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2009年4月

2009/04/30

■警察のパラダイム転換の必要性

今朝、某事件の特別捜査本部の刑事から電話がありました。
少し話を聞きたいことがあるというのです。
時間があまりなかったので30分の約束でお会いしました。
9年前の世田谷一家殺人事件の話です。
殺害された宮澤さんは、私の知人です。
事件当時は、何回か私のところにまで話を聞きにきましたが、久しぶりです。

いろいろとお話をしていて思ったのですが、警察の仕事は大変です。
9年も前のことなど、私もなかなか思い出せません。
事件当時、もっとみんなが情報を持ち寄って解決することができないものか、考えたくなりました。
しかし、実際には情報を持っていても、なかなか自らから警察に申し出る人は少ないようです。
その一因は、警察がそれほど親しみを感じられないからです。
町の駐在所さんやおまわりさんというイメージも、最近は次第になくなってきました。
一時期、近くの交番の人が各戸に話に来ていたことがありましたが、最近はそういうこともなくなったようです。

刑事の人が「消防署の人は自分たちの生活を守ってくれると思われているが、警察はむしろ取り締まる存在と思われている」というようなことを言いました。
確かに、そのイメージはあります。
私も昨年、近くの交番の人にあらぬ嫌疑をかけられましたが、警察は人を疑う本性があるのかもしれません。
しかし、警察もまた人を信ずるところから始めなければ、犯罪を減らしたり解決したりすることはできないでしょう。
警察行政のパラダイム転換をしなければならない時期なのでしょう。
しかし、なかなかそれは難しい。
だからこそ、捜査は難航するのでしょうが、現在のような成熟社会にはみんなで一緒になって事件を解決し予防する状況を育てていくことが不可欠です。
警察は、実は消防以上に私たちの生活を守ってくれているはずなのに、多くの人から好かれていないのは、お互いに不幸です。

今日の刑事さんたちには、とても好感を持ちました。
実は、湯島にはこれまでも3回ほど警察関係の方がきたことがありますが、いつも目線が高く、忙しいといっても帰る素振りもなく、長居していました。
そういう体験があると、協力したくなくなる人もいるでしょう。

警察は、社会から親しまれないものだという先入観があるように思いますが、そんなことはありません。
駐在さんやおまわりさんは、みんなの人気者だった時代はそう昔の話ではないのです。

この問題は、コミュニケーション問題を考える上で、とても魅力的なテーマです。
今日の刑事の方も、「割れた窓」の話をされましたが、パラダイム変化はほんの小さな変化からはじまるのです。
今日、お2人の警察官と話していて、そんなことを考えました。

話が弾んでしまったので、最近発足させた「自殺のない社会ネットワーク」に誘ってみましたが、やはりこれはダメでした。
見境なく誘ってしまうのも問題がありそうですが、今日は他にもだいぶ誘いましたがダメでした。
私が話すとどうも軽すぎるようなのです。

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■節子への挽歌606:自分の心の供養が充分でない

節子
この挽歌の読者にはいろんな人がいます。
節子が知らない人のほうが、むしろ最近は多いかもしれません。
節子と一緒にやっていたオープンサロンにも、実にさまざまな人たちがやってきましたが、それに劣らずさまざまです。

その一人に、元やくざの dax さんがいます。
daxなどいうと可愛げもありますが、夜、突然目の前に現れたら、私も間違いなく身を縮めるほど迫力ある風貌をしています。
しかし、その笑顔は、誠実に生きてきた人でないと見せられない無邪気さが溢れています。
daxの名前の由縁を聞いていませんでしたが、彼のことですからいろいろと意味があるのでしょう。
daxさんは博識ですが、インテリやくざではありません。
正真正銘の真正やくざです。
もっとも私はやくざとは付き合いがないので、勝手な解釈なのですが。

彼は、私のブログを読んで、時々、文字の間違いを知らせてくれます。
私は書いたものを読み直す習慣があまりないので、誤植が多いのです。
それがdaxさんは気にいらないのです。
余計なお世話でうるさいなあ、と思っていたら、彼からこう言われました。

自分で書いた文章は、自分の子どものようなものだから、責任を持たないといかん。
そういわれると返す言葉がありません。
彼は昔、中絶相談サイトを独自に創り、多くの女性の相談に乗っていたことがあるのです。
以来、彼に読まれそうなときには読み直すことにしています。
これも読み直して、完璧にしないといけませんね。

もっとも、先の言葉は、実はdaxさんもパートナーから言われたのです。
dax のブログ「手垢のついた日記」を読んでの注意らしいです。
このブログは面白いですので、お薦めです。

話が長くなりましたが、そのdaxさんが私の娘に書いてきたメールです。
なぜか彼はわが娘と波長が合うようです。
それに娘のスペインタイルのお客様になってくれているようです。

さて、肝心のメールですが、こういう内容です。

今日もブログの「文字間違い」と、「変換間違い」のチェックを入れましたが、大丈夫でした。いつも思うのですが、あれほどいつも「節子さん」の事を想うと言うことは、見方を変えれば、節子さんは今でも佐藤さんの中に生きている・・・、居なくなってはいない・・・と言うことだと思うのですが、佐藤さん自身の、自分の心の供養が充分でないのでしょうね。
供養とは、逝った人に向けながら実は自分の心を供養して、自分の心が整理できて始めて立ち上がる気力が湧くのだと思います。
「自分の中にいる大事な人の存在」に気付けば、佐藤さんの(陰り)の部分も払拭されるのではと、期待しつつ彼とのお付き合いをこれからも楽しみたいと思っています。
はい、そのとおりなのです。
この挽歌は、私自身の鎮魂歌であり、自分の供養なのです。
自分自身を逃げずに、正面から修羅場を生きてきた人の言葉は真実味があります。

しかし、daxさんから期待されても、なかなか私の「(陰り)の部分」はなくなりません。
期待にこたえないとどうなるか。
彼から「指のつめ方」を教えてもらいましたが、それだけは絶対にやりたくないですね。

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2009/04/29

■自殺企図者という言葉

その世界には、その世界の言葉があるものですが、そうした言葉からその世界の本質が見えてくることは少なありません。
人は言葉によって、思考が大きく影響されますし、外部とのコミュニケーションにおいても言葉の役割はとても大きいです。
言葉は文化や生き方を規定します。

私は20年近く前に保育の世界に関わりましたが、その時にショックを受けた言葉が「措置」でした。
保育にかける子供を「措置」する、といった表現が保育者から出てくると、その人の人格さえもが疑われましたが、当時の福祉の世界ではほとんどの人があまり違和感なく使っていました。
私が違和感を表明すると賛成はするのですが、やはり次もまたその言葉を使います。
私が、それぞれのタコツボの中で問題解決していても限界があると感じたのは、そういうことの積み重ねでもありました。
しかし、措置などという発想で扱われる子供たちが不幸に思えました。

自殺関係のNPOに関わりだしてからもう5年ほど経ちますが、最初に違和感をもった言葉は「自殺企図者」です。
自殺を企てる人という、文字通りの意味なのですが、私にはなじめない言葉でした。
しかし自殺防止に取り組んでいる人たちには違和感がなさそうです。
今回、「自殺のない社会づくりネットワーク」に向けての集まりをやったのですが、その案内などにはみんなの意向もあって「自殺企図者」という文字をそのまま使っていましたが、どうにもやりきれない気持ちがしてきて、最後の資料づくりの段階では勝手に「自殺を考えたことのある人」という表現に変えました。
たぶん、「自殺企図者」という言葉は、私の辞書からはなくなりました。

自殺とは無縁な福祉活動に取り組んでいる人たちに、「自殺企図者」という言葉の印象を聞いてみたのですが、ある人は「ドキッとしました」と言いました。
だからこそ効果のある言葉なのかもしれませんが、その人は私と同様にこんな言葉を使われると、このテーマには距離を感じて関わりたくないと思ったそうです。

私にとっては、「自殺企図者」は人間性を感じない冷たい言葉です。
こういう言葉を語っている限り、自殺問題の本質は見えてこないのではないかと思うほどです。
ちなみに、福祉の世界にはそういう言葉が少なくないように思います。

ある人と話していて、自殺は「するもの」か「させられるもの」か、という議論になりました。
彼は、自殺を企図するのであれば、それを止められるはずがないのではないかと言いました。
私は、自殺は「する」ものではなく、「させられる」ものだから止められるし、止めないといけないといいました。
私にとっては、自殺は「企図」の対象にはなりません。
「自殺問題」をどう考えるかの、本質的な問題がそこにあるように思います。

誤解のないようにいえば、私は「自殺企図者」という言葉を否定しているのではありません。
私には違和感があると言っているのです。
今でも「措置型福祉」を望んでいる人も少なくありませんし、行政の基本発想は法が変わろうと制度が変わろうと、措置発想が今なお強いように思います。
私は反対ですが、それはあくまでも私の個人的意見でしかありません。
様々な考えがあっていいのです。

この時評編では、私は自分の考えを断定的に言い切ることが多いので、誤解されがちなのですが、ここで言い切っている考えは、あくまでも私の個人的な意見であり、普遍性があるわけではありませんし、これが正解だなどというつもりもありません。
コメントやメールで時折私の考えを否定してくる人がいますが、そんなに買いかぶってもらう必要はありません。
いろいろな考えがあればこそ、社会は豊になるのです。

自殺の問題も非常に微妙な問題なので、考えを言い切ることへの反発があるでしょうから、あえて蛇足的にいいわけを書いてしまいました。
最近、不快な批判に答えるのが疲れてきましたので。

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■節子への挽歌605:生あるものを所有することはできない

昨日、イザナギやオルフェウスの話を書きました。
愛する人を取り戻すために、「死の国」に出向いた2人は、いずれも、あと一歩のところで、成功しなかったわけですが、成功しなかった理由は明確です。
自分を基準にして考えているからです。
彼岸と現世はつながっているとはいえ、違う世界、異界です。
それを受け容れない限り、一緒にはなれません。

言い換えれば、愛する人を取り戻そうなどと思ってはいけないのです。
もし一緒になりたければ、愛する人のもとに行けばいいだけの話です。
しかし、人にはたとえ自らの生命であろうと、生命を人為的に終わらせることはできません。
それが「生を受けた者の責務」だろうと思います。
ですからこちらから彼岸に行くのはままならないのです。

最近、このブログに何回も書いているのですが、自殺のない社会づくりネットワークの設立準備会を立ち上げました。
こうして何かを立ち上げると、関連した話がいろいろと入ってきます。
気が重くなることもあれば、うれしくなることもあります。

節子が必死に生きようとしていた時期、私の友人から自殺するというメールが届きました。
少し前に生活相談を受け、節子のアドバイスである対応をしていた人からです。
正直に言えば、その時ほど腹立たしく思ったことはありません。
一生懸命に生きようと思っている私たちにとって、自らの命を自らで断ち切ろうなどと思うことは許されない行為です。
彼は、私たちのこと、節子の状況も知っていました。
だからなおのこと腹立たしい思いがしました。

節子が逝ってしまった後、彼からメールがきました。
彼は結局、みんなのアドバイスにしたがって、自己破産し再出発することにしたのです。
彼からのメールは、私たちの状況は知っていたけれど、それを考える余裕がなかったこと、そしていつか必ずお返しすると書かれていました。
彼もまた私たちと同じように、必死に生きようとしていたのだと、やっとわかりました。

生きるということの責務を果たすことは、そうやさしいことではありません。
最近、自殺を考えた人と話す機会が増えていますが、自殺は病死と同じだという気がしてきました。
私の「自殺観」は大きく変化しつつあります。

こうしたことも、節子との別れを体験したからこそ、わかってきたことかもしれません。
現世的な意味では、節子は取り戻せませんが、節子は今もなお私の中に生きています。
願わくば、早く彼岸に行って、お互いのその後のことをゆっくりと話し合いたいものです。

ところで、イザナギやオルフェウスの失敗は、自分を基準にして考えているからだと書きました。
もしそうであれば、彼らは生前もまた、自分を基準にしていたはずです。
つまり、イザナギにとってのイザナミ、オルフェウスにとってのユーリディスは、所詮は自分のものでしかなかったのです。
だからこそ、取り戻そうなと考えたのでしょう。
そこには「愛」はないのかもしれません。
イザナギやオルフェウスのような愚挙は起こしたくないものです。
生あるものは、たとえ自らであっても、所有することなどできないのですから。

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2009/04/28

■人の噂も75日ですが、一度落ちた信頼は回復しない

人の噂も75日、です。
いつの間にか、年金の話も日本郵政の話題も聞こえてこなくなってしまいました。

小沢さん秘書事件はどうなったのでしょうか。
検察は黙して語らず、です。
小沢さんの説明責任が今なお話題になっていますが、説明すべきはいつも「権力側」でなければいけません。
堀田元検事は、説明する必要はないなどといっていますが、権力側に長くいるとそういう感覚になるのでしょう。
こういう権力の寄生者は糾弾すべきだろうと思いますが、マスコミでは誰も批判しません。
堀田さんとは、ある研究会で何回かご一緒し、そのお人柄には少し触れましたが、であればこそ残念でなりません。

噂は消えますが、一度壊された信頼関係は修復できません。
それこそが権力の巧妙なところです。
小沢さんを失脚させる意図はすでに成功したのです。
あとはもう噂が消えるのを待つだけなのでしょう。
権力のおこぼれで生きていかねばならないマスコミは、そのお先棒を担いでいるだけなのでしょう。
ですから年金もかんぽ問題も、すべては何も変わらずに継続するのです。

小泉政権は55年政治体制を壊したといわれますが、結局は巨額な借金を残して、そのかなりの部分を一部の取り巻きの私腹を肥やしただけでしょう。
財政改革とは全く正反対のことをし、日本の社会を壊しただけです。
そして今また、それを与謝野さんがやろうとしています。
金で権力を維持するには膨大な金がかかるわけですが、それにしてもどこまで私たちの税金をつかえば気がすむのでしょうか。
ひどい人たちです。
ともかく未来の世代からの税金を勝手に浪費している悪人たちを毎日見ていると、つくづく近代国家の役割は終わったなと思います。

私は以前あるところに書いたことがありますが、戦後のシャープ勧告による税制の体系が地方自治を壊し、日本の社会の形をゆがめたのだろうと思っています。
近代主権国家は、その出発点において、一部の権力者のためのものに方向づけられてしまいましたが、改めて18世紀の世界に戻って、もう一つのシナリオだった、個人のつながりからの国家原理を考えなおす時期ではないかと思います。
トクヴィルの「アメリカの民主主義」には、新しい国のあり方のヒントがたくさんあるように思います。
もちろん反面教師的なものも含めてですが。

いずれにしろ、権力は、常に自らの行動を国民にきちんと説明しなければいけません。
説明すべきは検察であって、小沢さんではありません。
小沢さんを自分に置き換えてみれば、それは当然のことではないかと思うのですが、なぜか責められているのは小沢さんです。
まさに今の社会のいじめの構造です。
寄って集って権力に迎合して、被害者をいじめる。
悲しい人たちの集団に、日本は成り下がってしまいました。
その一人であることが、最近は息苦しくて仕方ありません。

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■節子への挽歌604:「愛する人」と「愛」

節子
「オーシャンズ11」という映画があります。
学生の頃観た「オーシャンとその11人の仲間」のリメイク版ですが、なかなか面白く、何回も観ているのですが、11人のグループがラスベガスのカジノの金庫から莫大なお金を盗むという話です。
その計画を立てた主人公の真の狙いは、実は別れた恋人をカジノのオーナーから取り戻すことなのですが、映画では見事にお金と元恋人の両方を手に入れます。
元恋人を取り戻すための策は、お金と「女」のどちらを選ぶかをカジノのオーナーに言わせ、それを元恋人に見せることです。
その本音を言わせるために、生命をかけた資金奪取計画を実行するわけです。

愛する人を失ったらどうするか。
妻を取り戻すために彼岸に行った神話は各地に残っています。
日本では、黄泉の国にイザナミを迎えに行ったイザナギの話がありますし、ギリシア神話には有名なオルフェウスの話があります。
いずれも、しかしあと一歩のところで、成功しない悲劇として語られています。
失ってしまった、愛する人を取り戻すのは難しい話です。

「オーシャンズ11」の主人公のダニーが取り戻したのは、「愛する人」ではなくて、実は「愛」でした。
この2つは混同されがちですが、少なくとも日本の少し前までの文化では別物でした。
最近、社会が壊れだしている一つの要因は、「愛する人(もの、こと)」と「愛」を混同していることかもしれないと、最近、思うようになりました。

「愛」を失っていないが故に、「愛する人」を取り戻したくなる。
これが1年前の私の気持ちでしたが、今は違います。
「愛」を失っていないのであれば、「愛する人」もまた失っていないのではないか。

映画「オーシャンズ11」を観ながら、こんなことを考える人はいないでしょうね。
まあ、人生の支えを失ってしまうと、思考の迷走に陥ってしまうものなのです。

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2009/04/27

■「自殺のない社会づくりネットワーク」設立準備会がスタートしました

このブログでもご紹介した、「自殺ストップ!自殺多発現場からの緊急集会」が4月25日に開催されました。
予想以上に参加者が増えましたが、さまざまな人が参加してくれたおかげで、とてもいい集まりになりました。
その報告は、私のホームページにも掲載しました。
そこにも書いたのですが、自分の居場所から本音で話せてよかったと言ってくれた参加者が何人かいました。
私たちが取り組んでいるコムケアの集まりは、取り組んでいるテーマが違ったり、立場や職場が違ったりする人たちが、同じ目線で、お互いにケアマインド(共感)をもちながら自由に話し合えることを大切にしています。
それぞれの異質性を尊重しながら、少し無駄な時間も我慢しながら、気楽に本音で、楽しく話しえる場は基調です。
そうした場所が、いま一番求められているような気がします。

