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2009/05/23

■節子への挽歌629:花を見ながら思い出すこと

節子
玄関のバラがみごとに咲いています。
節子は残念ながらこのバラをみることができませんでした。
Bara_2

節子のおかげで、わが家は今も花が絶えません。
花を見るたびに節子を思い出します。

湯島のオフィスのミニバラも元気ですが、元気をなくして枯れたかと思った昨年のミニバラも、一輪だけですが、黄色の花を咲かせてくれました。
それが、とても健気に見えて、節子を思いだせます。
そのミニバラを枯らせないためにも、最近は湯島に行かねばならなくなってきました。

そういえば、我孫子のサツキ展でもらったツツジも小さな花を咲かせています。
その花をくれたのは、茨城に住んでいる松崎さんという人です。
サツキ展の入り口で、みんなに小さなツツジを配っていたのですが、節子はその人からツツジの育て方をいろいろと訊いていたのです。
その人から家にはもっと大きなツツジがあるから見に来ないかと誘われていました。
一度、一緒に行こうといっていたのですが、節子の体調が悪くなったために実現できませんでした。

節子は土になじんだお年寄りと話すのが好きでした。
節子の母親も滋賀で農業を少しやっていたからです。
松崎さん(確かそういうお名前でした)の家に行って話をしたかったのでしょう。
行けませんでしたが、松崎さんのお名前は時々出てきましたので、私も覚えてしまったわけです。

節子と私の、人のつながりの育て方はちがっていましたが、世界も違っていました。
節子の付き合う人たちの世界は、みんな「生きている」香りがしました。
こんなことをいうと、私の友人たちには失礼になるかもしれませんが、私の友人知人の多くは、私と同じく、知で生きているような気がします。
節子は違いました。
良い意味でも悪い意味でも、心で感覚的に生きていましたし、自然とつながっていました。
ですから節子は私の知識に敬意を持ちながらも、そうした生き方をしようなどとは思ってもいませんでした。
理屈でいくら言い負かせても、真実は変わらないと、節子は時々私に言いましたが、私もそれを知っていました。
理屈は、弱いもの、自信のないものの、悲しい言い訳でしかありません。

節子は、花や土から多くのことを学んだのかもしれません。
書や人から学んだ私には、とても太刀打ちできるはずがなかったのだと、最近やっと気づきだしました。
節子が、やっと気づいたの、そのうちわかるだろうと思っていたけど、と言っているのが聞こえるような気がします。
節子は、知識もなく頭も悪いと自分でよく言っていましたが、私の人生の師の一人なのです。
その意味をわかってくれる人は少ないかもしれませんが、私には最高の師だったのです。
私の世界観や人生観は、節子が育ててくれたものなのです。
まあ、それなりの素地もあったと少しは自負してはいるのですが。はい

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妻への挽歌04」カテゴリの記事

コメント

美しいバラですね。節子様のようですね。
こう長く生きていると大切な人々を随分見送りました。
たった一ヶ月の入院でアッと言う間に私達から去っていった友達!。ある時彼女が歩いているのを見たのです。
アッと言ってハンドルを切り違えるところでした。一緒に乗っていた3人も「Kさんじゃないの」と叫びました。
よく似た人がいるものですね。4人とも自分の目を疑いました。

投稿: maron | 2009/05/24 00:57

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