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2009/04/30

■警察のパラダイム転換の必要性

今朝、某事件の特別捜査本部の刑事から電話がありました。
少し話を聞きたいことがあるというのです。
時間があまりなかったので30分の約束でお会いしました。
9年前の世田谷一家殺人事件の話です。
殺害された宮澤さんは、私の知人です。
事件当時は、何回か私のところにまで話を聞きにきましたが、久しぶりです。

いろいろとお話をしていて思ったのですが、警察の仕事は大変です。
9年も前のことなど、私もなかなか思い出せません。
事件当時、もっとみんなが情報を持ち寄って解決することができないものか、考えたくなりました。
しかし、実際には情報を持っていても、なかなか自らから警察に申し出る人は少ないようです。
その一因は、警察がそれほど親しみを感じられないからです。
町の駐在所さんやおまわりさんというイメージも、最近は次第になくなってきました。
一時期、近くの交番の人が各戸に話に来ていたことがありましたが、最近はそういうこともなくなったようです。

刑事の人が「消防署の人は自分たちの生活を守ってくれると思われているが、警察はむしろ取り締まる存在と思われている」というようなことを言いました。
確かに、そのイメージはあります。
私も昨年、近くの交番の人にあらぬ嫌疑をかけられましたが、警察は人を疑う本性があるのかもしれません。
しかし、警察もまた人を信ずるところから始めなければ、犯罪を減らしたり解決したりすることはできないでしょう。
警察行政のパラダイム転換をしなければならない時期なのでしょう。
しかし、なかなかそれは難しい。
だからこそ、捜査は難航するのでしょうが、現在のような成熟社会にはみんなで一緒になって事件を解決し予防する状況を育てていくことが不可欠です。
警察は、実は消防以上に私たちの生活を守ってくれているはずなのに、多くの人から好かれていないのは、お互いに不幸です。

今日の刑事さんたちには、とても好感を持ちました。
実は、湯島にはこれまでも3回ほど警察関係の方がきたことがありますが、いつも目線が高く、忙しいといっても帰る素振りもなく、長居していました。
そういう体験があると、協力したくなくなる人もいるでしょう。

警察は、社会から親しまれないものだという先入観があるように思いますが、そんなことはありません。
駐在さんやおまわりさんは、みんなの人気者だった時代はそう昔の話ではないのです。

この問題は、コミュニケーション問題を考える上で、とても魅力的なテーマです。
今日の刑事の方も、「割れた窓」の話をされましたが、パラダイム変化はほんの小さな変化からはじまるのです。
今日、お2人の警察官と話していて、そんなことを考えました。

話が弾んでしまったので、最近発足させた「自殺のない社会ネットワーク」に誘ってみましたが、やはりこれはダメでした。
見境なく誘ってしまうのも問題がありそうですが、今日は他にもだいぶ誘いましたがダメでした。
私が話すとどうも軽すぎるようなのです。

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