コムケアの集まりに参加してくれた人が、ここでは安心して何でも話せるからうれしいといってくれたことがあります。
逆に言えば、そういう場が少なくなっているわけです。
そういえば、昨日はあるNPOネットワークの集まりに呼ばれて参加させてもらいましたが、いささか私の発言が過激すぎたせいか、終わった後、いつもは声をかけてくれる人が何人か声もかけてもらえませんでした。
また友人を何人か失いました。
もっともその反面、新しい人とのうれしい出会いもありましたから、世界は広がりましたが。

緊急集会の後、希望者16人で居酒屋で懇親会をやりました。
実に面白かったです。
元やくざの人や元刑事の人、幽体離脱までしてしまった重篤のうつ患者、看護師やNPO支援プログラムのオフィサー、伴侶を亡くして夢を失った人(私です)やライフワークが見つかって夢をふくらませている若者、就職したてで疲れている人や疲れて休職しだした人、まあ実に多様な人たちが、年齢や立場を超えて、話を弾ませていたのです。

こうした場がもっともっと広がっていけば、社会はきっと暮らしやすくなるでしょうね。
集会でも話させてもらったのですが、「自殺」というとなにか特殊な問題と考えてしまいがちですが、自殺を引き起こすのは、私たちの生き方であり、それが支えている社会のあり方なのです。
自殺問題だけを見ていては、自殺はなくなるはずもありません。
これは、なにも自殺問題に限りません。
すべての問題は、私たち一人ひとりの生き方に繋がっているのです。
私は、そうした考えで、「大きな福祉」の理念の基に、コムケア活動に取り組みだしたのですが、今回のネットワークも結局は、そのコムケア活動と同じことなのです。
人は何をやっても、所詮は一つのことしかできないものなのです。

今回呼びかけた「自殺のない社会づくりネットワーク」は、自殺問題にあまりこだわることなく、私たちの生き方につながる問題として、誰にも開かれたネットワークをめざそうと思います。
誰でも歓迎です。
ホームページに設立準備会へのお誘いがありますので、もしなにかやりたいということがあればご参加ください。
特にすぐにでも参加してほしいのは、ホームページを作成してくれる人です。
お金は手に入りませんが、それとは違う何かあたたかなものが手に入るかもしれません。
どなたかホームページを作ってくれる人はいないでしょうか。
また、お金の使い方がわからないで困っている方がいたら、使うお手伝いはできるかもしれません。

いずれにしろ、秋には、このネットワークを正式に発足させる計画です。
そして、60年後には、だれもが気持ちよく暮らせる社会を実現したいと思っています。
その頃はきっと、私にとっては、来世あたりでしょうから、楽しみです。

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■節子への挽歌603:床屋の井戸

「王様の耳はロバの耳」という話をご存知でしょうか。
子どもの頃、イソップ物語で読みましたが、最近はむしろ寺山修司のミュージカルの方が有名でしょう。
王様がロバの耳をしていることを知っているのに口止めされている床屋が、黙っていることに耐えかねて、井戸の奥に向かって「王様はロバの耳」と大声を出して叫ぶという話です。
まあ、その前後に面白い話があるわけですが、人間は誰にも言えないことを心に溜め込んでしまうことはできないのです。
ですから、誰かにその話を聴いてもらいたいわけです。
まあ、このブログは、私にとっての「床屋の井戸」のようなものですが、ここには書けないこともたくさんあります。
節子がいた40年間は、節子が私の愚痴から何まですべての聞き役になっていましたから、私はストレスがあまりたまらなかったのです。
しかし最近は、どうもストレスがたまります。

最近、どうも溜まりに溜まっているようで、昨日、実はついに爆発してしまいました。
いわゆる「八つ当たり」ですが、昨日、会った数十人の人たちにいささか恥を残してしまいました。
困ったものです。

それにしても、社会的な常識が欠落している人が多すぎます。
だいたいにおいて社会的に立派な肩書きを持っている人には、まともな常識を持っている人はあまりいません。
肩書きなど、名刺なども持たず、誠実に汗している人たちはこれまたほとんど例外なく常識をしっかりと身につけていますので、付き合っていて気持ちが和らぎます。
肩書きで生きている人は、誠実に生きなくても生きていけるのでしょう。
腹立たしいほどに常識がありません。

あまり書くと問題が起こりかねませんが、まともな挨拶もできない教育者や社会性などない社会活動家が、何と多いことか。
言葉だけ見事に対応しながら、約束を履行もしない人も嫌になるほど多いです。
こう書いてくると、待てよ、これは自分のことではないかとも思いますが、自分のことは棚にあげて、他人のことが気になります。
これがまた、名刺など持っている人の共通点なのですが。

いずれにしろ、不快なことが鬱積してしまっていたので、今日はいろいろと恥ずべき言動をしてしまいました。
もちろん発散してしまった相手と鬱積させた相手とは、必ずしも重なっていないのですが。

節子は、そうした私のダメさ加減やこらえ性のなさを知っていましたから、溜まっているとわかると抜いてくれましたし、また危ない時には、今日は冷静に話して来なさいよと注意してくれました。
まあそうした注意がいつも役に立つわけではないのですが、それで一見、「温厚で物分りのいい佐藤さん」が維持できることも少なくありませんでした。
その節子がいなくなった今、鬱積した思いはどこにはかせたらいいのでしょうか。
もしかしたら、伴侶の最大の役割は、床屋の井戸役なのかもしれません。

鬱積していたストレスを発散してしまった後味の悪さで、今日はストレスが倍増です。
不惑の年はもうとっくに過ぎていますが、人間はますます偏屈に偏狭になってきているような気もします。

節子の位牌を、私の「井戸」にしようかとも考えましたが、床屋の井戸は、その底から世界につながっているという落ちがあるので、やめておいた方がよさそうです。
なにしろ彼岸は、現世のすべてに繋がっているそうですので。

何かいい方法を見つけなければ、また誰かに八つ当たりしそうです。
節子
なにかいい知恵はないですか。

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2009/04/26

■草彅剛事件

非常識だといわれることをまた書きます。
俳優の草彅剛さんが自宅近くの公園で、深夜裸になって騒いでいたことが大きな問題になってしまいました。
当初のテレビの報道は「わいせつ事件で逮捕」でした。
鳩山大臣は「最低な人間」だと吐き棄てるように言いました。
どうも最初から違和感がありました。
地デジのCMに起用していた人物を、そう言い切りました。

もう25年以上前の話ですが、日本IBMの宣伝担当の人と話していて、なぜ日本IBMはテレビ宣伝にタレントを使わないのかという話になりました。
その人は、会社のイメージを一人の人物に託するのは、よほどの注意が必要で、慎重な飢えに慎重にするのがIBMの方針だと説明してくれました。
その言葉で、私は日本IBMが好きになりました。
ちょっと人気が出たからといって、お金に任せて宣伝の起用する企業の姿勢にはとても違和感があります。
人気を利用するのであれば、それなりの覚悟をすべきです。
「最低の人間」を起用した最高責任者の鳩山さんは、最低以下の人間だと反省すべきです。
その認識がなくて、人を最低呼ばわりしてはいけません。
そう思いました。

それにしても、テレビの報道はあまりにセンセーショナルです。
瑣末な事件とはいえませんが、もっと大きな事件があるだろうにと思います。

ここまでは、さほど「非常識」ではないと思いますが、
さらに私は思います。
彼が言ったように、「裸になって何が悪いのか」
電車の中や街中での日中の行為であればともかく、夜の誰もいない公園です。
騒いだのは問題ですが、騒いだだけでは「わいせつ」などという言葉は使われないでしょう。
テレビで「わいせつ行為」と流されてしまうと、後では修正できないようなダメッジを受けてしまうでしょう。
本人が起こした事件だから仕方がないというかもしれませんが、やはり私には納得できません。

どうも割り切れない、嫌な報道事件です。
どうも最近、こうした違和感のある犯罪事件づくりが多いような気がします。
お前も公園で裸になりたいのかと怒られそうですが、私の場合は、その勇気もありませんし、お酒も飲めないので酔うこともないのです。
でも、なにか嫌な感じが残る事件です。
みなさんはいかがでしょうか。

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■節子への挽歌602:元気であることへの期待

昨日、ある集まりをやったのですが、節子の発病以来、全く会う機会のない友人が参加してくれました。
最後のオープンサロンの時に、節子に花束をくれた石本さんです。

開口一番、なんだ元気じゃないですか、というのです。
顔色もいいし、むしろ太ったようですね。

節子がいなくなった後、なぜか私に会いに来なくなった人たちがいます。
まあ用事がなければ会いに来なくて当然なのですが、もともと私のところに来る人は別に用事などない人が多いのです。
ではなぜこなくなったのでしょうか。
たぶん、「元気」ではない私には会いたくなかったのでしょう。
ですから、みんな私の「元気」に出会えてホッとするわけです。

しかし、こういわれると、なんだか元気なのを咎められているような気もします。
それに、私の内部にも、元気になったしまうことに対する罪悪感もあるのです。

伴侶や家族を亡くした時に、残されたものがどうあるべきか。
そんな「社会的期待」があるのかもしれません。
言い換えれば、私たちは、そうした「社会的めがね」を通して、人を見ていることが多いように思います。
それだけでなく、当事者もまた、そうした「社会的通念」の期待に応じてしまうように、無意識に反応してしまいがちなのです。
少し大げさな言い方をすれば、それが福祉問題を考える時の一番の障害になっているのです。

私はただ、心のなすがままに、自分を生きていますから、いつも元気です。
それがなかなかわかってもらえません。
元気ですが、悲しみ涙ぐみ、落ち込み、気力を失い、嘆き、呆然とし、混乱し、思いにふけり、我を忘れてしまうことは、あるのです。

節子
最近また活動がどんどん広がってしまってきました。
みんなは、「それでこそ佐藤さん」「以前の佐藤さんに戻ってきてうれしい」と言ってくれます。
でも私のことを一番よく知っているのは、いうまでもなく節子です。
節子はどう思っているでしょうか。
時々、そのことを思います。
世界中の人が喜ぼうとも、節子が喜ばなければ、私には全く意味がありません。
私がどうあろうと、私らしく生きていれば、節子は喜んでくれていることは、もちろん知っているのですが。

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2009/04/25

■節子への挽歌601:指の魅力

動物行動学の竹内久美子さんの書いた「遺伝子が解く!男の指のひみつ」という本に、薬指の長い男性はよくモテると書いてあるそうです。
そのことを紹介している本に、女性はどうも男性の指に魅力を感ずるようだということが書いてありました。
女性にも持てるための本などという種類の本ではありません。
「雇用はなぜ壊れたのか」(ちくま新書)という本に出てくる話です。
それを読んで思い出したのが、節子のことでした。

節子は、私にそう惚れ込んでいたわけではありません。
節子が惚れたのは、前にも書きましたが、唯一、私の指だったのです。
残念ながら私の指の薬指は長いわけではありません。
そうきれいな指でもないのです。
しかし、なぜか節子は私の指が大好きだといつも言っていました。
まあ、それ以外ほめるところがなかったのかもしれませんが。
節子にほめてもらった、その私の指も、いまは単なる老人の指になってしまいました。
私が好きだった、節子の髪の毛を梳ることもなく、頼りない節子の手を引くこともできずに、ただ毎日、無為に過ごしているだけですから、指も老いるだけなのでしょう。

節子はやや冷え性でした。
ですから手足がいつも冷たかったような気がします。
私は逆で、いつも手足が火照る感じでした。
寒い冬には、私の手が節子の手を温め、熱い夏は節子の手が私の手を冷やしてくれました。いささかロマンチックな話ですが、それはそのまま私たちの関係でもありました。
単純に熱くなりがちで自分を忘れがちな私を、節子はクールになだめてくれました。
25年、私は会社に勤めましたが、辞めるといいだした時に、節子が言った言葉は、「よく25年ももったわね」でした。
たしかに、25年とは、われながらよく続きました。
それを支えてくれたのが、節子でした。

何の話でしたっけ?
指の話でしたね、すみません、
電車の中で、その指の話が出ている本を読んでいたのですが、
ふと指を見たら、老いているだけではなく、爪がとても伸びていました。
爪が伸びても、注意してくれる人がいないことはさびしいことです。
そう思ったら、本が読めなくなりました。
まあこんな話からも、節子のことを思い出すのです。

もう一度、きちんと指を手入れして、その魅力で節子を呼び寄せられないものでしょうか。
そう思いながら、爪の手入れをしました。
指に惚れた節子が、ひょっこり戻ってくるかもしれません。
何しろ節子は、私の指が大好きでしたから。

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2009/04/24

■節子への挽歌600:真実に生きる

節子
人生は実にさまざまです。
この数日、改めてそのことを実感しています。
毎日、さまざまなメールや電話がきます。
しかし、一番心が動揺するのは、「がん」にまつわる話です。

先週、友人からちょっと話があると言われました。
思いもかけず、「実は検査の結果、手術することになりました」というのです。
がんが発見されたのだそうです。
節子が闘病中に、毎朝、節子の回復を祈願してくれた人です。
なかなかまわりには公言できずに、私に話してくれたのです。
驚きました。
全く健康そのもので、私にもいろいろと健康法を伝授してくれていた人なのです。
ただただ聴くだけしかできません。
不用意な言葉は避けなければいけません。
なにしろ感受性がとがっているはずですから。
翌日、「話してよかった」とメールが来ました。
いま、毎朝、節子への挨拶の後、彼にために祈っています。

節子も知っている友人から、ちょっと症状が悪化している、という電話を受けたのは2週間ほど前でしょうか。
いつもは軽口を叩き合っている仲ですが、数日経ってから、その電話がとても気になりました。
しかしなぜか電話できずに、今日、やっと電話しました。
元気そうな声でホッとしましたが、また意外なことを聴いてしまいました。
人生は、まさにいろいろあります。

それとは別に、彼がこう言いました。
「佐藤さんは人が変わってしまった。もう心ここ(現世でしょうか)に在らずだよね」
とんでもない、そんなことはなく、何も変わっていないと言ったのですが、挽歌を読んでいるとそう感ずるのだそうです。
私にとっては、現世も来世も繋がっているのですから、「ここに在らず」などということは起こりえないですし、昨日も書いたように、けっこう、自己の遍在を実感しているのですが、挽歌の読み手にはそれは伝わらないようです。

人は、結局は変わりようがないのです。
そして、ある状況に置かれると、自分と周りが恐ろしいほどによく見えてきます。
そして、「関係性」が変わるのです。
節子と一緒にいて、そのことを強く実感しました。
人は真実に生きだすとまぶしいほどに輝きだします。

そういえば、今日、ある人を紹介したいというメールをもらいました。
「死」を間近に垣間見た人だそうです。
紹介した人はこう書いてきました。 

○○さんのこと、私から佐藤さんにバトンを渡します。
彼によい「影響者」となって本物の世界へと導いてあげてください。
「本物の世界」とは何なのでしょうか。
彼女は、私が「本物の世界」に生きていると勘違いしているようですが、真実を生きたいという思いは、私にも最近少しずつ強まっています。
節子が教えてくれた生き方なのです。

人生はほんとうにいろいろです。

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2009/04/23

■私たちの「食べ方」で農業の未来は決まる

「農と業を分けて考える」を読んでくださった岐阜の佐々木さんが、中日新聞の4月19日の社説の文章を送ってきてくれました。

2つの言葉をぜひみなさんにも知っていただきたくて、引用させてもらうことにしました。

ひとつは、今春、中日農業賞の農水大臣賞に選ばれた、石川県能美市の岡元豊さん(39)の授賞式でのスピーチの言葉です。
「農業とは“いのち”を伝える職業です。これまでは、次世代のために農業の種をまくことを心掛けてきましたが、これからは、その種を育て、実らせていくことを考えたい」

もうひとつは、審査委員長の生源寺東大農学部長の祝辞の言葉です。
「日本の農業を支えているのは食卓です。私たちの“食べ方”で農業の未来は決まります」

50年ほど前までは、こうした言葉が現実でもあったように思いますが、今は残念ながら、こうした文化は消えてしまっています。
しかし、これからの私たちの生き方がここに示されているように思います。
2つの言葉をつなげれば、私たちの未来は、私たちの「食」のあり方にかかっています。

一時期、「食育」がブームになりました。
私も実は最初とても大きな期待を持ちましたが、所詮は「産業のための食育」のような気がして興味を失ってしまいました。
しかし、「食育」は本来、こうした「文化」につながらなければ、逆効果のような気もします。
言い方を替えれば、こうした文化の回復にこそ、「食育」の目的が置かれるべきだろうと思います。
食材の4割が廃棄されるような食文化には、未来もなければ文化もありません。

農や食の問題を考えることは、いのちと未来を考えることなのだと、この社説を読んで改めて思いを深めました。

ブログを書いていると読者の皆さんから、いろいろと教えてもらうことが多いです。
佐々木さん
いつもありがとうございます。

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■節子への挽歌599:遍在転生の死生観

節子
今週の土曜日に、東尋坊の茂さんたちと「自殺ストップ!緊急集会」を開催します。
その準備でいささか最近疲れ気味なのですが、このプロジェクトへは節子の誘い(いざない)があるような気がしています。
いろいろとそう思う節があるのです。

私の性癖は、どんなことでも単に事務的には関われないことですが、今回もいろいろと考えることが多いのです。
それで精神的に疲れてしまうのですが、先日、茂さんから「ストレスチェック」のカードをもらいました。
ある部分を指で押していると変色するのですが、その変色度合いを見て、ストレス度がわかるのです。
それでやってみたら、なんと「要注意」を越して「ストレス有り」の段階でした。
たしかに最近疲労とストレスがたまっているようです。
ストレスはすべて節子に解消してもらっていた頃は、いつも元気だったのですが。

