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2009/05/01

■節子への挽歌607:「時間がとまる」

昨日は元やくざのdaxさんのことを書きましたが、
ブログに書き上げた直後、世田谷一家殺人事件の特別捜査本部の刑事から電話がありました。
時評編にも書いてしまいましたが、今日は湯島に2人の刑事がやってきました。
湯島には、相変わらずいろんな人がやってきます。

事件の被害者である宮澤みきおさんは私の知人です。
ですから、事件のあった翌日の元旦、新聞社からも電話がありました。
節子は、宮澤さんとは面識はありませんでしたが、せっかくの元日の集まりの時に長電話があったので、この事件はわが家ではよく話題になりました。

宮澤さんのお父さんは時間が止まってしまっているんですよ、と刑事が言いました。
「時間がとまる」
その感覚はよくわかります。
家族のだれかがいなくなると、一瞬そこで時間は止まってしまうのです。
ましてや息子家族全員がいなくなってしまった隙間を埋めるためには、未来永劫、時間を止めたくなるのでしょう。
その気持ちがよくわかります。
不謹慎ですが、私は今も時々、私の時間だけではなく、宇宙の時間を止めたくなります。
いえ、もっと正直に言えば、宇宙を壊したくさえなることがあるのです。

昨日は、その後、ある集まりに出かけたのですが、そこでもまた「時間が止まってしまった人」に会いました。
娘さんを失ったのですが、3年たってもまだ動けずにいるようです。
みんなと話していて、彼のことがとても気になりました。
いささかの危険ささえ感じました。
時間を止めてしまったもの同士でなければ通じ合わない何かが作動してしまったのです。
彼と一度会うことにしました。
古い友人ですが、それほど親しくなく、2人で会ったことなど一度もありませんし、たぶん私とは生き方が正反対だった人です。
価値観が全く違っても、生き方が正反対であろうとも、愛する人、愛するものを失ってしまうと、人間は同じになってしまうのかもしれません。

節子が教えてくれたことはたくさんありますが、
最大のことは私の生き方をエンパワーしてくれたことかもしれません。
私の生き方は、いささか非常識でしたが、
その生き方をすべて受け容れ、一緒に歩き、元気づけてくれたのは節子でした。
隣に悩んでいる人がいたら声をかけることを当然だと支えてくれたのも節子でした。
もう節子には支えてもらえませんが、節子のおかげでそうした生き方を続けてこられたことを、ほんとうに幸せに思います。

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