反していると指摘します。
そしていろいろと刺激的な議論が展開され、要するに今の経済学は、人類のみならず、すべての生態系を破壊する「死の経済学」(ネクロフィリア・エコノミー:ネクロ経済学)だというのです。
マクロ経済学でもミクロ経済学でもない、ネクロ経済学です。
その経済学から抜け出て、生を目指す「生きるための経済学」(ビオフィリア・エコノミー:ビオ経済学)に取り組まなければいけないというのです。
そのためには、創発的コミュニケーションを通じて価値が生み出され、それが人々に分配されるようにしなければいけないという処方箋は、とても共感できます。

これだけでは内容がうまく伝わらないでしょうが、私にとっては実に納得できる本でした。
しかし、この著者は「常人」とは言いがたく、かなりダメッジを受けてきているようです。
どういうダメッジかについても、あっけらかんと語っています。
半分は共感できますが、半分は違和感がありますが。
自分のことだけではなく、その「怒り」がアダム・スミスにまで言及するのはいささか異論はありますが、実に素直に書いていますので嫌味はありません。
私と同じタイプかもしれないというのは僭越ですが、親しみを感じます。
でもまあ、あんまり友だちにはなりたいとは思いませんが。

私にとっては、しかし初めて理念のところで共感できる経済学の本でした。
いや、経済学の本とはいえませんね。
家族論、人生論、まあ何の本かはよくわかりませんが、基調になっているのはフロムかもしれません。

文中、とても我田引水的に納得できる文章がありました。
「自立とは、多数の他者に依存できる状態をいう。
いつでも頼れる人が100人ほどいれば、誰にも隷属しないでいられる。」
この文章に従えば、私はかなり「自立」しています。
誤解もありますが、私には困ったら助けてくれるだろう友人がたくさんいるのです。
そう思い込んでいるので、あえて「自立」しなくてもいいと思っているのですが、この本によれば、それこそが「自立」なのです。
もっとも、私の友人がいざとなったら私を支えてくれる保証は皆無です。
大切なのは、その事実ではなく、私がそう思い込めていることなのです。
私は勘違いの多い人間ですから、事実でない確率のほうが圧倒的に高いでしょうが、まあそんなことは瑣末な話です。

これ以外にも、「目からうろこ」の示唆がたくさんあります。
昨今の社会にいささかの違和感をお持ちの方、お暇だったら読んでみてください。
面白さは保証しません。私の勘違いかもしれませんので。
コモンズ書店

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■節子への挽歌547:時間がたつと悲しみの感情は薄れるか

昨日、「時間がたつと遺族の被害感情は薄れる」というタイトルで司法時評を書いたのですが、これを書いたときの気持ちは、むしろ挽歌編を書くときに気持ちでした。
そこにも書いたのですが、愛する人を失った場合、「時間が癒してくれる」などということは決してないのです。
節子を見送って明日で1年半ですが、節子に関していえば、時間さえ止まっているのです。
「時間が忘れさせてくれる」などという人さえいましたが、「忘れること」が一番に避けたいことであることなど、そういう人には思いもよらないことなのでしょう。
昨日、飯島愛さんの「お別れの会」の様子がテレビで放映されていましたが、そこで大竹しのぶさんが「今日はお別れの会となっているけれど、私はお別れなどしないから大丈夫だよ」というようなことを話していました。
まったくその通りなのです。
「言葉」はとても難しいです。

私も節子との別れを体験するまでは、「相手の立場に立って考え行動すること」が大事だとずっと思ってきました。
さまざまなNPO活動に関わらせてもらうときの、それが基本姿勢でした。
いつも、同じ目線で同じ世界で考えたいと思ってきました。
しかし、そんなことが出来ると思うことの傲慢さを、最近は痛感しています。
もちろん「相手の立場に立って考え行動すること」は重要なことですし、今もそういう姿勢を基本にしています。
しかし同時に、決して相手の深い思いにはたどりつけないことを意識しておくことに心がけられるようになりました。
そう思うことで、実は相手のことが今まで以上にわかるような気がしてきました。
同時に、私のことを気遣ってくれる人たちのこともわかるようになってきました。

正直に言えば、以前は、「時間が癒してくれる」などといわれると腹が立ちました。
当事者でもないのに、わかったようなことを言ってほしくないとついつい反発してしまったのです。
実は、そうして「反発」してしまうことこそ、相手と同じく、相手の気持ちや思いを無視していることだと1年ほどたって気がついたのです。
それに関しては、すでに挽歌のどこかで書いたつもりです。

妻を失ってホッとしている人もいるでしょうし、妻の後を追いたいと思っている人もいるでしょう。
まさに同じ現象に見えても、人によってその意味合いは全く別個のものです。
そうしたさまざまな人の思いを、自分の思いで受け止めてしまうことで、世界は見えなくなってしまうものだということを実感したのです。
個人の体験は、きわめて個人的なものであり、言葉にはしにくいものです。
しかし、時間がたてば消えるような悲しみは、悲しみではないのです。
節子を失った悲しみは、私にとっては「初めての悲しみ」だったのだと、最近ようやく気づきました。
そして「悲しみ」を体験すると、人はやっと人の「悲しみ」もわかるものだと気づかされました。
できれば「悲しみ」など体験したくなかったのですが。