まあそんなわけで、今日は脳疲労もちょっと起こしています。
資料づくりの合間に節子のお墓参りに、いま行ってきたのですが、まだ頭がすっきりしません。
困ったものです。

それで今日の挽歌は、いささか難しい話です。
遍在転生論というのがあります。
この世界における過去・現在・未来を通じたありとあらゆる自己意識を持つ主体は、唯一の「私」が転生したものに他ならないのだ、という考え方です。
ユングの集合的無意識の考えに通じますし、いつか書いたような気もしますが、心のマルチネットワークの考えにも通じています。
いや、そういうものをつなげていくと、結局、この宇宙には「一人の私」しかいないということになるのです。

先日も、「死は存在しない」というようなことを書きましたが、遍在転生論の立場ではもちろん「死」などは瑣末な話です。
「生」そのものが一時のアワのようなものなのですから。
節子がいたら、この話を図解しながら私は得意気に話し、節子は真剣に聴いてくれているようで「またか」と受け流していることでしょう。

実は、節子がいなくなってから、遍在転生論も捨てたものではないなと思うこともあります。
しかし、真面目すぎるほど真面目に生きていた節子は、多分受け容れないでしょうね。
「死」は決して「瑣末なこと」ではないと怒るでしょう。
瑣末なことではないからこそ、瑣末なことなのだ、という私の論理は節子には受け容れられないでしょう。
受け容れられなくても、受け容れてくれた節子が、今こそ居て欲しいですが、それも適わぬことです。

何だか支離滅裂ですが、私の中では極めて論理的なのです。
わかってもらえないでしょうね。
超論的な節子なら、わかってもらえるのですが。

節子も知っていた清水由貴子さんが父上の墓前で自殺しました。
やりきれない話です。
「自殺」をテーマに関わっていく自信が、実はちょっと萎えています。
私には向いていないのかもしれません。
しかし動き出してしまいました。

節子に助けて欲しいです。
お墓に向かって、そう願ってきました。
清水さんのテレビを見ると、悲しさがこみ上げてきます。
どうも感情移入が大きすぎます。
やはり遍在転生している結果でしょうか。

やはり今日の挽歌は支離滅裂ですね。
すみません。

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2009/04/22

■節子への挽歌598:寄り添う2人

節子
昨日の挽歌の牡丹の写真を見た人が、
「2つの牡丹、私には仲むつまじく寄り添う佐藤修さんと節子さんご夫婦のように映ります」
とメールしてきてくれました。
同じ風景も、いろいろに見えてくるのですね。

改めて今朝、2つの牡丹の花をゆっくりと見てみました。
ところがです。
2つの花がどうもそっぽを向きだしているのです。
今日の牡丹は、「仲むつまじく」寄り添っているようには見えません。
夫婦喧嘩している2人のようです。

私たちは、夫婦喧嘩においても自慢できるほど喧嘩をしました。
節子は「実家に帰ります〕とは言いませんでしたが、離婚しようと思ったこともあるそうです。
鈍感な私は、後で節子から教えてもらったのですが。
喧嘩はいつも、私が謝ることで終わりましたが、後半は節子が私をかわす知恵を身につけましたので、私が腹を立てるだけで喧嘩にはなりませんでした。
節子が病気になってからも、もちろん喧嘩はしましたが、年に1度くらいでしょうか。
節子はどうせ修が反省して謝ってくるからと、相手にしないようになったからです。
女はしたたかです。

今日の我孫子はとても快い春の日です。
25日にある集会をするので、自宅でその資料づくりなどをしていますが、あまりの快適さに庭の池の手入れをちょっとだけしました。
小さな池なのですが、節子と娘たちが私の還暦の祝と称してつくってくれたのです。
そこに毎年沢蟹を話すのですが、残念ながら棲みついてくれません。
でも毎日、どこかにいないかと沢蟹を探しています。
そういう私を見て、節子が郷里の滋賀に帰った時に、私と一緒に沢蟹を捕獲に行ってくれたことを思い出します。
この池にも、節子の思い出が山のようにあるのです。

思い出は、うれしくもあり悲しくもあり、複雑なものです。

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■消費者(消費機関)から生活者(人間)へ

昨日の、「消費力開発戦略」の続きです。
途中に、よせばいいのに、スーザン・ボイルさんのことを書いてしまいましたが。

誤解があるといけませんが、私は「消費力開発」を肯定しているのではありません。
その反対で、消費力開発に向かってしまった経済のために、社会は壊されてきていると考えているのです。
昨日も言及した、ラルフ・ネーダーのコンシューマリズムは、そうした経済に「生活」の視点を呼び起こすチャンスでした。
私はそこで経済に対する興味を初めて感じました。
まだ企業に在籍していましたが、コンシューマリズムの調査を行い、トップに報告しました。
その視点でいろいろと見ていくと、その時点(今から40年近く前ですが)でも社会の問題が見えてきました。
廃プラ、ゴミ問題、リサイクル、省エネ、ソフトエネルギーパス、バイオマス、工業の農業化など、いまなお問題のテーマを調べ、トップに提案していったりしました。
そして結局、会社を辞めてしまったわけです。

工業は「死に向かうパラダイム」の上に乗っています。
サブシステムとしてはいいですが、それがメインになると、主導権は人間から外れていくように思います。
たとえば、当時、盛んに言われたのが「静脈産業論」です。
いわゆるリサイクル産業ですが、それが「工業論理」に乗っている限り、結果はますますの環境汚染につながっていくはずです。
北九州市のエコタウンも2日間、じっくりと見せてもらいましたが、矛盾の集積でした。
大切なのはリサイクルでも省エネでもなく、省資源です。
リサイクル法はすべて消費力開発の視点で設計されていますから意味がありません。

資本主義の当初、経済はたぶん生活からの需要に合わせた「生産」が主導していたのではないかという気がしますが、それでは利益も少ないですし、成長も緩やかです。
そのため、ある段階から「需要創造」が始まりました。
それがトルーマン宣言からはじまる「開発主義」「進歩主義」なのでしょう。
しかし、「需要創造」とは「生活破壊」「環境消費」であり、「顧客創造」とは「生活者排除」なのです。

そしていまや企業のみならず、政治までが「需要創造」「顧客創造」を先導しているのです。
マスコミは、それに加担して利益を得ています。
新聞は、広告によって成り立っているわけです。

福祉政策や教育政策も、福祉や教育の世界までをも市場化し、消費機関にしていこうということでしかありません。

こうした動きへの対抗策は一つです。
消費力開発戦略を反転させることです。
それができなければ環境問題は解決せずに、持続可能性などは絵空事になるでしょう。
個人のできることは、消費者(消費機関)から生活者(人間)に戻ることです。
しかし今の社会の中に生きている人にとって、それは至難のことでしょう。
経済が縮小スパイラルに入ると大変だと脅されると躊躇します。
しかし、7代先の子供たちのことを考えたら、そうしなければいけません。
50年くらいの時間軸で、まずはできるところから一歩踏み出す。
それが今の私の生き方です。

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2009/04/21

■スーザン・ボイルさんの歌は聴きましたか

スコットランドのスーザン・ボイルさんが話題です。
国の素人オーディション番組での歌唱映像が「ユーチューブ」で世界中に広がり、今や世界の人気者のようです。
昨日のテレビの報道番組でも各局取り上げていました。
海外のプロのミュージシャンも絶賛らしいです。
日本のキャスターもコメンテーターもみんなその素晴らしさを褒め称えていました。
報道ステーションの古館さんも絶賛し、大切なのは歌い手の見かけではなく、歌そのもので評価しなくてはいけないというような発言もしていました(かなり不正確な記憶なのですが)。
皆さんはいかがでしたでしょうか。

私は、音楽音痴なのか感動しませんでした。
テレビで聴いたせいか、みんなが大騒ぎするほど魅力的でもありませんでした。
もちろんいい声ですし、表情のある歌唱だとは思います。
しかし、この程度の、と言うと失礼ですが、よく聴いたような気がするレベルでした。
なんでみんなあんなに感動するのかと不思議でしたので、わが家の娘たちにも訊いてみましたが、彼女たちもまあそれほど感動していませんでした。
一家そろって音楽音痴なのでしょうか。

さらに私は思います。
やはり歌い手の歌う時の雰囲気はとても大事だと思うのです。
娘もそういう思いで、目をつぶって聴いたそうですが、やはり感動するほどではなかったといいます。
まあ、それとは意味が違うのですが、私はやはりどんな人がどんな雰囲気で歌うのかにはとても影響を受けます。
美人でなければいけないとはいいませんが、雰囲気は大切です。
大変失礼ですが、ボイルさんの雰囲気で歌われるのは感動につながりにくいです。

決してスーザン・ボイルさんをこき下ろしたいのではありません。
実際に、生で直接聞いたら、感動するのかもしれません。
いえ、「ユーチューブ」で聴いても、とても快いです。
ただみんなが騒ぐほどのことはないと思うのです。
そして、話題になるとみんなどうしてこうも同調してしまうのか、しかも感動まで同調してしまうのが気になるのです。

最近読んだ本にこんな文章が出ていました。

大勢の人々が価値と考え、賞賛し欲望するもの、これがどんな社会においても、人間の社会的欲望の一般基準である。

天才の創造力が美の模範を、つまり日の秩序の基準を作り出すと考えられるが、実際には、不特定の人々の美的感受性による批評こそが、天才とそうでないものの秩序を作り出すのである。

何だかその実例を見せられているような気がします。
私はスーザン・ボイルさんのコンサートに招待されても、たぶん行きません。
和田あきこさんのコンサートなら喜んで行きますが。

無粋な話ですみません。
まあ今回は音楽の話なのですが、これが教育や政治の話になると恐ろしいです。

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■節子への挽歌597:美野里町の牡丹

節子
2006年5月4日に、美野里町の花木センターで買ってきた牡丹が咲きました。
なぜ日付がわかるといえば、この日のことが私のホームページの週間記録に掲載されているのです。
その日、家族で那珂湊のさかな市場に行き、その帰りに美野里町に寄ったのです

翌年の2007年、見事な花を4つ咲かせました。
節子はとても喜んでいました。
その翌年はなぜか花は3つしか咲きませんでした。
節子がいなくなったことへの弔意の現われだったのかもしれません。
そう話していたら、今年はなんと2つしか咲きません。
Botan_3

花の数と家族の数がそろっているとしたら、もしかしたら私が今年はいなくなるのかもしれません。
いえ、実はもう私はいないのかもしれません。
落語に自分が死んだことに気づかない粗忽者の話がありますし、映画「シックスセンス」もそうですが、自分が死んだことを確認する方法は実際にはありませんから、気づかずに過ごしていることがないとはいえません。

節子はどうだったのでしょうか。
自らの死を体験したのでしょうか。
体験するはずはありません。
なぜなら体験したのであれば、まだ生きているということですから。
人は自らの死は体験できないのです。

言うまでもありませんが、他者の死もまた私たちは体験できません。
だとしたら、死は存在していないことなのかもしれません。
存在していない死の問題を考えるのは難しい問題です。

節子が元気だったら、きっと今年も見事な花が4つ咲いたことでしょう。
花はきっと愛している人のために咲くのでしょうね。
今年2つになってしまったのは、私の「気」が牡丹に伝わらないほどに弱々しく沈んでしまっているからかもしれません。
牡丹はプライドの高い花ですから、悲しんでいるのなら節子に続けよと言っているような気もします。
牡丹の花を見ていると、いろんなメッセージが伝わってきます。

節子は、牡丹ほど美しくはありませんでしたが、牡丹もまた、節子ほど美しくはありません。
でも、花を通して節子の世界とつながれることは、せめてもの幸せです。
来年は、3つの花が咲くように、気を取り戻さないといけません。

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■消費力開発が最大の企業の戦略課題という恐ろしさ

日立グループの会社が「エコ偽装」事件を起こしてしまいました。
朝日新聞はこう報じています。

リサイクル素材を使った「省エネ」製品として売っていた冷蔵庫9機種に、実際にはその素材をほとんど使っていなかったとして、公正取引委員会は20日、日立製作所の家電子会社「日立アプライアンス」に景品表示法違反で排除命令を出した。消費者の誤解を招く不当表示にあたると認定した。
この冷蔵庫は、財団法人「省エネルギーセンター」の省エネ大賞で同センター会長賞を受賞していたそうです。
なぜかテレビで盛んに報道されていますが、日立は「開発部隊と宣伝部隊が持っていたデータの違い」などと「最悪の釈明」をしているのも気になりますが、こうした事件の奥にある問題をしっかりと認識する必要があります。
ここには様々な問題が示唆されており、おそらくきちんと書き出したら1冊の本になるでしょう。

今回は「消費力開発」に関してだけ書こうと思います。
現在の経済の枠組みが方向づけられたのは、1940年代のトルーマン米国大統領の「開発戦略宣言」だろうと思いますが、その後、経済は「市場創造」を最大の課題にしてきました。
それに呼応するように、経営学は「顧客創造」と「イノベーション」を中心にしてきました。
その象徴がドラッカーです。
私は、会社に入った年にドラッカーを読んで、企業経営というものに大きな疑問を抱き、それが私の「経営学」への不信を育ててきてしまったのです。
経済の目的は、市場の創造ではなく、生活を豊かにすることだろうと、素朴に思っていましたから。
それでもまだ当初は、生活と市場創造はつながっていました。
その乖離が見え始めたのは1970年代でした。
ラルフ・ネーダーのコンシューマリズムが、それを可視化していったのです。
日本でも、たとえば「消費者連盟」のように、それまでの主婦連型の消費者運動とは発想を変えた動きが出てきました。
しかし、大きな流れは止めようもなく、消費開発によって生産を増やしていくという、生活にとっては本末転倒な経済が肥大化してきます。

生活していくための消費は限界がありますので、そこで編み出されたのが「記号消費論」です。
これが1980年代のバブルを主導しました。
それが挫折すると、今度は通貨を商品に仕上げて、金融の大衆市場を創出しました。
その限界が露呈したのが、この数年です。

日立の「エコ偽装」事件は、こうした流れ、ちょっと遅れたエピソードの一つです。
つまり、「エコ」概念が市場拡大に使われただけの話です。
企業の世界でブームになる、環境経営やCSR、ユニバーサルデザイン、安全性、そうしたものは結局は市場拡大のための材料に終わってしまっているのです。
しかも、問題は、そうした「概念」さえもが「浪費」されてしまっているわけです。
漢字検定が問題になっていますが、省エネ大賞だって同じようなものです。
国民も企業もなぜか「資格」を求めますが、それは自らに内容もなく自信がないからでしかないでしょう。
省エネ大賞受賞などと大々的に謳っている商品にいいものなどあるはずがありません。
「いい」というのは誰か(企業や検定機関)の利益になるという程度の意味しかないのです。
少し言いすぎでしょうか。
資格や肩書きは内容のないことの補償行為ですから。

なんだかまた前置きで終わってしまいそうです。
「消費力開発」と言う言葉は、昨年、私が「発見」した(と思っている)概念なのですが、いつかそれを書きたいなと思っていました。
今日の早朝のテレビを観ていて、それを思い出して書きだしたのですが、項を改めて、明日、きちんと書くことにします。

一言だけ書いておけば、「消費力開発が最大の企業の戦略課題」という視点を持てば、昨今の企業不祥事はもとより、企業の言動の多くが理解しやすくなると共に、たとえば最近の派遣切りなどがいかに企業にとっても間違った選択なのかがわかってきます。
上海でのモーターショーにトヨタをはじめ、多くの自動車メーカーが積極的に取り組んでいますが、これまでの枠組みからまだ抜けられていないようです。
「消費力開発」に依存した企業経営や経済の恐ろしさを認識しなければいけません。

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2009/04/20

■NPOの2つのミッション

昨日、討議型コムケアフォーラムというのを開催しました。
私のホームページに案内が出ていますが、
テーマは「NPO活動(市民活動・住民活動)が育む市民性を考える」でした。
3時間にわたる熱心な議論で、私もたくさんの刺激を受けました。

問題提起者は田中弥生さん(「NPO新時代」の著者)です。
田中さんは昨今の日本の社会にかなりの危機感を持っており、その話しぶりにも「思い」を感じました。
田中さんは、NPOの役割には2つあるといいます。
「社会サービスの提供」と「市民性創造」です。
そして最近の日本のNPOの動きは、市民性創造の面が弱くなっているのではないかといいます。
その現われの一つが、寄付活動とボランティア参加者の停滞です。
社会的企業が最近話題になってきていますが、
それに関しても考えるべき点があるのではないかと、いろいろと具体的に話してくれました。
そして最後は、社会サービスとともに「市民性創造」という重要な使命をもった民間非営利活動(市民活動・住民活動)こそが、これからの日本社会を支えていくと締めくくりました。

とてもわかりやすくて、説得力がありました。
田中さんの問題提起に続いて、参加者が自らの体験者を踏まえながら話し合いをしました。
参加者が20人を超えてしまったために、じっくりと議論するまでには至りませんでしたが、刺激的な3時間でした。
田中さんの考えを詳しく知りたい方は、ぜひ「NPO新時代」をお読みください。

田中さんは講演者としてではなく、みんなの話に誠実に耳を傾けてくれました。
コムケアはみんな同じ目線で考えるということを大切にしていますが、
田中さんのような研究者と現場での実践者が仲間として交流できる場がもっともっとあるといいと思いました。

