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2009/05/06

■節子への挽歌612:この頃、ちょっと後悔することが多いのです

有名人の葬儀の様子をテレビのニュースなどで目にすることがあります。
喪主を務めた残された人は健気にみんなに感謝の気持ちをいいます。
葬儀の時には、みんな不思議なほどに気が強まるのです。

そんな映像を見ると、私も節子を見送った日のことを思い出すことがあります。
告別式で挨拶などできるはずがないと思っていたのに、立ち上がって話し出したら、すらすらと言葉が出たのです。
そして話し終わった後も、何を話したのかしっかりと記憶されていました。
それを書き留めて、ホームページの挽歌の総集編に入れました。
一度だけ、読み直したことがありますが、その前の夜のことを思い出しました。
まるで他人事の映像のような感じでした。
リアリティが全くなかったのです。
不思議なほどに涙が出なかったのを思い出します。
それはそれは、不思議な体験でした。

娘たちには挨拶は一言だけにしようと言っていました。
彼女たちも、まさか私があんなにすらすらと話せるとは思ってもいなかったでしょう。
あまりにすらすら話せたので、参会者は私があまり悲しんでいないのではないかと思ったかもしれません。
事実、話している時には、笑顔とまではいかないにしても、明るい顔で話していたように思います。

挨拶に立ち上がった時に、一瞬、涙があふれそうになり、言葉が出ませんでした。
ところが、それを乗り越えたら、後は不思議なほど言葉が滑らかでした。
明らかに誰かによって話させられていたような気がします。
節子が話させてくれたのだと思います。
節子はそういう場では、しっかりと話さないといけないと思う人でしたから。

私はきちんとした集まりの時に、形式ばった話をするのが全く不得手でした。
節子はそのことをよく知っていました。
企業時代も全く権威のない上司だったでしょう。
家庭でもそうでした。
元日の朝、家族が集まって最初の食事をする時くらい、一家の主人として、ちゃんと挨拶をしなくてはいけないと、節子はいつもよく言っていました。
そういう場をつくり、はい、お父さん、始めてください、と言うのです。
私にそんなことが出来るはずがありません。
なにごとも「カジュアルに」が、私の生き方なのですから。
ですから、わが家ではみんなが一斉に「おめでとうございます」と言って、年が始まるのです。
節子はそれが不満でした。

こうして思い出すと、私に対する不満を、もしかしたら、節子はたくさんもっていたかもしれません。
来世でまたやり直すことになったら、もう少ししっかりした夫になろうと思います。
でも無理かもしれませんね。
来世では節子は私を選ばないかもしれませんから。
私は間違いなく、節子を選びますが。
今頃になって、悔やむことが思い出されます。
みなさんはそういうことのないように、伴侶を大事にしてください。

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