■NPO法人「彩経会」が背負わされたこと
入所者10人の犠牲者を出した群馬県渋川市の高齢者向け住宅「静養ホームたまゆら」の火災は、実にさまざまなことを考えさせられる事件でした。
施設を運営しているNPO法人「彩経会」の理事長(84)が、今日、記者会見で陳謝していましたが、見ていて複雑な気持ちでした。
この事件だけをみれば、もちろん悪いのは理事長をはじめとした施設運営者たちでしょう。
彼らをとがめるのは簡単です。
こうした状況は、「たまゆら」だけの特殊事情なのでしょうか。
私にはそうは思えません。
問題はもっと根深く、社会のあり方そのものが象徴されているように思います。
私たちの生き方と言ってもいいかもしれません。
決して他人事とは思えません。
NPO法人「彩経会」が背負わされたことの重さは、かみしめてみることが必要かもしれません。
そうしたこととは別に、もうひとつ感じたのは、NPO法人というものに対する複雑な思いです。
NPO法人は、市民の自発的な組織のように思われていますが、必ずしもそうではありません。
政府は法人化という資格を与えている以上、その活動に関しては当然責任を持つべきですが、私が知る限り、行政が財政支出削減のための事業委託先として創設を働きかけたNPOもあります。
今回のNPO法人がそうだとはいいませんが、NPO法人があまりに安直にもつくられ、しかも大きな責任を付与されていることに違和感があるのです。
私もいくつかのNPOに関わっていますし、あるNPOの理事長も引き受けています。
しかし、NPOの組織原理や事業活動はどうあるべきかが、まだよくわかりません。
今回のような福祉施設の経営は、企業でもできるわけですが、なぜNPO法人として取り組むのかも理解できません。
NPOで取り組みのであれば、その基本には「人のつながり」といった、企業で行なうのとは違ったものになるはずだと思いますが、そうはなっていないようです。
最近は社会起業家とかコミュニティビジネスとかいう言葉が広がり、そうした事業体も増えていますが、これまでの収益志向の企業とどこが違うのだろうかと思ってしまうものが少なくありません。
NPO法人の法律ができたのは10年前ですが、その法律に目的は何だったのでしょうか。
そんなことも、理事長の会見を見ながら考えせられました。
どこかに間違い、もしくは不整合があるような気がしてなりません。
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