コムケア以外の参加者の方から、NPO活動になかなか人が集められないという発言もありましたが、多分、「集める」という発想に原因があるような気がしました。
価値のある活動は、人を集めなくても、人は集まるのです。
NPO活動、とくにNPO支援活動やネットワーク活動をしている人たちは、ともかく人を集めたがりますが、その発想こそが今の社会を創ってきたことに気づかなければいけません。
そうした拡大成長や形を整える社会で育ってきたシニア世代が、日本の住民活動を壊していかなければいいのですが。

人が集まらないのは、その活動に価値がないだけのことなのです。
それに気づかずに、唯我独尊の活動をしているNPOがいかに多いことか。
気づかないのはいいのですが、集まらないのは住民の意識が低いからなどと考える人が多いのが気になります。
この15年、各地のNPO活動にささやかに関わっていますが、市民性とか社会性が欠落しているところが多すぎます。
人としての付き合いの基本常識さえ欠落しているところも少なくありません。
そんなわけで、NPOに関われば関わるほど、NPO嫌いになってきていますが、それにも関わらずNPOに期待しなければいけないのも事実です。
そんなわけで、私もNPOを創ったりしているわけですので、悩ましいです。

市民性や社会性を育てていくこと。
私もそこにこそ未来を感じています。
昨今のNPOが、それとは違う方向に向いているような気がして、少し心配です。

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■節子への挽歌596:この挽歌は誰が書いているのか

この挽歌で紹介した「あなたにあえてよかった」の著者の大浦さんは、この挽歌を読んでくださっているのでが、時々、メールやコメントをくれます。
先日のメールの最後に、こんなことが書かれていました。

ところで「挽歌」は、間違いなく「作者は節子さん」だと私は思っています。
佐藤さんはお気づきになっていないでしょうが。
「共作」というのが普通なのですが、大浦さんは節子が書いていると言い切ります。
それは、大浦さんの体験からのようです。
「あなたにあえてよかった」も、
著者を「大浦郁代」にしたかったくらい、郁代が私を動かして書かせたのです。
納得しました。
しかし、私の場合は、たぶん節子が書いているのではないのです。
私が書いています。
ただ、何回も書いているように、私の半分は節子なのですから、まああまりこだわることもないのですが。

挽歌はもちろんですが、実は時評編のほうも、節子の思いがかなり強く出ているような気がします。
40年も生活を共にしていると、どちらが自分でどちらが節子か、あんまり区別がなくなってしまうのです。
それが、ある日、その伴侶がいなくなる。
信じられないことなのです。
まさに半身がそがれた気分

人間は環境との相互関係の中で、考え行動しています。
その一番の支えだった伴侶が不在になると心身が動けなくなるのは当然のことです。
私はそうした環境の変化に慣れるまで1年はかかりました。
いや慣れるというよりも、心身が動けるようになるまで1年といったほうがいいでしょう。
しかも疲労感が大きいのです。

ところが不思議なのですが、挽歌を書いている時には疲労感がないのです。
パソコンに向かうと自然と指が動き出します。
だから大浦さんが言うように、「節子が書いている」といえないこともないのですが、そうではなく節子と会話しているような感じが戻ってきて自然と指が動きだすのです。

内容はいろいろですが、共通しているのは、話し手はいつも節子なのです。
大浦さん
もしかしたら、それが親子と夫婦の違いかもしれません。

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2009/04/19

■節子への挽歌595:節子が出した2枚のハガキ

節子
岡山の友澤さんから、節子が2005年と2006年に出したハガキが送られてきました。
書類を整理していたら、出てきたのだそうです。
いずれも闘病中の手紙です。
闘病中の節子の生き方が目に浮かびます。

2004年5月の手紙には、こう書いています。

次の検査は6月です。
それまでの3か月は「行動の月」と決め、帰省や小旅行など多忙で充実した日々を過ごすことができました。先日は夫と初めての上高地へ行き、清らかな水と空気、残雪の穂高に感動できたことがとても嬉しく思います。
5月23日はミニコンサートで「万葉集」を歌います。
また皆さんとお会いできる事を祈っています。
翌年の5月は、検査が増えてきたこと、そしてその結果があまり良くないという内容で、いま読み直すと1年前とは違い、その先を少し予感させるような内容です。
でも節子はせいいっぱい元気に書いています。

2枚とも、節子らしく切手は花の切手です。
2枚のハガキを見ていると、節子の健気さとやさしさが伝わってきます。

上高地には節子とは2回行きましたが、宿泊したことはありませんでした。
3回目は宿泊の予定で、節子は宿泊するホテルも決めていました。
でも実現しませんでした。
私ももう訪れることはないでしょう。

久しぶりに節子のことを思い出して涙が出ました。
いつになっても悲しさは同じです。
節子も彼岸で涙しているでしょうか。

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■日本政策投資銀行完全民営化が先送りを歓迎します

日本政策投資銀行の完全民営化が3年間先送りされるような記事が新聞に出ていました。
その理由はいろいろとあるのでしょうが、小泉政権の「官から民へ」の改革の象徴として掲げた政府系金融機関再編の柱ともいえる、政投銀の民営化の見直しは、「改革の後退」との批判もあるようですが、私にとってはむしろ共感したい動きです。
何しろ私は銀行国有化論者なのですから。
正確に言えば、銀行はみんなでの共有化(コモンズ化)がいいと思っていますが。

私たちが使っている紙幣は日銀発行の紙幣です。
政府発行紙幣が最近も話題になりましたが、これは日銀が発行している紙幣がいまやみんなの信頼する通貨になったという話です。
ところが、その通貨を使った金融業が以上に発達してしまったというのが今の状況ではないかと思います。
通貨は2つの大きな意味があります。
人々の生活を支える交換手段としての通貨とそれ自体が商品化し富の生産・蓄積手段となった通貨です。
本来、それは全く意味の異なるものだと思いますが、現在の通貨の仕組みは実際には両者とも同じ通貨が使われます。
歴史の中では、地域通貨のようなものが並行して使われていたこともありますが、結局は一つの通貨に統合されてきています。
しかし両者は全く違うものです。
前者は生活の経済のツールですが、後者は産業の経済のツールです。
後者の機能は民営化してもいいでしょうが、その結果、生活に悪影響を与えることになってしまうところが悩ましいところです。
そこで、後者の機能が生活を壊さないように、通貨の管理は民営化すべきではなく、共営化すべきだと私は思っています。
それが難しければ、せめて次善の策として国有化すべきだと思うわけです。

銀行をすべて個人の私欲を起点にした民営化に任せていいものかどうか、よく考えて欲しいです。
民営化信仰は、一体どこから広まったのでしょうか。
常識的に考えれば、それがいかにおかしいかすぐわかるはずなのですが。
いつものことながら、私の常識が狂っているのかもしれませんが。

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2009/04/18

■農と業を分けて考える

一昨日、ある会社の執行役員の人と、今の経済や企業の発想を変えなければいけないという話になりました。
そして、その人から、「じゃあ、どうしたらいいのですか」と訊かれました。
答は簡単です、といつものように答えました。

簡単なのです。
時代に誉めそやされている経済学者や経営学者は常に間違いますから、彼らの反対をすればいいだけです。
では反対とはどういうことか。
答は、たぶん日本の農文化にあります。

私が若い頃から刺激を受けていた、農に関する3人の賢者がいます。
以前も書きましたが、玉城哲さんと守田志郎さんと山下惣一さんです。
直接お会いして話をお聞きできたのは、玉城さんだけです。
いつか山下さんには会えるのではないかと思っていますが、まだ会えません。

机に積んでおいたエントロピー学会の学会誌をふと見たら、山下さんの記念講演の記録が載っていました。
読み出したら、やはり感激しました。
すべての答はここにあります。
この記事を多くの人に読んでもらいたいと思い、ネットで公開されていないか探しましたが、出ていません。
勝手に掲載するわけにも行きませんので、とても残念です。
そこで、特に私がハッとしたところを一つだけ紹介させてもらいます。

日本の農業は、効率が悪いとか生産性が低いだとか散々言われてきました。それで、農業を農と業に分けて考えてみます。直接金にならない仕事を農といい、ビジネスの方を業とする。農の部分が大きい例が、林業です。逆に卵をとる養鶏などは業が非常に大きい。作物を育てる農業は90%位が農の部分です。棚田の石垣や畦の手入れ、草刈り、こういう仕事は米の収量とも値段とも関係がないけれども、それがないと成り立たない。金にならない仕事を9割もしなければならないから、農業は分が悪いわけです。
ところが、金にならない農の仕事が日本の風景を作っているんです。日本人が自然と思ってみている風景は、決して自然ではなくて、実は農の風景なんです。これを百姓はただでやっている。
農と業を分けて考える。
こうして考えると、今の経済や産業の問題点がよく見えてきます。
私たちの生活を、同じように分けてみたらどうなるでしょうか。
大切なのは、業(金銭)ではなく農(生活)なのだろうと思いますが、多くの人はきっと「業」に時間をとられているのでしょう。
私は、最近は江戸の百姓と同じく、9割はたぶん農をしているつもりです。

山下さんの講演記録は、エントロピー学会の最新の学会誌(63号:2009年3月15日発行)に掲載されています。
学会事務局に問い合わせれば、500円でわけてもらえるかもしれませんが、学会に参加するのもいいかもしれません。
とても誠実な学会です。

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■節子への挽歌594:節子、私は友人たちに守られています

節子
最近、私も活動が持続性を持ち出しました。
それで、いくつかのプロジェクトにもコミットしはじめたのですが、
いずれも予想以上に広がりだしてしまっています。
そのため、最近は土日がすべて埋まってしまっています。
午前も午後も別の集まり、などという日もあります。
いささか活動しすぎではないかという気もしますが、やりだすとコミットしすぎる癖は直りません。
節子がいた頃は、節子との行事が最優先で、それを理由に活動をセイブできましたが、いまや頼まれたことを断る理由が全くなくなってしまったのです。
自分の行動を制約する条件がなくなってしまうと、自分で自分を管理できなくなってしまいます。
困ったものです。

山口の東さんがメールをくれました。

ホームページを拝見しますと、いろんなことに取り組まれている様子、嬉しいような、また無理をされるのではないかといった心配な気持ちとが輻輳します。
くれぐれも無理をされいなように(とても難しいことではありますが)、よろしくお願いします。
節子の代わりに、ちゃんとセイブしてくれる人がいるので安心です。
でもこんなメールもきました。
某テレビ局のKさんに、あるイベントの取材協力のお願いを送ったのですが、それへの返事です。
佐藤さんが元気になられて本当に良かったです。
Kさんにまで心配させていたのかと、いまさらながら気がつきました。
短い文章に込められたKさんの思いに胸が熱くなりました。
むかし、Kさんも関わったドキュメンタリー番組を見て感動した記憶があります。
そのことをなぜか思い出しました。

いろいろな人が、知らないところで気にしていてくれる。
それに気づかされる私はとても幸せですが、
いつかも書きましたが、それに気づかないことが多いのです。
そこで、ひそかに気にしているのでではなく、気遣っていることをむしろ伝えたルことが大切なのだと気づきました。

まあまた余計なお世話なのですが、
この数年、全く連絡がなくなってしまった人に声をかけることにしました。
これもまた節子が教えてくれたことかもしれません。
皆さんも、ぜひ気になっている人に声をかけてみてください。
それが広がれば、世界は平和になるかもしれません。
なにしろ世界中の人たちが、6~7人の仲立ちを通して、みんな友だちなのだそうですから。

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2009/04/17

■「自殺ストップ! 自殺多発現場からの緊急集会」

今朝の朝日新聞に、こんな小さな記事が出ていました。

水俣病の未認定患者の救済問題で、今国会に提出された与党の救済法案に反対する11の患者団体が15日、斉藤環境相と面会し、補償費用を確保するために原因企業チッソを分社化することや、患者認定の審査窓口を閉じることが法案に盛り込まれたことに抗議する声明を手渡した。
12日に熊本のNPOの集まりに参加したのですが、その主催者から、今日は水俣で水俣病関係の集まりがあるので、そこの人たちは来られなくなったという話を聞いていました。
そうか、まだ水俣病は動いているのだと思い出しましたが、もしその会話がなければ、この小さな記事は見落としていたでしょう。
水俣病の未認定患者の救済問題では、元水俣市長の吉井さんが異論を持って関係委員会を辞めてしまったというところまではフォローしていましたが、その後、頭からすっかり抜け落ちていました。
新潟水俣病患者救済の動きは、これも地元の知人が集まりに参加して、ライブな情報を提供してくれていたので認識してはいたのですが。

さまざまな問題が中途半端に対応されているために世の中は問題山積みで、とても追いかけておられず、ついつい報道がないと忘れてしまいます。
おそらく全国各地では、さまざまな問題が取り組まれていますが、全国ベースではそれらが見えなくなってしまっているわけです。
逆に言えば、全国ベースでは見えにくくなっている問題も、それぞれの地域では意識されて顕在化しているわけです。
熊本の人たちにはまだ水俣病は終わっていないわけです。
現場の世界とマスコミ情報の世界は大きく違います。

最近、自殺問題がかなり社会的関心を高め、マスコミでも話題化されてきました。
NPOライフリンクの活動もあって、自殺対策基本法もでき、行政の取り組みも大きく変化してきました。
ライフリンクの清水さんの働きは驚異的ですし、その成果もまた驚異的です。
しかしながら、自殺者の数は依然として3万人を超えたままです。
昨今の景気低迷の中で、今年はさらに増える恐れさえあります。
自殺多発現場といわれるところで、日々、自殺防止に取り組んでいる人たちにとっては、これはとても心外なことでしょう。
現場から見える社会の実相は、このまま放置できないようです。
そこで、現場に立脚した取り組みをスタートすることにしました。
私も、ささやかながらそれに関わらせてもらうことにしました。

4月25日、「自殺ストップ! 自殺多発現場からの緊急集会」を開催します。
これを皮切りに、現場起点での実践的な、しかしやわらかなネットワークを育てていく計画です。
現場活動者のネットワーク、自殺未遂体験者のネットワーク、そうした人たちを支援するネットワーク、そうした3つのネットワークを育てながら、「支え合い元気ネットワーク(仮称)」づくりをめざしていければと思っています。
緊急集会の案内は次のところにあります。
http://homepage2.nifty.com/comcare/kickoffevent.htm

またこうしたネットワークづくりの準備委員会も発足させます。
一緒に取り組んでいってくれる人たちを募集中です。
協力してくださる方がいたらご連絡ください。
このままでは、社会が壊れ続けそうです。

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■節子への挽歌593:「愛こそすべて」の幻想

節子
ヘーゲルの入門解説書「人間の未来」を読んでいたら、こんな文章に行き当たりました。

恋愛とは、絶対の一体化だという幻想的な情熱と、男女は結局別々の人間だという自覚との行ったり来たりであり、結局のところ、「愛こそすべて」という「幻想」は過酷な現実の前に挫折することになる。
ヘーゲルは、若者が求める人生の目標の一つとして「快楽と必然性」をあげているのですが、入門書の著者の竹井さんは、それを「恋愛のほんとう」と呼び換えて説明してくれています。
そして、こういうのです。
「恋愛のほんとう」が「自己意識の自由」に対してもつ優位は、それが自己関係ではなく「相互関係」をもち、しかもある場合は、これをつかめば他の一切を失ってもよいという生の絶対感情をもたらすほどの「ほんとう」として現れる点にある。
つまり、恋愛を通して、若者は自分の世界から抜け出し、自由を開いていくのです。
これは私にはとても納得できる話です。

しかし、「恋愛のほんとう」は、たいていは挫折する運命を持つ、とヘーゲルは続けます。

2人が恋愛の道行きの途上で見るのは厳しい現実(必然性)であり、ここには絶対的な「ほんとう」が存在しなかったことを知る。
恋愛は、自らの閉じられた世界を超えたとしても、所詮は二者間の承認関係でしかなく、社会的な普遍性の広がりを欠くからです。
こういうと難しいですが、要は、恋愛が創出する世界は自分の世界の延長でしかなく、価値観の複数性は体験できますが、多様性を体験できないために、結局は自分中心の世界に陥って破綻してしまうということでしょう。
これもとても納得できます。

そして、若者は「正義のほんとう」へと目標を変えていくとヘーゲルはいうのです。
それもまた挫折していくというのですが、この部分だけでヘーゲルの人間性と人生を推察すると、なにやら親しみさえ感じます。
もしかしたら、だからこそあれほど難解そうな哲学体系を打ち立てたのかもしれません。

自分の問題として考えると、ヘーゲル流に言うと、私はいまな迷える青年期から抜け出られないでいるのかもしれません。
私の場合は、こうです。
「恋愛のほんとう」に関しては、ヘーゲル(竹井さん)の言うとおり、「他の一切を失ってもよいという生の絶対感情」を体験しました。
その一方で、「でも結局別々の人間だ」という思いも何回も持ちました。
節子とは、こういう話を何回もしました。
節子も私とほぼ同じでした。
そして節子も私も挫折することはありませんでした。
心を開いた話し合いを重ねたからです。

では社会的な広がりにまで行かなかったかといえば、むしろ逆でした。
相手を愛する「恋愛のほんとう」が確信できれば、その対象は広がるのです。
いささか大げさに聞こえるかもしれませんが、私たちの愛の対象は、お互いを超えて広がって言ったように思います。
そういう視点から考えると、「正義」などは虚しい言葉です。

もしヘーゲルが、私にとっての節子のような存在に出会えたら、ヘーゲル哲学は違ったものになり、世界の歴史は変わっていたかもしれません。
ソクラテスも、そうでした。
伴侶の存在は大きいのです。

ヘーゲルは、どんな「恋愛」を体験したのでしょうか。
そう思いながら哲学を学ぶと、面白くなってくるかもしれません。

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2009/04/16

■節子への挽歌592:「やっぱ、自分自身がそうしたかったとよね」

節子
福岡の西川さんからもメールをもらいました。
先日の挽歌588を読んでの励ましメールです。

私は、「人は、自分が望むようにしか生きることができない」
又は、「人は、自分が望むように生きる」と思っています。
又は、結局それは「自分自身が望んだことなのだ」と。

