■農と業を分けて考える
一昨日、ある会社の執行役員の人と、今の経済や企業の発想を変えなければいけないという話になりました。
そして、その人から、「じゃあ、どうしたらいいのですか」と訊かれました。
答は簡単です、といつものように答えました。
簡単なのです。
時代に誉めそやされている経済学者や経営学者は常に間違いますから、彼らの反対をすればいいだけです。
では反対とはどういうことか。
答は、たぶん日本の農文化にあります。
私が若い頃から刺激を受けていた、農に関する3人の賢者がいます。
以前も書きましたが、玉城哲さんと守田志郎さんと山下惣一さんです。
直接お会いして話をお聞きできたのは、玉城さんだけです。
いつか山下さんには会えるのではないかと思っていますが、まだ会えません。
机に積んでおいたエントロピー学会の学会誌をふと見たら、山下さんの記念講演の記録が載っていました。
読み出したら、やはり感激しました。
すべての答はここにあります。
この記事を多くの人に読んでもらいたいと思い、ネットで公開されていないか探しましたが、出ていません。
勝手に掲載するわけにも行きませんので、とても残念です。
そこで、特に私がハッとしたところを一つだけ紹介させてもらいます。
日本の農業は、効率が悪いとか生産性が低いだとか散々言われてきました。それで、農業を農と業に分けて考えてみます。直接金にならない仕事を農といい、ビジネスの方を業とする。農の部分が大きい例が、林業です。逆に卵をとる養鶏などは業が非常に大きい。作物を育てる農業は90%位が農の部分です。棚田の石垣や畦の手入れ、草刈り、こういう仕事は米の収量とも値段とも関係がないけれども、それがないと成り立たない。金にならない仕事を9割もしなければならないから、農業は分が悪いわけです。農と業を分けて考える。
ところが、金にならない農の仕事が日本の風景を作っているんです。日本人が自然と思ってみている風景は、決して自然ではなくて、実は農の風景なんです。これを百姓はただでやっている。
こうして考えると、今の経済や産業の問題点がよく見えてきます。
私たちの生活を、同じように分けてみたらどうなるでしょうか。
大切なのは、業(金銭)ではなく農(生活)なのだろうと思いますが、多くの人はきっと「業」に時間をとられているのでしょう。
私は、最近は江戸の百姓と同じく、9割はたぶん農をしているつもりです。
山下さんの講演記録は、エントロピー学会の最新の学会誌(63号:2009年3月15日発行)に掲載されています。
学会事務局に問い合わせれば、500円でわけてもらえるかもしれませんが、学会に参加するのもいいかもしれません。
とても誠実な学会です。
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