■節子への挽歌584:花を見ない花見
上野の桜を見に行きました。
ピクニック気分で来て下さいといわれたので、本心を気取られないようにしようと思ったのですが、残念ながら私は、心がそのまま顔や身体に出てしまうタイプなのです。
伝わってしまったかもしれません。
花見に誘ってくれたのは、武井さんです。
以前、挽歌で書いた「魂の雫」の手紙をくれた人です。
武井さんは節子には会ったことがないと思いますが、節子の病気を知って、四国のおいしいミニトマトを送ってきてくれました。
節子は、そのトマトを食べたときに、こんな美味しいミニトマトは初めて食べたといいました。
節子はお世辞を言わない人でしたから、本当に美味しかったのです。
そのことが今でもはっきりと覚えています。
そのトマトの礼状を受け取ったのをTYさんは覚えていました。
武井さんはルポライターです。
私のホームページでも2冊ほど紹介させてもらっていますが、テーマは家族や親子です。
いまも3年越しの作品を書いているところだそうで、来月からはいよいよその執筆にかかるのだそうです。
その作品に行き着くまでのお話をいろいろとお聞きしました。
そもそもの始まりは、中学1年生の時の、学校での事件だったようです。
人にはみんなドラマがあります。
武井さんとの接点は、何だか忘れてしまいましたが、彼女の取り組むファムケーションという活動に共感したのが契機だったと思います。
ファミリー・コミュニケーションの武井さんの造語です。
いま取り掛かっている本が完成したら、またその活動を再開するそうです。
家族と親子。
私がこれから取り組もうとしているプロジェクトのひとつとつながりそうです。
帰り際に武井さんが言いました。
3年とか5年とかみんなはいうけれど、10年はだめよ。
愛する人を失って立ち直るまでのことです。
武井さんは私が落ち込んで落ち込んで、死にそうになっているように思っていたようです。
涙を流さなかったのが不満そうでしたが、まあそれなりに元気なので安心したようです。
彼女は私よりも若いのですが、土佐の女なので親分肌なのです。
桜の花はあまり見ませんでしたが、満開の桜からの花吹雪がすごかったです。
花を見ない上野の花見も、無事終わりました。
上野は花見客でごったがえしていましたが。
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