私は、自分に合った生き方をすることで、
たくさんの人を巻き添えにし、辛い思いもさせたと思っています。
そのために、私自身も傷を負ったということも。

でも、やはり、それもこれも、それぞれが、
「自分が望んだこと」だったのだと思うのです。
そして、だからこそ、人は幸せになる可能性もあると…。

根っからこういう楽天家(?)だったわけではありませんが、
でもみんな、「やっぱ、自分自身がそうしたかったとよね」と。
西川さんは、私が書いた
>節子を、無理やり私の生き方に合わさせていたことはないでしょうか。
>時々、思い出しては、少しだけ後悔することもあります。
>どう考えても、私たちの生き方は、私寄りでした。
>節子は、楽しんでくれたでしょうか。
という愚問に対して、
「楽しんでいたに決まっているでしょう」
と元気づけてくれたのです。
西川さんは、昨日の武井さんと違って、この挽歌を読んでくださっていますが、きっとよろよろしている私が心配なのでしょうね。
すみません。

節子もきっと、この西川さんの言葉に共感するでしょう。
「私たちの生き方は、私寄りでした」などと勝手に言わないでよ、と節子は笑っているかもしれません。

「人は、自分が望むように生きる」
節子はたしかに、自分をしっかりと生きました。
そして、人生を楽しんでいました。
「節子は、楽しんでくれたでしょうか」などと言うのは愚問ですね。
後悔などして損をしました。

節子が、周囲の反対を押し切って、私を人生の伴侶に選んだのは、
「やっぱ、自分自身がそうしたかったとよね」なのでしょうね。
喜怒哀楽、すべては自分が引き寄せるものなのですよね。

とわかってはいるのですが、
節子はもっともっと人生を楽しめたはずなのに、それをかなえてやれなかったことの、罪の意識はどうしても消せません。
裏返せば、節子と一緒に人生をもっと楽しめたはずなのにという、自らの未練なのかもしれません。
私自身の自業自得なのでしょうね。

西川さん
せっかくのエールに、素直に反応できずにすみません。

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■298円のお弁当

コンビニでの格安お弁当が、連日テレビで報道されています。
私がそこから感ずるのは、「食」を大事にしない文化です。
つい最近まで盛んにいわれていた「食育」とか「食の安全」はどこに行ったのかと思います。

それは違う話と言う人もいるでしょう。
しかし、大切なのは「食」をどう考えるかです。
それぞれが作っていたら、こんなには安く、こんなお弁当はできないとテレビの中で女性が話していましたが、そういう発想にこそ落とし穴があります。
どうしてみんな「価格」でしか、ものを考えなくなってしまったのでしょうか。

食は、食べるだけの「えさ」ではありません。
食をつくることも含めて、そこには私たちの生き方と深くつながっています。
「食」をもっと大事にしたいと思います。

珈琲1杯よりも安いお弁当。
どう考えても、私には納得できません。
食は生命の基本であり、文化の基本です。
私たちはもっと基本的な「食」にお金を払う姿勢を持つべきではないかと思います。
お米の価格の安さにも問題を感じます。
食は、安ければいいわけではありません。
大切なのは、私たちが「食」をどう位置づけ、どれほどの「価値」を置くかです。

商品の価格体系には、私たちの文化が現われています。
私たちの生き方の反映と言っていいかもしれません。

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2009/04/15

■痴漢逆転判決が示唆するセキュリティ社会の落とし穴

昨日の朝日新聞で大きく取り上げられていた記事です。

車内で痴漢をしたとして強制わいせつ罪に問われた名倉正博・防衛医大教授(63)=休職中=の上告審判決で、最高裁は懲役1年10カ月の実刑とした一、二審判決を破棄し、無罪を言い渡した。
21世紀に入り、犯罪に対する日本社会の意識は大きく変わったといわれます。
被害者視点が一挙に高まり、ゼロリスク志向が高まったのです。
前に教育に関してゼロ・トレランスに関して書いたことがありますが、同じ流れです。
犯罪被害者支援の動きも広がってきました。
それに関しては、私も共感しています。
しかし、それに伴う落とし穴にも留意しておかねばなりません。
落とし穴とは、過剰なセキュリティ社会への動きです。

リスク社会議論は確率論の世界です。
リスクをミニマイズすることで、みんなが安全安心に暮らせる社会が目指されます。
しかし、私たち個人の視点に立てば、重要なのは確立ではなく、実際に起こるかどうかです。
つまりそこでは、ゼロリスク発想になるわけです。
そこで何が起こるのか。
少しでもリスクを感じさせるものには排除の圧力がかかります。
やや極端に言えば、「疑わしきは罰する」社会の到来です。
しかも厳罰が求められます。
犯罪者の更生よりも犯罪者の排除や隔離が重視されます。
そうした流れの中で、少年法は変えられましたし、心神喪失者に対する保安処分さえ制度化されました。
いや、心神喪失者に限りません。
すべての人を監視する監視カメラも広がっています。
監視社会化に関しても以前書きましたが、私自身の意識も当時とはかなり変わってきています。
セキュリティ社会はいまや大きなうねりになってきており、そこでの生活に慣れてしまうと、さらなるゼロリスクを求めたくなります。

社会的排除が問題になっている、その根底のところで、実は社会的排除の流れが強まっているのは、いかにも皮肉な話です。
しかももっと皮肉なのは、排除する方がいつ排除される方に追いやられるかわからないということです。
社会的排除の理論は、常にその可能性をもっているからです。

今回の痴漢逆転判決は、そうしたことを考える上で大きな示唆を与えてくれます。
セキュリティ社会におけるセキュリティとは何かを考えてみるべき時期のように思います。
過剰なセキュリティ状況にある子供たちの未来は、間違いなく安全ではありません。

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■マスコミの持つホメオスタシス機能

最近の新聞やテレビを見てつくづく思うのは、マスコミは完全に社会の体制に組み込まれ、現状維持に荷担するホメオスタシス機能を強めているということです。

ややこしい書き方をしてしまいましたが、要はマスコミも体制にほぼ完全に組みこめられたということです。
ネットの世界はまだジャーナリズムが主体性を発揮できているようにも見えますが、マスコミの情報体系に対立するものとして、それへの批判勢力になっているとしたら、その世界もまた違う意味で体制に組み込まれていることになります。
体制とは、常に反対の主張を飼いならしておくものですから。

哲学者の東浩紀さんが、たしか、マスコミは国民国家のはじまりと共にはじまった、というようなことを書いていましたが、もしそうであれば、本質的にマスコミは体制のための情報管理や情報操作を内在させていますから、国家のホメオスタシス機能の一翼をになうのは当然のことなのです。
しかし、ここまで単純に翼賛会的報道をされると情報への興味さえ失ってしまいます。

それ以上に問題なのは、近代国家の限界がかなり明らかになり、それを超える動きが具現化してきていますが、そうした中での各論的な「小さなホメオスタシス」は各論を超えた「大きなホメオスタシス」を阻害しかねないことです。
以前書いたように、大きな変化が起こっている状況の中では、静態的なホメオスタシスではなく、動態的なホメオカオスが求められています。
先の表現をつかえば、小さなホメオスタシスから大きなホメオスタシスへの転換です。
大きいという言葉には、時間的な要素も入ります。

この視点でいま起こっているさまざまなことを見ていくと、事の良し悪しの基準が変わってきます。
たとえば、小沢問題への評価も全く変わってくるでしょう。
あの事件が、小さなホメオスタシスを発動させ、旧権力を温存させることになったことは間違いないでしょう。皮肉な話です。
小泉暴政と同じです。

「小さなホメオスタシス」は現状維持のために作動します。
しかし、「大きなホメオスタシス」は未来創造のために作動します。
「小さなホメオスタシス」を「大きなホメオスタシス」に拡げていくために必要なのはビジョンです。
つまり、今こそ「ビジョン」が必要なのです。

そのビジョンのヒントは、現場にありそうです。
一見、極めて論理矛盾なのですが、現場を離れたポストモダン論議が決め付けた「大きな物語」の終焉は、現場の知恵とは違うのではないかと、最近思うようになりました。

現場にある「大きな物語」の芽を見つけ出すべき時かもしれません。

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■節子への挽歌591:薄れるものでも乗り越えるものでもなく、深くなり、日常になる思い

先日、お花見に誘っていただいた武井さん からメールが来ました。
武井さんはおそらくこの挽歌を読んでいないですから、こっそり引用します。

最愛の人を失って1年半のお気持ちはいかばかりかと拝察いたし、やっぱり佐藤さんはエライんだ、と改めて感激しました。
喪失感は、どんなに総明、賢明な人でも、太刀打ちできるものではなく、時間の中に心を委ねるしかありませんものね。
ただひとつ、失った場合に言えることは、愛する人がゆっくりと心奥に、新たに育まれ、最も好ましい姿で宿ってくれます。
そして、生ある限り、励まし、いたわり、和ませてくれ、「共に生きていける」、ということです。
「生きる」ということは、ある意味ではシンプルですが、ある意味では、とても深くて複雑、難解。
佐藤さんには、釈迦に説法ですが、しかし、改めて、言われてみると、案外、新鮮に思えるときがありますから、わたくしが教えてあげます(笑)。
はい
新鮮でした。
それに、他の人から言われると安堵します。

実はこのメールをいただいた前日に、挽歌の読者の田淵さんが同じ主旨のコメントをくれました。

多分こういう思いは薄れるものでもなく、乗り越えるものでもなく、
深くなり、それが日常になるのでしょうか。。。
最近は悲しみも自分の一部になりつつあり、とても主人を近くに感じます。
武井さんがいうように、まさに「時間の中に心を委ねる」ということでしょうね。
田渕さんのコメントを読みながら、武井さんもまた「愛する人を見送った」立場からのアドバイスなのだと、改めて気がつきました。
作家の想像力ではなく、体験の言葉なのです。

武井さんの人生は、それなりにお聞きはしていましたが、知っているのと感ずるのとでは全く違います。

田淵さんのコメントも、深いところで理解できたような気がします。
この頃、いろんな人からメールや電話をもらいます。
そうした言葉が、心に深くしみてきます。

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2009/04/14

■暴力と権力

タイでの反政府デモなどの騒ぎを見ていて思いだすのはアレントの言葉です。
「力は権力を破壊することはできるが、権力を創造することはまったくできない」

タイでの内争に関しては、何が問題なのかもよく理解しておらず、私にはその評価は全くできないのですが、同じ国民同士がここまで争わなければならないことへの悲しさと、その一方で、ここまで動けるほどの生きた社会があることへのうらやましさを感じます。
日本では、首相と政府が好き勝手にやっても、せいぜい国会周辺のデモ行進くらいなのです。
1960年代の日本には、まだいまのタイのようなエネルギーがありました。
半世紀たって、日本も成熟したのでしょうか、あるいは息の根を止められたのでしょうか。

アレントを持ち出すまでもなく、暴力と権力は全く違うものです。
アレントは、権力と暴力に関して、「一方が絶対的に支配するところでは、他方は不在である」と書いています。
おそらく、いまの北朝鮮には暴力はなく、フセイン政府下のイラクには暴力はなかったでしょう。
権力は、暴力を秩序化し、管理下におくとともに、暴力を権力維持のための効果的な手段に変えていきます。
そこでは暴力は見えないものになり、正当化され、発動せずとも暴力の目的を発揮できるようになるわけです。

逆に言えば、依然、死傷者が少なくならないイラクやアフガンは、権力がまだ確立できていないということです。
つまり、アメリカや日本による暴力行為やその支援行為は、権力を確立するものではなく、所詮は暴力のレベルでしかなかったといえるでしょう。
それは当然のことで、そこに生活の基盤を置かない「よそ者」や第三者が、納得させられる権力など樹立できるはずがないのです。
しかし、残念ながら、暴力の行く末には権力も平和もないのです。

タイの騒乱は、いろいろなことを考えさせてくれます。
しかし、もはや「暴力で権力を消し去る時代」は終わったような気がします。
そう思うのは、私が、年取ったせいでしょうか。

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■節子への挽歌590:ナニワイバラ(浪花茨)の北斗七星

節子
節子が好きだったナニワイバラが咲きだしました。
この花は、節子がジュンと近くを散歩中に、剪定していたお宅があって、その枝をもらってきて挿木したのだそうですが、今は大きくなっています。
成長が早く、いまはわが家の東側の壁面に広がっています。

先週末、熊本に出かける前に咲き出したのですが、昨日戻ってきたら、7つの花がちょうど北斗七星のように咲いていました。
ジュンが写真にとってくれました。
Naniwaibara


北斗七星に関しては、古今東西、さまざまな話があります。
しかし、そこに共通しているのは「死」と「絆」です。
目の悪い私は、とても大熊座やオリオン座の姿は見ることができませんが、
北斗七星は、とてもわかりやすいので、昔からいろいろと思いを馳せた星座です。
今でも、駅からの帰路、よく見かけることがあります。

その北斗七星が、わが家に出現したわけです。
節子のいたずらでしょうか。

そういえば、昨日、駅前の花壇の隅に咲いている白雪姫も見かけました。
節子の季節がやってきました。
いろんな花に乗って、節子が春を楽しんでいるのかもしれません。

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2009/04/13

■正しく生きることの大切さ

「いまの世の中に生まれて、国をよくしようと思うものは、何もそれほど苦悩する必要はない。大事なことは、人としての当然の感情に基づいて、自分の行動を正しくし、熱心に勉強し、広く知識を得て、それぞれの社会的役割にふさわしい知識や人間性をそなえることだ」
熊本に行く飛行機の中で、福沢諭吉の現代語訳「学問のすすめ」を読みました。 とても共感できるところが多かったのですが、130年ほど前に書かれた文章が、今もなお通用することにいささかの驚きを感じました。 たとえば、この文章です。 まさにいま、私がめざしている生き方です。

「信ずることには偽りが多く、疑うことには真理が多い」
この言葉にも驚くほどのリアリティを感じます。

「学問のすすめ」は、今の若者たちにも勧めたいとおもいます。
要するに「基本」が欠落しだしているのです。
明治時代には、国をつくろうという政府があったことがよくわかります。
それがあればこそ、福沢諭吉の存在があったのかもしれません。
いまはどうでしょうか。
国を壊そうという政府しか見えてこないのが残念です。
学問が失われてきていることも心配です。

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■節子への挽歌589:熊本城での節子の「浮気」

昨日の集まりの会場は、熊本城のすぐ近くでした。
残念ながら城内には入れなかったのですが、宮田さんにぐるっと周りを案内してもらいました。

その時に、思い出したことがあります。
昨日、書いたとおり、熊本には節子と一緒に来たのですが、宿泊した翌日の午前中、私は仕事がありました。
その間、節子は一人で熊本城に行ったのです。
午後に節子と落ち合ったのですが、そこで節子がうれしそうに話したことを思い出しました。
熊本城で男性に声をかけられて珈琲を一緒に飲んできた、というのです。
節子にしてはめずらしい話なのです。
節子は、どんな話をしてきたのでしょうか。
たぶんその時、話を聞いたのでしょうが、いま覚えているのは、男性にお茶を誘われたのよ、と笑いながら話す節子の笑顔だけです。
今にして思えば、もっと真剣に話を聞けばよかったような気もします。
なにしろ節子にとっては、たぶん最初にして最後の体験だったでしょうから。

節子には「浮気」という言葉は、全く無縁でした。
しかし、その理由は、私を愛していたからではありません。
「男の人と付き合うのはめんどくさい」
それが、節子が私だけを相手にしていた理由です。
私と付き合うのはかなり「めんどうだった」ことの結果かもしれません。
カウンタカルチャーかぶれの若い頃の私との生活は、それなりに苦労したはずです。
今のような、きわめて「常識的な人間」になったのは、たぶんに節子のおかげなのです。

それにしても、熊本城で、見知らぬ男性と珈琲を飲んでいる節子。
全く想像できない情景です。

ちなみに、そんなことで、私と節子とは一緒に熊本城に行ったことはないのです。
今回、その気になれば熊本城内にも行けたのですが、止めました。
来世に、節子と一緒に行くことにしたのです。

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2009/04/12

■節子への挽歌588:熊本でのコンサート

節子
久しぶりに熊本に来ています。
熊本の仲間が企画してくれた集まりに参加させてもらったのです。
福岡のハーモニカの西川さんも来てくれました。

熊本には何回か来ていますが、最後にきたのは節子と一緒でした。
私は仕事で、たしか保育園関係の集りで講演させてもらったのですが、その時、節子も同行し、翌日、阿蘇山に行ったのです。
地獄温泉に宿泊しました。
道路沿いの川辺の露天風呂に入浴したのも思い出の一つです。

宿泊した朝、旅館の庭を掃除していた60歳くらいの男性と少し話をしました。
その人は生まれてずっとここで生活していて、熊本市にも下りたことがないと言うのです。旅館の庭掃除をするのが日課であり、ほぼすべての人生なのだそうです。
感動しました。
節子に、2人でこういう生き方をするのは最高だねと話したら、節子はあなたには無理でしょう、といわれました。
おそらく、節子にも無理だったでしょう。
人には、それぞれ自分に合った生き方があるものです。
しかし、だからこそ自分にはできない生き方に憧れるのかもしれません。

ところで、私たちはそれぞれ自分たちに合った生き方をしてきたでしょうか。
節子を、無理やり私の生き方に合わさせていたことはないでしょうか。
時々、思い出しては、少しだけ後悔することもあります。
どう考えても、私たちの生き方は、私寄りでした。
節子は、楽しんでくれたでしょうか。

