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2009/05/07

■節子への挽歌613:私の生き方を2度変えさせた節子

節子
先日お会いした方からメールがきました。

私の生き方を変えた友が3年前に亡くなりました。
大切な人がいなくなって
心に大きな穴があきました。
穴が大きすぎてやり場がなくて
目の前にあることに夢中になりました。
そして3年が過ぎ・・・
心の穴が塞がり灯りが灯るようになりました。
そんな時、自分の内に友の存在を感じて元気になります。
心に生じた「大きな穴」。
私の場合は、その穴の中に自らが落ちてしまった感じで、何かに夢中になることさえありませんでした。
最近、いろいろなことを始めましたが、やはり「夢中」にはなれません。
しかし、いろいろとやりだしたことは、もしかしたらこの方と同じかもしれません。

3年が過ぎて、ようやく灯りが見え出した。
もう少ししたら私にも灯りが見えてくるでしょうか。

私の生き方を変えた節子は、いなくなることで、私の生き方をまた変えました。
もちろん生き方が昔に戻ったということではなく、さらにその先に変わったのです。
節子は私の生き方を、前に前にと進めてくれたのです。

おそらく今日、メールを下さった方も、そうでしょう。
その、さらに新しい生き方を照らす灯りが見えてきたのかもしれません。
そして、自分のなかに存在する「友」と一緒にまた歩き出したのでしょう。
その感覚は、とてもよくわかるような気がします。

心に大きな穴ができると、人は思索家になるのです。
今まで気づかなかったような自分にも出会います。
そして、そのおかげで、それまでとは違った人たちとの出会いが起こってくる。
節子がいなくなって、私の周りの友だちの風景が少し変わってきたように思います。
もちろん変わることのない友人は少なくありませんが、会うことの多い人たちは一変したようにも思います。
決して私が意図してそうしているわけではないのですが。

私にもきっともうじき灯りが見えてくるのかもしれません。
どんな灯りなのでしょうか。

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