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2009/03/28

■「政治とカネ」ではなく「自分とカネ」の話

予想外のことが起こってしまいました。
私のホームページに掲載されているCWS基金に寄付があったのです。
初めての入金です。

誰からだろうかと思ったら、任侠の人、daxさんからでした。
12000円、定額給付金を寄付したのだと言われました。
ホームページに少し詳しく書く予定ですが、ここではこの予想外の入金で考えさせられた話を書きます。
「政治とカネ」「マスコミとカネ」ではなく「自分とカネ」の話です。

実は私も定額給付金をもらったら、ぼんやりとですがどこかに寄付をしようと考えていました。
ただ、どこに寄付したらいいか判断できないでいました。
寄付はするのは簡単ですが、もらったほうは結構大変だろうと思ってしまうわけです。
しかし、そういう風に考えること自体が、小賢しいのでしょうね。
daxさんから、お前も理屈を言ってないで行動しろ、といわれたような気がしました。
まあ、それは今回のテーマではありません。

今回のテーマは、実際にカネが回ってくると心が揺らぐという話です。
CWS基金は、実は私の個人口座に入金されるようになっています。
私のやっていることはすべて私の頭の中では「ひとつ」なので、意図もなくただそうなっているのです。
挽歌編で書いたように、「ひとつの財布」発想を勝手に広げてしまっていたのです。

そんなわけで、入金を知った時に、なんだか自分への贈与と勘違いしてしまい、
これで本が4冊買えるなと一瞬思ってしまったわけです。
まあ、これまでもそういう勘違いで、みんなのお金を使い込んでしまったこともないわけではありません。
ちなみに、CWSコモンズ村の特別会計資金は村長である私が困窮時に使い込んでしまいました。
コムケア基金も、本郷のコムケアセンター事務所経費に当ててしまいました。
幸い、関係者からの訴訟は起きていませんが、評判はきっと落としているでしょう。
しかし、本人には全くといっていいほど罪の意識がないのです。
金額はかなり違いますが、もしかしたら民主党の小沢さんと同じです。

どうも横道に入ってばかりで話が進みません。
要は、実際にそこにお金を見せられるとついつい使いたくなるのが人間で、私も例外ではないという話です。
そんな者に、「政治とカネ」の問題を批判できるのか。
そんな気がしてきたのです。

今回寄付してきたdaxさんは、金銭万能の世界に嫌気がさして生き方を変えた人です。
ですからたぶん金銭には未練などないのでしょうが、私は金銭にまだ勝てていないようです。
今でも宝くじを買いますし、お金をもらうとなぜかうれしくなります。
「渡り」的な人生をしている友人も何人かいますが、それに同情せずに反発する気持ちがあるということは、うらやましがっているのかもしれません。

12000円程度で心揺るがすようでは情けないとdaxさんに怒られそうですが、もし目の前に3億円積まれたら悪魔の仲間入りもしかねません。
いささか大げさですが、ちょっと卑しい自分に気づいてがっかりしました。

政治とカネが今話題になっていますが、この問題の出発点は、こうした私たち生活者とカネの関係の延長上にある問題でしかないということです。
定額給付金をもらってうれしがる人たちが、政治とカネの関係を作り上げているのです。
私は今のところうれしがってはいませんが、実際にもらうとどうなるでしょうか。
CWS基金に寄付したから言うわけではありませんが、daxさんに敬意を表します。

社会のひずみのすべては、社会を構成している私たち一人ひとりの生き方に端を発しています。
それに気づいたせいで、昨日までの怒りは漸く収まりました。
暴言を重ねてしまいました。はい。
今日は平安な1日になりそうです。

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