今回の集まりは、コムケアフォーラム in 熊本ですが、第1部は持ち寄りコンサートでした。
元ツイストのメンバーだった作本さんが、みずからの人生を振り返って創ったという「フォー ユー」を熱唱してくれました。
なぜか涙が出ました。
なぜでしょうか。
音楽は不思議です。

西川さんのハーモニカは、いつものことながら心に沁みますが、今日は涙の世界に陥りそうだった私を、いつもとは逆に救いだしてくれました。
本当に音楽とは不思議なものです。

8歳から90歳まで、今日はいろんな人に会いました。
みんなとても幸せそうで、とてもいい集まりでしたが、それが私にはなぜか悲しさを呼び込んでしまいました。
思っても意味のないことですが、ここに節子がいたらと思わずにはいられませんでした。
いつまでたっても、節子から離れられない自分がいます。

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■企業献金議論の限界

企業献金に関しては、こういう議論があります。
いつも冷静に問題解析している日経の加瀬記者が盛んに話す論理です。

もし企業献金が何らかの見返りを求めるのであれば、買収につながる。
もし見返りを求めないのであれば、株主に対する背任行為になる。
だからいずれにしろ、企業献金は全廃すべきである。

おそらく多くの人は「なるほど」と思うでしょう。
しかし私は、1970年代に世界を席巻したフリードマンの亡霊を感じます。
私の考えでは、想像力の欠如です。
想像力の欠如は、社会を偏った方向に向かわせかねません。

フリードマンは、企業の社会貢献活動を否定しました。
裁判では時代の流れの中で、企業の社会活動は認められる方向で動きましたが、時代はそうしたフリードマンの経済思想で動いてきました。
そうして金融不況が発生したのです。

1960年代のアメリカで、「コーポレート・シチズンシップ」の議論が広がりました。
企業も社会の構成員として、しかるべき社会活動をすべきだという議論です。
日本でもその発想は紹介されましたが、大学教授の世界でしか話題にはなりませんでした。
私の記憶では、経営者の社会的責任を議論していた当時の経済同友会さえもあまり関心を持ちませんでした。

1990年代になって、コーポレート・シチズンシップは日本の企業にも広がりだしました。
そのきっかけをつくった一人は、当時、笹川平和財団にいた田中弥生さん(最近の「NPO新時代」の著者)です。
彼女が中心になって、「コーポレート・シチズンシップ」を出版するのに協力し、ささやかにその考えの広がりを応援しました。

そのときに、こうした活動の基本にあったのが、”Enlighten Self-Interests”(啓発された自己利益)という考え方です。
社会は企業の存在基盤です。
社会が健全で元気であってこそ、社会も元気になります。
決してその逆はありません。
1990年代、IBMは、企業の社会活動(コーポレート・シチズンシップ活動)は企業にとっての存続に関わる課題(サバイバル・マタ-)だと言っていました。
ところが、フリードマンのような「有識者」や「経営学者」が、その足を引っ張り、企業に短視眼的な儲け主義を植え付けたのです。

さて、企業の政治献金です。
目先の工事受注のための献金が問題なのはいうまでもありません。
しかし、長期的な視点で政治に献金していくことは、むしろ大切なことだと思います。
そうしたことを考えずに、何でもかんでも企業の政治献金はやめるべきだという人に、ぜひ考えてほしいものです。

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2009/04/11

■節子への挽歌587:伴侶が残してくれた目に見えないもの

もう一度だけ、挽歌にメールをくださった方の話を書かせてもらいます。挽歌583「桜のお誘い」に「ききょう」さんからコメントをもらいました。
全文はコメントを読んでください。
ききょうさんも、やはり、お花見はまだだめのようです。
「私も桜の花は楽しむどころか、ちょっと視界からはずしています」と書いています。

そして、ききょうさんはこうも書いています。

最近やっと気がついたのですよ、
夫が残してくれた目に見えないものがたくさんあるということを。
そうなのです。
先に逝く人は、ほんとうにたくさんのものを残していってくれるのです。
そして、それが残されたものにとっての大きな支えになるのです。
いささか大げさに聞こえるでしょうが、いまある私は、すべて節子が残したもので成り立っているのかもしれません。
それほど愛する人と一緒に生きた意味は大きなものなのです。
時間がたつほどに、その残してくれたものが見えてきます。
それが、いまの私を形づくってくれているのです。
そのことに気づくと、いまも節子と一緒だという、安堵感さえでてくるのです。

しかし、そのことと全く矛盾するのですが、
残していったものに気づけば気づくほど、寂しさが募るのです。
一緒にいるはずの節子の声が聞こえず、温もりが感じられない寂しさが、不安感を引き起こすことさえあるのです。
全く矛盾した話なのですが。

人は、他者との交流の中で、自らの人格を形成していきます。
ですから、どのような人と付き合ってきたかが、その人のアイデンティティに大きな影響を与え、人生を決めていくわけです。
一番交流の深かった伴侶のアイデンティティは、かなりシェアされているのかもしれません。
自分のなかに残っている節子に気づいて安堵し、いるはずの節子の不在に不安になる。
私もまだそんな毎日を過ごしています。
ですから、ききょうさんの書いていることが、とてもよくわかります。

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■「自らの考えを善と主張する悪」

友人からのメールに面白い話がありました。
息子さんが就職し、バイク通勤することになったのだそうです。
それまでつかっていたバイクを使用するというので、
せめてもの親心という思いで、汚れていたバイクを雑巾で綺麗に拭いてあげたのだそうです。
そうしたら、息子さんから「余計なことしないでよ」と怒られたというのです。

そのつづきは、その人から来たメールを引用させてもらいます。

彼らしからぬ物言いに、ちょっと驚いたのですが、
きれいな車やバイクだとイタズラされるとのこと。
わざと汚れるままにしていたのです。
子ども達をとりまく現場の厳しさは承知していたはずなのに、
あらためて現実を突きつけられた思いでした。
いろいろ考えさせられる話です。
おそらく私たちは、自分では気づかないままに、こうした「余計なこと」をいろいろとしてきているのでしょうね。

ヘーゲルは、近代の啓蒙社会には、それまではなかった新しい「悪」が現われたといいます。
「自らの考えを善と主張する悪」です。
神から解放された主体性をもった人間は、自らの考えを持つことができるようになりました。
ということは、世の中に多様な考えが発生したということです。
いわゆる価値の多様化ですが、そのことは自分の考えと違う考えを尊重するということが重要になってきたということです。
まあ、ヘーゲルを持ち出すほどの話ではないではないかと言われそうですが、私はこの話を聞いて、すぐにヘーゲルと多文化共生に取り組んでいる友人の顔を思い出しました。

自分の考えで人と関わるのではなく、人とのかかわりの中から自分の考えを育てていくことがますます大切になってきているような気がします。
私自身の直すべき点を教えてもらったような気がします。

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2009/04/10

■節子への挽歌586:伴侶とは、自らの心を開いてくれる存在

昨日紹介したメールは、挽歌581「惨めなほど、ひがむこともあります」を読んでのメールだったのですが、同じ記事に、カモミールさんがコメントしてくださいました。
カモミールさんは、とても素直に、自分の気持ちを書いてくださっています。
カモミールさんのコメントをぜひ読んでみてください。
私は何回も何回も読ませてもらいました。

カモミールさんはこう書いています。

ひがむからか、ますますひねくれてくるのが自分でもわかります。
人の幸せを願う気持ちも勿論嘘でなく持っているのですが、身近な周囲に対しては素直に思えず、母もますます頑なにひがみっぽくなり・・・の悪循環です。
とてもリアルに感じます。
私も、そうではないとは言い切れません。
感謝と反感は並存するものです。

カモミールさんが書いているように、「悪循環」に陥ってしまうとそこから抜け出すのは難しいのです。
風景が変わってきてしまうからです。
そうした悪循環から抜け出すにはどうしたらいいでしょうか。
私にはまだその妙薬は見つかっていません。
ただ、そうした「思い」を溜め込まないほうがいいということです。
私は、この挽歌でそれを放出しています。

放出しなければいけないのですが、実際にはなかなか放出するところがないのも事実です。
なかなか話す気にはなれません。
それに、話す相手がいなくなったからこそ、実は悪循環に入り込んでしまったのですから。

伴侶とは、自らの心を開いてくれる存在なのです。
その存在がなくなってしまうと、次第に心は閉じがちです。
私はそうならないように、この挽歌を書き続けているのかもしれません。
でもたまには、口を使って、声に出したい気もします。

声に出したい人が、もしいたら、湯島に遊びに来てください。
心を閉じてはいけません

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■犠牲者が最大の支援者になる理由

昨日、書いていて気づいたことがあります。
同じ1万円であっても、置かれた状況によって意味合いが全く違います。
それと同じように、同じ言葉でも置かれた状況によってインパクトは全く違います。
それがもしかしたら「犠牲者が最大の支援者になる理由」なのかもしれないということです。

当時、最も民主的だといわれていたワイマール憲法下のドイツで、ナチス政権が圧倒的な国民の支持を受けて成立しました。
そんな昔の話を持ち出すまでもなく、郵政民営化にしても、雇用法の改正にしても、それを圧倒的に支えていたのは、おそらくその被害を一番受けてしまった層の人たちです。
なぜそうなるのか、私はいつも不思議に思っていました。
人が良すぎてだまされたのか、あるいは知識不足が招いた不幸なのか、などと考えたこともありますが、それは私の独善的な考えに過ぎません。
彼らは、それが一番自分にとってよいと考えたと考えるべきでしょう。
なぜなら、そういう歴史がずっと続いているからです。

同じ1万円でも、麻生さんや御手洗さんにとっては、意に介するほどの金額ではないでしょう。
しかし、つつましく生きている人にとっては、1万円札は輝くように価値のあるお金に感じられるでしょう。
施策の効果は、その人の置かれている状況によって決まってきます。
つまり、経済政策の効果は、貧しい人にほど喜ばれるということです。
貧乏人にとっての1枚のパンと、金持ちにとっての高級自動車とでは、その喜びは貧乏人のほうが大きい。
極端に言えば、こういうことです。
景気浮揚のための歳出の10%程度を国民にばら撒いておけば、90%は自分たちの私腹に取り込める、というのは少し言いすぎかもしれませんが、それが真実ではなあいかと、最近思えて仕方がないのです。

言葉もそうです。
つらい立場に置かれている人は、本当に些細なやさしい言葉で涙が出るほど感激するものです。
この2年の私がそうです。
しかし強い立場にいる人には、他人の親切や思いやりなど、見えも聴きもできません。
ですからトップの言葉は、貧しい立場や弱い立場にある人にほど受け入れられることになります。
そして重要なことは、その言葉は内容がないほどいいのです。
内容のある言葉は、そうした人には受け入れられないからです。
つまり立場に応じて、勝手に解釈できる言葉のほうが、人を動かすわけです。

こうして格差社会は広がっていくわけです。
やっと納得できました。

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2009/04/09

■浪費国家

さらに15兆円の補正予算がでてきました。
まさに日本もアメリカ型の浪費国家になってきました。
その先鞭をつけたのは小泉政権ですが、そこから加速度的に浪費奨励が行なわれ、財政改革や公務員改革などというスローガンとは裏柄に、浪費は加速化しています。
しかも、その浪費行動を国民にまで広げようということが、あからさまに行なわれだしています。

その報道をしていた朝日新聞の別のところに、総理の海外出張の費用が出ていましたが、億単位というのにも驚きました。
まあ、私の金銭感覚が最近はずれているのかもしれません。

資本主義は、自転車のように動いていないと倒れる仕組みです。
しかもその動きは、拡大でなければいけません。
拡大していかない限り、「資本」は自己増殖しないからです。
そうした仕組みを支えているのが消費者ですが、生活者を消費者に変えることが資本主義の成功の出発点でした。
ですから一概に「消費」が悪いとは言えませんし、消費と浪費はどこが違うかと問われれば、明確に答える自信もありません。
しかし、なんだかちょっと違うような気がしています。

景気浮揚と称して、政府からさまざまな助成金や「消費要請」が各地に出回っています。
私の周辺でも、そうしたお金を活用して、ビジネスをしている人も少なからずいます。
やっている本人が、こんなにお金をもらっていいのかというほどなのですから、たぶん楽な仕事であり、あんまり意味のない仕事なのかもしれません。
私もそのおこぼれに預かりたいと思う気持ちもないわけではありません。
またそうしたお金で利益を上げている人たちを非難するつもりもありません。
そういう活動を通して、社会企業的的な活動に向かっている人もいるでしょうから。
しかし、そのばら撒き方のひどさにはいささか疑問を感じます。
お金をばらまくことに関心があり、その使われ方にはあまり関心がないように感ずるからです。
そうした姿勢は、まさに定額給付金に象徴されています。

最近は変わってきましたが、少し前までは、
行政職員に事業とは何かと訊けば、「お金を使うこと」と答えたでしょう。
企業に人に訊けば、「お金を稼ぐこと」と答えました。
事業のためにお金があるのではなく、お金のために事業があったのです。
その発想からいえば、「消費」は事業であり、浪費は「良い事業」でした。
行政が無駄遣いしてきたのには、それなりの意味があったのです。
企業の事業もまた、自然や人間の「消費」でした。そして、消費がお金を生み出したわけです。
こうしたことは、資本主義に内在する本質的なものです。

しかし、そうした資本主義の本質が、いまさまざまな問題を起こしています。
それは資本主義が悪いということではなく、資本主義がもたらす問題です。
問題があるからそれ自体が悪いなどということにはなりません。
すべてのものには、問題があります。
完全無欠なものは、神だけだなど言う人もいますが、神様もたくさんの問題を抱えています。
悪と善は常にコインの裏表です。

資本主義を否定するのではなく、つまり消費を否定するのではなく、その「あり方」を考え直すことが大切です。
私自身の生き方においては、それなりに納得できる消費生活を行なっています。
しかし、私が納めた税金が、政府によって、私にとっては浪費としか思えない使われ方をし、それが回りまわって私を生きづらくはしてほしくないと思っています。
未来の世代からの巨額な借金で、今の贅沢を維持したくはないものです。

政府が浪費するとどうなるかは、かなりはっきりしています。
誠実に汗をかいている人と浪費で欲をかいている人の、経済格差が広がることです。
一見、景気は良くなったような数字は出てきますが、誠実に暮らしている人にはわずかばかりのおこぼれがくるのが関の山でしょう。

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■節子への挽歌585:桜祭りに行けない人

桜の花が伝えるメッセージはいろいろです。
ちょうど「お花見のお誘い」を受けた日に、挽歌の読者からもらったメールです。

今日は暖かかったですね。私の地元では昨日今日と桜祭りでした。
もちろん私は行きませんでしたが。
とてもよくわかります。
この方には、私はまだお会いしたことがないのですが、いつもいただくメールに書かれた思いが自分の思いのように感じられることが少なくありません。
今回のメールで初めて年齢を知りましたが、私よりも一回り若い方です。
愛する人を失って3年が経っているそうです。
その、いわば私の先輩がこう語っています。
自分の残された人生、たぶんずっとこのような感覚は消えないのでしょうね。
このような感覚とどう付き合っていくか、訓練する必要がありそうです。
「このような感覚」
体験した人でないとなかなかわからない「感覚」だと思いますが、それはなかなか消えないようです。
昨日お会いした武井さんは10年以上かかっています。
この方は、環境を変えようと会社まで辞めてしまいましたが、結局は同じでした。
「どうすごしても何もかわらない」
その言葉がよくわかります。

しかし、ここにきて新しい仕事に向かうことになったそうです。
新しい世界は「介護福祉」の世界です。
きっととても人間的な介護福祉士になることでしょう。
介護福祉士は、介護するだけでなく、自らもまた介護されるようなヴァルネラビリティ(弱さ)を持っていることが大切だろうと、私は思っています。

実は、この方が愛した人も「節子」という名前だったそうです。
不思議な縁です。
きっとそのうち、お会いできるでしょう。
同じ思いにある人が前に向かって進みだすことは、私にも元気をくれます。
私もみんなに元気を分かち合えるように、もっともっと前に進もうと思います。

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2009/04/08

■節子への挽歌584:花を見ない花見

上野の桜を見に行きました。
ピクニック気分で来て下さいといわれたので、本心を気取られないようにしようと思ったのですが、残念ながら私は、心がそのまま顔や身体に出てしまうタイプなのです。
伝わってしまったかもしれません。

花見に誘ってくれたのは、武井さんです。
以前、挽歌で書いた「魂の雫」の手紙をくれた人です。
武井さんは節子には会ったことがないと思いますが、節子の病気を知って、四国のおいしいミニトマトを送ってきてくれました。
節子は、そのトマトを食べたときに、こんな美味しいミニトマトは初めて食べたといいました。
節子はお世辞を言わない人でしたから、本当に美味しかったのです。
そのことが今でもはっきりと覚えています。
そのトマトの礼状を受け取ったのをTYさんは覚えていました。

武井さんはルポライターです。
私のホームページでも2冊ほど紹介させてもらっていますが、テーマは家族や親子です。
いまも3年越しの作品を書いているところだそうで、来月からはいよいよその執筆にかかるのだそうです。
その作品に行き着くまでのお話をいろいろとお聞きしました。
そもそもの始まりは、中学1年生の時の、学校での事件だったようです。
人にはみんなドラマがあります。

武井さんとの接点は、何だか忘れてしまいましたが、彼女の取り組むファムケーションという活動に共感したのが契機だったと思います。
ファミリー・コミュニケーションの武井さんの造語です。
いま取り掛かっている本が完成したら、またその活動を再開するそうです。
家族と親子。
私がこれから取り組もうとしているプロジェクトのひとつとつながりそうです。