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2009/03/01

■「時間がたつと遺族の被害感情は薄れる」

昨日、「時効」制度の撤廃・停止を求めて、「殺人事件被害者遺族の会」(通称「宙(そら)の会」)が結成され、記者会見が行われました。
刑事事件でいえば、一定の期間が過ぎると容疑者がわかっても起訴できなくなるのが「時効」制度です。
私も、時効制度には大きな違和感があります。
社会状況や法の意味合いが変わってきたにも関わらず、相変わらず法論理は旧来の発想から抜け出ていないような気がします。

新聞報道によれば、会員は、制度の存続理由の一つとされる「時間がたつと遺族の被害感情は薄れる」という考え方を否定しているそうです。
私が、今回興味を持ったのはそのことです。
「時間がたつと遺族の被害感情は薄れる」
だれがそう言ったのでしょうか。
当事者ではない人が考えた「論理演算」としか思えません。

私は1年半前に、妻を病気で見送りました。
「時間が癒してくれる」などという人がいますが、当事者でもないのに、なぜそんなことがいえるのでしょうか。
アーレントは「意見や行為は代表されたり委任されえない」といっていますが、ましてや個人の経験や感情は誰かにわかるはずもありません。

時効制度は、権力者の暴力から人々を守るための制度の一つであり、時間の経過が事実認定を難しくすることによって「冤罪」が起こることを避けるためのものだったのではないかと思います。
法に限らず、制度には必ず、「意図」や「理由」がありますが、それら波立場や状況によって変わってきます。
事実認定を難しくするという点では、今回も指摘されているように、DNA判定などのより時間がたっても事実を証明することが出来るようになったこともあります。
また権力者の暴力という点でも状況はかなり変わってきました。
冤罪は今なお決してなくなったわけではありませんが、裁判の透明性を高めればかなり減らすことが出来るでしょう。
残念ながらいまの「司法改革」はそういう方向に向いていませんが、それがもっと徹底されれば、冤罪という司法の犯罪は減らせるはずです。

刑法の基本的な位置づけや意味合いが全く変わってきているにもかかわらず、権力に仕える法曹界は発想を変えていません。
時効制度にしろ、死刑制度にしろ、あるいは保釈制度にしろ、量刑原理にしろ、向いているベクトルの方向が間違っているような気がします。
それを見直すには、「革命」が必要なのかもしれませんが、せめて時効制くらいは根本から見直していってもいいように思います。
どう考えても、いまの時効制度は素直な常識に合致しません。
常識に合わない制度は、やはりどこかに問題があるのです。
その問題をきっちりと見直していけば、法律のおかしさや司法制度の問題も見えてくるように思います。
「殺人事件被害者遺族の会」の主張に共感するとともに、殺人事件のみならず、時効制度全体(商事や民事も含めて)の見直しの必要性を感じます。

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■節子への挽歌546:どこが間違っていたのだろうか

久しぶりに真夜中に目が覚めて、眠れなくなりました。
以前はそれが毎日のように続きましたが、最近は月に1~2回程度です。
しかし、時に突然ひとつの問いが頭にうかびます。
「どこが間違っていたのだろうか」
その問いを意識すると、それから頭が冴えてしまって眠れなくなります。
昨夜がそうでした。
目が覚めて、また寝ようとしたら、その問いかけに襲われてしまったのです。

節子をなぜ治してやれなかったのだろうか。
治すと約束していたではないか。
節子は、その私の約束を信じていたはずです。
しかし私は、その約束を果たすために全力を注がなかったのです。
注いでいれば、節子は治ったはずですから。
私の取り組みのどこかに「間違い」があったのです。
いやもしかしたら、発病の前に、私の「間違い」があったのかもしれません。
そう思って考え出すと、たくさんの分岐点に気づきます。
その時々の私の取り組み方は、今から思えば決して誠実ではなかったのです。
私としては、自分がそうなったら取り組むであろう以上のことはしたつもりですが、それはなんの慰めにもなりません。
私にとっては、私自身の不在よりも、節子の不在のほうが、辛いことなのですから、それは当然のことです。

「どこが間違っていたのだろうか」
この問いに対する答えは、山のようにあります。
その答の山が、私の平常心を崩し、後悔の念を引き起こします。
それに対しての言い訳は何の役にもたちません。
頭の中がどんどんと白くなり、広がっていくのを、ただじっと耐えることしか出来ません。

人生には誰しも間違いはあるでしょう。
しかし間違ってはいけないことを間違えてはいけません。
それを犯してしまった罪悪感は拭いようもありません。
ただシジフォスのように、繰り返し責め苦に耐えるだけなのです。

救いは、おそらく節子もまた、私と一緒に、その責め苦に耐えていることです。
だから私も耐えられるのですが。

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