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2009/04/24

■節子への挽歌600:真実に生きる

節子
人生は実にさまざまです。
この数日、改めてそのことを実感しています。
毎日、さまざまなメールや電話がきます。
しかし、一番心が動揺するのは、「がん」にまつわる話です。

先週、友人からちょっと話があると言われました。
思いもかけず、「実は検査の結果、手術することになりました」というのです。
がんが発見されたのだそうです。
節子が闘病中に、毎朝、節子の回復を祈願してくれた人です。
なかなかまわりには公言できずに、私に話してくれたのです。
驚きました。
全く健康そのもので、私にもいろいろと健康法を伝授してくれていた人なのです。
ただただ聴くだけしかできません。
不用意な言葉は避けなければいけません。
なにしろ感受性がとがっているはずですから。
翌日、「話してよかった」とメールが来ました。
いま、毎朝、節子への挨拶の後、彼にために祈っています。

節子も知っている友人から、ちょっと症状が悪化している、という電話を受けたのは2週間ほど前でしょうか。
いつもは軽口を叩き合っている仲ですが、数日経ってから、その電話がとても気になりました。
しかしなぜか電話できずに、今日、やっと電話しました。
元気そうな声でホッとしましたが、また意外なことを聴いてしまいました。
人生は、まさにいろいろあります。

それとは別に、彼がこう言いました。
「佐藤さんは人が変わってしまった。もう心ここ(現世でしょうか)に在らずだよね」
とんでもない、そんなことはなく、何も変わっていないと言ったのですが、挽歌を読んでいるとそう感ずるのだそうです。
私にとっては、現世も来世も繋がっているのですから、「ここに在らず」などということは起こりえないですし、昨日も書いたように、けっこう、自己の遍在を実感しているのですが、挽歌の読み手にはそれは伝わらないようです。

人は、結局は変わりようがないのです。
そして、ある状況に置かれると、自分と周りが恐ろしいほどによく見えてきます。
そして、「関係性」が変わるのです。
節子と一緒にいて、そのことを強く実感しました。
人は真実に生きだすとまぶしいほどに輝きだします。

そういえば、今日、ある人を紹介したいというメールをもらいました。
「死」を間近に垣間見た人だそうです。
紹介した人はこう書いてきました。 

○○さんのこと、私から佐藤さんにバトンを渡します。
彼によい「影響者」となって本物の世界へと導いてあげてください。
「本物の世界」とは何なのでしょうか。
彼女は、私が「本物の世界」に生きていると勘違いしているようですが、真実を生きたいという思いは、私にも最近少しずつ強まっています。
節子が教えてくれた生き方なのです。

人生はほんとうにいろいろです。

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