帰り際に武井さんが言いました。
3年とか5年とかみんなはいうけれど、10年はだめよ。
愛する人を失って立ち直るまでのことです。
武井さんは私が落ち込んで落ち込んで、死にそうになっているように思っていたようです。
涙を流さなかったのが不満そうでしたが、まあそれなりに元気なので安心したようです。
彼女は私よりも若いのですが、土佐の女なので親分肌なのです。

桜の花はあまり見ませんでしたが、満開の桜からの花吹雪がすごかったです。
花を見ない上野の花見も、無事終わりました。
上野は花見客でごったがえしていましたが。

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■4つのNPOタイプ

昨日、介護と子育ての分野で活動している人たちをお引き合わせしました。
いろいろな議論がでてきたのですが、一方は子供から、一方は介護から、活動に取り組んでいるのですが、その目指すところはほぼ同じであることをお話を聴いていて改めて感じました。
おそらくそれが「市民活動」の意味なのでしょう。
個別問題に取り組んでいると、必ずその問題を起こしている社会に目が行きますから、問題は近づいていくわけです。
実は、それこそが私が「大きな福祉」で考えていたことです。
しかし、現実のNPOの中には、個別問題に埋没してしまい、社会が見えなくなってしまっているものもあるように思います。

昨日の2つのグループは、ひとつは30年以上前から、もうひとつはできてからまだ10年弱のところです。
その違いも議論を聞いていて面白かったです。
私は第1世代、第3世代と呼んでいますが、目線や社会観が全くといっていいほど違うのです。
どちらがいいとか悪いとか言うつもりはありませんが、その違いはなかなかかみ合わないでしょう。
私は第1世代は「慈善活動」、第3世代は「コモンズ活動」と考えています。
ちなみに、第2世代は「翼賛活動」といっていいかもしれません。
行政が下請けとして作り育ててきたNPOです。
1970年代に広がったコミュニティ政策の中からたくさんのそうした活動が生まれました。
私が一番苦手とする活動です。

市民活動や住民活動は、いま大きな岐路にあるように思います。
金銭至上主義のながれのなかで、自立していくのはとても難しいのです。

昨日の集りには、もう一人、若い社会起業家も参加しました。
その人の考えも、上記のそれぞれと違います。
社会起業家の活動(まだ日本にはあまりないように思います。マスコミが紹介しているもののほとんどは従来型の企業ベンチャーがほとんどです)は、私は第4世代と位置づけていますが、そうした視点からこれまでのNPOの活動を見ると、たぶんその限界と可能性が整理できます。

そうした4つの活動の違いは、たぶん、社会をどう捉えるかに関わってきます。
4時間以上の長い議論でしたが、いろいろなことに気づかされました。

もしかしたら、ここから新しい子育ての動きが起こるかもしれません。
話だけで終わるかもしれません。
少子化が問題になっているのに、誰も真剣に取り組む人はいませんが、誰か取り組む人はいないでしょうか。
昔考えた、ソーシャル・フォスターリズムを思い出しました。

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2009/04/07

■機械的につながってしまった社会の脆さ

オフィスに出かけようと我孫子駅に着いたら、またダイヤが乱れていました。
実は先週のダイヤの乱れた日に、あわてて電車に乗って、回送の電車に乗ってしまった経験があるので、今度はゆっくりと状況を判断しました。
原因は、代々木公園駅の信号トラブルでした。
人身事故でなくてホッとしました。
そのため、千代田線は我孫子と松戸の区間往復運転でした。
細かく言うと、途中の松戸・綾瀬間と表参道・代々木上原間の2区間が不通になっていたのです。
千代田線に並行して走っている常磐線は正常でした。

まあそれだけの話なのですが、こうしたことからもいろいろなことがわかります。
千代田線に乗ったこともない人には、場所の感覚がわからないでしょうが、代々木公園駅は千代田線の我孫子と反対側の終点の手前の駅です。
そこの信号トラブルにもかかわらず、なぜ遠く離れた松戸・綾瀬間(これは相互乗り入れのJR区間です)が不通になるのか、不思議です。
まあ、そんなことに頭を働かせていると、この厳しい社会は生きていけないような気もしますが、逆にそうしたことに気づかないために、みんな生きにくくなってしまっているのかもしれません。

遠く離れた東京メトロ管区の信号トラブルが、それとつながっているJR管区の電車の不通を引き起こしているということは、象徴的です。
社会はいまや実に複雑に絡み合っています。
関係は見えなくとも、すべてが連動しているのです。
世界にはもはや、自分の日常の暮らしと無縁なことはないのです。
いつ見えないつながりを通して、自分の暮らしに津波が押しよせてくるかもしれません。
北朝鮮のミサイル事件は、見えているだけ安全なのかもしれません。

さらにいえば、さまざまな仕組みのつながりは、それこそ自己創成的に、リゾーミックに成長しているのです。
したがって、もはや管理不能になりつつあります。
もちろん、その管理不能な仕組みを意図的に操作することは可能ですが、そのリスクは大きいです。
昨今の金融の混乱は、その現われだろうと思います。

ところで、今回は千代田線と並行して走っている常磐線が正常運転をしていたのですが、実はこれは珍しいことなのです。
いつもはどちらかがトラブルに会うと、他方もそれに付き合う構造なのです。
そうしたダブル不通に出会っていつも感ずるのは、JRの「安全」観への疑問です。
これは書き出すと長くなるので、また機会を改めます。

第一、千代田線の事故なんて、皆さんの関心事ではないでしょうし。

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■節子への挽歌583:桜のお誘い

節子
手賀沼沿いの道の桜が満開です。
わが家の庭の花も華やいできました。

節子がいなくても、花は毎年開花します。
私がいなくなっても、同じことでしょう。
本当に不思議です。
人とはいったい何なのでしょうか。
ソクラテスに成り損ねた私にとって、これは大きなテーマです。

風に散る桜の花と私たちは大きな自然にとっては同じ存在なのでしょうか。
散る花を、桜の樹は、あるいは隣に咲いている桜の花は、悲しんでいるのでしょうか。
自らの一部と考えているのであれば、そしてそれが時の「めぐり」だと考えていれば、悲しむこともなく受け容れられるのでしょうね。
発想の次元を変えれば、悲しみもまた喜びになるのかもしれません。

しばらくお会いしていない人からメールが来ました。

春がやってきました。その後、ご気分はいかがですか。
よろしければ、2~3日中に、桜見物に出かけませんか。

節子がいなくなってから、桜をゆっくり見たことがありません。
さてどうしたものか。
花見を楽しめないままに、お誘いを受けていいものかどうか。
断るのも受けるのも失礼なのですが、お気持ちに感謝して、出かけることにしました。
桜の花が見られるといいのですが。

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2009/04/06

■北朝鮮の存在価値

北朝鮮のミサイル発射事件の直後、テレビの番組で、「日本の防衛費を増額すべきかどうか」という視聴者電話調査をしていました。
60%以上の人が、防衛費増額賛成でした。
この番組のディレクターのような人たちが、数十年前に日本を戦争に導いていったのでしょうね。
さすがに出演していたコメンテーターも、やや引き気味でしたが、キャスターたちは何とかして防衛費増額につなげたいと一生懸命話していました。
こういうことが多いので、最近はテレビを見るのがいささか憂鬱です。

最近、「社会をつくる自由」という、竹井隆人さんの本を読みました。
そこに、こんな文章が出てきます。

人民の直接的支持を得ているはずの数々の政権が、人民を虐げ、ろくでもない末路をたどったものは少なくない。
つまり、住民投票のような参加をいかに推し進めても、その場の「雰囲気」に押し流されてしまう可能性が高いのであって、人々が十分に議論を尽くす「熟議」が必要なのだ。
ナチスもまさに民主的な制度の中から生まれたことを忘れてはなりません。
世論調査なる代物が、最も危険なものなのです。
その気になれば、どんな世論もつくれることは、ナチスの歴史が示しています。
それに抗するには、自らのしっかりした見識を持つことです。
そしてそのためには、自らの世界を常に開いたものにしておくことです。

北朝鮮の現政府が存続しているのは、世界にとって「存在意義」があるからです。
そのことを、今回の事件は顕在化させてくれたように思います。

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■節子への挽歌582:幻の花ブログ

幻のブログ「私の花日記」というのがありました。
節子が書き込むはずだったブログです。
枠組みができて、たしか2回ほど試験的に書きましたが、その直後に節子の再発が判明してしまいました。
そのためブログは実現しませんでした。
その材料のために、わが家の花の写真はかなり撮っていましたが、使われることはありませんでした。

わが家の庭にたくさんの「白雪姫」が咲いているのを娘から教えてもらいました。
節子の好きな花のひとつでした。
Sirayuki_2

クレマチスの一種のようです。
我孫子駅南口前の花壇の片隅に、花かご会のみなさんに頼んで植えていただいた花です。
その花も咲いているかもしれません。

わが家の庭には、節子の思い出を背負った花がいろいろとあります。
花好きな節子は、そのひとつひとつに思い出がありました。
これは○○さんからわけてもらったもの、
これはどこそこで記念に買ってきたもの、
これは散歩中に見つけて、枝をもらってきて挿し木したもの、
これはあの時、実生の芽を見つけてもらってきてしまったもの、
などなど、です。
節子の心の中には、すべての花の思い出がつまっていました。
残念ながら節子がいなくなったいまは、その「いわく」がわからなくなってしまったものもあります。
しかし、私にはすべてが節子につながるものです。

花を見ていると、そこに節子がいるような気がします、と書きたいのですが、
いくら花を見ていても節子の姿が見えてきません。
欲張りすぎているのかもしれません。

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2009/04/05

■節子への挽歌581:惨めなほど、ひがむこともあります

一昨日から、箱根と湯河原に行っていました。
仕事の関係なのですが、季節柄、大勢の観光客でにぎわっていました。
中高年の夫婦も多く、それがとても心に残りました。
やはりどこかに羨望の念があります。
仕事とはいえ、一人であることになぜか「負い目」を感ずるほどでした。

子供の頃、片親だけの友人がいました。
当時は何も感じませんでしたが、なぜかこの頃、その友人のことを思い出します。
父を見送った後の母のことも思い出します。
私には当時、その意味がまったくわからなかったことがとても気になっています。

前にも一度書いたのですが、どこかで敗北感を持っている自分がいます。
人生の敗者のような感覚が時々首をもたげます。
こんなことを書くとまた友人は心配するでしょうが、たぶんこれは感受性の高まりであり、私にとっては歓迎すべきことなのです。
なぜなら、そうなってから見えてきたこと、気づいてきたことがたくさんあるからです。
もっとも、人生は気づくことが少ないほど「幸せ」なのかもしれません。
生きやすいのかも知れません。
しかし、幸せでなくとも、生きにくくとも、新しい体験と世界の深さを知ることは、人生を豊かにしてくれます。

テレビで、高齢者の健康をテーマにした番組があります。
その種の番組に拒否感が出てしまいます。
元気な老後を過ごすために健康に気をつけましょうなどという話が一番だめなのです。
自分が責められているようにさえ思ってしまいます。
惨めなほど、ひがみっぽくなっているのです。
節子は、私よりは格段に健康に注意していました。
にもかからず病気になってしまいました。
だとしたら、隣にいた私の責任なのでしょうか。
そう思うと節子への申し訳なさや自分の不甲斐なさが襲ってくれるのです。

「善意」や「幸せ」がこうして、感受性の高い人や特定の立場にある人をさいなむのです。
私自身、そうしたことをこれまでどれだけたくさんやってきたことでしょうか。
そう思うと自らの罪深さにおののきます。
時々そうした感情に襲われてしまうのです。

他者の幸せを見ることが自分の幸せに通ずる、と宮沢賢治はいいましたし、私もそう信じています。にもかかわらず、それに矛盾するような気持ちが時々起きてくるのはなぜでしょうか。
自分の卑しさを、時に呪いたくなります。

春なのに、ちょっと暗い話をしてしまいました。
節子
きみのいない桜の季節は、ただたださびしいだけです。

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■世界を見る枠組み

昨日の話です。
JRの小田原駅のホームで、中年の男性が怒って、隣のたぶん知り合いでない男性に話していました。
「次の電車の発車まで15分もあるので、ゆっくり歩いてきたら、階段を下りたら前の電車のドアが閉まった。まだ前の電車がホームにいるのに、改札口の表示ではもう発車済みになっていた。まだホームにいたことを知っていたら、急いでホームに着て乗れたのに、15分もホームで待たないといけない。むかしはこんなことはなく、ホームの駅員が階段の上を見て下りてくる人がいないか確認したものだ。」

怒りが止まらなかったのか、次の電車が来るまでの15分近く、ずっと怒りをぶちまけていました。
私も似たような体験がありますが、最近は駆け込み乗車を避けるために少し早目に表示を替えるようです。

まあどうでもいいような話なのですが、その人の話を聞きながら(大きな声で話していたので耳に入ってきたのです)、私も最初内心で賛成してしまいました。
私も全く同じ行動をしていたからです。
表示がもし替わっていなければ私も十分間に合いました。
正直、ちょっとムッとしました。
もし彼が私に話してきたら、同調してしまったかもしれません。
しかし、やはりこれはJRの対応が正しいように思います。
むしろ、急いで乗ろうとして怪我をする危険から守ってくれたことを感謝すべきです。

この話はいろいろと考えさせられました。
まず、私たちはどうしてこうもせわしなくなってしまったのかということです。
次に、私たちはどうしてこうもわがままになってしまったのかということです。
まあ、これは私自身の生き方への反省ですが、もうひとつ気づいたのは、
みんなのために親切な仕組みをつくればつくるほど、みんなの不満は高まるということです。
つまり、満足と不満とは反比例の関係にあるのではなく、比例関係にあるということです。
これはとても示唆に富むことです。
満足も不満も同じことだということを示唆しているのですから。

私たちは往々にして、いわゆる対立概念は反対のものだと考えがちです。
しかし、もしかしたら、私たちが考える「対立構造」は根本から間違っているのかもしれません。
つまり私たちが世界を見る枠組みが大きく変わってきていることに気づいていないのかもしれません。
枠組みを変えると、きっと私たちの生き方も変わっていくでしょう。

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2009/04/04

■節子への挽歌580:ソクラテスの妻

節子
箱根の帰りにまた湯河原によりました。
節子がいなくなっても、湯河原の街は何も変わりがありません。
将来の住人を湯河原は一組失ってしまいましたが、そんなことなど街にとっては小さな事件なのでしょう。

窓から節子が好きだった山並みを見ながら、ソクラテスを思い出しました。
いささか唐突なのですが、こういう話です。
もし節子と会うことがなかったら私はどうなっていただろうか。
おそらくかなり違った人生になっていたでしょう。

節子がいなくなってから私は昔のような読書家になりました。
昔は毎月数十冊の本を読んでいました。
読むといっても流す程度のものもありますから、実際に読むのはせいぜい10冊くらいでしたが。
本だけではなく雑誌もかなり講読していました。
しかし、次第に雑誌は読まなくなり、本も読まなくなりました。
本ばかり読んでいる私を節子は好きではありませんでした。
だからというわけではないのですが、本を読むよりも節子と話したり、節子と行動することのほうが、刺激の多いことを学んだのです。

節子が見抜いたように、私は「文系」でした。
議論と思索が好きでした。
節子と旅行に行って、節子が風景に感激しているのに、隣で「この風景を見て、どういう意味があるのかなあ」と節子に言って、よく怒られました。
実は感激すると、ついついそういう思いが私には出てくるのです。
よくいえば、感動するのはなぜだろうかなどと論理思考が作動してしまうのです。
節子はせっかくの雰囲気が壊されると、時々は本気で怒りました。
私は迷惑で無粋な「哲学者」だったのです、
もし、節子がソクラテスの妻のように、私に厳しい「悪妻」だったら、きっと私はソクラテスのような哲学者になっていたかもしれません。

逆に節子が「賢妻」だったらどうだったでしょうか。
山内一豊のように、今ごろは社会的に成功して有名な資産家になっていたかもしれません。
しかし、いつか書いたように、節子はへそくりもできない人でしたから、資産家にならずにすみました。

悪妻でも賢妻でもなく、節子は何だったのでしょうか。
少なくとも「良妻」でもありませんでした。
良妻だったら、私を置いては逝かないでしょう。
中途半端に置いていかれてしまった私として、いまさら山内一豊にもソクラテスにもなれずに、困っています。
さて、余生をどうしましょうか。

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■経済とは自然を消費すること

経済とは何か。
昨日の続きです。
書き出すと止まらないのも私の悪癖ですが。

経済時評では時々それらしきことも書いていますが、経済のシステムは実に思考の対象としては魅力的です。
一般に近代経済システムは、資本の自己増殖によって拡大していくオートポイエティック(自己創成的)なシステムといっていいでしょう。
しかし、私の経済学の定義はそうではなくて、もっとシンプルです。
自然を商品化すること、つまり自然を消費すること、それが近代社会の経済だろうと思っています。
20年程前に書いた「脱構築する企業経営」の連載記事では、「消費機関としての企業」という節を設けましたが、この単純な「経済観」に従っています。
こういう見方をすると、環境問題もよく見えてきます。

経済学では有名な労働価値説があります。
このブログでも時にその発想に従って書いていますが、労働が剰余価値を生み出すということを正確に言えば、自然の価値を貨幣価値に変換するのが労働だということです。
労働によって生み出された商品価値は、そのために投入された労働を支える商品価値を上回るということです。
しかし、そもそもの価値の源泉は労働にあるわけではなく、自然にあります。
そう考えると企業活動の生産性や社会的視点からの生産活動の意味は全く変わってくるはずです。
これも先の小論で書きました。

