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2009/03/26

■戦いの放棄と官僚政権の勝利

未練がましく、小沢さんのことを書きます。

本人の意思にもかかわらず、小沢さんは民主党代表にとどまれなくなりそうです。
これで日本の官僚政権は、また勝利したわけです。
検察は見事に勝ちを収めました。
マスコミも見事にそれを応援しました。もし今の日本に「対立構造」があるとすれば、自民対民主ではなく、官僚対政治(ないしは国民)だと思っている私にとっては

小沢さんは辞めたほうがいいと多くの人は思っているようです。
私の友人(このブログの読者)の多くもきっとそうでしょう。
小沢さんは古い政治体質を背負っているという意見もあるでしょう。
談合や政治献金が悪いと言う人も多いでしょう。
一般論で言えば、私もそう思います。

しかし、一般論で語ることの弊害を、私はこれまで何回も体験してきました。
時に談合も、時に政治献金も、時に「古い体質」も受け入れることが必要なこともあります。
そもそも、そうした言葉の持つ多義性や没価値性をもっと認識しなければいけません。
なぜか、それらはみんな「負のイメージ」を与えられています。
誰も内容を吟味しない。そうした言葉に支配されているのが、今の政治状況です。

もし今の日本に「対立構造」があるとすれば、私は、自民対民主ではなく、官僚対政治(ないしは国民)だと思っています。
二大政党を志向した段階で、政権は安定しました。
誰かも言っていましたが、2大政党制は7割は政策が同じだから成り立つ話なのです。
ですから、自民一党政治と二大政党政治は同じようなものです。
自民党も民主党も同じですし、民主党が政権担当能力ありとみんなが感じるようになったのは、小沢さんの持つ古い政治体質のおかげです。
民主的な政治過程のなかでは革命は起こりえません。
談合が悪い、公共投資が悪いと、私は思いますが、現場の人たちは本当はどうなのでしょうか。
無駄な公共投資もまた景気浮揚策だという議論とどう整合するのでしょうか。

マスコミ報道によれば、民主党はがたがたになりつつあるようです。
党首を信じられないような組織は戦いには勝てません。
民主党は戦い方を知りません。
官僚に負けてしまったように思います。
昨夜のテレビを見て以来、がっかりしてしまい、ついつい私憤をはいてしまいました。

民主党はついに政権を取れずに解党するでしょうが、選挙後の政党再編成は、相変わらず官僚の傀儡政権でとどまりそうです。
政治のパラダイム転換が、また少し延びそうな気がします。

小沢さんが辞めないことを祈るのみです。
すべてのマスコミが、いまや大政翼賛会のように思えてなりません。

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