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2009/05/14

■問題の立て方

問題の立て方を間違うと答は全く違ったものになるという話は以前書いたことがあります。
大切なことは、問題を解くことではなく、問題を立てることなのです。
問題を解くのは技術や知識があれば可能です。
それはコンピューターにゆだねることもできるでしょう。
しかし問題を立てるのは人間、それも主体的に生きている人間でなければできません。

最近経済界では「イノベーション」が流行です。
イノベーションは技術革新と訳されますが、技術以前に発想の問題のように思います。
30年ほど前に光ファイバーのことを調べたことがあります。
そのときに、光ファイバーが技術的に実現可能だということが論証された途端に、開発が加速されたという話を講演で聴きました。
コロンブスが新大陸を発見したのは、そこに新大陸があるという確信だったはずです。
問題が的確であれば、その解決はそう難しい話ではないと私は思っています。

こんなことを書いたのは他でもありません。
今の政治における問題の立て方が適切なのかどうかということを言いたいためです。
テレビの報道は、その問題の立て方で情報の扱い方が全く変わります。
私が一時期、よく見ていた報道ステーションでは、映像情報とコメンテーターとビデオ情報が時に不整合なことがありましたが、これは明らかに問題の立て方があいまいな結果です。

インフルエンザ問題も小沢さんの秘書問題も予算編成の問題も、定額給付金の問題や年金の問題、解散時期の問題など、すべての問題において、私には問題の立て方への違和感があります。
問題の立て方を間違えば、問題を解くことさえ無意味になります。

問題の立て方の間違いは、経済や産業に関してもいえます。
それがしっかりしていないために、無駄遣いが景気浮揚策になり、格差問題や福祉問題が自立問題になってしまうわけです。
あるいは農業の見直しが農業の工業化、商業化になってしまうわけです。

私の考えが普遍性をどのくらいもっているかは保証の限りではありませんので、こうした考えを誰かに押付けようなどとは思いませんが、私自身はいつも「問題の立て方」に最大のエネルギーを向けています。
極端にいえば、問題の解き方など瑣末なことなのです。
問題をしっかりと立てて生きていれば、どんな状況になっても納得できます。
人生は、納得して生きることこそが一番幸せなことかもしれません。

もっとも私の場合、「問題の立て方」を間違ったことがないわけではありません。
むしろいつも間違ってきたと言えるかもしれません。
しかし仮に間違っても、それは自分の過ちですからその結果には納得できるのです。
まあ、そうも言っていられないこともないわけではないのですが。

私の立てた問題からすれば、政治も経済も状況は悪い方向に向かっています。
そのなかで、自分自身はどう生きるか、それはまた実に面白い問題です。
時に、生きるのが嫌になることもないわけではありませんが。

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コメント

60億の人間が住んでいる地球を考えれば最小限の消費生活と、知性、感性が生き生きと、良識ある社会が必要だと思うのですが、問題の提起に既に狡猾に隠された意思が有ると、此の度のグローバルに世界を覆った世界危機のようにになるのじゃないでしょうか。 「強いドルによる帝国循環」大国やヘッジファンドや巨大な多国籍企業などが仕組み、各国の政府がその新自由主義を取り入れ、経済破綻に落ち込んだのですから、その問題の解答はペケでした。貧富の差は拡大し、しかもこの危機を脱出するには消費を促進し、需要を作り、経済を活性化して雇用の問題を解決しなければと言いますが、大量消費大量生産大量投機では資源は疲弊し環境破壊、何代か後には水、食糧、空気もどうなるかと心配です。
発想の転換、正しく組まれた問題で当面している問題を解決して欲しいとみんな思っていることでしょう。
当地の九条の会で経済学習会が2回開かれ、ブログにかきました。もしお暇がありましたら、ご批判ください。

投稿: maron | 2009/05/15 05:05

maronさん
いつもありがとうございます。

九条の会で経済学習会の2回にわたる報告、読ませてもらいました。
よかったら皆さんもお立ち寄りください。
http://moon.ap.teacup.com/timie/

他の記事も少し読ませてもらいましたが、
改めてまたゆっくりと訪問させてもらいます。

いつも投稿してくださるmaronさんのことが少し見えてきました。
思っていたのとだいぶ違っていたようです。

投稿: 佐藤修 | 2009/05/15 21:35

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