自然の持っている潜在的な価値、つまり自然そのものの価値を、顕在化する、つまり人間にとっての使用価値に転換するのが近代社会の「経済活動」です。
それによって貨幣価値に転換できる商品価値が生まれます。
このことが貨幣の自己増殖を意味するのでしょう。
しかし、貨幣が貨幣を生むわけではありません。
貨幣が産卵するのを、私は見たことがありません。
マジシャンのセロや前田さんが、1枚のコインを10枚に増やしたりするのを見たことはありますが。私の机の上にある紙幣が増殖するのを目にしたことはありません。

今までは存在しなかった商品価値を、自然の中から顕在化させると、世の中の商品価値の総量は増加します。
配分の仕方にもよりますが、人々の生活は豊かになりそうです。
しかし、そのときに、もし通貨量が変わらなかったらどうなるでしょうか。
商品の貨幣価値は下がります。つまり貨幣価値が高まります。
しかし、商品の総量が増えると通貨の流通速度は加速されます。
それによっては、時間軸を入れると通貨量が増えることになるかもしれません。
そうなると逆に商品の貨幣価値は上昇し、インフレに向かいます。
そうなると、人々の生活は貧しくなることも起こりえます。

とまあ、こういうように話はどんどん面白くなっていきます。
複雑になっていくといってもいいでしょうか。
そして挙句の果てに、金融工学の魅力に取り付かれていくわけです。

しかし、経済とは自然を消費することだという考えに立てば、経済を考える課題は簡単です。
経済成長はできるだけ避けるべきなのです。
経済を成長させないようにしながら、みんなが豊かになることを考えることが、これからの経済の課題でなければいけません。

マルクスは「資本主義経済の持続不能性」を見通していたようですが、経済とは自然を消費するものだと考えれば、私のような凡人にも経済には先がないことはよくわかります。
ですから無駄遣いは自然としなくなりますし、経済成長への共感もなくなります。

大学時代、私は経済学が全く理解できませんでした。
最近ようやく経済学の面白さを知りました。
来世では、ぜひ経済学を学びたいと思っています。
その頃の経済システムはどんなものになっているのでしょうか。
いささか心配です。

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2009/04/03

■節子への挽歌579:景色は私たちの外部にではなく、私たちの心の中にある

節子
また箱根に来ています。
いつものように、企業の経営幹部の人たちの合宿に参加しています。
あれほど好きだった箱根も、最近は何となく来るのが気が重いのです。
節子がいなくなってから何回も来ましたが、いつも用事が終わるとそのまま帰っています。
今日も強羅ですが、芦ノ湖まで足をのばす気にはなりません。

桜が各地で開花しだしていますが、桜の花も含めて、そうした華やかなものを見ると、逆に気分が沈んでしまいます。
こうした状況からいつになったら抜け出せるのでしょうか。
これは多分に考え方次第です。
その気になれば、たぶん今にでも抜けられそうです。
私の人生を「悲劇仕立て」ではなく「喜劇仕立て」にすれば、きっと見えてくる風景の意味も違ってくるのでしょう。

人を元気にする風景が、人を沈ませる風景になる。
このことに気づくと、これまたいろいろなことが見えてきます。
日本には自殺多発現場といわれるところがあります。
いわゆる「自殺の名所」です。
東尋坊が有名です。
しかし、自殺を誘発する場所はまた、生命に元気を与える場所でもあります。
節子の再発が明らかになる直前に、私たちは東尋坊に一緒に行きました。
節子も私も、その美しさに元気をもらいました。
しかし、もしかしたら、今、私が一人で東尋坊に行ったらどうでしょうか。

景色は私たちの外部にあるのではなく、私たちの心の中にあるのです。
節子がいなくなってから、そのことを知りました。
ですから、もはや私には昔のような「観光」という概念がなくなってしまいました。

どんなに美しい風景も、節子がいない今、私には退屈な風景でしかありません。

蛇足ですが、「観光」ということの意味が最近やっとわかってきました。

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■「経済成長あっての環境と福祉」なのでしょうか

資本制社会下での行政においては、環境対策も福祉行政も「経済成長あっての」ものであり、それらは経済成長のサブシステムでしかありません。
そのことが昨今の「経済政策論議」で明らかになってきていますが、時限を逆転させると政策は全く変わってきます。
そして、それがたぶん可能なのだろうと思います。
フォードが断行した「5ドルの挑戦」は、そのことを示唆しています。

数年前に日本能率協会が環境経営の提言を出す際に、少しお手伝いさせていただきました。
私は「環境と成長のシナジーに向けてのイノベーション」に関心があり、環境と企業との共進化を構想しましたが、一人で考えていてもなかなか具体策が見えてこず、何となく見えてきた団塊で締め切りになってしまい、いささか中途半端な仕事をしてしまったといまも反省しています。
しかし、そのときに感じたのは、発想の枠組みを変えようとする経営者の少なさでした。
企業成長のために環境や福祉があるのか、環境や福祉のために企業成長があるのか、という問題です。
いうまでもありませんが、後者に決まっているのですが、多くの人はどうも前者で考えています。
それが先日書いた「組織基点発想」の落とし穴です。
仲間の従業員を解雇して、企業が生き延びる意味があるのでしょうか。
多くの人は「ある」というでしょう。
私は躊躇なく「ない」と断言しますが、ではその結果、企業が倒産したらどうするのかと詰問されそうです。
倒産したらそれはそれで仕方がなく、その先どうするかを仲間みんなで考えればいいだろうと思うのですが、たぶん受け入れられないでしょう。

映画などで、一人の生命を守るか多くの人の生命を守るかというような場面があります。
一人を犠牲にすることで、大勢の生命が救われるとしたらどうするか。
いわゆるコラテラル・ダメッジの問題です。
実際にそうした現実に直面することはあるでしょう。
しかし、勘違いしてはいけないのは、企業倒産はそれとはまったく別の話です。
第3の解決策があるにもかかわらず、問題を白か黒かにしてしまうのは危険です。

いま私たちは、あまりに景気浮揚とか消費拡大に目を向けすぎているような気がします。
ガソリンへの特別税を廃止するかどうかで議論になったときに、自動車利用を促進して環境汚染を進めていいのかという議論があったように思いますが、最近は高速道路料金を安くして自動車利用を増やすことに関しては誰も環境問題を言いません。

昨日は「仕事観」のことを書きましたが、問題は「経済とは何か」ということなのかもしれません。
「経済成長あっての環境と福祉」を逆転させて、「環境と福祉のための経済成長」を考えなければいけないように思います。

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2009/04/02

■これまでの仕事観や経営観からの脱却

経済はますます悪化していくという報道が多いです。
みんな先行き不安感を強めています。
不安感を与えすぎだと思いますが、社会に不安感が広がる(広げる)ことの意味はよく考える必要があります。
マスコミの増幅機能に関しては以前も書きましたが、使い方によっては大きな弊害を起こしかねません。

景気の浮き沈みはいつの時代にもありましたし、悪い話の反対側には良い話があるのも経済の特徴です。
実体経済を「生活の経済の反映」と考えれば、そんなに大きな変動はありえません。
もし貨幣がなければ、私たちの暮らしの経済は変動しようがないからです。
金融機関のみならず、メーカーさえもがレバレッジ発想を持ったことが今回の変動を大きくしていますが、その発想そのものがすでに従来の実体経済発想をはみ出してしまっています。
トヨタの大幅生産減は、自動車を一種の金融商品にしてしまった結果です。
メーカーとしての経営を逸脱したといってもいいように思います。
いまそれがまた修正されている過程だと考えられます。

問題は、広がる雇用解雇です。
これもしかし、かなり前から問題としては明らかになってきていました。
つまり「労働の終焉」というテーマです。
技術の進歩により生産性は飛躍的に高まり、従来型の発想での「仕事」は減少してきています。
にもかかわらず、経済や政治は「仕事観」を変えていませんし、私たち自身も「仕事観」を変えていませんから、そのずれの中で、雇用解雇が問題として起こってしまうわけです。

私は21年前に、仕事観を変えて、会社を辞めました。
そして「働くでもなく遊ぶでもなく休むでもなく学ぶでもない」生き方にはいりました。
仕事をすることは「お金」をもらうことではなく「お金」を使うことだと発想を切り替えました。
もちろん結果としてお金をもらえることも多く、生活にはさほど支障はなく、いまもその生き方を続けています。

しかし、テレビなどを見ていると、たしかに深刻な話は増えています。
私は時間をかけて生き方を変えることが出来ましたが、一挙に変化の衝撃を受けたところは大変です。
もちろん実際にはじわじわと追い込まれていたのだと思いますが、現場の真っ只中にいるとなかなか変化は見えません。
誠実に生きている人ほど、見えないところが悩ましい話です。

そんななかで、「100年に一度のチャンス」などと脳天気のことを書いていると、怒られそうな状況がテレビでは報道されます。
たしかに企業をどうにかして倒産させないようにと日々苦労している経営者の人には私の発言は怒られても仕方がないでしょう。
それを承知で、しかし、生き方を変える契機にしてほしいと、やはり思います。

経営者が一人で悩むことの限界は明らかです。
しかし、企業に関わる従業員みんなで誠実に考えたら解決策はあるはずです。
解決策は現場にある、というのが私の考えです。
その基盤として、オープンブックマネジメントの発想が必要だと思い、以前、その本も翻訳出版させてもらいました。
当時は、オープンブックマネジメント発想さえ持てば、企業はすべて元気になると思っていましたが、残念ながらこの本は売れませんでした。

また長くなってしまいましたが、仕事観や企業経営観を変える時です。
従来型の発想の呪縛から自らを解き放せば、新しい解決策が見えてくるように思います。
大切なのは、支えあいながら生きることであって、仕事や企業ではありません。

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■節子への挽歌578:人生は流れるように過ごすのがいい

節子
節子も良く知っているひげのマーケターのKYさんからメールが来ました。

私が好きだった3人のマーケターの一人ですが、みんなかなり「はめをはずした」存在でした。
一人は節子よりはやく逝ってしまいました。
突然死でした。
今でも彼の不在は信じられずにいます。

KYさんは、湯島のオープンの時に彼が輸入する手配をしたフランスの紅茶をどっさり持ってきました。
節子と紅茶を飲むたびに、彼の話が出ました。
なぜなら今度は美味しく紅茶を入れられる専用の紅茶ポットを持ってくるといいながら、持ってこなかったからです。
そのため、私たちは、一生紅茶を美味しく飲めることがなかったのです。

彼の人生はドラマティックでした。
ある時、自分の会社をたたんで、自己破産でもするかと電話してきたのです。
節子には話しませんでしたが。
愛すべき若者も、いまでは破天荒なおじさんになってしまっていますが。
彼からのメールです。

ブログは時折拝見し、佐藤さんが、少しずつ元気を取り戻している様子を感じています、という書き出しですが、まあ彼のことですから、この挽歌もかなり斜め読みでしょう。
いや本当は読んでいないのかもしれません。
彼のような破天荒なマーケターになると、読まずして内容がわかるのです。
メールはこう続いています。
仕事は楽しみながら、私生活は慎ましく、
会社運営は堅く・・・そして、これまでは考えたこともなかった
残る人生の設計も少しは考えながら、と思っています。
そんなことができるはずがありません。
本人もよくわかっていて、こう書いています。
もっとも、小生に人生設計・目標設定などという技があれば、
こんな感じの人生にはなっていないような気もするのですが・・・。

さて、私にもしくは私と節子には、人生設計とか目標などというのがあったでしょうか。
これに関しては即断できるのですが、私たちには2人とも、そういうものは全くなかったのです。
私も節子も「偶然を大事にする」生き方をしていました。
その「偶然」は決してただの偶然ではなく、大きな必然だと知っていたからです。
節子がいなくなった今も、私は「残る人生の設計」など、全く考えていないことに気づきました。
あのKYさんが人生設計を考えるのであれば、私も考えた方がいいかもしれませんが、おそらく彼は考えもしないでしょう。
人生は流れるように過ごすのがいいのです。

KYさんは最後にこう書いています。

ニート生活の時も何度か「佐藤さんの所に遊びに行って見るかなぁ」などと思っていましたので、
近い内にランチでも食べに寄らせて戴きたいと思います。
こういう友人が、私たちを支えてくれていたのです。

節子
あのひげの小難しいKYが来たら、何を話せばいいかねえ。

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2009/04/01

■節子への挽歌577:現実逃避したい気分

節子
なにやらまた忙しくなってきました。
心身は相変わらず重いのですが、活動は始めると際限なく広がっていきます。
ますます「偏屈」に「怠惰」になっているのですが、人は多分そんな変化にはお構いなく、昔のイメージで私に働きかけてきます。
明らかに私の言葉は、その人の心には届いていません。
私がそうであるように、人は本当に「聴きたいこと」しか聴かないものです。
今の私の言葉は届かずに、すでに形成されている私が、その人の前にいるのです。
とても不思議な感覚ですが、昔の私と今の私と、両者を見ている私がいます。
これを「アイデンティティ・クライシス」というのでしょうか。

忙しいとは「心を失う」ことだそうです。
だから私は「忙しい」という言葉をあまり使わないようにしていましたが、最近はまさに「忙しい」のです。
時間はあっても心がないので、仕事ができないのです。
そんな状況に陥っています。
いつも「やるべき課題」をメモにして、手元においていますが、それがなかなか減りません。
その気になって誠実にこなせば、たぶん1日で終わるでしょう。
節子がいるときはそうでした。
どんな難しい課題でも1日徹夜すればできる。それが私の姿勢でした。
節子は、そんなに無理しなくても、もっとゆっくりしなさいよとよくいってくれました。
しかし寝食を忘れるほどに、熱中するのが私の悪癖でした。
私が寝食を忘れようと忘れまいと、世界は変わりなく動いていることはわかっていたのですが。
おかしな話ですが、節子が隣にいる幸せの中では、寝食を忘れるほどのエネルギーがもらえたのです。
仕事のしすぎだと、節子はいつも言っていましたが、それが私への不満のようには聞こえませんでした。
しかしもしかしたらあれは「不満」だったのかもしれません。
そう思い出してからは、もう寝食を忘れることはなくなりました。
なぜなら寝食こそが節子とともにある時間だからです。
気づくのがあまりに遅すぎました。

それに最近は、最初に「面倒くさいな」「億劫だな」という思いが頭に浮かびます。
昔は解けにくそうな「難題」こそが魅力的でした。
しかし、今はあえて難問に取り組むよりもできれば楽をして逃れたい、という気持ちが育っています。
もう節子はいないのだから、苦労することもない、と脈絡なく思ってしまうのです。

今日も朝からいろいろありました。
そのおかげで、やらなければいけないことに取り組めませんでした。
これから取り組むつもりですが、まずはその前に、やらなくてもいいことをやりたい気分です。
まあ、手はじめに挽歌を書きました。
さて、これから何をするかです。
リストには緊急課題が4つ挙げられていますが、まあ明日に延ばしても、何とかぎりぎり間に合うでしょう。
こうやって、ますます心を失う忙しさの世界に陥っていくわけです。

まずはコーヒーをいれることにします。
節子はいませんが、ケーキもありませんが、現実から逃げられます。
最近、私の好きなモカコーヒーがないのがいささか残念ですが。

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■「生活世界の植民地化」

地元のNPOネットワーク関係の方から電話がありました。
大会で行なうシンポジウムへの参加の打診です。
他のパネリストは県と市の職員の方だそうです。
私が入ると混乱するのではないかとお応えしましたが、そのやり取りの中で気になる発言がありました。
まさに昨今のNPOの実情を象徴しています。
念のためにいえば、電話を下さった方はとても誠実な方で、長年の企業勤務を卒業して、地元のNPOのネットワーキングの活動に取り組んでいます。

気になった言葉は次の二つです。
「最近は手弁当で参加してくれる人が少なく、何がしかの報酬がないとなかなか人が集まらない。それで佐藤さんが話していた事業型NPOの話をしてほしい」
「NPO活動の集りなどの動員をしても最近は集りが悪い」

実は以前も別の方から同じような話を聞きました。
こうしたことに関してはもう10年程前に各地で話題になったことでもあります。
我孫子の市民活動は行政主導できていますから、かなり遅れている感じがします。

最初の意見には、5年前に話した事業型NPOと昨今の事業型NPOとは、似て非なるものと思っていますので、何をいまさらといささか感情的に反応してしまいました。
「手弁当で参加するのが地元での市民活動の基本ではないでしょうか」
「昨今の事業型NPOと地場企業とはどこが違うのでしょうか」
後者に関しては、「動員などという発想を捨てないといけないのではないでしょうか」
「面白ければ、あるいは活動に意義があると思えば、自然と人は集まりますよ」

電話を終えた後、自己嫌悪に陥りました。
せっかく電話してきてくださったのに、失礼な対応をしてしまいました。

私には日本のNPO法への不信感があります。
NPOが開く市民社会は、市場経済や国家統治の世界とは別の活動原理を大事にしなければいけません。
行政の傘下にいる限り、NPOは育ちません。
「社会貢献」などと発想することは、所詮は国家行政(国益)への奉仕でしかありません。
そこには主体性が見えてきません。
ハーバーマスは、自発的な生活世界のなかに、国家の法システムや市場経済をとおした貨幣が浸透してくる状況を、「国家と市場の複合システムによる生活世界の植民地化」と呼びました。
昨今の日本のNPOの実情は、まさに植民地化されたサブシステムのような気がします。

しかしながら、今の社会状況をどうブレイクスルーしていくかと考えれば、私が違和感を持っているNPOにしか期待できないのかもしれません。
少なくとも違和感をもってイジイジしている私よりも、昨今のNPOは大きな役割を果たしています。
批判よりも行動、なのです。
そう思って、いろいろと活動を始めましたが、どうも疲れます。
最近どうも生き方を間違えているのではないかという気がして仕方がありません。

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