■節子への挽歌597:美野里町の牡丹
節子
2006年5月4日に、美野里町の花木センターで買ってきた牡丹が咲きました。
なぜ日付がわかるといえば、この日のことが私のホームページの週間記録に掲載されているのです。
その日、家族で那珂湊のさかな市場に行き、その帰りに美野里町に寄ったのです。
翌年の2007年、見事な花を4つ咲かせました。
節子はとても喜んでいました。
その翌年はなぜか花は3つしか咲きませんでした。
節子がいなくなったことへの弔意の現われだったのかもしれません。
そう話していたら、今年はなんと2つしか咲きません。
花の数と家族の数がそろっているとしたら、もしかしたら私が今年はいなくなるのかもしれません。
いえ、実はもう私はいないのかもしれません。
落語に自分が死んだことに気づかない粗忽者の話がありますし、映画「シックスセンス」もそうですが、自分が死んだことを確認する方法は実際にはありませんから、気づかずに過ごしていることがないとはいえません。
節子はどうだったのでしょうか。
自らの死を体験したのでしょうか。
体験するはずはありません。
なぜなら体験したのであれば、まだ生きているということですから。
人は自らの死は体験できないのです。
言うまでもありませんが、他者の死もまた私たちは体験できません。
だとしたら、死は存在していないことなのかもしれません。
存在していない死の問題を考えるのは難しい問題です。
節子が元気だったら、きっと今年も見事な花が4つ咲いたことでしょう。
花はきっと愛している人のために咲くのでしょうね。
今年2つになってしまったのは、私の「気」が牡丹に伝わらないほどに弱々しく沈んでしまっているからかもしれません。
牡丹はプライドの高い花ですから、悲しんでいるのなら節子に続けよと言っているような気もします。
牡丹の花を見ていると、いろんなメッセージが伝わってきます。
節子は、牡丹ほど美しくはありませんでしたが、牡丹もまた、節子ほど美しくはありません。
でも、花を通して節子の世界とつながれることは、せめてもの幸せです。
来年は、3つの花が咲くように、気を取り戻さないといけません。
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